むせ返る様な部屋の熱気に当てられて、じわじわと湧いた汗が目に入ってくるのを、セナが柔らかい絹のハンカチで拭いてくれている。
こんなにも熱いのに、誰もスバルから離れようとしない、逆に密着し密接に触れ合い、より熱を込めるように擦り寄ってくる。
──スバルが気が付いた頃には、口から出る声も火照ったものになっていた。
「うぅ…」
「可愛い声出しても、ダメ」
「じゃあもうちっと離れてくれよ…なんか恥ずいって」
「ん〜?それじゃスバルの緊張してる可愛らしい顔見れないし〜」
「ホシノも何言ってんだ…──違うな、嫌味だよなソレ」
「別にそんな意味じゃないよ、ただ…」
「──今から、どんな事を話してくれるのかな〜って」
吐いても吐いても湧き上がるため息が場の雰囲気を落とす前にスバルは『話さなければ』ならない。
地雷を避け、話の核を避け、ホシノの懐疑心を湧き上がらせることなく皆が納得するような話し合いをだ。
「つったってなぁ…──」
夜の砂漠は寒く、部屋には…それは冷たい冷たい隙間風が潜り込んでくるというのに、熱い吐息は部屋をさらに過熱する。熱気がスバルの心臓を強く跳ねさせていた。
熱気、というよりは、スバルの心が持たない。皆、自覚は無いのだろうか?浮世離れた顔面偏差値に、しわシミ汚れ一つないきめ細かい肌、この中の一人でも現代日本に降り立てば絶世の美女として崇め奉られるだろう。
右手を見れば美少女、左手を見れば美少女、真正面を見れば…──カッコいいイケメン美女。それぞれがスバルの怪我した箇所を見つめていたり、触れたりしたり、何故かムツキはジャージをめくって、包帯をにやにやしながら摩ったりするのだが、後ろの看護師も止めようとはしていない。
「…おいおい」
「なーに、スバルきゅん」
「……恥ずかしいです」
「クフフ、そうなんだ」
「止めてくれたりはしないんだな!」
最初の最初、異世界転生を期待していた時の自分が求めていた、所謂『ハーレム』状態なのだろう。だがしかし過去の自分よ、羨ましがるなら変わってくれ。
──そんな心を鷲掴む光景がこの一部屋にぎちぎちに詰まっていて、平静を保てる男は……。
「…──」
「だから、見つめ過ぎだってば。そろそろ視線の独占料金支払ってもらうぞ?手数料仲介料込々の手痛い奴」
「ん、支払い義務はスバルがちゃんと受け答えした上で発生するから」
「……はー、なら、取り敢えず共有しておきたい事がある」
何処かよそよそしい態度をとりながら、ポッケですやすや眠るアロナ、他の人から見れば古い携帯機にしか見えない相棒を取り出して見せつける。
部屋の中の誰かが見逃すことが無いよう平等に、今スバルが握っている物の重要性を指し示す。
「これが俺の切り札にして最高の相棒の一人、アロナだ、通り名は…──連邦生徒会長の遺産って言えば分かるか?」
「あ!それってあの時の──」
「はいはい事情が分かってるアルは一度お口をチャックだ。チャックした口を飛び開かせる位にはビックリ衝撃な事実があるから」
──スバルが常用していた手口、それはアロナが未来予知をしていると全責任を背負って貰って、スバルの特異性を隠し通す事。
だがそれは…一度黒服によって見破られている、嘘を貫くのはあの黒炎から放たれる声に乗ってしっかりと鼓膜を焼かれたスバル自身が許さない。
コテコテな口説き文句で、今を乗り切ったとしてもそれが後にホシノへどんな影響を残すのかも分かっていた。
不和、疑惑、疑念、それらは転じて憎しみになる、必要なものは納得と誠実さ、そして少しだけの嘘というスパイス。
