Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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唐突ですがエイプリルフールなので、書いてみました。
23話『甘い密談』が行われなかった場合の世界線です。


EX ゼロカラユメミルブルーアーカイブ

 

──自分はどうすれば良かったのか。

 

 

「……」

 

 

ソファーの上で目を覚ます。三日風呂に入っていない影響で髭は伸び、頭皮は油まみれで刺激臭がする。

起きたてで霞む目には、資料と仕事の書類の山が映る、これは昨日スバルが片付けられなかった役目の残骸で、この場にあるものだけで終わりでは無い、氷山の一角。

 

風呂に入りたい、食事をしたい、ちゃんと眠りたいし洗濯もしたい。叶えたいことが沢山あるのに、叶えることは何一つできていない。

 

 

 

「流石に…リンちゃんに怒られちまうか」

 

 

 

──自分は何になりたかったのか。

 

 

今日から『当番制』をシャーレに導入する。連邦生徒会長が事前に用意していた仕組みらしく、スバルには何も分からないが…取り敢えず、各学園から生徒がスバルの業務を手助けに来てくれるらしい。

 

素晴らしい仕組みだ、幾ら無能で役立たずなスバルだとしても、言われた事は単純作業であるなら出来る、Aボタンを押せと言われたらAボタンを押してジャンプくらいは出来る男なのだ。

 

何処に判子を押せばいいのか、誰に挨拶しに行って許可を取りに行けばいいのか、何時何処で何をすればいいのかさえ分かればいい。そこだけは、全てを用意していた連邦生徒会長に感謝したい。

 

 

「アロナ、今日は何をすればいい」

 

 

「──本日から始まる当番制ですが、数ある立候補者の中からミレニアムサイエンススクール、セミナー所属の早瀬ユウカが選ばれました。彼女から財務処理関連の業務方法を学び、午前中に会食でもいかがでしょう」

 

 

「なら、髭剃って風呂入らなきゃな…ちなみにそのセミナーってのは?」

 

 

「調月リオが会長を務めるミレニアムの生徒会です。本来の目的は『千年難題』と呼ばれる未解決問題を解き明かす事を活動方針としていますが、同時にミレニアムの全体の運営もしています」

 

 

「なるほど、超ハイスペック超人の中でのエリートが来るってことね」

 

 

──全く、何もしたくない。

あの時から、何もしたくない。すべきじゃない、ナツキ・スバルという人間は身の丈が凄まじく小さいのに、背負うものが大きすぎて、何もしたくなくなるんだ。

 

それでも、失ったものを、犠牲を、ナツキ・スバルが消費してきたものを無駄にする訳にはいかないから、止まってられない。

 

服を脱いで洗濯機に入れる、アロナはシャーレの機械を自由に操作出来るから勝手に服を洗ってくれて、放っておくだけで甘い柔軟剤の匂いがする肌触りのいい新品のようなジャージが帰ってくる。

 

風呂に入る。スバルが入ろうと思った時には既に浴槽に湯が張っていて、後は身体を擦り洗い、頭を丁寧に洗って浸かるだけ。

浸かりながら目の周りのマッサージをして、皮膚がふやけていく感覚を味わう。時間感覚とは実に大切なものだったようで、とうの昔に失った自分にとっては身体の変化だけが入浴時間を測れるものだ。

 

 

「……」

 

 

──ああ、気分が悪い。

 

入浴は身体に微細な負担をかける、首まで浸かればじわじわと、熱さと圧力が加わるもので、人はそれが気持ち良くて風呂に入る。それか清潔になる為か、どっちにしろ気分が悪い。

 

──よく似ている、これは、首を絞められている時に。

 

ギリギリ、ギリギリ、ギリギリと、締められ続けて死んだ時に似ている。彼女の小さな手で、憎しみのこもった強い力で、もがく身体の自由を奪うように力は強くなっていった。

首を絞められると、意識が目の前のものに集中する。圧力で目が飛び出そうになって、より深く目の前の瞳に意識が吸い込まれる。

 

色が異なる双眼には、ただ虚無が広がっていて、空っぽの蝋人形みたいだった。人間にそっくりな蝋人形、蝋人形にそっくりな人間、見た目じゃどうにも判別がつかない難しいもの。

 

そんな瞳に、吸い込まれそうになって、

 

 

「気持ち、悪い」

 

 

──気持ち悪い。

 

だから風呂には入りたくない、気分を良くするために風呂に入っているのに、どうして、なぜ、こんな気分にならなくてはいけないのか。

まともな睡眠をとれば、この疑問にも答えが出てくるのだろうか?それともこの湯船に顔をつけて、泡をぶくぶくと立たせ純粋な幼児の心に戻れば納得出来るのだろうか。

 

どっちにしろ、スバルが果たさなければいけない『責任』を考えれば、些細なことだ。

 

 

「スバル様、訪問者が」

 

 

「…朝早くからマジメなこって、十分程度待ってって伝えといてくれるか」

 

 

「了解しました」

 

 

アロナのモーニングコールに頼っていた頃が懐かしい、いや、懐かしいと表するにはまだ期間が短いというものだが、過去と比べた時の伸び代を考えると、自分の事を褒めたたえたくなる。

 

 

「……」

 

 

ゆっくり、ゆっくりと湯の中に沈む。

現実から逃げるように湯船の底から天井を見つめた。水中だから至極当然だが、世界はボヤけて見える。水面が拡散させた照明の光が水平線に沈む夕日のように揺らいでいた。

 

長く、息は続かない。鼻から通り抜ける酸素が泡になり、空に弾けて消えていった。酸素が不足していく頭、何をするにも欠けた気力しかない精神、それに呼応して脱力していく身体。

 

なのにスバルが今もなお前に歩み進もうとしている姿は、あまりにも思考と乖離していて、あべこべで気持ちが悪い。

 

このまま沈み続けていれば、静かに死ねるだろうか。

このままゆっくりと、全てを置き去りにして、この星の様な光を眺めていれば、この光に苦痛を覚える我が身という悪魔は滅びるだろうか。

 

たった一杯の浴槽に、罪過と地獄が収まって、

 

 

『──────』

 

 

 

「──ゴボッ…!ゲホッ、ゲホッ……」

 

 

 

──現実に回帰する。

 

 

許されなかった、息を止めることを、歩みを止めることを。

彼女が残した言葉が怨嗟のようにある限り、この命が、この歩みを止めることは許されない。何故ならば──、

 

「……」

 

 

 

身体を拭いて着替え、髪を乾かし身支度を整え部屋を片付ける。最後に、待ち人が居るオフィスの扉の前に立って、不調を気取られないように幾千もこなしてきた『フリ』を形作る。

 

 

 

「おっはー!リンちゃん、今日も今日とて朝早くお疲れ様!この前に会ったばかりだけど、なんか久しぶりな気がするぜ」

 

 

 

