Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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『無理解の先』

 

困難に立ち向かう。

 

 

自身が乗り越えるべき壁を乗り越える、苦難の道を一言で言い表せる言葉は沢山ある。

大人の階段を上る、社会の仕組みを覚える、成長とは常に苦痛と隣り合わせの幸福だ。

 

しかし自分は変化が嫌いだ、環境の変化を、状況の変質を、立場の変異を、生き方の変貌を、ナツキ・スバルはなによりも恐れ、なによりも嫌い、なによりも疎んできた。

 

年齢が増えることも、周りが自分より先に『大人』へと変わっていくのも、感性や味覚の変化も、成長と呼ばれるそれらを忌み嫌う。

 

よく人は幸せになる為に生まれてくるというが、ならば幸せになるには成長しなければならない、成長無き幸福は堕落と壁を一枚隔てた、薄壁の幸福である。いつ崩れるかも分からない壁の向こうには、成長を遂げず生きてきた人間には厳しい現実が待っている。

 

 

スバルは変わらない事、変わらない日々を送る事こそが幸福だとは思っているが、そうなるとなにもかもが変わらないで生き続けるという事。

 

無論、それでは成長できず、幸福になれるとは言い難い。

 

成長という時間の経過は変化を生み、摩耗を経て、人を進化か退化いずれかの終わりに導く。

 

 

──ならば、こうして苦難の中に立たされ続ける自分は、異世界に来て死んでばかりの自分は、前に進み『幸せ』になれているのか、それとも後ろを向いて歩いて、前に進んでいると勘違いしているのか。

 

 

異世界に来てからは、否応が無く前を向いていかなければならない状況ばかりだった。コンビニの上で目が覚めた時も、アロナと出会った時も、連邦生徒会長の残したものを背負う時も、初めて死に戻りをして振出しに戻った時も。

 

 

自分は、歩んでいるのか、それとも歩まされているのか分からない、変化しないことが幸せだと思っている自分は、今、幸せなのかどうかも。

 

 

唯一つ言えることは、なにもかもが変わり果ててしまった世界においても、自分は一度手に入れたものを手放したくないと、縋りついてしがみついて、必死になって。

 

 

 

必死になって──俺は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

倒れた体を起き上がらせる。

 

 

起き上がってから、起き上がるには寝ていなければならない事に気が付いて、おかしいなと、首をかしげる。

 

人生の内、何千回も見たであろう質素で簡易的な天井、教室は床掃除ばかりで結局は舞い上がったほこりが天井に付き、また落ちてくるので、給食後の掃除の有益性に懐疑的だったあの頃を思い出す。

 

 

寝落ちする前に何があったのかを思い出そうとして、後頭部の異様な重みに尾を引かれ、またおとなしく横になった。

 

 

「何やってたっけ…」

 

 

眠る前になにがあったのか、いや、寝たのではなく気絶してしまったという方が正しい現状で、何が起きたのか。

 

スオウから連絡が来たのは覚えている。中身を確認する前に先にアコへあいさつ回りをしようと体育館に向かって、外廊下に出た時に…。

 

 

「──思い出した」

 

 

無様にも風に煽られてすっころんだんだっけ、そのまま体育館に入った後に倒れちゃって…───、

 

 

「思い出した、ではありません」

 

 

「セナ」

 

 

「点滴を常用すべき患者が外に出歩くとは、ご自身の容態を正しく理解していないようで」

 

 

そう言われて、右腕にじゃらじゃらとしたモノを感じ取り、簡易的に取り付けられた点滴がポタポタとスバルの身体に流れ込んでいるのが見えた。

 

理解していないと言われれば、そうだとしかうなずけないが…点滴は苦手で、身動きが封じられる上に、内容物が何かは分かっていながらも、液体が身体の中に入ってくる事実がなんとなく嫌。

そして視線の延長上には、スバルと同じ生理的な嫌悪を感じていそうなアコが、スバルの顔面にため息を吹きかけてきて、

 

 

 

「ちっ、起きましたか。コホン…ご無事で何よりです」

 

 

「今舌打ちしてたよな!?」

 

 

「ええ、それが何か?」

 

 

「お前の開き直りっぷりには感動させられるよ。……俺の心の中での師匠にしてやってもいいぜ」

 

 

「ろくでもない事を言わないでくれません!?何が師匠ですか、そんなものにさせられる位なら先に貴方の頭に鉛玉ぶち込んでやりますよ!!」

 

 

「あいあい、迷惑かけてんのは自覚してるからこれ以上は騒ぐの無し、お相子様で」

 

 

「何様目線でこの男は──!」

 

 

 

二人で騒ぎ合っていると、セナが硬いブーツのつま先を教室の床に向けて叩き、鋭い視線を向けて二人を黙らせる。

にしてもセナの治療技術、というよりキヴォトスの医療技術は日本の医者が見たらひっくり返るだろう、銃による負傷が多いとはいえ破壊された内臓やらなんやらが数時間で歩ける程度になるのは神秘による影響もあるのだろうか?