「実は、俺とアロナは一心同体なんだよ。今は疲れて寝ちまってるが…アロナが壊れれば俺も死ぬし、俺が死ねばアロナも壊れる、その代わりと言っちゃなんだがアロナが考えてる事が直接頭に入ってくんだよ」
「逆に言えば俺の思考も筒抜け。アル達が心配だなって思えば居場所を探してくれたり、ノノミを助けてぇって考えたらそのプランを導いてくれるんだ」
「俺ってさ、色々と今日の間にめちゃくちゃ変な事しまくってただろ?そこら辺の疑問の底の底にはこの事情があるって理解しといて欲しい」
「要するに……説明出来るけど、説明出来ないんだ。目的やら目標やらはちゃんと俺の中にあんだけど、何をどうしたかと聞かれれば眠り姫アロナたんのお目覚めを待って欲しいってワケ」
話を聞いて、目が乾くほどに瞼を開けていたのはセナを除く全員だった。
聞かされている事が空想で、信じられないような妄言であるかのように一度は頭の中に入ってきただろう。
スバルとしても、一心同体と言う部分は嘘ではない。戦場でのアロナの不使用は自殺行為に等しく、死に戻りでさえも…アロナがいなければ、今頃スバルがどうなっていたかなんて、想像に容易い事この上ない。
「──…」
「そんな事…貴方の口から聞いた事無かったわ。あの時の依頼の間も…そうだったの?貴方の命は、そんな小さな携帯一つに握られているって事?」
「違う違う、あー…俺さ、辿り着いた時には結構やべえ感じだっただろ?このまま干からびてミイラになっちまうー、みたいな感じでさ」
スバルが物憂げそうな表情を浮かばせて、腹部をさすればアルの目にあの光景が再び写し出される。
今尚触れれば柔らかい生傷であり、血に塗れたヒナのロングコートと死人のような顔で、壁にもたれかかるスバルの姿。
大人は皆、悪徳で頑強で、この世を我が物としか思ってない傲慢に満ち溢れている、多くの人間と関わってきた以上目を背けられない汚さとも直面してきたが……──。
「日記だとか、シャーレだの使命だとか、俺はそんなもんに操られて連邦生徒会長の後任を背負ってるわけじゃない。ただそいつが残した遺産に命を救われたってだけだよ」
「救われたから、救い返す、ってな。ホシノが知りたい俺の中身もそれだけだ」
「……」
「じゃあ、尚更自分の身体は大切にしないとね」
「分かってるって」
白熱していた場もすっかり冷め切ってしまった。目の前のひ弱な少年が、一度は実質死んでいたと自白したようなもので、脳裏には一抹の不安が過る。
──スバルは、もう引き返せない場所まで行ってしまっているのかもしれない。
他者がどれだけ心を尽くそうと、どれだけ支えていこうと背中に立っても追いつけないような遠い場所でナツキ・スバルは走っていたのかと。
「ん、じゃあ質問」
「揺らぎねぇなシロコは」
「勝手に置いていくのも、勝手に行くのも自由なら、勝手について行くのだって自由でしょ?少なくとも今はスバルはここにいて、私もここにいる…──質問は一つに絞ったから安心して」
「一つって〜と、やっぱり…アイツらか」
「──うん、スバルの命を狙ってるガスマスク、アイツらは何?」
トリニティの武装集団、聖園ミカが有する武力組織にして、スバルの命を狙う暗殺者『アリウス』。
今のところ、スバルの命を狙っている理由すら不明だが、この場にいる中で聖園ミカとアリウスに対しての知識を持ってるのは、カンナ位だろうか、「ちょっとまって」とセリカが新しい厄ネタの発生に口を挟もうと、
「アリウス、でしょ」
───。
────。
「あ、ああ、うん」
一瞬、意識が宙を舞って無難な返事しか返すことができなかった。
