Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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『違いを痛感する静観の理解者』

 

──死に戻れば、全部解決する。

 

 

『貴方…!この惨状の中随分と悠々自適に…──ッ!?』

 

 

『…早く治療を受けに行って下さい、そちらの事情も大体分かりまし──は?行ってくるって…っ、セナさん!!』

 

 

ナツキ・スバルは死に戻りしている、死ねば無差別だが決まった地点から世界をやり直せる。時間軸移動の様なものをして、スバルだけは記憶を持って過去から新しい道を歩める。

 

死に戻り出来るから、死んでもいいですか。なんて、

 

 

「最底辺のクソ野郎がいっぱしに取捨選択すんなよ」

 

 

青々と広がっているのは青空では無く、一面に敷き詰められたブルーシート。生ぬるい風がその上で寝転がる負傷者達の痛みを運んでいる。危うくスバルもその一員になるところだったが、拘束される前にセナを説得できて良かった。

 

目の前には、顔に白い布を置かれピクリとも動かない少女。ただただ作戦の為に顔を弄られ、精神を破壊され、自死を選んだ一つの命だったもの。

修復が済んでいない体育館の破壊跡から砂粒が肌にあたってくる、目に見えない風ではなく、白い布に積もっていく砂が記憶の風化のように遺体を塗りつぶす。

 

 

──中身が違えども、見た目が同じ人間が死んでしまったのはノゾミにとって酷な話、吐いて、泣いて、震えて怯えて、今はスバルの肩で眠りに落ちているが、夢見も目覚めも良いものではないだろう。

 

払っても払っても積もる砂に、何もかもの色を失ったシロコの死体を思い返す。そのせいで黄色い内容物が胃の中で掻き回されて、喉が酸で荒れる。

 

 

「……」

 

 

体育館の壁に背をついて、残っている右腕を額に当てて天を仰いだ。

 

──後悔、後悔につぐ後悔。体育館を離れなければ、探索に誰かもう一人誘っていれば、ヒカリの入れ替わりに気がつけば、先に内通者を特定出来ていれば、スバルが余計な提案をしてアコ達を遊びに巻き込まなければ。

 

犠牲が足りなかったのだろうか、ナツキ・スバルが支払う犠牲が足りなかったから、自分以外の人間から取り立てられてしまったのか。

 

そうしていると、いつの間にか膝に温かみを感じていて、すぐ側でピコピコと動く耳に指をそわせながら頭部を撫でる。

灰色の髪色と言えば聞こえが悪いがツヤハリの良さは一級品で、一見のクールな印象とは真逆の活発さを有する少女が、膝の上に寝転がってきて、

 

 

「ホシノ先輩の事、止められなくてごめん」

 

 

「シロコのせいじゃない、それにホシノは自分で止まれる奴だから、止まれなくなったのはアイツらのせいだ」

 

 

「でも私が油断してなかったら──」

 

 

膝の上の狼の口を手で覆うスバル、ああすれば良かった、自分が悪かった、そういう後悔を振り返るのはスバルだけでいい。

言葉を遮られた少女は、スバルと目を合わせようとした。彼の視線がすぐそこで横たわる遺体に向かっていると分かってからは目を細めて、

 

 

「…スバル、自分から命を捨てる子まで、スバルは背負わなくていい」

 

 

「───」

 

 

「スバルはそんなに強くない、弱い、よわスバル。スバルよりずっと強い私だって、ホシノ先輩達から『生きていく』事を貰って漸く今日まで生きているのに、あと幾つの命を背負おうとしてるの?」

 

 

「──俺が救える、俺の手が届く全部」

 

 

「………今のスバルは、ホシノ先輩によく似てるね」

 

 

「…ふはっ、そうか?」

 

 

軽口めいた口調で会話を交わしながら、スバルの頭は現状の問題を解決する為にフル回転していた。

こうして、幾分かの復旧が済んで少なくともそれらに頭を回す程の余裕が胸の内に出来ている。

苦しむだけでは成長しない、悩むだけでは解決しない、慰められているだけでは、何も起きない。

 

 

「取り敢えず、二択…だな」

 

 

体育館の襲撃者はカイザープレジデントの手下、スバルが追い詰めすぎた結果本体が遂に這い出てきた。スバル達を襲った白無垢はアリウス、体育館の騒動に紛れて偽物ヒカリとノゾミを回収する為に行動するも、偶然鉢合わせる。

 