──何故ならば、ナツキ・スバルは英雄であり。

 

 

 

「……朝からお元気で何よりです、貴方の冗談にも慣れてきた頃ですが、今日は当番制解禁の日、余りふざけた態度は見せないようにお願いします」

 

 

 

「──()()()()()

 

 

 

──ナツキ・スバルは、この学園都市の命運を背負う、『先生』であるのだから。

 

 

 

──ナツキ・スバルが背負う責任とは、この世界を救い続ける事なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──どれだけ傷ついても、どれだけ苦しんでも、どれだけ命を懸けて走り続けても、望んだ結果は得られなかった。

 

英雄だと認められても、望む未来は手に入れられない。

天才だと認められても、望む未来は手に入れられない。

怪物だと認められても、望む未来は手に入れられない。

 

理不尽と不条理を乗りこなして、陰謀と策略を叩き潰し、誰もが羨む結果を手に入れても、それが望むものであったことは一度たりとて無い。

──いや、一度だけ…こうなる前に一度だけ、ヒナと便利屋で街を疾走したあの時だけは、まさに理想の、望む未来を手にしていた。

 

 

『誰が今の時期に面談などと、酔狂な事をする馬鹿が居るかと思えば……貴方でしたか、正真正銘のお馬鹿さん』

 

 

簡単な事だった、カイザーの情報を知らないから先手で殺され続け、こちらの情報は内通してしまい作戦が破綻するというのなら、そのラインを繋げている存在を手に入れるのが最善だ。

 

不知火カヤ、連邦生徒会の防衛室長でありカイザーの指先の裏切り者。

 

狡猾な人間かと思いきや、天を仰いでもまだ足りない失敗を犯したかと思えば、今度はラスボスさながらの動きを見せる大物役者。

──狡猾な目だ、山羊の悪魔、その瞳孔をしている愚者。

 

恐らく、鏡を見れば、スバルも同じ目をしているのだろう。

 

 

『よくもまぁ、よりにもよってこの私と、カイザーを敵に回すとは……貴方のその権威は三日天下にしか過ぎません。今もカイザーは貴方の命を狙っていて──』

 

 

『なるほどな』

 

 

『……?』

 

 

何百回コイツと話してきて、連邦生徒会長が、どうしてこんな腹黒を連邦生徒会に招いたのかよく分かる気がする。

純粋に面白いんだ、世間から連邦生徒会長は超人と呼ばれていて、丁度──今のスバルと同じ様な目で見られていたのかもしれない。

 

隔絶した差を持つ人間とは、同じ立ち位置で物事を見れず、悪は関わりを絶ち、善もまた距離を置く。それはいつしか自らの『等身大』を失わせるもので、コイツの様に目くじらを立てて悪意を振りまいたり、迷惑をかけたり、嫉妬して背中を蹴り落とそうとする事そのものが、貴重であるのだ。

 

 

『カヤ、俺に寝返れ』

 

 

『──は?』

 

 

『カイザーを裏切って俺の傍に来い、お前が欲しいものを全て叶えてやる。お前がしたい事も、お前の悪意も、お前の願いも憧れも何もかも、俺に向けていい』

 

 

『はっ、今更なんですかその態度。貴方がすべきは自分の身を誇大する事では無く、命惜しさに私へ頭を下げて、媚びへつらう事でしょう』

 

 

『カヤ、まだ分かってないのか?』

 

 

『……ですから、分かるも何も貴方はこれから地獄を味わって…』

 

 

『──俺は、連邦生徒会長が選んだ人間だ』

 

 

『─────』

 

 

不知火カヤの弱点の一つ、絶対的な超人コンプレックス。又の名を連邦生徒会長に対する嫉妬、だ。

 

コイツもコイツで、呪いをかけられた側の人間だった。誰も彼も超人を越えようとしない中で、醜くても汚くても手段が非道だとしても、連邦生徒会長の存在そのものを否定したがっていた。

過去に何があったのかは知らなくていい、ただ何に執着して、何を求めているのかさえ分かれば、スバルの掌の上。

 

 

『きさ……貴方……──』

 

 

──余裕に満ちた顔が大きく崩れていく。

人生を悪に捧げてまで屈服させようとしていた相手は、身勝手にも失踪した。別にその事については悔しいだとか、ふざけるな、そんな三流の感情を抱く訳でも無い。

 

消えて好都合、後はこの世界は私が動かす。超人が居たという事さえ忘れさせて、カイザーを足場にキヴォトスはただ一人、私の手によって支配する。それが不知火カヤが目指した社会のあるべき姿、あの超人が行っていた異様な社会。

 

 

『お前は、俺に勝てねぇよ。何があっても絶対な。カイザーは俺が滅ぼす、カイザーのトップになりたいってならそうしてやる、連邦生徒会の頂点に立って、キヴォトスを思いのままにしたいのなら、そこまで連れてってやるさ』

 

 

『なにを、言って……』

 

 

『──でも、今はそうじゃない。お前は軟禁されて、あっという間にカイザーはお前から手を切り、残るのはご自慢の……──fox小隊だっけか、それだけだろ、俺の側につかないならお前はお飾りの役職に戻るだけで、そこで終わり』

 

 

『だ、だから、貴方は何を言っているのですか──!』

 

 

『それに──必須じゃない、お前は。これは俺が『楽をするため』であって、何もお前の力が必要で、この先、手を借りたいだとか、そんな話でも無いんだよ』

 

 

『居てくれたら、ほんの少しだけ…俺の気が楽になるってだけの話だ。幾らでも俺は選択出来るからな』

 

 

『ふ、ふふ……──根拠の無い虚言をベラベラと、腹立たしい…!貴方との面談など受け入れるべきではありませんでしたね。私の貴重な時間が無為に消費されるなど、あってはならない事なのですから』

 

 

『根拠なら、ある』

 

 

不知火カヤはその言葉を聞いて、苛立ちを隠せないでいる。

優雅を取り繕っていた仮面を外し、舌打ちまでするほどだ、余程スバルの事が嫌いになってしまったと内心……全く悲しくは思わないし、ちょっと嬉しいまであるけれど──、

 

 

 

『もう一度だけ言う、三回目は、無い』

 

 

 

『──俺は、連邦生徒会長が選んだその人だ』

 

 

 

この言葉の意味を最も理解しているのは、リンか、コイツ位だ。

妬みで狂った人間ほど、狂わせられた人間をよく理解している、性根が元々酷いものなのだろうけれど、それでもコイツは『歪ませられた側』なんだから、スバルも少しは理解を示そうと思う。

 

 

バカアホマヌケの誇大妄想者、愚者の鏡、独りよがりの英雄気取り。

 

 

──今並べた要素で、ナツキ・スバルか不知火カヤのどちらでしょうクイズを出した時、それはこの世で最も正解率に運が絡むものになると確信している。

 

 

 