 

 

「いやまてよ、セナって病気も直せたりするか?」

 

 

「私は外科ですので、風邪等の病気は治せませんよ」

 

 

「当たり前っちゃ当たり前か……──そこまで行くとファンタジーの類だしな…」

 

 

「ですがトリニティ総合学園には、身体の内側をも治せる方がいるとは聞いています」

 

 

「マジ神秘万能説。メス投げ武闘派ドクター二人、治すなら心の病にしときな」

 

 

 

Kがついてたり子供のころからツギハギだったりする医者に手を振り、適当な軽口をたたいて、乾いた口の中を湿らせる。胸騒ぎはまだ収まっておらず、スオウの連絡が如何様なモノか、彼女の要求次第で再びスバルは死の淵を渡らねばならないかもしれないからだ。

 

が、そのあたりの内心の機微をアコに捉えられる、こちらを見る視線に雑じる警戒の感情には変化がない。

 

そうして、『探られる』のが一番、今の自分では対応しづらいというのに。

 

 

 

「……」

 

 

 

手際よく携帯を開き、メルボの中身を確認する。送られてきたのは二つ、一つ目に載っていたのは『生徒会の谷で待つ』と一言だけ、待つというのなら日時やら時刻やら記載しておけよと、一応あの二人の上司である立場を踏まえてため息を吐く。

 

二つ目には『砂嵐が収まらなければ今すぐ来なくていい、期限は鉄道権利破棄まで』…、

 

 

「……なんでそーゆーところは気遣いが出来てんの!?黒服といいさぁ──!」

 

 

腹が立つ、グツグツと煮える感情を抑制して、スバルの叫びで発生した無言の時間をごまかすように咳払う。それを受け、アコの視線は更に冷ややかになるが、

 

 

「ナツキ・スバル」

 

 

そこに侮蔑の感情は含まれていなかった。

 

 

「先に貴方と話しておきたい事があります、極めて重要で、この偶然にあやかってこそ意味がある話を」

 

 

こと、腹の探り合いとなればスバルの力不足が露呈する。アコが発する言葉はどれも重みを持ってスバルから情報を吐かそうとする圧があった、決して逃さない、蛇のように締め上げてくる圧。

 

だがそこに安心感を抱いたのも事実だ、自分を疑ってくれる、まだ心の底では不安を消し切れていないスバルと同じであるという共感。

 

 

「私は席を外しておきましょうか?」

 

 

「セナさんはここでの話を外の風に乗せるような方ではないと信じていますので、大丈夫ですよ」

 

 

「なるほど、スバルに対しての人質として話を聞いておけ。という事ですね」

 

 

「………その様な物言いをした覚えはありませんが」

 

 

やりにくそうな顔をして、スバルに向き合うアコ。

行政官としての側面を見せる彼女からは、流石に冗談を言い貫く自信はない。対戦相手であるアコと自身との力の差も、経験から読み取っていた。本来なら腹痛を理由にその場を辞し、そそくさと相手の思惑を折るのがスバルという人間の性格であったし、事実そうするべきであると思っている部分が今もある、が、

 

 

「話、ね。いいぜ、やるならやるで()()な中身を期待しても?」

 

 

「有益であるかどうかは、これからの貴方次第です」

 

 

簡単な話、スバルに対しての不安を解消したいというのなら、スバルをゲヘナ陣営に引き込めばいい。貴方次第と会話の前に付けられる時は、大抵YESかNOの判断を迫られ、NOを選べばギャングが如くコンクリに沈められたりするが、

 

 

「ですが───んんっ、その、貴方に…はぁ、私からではありません、私からでは!ありませんが!言っておくことがあります……はぁぁ……」

 

 

「ため息ばっかついてると幸せがその横側から逃げるぞー。話したいことがあるのならさっさと言えー」

 

 