結果、分断された状況で動乱は始まった。撃退したアリウスの生徒は行方知らず、ヒカリの行方もだ。体育館に襲撃してきたカイザー兵はたった一機、メッセージを伝えるだけの使い捨てにされた挙句に諸共の遠方爆撃と自爆。

 

メッセージの内容はホシノに向けてのものだった、その発言によりホシノはこの場から離脱。そして、メッセージの内容は──、

 

 

 

『遺体は使()()()()()()()()()()、返して欲しければ明日、生徒会の谷まで来い。愛しの後輩を見捨ててもいいのなら、の話だがな』

 

 

 

「二択だ」

 

 

 

二択、ノノミを救うかホシノを追うか、その二つを選ばなければ。

 

 

「どうする」

 

 

ノノミが囚われている評議会と生徒会の谷までを往復できる時間は無い。ここから生徒会の谷まで、ホシノですら砂嵐のせいで交通手段が徒歩に限られた現在では、ついさっき出発して漸くだ。

 

 

「何をすればいい」

 

 

生徒会の谷はカイザーに加えスオウまで待ち受けている、危険度は未知。対してノノミ救出は私募ファンドとネフティスの私兵、アリウスの傭兵、今の戦力だと突破は出来る。

どっちにしろ、この場に混ざっている裏切り者を探し出さなければ。

 

 

「出来る筈、やれる筈だろ、俺」

 

 

──選ばなくてはならない、選べ、最善を。ナツキ・スバルができる最高の一手はなんだ。

 

 

 

「──…」

 

 

「スバル」

 

 

「ん?どした」

 

 

「約束の事、覚えてる?」

 

 

「──ああ、全員笑顔で飯食う事だろ」

 

 

 

決め顔で返すスバルに、シロコは無表情で答えた。

 

 

 

「私は今のスバルにそれができるとは思えない」

 

 

 

──────。

 

 

 

「なんて?」

 

 

「休んでてスバル、全部スバルに任せすぎた。あとは私たちが何とかする」

 

 

「は、いやそれ、ぁ、待って」

 

 

膝の上から去っていく彼女に手を伸ばし掴む、意味が分からなかったから、理解が不能だったから。

 

今、なんて言ったんだ?

 

失望されてしまったのか?希望になるには足りない人間だと知られてしまった、弱い所を見せて傷ついているザマを晒し事態が悪い方向に進んでるから、見放されてしまって──?

 

 

「……」

 

 

「だ、大丈夫だ!シロコが俺の身体の事心配してくれるなら、こんくらいすぐ動けるようになる!シロコがホシノを優先したいのなら俺も付きそうし、なにもシロコ達だけでしんどい思いする必要無いだろ?」

 

 

「…………」

 

 

「この先、どんな相手が来てどんな罠があるのかだって分からない!もしかしたら、死ぬかもしれねぇ!!」

 

 

「尚更、スバルの事は連れて行けないよ」

 

 

「っ、なんで──」

 

 

「落ち着いて聞いて、スバル」

 

 

必要の無い焦りにかられて、思考は明滅し世界は朧気に、早口に言葉を荒立てる様はまるで子供のそれだという自覚も無いまま、固く掴んだ手を離さない、離れて欲しくない。

 

情報が無いんだ、ナツキ・スバルがここまで無双してきたのは、幾度の死に戻りがあったからで、それが無くなった瞬間に負傷者を出し味方を誘拐され尊ばれるべき一つの命まで失った。

 

だからもう、スバルだけでいい。立つ為の足がある、使える腕がまだ一本ある、話せる口がある、視界を写す目がある、音を拾える耳があって、スバルはまだ犠牲を払い続けられる、だから──、

 

 

「私は…私達は、ずっとボロボロになって、銃で簡単に死んじゃうのに誰よりも前に出る、そのせいで腕も失ったスバルを死なせたくないだけ」

 

 

「五体満足の私達が、スバルにまだ何かを任すのは酷だと思う。そんな当たり前の事」

 

 

「当たり、前」

 

 

「ん、秘密事ばっかりで何も教えてくれない癖に、隠せば隠すほど酷い目に合ってる、バカスバル。私は今怒ってるし、イラついてもいるけど……それで終わり、濡れた子犬みたいな顔をしてるスバルを突き放すって訳じゃない」

 

 

「──私は、ただ…守られた分、スバルの事を守りたいだけだから」

 

 

「ち……そ、ぁ、そうじゃないそうじゃないんだよシロコ…!分かってる。それは──分かってんだ、抱きつきたいくらい嬉しいし、願わくばシロコの善意に甘えたい、でもそれじゃ駄目なんだ…!」