『──……その顔が見れりゃ返事は必要無いな』

 

 

 

『俺は先にアビドスの事を片付けてくる、それからでもゆっくりと決断しといてくれよ、防衛室長様』

 

 

 

それでもカヤはまだまだ元気一杯の様で、「あの女が選んだからなんだと言うのです」とスバルの去り際に口惜しむように吐き出していた。

 

良かった、この程度で歯を食いしばる人間だったら、スバルは彼女を……彼女が捕まっているこの冷たい部屋から外へ出そうとはしなかっただろう。

 

──あの砂漠に囚われた学校に、もう二度と手を出さないと決めたように。

 

あの声が脳髄に響く限り、二度と。

 

 

 

 

『君は─────』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──俺は、アイツらとは違うって言いたかった。

 

 

『何故だッ!!何故こうも上手くいかん…!』

 

 

自分に無ければ他者から奪い取り、利益と欲望だけを求めて自分以外を食い潰す事になんの違和感も、罪悪感も抱かない大人。

求めるものが満ちていく度に欲しいものが減って、出来ることが増える度にやりたい事が減っていく不自由な大人。

 

手に入れたい物の為なら、命と物品を同じ天秤に乗せれるような大人。

 

 

『クックック…──予想とは反していましたが、貴方の秘めているものは実に興味深い。そして貴方自身も……とても価値のある人間だと思っています。いかがでしょう、ゲマトリアに入って頂けませんか?』

 

 

価値だとかなんだとか、そういう基準でしか人を助けに手を伸ばせない奴らとは違うって、思っていた。

 

──思い込んでいただけだ。

 

 

『何故ビナーが作戦行動地域に侵入したァッ!?常に観測を続けていろと命じた筈だッ!』

 

 

『も、申し訳ございません…!砂漠にて唐突な潜伏を開始した後、レーダーの反応も途切れ……』

 

 

『言い訳をすれば我が軍隊が帰ってくると思っているのか!?貴様が出来ることはただ一つ、責任を取ることだけだ…!!そもそも朝霧スオウの報告すら来なかったのは何故なんだ……──何も、何も分からぬ…!』

 

 

『──朝霧スオウなら、死んだ』

 

 

伽藍としたオフィスに響く声は、一つの企業の崩壊、その兆しだった。

ヘドロがこびり付いた様な声に振り向けば、幽鬼めいた足取りで部屋に侵入してくる男がいた。

機械の体だというのに、この場にいる兵も、経営者も、支配者も、冷たさを感じ取っていて、それが生理的な嫌悪によるものだと気が付いた時には、震えが止まらなくなっていた。

 

このところ、カイザーコーポレーションは上り調子だった筈。後一歩でキヴォトスの実権を握るところまで辿り着いていたというのに、何か見えない力が働いたとしか思えない失敗を繰り返し、自分たちに喧嘩を売った子供一人すら始末出来ずにいて、

 

 

『この世界だと初めまして、かな。カイザー理事長』

 

 

『貴様!!どうやっ……──』

 

 

『俺が話してる』

 

 

『─────』

 

 

『あー、まぁ、驚くよな。別に驚いたまんまでいい、理解もしなくていい…俺が喋るから、それを聞くだけで、いい』

 

 

 

銃を握り締めた大人が三人居て、裏社会を乗り越えてきた敏腕な大人が居て、その大人達を支配する大人がここには勢揃いしている。

 

──だというのに、なんの装備も持っていない少年に、気圧されていた。銃がある、子供と大人という差がある、人数差が、経験差が、この子供に勝てる要素など捨てるほどあるのに。

 

息が詰まって仕方がない、彼の一挙手一投足に目を追わせてしまって、みすみす彼が胸ポケットに手を入れるのを容認してしまった。

銃が出てくるのか、爆弾が出てくるのか、鬼が出るか蛇が出るか。

 

少しの動きも見逃さずに凝視した結果、胸ポケットから取り出されデスクの上に投げられたのは──コンポタ。

 

 

『──お菓子』

 

 

男はスタスタと歩いてきて、何の警戒心も持たずに理事の前で悠々と語り出す。それを阻止する事が出来なかったのは、先程のおぞましい殺気と死臭が脳裏にこびりついていたからで、

 

 

『このお菓子の中身ってさ、どうなってると思う?パンパンに膨れてるけど、中身が全部綺麗に……あの楕円つーか、丸い黄色いコンポタそのものだと思うか?』

 

 

『──は』

 

 

『一目瞭然だよな、それに手に取ってみりゃ分かる。なんなら今俺が買ってきたばっかりだ、でも……』

 

 

手を緩やかに振りかぶり、少年はお菓子の袋を叩き潰す。けれど袋そのものを壊すことは無く、中身のお菓子が幾つかが割れたか、粉々になったかその程度のもの。

 

 

『──このお菓子の中身ってさ、どうなってると思う?全部ぐちゃぐちゃになってるのか、少しは丸いのが残ってるのか』

 

 

『……な、にを……言いたいのだ……貴様、は…!』

 

 

『どうなってると思う?』

 

 

『ッ──分かるわけ無いだろう!!そんなもの中身を見なければ…!この無意味な問いもそろそろ仕舞いに…!』

 

 

『──そうだよな、俺も、同じ意見だ』

 

 

『──撃ち殺せェッッッ!!!!!』

 

 

痺れ、硬直した身体を無理にでも動かした機械の絶叫と共に、その場にいた全員がナツキ・スバルに銃を向け、引き金に指を置く。

少年と銃の口との距離は幾ばくも無い。持っているのはオートマの銃だ、ちゃんと手順通りに使うだけで、目の前の恐怖は消えてなくなる。

 

今までそうしてきた、そうやって生きてきた。これからもこれで生きていく、ここで死ぬのは子供一人であって自分じゃ──、

 

 

 

『頼んだ』

 

 

 

『ああ』

 

 

 

その後に残ったのは、少年一人と生徒が一人。

 

 

 

『アロナ、バックアップデータの移行阻害。カイザー理事はここで殺す。データも…破壊しといてくれ』

 

 

『了解しました、スバル様』

 

 

『a…g……ぎ……ざま゛…──そ゛い゛つ゛は゛…しnだ…と…』

 

 

『勿論、朝霧スオウは死んだよ。ここにいるのは……──名前も無い、過去も無い、誰かだったかもしれない…俺の協力者だ』

 

 

『……な…ぜだ……──な゛ぜ、わ゛れ…われが……こんな、めに……』

 

 

『……本気で、言ってんだろうな。ホントにそれが怖いよ、お前らは』

 

 

スバルの協力者が、無言で理事にトドメを刺す。そこに何も無いかのように、引き金には少しの重みも無く指を引いて、残骸を残骸にし尽くした。

もうここに用事は無い、ここには誰もいない、必要な事は何一つ無い、だから立ち去る。

 