スバルの棒読みに青筋を浮かべるアコ、目の前の存在がなんでもないただ腹立たしいだけの男であれば何発弾を撃ち込んでいたか分からないが、残念ながらキヴォトスの中でも最高位の権力を持ち、連邦生徒会長の唾が付いた相手であったのがアコにとっての最大の不幸だった。

 

 

 

「──風紀委員会を代表してナツキ・スバル、貴方に感謝を」

 

 

 

「────」

 

 

 

長い沈黙。ぺこりと前に下がったアコの頭。

 

予想だにしなかった、いや、想像すら、彼女がそれを吐くイメージすら湧かなかった言葉を受けて、

 

 

 

「なぁセナ、俺って耳は怪我してないよな?」

 

 

「はい、中耳も鼓膜も無事ですよ」

 

 

「アコ、お前疲れてんだよ……横乳に冷えピタでも貼って寝といた方が良いって」

 

 

「──ぶち殺しても?」

 

 

「ごめんて」

 

 

 

驚いたには驚いた、今も横転してから抱腹絶倒してもいいが、流石に殺されてしまいそうなので自重しようと、顔を笑わないように筋肉で固める。

驚きはした───しかし理由は察することが出来て、

 

 

 

「アコがここに来てくれてる時点で分かってたけど……やっぱ、犯罪数が減ってるってことだよな。そんなに影響力持ってんのか、俺」

 

 

「一夜にしてスラム街となる……私の見立てはそうでしたが、残念ながら外れました」

 

 

「ゲヘナで貴方の名前を知らない人間はいない、『風紀委員長とナツキスバル、便利屋の三同盟』という噂話がゲヘナの悪党を抑制しているんです。…にしても、それ程の存在になっている自覚もありませんでしたか、はー全く」

 

 

「知らねぇよ、つか知る前にアビドスに行ってんだよこっちは」

 

 

「……ちなみに先ほどの言葉を伝えてほしいと言っていたのはヒナ委員長なので、私からは特に何も、何も!ありませんから。しいて言うなら、委員長に引っ付く虫が、いつかその頭吹き飛ばす、ですかね」

 

 

「…………」

 

 

 

ツン100%濃度を喰らい、セナに甘やかして欲しい気持ちが湧きつつ自身の影響力について再認識する。幾らヒナの頼みだからと言って、行政官であるアコは私情と実利を分けて考えられる人間だ、それがゲヘナを差し置いてスバルを助けに来たのだから、現状ゲヘナは相当に平和な状態になっていると考えられる。

 

あの騒乱と犯罪の町が……──あり得ないとは思うも、アコがここにいる事がその証明だ。それに未然とはいえ、スバルはゲヘナの滅亡を救った人間だ、ゲヘナが滅ぶ事実をスバルしか知らなかったとしても、ヒナはそれを信じ、手を取ったのだから、

 

 

「一矢、報いてやれたかな」

 

 

「……それでは、本題に入りましょう」

 

 

 

面を上げて、アコは再びシリアスモードに突入する気配を見せると、

 

 

 

「──エデン条約を知っていますか」

 

 

 

スバルの耳がピクリと反応する、知ってはいないが聞いたことがある、それも前日、カンナが話していた時に含まれていた単語だった筈だ。

知ってるか否かでいえば何も知らない、アコのペースを保ってもらうためにも沈黙を貫いて、

 

 

 

「ゲヘナ、トリニティで構成員を供出し合い、エデン条約機構を作成、同機構によって両自治区の紛争解決を行い、両学園間の全面戦争を回避する構想です……が」

 

 

 

「──その発案者は連邦生徒会長、失踪により凍結状態にあるエデン条約は、貴方という存在の登場により再始動の動きを見せています」

 

 

 

アコのえも言われぬ不安の正体を、分かち合う事で同調し、スバルもまた不安に染まる。

それはまるで、山林の端に赤い炎が見えた時のような、海の向こう側に壁が見えた時のような、自身ではどうしようもないモノが迫ってきている気分で、

 

 

「ナツキさん、貴方に……何かして下さいと、言う訳ではありません…それらは越権行為であり、私からはお願いをする事しか出来ない。その上で──」

 

 

「どうか、ヒナ委員長の引退の為にも、ゲヘナに手を貸して欲しいんです」

 

 

「引退──?」

 

 

ヒナが風紀委員を引退する、そうなれば未来のゲヘナは何処ぞの世紀末より治安の悪い世界になるのではないか?

