──過ちが許されないわけではない。
ミスが、間違いが許容されないわけではない。ただスバルには余りにも猶予が、その許容が収まるサイズが小さく、少ないだけだ。そしてアビドスに来て二回目のセーブポイントの更新は、一度は落ち着いた心臓が再び爆音を鳴らそうとしていて、非常に胸が苦しい。
それだけスバルには余裕も、チャンスも無い。例えるのなら飛車角落ちの将棋盤、四つ角を取られたオセロ。
覆せるかどうかをぎりぎりで拾う戦いではなく、『覆せない』盤面から始まった負け戦。その点で言えば現状、スバルの選択は間違え過ぎている。お猪口にプールの水を注ぐが如く問題が多い。
終わりの始まりのすり変わり、ホシノの離脱と風紀委員の退却、侵入者による肉体への被害、そして死因である砂嵐。
致命的なのはホシノがカイザーの誘いに乗ってしまうことと、風紀委員が戦意を折られ退却する事だ、その時点で完全に詰む。
「…………」
スバルへ顔を突き合わせるシロコが、紅く染めた目を擦り鼻水をすする。呆れた顔でその顔を慰めてあげれば、帰ってくるのは無言の抗議である頭部の擦り付け、素晴らしい愛護の心だ。
さぞ飼い主は大切にこの狂犬を愛でていたのだろうと自分の両手を見つめていると、恐る恐るその手をのぞき込んできたシロコがやけに面白く見えて、
「────」
「…あー、げほっ、げほッ…む、胸が…」
「───!!!!?」
「ごめんウソ、嘘だからそんなに泣きそうな顔しないで」
「すばる」
「スバル…──今のはおじさんも駄目だと思うけど?」
「ナツキさん…!」
「その冗句癖の治療法でも施しましょうか?こちら、貴方が眠る担架になっていますが」
「おおう!すっげぇ非難囂々!!」
流石に悪ふざけが過ぎたと舌ペロを披露しても、晒した醜態のせいで一向に雰囲気はよくならず、むしろ『この期に及んで』といった視線をビンビンと感じる。
失礼いたしました。ふざけ過ぎました。今や謝罪すらもこの視線の後押しをするようで、歯にモノが挟まった感覚に陥る。
「悪かったよ、シロコ」
「もう、何処にも行かねぇ。ちゃんとみんなで、笑顔で飯食おうな」
■
──高鳴る心臓が血液を全身に送り出して、指先の感覚までもが鋭敏に感じる。意識は表皮に触れる全てを味わい、その風味に打ちひしがれていた。
但し、全身が焼け落ちるような激しい痛みを伴って、ではあるが、
「…──」
「こんな砂嵐の中で、誰かを救う為に誰かを疑うのか……」
それは感覚を取り戻している証拠、だがスバル本来の身体へと元通りという訳ではなく、身体に刻み込まれた傷を考えると、今すぐこの場でもだえ苦しむ様を晒したであろう。
この現象は、恐らくアロナによる『精神の再構築』が行われてから、現実へと回帰したことが要因か、何か。
これは、死に戻りによく似ていて、失われていたものを、その感覚を感じる感覚器官が、膨大な情報を受信してしまう事。
この情報の波に、脳の処理能力が使われている。
つまり──、
「ぺろり」
「ひゃっ!!?」
首筋を冷たく湿った感覚が伝い、思わず背筋を跳ね上げた。スバルは乙女のようにヘナヘナと脱力し、慌てて周囲を見渡せば、
「ボーっとしすぎだよスバルきゅん、みんなの顔色が青色を超えて白くなる前に返事してあげれば?」
そう言って艶のある笑みを浮かべ、スバルの背後から首に手を回す。目覚めて、数人と会話を交わして、身体の異変に気が付いてから呆けていたスバル。
背後にいる人物がムツキだと分かった時──、
「お、俺の首舐め童貞が…」
「え~?もしかしてスバルきゅんって、こんなに女の子侍らせといて初心なんだ~♡」
「ムツキ!話の腰を折らないで頂戴、スバルもウチの社員に唾を付けないで」