 

 

そうやって死に戻りしてきた。

そうやって、誰よりも先に死ぬ事で見ないようにしてきた。また誰かがスバルを置いて死んで欲しくなくて、またあの地獄を見たくないから。あれからは、そうやって、ずっと。

 

独りよがりだった最初とは違う、ホシノに突き放され続けてヒナのお陰で目が覚めたあの時とは──ナツキ・スバルは強くなったんだ。

 

分かっている、シロコ達から見ればスバルがどれだけの愚か者なのかも、それでも、それでも…ただ立ち向かうだけでは、砂嵐の中に吹き消されていくだけだ。なんの、意味もない。そんなことはさせない。

『死』に意味を与えられるべきではなくとも、ただそこに生まれて消えるだけのものだとしても、彼女達の死に価値を持たせられるのは、スバルだけなのだから。

 

 

「ん…スバルは、そんなに私の事心配?」

 

 

「ああ!心配だよ!」

 

 

「この先の事、私に託せない…信頼出来ないってこと?」

 

 

「それは…違う、違う違う、シロコの事信じてる…!信頼もしてる、毎回死にかけてる時はシロコが助けに来てくんねぇかなって、いつもいつも考えてて……辛くなっても、シロコ達が居てくれるから…」

 

 

自然と溢れる涙が滴り落ちる度に、己に掛けられた呪いを憎む。言っては駄目だ死んでしまう。その言葉を、それは心配だとか信頼では無く、経験に基づく事実である事を伝えられない、話せない。

 

行かないでくれ、傍から離れないで欲しい。ありふれたラブロマンス的妄言を吐き出せば彼女は止まってくれる、きっとそうだと願って、

 

 

 

「だったらどうして、スバルは私に嘘をつくの?」

 

 

 

「だからそれは──!!!」

 

 

 

「…そ、れ…は…──」

 

 

 

堪えきれない雫が、繋ぐ手に。胸を抑え痛みを和らげる。世界が静止し、影がこの世界を照らす光になる。

あるのは闇、暗闇の中、影らしきものが淡く光っているだけ。誰とも知らぬ誰かが、そっと優しげに手を伸ばしてきて、心臓を愛撫する。

痛いのに嬉しくて、辛いのに甘くて、泣きそうなのに笑顔になって、しっちゃかめっちゃかの感情の行方は知れず。

 

死に戻ってるんだ、死んで、過去に戻ってる、シロコが死んでしまった瞬間を見た、ホシノが壊れていく様を見て、俺は──。

 

 

「ゲホッ…ぎッ…う、く…」

 

 

──振りほどいてくれ、振りほどけるだろ、どれだけ強く握ってもシロコは簡単に解ける筈なんだから。

 

スバルを置いていくというのなら、スバルを置いて行ってしまうというのなら、せめて振り払って、拒絶して、突き放して、不信と嫌悪をぶつけて、ナツキ・スバルという存在を滅多打ちにしてくれ

 

受け入れたまま、優しいまま、行かないで──、

 

 

 

「愛して、る、愛してるんだ…シロコの事、だから、ッぁ、行かないでくれ……頼む……」

 

 

「───」

 

 

「シロ、コ…」

 

 

 

──焼き付くような心臓の痛みは、頬に触れた柔らかい感触に消え去っていった。

 

 

 

「…………ぁ…?」

 

 

「行ってきます、スバル」

 

 

「ぃ……──って、らっしゃい……?」

 

 

 

二人を結ぶ架け橋が、ロンドン橋のように落ちた後。

 

何も言わずに去ってしまった彼女を、スバルが進ませてしまった彼女の事を思い浮かべながら眠りに落ちる。

 

ノゾミを起こさないように身体は動かさず、願わくばこれからの彼女らにとびっきりの幸せと成功が待ち受けていることを祈り、そして自分なんか居なくても物事が上手く行きますようにと、泣き疲れたからほんの少しだけ、ほんの少し、

 

 

 

「─────……」

 

 

 

失意に塗れ、夢の世界に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…彼を、置いていかれるのですか?」

 

 

銃の整備を淡々と進めているシロコに、セナが問い掛ける。

酷く焦燥し、衰弱ともいえる様相をしていた彼がそうなった原因は彼女にあるのかと、肩に手をかけた。

 