そう思うのは仕方が無い事で、表情の機微に乏しいセナでさえ、目を見開いて驚愕を表していた、無論、スバルも。

 

エデン条約機構とやらで抗争だの紛争だのが治めれるなら良いが、そんな上手く行く話でも無いだろうと、

 

 

「それってさ、よっぽど互いの学園が仲良くないと成立しなくね?」

 

 

「ええ、我々ゲヘナとトリニティは犬猿の仲、雷帝の君臨していた時期も酷いものでしたが、それ以前に遡っても歴史的な確執があるのは確実ですし、今も尚ゲヘナ生、トリニティ生というだけで憎み合う関係性は随所で見られていますし…」

 

 

「じゃあ駄目だろそれ?? マジで成立する見立て無いじゃん。ヒナの引退だってスゴロクゲームじゃあるまいし、辞めたり復帰したり辞めたり繰り返せねぇだろ」

 

 

「………まだ先の話になりますが、要するに、私達は仲良く銃を構えながら笑顔で握手しなければならない状況。締結した後、マトモに機能するとは到底考えていませんが…それでもヒナ委員長の順調満帆な引退の為にはやむを得ません」

 

 

悲恋に沈みそうな乙女の表情をするアコを見ていると、後ろから背を押す係に成りたい思いに駆られる。彼女のヒナへの愛は十分理解しているからこそ、順調満帆な引退とやらに心身を尽くしているのも分かる、しかしそうなるとスバルが手を貸した所で何をするのかと、己の無力を一番分かっている自分に問いかけた。

 

それこそ、締結させて仲の良い姿を見せて、安心してヒナに引退して貰う、位しか、

 

 

「ですから、手を貸す、そう仰ってくれたなら……貴方にはトリニティの内戦に参加して貰います」

 

 

「──そうはならんやろ!」

 

 

「……」

 

 

「な、なってるやろ……なってますねはい」

 

 

スバル渾身の『ネットミーム』は時代考証やイマドキの若者とのカルチャーギャップ、それら諸々の問題とやや引っかかりながら、ただひたすらに盛大に外した。

 

世界は口を閉ざし無音となる、時間の経過すらおぼろげならぬまぼろし〜になる気まずすぎる沈黙。

いっそ恥ずか死してしまえば話は早いのだが、わが身可愛さ第一のスバルに憤死や悶死に至るには程遠い。

 

 

──しかし放置しようとしていた問題が向こう側からくるとは、最悪を引き続ける悪運は変わらないようで、

 

 

 

「んん゛……返事はまだ難しいってのが本音だ、俺はまだアビドスから離れられないし、問題を解決した後も俺一人じゃ決めれないことが多すぎる。外から見りゃ肩に権力のっけてっけど、ただの飾りだし」

 

 

「だけど──見世物じゃない」

 

 

「アコが頼りたいってなら、頼ってくれ。難しい事は考えず、助けてほしかったら、助けて欲しいって……」

 

 

 

スバルは得意げに「そうしたら」と鼻を鳴らすと、自らの鼻から鳴った異音に驚いた。わずかに震える鼻腔の奥、垂れてきた鼻水が風と共に揺れる音、このじんわりと広がる生温かい痺れは身に覚えがあった。

 

 

「そうしたら、そう言ってくれたら」

 

 

泣いてしまう前兆、顔中に広がる謎の熱さの正体はスバルが泣き出しそうになっていたらしく、

 

 

「──手を貸すぜ、アコ!あ、恩とか報酬とか考えなくていいぜ!ヒナの為なら四六時中プライスレスで株式会社ナツキ・スバルサポートセンターは運営してるからな」

 

 

「はぁ、そうですか」

 

 

「反応薄〜……」

 

 

「いえいえ、良い返答を聞けて嬉しい限りですよ、それに…ちゃんとヒナ委員長の事を慕っている事も分かりましたし、あ、勿論私の方がヒナ委員長に尽くせますけどね?」

 

 

「聞いてねーよこのヨコチチハミデヤン!種族の特徴に『自語り』とか載ってんのか!」

 

 

「よッ……──先に仕掛けたのはそっちですからね!!!」

 

 

「二人とも」

 

 

「「がるるるる……」」

 

 

セナという飼い主が居なければ、ここで忠犬二匹が血みどろの喧嘩をしていたことには間違いない。

相性が良いのか悪いのか、どうもアコと話していると血の気が湧いてくるスバル、こんな事をしている場合では無いのは分かっていても……どうしても、このアホアコとは口論をしたくなってしまった。

 

乱れた服装をパッパッ、と整え、むくれた顔とチチをヒートダウンさせながら部屋を退出しようとするアコを見て、何かと利用されてばかりのスバルは何処か落ち着かない様子。

そもそも費用対効果は見合ってるのか、カイザーの主力は分散して、あの時の戦闘も以前とは比べ物にならないくらい楽だった、アコにはもっと苦労してもらうべきなのでは無いか?