「唾付けられたのこっちだけどね!?お宅の社員さんなら教育はちゃんとして下さいって!」
仰向けになり消沈するスバルは、あの狂気的ともいえる気絶から目覚めた後にしでかしたことを思い返す。
そのことを考えると、周囲の面々はスバルへ早めの立ち直りを求めていて、起き上がって思考をクリアな状態へと戻す。
──スバルが直面している問題は、この体育館の中に潜むスパイを暴くことから、解決していかなくてはならないのだから。
「──整理、するか」
現実に戻ってから、真っ先にアロナへ校舎内のマッピングを開始させた。同時に誰かがスパイの魔の手に掛からぬ様、スバルを中心に体育館で塊になってもらい、医療班はそのまま体育館内のテントで待機してもらっている。
唯一カンナは外の警察車両にて休息を取っていて、移動の隙を狙われない為にも待機。
「アロナが捕捉している校舎内の人影は動いていない。俺がムツキと二人で捜索に出かけてからの経過時間を考えると、今の時間は既に例の侵入者があの二人を迎えに来ている筈…──なのに」
「つまり、相手は状況によって動きを変えてる。前は偶然監視の目から外れた瞬間に外に出たっつー偶然だ、だからアイツは驚いてた」
「考えろ、なんでいつも二人一緒に居るのに……わざわざヒカリだけが入れ替わったんだ、そこまでやれるなら攫っちまえばいいのに、しなかった───出来なかった?」
怪訝な顔をしながら小さな声で独り言を呟くスバルに一同は困惑し、何のために自分たちを集めたのかと、アコがイラだちながらにじり寄る。が、それを中途でホシノが止めて、冷静に諭す。
ホシノとシロコは、スバルの突拍子も無い独り言、そして唐突な行動に慣れている。それが最善の結果をもたらし、後輩との再会にまで辿り着いた決して無意味なものでない事も。
だから邪魔をしない、無意味に見えても、不必要だったとしても。
「入れ替わり、侵入者、ビナー」
砂嵐が唸りを上げ、遠くで不動の怪物が、その身に秘めた危険を露発させずに潜んでいる。砂塵の影に侵入者は潜み、人波の中に爆弾魔が今か今かと動き出しを待っているようなこの状況。
スバルは目を閉じ、額に手を当てて記憶をたどる。砂まみれの記憶だ、額から滲む汗と血が消え失せそうな記憶を更に彼方へと流そうとしていた。
「………まず、入れ替わり。タイミングが噛み合わない。一回二人の元を訪れて、電話した後、ノゾミは会えた。その後は…そのまま倒れちゃって、治してもらった後に体育館へと参入した訳だよな?」
指を一本折り、時系列順に並べても、このタイミングが見えてこない。
スパイは一人か、それとも複数人か。どっちにしろ、誰の目にも止まらずにヒカリと入れ替わり、ヒカリ本人を連れ去ってノゾミは外からの侵入者で回収──流石に無い、それを押し通されたらこちら側には打つ手が無い。
だから無いと考えておきたいのだが──、
「…………──誰かの目には映ってる」
「見られても普通に行動してるから分からない?不審な動きをせずとも、当たり前のように人を移動させれて、それを見られても大丈夫。騒動には紛れやすい方がいい、逆に全員が静止してる今みたいな状況だと全く動けない──だと、するのなら」
強く記憶にこびり付く、死体の上に乗せられた白い布。顔を覆い隠し、身体まで隠してしまえば誰が誰だか分からなくなってしまう、あの悲劇の光景が、瞳の裏にこびり付く。
死を思い出せ、思い返せ、胃の中をひっくり返して、脳ミソを裏返して、辿れる何かを掬いあげろ。
「────」
『セナ部長から───菜食をすべきとのこと』
『手癖で銃を向けちゃったみたい』
『私のカレー…』
『事情って言っても、ヒカリを起こしに行ったら気絶させられただけ』