驚いたというか、なんていうか。知っているのは情報通なカヨコや警察として働いているカンナ位だと思っていたが、ホシノも知っていたのかと、ただその程度の驚き。
ホシノの事だ、独立傭兵部隊なんて物騒な組織調べてない訳でもなかったか。
「アリウスですか、これはまた、聞きたく無い名前が聞きたく無い事を…ナツキさん、命を狙われているというのは?」
「全く、ちんぷんかんぷん」
「心当たりも無いとなれば、何かしらの密命で動いてる可能性が高いですね…恐らくは内紛の影響かと、ナツキさんのシャーレ部長としての立場に危機感を覚えたか又は──」
「ん?内紛…──内紛?え?」
戸惑うスバルに「ナツキさんナツキさん」とアヤネが耳元に近づいてヒソヒソ声で、トリニティ学園の内情が如何なるものかを大まかに伝える。
エデン条約と呼ばれる和平合意条約の凍結をきっかけとしたトリニティの内部分裂の結果、「パテル」「フィリウス」「サンクトゥス」の三派閥に分かれているトリニティで、パテル派ホストの聖園ミカが主導となる三派閥合同軍と、何処の派閥にも属さない生徒と複数の部活が集まった反乱軍がトリニティ内で戦争を起こしている状況だという。
スバルが実感しているように、シャーレの権力は絶対性を持ちすぎている。もし反乱軍側にスバルが加担しようものなら、その聖園ミカとやらが保持している立場がいつ崩れてもおかしくない。
「スバルと私が列車で遠出してる時に、カイザー以外にも…そのアリウスが襲いに来た、カイザーより手際も殺意も段違いだったよ」
「──なんか、異世界に来ても人のやる事って変わらねぇ、情けなくなるぜ」
「異世界?」
「いんや、何でもない」
耳に聞こえた情報を一旦整理する、まず何らかの手段でスバルの情報を得続けていなければ列車での襲撃は有り得ない。
そしてヘイロー破壊爆弾を持ってスバル以外の生徒を傷つける理由も無い、スバルの命を奪うだけならもっと効果的なモノがある筈だ。
つまりはスバル単体を狙っている、スバルを内紛から遠ざけるようなものではない。聖園ミカがどれだけ自身の手腕に自信を持っていても、名の知れた組織を人殺しの為に活用するだろうか?
ただ余計に反乱軍の加担へと世論を進ませるだけ、政権争いのトップを務める存在はそんなスバルでも分かる下手を打たない。
あの素性を隠そうともしない素振り、戒野ミサキがあの場でスバルを殺そうとしていたのには、別の意図を感じる。
「……アリウス分校の生徒で、戒野ミサキって名前に聞き覚えはあるか?」
「戒野ミサキですか…聞き覚えはありませんが、後々公安局で調べておきます」
「頼む、アリウスに関しちゃこの場で終わる話じゃない、それに…明日からの事も俺から話したい事がある」
ヘイローを破壊する爆弾。
あれがある以上、スバルがアリウス自体の存在を明言したくはなかった。シロコやホシノ、スバルの敵を排除してくれる誰かが再び犠牲になってしまう可能性は否定できない。
否定出来ないなら、スバルは二の舞を踏み荒らさない。あんな思いも、命を粗末にして命を奪うのも一度でいい、ので、
「──アリウスには全員近づかないでくれ。白い衣装とガスマスク、それと黒いマスクをしてるバカデケェ武器を持ってる奴を見かけたら即退散だ。アイツらは俺が相手すっから…──シロコ、聞いてますか」
「聞こえない」
「へー?じゃあこの後の質問会はシロコお外で待機してて下さいな。可愛いお耳が生えてるシロコちゃんは残念ながらもふもふが邪魔して音が聞こえないらしいし?」
「スバル、何か隠してるでしょ」
「そうだな…ま、隠してる。でもシロコ含め絶対にアリウスには近づかないで欲しい。意地とかそんな話でもないってのは分かってくれ」