隣で佇む協力者は、スバルだけを見つめていた。いつかの過去にあった名前は『朝霧スオウ』。今はその名前すら捨てて、スバルの元に居る。

 

この協力者のお陰で、スバルは複数の問題を解決できた。カイザーの部隊へ砂漠に居た謎の蛇をぶつける事が出来たのも、十六夜ノノミを密かに誘拐しアビドスへ送り返すことができたのも、彼女の協力によるところが大きい。

黒服との契約でゲマトリアなんて訳の分からない、何をするかもわからない組織に入ることにはなったが、奥空アヤネと黒見セリカも戻ってきた。

 

もし、ゲマトリアがスバルを、もしくは生徒の命を危機に晒すというのなら、その時に滅ぼせばいいから──、

 

 

部屋を出て、向かう先は唯一つ。

 

 

『生徒会の谷に、行こう』

 

 

『それで全部、終わりだ』

 

 

『──終わり?違うだろう、ナツキ・スバル。貴様はまだ私に全てを見せていない』

 

 

『約束した筈だ、お前が終わるその時まで、私を連れて行くと。私の虚しい復讐より、素晴らしいものを見せてくれると』

 

 

『………はは、そうだな。お前にはちゃんと見せてやるよ、いつになるかは分かんねぇけど、絶対、その時は来るから。未だにお前が何で協力してくれてんのかは…──マジで分かんねぇけどさ』

 

 

 

──今でも夢に見る。

 

理想の未来を、理想を歩んだ自分の姿を。

こんなにも醜くならなくても、星を追えたかもしれない理想の自分を。

 

青春とやらを送っている、ナツキ・スバルを。

 

 

 

『俺の最期は、お前にやるよ』

 

 

 

もし、昔の自分が普通の青春を送っていれば何か変わっただろうか?

もし、この世界に来る前に、ココアを入れた後のカップを洗っていれば、何かが変わっただろうか。

もしかしなくても、小さな、小さな小さなきっかけで、ナツキ・スバルは何かを変えれていたのだろうか?

 

 

『……』

 

 

──人殺しは、何があっても、誰も救えないか。

 

 

あの白無垢の子供達にも、幸せな来世があるというのなら。

 

 

きっと、スバルは地獄に居て、罪で汚れた手を洗い続けているだろう。

 

 

 

 

 

『散々喋りかけてきたお前と、カイザーはもう、必要ない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──早瀬ユウカは、人生の中でも最大級の緊張をしていた。

 

天才が当たり前の様に存在するミレニアムに入学する時や、セミナーに入部する時でも然程緊張はしなかった、自分なら出来る確信があって、責任を全うできる能力があるからで、緊張と言えば…やはり、対人面の方に寄っている。

 

今から訪れる場所には、自身の能力を持っても油断できない相手が居る。ミレニアムのセミナーである自分を補佐として呼べる程の権力を持ち、今、キヴォトスで当たっている噂を考えれば、この緊張は自然のものだ。

 

自ら立候補したとはいえ、言ってしまえばこれは敵地調査、ミレニアムの今後に関わる事を確認しに行く作業に過ぎない。

 

 

「んっん…」

 

 

軽く咳払いをして喉の調子を確かめる。緊張のあまり初対面時に声が裏返っていたりすれば、一生忘れられない思い出になるだろうから、慎重に。

 

 

「…本当に受付にも誰もいない、あの噂は真実だったって事かしら」

 

 

誰もいないロビーに足音が響き渡る。ここまで人がいないと、不気味を通り越して不自然さを感じるもので、少しずつ薄気味悪くなってきた。

その肌寒さを抑え、エントランス、奥にあるエレベーターまで近づくと、どこからともなくアナウンスが聞こえてくる。

 

 

《生徒証を開示して下さい》

 

 

「…もしかしたらウチよりもハイテクな可能性があるわね…というより、ここまで無人なのは逆に失礼な気が…──はい、これでいいかしら?」

 

 

《──確認しました。本日はシャーレの当番制に立候補して頂き、感謝致します、早瀬ユウカ様》

 

 

《現在スバル様は、事務室にて書類の山に埋もれている状態です。どうか御力添えを》

 

 

「……」

 

 

随分とユーモラスに溢れたAIだ、エンジニア部が見たら質問攻めを受けそうなアナウンスに従って、勝手に開いたエレベーターに乗り、勝手に押されていた階に止まる。

 

長廊下を歩いて、ギッタンバッタンとやけに騒がしい音がする扉の前に立てば、もう目前に噂の人物との会遇は迫っていた。

 

 

「こほん…」

 

 

──コンコンコン。ノックをして、入室の許可を待つ。

 

 

入ってどうぞー!

 

 

「失礼します、スバル先………きゃあ──!?」

 

 

「んえ!?げべらぁッ!?」

 

 

瞬間、死人の顔色をした男が倒れ込むように迫ってくる。唐突な事態に悲鳴をあげて思わず突き飛ばしてしまった。

物の見事に男は吹き飛び、キヴォトス人の圧倒的な膂力によってソファーに不時着する。

 

数秒して、自分がしてしまった事を再確認し慌てて部屋の中に乗り込むと、生徒会を運営するものとしては絶叫を上げたくなるような散らかり方をした事務室が広がっていた。

歯ぎしりして、今すぐにでもこのとっちらかった部屋を何とかしたい所だが、突き飛ばしてしまって怪我が無いかを確認する方が先。

 

 

「だだ、大丈夫ですか!っ、申し訳ありません…!」

 

 

「チーン」

 

 

「し、死んでる…?」

 

 

「死んでないわ!!なーに人の事突き飛ばして『死んでる?』て死亡確認とってんだよ!」

 

 

「うぐっ…先生が先にゾンビみたいな顔で迫ってきたせいじゃないですか、というかこの部屋の惨状を見れば分かります。どれだけ業務を後回しにしているんですか…!?」

 

 

「それ言われちゃ……──本日はよくぞお越しいただきありがとうございます!!何卒お力を貸してくれませんでしょうか!」

 

 

「………ま、まぁ構いませんが…」

 

 

軽く非難しながらも、早瀬ユウカは胸の内を安堵で撫で下ろしていた。

かの傑物がここまでフレンドリーで、愉快な人間だったとは夢にも思わなかった。彼にまつわる噂を纏めればキリがない、そして現実として引き起こした功績も同様だ。

 

サンクトゥムタワーの復旧、カイザーPMCの鎮圧、連邦生徒会長の後釜、アビドスの窮地を救った英雄、ゲヘナ同盟の首領、空崎ヒナとの蜜月な関係……──色々ある中でも、カイザーが関わった悪事を全て対処した姿は記憶に新しい。

 

詳細は知らないが、悪事を試みていたカイザーコーポレーションそのものを……機能不全に至るまで物理的に破壊し尽くしたとかなんとか。

ナツキ・スバル対カイザーコーポレーションは、軍事面でも策略面でもカイザーの大敗に終わり、現在経営の実権を握るのは、連邦生徒会防衛室長である───不知火カヤがトップを務めていて、

