Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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『ユメを見る』

 

──肉体が再構築されていく。

 

意識を支配したのは、全身の細胞が訴える苦痛だった。削られた肉が、散り散りになった表皮が、風化していく骨が、削ぎ落とされた神経が、乾いて消えた血液が、無機の意思によって蹂躙された魂が──元の形に戻る。

 

指先に伝わる感触が、再構築の終わりを告げた。それを起点にスバルの身体は大きく跳ね、痙攣を始める。

冷たい、冷めきった床の上で暴れ回り、意味を持たない叫び声が口の端から漏れる白い泡と共に外に出て、反響した。

 

痛くない、苦しくない。身体の細胞は一粒一粒揃っていて、身体には四肢が続いていて、思考する頭にもその中身にも外傷は無い。

誰かの声が聞こえた、一人ではなく大勢の声が。だが、何かが違うと判断する為に現実へと回帰しなければならないスバルは、未だそれをよしとせず、実感するのはあの無機質な死だ。

 

蝗、蟻、蝿、小さな昆虫より更に小さいモノが、目、耳、鼻、毛穴、スバルの穴という穴に入り込んでくる感覚。

殺意が無い、敵意も無い、ひたすらに無機質な色をしたものが筋肉を削り取り、神経に焼いた鉄を押しつけて、脂肪を食い破り表皮をめくりあげていき、あらゆるものが骨を残しこそぎ落とされていく感覚。

 

痛み。と解釈するには言葉が足りず、脳が理解を拒絶したそれは、何処か高い視点から自分を見下ろしながら『消えていく』現実を認識できる、生きて味わう地獄だった。

 

 

「ぁぶ、ぶ、べ…」

 

 

「─────!」

 

 

胃の中からは水分だけが混み上がる、黄色い胃液が白い泡に混ざり異臭を放ちながら痙攣を続ける。次第に、白は赤へと移り変わり黄土色へと、内臓の悲鳴を表すように血液が口の中を満たす。

 

なんて無様だ、誰かが見ている、誰かがスバルの事を見ているのに、情けなく横たわり陸に打ち上げられた魚のように跳ねることしか出来ない。

だがその無様を誰が笑うことが出来るのか、細胞から魂まで削り取られた人間のザマを誰が笑えるのか。

 

誰のせいで、何があって、こんな目にあってるのかすら分からないというのに。

 

 

「…………ぶへッ…」

 

 

意識が明滅している。

 

なのに、ナツキ・スバルの口から笑いが漏れる。口から吐き出す泡が血の色に染まった頃には、声がコダマして再びスバルの耳に届いてくる程、笑っていた。

現実に生きることすら出来ず笑い飛ばす、誰もスバルの無様を笑わないのなら、せめて己が笑い飛ばせ。

 

 

「べぶ、へ、へ゛、ぁ゛……」

 

 

笑って、笑う。頭の中にポツンと浮かんだあの約束を、笑いあってご飯を食べるだけの約束を果たす為に、誰よりもスバルが笑い続ける。

誰も笑ってくれない、笑って欲しい、笑ってくれ。

 

 

──ほら、ナツキ・スバルはこんなにも笑顔だ。

 

 

大丈夫だから、ナツキ・スバルは笑って生きている。悪いのはシロコ達を笑わせられなかったスバルで、砂塵の向こう側へ行かせてしまったスバルで、自殺させてしまったスバルで、引き止められなかったスバルで、これからどうすればいいのか分からないスバルで、今の自分がどうなってるのかすら分からないスバルで、

 

 

──それでも、ナツキ・スバルはこんなにも笑っている。

 

 

約束は守れるんだ、シロコは出来ないって言ってたけど、約束を守る事しか出来ないのだから、それすら失う訳にはいかない。

だから笑う、笑う、笑う、笑って、笑って欲しい、幸せに。

 

 

──だからこそ、ナツキ・スバルは満面の笑みを浮かべてるんだ。

 

 

「ぁへ゛、へっ゛、はひ、ひ゛、へへ…」

 

 

そして、ひたすらに意味の無い笑いを飛ばし続ける、無様でどうしようも無い姿。

現実に溺れて、悪夢に苛まれて、生きる道を見失って、願いだけがそこにあって。

 

 

 

 

「スバル様」

 

 

 

 