分かってくれと、話を片付けるのは簡単だ。吐き出しそうになった言葉を飲み込んで、不服の感情を押し込めて、ただ首を縦に振り、分かった。そう言うだけ。
そこに至るまでの不条理、納得できない諸々を飲み込めるのなら、の話だが。
分かってくれと、スバルが皆に首を振らせるには、道理を通して納得させて飲み込みたい悪感情を吐き出させて、シロコ達の言葉を受け止めてから。
だから聞いて欲しい、耳を塞ぐのではなく、スバルの言葉を跳ねのけるのでもなく、ちゃんと話を聞いて欲しい。
「アリウスにはその、なんつーか…──説明が難しいんだけど、やばい爆弾があるんだよ、威力とかの問題じゃない、めちゃくちゃデカい爆弾って訳でも無い」
「ソレからシロコ達を遠ざけたいんだよ、俺の命を狙ってきてる奴らがついでのようにシロコ達を踏みにじってくる」
前置きに前置きを重ねる、それがどれだけの代物であるのか、スバル程度の命では払いきれない過ちと過去を重ねた代物を始めて皆の前で口に出す。
「ヘイローを破壊する爆弾、爆弾としてはなんも大した事は無いのに、ホシノだろうと誰だろうと問答無用でゲームオーバーにしてくる最低最悪のバランスブレイカーが向こうの手札に潜んでるって事だ」
「──!」
カンナが「あ」と軽く吐息を漏らす、それはスバルの発言に対して心当たりがあったのか、それとも言いたくなった言葉がギザ歯に挟まったのか。
ともかくとして、一家言あるのは確かだ。その場の視線はカンナへと吸い寄せられて場は静寂へと包まれる。
それ相応の重圧を受けつつも、脳内で混線する情報を一本一本片付けていき、今得た情報とカンナが業務を遂行する上で得てきたモノとを組み合わせる。
以前ならばこんな思案も意味はなさなかった、カイザーに操られるだけの人形に自我はいらず、必要とされることも無い。自然と消え去る感傷でしかなかったものが、頭の中で結びつく。
スバルが「何か知ってるっぽいな」と確信めいた表情で問いかけ、
「ナツキさん、その爆弾の話を何処から知りましたか」
「黒服っていう、現在進行形でアビドスに迷惑かけてた奴からだな。馬鹿みてぇに裏事情に詳しいあくどい大人」
「…ふむ」
「…………都市伝説の様なものですが、少し話をさせて貰います」
「とある、事件があった。しかしそれは実態の伴わない噂話、それでも犯罪が蔓延るキヴォトスでも、ある一つの特異性を持った事件」
「私はそれをずっと胸の内に秘めて生きていこうとしていた、トリニティで行われ、推測ではあるがエデン条約凍結のきっかけにして、未だ事件の詳細は闇の中に沈んでいる事件、恐らく内情を知るのはこの世で私と、鎖国状態のトリニティ内部の人間だけの…」
恐ろしい事件があった。悪夢のような事件があった。あの日から、トリニティ学園そのものが魔境へと変わってしまった悪夢。
誰もその悪夢を知らない、誰も知りたくは無い事実、スバルの頼みでアビドスの事を調べあげる際、カイザー経由で手に入れているデータベースに乗っていた議題。
──思い出して、胸の内に永遠に潜めておくはずだったもの。
「…トリニティ元ホスト、フィリウス分派桐藤ナギサ殺害事件」
「──殺害」
「表向きには療養中である彼女に立てられた、根も葉もない噂話だった筈のモノです。私はそれを現実だと思っていますがね──…その際の犯行に使われたと思われる凶器は不明、ですがとある特徴が…」
「──カンナ、その凶器の特徴、先に答え合わせしてみてもいいか」
スバルの背筋が震える。推測ではある、推測ではあるのだ。