自身が傷つく事に無頓着であるのに、他者が傷つく事には我が身可愛さを超えた献身を見せる彼の根底を知っておきながら、先程のやり取りは少し酷というもの。

 

 

「ん」

 

 

「他意はありませんが、私としては彼を同行させた方が宜しいかと」

 

 

「…それ、意味分かって言ってる?」

 

 

「分かっています、貴方よりも」

 

 

「「……」」

 

 

ナツキ・スバルという男は、理想を見果てたまま死ぬ男だ。

今あるこの瞬間に全てを賭けている、刹那の流れ星の様な存在、彼を見る人間の目を焼き尽くし、そして両手を合わせ願い事を祈るような、そんな人間。

 

ナツキ・スバルの身体を治しても、彼はそれ以上に傷ついて帰ってくる、死にに行ってなんとか生きて帰ってきてるだけの幸運な男だ。

 

 

「現実的な話、彼を欠いて現状を打破するのは不可能と言って差し支えありません。アコ行政官は撤退を決めました、我々も砂嵐の発生源とやらが動く前にアビドスから離脱します。最終的にここに残る戦力は貴方達だけです」

 

 

「ん、そうだね、肝心のホシノ先輩が先に行っちゃったから。でも今のスバルを連れて行っても余計に守るものが増えるだけ。ホシノ先輩は本来守る時より攻めてる時の方が強い、生徒会の谷まで連れて行ってもスバルが負ける要因になりかねない」

 

 

「スバルなら、貴方達を勝利に導けることでしょう。常識としてはあの様な重傷を負った人間を前線に立たせるなど有り得ませんが、置いていくとすれば……彼は、ナツキ・スバルという人間は貴方達の為なら命を捨てますよ」

 

 

「前線に立たせても同じでしょ、もっと危ない目に合うだけ。遺産の力があっても生き残れる確率は低いし、相手はピンポイントにスバルを狙いに来る。連邦生徒会に持って帰るのなら今の内、カイザーのテロはスバルが終わらせたんだから、スバルの本来の目的はもう達成してる」

 

 

「──それに、死ねないおまじないも掛けてきたから」

 

 

「──私だけはここに残ります。最後まで彼の選択を見守る為に」

 

 

舌戦を重ねる二人に妥協は無い。セナはナツキ・スバルがアビドスを見捨てて生き残ったその後を、シロコは今生き残るための方法を、両者の意見は平行線を辿るのみ。

 

──そうして、何もかもが交わらない中、遂に私情の一言をシロコは漏らしてしまう。

 

 

「スバルは私と約束してる、全員笑顔でご飯を食べるって。でも、スバルの全員は『スバル』を除いての全員だったから、私はもうスバルの手を取れない…!」

 

 

「……──!」

 

 

「………ん、だから私がスバルを笑わせる未来を持ってくる。笑ってない今のスバルには、笑える未来を手に入れられない、せめて私だけでもスバルが頼っていい人間じゃないと」

 

 

「………………」

 

 

「貴方の気持ちもよく分かった。だから…貴方だけでもスバルの側にいて、スバルの命を守ってて」

 

 

「……」

 

 

バラした銃のパーツ一つ一つを丁寧に組み上げて、風紀委員から盗んだ弾薬弾倉を服の内側に入れるシロコ。

立ち上がり、その場を去りながら後輩達の元へ向かう。

 

 

シロコが後輩の背後まで迫ると、既に準備を終えていたセリカとアヤネが振り返り、ワクワクとした顔で待ち構えていたのだが、

 

 

 

「シロコ先輩!遅いじゃない。私より整備遅れるなんて本当に大丈夫?」

 

 

「ん、準備万端…大丈夫」

 

 

「ナツキさんとはお話出来ましたか…?かなり憔悴してる様子でしたけど…」

 

 

「…ちょっと喧嘩しちゃったかも」

 

 

「えっ!?っ、シロコ先輩私達の結論をどんな伝え方したんですか…!?少しは頼って欲しいって伝えるだけでしたよね!?」

 

 

「……」

 

 

「口を噤まないで下さい!もー、本当の本当にちゃんとお話出来てるなら喧嘩なんてしません!行って帰ってきたらちゃんと仲直りしますよ!」

 

 

「分かっ─……─……──た。カイザーを潰してホシノ先輩を連れ戻したら、次はスバルを連れてノノミを救いに行く。それでいい?」

 

 

 

「良いと思うわよ。喧嘩だって…スバルったら私達じゃ何も出来ないって思ってそうなの腹立つし!見返して『どうだこのおたんこなす!』くらい言ってやろうじゃない!」

 