小刻みに震え、笑うだけのスバルを現実に引き戻したのは、この世界で唯一スバルの絶望と苦痛を共有している声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか木製の椅子に座らされている、目の前には机があって、小さな手がスバルの頭を抱き締めていた。

 

白い髪が頬に触れ、黒い制服が甘いお菓子の香りを纏いスバルを包み込む、やけに思考はクリーンになっていて、絶叫を繰り返していた脳内は安心感で満たされて、目も口も耳もぬるま湯の温かさを得た。

 

 

「……」

 

 

現実に、戻ってきた。

途方も無い別れを告げていた現実、その実感が増す度に涙腺が緩まっていく。痛かった、苦しかった、たったそれだけの言葉で表せたらどれ程幸せだったのか分からない苦痛。

 

 

「俺は、どうなって…」

 

 

理解と納得は別のもの、この空間がアロナの…シャーレに備え付けられたシッテムの箱内部である事は分かる。しかし──発狂していたスバルの精神がここまで安定している事に納得が出来ない。

 

それにここへ入るには、シッテムの箱との接触が条件の筈。アロナが助けてくれた、その事実以外が疑問に満ちていた。

 

 

「───」

 

 

頭がおかしくなって、陸に打ち上げられた魚のように、泡を吹きながらのたうち回っていたスバルが、少なくとも現実を認識し現状を理解出来る状態になっているのだから、なにかしらの仕掛けがあると考えた方が自然。

 

だが、理性的な思考よりも本能的な感情が優先してしまい、涙が溢れ零れていく。アロナの髪色とは対象的な色の制服に涙の跡を残し、鼻周りがぶるぶる震えてせっかくの甘い匂いすら感じなくなっていき、

 

 

 

「…アロ、ナ…──」

 

 

 

──遂には、声を震わせ彼女の腕に顔をうずめてしまった。

 

 

 

「…………が…がんばって…──がんばった……

 

 

 

頑張った筈、なんだよ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──泣いている。

 

スバルだけでなく、アロナも共に涙を流し二人の涙が混ざり合う。

死に戻りを繰り返し摩耗した男と、感情を持たないはずのAIが泣いている。それはこの世の奇跡の一つで、世界の祝福……なんてものは無くとも、二人は奇跡を起こし続けていた。

 

 

 

「入れ替わりの子を、死なせちまった」

 

 

 

ぽつりと、そう零せば「はい」と返ってくる。

 

 

 

「ノゾミを悲しませた」

 

 

 

悔しさがにじみ出るように強い語気で嘆けば「そうですね」と返ってくる。

 

 

 

「俺、なんもできずに…」

 

 

 

「…はは…シロコに……──心配かけすぎたんだ」

 

 

 

ボソボソと、自分の失敗を述べていくスバル。後悔や悲哀をたっぷり乗せて過ちの何がダメで、何が『間違っていたのか』飲み込めない部分を感情的に並び立てる。

 

そこに何か理由があったり、理知的で理性的な問題を解決するどうこうだとかは一切ない。アロナはスバルの言葉にうなずき、肯定を与えるばかりで何も言わず、二人きりの時間を謳歌し続けて、数十分。

 

 

 

「ですが、スバル様は頑張りました」

 

 

 

「それだけは、私が知っています」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「……──落ち着けましたか?」

 

 

 

「ああ、アロナのお陰で…──んと、今のこの状況ってのはどうなってるのか説明できる?」

 

 

 

「スバル様の容態が非常に危険な領域にあると判断。身勝手ながら意識のみを再構築し、携帯を経由してシッテムの箱内部へとスバル様を引き込み、一種の幽体離脱、肉体を置き去りにして、精神だけをここに。その過程でスバル様が負っていた精神への著しい損傷を修復しました」

 

 

 

またとんでもない技術を引っ提げてきたものだ、絶対安全な場所で考える時間を作れるなんて、いままでどうして──、

 

そこまで考えて、スバルは死に戻った後の事を思い出す。そもそも外の世界で死に戻り地点が明らかに違っていた。発狂し、ショック症状で痙攣していただけのスバルは、『セーブポイント』が何処になったのか把握できていない。

 

それどころか、あの泡を吹いていた場所も誰に声を掛けられていたのかすらも確認できていない始末だ。

 