 

 

「…………」

 

 

どうも、その実績と目の前の男との印象が乖離していた。

 

見れば見るほど間抜け面、油断まみれの一般人。これが本当にあの『ナツキ・スバル』であるのかが疑わしい程に、平凡だ。

 

自分が敵対者では無く、当番制に立候補した補佐係であるからなのか?にしたって腑抜けすぎで──。

 

 

「そし、それじゃこっちの……なんか分からん紙から手伝って欲しい。何回やってもこういうのはマジで苦手でさ…リンちゃんに怒られてばっかなんだよね」

 

 

「それは…この有様でしたら、リン首席──…リン…ちゃん…?リンちゃん!?」

 

 

「あ、やべ。今の無し」

 

 

「無しってなんですか無しって!?やっぱり空崎ヒナを誘惑して手篭めにしたって噂は本当だったんですね!?」

 

 

「してねーーよ!?なんだその噂!出処を言え!ぶっ潰しに行ってやらぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──自分は、何になりたかったんだろう。

 

 

「もー、スバル先生!領収書の処理は以前教えましたよね!?記憶まで因数分解していいとは教えてませんよ!」

 

 

当番制が始まって数週間。すっかり押し掛け女房振りが身についたユウカが、今日も今日とて仕事の山に追われるスバルの尻を叩く。

醜態を晒すスバルにも慣れてきたのか、最初はあれでも敬語混じりである程度は尊敬の念でも抱いてくれていたのか、今はすっかり叱り役に。

 

彼女と仕事をしてはミスを咎められ、仕上げても仕上げても無くならない書類の山と格闘して数時間、しょぼくれながらユウカの表情を伺い、きゅるんとした表情で、

 

 

「先生、ここ。ここ同じミスしてます」

 

 

「本当にごめんなさい…──ごめんなさいしたから、ちょい休憩させて下さい…!!」

 

 

「……」

 

 

「頼む!迷惑かけてるのは分かってるから…ほんの少しでいいから休憩挟ませてくれ!あ、ついでに休憩中、ユウカにお使いのお願いしてもいい?」

 

 

「本当の本当に、心の底からごめんなさいって思ってませんよね」

 

 

「思ってる思ってる!てか、これからちょいやらなきゃなんねぇ事があってさ、頼み事を叶えたユウカが…あー、帰ってくる頃には外出してるかも」

 

 

「はぁ──!?あのですね先生、私を便利なお留守番係、お世話係だとでも思ってるんですか?もしくは命令に従うだけのロボットだとでも──」

 

 

「そんな訳無い。ユウカが俺に優しくしてくれてんのは、俺がユウカの優しさに甘えてるだけってのもちゃんと理解してる。だからこそ、今俺はユウカにしか頼めねぇんだ」

 

 

「──…………良いように使おうとしたって……そうは行きませんから、私は冷酷な算術使いです。無利益な事は……しません…けど…」

 

 

「…スバル先生がそこまでして頼みたい事はなんですか、内容によっては……別に、構いません」

 

 

 

──はは、少なくとも、『これ』じゃない。

 

これは、ナツキ・スバルが背負える責任じゃない。本当は、スバルという人間が背負えるのは自分一人だけで精一杯、それどころか自分一人さえ満足に支えられないというのに。

 

 

 

『君は───』

 

 

 

「頼みたいことは、ミレニアムの…セミナー会長、調月リオにこの手紙を見せに行って欲しい」

 

 

「リオ会長に──」

 

 

「口ごもる理由は分かる、会うってのが…失踪中だから無理なんだろ。でも多分だが、リオはミレニアムの事が大切で仕方がないから、この手紙を持ってセミナーの机にでも置いとくと、勝手に覗き見るだろうよ」

 

 

「……先生、これって一体…?」

 

 

「事情は後で話す。ついでにこれ、持って行った方がいいぜ」

 

 

「傘?…スバル先生、今の天気見えてます?物凄く晴れてるんですけど…」

 

 

「いいからいいから、俺の予想は百発百中だって…──自負してるし」

 

 

「ただの自信過剰じゃ…はぁ、まぁ先生が言うなら…」

 

 

 

──ナツキ・スバルは審判者ではない。

 

誰かを審判する権利は、ナツキ・スバルに存在しない。

 

 

 

──ナツキ・スバルは救済者ではない。

 

この世界の苦痛を消し去ることはできない。

 

 

 

──ナツキ・スバルは絶対者ではない。

 

この世界の罪悪をなくすことはできない。

 

 

 

「ユウカ」

 

 

「はい?」

 

 

「──路地裏には十分に気をつけろよ。今日だけは絶対通るな、危ない事があったら、すぐにシャーレに帰ってこい」

 

 

「……?わ、分かりました…」

 

 

ユウカが部屋を出て行ってすぐに、準備を始める。

これから始まる地獄を、未然に防ぐ為の準備だ。全くこの世界には『世界の危機』というのが吐いて捨てるほどにあって、スバルの命があと幾つ消費されれば、少しは安心して生活出来るのか?安易なバッドエンドばかりで飽きてくる。

 

 

──時間の流れは残酷だ。時間は人から執着を奪う、個である事も、何もかも。

 

 

『ナツキ・スバル』という個は、幾千と失われた命の中で摩耗して消えた。ここにあるのはナツキ・スバルだった抜け殻で、英雄幻想を背負う先生だ。

 

連邦生徒会長が、七神リンが、空崎ヒナが、陸八魔アルが、伊草ハルカが、鬼方カヨコが、浅黄ムツキが、キヴォトスが求めた先生という役職は、ナツキ・スバルが背負っている。

 

どうして、自分だったのか。

どうして、こんな事をしているのか。

どうして、先生になったのか。

 

全てが自分に向けられたものではなくて、この役職に、『先生』という肩書きに、『ナツキ・スバル』という記号が背負う責任に向けられたものだったら?