 

 

「──ふふっ、良いねそれ。ん、それじゃ行こっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──風が吹いていた。

夏の爽やかな香りを運んで、窓際に肘をついてもたれかかるスバルの顔に涼しく靡く。

 

場所は教室の中、空は青一辺倒で余りの青々しさにうっとうしさを覚える程。快晴と憂鬱という相反する感情がスバルの中で議論を始め、この快晴だからこそ風の妖精が運んでくる冷たさが気持ちいいのだと、過半数の票を得て勝利した。

 

 

──教室には、スバル以外誰もいない。

 

 

暇だからペン回しをして時間を潰す、三本の指を駆使して行う高速ペン回しの動画を見た時は、こんなことに時間を食い潰せるなんて、余程暇な人間なのだろうと呆れていたのだが、今やスバルも立派なプロのペン回し職人だ。

 

ふと、ペンを回し続けておかしな事に気がついた。ノートが無い、教科書が無い、いや、ペンを使うべき授業を行う先生すらいないのにどうしてスバルはペンを持ってきたのだろうかと。

 

突拍子もない思考だ、朝露が如く消え去る他愛も無い思考。なんにしたってスバルは教室の中にいて、ペンを持っているだけの唯の生徒にしか過ぎない。

 

 

 

「先生、来ませんね」

 

 

 

唐突な声には驚きもしなかった、当たり前の事だからだ。

確かに先生は来ないし、スバル以外の生徒も居ない。だからどうしたというのだ、ここは教室なのだから、スバル以外の生徒が入ってこない理由は無い。

 

 

 

「遅いよな、こっちはペン回し過ぎて指先にタイフーンが出来そうになってるってのに」

 

 

 

「暇人」

 

 

 

「うっせー」

 

 

 

ああ、もしもスバルにこんな若々しい、青々とした青春があればこんなにも捻くれて無かったのだろうか?

 

それは有り得ない、ナツキ・スバルはとっくに青春が終わった、下らない人間の筈。

 

 

 

「そんな事無いですよ、貴方の青春はこれから、なんですから」

 

 

「んな事ねぇって、どうやったら引きこもりニートのコミ障ウザ野郎が青春送れんだよ」

 

 

「そんなに自分の事卑下します!?…だったら何か……そうだ、得意な事を活かして友人でも作りましょう」

 

 

「だからそれが無茶振りだっつってんだよ!?第一俺が得意で人に誇れることなんか……」

 

 

 

「ありますよ」

 

 

 

「──私は、スバルくんの素敵な所、沢山知っていますから」

 

 

 

いつもなら褒められると──…背筋がむず痒くなって、茶化したり冗談を挟むのに。

 

無性に、彼女の言葉を受け入れたくて仕方がない。素直に褒め言葉を受け取るなんて何年ぶりだったか、忘れてしまったが、

 

 

 

「……にしても先生遅すぎんだろ、一日が終わっちまうぞ?」

 

 

 

「先生だって大人とはいえ人間ですよ、遅刻や間違いだってしちゃいます。問題文を忘れたり、生徒同士の喧嘩を収められなかったり、色々大変でしょうし…」

 

 

 

「そんな失敗ばかりで本当に先生やれんのか…?教職向いてなくね」

 

 

 

「だったら、スバルくんがやってみたらどうでしょうか」

 

 

 

「──俺が?」

 

 

 

来ないからと言って、生徒が教鞭をとるなんてアニメの世界だけだろ、それに自分に最も向いてない役職をやれなんて、ほぼ拷問の様なものだ。

 

女は笑っているが、スバルは笑えたものでは無い、そのニコニコ顔に答える……又はギャグの振りに答えるために、仕方がなく教壇の前まで行ってわざとらしく、先生の振りをする。

 

誇大して、先生がやりそうなわざとらしい質問や、全くもって分からない数式を適当に黒板へ書いて、「■■さん!」と学校でやられると嫌なことNo.1の氏名を呼ぶやつをやったりして、

 

 

 

「ふ、ふふっ、あはは……ふ〜…」

 

 

 

「な?似合ってねぇだろ?」

 

 

 

「ううん、スバルくん」

 

 

 

「とっっても、似合ってますよ」

 

 

 

「……はは、そうかな」

 

 

 

「そうですよ、可愛くて、素敵で…私は、そんなスバルくんの事が……」

 

 