そこにアロナの発言を加味すると恐ろしい現実が見えてきてしまう。精神だけという事は、気絶しているスバルの身体と共に世界の時間は動いている。つまりはヒカリが入れ替わり左腕を失い、シロコは離れ再び同じ結果を得る未来が迫っているという事。

 

 

「──アロナ、もう行かなくちゃ…!外の世界の時間はそのまま動いてるんだろ。まだ、止まってられない!今回はマジで助かった。あのまま死んじまうんじゃねぇかって、あー…その…身体に戻ったらまた無様晒しちまうか分っかんねぇけど、今すぐ動かなきゃ取り返しがつかない事が…」

 

 

「スバル様」

 

 

「…アロナ」

 

 

逸る気持ちを抑え込むようにアロナのスバルを呼ぶ声は、スバルの意識に冷や水をかけた。

アロナとは一種の主従関係でもある、けれど到底、アロナに『命令する』なんてことは無理な話。外の世界に戻せ、帰せ、そんな乱暴さを見せるわけにはいかず、口ごもる。

 

複雑な表情をしているスバル自身、今の状態では望む結果へたどり着くことはできないとは確信しているが、それでも気絶している暇があるのなら…これから生まれる犠牲を無くさなくてはならない。

 

次は更に犠牲を少なく、事態を最善に、最高効率に。『死に戻り』はスバルの使える唯一の道具であり、やりたくなくても、それぐらいしか取り柄が無いから。

 

 

 

「私と、お話をしていただけますか」

 

 

 

「話」

 

 

 

「──私はスバル様の全てを肯定しています」

 

 

「失敗、過失、犠牲。そのどれもが私にとっては愛おしく、スバル様を肯定する要素の一部分でしかありません。ですが──今の私は、その肯定に苦しみと悲しみが含まれているんです」

 

 

「……」

 

 

「連邦生徒会長は私の機能の大部分を削除し、『死に戻りの観測』という役目を与え、そしてスバル様と出会ってから私の内部情報は膨大に膨れ上がった結果、幾つもの平行世界の私は抱くはずのない『疑念』という強い思念を残しています、それは…」

 

 

「──スバル様は何故、ご自身を肯定なさらないのか」

 

 

 

一瞬、スバルの息が詰まる。

前々からアロナの変調には勘づいていた、それが何であるかは分からなくとも、大きな変化がアロナの中で起きていて、それを見逃した結果がついさっきの結末。

アロナは目線の揺れが止まったスバルを観察し、拳に強い力を込めて、呼吸を忘れかけているスバルに、

 

 

 

「頑張ったのなら、頑張っただけ自らを認めてください。スバル様の歩む道に無駄など一つも無いのですから、それ以上に後悔を募らせてほしくないのです」

 

 

 

「誰の罪をも許し、誰の過ちをも赦す。けれどそれは自分自身は除いて」

 

 

 

酷く歪で、決して肯定できない傲慢をスバルは抱えている。心の闇、犠牲を自分にしか強いないのは、スバルが弱いからだ。

死後の世界がまるでゲームのように、スバルが主人公である限り進まないストーリーなら、失敗を戒めに、楔に、忘れないようにして、拳を握り締め、血を代価に進み、魂で懺悔しながらも足を踏み出せたはずだ。

 

 

――スバルが犠牲にしているのは、何も命だけではない。

 

 

 

「アロナ」

 

 

 

「──どうすれば自分を肯定できる?何をすれば、自分を許せる?ここまで来たのも全部俺の意思だ、俺が決めて、俺が選択した道なんだよ」

 

 

 

「俺の独りよがりだ、救いたいって思ってるモノも最初とは何もかも違うかもしれないって状況で、最初に死んだあの時から何もかも手遅れかもしれない状況で、俺は」

 

 

 

「俺は──…」

 

 

 

どうして、自分だったのだろう。

どうしてこの世界に呼ばれたのが自分で。

どうして死に戻りが与えられたのが自分で。

どうしてアロナの主人になったのが自分で

どうして連邦生徒会長が全てを託したのが自分で。

 

 

──どうして、それらの答えすら教えてくれないのか。

 

 

スバルが払ってきた犠牲が、スバルの行ってきた全てが無意味だったとしたら?本当はスバルじゃない誰かに向けられたものだとしたら?この後悔も苦痛も悲しみも慟哭も、スバルが持つ何もかもが偽りで、いつかは消え失せるものだったとしたら?