事件とは何の関わりもないアビドスと言う辺境で、いきなり現れたミステリーがあらゆるキーワードを拾いに拾い尽くして解答へと至ろうとしていた。
──もし、もしもスバルの惰性に塗れた脳みそが、勤勉なカンナと同じ結論を見出したと言うのであれば、この場で更なるやぶ蛇をかき分けることになる。
推理の素人であるスバルが考えつくのなら、この場にいる誰もが理解出来る事だろう事実。混沌とした状況で、死に戻りを使用し秘密を暴き続けてきたからこそ、その道の道中に落ちていた答え。
「その凶器は、何の外傷も無く人を殺せる…そうだろ?」
「……ええ、トリニティ内での治安維持隊、正義実現委員会が彼女の亡骸を引き取った際には、傷など全く無い状態で息を引き取っていたらしく、私ですらその情報はカイザー経由でしか知っていない極秘情報、扱い的にはカイザー内でも風の噂程度でした」
「噂って…人が死んでるのになんで噂止まりなのよ」
煮え切らない言い方と、思考が追いついた先のおどろおどろしい結論に座り心地の悪くなったセリカが、音を立ててテーブルに手をつく。
ただ言ってみたは良いものの、セリカ自身は事件どころか、その噂話すら聞いたことがない。
気まずくなったセリカが、助けを求めるようにアヤネへと質問を出す。
「アヤネは……アヤネなら、その事件の本当の事って知ってたりしない…?」
「セリカちゃん…──恐らくは完全に外への情報流出を禁じているか、
「ですが、こんな偶然で…──」
「偶然、ね…アンタも分かった感じか、それ、私も同意見かな、はぁ……こんな所でこんな事に巻き込まれたくは無かったけど…」
カヨコが一人ぼやっとした顔をしているアルの肩を叩いて引き締め直させて、次にアヤネの肩にも手を預けた。
この騒動に巻き込まれた後の生活を想起し、更にため息を吐く。
近くにいたスバルの手に生暖かい息が掛かって、そのぬるま湯のような感触は、カヨコが含む感情を十分に伝えてきた。
厄介、本当に厄介だ、ホシノの心中、カンナ、カヨコ、スバルの胸に重くのしかかる結論は──、
「俺、これが唐突に過去のイヤーな経験が急にフラッシュバックしてくる的なさ、突拍子も無い適当な思い付きだったら良いんだけど」
「──三大学園の一つがテロで乗っ取られてるとか、有り得ないよね?」
■
──奇跡は一度しか、偶然は二度しか起こらない。
何故ならば、奇跡というものは遭難した船の上で見上げた流れ星の尾が、その煌めきと共に空に海図を書き示し、無事に帰れる様なもの。
偶然は一度起こった奇跡を意識した結果起きる、例えば奇跡的に待ち合わせした友人と全く同じ服を着ていた人が、次もまたもしかしたらを考えて、奇跡の尾をなぞるように同じ服を着ていくようなもの。
それ以降は、全て意図したものであり、必然。
複数の意思が、同じものをなぞって同じ方向へと進む時、それもまた奇跡や偶然であれば良い場合もあるが、
「こんだけ居て、殆どが同じ事思いついたってなら、神様の気まぐれなんかじゃ説明つかないよな」
この部屋に居る十人の内、アル以外は同じ結論を出した。出してしまった。
ハルカも結構頭が回るのには驚いたが、コミュ障なだけで別に普通な所は普通なのだと、昔のスバルを思い浮かべるも、あんな狂犬じゃねぇなって思い浮かべたものを手でかき消すスバル。
「…この話題さ!一回置いとかね!?」
「コホン…私もそちらの方が良いかと」
「おじさんもスバルに聞きたいこと忘れちゃいそうになる位、ビックリしちゃったし…一旦忘れよっか」
地雷を超えた核地雷だ、とんでもない化け物、最悪の怪物、そんな相手の逆鱗に触れようとして、みすみす命を捨てる訳にはいかない。
