転移地点であるコンビニの天井の上から覗く光景は相変わらず人と人とが銃撃戦を行っており、女子生徒の肌にペチペチと当たっている弾丸はいとも容易くコンクリを破壊している。
沢山の人が通る大通りには戦車が闊歩しており、その駆動音を鳴り響かせながら建物へ向けて発砲していた。
まだ昼下がりの太陽、だが気温は猛暑と呼ぶに相応しく、目下を通り過ぎるヘルメット…スケバン?ヘルメットを被ったヤクザの様な女子生徒達を見ていると、『さぞや蒸れてしんどいだろうな』なんて実直な感想が喉を通り過ぎる。
ーー通り過ぎるのだが、問題はそれでは無い。
それよりももっとデカくて吐き出せないモノが、喉に詰まっていた。
「呆けて馬鹿みてぇな感想言ってる場合じゃねぇよな、えっと、…ーーやっぱり『は?』だわ」
後ろ頭をかいて、お天道様にお腹を向ける。渾身の服従ポーズを神様へと向けつつ、脳内に浮かんだ疑問を解消しようとクネクネ身体をくねらせるスバル。
こんな場面を誰かに見られでもしたら即通報モノだが、既にインターネットで噂になっている身……の筈、だったのだが。
「そう、数時間前……夕日、もう太陽が降りてた頃なのに…」
お腹を向けるお天道様に疑問を投げ掛ける。どうして貴方はそんなにも高い位置に?もしかしてお天道様も気分転換に高い所に登ってみたくなったの?
ーーだって貴方、さっきまで沈みかけてたよね?
「…日が高ぇ」
この感覚も別に初体験という訳では無い。
――この世界に連れ込まれたときも、スバルは綺麗なお月様からお天道様への早変わりを目撃していた、それだけに衝撃は最初程ではない……が、それでも、明確にそのときとは違う感覚がある。
気持ち悪い。
「足の傷…無ぇな、俺の身体の隙間風も塞がってる」
ジャージの足元を捲くらなくても、巻いてもらった真白の包帯が無い事に対する感想だ。
スバルにとってはまともなコミュニケーションを取れた相手であり、純然たる善意によって施された治療は見ているだけで心をポカポカさせたものなのだが、それが消失している。
身体に空いた穴もそうだ、銃声と思しき攻撃に風穴を空けられ、血を床へと大量にぶちまけた後、傷ついた内臓を撫でながら無様に散ったはず。
しかし服にはその様子も無いし、それどころか処置に使ってしまったコンビニ袋は健在で、服装は一切汚れておらず、ズボンのポッケにはそれぞれ携帯電話と財布が収まっている状況なのも変わっていない、最初と同じ、最弱の初期構成。
――今になって、失った命の冷たさが身体を這いずり回る。
「ぅ……ぉえ…」
「どう、なってんだよ…」
弾丸が臓腑を貫いた感覚を覚えている、肝臓が破壊され、胃に物理的に穴が開き、肺は別の呼吸口を作られた。
今の気持ちを表すと痛い、苦しいというよりは、
ーー気持ち悪い。
今生きてる自分が気持ち悪い。死を実感した後も、なぜか二本足で立っている自分が気持ち悪い。
あの苦しみも、あの痛みも、あの冷たさも、記憶にあるだけのモノであるのが気持ち悪い、ナツキ・スバルは確かにあの時間を過ごした筈なのだ。
永劫に続きそうな命の炎が消えゆく瞬間、『ロウソクの火が消えたことをロウソク自身は自覚できない』筈だったのに。
「…体調は万全も万全、チョベリグで最高だ」
なのに俺は、全てを覚えていた。
救って下さいと言われた、あの子の声も。
「……」
「ーーそうだ、日時を…」
街中のビルに張り付いた巨大な液晶モニターは、渋谷交差点前ビルを想起させるモノ。
時刻は確認しておいた筈、まるっきり日本と時間の呼び方数え方が同じで助かったと安心していたのだが、今では逆に読めて欲しくない。