「…………」
──喉に、魚の骨が突き刺さる。
「──ホシノ、昼飯の知らせって校舎に居る全員に伝えてあんだよな、俺達が最後だって、話しながら体育館に入ってきたし」
「そうだね…それで何か分かることがあるの?」
「何でここにノゾミとヒカリが居ないんだって事だよ。ホシノは俺らが最後だって言ってたのは、誰から聞いたんだ?みんな集まったかどうかなんて気にしねぇかもしんねぇけど、ノゾミとヒカリが見落とされるってのは現実的に考えられない」
「…!私は…風紀委員の子から、かな」
「俺とノゾミ、ヒカリはセットでカイザーと戦って、追われてる姿も風紀委員に姿見せてんのに、誰一人居なくなってんのに気がつかないなんてあるか?」
「……」
スバルが二人を探しに行ったのは、二人が体育館に居なかったからという至極単純な事でしかない。
二人がこっそり抜け出す理由も無い、そも、二人だけが校舎に居た事自体が何かおかしい。
「みんな!聞いて欲しい、ノゾミとヒカリの事を全く知らないって奴がこの場に誰か一人でも居たら手を挙げて、正直に知らないって言ってくれ」
返ってくるのは静寂。予想通りあれだけ目立った二人を知らない訳が無かった。
「なら教えてくれ、誰か一人でも……二人が体育館に入ってきた所を見たって奴は?」
またもや帰ってきたのは無音で、二人は体育館に入ってきてすらいない事実が明るみになる。
「……なら、体育館の中で姿を見たか?」
今度は少しの挙手。「ヒカリさんを見ました」と供述が上がる。彼女がいたから、ノゾミもいるだろうと手を挙げた少数の人間は考えていたようで、
「──最後に、二人が出ていった所を見た奴は──?」
その問いに返ってきたのは──たった一人の挙手だった。
手が挙がった。その結果に心がざわめき始める。砂塵の音が更に大きな唸りのように響き、スバルの観客達は黙り込む。ホシノは理解が及んできたのか軽く天を仰ぎ、イオリの視線は無理解を示すように床へ落ち、アコの苛立ちがピリピリと伝わってくる。
血の泡を吹いて大騒ぎになった男が、今度はまた人が二人一人この場に居ない位で大騒ぎしているのにはどうも腹の虫の居所が悪い。
するとその男は、手を挙げた生徒の元に駆け寄って、両手を握りだして問答をする。
「教えてくれ!二人はいつ外に出たんだ」
「え、えっと…二人というか、一人というか」
「一人?」
「あの〜、ヒカリさん…が…彼女っぽい人が…いや見間違いだったかも…」
「何でもいい、何でもいいから教えて欲しい…!」
「あ、じゃ、じゃあ…私が便利屋とのいざこざで怪我した時に、テントへ絆創膏取りに行ったら…外に出ていった担架の上に乗ってた人…被せてあった布のせいで見えなかったんですけど、若干…ヒカリさんぽかったような…?」
「───────」
──ぼーっと、呆けた。そうしている内にスバルはシロコに引っ付かれたまま立ち上がる。
「…──セナ」
向かう先は救急医学部部長、氷室セナ。
雪の様な白い肌へ、スバルの熱い鼻息が触れるほどに近づいて、セナが髪を祓う仕草にこの状況で艶を感じながら──、
「お腹減った」
「え」
その『え』が目の前から聞こえたものではなく、周囲の重なった声であったのは、スバルから出た音がひたすらに予想外だったからで、
「ではこちらを」
──用意していたと言わんばかりに出てきたのもが、パックに包まれた流動食であるのを見た瞬間。
「セナマジヤバでちゃけパネェ…!神がかった心遣いにハート完璧に撃ち抜かれたわ、こんなに気遣い出来てんの他に…居るかもしんねぇけど俺の中だとセナが一位だよ。不味い、セナの素晴らしさに俺のへっぽこ心臓が負担に耐えきれない」