そう、例えばこの砂嵐の発生源であるあの蛇を相手してもらうだとか、列車砲を警護する……だと……か、

 

 

──瞬間、頭の中で閃いた。

 

 

リアルタイムでは一秒未満の、しかし脳内時間は那由他を超えるアコへの罵倒を思考し、それとは全く無関係な思案を絞り出し、

 

 

「アコ!」

 

 

「チッ、何ですか」

 

 

「ゲヘナの…雷帝、前のトップだったっけ?その雷帝の遺産がさ、生徒会の谷っつー所に眠ってんだけど」

 

 

「は───」

 

 

「俺からもアコに頼みたい、遺産一緒に回収して使わせてくんね?」

 

 

「は────??」

 

 

 

呆気に取られるアコを差し置いて、スバルは残る厄ネタ二つを同時に攻略する方法を、人差し指をピン、と立てて提示するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭を抱えて、話を持ち帰って行ったアコの背中を思い出すと、妙に笑えてくる。

 

萎れたチワワみたいな雰囲気で、言葉を吐き出すのも忘れてしおしおの状態で外に出たものだから、風に吹かれてスバルと同じようにすっ転び、頭を打っていたが……怪我一つないのは流石キヴォトス人だと言える。

 

 

『スバル』

 

 

アコの様子を見て笑い転げていた時に、セナから声をかけられ、昨日もやって貰っていた接触による触覚リハビリを行っている最中。

 

セナはスバルが気絶していた最中の事を語り始めた、悪夢にうなされているような、苦しそうな寝言ばかりを話していたと。

 

 

 

 

 

『悪夢を見てしまうのは、私では治せませんが…』

 

 

『──いいや』

 

 

『悪夢なら、もう見てないさ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悪夢を見なくなった。

 

 

悪夢は、見なくなった。

 

 

 

「分からないよ」

 

 

 

取り返しのつかなくなった過去の泡沫を、幾度も幾度も思い出す。

 

 

 

「分からない、そんな、ことのために」

 

 

証明したいんだ、首を縦に振って、YESだと答えて、うん、ああ、だとか、何でもいいから肯定したかった。

 

 

「君は……お前は、何も知らないのに」

 

 

「どうして、幸せになって欲しいなんて嘯く」

 

 

そうじゃない、幸せになって欲しいって伝えたい訳じゃない、幸せになるには、きっと自分が向いてる方向を知る必要があるから。

 

──幸せになってもいい。

 

君は、幸せになってもいいと、スバルは思った。

慟哭を聞いて、涙を眺め、呪いを知って、それでも君は幸せになってもいい人間だと。

 

 

「……みんな不幸になった、私のせいで」

 

 

「スバルのせいじゃない、私のせいだ。前と同じ、同じ事を繰り返して」

 

 

「──私は、君が思っているより強くない」

 

 

けっきょくは、そういうことなのだと思う。

幸せになるのにふさわしくないと、誰より、彼女自身が一番わかっていた。

それを悟られないようにしようと、必死で取り繕ってきた仮面(おじさん)の下の顔を見せない限り、彼女はアビドスの皆が救われても幸せにはなれない。

 

 

「強く……ない……」

 

 

「つよく、ないよ……君みたいに、強くない!先輩みたいに!私にはッ!私はッ!」

 

 

「あの時からずっと、何も──変わって無いからッ……!」

 

 

 

分厚い盾を砂漠に落とす、手入れの行き届いたショットガンを血で汚す。拗ねたような、なんて言い方は可愛らしすぎてそぐわない、初めて彼女は年頃の女の子の様に、悲哀を垂れ流す。

 

先輩の為に生きてきた、先輩が死んで生きる意味を無くして、後輩が生きていく意味になった。

 

先輩が遺した言葉の通りの先輩になろうとして、先輩の様な人間になりたくて、失敗した。

 

 

 

「──自分の、ためだったのに」

 

 

 

先輩の手帳にありもしない死の真実を追い求めたのも、高校を明け渡したくないからカイザーの借金を背負い続けたのも、皆の為と言って勝手に契約を進めていたのも、取り返しがつかなくなってから必死に足掻いてるのも、大切な後輩を守る為と言って後輩を置き去りにしたのも、ノノミちゃんの力を借りなかったのも、先輩に遺してもらった言葉を実現する為に生き続けていたのも、アビドスに入ると決めたあの日すらも、何もかも。