「…!」
「1時、24分」
変わっていなかった、この世界に転移してきた時間と何一つ。
ーーオマケに、時刻の横の日にちも合致している。
「……取り敢えず、聞き込みしてみるか」
まだ挫けるものか、漢ナツキ・スバルが夢かもしれない幻覚幻聴で膝を折る等名折れが過ぎる。
そう思い、ササッとコンビニの天井から降りて着地した。高々1mならば幾らスバルでも美しい三点着地を見せつけれるのだ。
吐き気を抑えながらも周囲を見渡していると、背後から機械音が聞こえた、そう、コンビニから出たばかりの女子生徒だ。
ーーコンビニから出てきた女子生徒の表情は、驚愕に染っている。
「あ、悪ぃ…ちょいとばかし聞きたい事が…ーー」
「ふ、ふ…」
「ふ?」
「不審者だーー!!?銃も持ってない変態だぁー!?!?」
「あ!おい!ちょっと待てって!!そう、これには特別な事情があってだな!お前が考えてるよりもずっと特別でそれはそれはマリアナ海溝より深いワケが…!」
そう話しかけながら追いかけようとするスバル。
「イヤーー!!?寄らないでぇーー!!!」
「だからそんな悲鳴をあげな……く、て…」
ーーパンッ。
「も……」
同じ感覚、同じ痛み。
一度経験した感覚を、人は反射として記憶するが故に。
その感覚をスバルは確かに覚えていた。
「ーー?」
ーーそうして、再びナツキ・スバルの身体に風穴が空く。
「かっ……ぁ、ぁ?ぁ……」
「キャーッ!!……って、え?ええ?え???」
「おま、おま……え…ーーなに、して……」
一発の弾丸は的確にスバルの急所、心臓を貫いて、空いた穴は命を終わらせにいく。
意識が抜け落ちるスピードが尋常ではない、幸運にもまだ動けたあの時と違って、ナツキ・スバルの『命』を撃ち抜かれた。
冷たい冷たい感触に、熱い熱い命の水溜まりを広げながら……。
「……」
ナツキ・スバルは、命を落とした。
■
「撃て!撃てぇッ!!」
「グレーネーード!!避けろぉッ!!」
聞き覚えのある叫び声。
感じた覚えのある日光。
嗅いだことのある硝煙と舞い上がる土埃の匂い。
「……」
「な」
「なんっ、なんだよ…!!」
「何だよコレッ!?」
発狂にも等しい揺さぶりをスバルは心へ直接受けてしまう。
今度は一瞬、何のドラマも無く、何の過程も導線も無く。
ーー拒否反応で、死んでしまった。
「あいつ、あいつッ!!」
「ーーあグッ…おぁ…」
心に身体が負けていく、最初とは比較にならない恐怖と絶望。
立ち上がれた先程と違って、今度はあっさり膝を折ってしまう。
「ぁぐッ…ーークソ…!」
『死んだ』
ここが完全に異世界ファンタジーであれば良かった、しかし日本に余りにも近しいこの世界は、引きこもりとニートを兼業していたスバルにとって、あまりにも『現実的』過ぎる。
傷を即座に治せる治癒魔法があれば良かった、空を飛べる飛行魔法や、炎を放てる火炎魔法…ーー魔法でなくてもい、異能、特異能力、超常現象、そのどれでもいいから『現実』を否定できる夢の様な要素が何かあれば良かったのだ。
ーーこれが夢で、異世界転移で、俺TUEEEEのありふれたチート無双なら、良かった。
それか、もっと痛みも無く死ねれば……。
兎にも角にも、そう思うにはナツキ・スバルはこの世界の現実と触れ合い過ぎたのだ、襲いかかる『現実感』は、最初も、その次の『死』の影も突き放せない。
数分間、身体を丸めてジタバタする事しか出来なくなった。
「クソッ、クソっ、クソッッ!!」
震えるまま、恐怖に怯えるまま丸まり、ビニール袋を空へ放り投げる。