虎穴に入らずんば虎子を得ずともいうが…穴に潜むは虎どころの騒ぎではなく、そして得るものも無いとなれば、
「よし!一旦放置!!新鮮な話題に切り替えます!!!」
これが一番良い。
何が良くて人の死を話題にしながら、迷宮入り確定しかけてる大ミステリー殺人事件の探偵役になぞならねばならないのか。
ミステリーというにはアリウスも足跡を残し過ぎている気がしなくもないが、そもそも死に戻りがなければ存在がバレる筈も結び付く筈もない、所謂『知りすぎた』から消すタイプ、証拠なんて全部消せばいいので、やっぱり気のせいだった。
意気消沈した皆のために、スバルが音頭を取ろうとして思い出す。
──あ、そういえば話題切り替えても尋問されるのか、と。
「じゃあ私から〜、いいよねスバルきゅん」
「ムツキが?まぁ聞きたいことあるならいいけど」
「それじゃー質問、スバルきゅんってもしかして痛みが好きな、アッチのタイプだったりしな〜い?」
「ぶふっ──!?」
イキナリ破廉恥で、脈絡のない発言に身体をのけぞらせて驚くスバル。
そっちの気があるかないかで言えば、全く、一切合切無い。鞭で叩かれようが痛いのは嫌いだし、苦しみしかないだろうと、アッチ系は理解し難いものだ。
「な、何で急にそんな事…別にそんなワケでも無いけどさ?ムツキから見た俺ってそんな感じなの!?だとしたらめちゃくちゃ凹むんだが…」
「え〜?だってこの前も今も、率先して一人になって傷増やしてくるよね、そこの狼ちゃんから聞いたけど、列車にも一人で居たんでしょー?」
「んんむ…否定はするけど材料は揃ってんのか…裁判長!異議あり!これは明らかな冤罪です!再審を願わせて貰いましょーう!」
まぁ、いつも通りの彼女のおふざけだろうと、片目をつぶり、日本でやっていた裁判ゲームのような姿勢で机をポンポンと叩くスバル。
なりを引っ込めていたスバルの芸人魂も再燃し、もう一発何かギャグを挟もうかとムツキへ視線を向けた時、その白い目線に気がついた。
「ちょっと言い方が遠回しだったかな、スバルきゅん」
「──なんで私達を遠ざけたの?アビドス高校に着いた時間を考えれば、連絡してからさ、別に…スバルきゅんの単独行動に付いていけたよね?」
「スバルの口は、なんの為に付いてるのかな〜?さっき言った爆弾で私達が死ぬよりさ、高々銃弾で死んじゃうスバルの方が何万倍も危ないと思うよ♪」
「───」
「っ、もー、ちゃんと分かってる?ニヤニヤしてたら顔引っ張ちゃうからね」
「大丈夫大丈夫、ムツキが言いたいことちゃんと分かってっから」
肯定も否定も、何の音も出さずに微笑だけを返したスバルの頬を、餅のようにびよんと伸ばし、そして元に戻す。
スバルも微笑から漏れだしかけた言葉を、ムツキの顔と、そして便利屋の皆に触れる事で押さえ込んだ。
──経験したからこそ、同じ奇跡は起こせない事を知っている。
「では、次は私が」
「おうよ、何でもいいぜ」
「純粋な質問ですが、まずどうやって理事の居場所を特定したのか、そして何故突入時に警護の兵すら最低限しか居なかったのか、ナツキさんに託した銃を、このアビドス高校でどう使ったのか、その三点をお聞きしたいです」
「理事の居場所は…アロナのハッキングだな、郊内にいる限りどう頑張ってもアイツらは足跡を残す、防犯カメラとかで追跡して特定って感じ、兵は全部誘導した、俺が後輩の引き渡しの現場、そこに居るから喧嘩しようぜ!って吹っ掛けてマヌケが釣れたって訳」
「方法はさっき言った理由で説明出来るけど出来ない、頼んだら出来ちゃったってだけだしな」