 

自分がしてきた事の何一つが無意味な事で、スバルが築きあげるものが、強さが、弱さが、思考が、夢が、浅慮が、浅さが、歩む道が、全てただ虚しいものになるかもしれない。

 

別にいい、彼女は愛してると己に告げた。

それでいい、救って下さいとスバルに告げた。

これでいい、これが、ナツキ・スバルの歩む道だ。

 

 

『先生』という与えられた役目を果たす事が。

 

 

『英雄』である『ナツキ・スバル』に許された事。

 

 

 

ナツキ・スバルは審判者ではない。

 

──だが、『ナツキ・スバル』は審判者である。

 

 

 

ナツキ・スバルは救世主ではない。

 

──だが、『ナツキ・スバル』は救世主である。

 

 

 

ナツキ・スバルは絶対者ではない。

 

──だが、『ナツキ・スバル』は絶対者である。

 

 

 

あらゆる罪を許す権利が与えられている。

あらゆる罪を裁く権利が与えられている。

 

この世の苦痛を救う役目が与えられている。

この世に産まれる苦痛を消し去る役目を与えられている。

 

この世界の罪悪を取り除く力がある。

この世界の悪意を振り払う力がある。

 

 

 

『君は──────』

 

 

『英雄にしかなれない、君は、英雄以外にはなれない』

 

 

 

 

「──アロナ、協力者に連絡をつけてくれ」

 

 

「世界を救いに行こうってな」

 

 

《──了解致しました、合流予定地はミレニアムサイエンススクール管轄内、『廃墟』。予測された完全起動時間まで残り13時間、移動は最短で2時間19分です》

 

 

《現在時刻から14分後、各地の地下に存在する『無名の守護者』の起動が開始。スバル様の助言の影響により早瀬ユウカ様は既定路線から変更、予定死亡地点を回避します、その他『無名の守護者』が出没する全区域に生徒は足を踏み入れていません》

 

 

《──計18472回の死に戻り、お疲れ様です、スバル様。予測される犠牲者は0、誰一人として犠牲者は今回の騒動中には産まれないことを、スバル様専用サポートAIとして保証します》

 

 

「…いつも信じてるさ、アロナ」

 

 

《はい、スバル様。では只今より》

 

 

《作戦:『名も無き神々の王女の破壊』を目標とした行動を、開始します》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ああ、漸く、なりたい自分になれた気がする。

 

 

 

 

『ナツキ・スバル、ナツキスバルナツキスバルナツキスバルナツキスバルナツキスバルゥゥゥゥゥ!!!!!!!』

 

 

 

『許さない、許してはならない!お前の様な存在が、お前の様な人間が!私の『崇高』へと至る道を邪魔する等、在ってはならないのですッ!!』

 

 

 

『よくも、よくもロイヤルブラッドを殺しましたね!!よくも私の兵を何千人と殺して!なんて非道で薄汚い──』

 

 

 

『お前が言うなよ』

 

 

 

 

──ああ、悪を滅ぼすときは、少しだけ気分が良くなる。

 

 

ずっと、ずっとずっとずっと気分が悪くて、犠牲にしなきゃいけない人数が増えるたびに気持ち悪くなって、それで死にたくなってしまうから『悪』は守るべき命から除外して、ここまでやってきた。

 

 

 

 

『スバル』『先生』『先生〜!』『スーバール〜!』『スバル先生!』『スバルきゅん』『スバル!』『先生』『ナツキ・スバル』『お待ちしていましたよ、先生』『スバル、待ってたわ』『先生』『スバル〜!』『先生!今日は何するの?』『ナツキ・スバル…いや、先生』『スバル』『先生!』『先生』『先〜生』『待ってたわよ!先生!』『先生!』『しぇんしぇ〜』『先生!』『先生』『先生〜』『先生っ!』『先生!!!』『先生』『先生、貴方は実に好ましい』『先生の事、大好きです』『主殿!』『サボらない?先生』『キキキッ、先生』

 

────『先生』『先生』『先生』『先生』『先生』『先生』『先生』『先生』『先生』。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

『物語の中のお姫様は、悪い魔女に呪いをかけられてしまいました』

 

 

『呪いを解くには、魔女を殺すしかありません』

 

 

 

「……」

 

 

 

『──お前は魔女だよ』

 

 

『魔女は、世界を救う英雄の手で殺されるんだ』

 

 

 

『死』を重ね続けてきた。

取りこぼした命は一つもなかった。

 

──犠牲は、余りにも多かった。でも、取り返しのつかない『死』が過ぎ去ったとしても、諦めることだけは許されない。

幾度、ここへ至るために死を重ねてきたことだろうか。千を超え、万に至り、数という概念が希釈されるまで、あらゆる命を穢し、決意を、願いを踏み躙り、誰が願ったことでも無いのに、世界を救い続けてきた。

 『死』の苦痛に折れかけたことは何度もある。だがそのたび、心を怨嗟が鷲掴む。

 

 

『私は、あの時、最初に出会ったあの時に、貴方の提案に乗るべきでは無かった』

 

 

『私はスバルを信じたかったわ、最後まで。でも、それももう終わり』

 

 

『スバルきゅん、何が間違ってるのか分かってない顔をしてるね♥ 全部だよ、全部全部、君は間違ってたんだ』

 

 

多くの犠牲を払った。多すぎる犠牲を払った。

 

それで漸く──責任を果たせる。ナツキ・スバルの独りよがりが完結する。

 

 

 

「なんでだよ」

 

 

 

「なんで、ここまできて、なんで」

 

 

 

震える声に、嗚咽が混じる。自分がいったい何を考えているのかわからなくなってしまった、当然だろう。あの時から、自分の意思なんて一欠片も存在しない。

ナツキ・スバルという存在は希釈されて、この世から0.000000001%の成分も無くなってしまった。

 

溢れ出る涙の理由もわからない。涙なんて、最後に流したのはいつだったか。

きっと、彼女に否定された、あの日が最後だ。

 

 

 

「──そこまでよ」

 

 

 

絶望がそこに現れる。スバルの夢を打ち砕くため、スバルの企みを阻止するため、ナツキ・スバルの前に現れる。

 

おかしい、今いる場所は誰にも悟られずに移動してきたはずで、全員を足止めに使って、あらゆるものを犠牲にしてスバルはここに立っているというのに、目の前の存在は当たり前に突っ立っていて、

 

 

 

「ヒナ、ヒナ…!ヒナ!!」

 

 

 

「ここから先には進ませない、貴方がやろうとしていることは、誰のためにもならない」

 

 

 

「──ぁ?」

 

 

 

 

──誰のためにもならない?

 

違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。

 

──違うだろ、お前らだ、お前らの為に世界を救い続けてきた。最初のミサイルだってそうだ、あのままカイザーに搾取される世界になって良かったのか?

 

ミレニアムで出現した謎の機械が始まりの、太古の兵器が目を覚ましてキヴォトスを滅ぼし尽くすって言ったら信じたか?信じるだろうな、信じた上で『最善』の俺を否定する。

 

壊すしかなかった、名も無き神々の王女は見た目が幼いだけの、大量殺戮兵器だ。だから『ナツキ・スバル』が世界を救う為に壊した(殺した)

 

エデン条約だって、たった、たった一人の犠牲で終わらせた。その一人の犠牲が無かったら何千人も死んでたんだ、『先生』であり『英雄』である『ナツキ・スバル』が背負う責任は、それを許しはしないだろう?