 

先輩の為に、理想の先輩になって美しいアビドスを取り戻す、なんて、空っぽになった自分の中に理由を埋め込む為になぞっただけで。

 

後輩の為に、危険から遠ざけたのも、『理想』に近づく為の言い訳で。

 

抱いた感情が真実で、飛ぼうとした理由も、綺麗な羽でただ飛びたいだけだとしても。

 

 

 

「そうやってなにもかも、誰かの為だって嘘をついてきた」

 

 

 

──目指す先が太陽であるのなら、その翼は焼け落ちるだけなのに。

 

 

 

「……」

 

 

「ホシノは、幸せになれるよ、幸せにする。約束だ……だって、俺はホシノの事…」

 

 

「信じてるから」

 

 

「──私は、約束を守れた事も無い、その姿を見てきたでしょ!?それでもなんで、信じるって……そんなこと言われたって、できない。守れないよ……ッ」

 

 

「ホシノ」

 

 

「スバル!ねぇ、スバル……!お願いだから、もう、いいから…!信じなくていい、助けようとしなくていいんだって!」

 

 

それでも俺は、ホシノは幸せになってもいいって信じてる。

 

 

「わからない」

 

 

「わからない、君の言葉が、君の心が、何一つ」

 

 

ああ、スバルには明快な理由なんて無い。

彼女は自分がどうしてここまで身を粉にし、手を伸ばし続けるのか分からない事だろう。

それこそ、彼女の言った『自分のために』という言葉がぴったり当てはまる、だからと言って何となしにスバルは与えようとしている訳でも無い。

 

──幸せになりたい、幸せになってもいいと、自分で自分を認めたい。

 

ああ、そうだ、スバルは自分のために、自分が幸せになってもいい人間だと、幸せになろうとしているのだと自覚したかった。

世界はそう単純な作りをしていなくて、毎日毎日何かが変わっていく、

環境は変化する、状況は変質を遂げる、立場の変異は数秒単位で変わる、生き方の変貌なんてしょっちゅうある事だ。

 

 

スバルは変化しない事が幸せだと思っている、それは変わらない。

 

 

だが、変えられない訳では無い。

 

 

だから──否定したかったんだ、変化したって、ナツキ・スバルは幸せに向けて歩けるんだと、失うものがあったとしても、成長と共に幸せになれるのだと。

 

 

この歩みが、自分のためだけでは無い、誰かの一歩のためにも存在している事を、示したい。

 

 

 

「自分のためと相手のため、それって切り離さなくちゃダメか──?」

 

 

「……」

 

 

「だからさ、俺はただ、ホシノのために、なにかしてあげたいって、そう思っただけ。他でもないホシノが幸せになっていいって、前の自分を否定しても良いんだって言いたい。ものの受け取り方って一つじゃないしな」

 

 

「ッ──だから!なんでッ!」

 

 

「それは──」

 

 

歩き始めた、その始めの理由を言い出しそうになって、世界の時間が静止する。

 

時が凍りつき、あらゆる物体の動作が停止する。スバルの背後には何でも無い、何かが現れて世界に影を落とす。

それは禁言の縛り、言及を許さない執行者の影。

 

以前は片腕だけであったその影も、今となっては両腕、そして右手は肩まで左手は肘までが顕になっている。そのままスバルの心臓を通り抜けて、歯ぎしりで歯を折ってしまいそうになる激痛を味わうかと思ったが。

 

ただ、この時。死に戻り■■■回目の時、執行者は気まぐれにも……──心の臓を愛でるのではなく、おもむろに腕をスバルの首へと回しただけだった。

 

気まぐれにしか過ぎないそれは、本当に気まぐれでしかない。話せばきっと、心臓を握りつぶされる。

 

 

故に、スバルは。

 

 

やわらかく、ほほえむだけで──

 

 

 

 

「答えろッ、ナツキ・スバル!!」

 

 

 

 

朝霧スオウと同じ目をした、同じ人間を求めた彼女の、裏切るなと言わんばかりの苦痛の顔に。

 

 

正解を与える事無く、スバルは再び死に戻る。

 

 

彼女に掛けられた呪いが、いつの日か、祝福へと変わるまで。

 

 

 






次回 違いを痛感する静観の理解者。
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