伏し目で呟くのにも理由がある、それはスバルが人の言葉を信じれないからで、きっと気を使ってそう言ってるのだと、いつも通りに言葉を咀嚼してしまう癖があるからだ。

 

だが、それを見透かしたように彼女は羽のような足取りで近づいてくる。天気は晴々としているのに、雨上がりの湿った草原を想起させるスバルとは違って、しっかりと乾ききった若草みたいな、思わず駆けたくなる麗らかな彼女は──、

 

 

 

「好きですよ」

 

 

 

 

「────愛してる、スバルくん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──砂粒が、目に飛び込んできた。

 

 

「いって」

 

 

ゴシゴシと目を擦り、入った異物を取り除く。痛すぎて涙が出てきたが、涙とは目の中に入った異物を洗い流すものだから丁度いいと垂れ流しにする。

 

かすかに見える光景には、ノゾミが膝の上で寝ていて、体勢が変わっているところを見るに一度起きてまた寝たらしい。

 

 

「痛ぇ…」

 

 

目に入った砂がなかなか取れなくて、痛みに悶える。

心の痛みもまだ癒えず、行ってしまったシロコ達の無事を祈りながら立ち上がる。

 

体育館に敷かれていたブルーシートは一つ残らず回収されていて、風紀委員会も去ってしまったようだ。

 

──病院から目覚めて六日目の朝、一日がこんなに容易く進むのは久しぶりだった。

 

 

 

「……誰も、いねぇよな」

 

 

 

身体にかけられた毛布、これは寝る前には被ってなかったものだ。多分セナ辺りが置き土産として残しておいてくれたのだろう、スバルにとっては先程まで騒々しかった体育館が、今やノゾミと二人きりの秘密基地のようで、

 

 

 

「……」

 

 

 

まだ外の砂嵐は晴れていないのかと、体育館の出口へ向かう。

 

ずっしりと重く動かない身体を引きづって、緩やかながらも歩いていると──、

 

 

 

「……──セナ?」

 

 

 

セナの付けていた、救急医学部の腕章がぽつりと、出口の扉前に落ちていた。

彼女も忘れ物をしてしまうのかと妙な親近感が湧いて、アビドスでの物語が終わるまでは預かっておこうとポケットに突っ込んでおく。

 

 

そうして、扉を開くために取っ手に手をかけて開け放ち──────じゃり。

 

 

そんな異音が聞こえた頃には、

 

 

 

「────」

 

 

 

スバルの右手の指先、そこから骨が露出していた。

 

 

荒く雑に奪われた肉は、ほんの少しだけ骨にこびりついていて、青緑の血管が削られた指先から垂れ下がっていた。

それもすぐ風化して、指の第二関節まで骨だけになる。なるほど、人体の関節部位は美しい形で噛み合って、互いを支えているのだな───そんな現実逃避を始めて数秒。

 

 

神経を直接針で削られるような痛みが、そんな別次元の激痛が脳を直接叩いた。表面は鈍くても、中身はまだまだ新鮮な反応を残していたようで、

 

 

 

「が!? ぁが、ぅぁお!? ぉあ、あああああ!? あがががぁ、ぎぃッ!?!?」

 

 

 

痛い。痛い痛み痛い痛み。忘れていた本来痛い痛みとは決して忘れられない痛い心に刻み込まれた痛い生存本能のようなもので痛い現実を認識する痛いのに苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい何がなんでどうなって分からない痛い苦しい痛い、痛い痛い痛い──。

 

 

 

「うぎゃッ、ご、あがッ!!」

 

 

 

絶叫。仰向けに倒れ込んで、身体中の隙間という隙間に砂が入り込んでくる。体育館は砂に削り落とされて無くなっていき、視界が、世界が砂に沈んでいく。涙が止まらない、思考が白熱する、さっき目の中に入った砂がまだ取れない。

 

 

削れる、指先が削れる腕が削れる耳が削れる鼻が削れる足が削れる頭蓋が削れる削れる削れる削れる削れる削れる削れる削れる削れる削れる削れる削れる削れる削れる削れる削れる削れる削れる削れる削れる削れる削れる削れる削れる削れる───。

 

 

生きながらに、身体の細胞の一つずつが全て削り落ちていく実感。削れ落ちていく、何もかもが砂塵の中に消えて、砂漠の一部になって消えていく。どうしてまだ意識があるのか、それすら分からずに、

 

 

 

─────橙色の、淡い光。

 

 

 

それだけが、スバルの脳に焼き付いた。

 

 

 

 

 

「────────ぁ─」

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