 

 

──誰が責任を背負うんだよ、他でもない、俺だろうが。

 

 

 

「………そんな顔が出来たのね、ナツキ・スバル」

 

 

 

「は、ははは、ははははは!!」

 

 

 

「…どうして笑うの、分かっているのはまだ二人だけだけど…調月リオ、聖園ミカが死んだのは、貴方のせい。貴方はこれまでそれ以上に、幾人も殺してきた。雷帝の遺産まで使って、カイザーを滅ぼした。何を笑うことがあるの…!」

 

 

 

「──俺のせい、じゃないよ。ヒナ」

 

 

 

「っ……──!」

 

 

 

「お前らが、俺をここまで連れてきたんだろうが、死ぬ度死ぬ度、死にたくないって顔を晒し続けてきただろ。だから救ってきた、だから必要な犠牲を、死んでもいい奴だけを犠牲にし続けてきた」

 

 

 

「俺が殺したんじゃない、お前らが死にたくないから、代わりに死んだ奴が居る。それだけの話なんだよ」

 

 

 

「──私には、貴方の事が理解できない」

 

 

 

「それだけだ!!俺が犠牲になり続けたのも!なにもかも!誰の意思でも無いッ!!!」

 

 

 

「生きたいって思うのは、普通の事だ。でも俺は、先生で、英雄で、ナツキ・スバルだから、誰かの為に犠牲になる誰かの、その責任を背負わなくちゃなんねぇ」

 

 

 

「だから、退いてくれ。俺はホシノを殺せればそれでいい」

 

 

 

「──……もう、ここで貴方は止まらなくちゃいけない」

 

 

 

「退いてくれよ、ヒナ」

 

 

 

「止まりなさい、ナツキ・スバル」

 

 

 

後一歩だった。

 

後一歩、彼女を、ホシノを殺すだけでこの世界の腫瘍は無くなる。この世界が滅ぶ要因は全て取り除いてきた。審判者として救世主として絶対者として。

 

あと一人、死ぬだけでいいんだよ。あと一人死ねば、みんな『死にたくない』って顔をしながら死なずに済む。

 

あと一人だけで、ここまで積み上げてきた『死』の意味が完成する。

 

 

『最後の餞別としてこれを、コレならば彼女を殺害出来ます』

 

 

『──今になって、貴方との契約を後悔するとは夢にも思いませんでした。ナツキ・スバルさん。貴方はゲマトリアに相応しい探求者であると考えていましたが……何かご不満でも?』

 

 

『──』

 

 

『ほう』

 

 

『我々がいつか、生徒を害するかもしれないから…ですか』

 

 

『クックック……──ククッ、たったそれだけの理由で、殺人を犯すと。誰かがまだ被害を受けた訳でもないのに、未来の道の為に我々を殺すと、そう仰るのですね』

 

 

『──それは傲慢ですよ。貴方は英雄でもなく、先生でも無い、唯のナツキ・スバル、唯の殺人者です。ああ──貴方が小鳥遊ホシノを殺害したい理由も分かりました、確かにアレはキヴォトスの滅びになりかねませんからね』

 

 

『それでは良き旅を、ナツキ・スバル。私は、貴方が『崇高』へ辿り着けるように祈っています』

 

 

 

 

「──スオウゥゥゥゥッッ!!!!」

 

 

 

「──その名は捨てた筈だが」

 

 

 

あの時とは、あの砂漠の中孤立無援の学校に辿りつこうとしていた時とは真反対だった。

誰も彼もがスバルをあの砂漠から遠ざける、あの砂漠の中に居るたった一人が死ぬだけで事が終わるというのに、あらゆる人間が邪魔をする。

 

ハッピーエンドが見たいのだろう?バッドエンドが嫌なんだろう?

 

どうしてスバルの邪魔をする、どうして今更背負った責任を奪おうとする。

 

傀儡にしたカイザーを犠牲にした。調月リオの機械兵の底が尽きるまで使い倒した。アリウスとトリニティを手中に収めて、何故まだ苦戦する。

 

ああそうだ、砂狼シロコは強かった、カリスマがあったのか、才能があったのか。彼女は大勢を率いてスバルに立ち向かってきた。だから殆どの戦力を使って目眩しをして、スバルだけはこの砂漠に抜け出した。

 

 

 

「ッ…まだ手駒が…!」

 

 

 

「この場は頼む!!」

 

 

 

「…………ああ、行ってこい。あとで追いつく、安心していけ」

 

 

 

バイクに乗ったボロボロのスオウが、スバルの叫びに呼応して現れる。

首を刈り取る軌道でスオウのショットガンが振り下ろされ、加速と膂力が乗った一撃がヒナの脳天に直撃した。

 

鼻から血を吹き出し、強い脳への衝撃が無敵とも思えた強靭なヒナの肉体へダメージを与える。

普段ならおくびにも出さないであろう衝撃が、ナツキ・スバルの存在によって揺らいでいた精神によって効果を表す。

 

ただ…──朝霧スオウは既に瀕死。片腕を失い目が潰れ、渾身の一撃を披露しながらも死に体だ。

 

 

 

「ごめん、ヒナ。これで本当に最後だから、あと一人だけで、終わるから」

 

 

「待ちなさい、まだ…!」

 

 

「お前の相手は私だ、空崎ヒナ」

 

 

「ッ──!!邪魔!!!」

 

 

 

――スバル自身、自分が決して誰かに認められる行動をしているとは思っていない。

 

 

それでも、この行いに。この虚無に、たった一人だけ賛同者のようなものが現れたことは。

 

ひょっとしたら、救いになっていたのかもしれない。

 

 

何の意味も無い、誰かが望んだわけでも無い、ただ責任を全うするだけの人間が、同じような人間がいる事で、少しは。

 

 

 

「はっ、ふっ、ふっ、うぁ…──」

 

 

 

駅の中の発車ボタンまで、死に物狂いで走る。これを押せばスバルの勝ちだ、これさえ押せば、この生徒会の谷からアビドス高校まで一直線。

 

当初のプランだった、雷帝の遺産を使ってアビドス高校をホシノごと消し飛ばす作戦は、今ヒナに崩された。砂漠のビナーは砂狼シロコ率いる対策委員会に負けた、じきにスバルを追ってここにやってくる。

 

押して、あの子の所に行って──どうする?

 

 

 

なんで、殺さなきゃいけないんだっけ?