堪らなく醜い姿を晒しても仕方ないのだと、己に断りを入れて…思考を捨てる事で、恐怖を心から追い出そうとする。
ーー追い出そうとして、また
「イテッ!もー!なんだよちくしょう…」
「おー?どした〜?」
「いてて…ちっ、はぁ…聞いてよ〜、何か上からコレ降ってきて頭にぶつかったの」
「上?…コンビニの上からか?」
「そうかも、誰か居るかもしんない」
少女達の話し声が聞こえてきた。
その声は、ナツキ・スバルには届いていない。
「ん〜…一発投げ込んどくか!抗争中に舐めた事してんじゃねぇぞ!ってことでな」
「ありがと!」
「ほれ、よいしょっ!!」
声にナツキ・スバルが耳を傾けられていたのならば、また結果は違うかもしれなかった。少しでも状況を整理し、心を落ち着かせ、泣き叫んでも良いから自己主張を少しでも挟めたら…ーー、
ーー現実から目を背け、丸まっているだけの男には難しい話ではあるが。
恐怖の化身である、現実から目を背けている男の傍に…。
黒い球体が落ちてくる。
「…ぁ?」
最期に視界に捉えたモノを眺めながら、ナツキ・スバルの瞳の水分が蒸発する。
順々に吹き飛んでいく肉体に、今度こそ痛みも苦しみも味わう暇もなく……。
『ナツキ・スバル』はこの世界から形を失った。
■
「撃て!撃てぇッ!!」
「グレーネーード!!避けろぉッ!!」
また、聞いた覚えのある声が聞こえてきた。
また、触れた覚えのある光が目に差し込んできた。
また、入ってきた覚えのある匂いが鼻腔をくすぐった。
「…ーー」
「ーーは、ハァッ、ぁあ、ぁぁぁああ…」
「ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛!゛!゛」
低く、低く自分のお腹に向けて唸る。
誰にも聞こえないように。
誰にも見つからないように。
「なんっ、ぁ、ぅぅ゛…ぁ゛…」
「ぅぅぅぅ゛うッッ゛オェエェエッ!」
ジャージを涙と鼻水と吐瀉物で汚しながら叫ぶ、どうしようも無く丸まって、それ以外出来ないスバルは丸まったまま醜くなっていく。
手榴弾の直撃、なまじ理性が残った脳ミソは、再び死ぬ直前の光景を色濃く脳内に映し出す。
忘れていた、忘れているつもりはなくても、こうやって体験するまでは忘れていた。
ーーこの世界は、自分が生きていける場所等では無い事を。
悪意も、敵意も無く、ほんの少しの気分の揺れで死んでしまった自分。スバルと遜色のない女子高生が彼を跡形もなくこの世界から消し飛ばしたという事実。
世界が色褪せるほどの恐怖が、内蔵をひっくり返す様な感覚を伴って心を蝕んでいる。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ…ーー」
「し、死んだ、絶対死んだ、俺今死んだんだ」
「ゆめ、ゆ、夢じゃなかった…ーー撃たれて死んで、ぅ、はッ、ば、爆発して…」
「ーー死んだ」
それがナツキ・スバルに突きつけられた、唯一の現実。
「死んで、戻った…?」
時計を確認する、1時24分。秒は記憶のブレがあるが、それでも再び一分のズレも無い同じ時間。
ループ?繰り返し?幾つものラノベを読破してきた脳が、恐怖に追いたてられながらフル回転を始め…。
「巻き戻してる…」
「ーー『死に戻り』、死んだら、時間を巻き戻す…?」
導き出した結論は、非現実なソレだったのだ。
ボソッと呟いた
そんな巫山戯た事実よりも、スバルが更に呟いた一言には…。
「は、はは」
「無理だろ、コレ」
ーーナツキ・スバルに与えられたチートが、この世界を生き抜く為には不十分過ぎる事に対する嘆きが篭っていたのであった。