胸元のポケットから取り出したメモ帳に、スバルが話した大まかな流れを書き込んでいく。
その後もスバルが話す、適当でいながらも過程を省けば納得が出来る思考と行動を事細かく記録し、
「後は脱出も…アロナのお陰だな、俺は事前に予測してた経路を走っただけ」
「…ありがとうございました、参考にはなりませんが…話はこちらで纏めておきます、で、拳銃の使い道は」
「…………───」
「拳銃の、使い道は、なんですか」
「しょ…」
「しょ?」
「勝負…が、ありました…」
「勝負?」
──どうしよう。
どうしようか、どうするナツキ・スバル、情けなく誤魔化しながら話を進めるのか、それとも漢の背中を見せつけるのか、どっちにしたって残されてる道は──、
「ホシノとの勝負に勝つ為に使いました…」
「…彼女に、勝つ、ですか」
早くホントのことを話せと、後ろ指をさされている気分。
「……ホシノに勝つ為に……空砲の状態で……──自分に向けて使いました……」
「そうですか」
「ここに辿り着く前に、カイザーの基地を車ごと吹き飛ばすのにも…使いました…」
「は?」
思わず漏れた「は?」を繰り返す前に、静かに手帳を取り出して何かを描き進めるカンナを見て、スバルは断首される前の鶏になってしまう。
カンナの手を止めてくれと周りを見渡しても、共犯のホシノは兎も角として誰もスバルに手を貸そうとはしない。
「他には」
「あー……──」
そういえばと、列車の上であのミサキという少女を騙す為に……発煙筒の煙で隠れてる間で……。
「ナンニモナイデス」
「……」
「ナ、ナニモナイデスヨ」
「…」
「カンナ!カンナ、あの!その手帳に何か書くのやめません!?」
「私からは以上です、今は次の方に譲りましょう」
スバルが顔を脂汗で加湿している間に、また次へとバトンが渡る。
次に名乗りを上げたのはホシノ、ホシノが質問したい事は中々想像つかないのは、候補が多すぎる事もあるが、
「それじゃ、おじさんの番か」
──やはり、その一人称には良い思い出がない。
「シロコちゃんからの話を聞いて、相談して決めた事なんだけど…──まっ、傷の事だよね〜」
「うっ」
「スバルが遠出した列車で、何が起こったのかは大体聞いたよ…カイザーとアリウスの挟み撃ち、協力してくれてた二人が居るとはいえ、スバルとその子達だけで覆せるような状況じゃない」
「それこそ、
言ってみろと言わんばかりにホシノがスバルに近づくと、包帯で見えない生身の身体を想像する。
特に状態の酷い右腕は、どんな事をすればこうなるのか。
「何をしたのか、どうやって勝ったのか、ほら…おじさんって結構荒事得意でしょ?そんなおじさんにも想像出来ない勝ち方を教えて欲しいな」
「──話さなきゃダメ?」
「話さなきゃダメ」
そっと首筋にホシノが手を添え、少し強めに…包帯が沈む程度に押し当てると、確かにスバルの脈拍を感じ取る。
じっと顔を見つめ、誰よりも近い位置でスバルの表情、呼吸、瞼の動きを読み取ると、
「別に喋りたくないのなら嘘をついてもいいよ、スバル」
「そりゃまた…なんでよ」
「
「………」
ゆっくり、ゆっくりと這いずる蛇のように。
絡みつくホシノの言葉が、スバルの喉を締め上げる。
「スバル」
「ほら、話して」
──ああ、善意の尋問ってさ、別に普通の尋問と変わらないし、なんなら拷問じゃね?
生唾と嘘を飲み込むスバル、それはホシノに飲み込まされたもので、
「最初は………カイザーを近付ける為に、わざと……撃たれました…」
はじめの第一歩を、それはそれは大きく踏み外したのであった。