 

 

 

 

『君は』

 

 

 

『英雄にしか、なれない』

 

 

 

 

「────」

 

 

 

 

そうだ、俺は英雄で、小鳥遊ホシノは怪物だからだ。

 

ホシノを放っておけば、いつか、遠くない未来でキヴォトスは破滅する。それがアロナの出した結論だ。

 

神性顕現。あれがこの世界に残っている限り、真の平和は訪れない。

 

ホシノが誰かを殺さないように、誰かがホシノに殺されないように、先んじて、スバルがその責任を取らないと。

 

 

 

 

「…………──ぁ」

 

 

 

「ろ、な…──」

 

 

 

《はい》

 

 

 

「行こう」

 

 

 

──こうなるのは、時間の問題だった。

 

 

アビドスでアリウス学徒の死を容認した時点で、こうなることは決まっていた。それか、朝霧スオウを味方につけた時か、それか、遺産を使ってカイザーを滅ぼした時か、それか、それか、それか、それか──。

 

心当たりになることが多すぎて、どうしようもない。後悔が多すぎて、後悔しきれない。

 

名もなき神々の王女を破壊するために、調月リオが密かに所有していた武力を手に入れようと、死に追い詰めた事。

 

エデン条約を破棄させるために、一人の魔女を自らの手で殺害した事。

 

なんだ──こうしてみると、恨まれて当然じゃないか。どうして今まで、何も気づかなかったのか。

 

 

 

列車が動き出す、スバルは今から列車に乗って、最後の手段を使いに行く。

 

 

 

「…………」

 

 

 

何一つ取りこぼさないように頑張ったその結果が、これか。

 

守ってきたものから終わりを望まれる、これが、ナツキ・スバルのなりたかった自分か。

 

 

 

「────」

 

 

 

スバルは、自分が理想を夢見ていたのを知っている。

 

スバルは、自分が夢を叶えようとしていた事を知っている。

 

スバルは、これが愚者が見た胡蝶の夢であることを知っている。

 

別にこれしか方法が無かった訳じゃない、きっと、ほんの少しの『何か』で変わっていた事なのだ。

 

それも、夢のまた夢だが。

 

 

 

《スバル様》

 

 

 

《朝霧スオウ様が、死亡しました》

 

 

 

「…………ヒナは?」

 

 

 

《生きていますが再起不能、遺産の起動が確認された為、発射口へと共に落ちたかと推測されます》

 

 

 

「………」

 

 

 

共犯者も、夢を見たまま消えていく。

見たかったものは見れたのか、ナツキ・スバルと一緒に悪行を尽くして、何か得たものはあるのかな。

 

何もかもが虚しいと叫ぶのなら、死んでまで足止めする必要はないから、きっと、何かが、なんでもいい、下らなくても何かを見つけたと願いたい。

 

ああ、共犯者と言えばカヤを外に出したのは失敗だった、今スバルがキヴォトス中から指名手配されて、立場を追われ惨めに逃げながらホシノを殺しに行く羽目になったのは、アイツのせいだから。

 

なんだかんだ絶対裏切るとは思っていたが、ここまで予想通りだと、確かに愛らしく思えてくる。連邦生徒会長が防衛室長に選んだのも、今なら首を大きく振って肯定しよう。

 

 

 

「風、全然気持ち良くないな」

 

 

 

「砂が肌に当たってくるし、風が冷たすぎて吹かれてて耳が痛い」

 

 

 

「あーあ、ホントに気分悪ぃ」

 

 

 

列車の最後尾から、身体を乗り出して。

 

 

 

──人生最後の、本音を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここに来るのは何年振りか、何百年ぶりか。

 

 

今、校門をくぐるのに、何秒使っただろう。

 

 

自分は今何を投げ捨てたのだろう?さっきから、アロナの声が聞こえなくなった。

 

 

 

「────」

 

 

 

苦しみしかなかった、苦痛が、絶望が心を壊すより先に走り抜けるだけの命。

 

何度でもやり直せたから、誰よりも早く、誰よりも善く、誰よりも苦しんで。

 

 

 

「…ぁ……ぁあ」

 

 

 

彼女は、何一つ変わらずそこにいる。

 

ピンク髪、オッドアイ、黄昏が似合う可愛い女の子。

 

スバルはまだ教室の外に居て、外から窓際に佇んでいるホシノを眺めている。

 

なんとか、なんとか一歩前に出て、教室の中に入れば、あんなに重かった足取りが、呪いが、苦しみが絶望が悲しみが罪が心が、軽くなった。

 

──たどたどしく、初恋の相手を前にしたように。

 

 

 

「ぁう…──ぁ……は、はじめ…──」

 

 

 

「はじめ、まして」

 

 

 

「──うん、初めまして。ナツキ・スバル」

 

 

 

あの言葉を受け取ってから、あの時を過ごしてから、一度たりとも顔を合せなかった。

 

あぁ、何一つ変わらない。蝋人形の様な、空っぽな目。

 

美しくて堪らないはずの、彼女の目には何も映っていない。

 

ただ、その暗闇が、星の光のようにスバルを魅了してやまなくて。

 

 

 

「俺、ナツキ・スバルって…言います」

 

 

 

──たどたどしく、初恋の相手を前にしたように。

 

 

その名前を告げるように口に出す。

 

名前は先に呼ばれたけれど、ひとまず、自己紹介から。

 

 

 

「結構、色々頑張ってて。ホシノから貰った言葉を一生胸に刻んで、生きてきた」

 

 

 

「英雄になる為に、先生であるために、全員が望む『ナツキ・スバル』であるために」

 

 

 

「それから、本当に色々あって」

 

 

 

「ホシノを殺しにきた」

 

 

 

──気分がいい。

 

気分がいい、気分がいい、気分がいい、気分がいい、気持ちが良くなって、まるで夢の中で漂ってるようで──、

 

 

 

「俺と一緒に、死んでくれますか」

 

 

 

──つい、告白の言葉を口に出す。

 

 

──たどたどしく、初恋の相手を前にしたように。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

この世界の腫瘍は、何もホシノだけじゃない。

 

ナツキ・スバルは、紛れもなくこの世界を滅ぼす要因の一つなのだから。

 

一緒に死んでくれないかと、ダンスの誘いを口にした。

 

 

 

 

「──いいよ、ナツキ・スバル」

 

 

 

 

子気味良く鳴る爆弾の、タイマー音をダンスの為の曲にして。

 

 

伽藍の中に光を見た男と、ユメの中にしか光を見れなかった女が、手を取り合って立ち上がる。

 

 

スバルにも、漸く青春がやってきた。

 

 

 

──スバルが夢見た青春が、叶う瞬間がやってきた。

 

 

 

 

「なぁ、ホシノ」

 

 

 

「なにかな」

 

 

 

「もし、さっきのが愛の告白だったら、OK返してくれたか?」

 

 

 

「うーん」

 

 

 

「丁重に、お断りします」

 

 

 

「………」

 

 

 

「──良かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゼロカラユメミルブルーアーカイブ』Fin

 







一度やってみたかったんですよね、エイプリルフール企画。
しかし書きだめが出来ない性格なのと、スケジュールガバガバ人間なせいでエイプリルフール前日から書き始めるという……まさにおろかんちゅ、咎人です…。

突貫工事の為、誤字多め!そして本家様より圧倒的に文字数が少ない!!だから情報量が少ないし時間も無くて書ききれなかった!!さらに言えばネタバレが含まれるから詳しく書けない三重苦!!!稚拙だけどごめんね!!!
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