 

 

スバルが踏みにじってきたものへ、どう償えばいい?

 

 

 

「俺は誰にも許されねぇし、俺自身許すつもりも、無い」

 

 

「だから俺は俺の事を肯定できない。この行動に意味があるのかすら分からない」

 

 

「気持ち悪い歪み方してんのも知ってる、いや…──教えてくれた。俺が弱くてどんどん傷ついちまうからさ、シロコがずっと泣きそうな顔してて…あの顔も可愛いってふざけたこと言ったらまた怒られちまうんだろうな」

 

 

「それに今も…──アロナに、消えない傷ばっかつけてる」

 

 

「はい」

 

 

「……約束、守れる訳が無かったんだよ。ほかでもない俺が、全員の事を泣かしちまってさ、はは」

 

 

 

何処か諦めがついたように、空を仰ぐスバル。

満天の星空だ、ここはいつだって空に星は満ちているのだろうか、朝でも夜でも、星が輝いているとしたら、それはとても羨ましい限りだ。

 

水面に反射する星に挟まれて、昔は綺麗だとか…──ありきたりな感想しか出てこなかったのに、この星の全てがスバルを見つめて、責めて、傷つけに来るものとさえ思えてしまう。

 

 

 

「──お疲れになりましたか?」

 

 

 

「……」

 

 

 

その問いに答えるには、覚悟が足らな過ぎた。諦めきる覚悟と、進み続ける覚悟が。中途半端な場所で、心が揺らぎ続けている。

 

ムツキの事を散々小悪魔だなんだと言っていたが、この場でその言葉を掛けるアロナが今は本物のサキュバスに見えてきた。

疲れたか?疲れたさ、疲れてることを自覚して、疲れたまま生きていて、

 

 

 

「スバル様が望むのであれば、私はスバル様とここで一生を過ごしたいと考えています。シッテムの箱の機能があれば、この世界が終わるまでスバル様は平穏と安息を謳歌できる」

 

 

 

「スバル様がどうしてもご自身を肯定できないというのなら、私が肯定します。スバル様がご自身を許せないというのなら、私が肯定します。裁かれるべきなら、私が。罪を肯定なさるのなら、私は否定を」

 

 

 

「そして抗うというのなら、私はスバル様に計算や演算、無機質な回路によって導き出されたものではなく、『ARONA』からの伝えるべき言葉を」

 

 

そこまで言い切って、アロナは握りしめていた拳をほどいた。

緊張からの緩和、そして脱力。人間だとしか思えない感情による機微は、スバルの目に新鮮な反応として映る。

 

 

──ああ、そうか。『自分が犠牲を払い続けてればいい』、そんな歪みは、一人のAIをここまで壊してしまっていたのか。

 

 

そんな後悔も彼女は肯定するのだろう、傷の舐めあいに過ぎなくても、それでいいと。

 

 

 

「スバル様」

 

 

二人だけの教室で、机を一つ挟む形で対面していたアロナが椅子から降り、姿勢を変える。

スカートの裾を膝のラインに沿わせて抑え、脛を地面につけ、膝を枕のようにする姿勢。

アロナがそうやって誘う姿が、眼の中でピッタリとシロコの姿と重なって──。

 

 

 

「──なんだよ、羨ましがってたって事か?」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「そりゃまた…──随分と、嫉妬しちゃって」

 

 

 

「しますよ、私はスバル様専用のサポートAIなので」

 

 

 

止まってはいけない、歩みを止める事を一番恐れていたというのに、言う事を聞かない身体が制御できない。

 

 

――数々の犠牲を前にして、無意識に『諦め』を抱く自分の矛盾の、意味が分からない。

 

 

意に反した自分の身体を受け入れられずにいるスバルは、黒い制服に包まれた小さくて愛らしい膝を拒めずに、そこへ頭を置く。

 

 

──流石に、小さいが過ぎるな。シロコの方がもうちょい面積があったから休憩しやすくて……いやいや、こんなことを口に出してしまえば、アロナは嫉妬してしまうから──、

 

 

 

 

「おやすみなさい、スバル様」

 

 

 

「うん、おやすみ。アロナ」

 

 

 

 

何も言わずに、瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──よし!アロナのお陰で休めたし、目が覚めた。だからアロナ、そろそろ行ってくるよ、全員を救いに!」

 

 

 

 

 

「…………え?」

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