「──褒めるのなら、もう少し声は小さめでお願いします」
「セナが照れてる…!?キヴォトス七不思議誕生の瞬間。クール系が見せる照れ顔の破壊力やばげ!……ともかく!おかげさまで、気の利かない馬鹿野郎どもを見つけれたよ。誰かの為に心を尽くして医療を行うなんて、悪党にゃ到底無理な話だったって事だ」
「ん、私もクール系」
「シロコはクール系語るには内なる熱い熱が漏れ出しすぎてるよ?不遜さというかなんというか、でも!シロコだって、キヴォトス中探してもシロコみたいにカッコよくて頼りになるのは………あー…───んん゛ッ!!」
「今別の誰かの事考えたよね。誰?」
「〜♪」
「口笛吹いて誤魔化さない」
恨めしそうな顔をして、立ち上がったスバルの肩を掴むシロコ。
冷や汗をダラダラとかきつつ、足が動くままに、スバルは歩き続ける。
信じるべきものは信じよう、ただし悪い意味で、己の結論を信じているから前に進んでいる。
点滴が主食のスバルに、固形物爆盛りのお弁当箱をセナからだと届けてくれた奴の元へ。
「それで、ごにょごにょ言ってた中身は解決出来たの?スバル」
「ん、何の推理してたか教えて欲しい」
「推理って程でも無いけど、ちゃんと置かれてあった正解に辿り着けるよう、一から順に話を整理してたんだ。まっ、冷静じゃなきゃそれが一番難しいんだけど…」
──救急医学部テントの幕を手で払い、アルの一件で怪我人が並ぶ医療スペースの最奥へと。
そこには、二つの担架が安置されてあった。傍では救急医学部の生徒らしき人物が薬剤の点検をしていて、風紀委員も銃を手入れしている。
ごくありふれた光景に、誰も、何も違和感を抱く事は無い。
スバルに目配せをした風紀委員は片腕に白い包帯が巻いてあって、その治療を受けているだけ。安置されてある担架の上に乗っている誰かは、誰であるかを白い布が覆い隠していた。
特徴のある生徒以外、部活動の制服で統一された生徒は見た目で判断がしづらい程、『普通』の中へと紛れている。
「治療中…邪魔するぜ、親切な配達人」
「……何の用ですか?」
「ちょい聞きたいことがあってさ、お前が俺にくれた弁当箱の中身に…──毒、なんて入れてる訳無いよな?」
「──」
ぴくり、指が動く。
ぴくり、眉が動く。
言葉の音が当たった、その肉体の反射なのか。それとも、今すぐにでも行動したい欲望の表れか。
「何を急にふざけた事を…セナ部長は薬物の匂いに敏感です、異物が混ざっているのなら分かりますよ」
「確認させたら、の話だろ。そっちの風紀委員も来てもらう。ついでに、大事そうに隠してる担架の中身もな」
──ああ、この、嫌な感じ。冷たく、重く、苦しい。
人肌より冷たい蛇の表皮が、首周りに巻きついていて締め上げている。
心の臓に、刃物の冷たい鉄の感触が分かる位、近づいていて。
そう、これは殺意の冷たさ。最近よく味わう事になって、舌に残ったままの味。
「……私は、仕事がありますので」
「わざわざ作った怪我人の手当をしたって、給料も残業代も出ねぇよ」
「おかしな事を言いますね、蒼森ミネではあるまいし…救急医学部は自ら患者を傷つけるようなことはしません」
「そうかもな。セナが部長なんだから、その言葉は嘘じゃないって信じてる…でも、『お前ら』は違う──『命』を使うモノだって考えてる、俺とそっくりなお前らじゃ、いくら誤魔化そうとしても無駄だ」
「っ……」
「──お前、自分が命を救ってる姿なんて、想像出来ねぇだろ?」
──スバルの煽りが切れ目となって、高速で振り抜かれたナイフ。は、スバルの喉元へと届く前にへし折られる。圧倒的な力量の差、番犬であるシロコの傍で、スバルへの凶刃は届きようがない。
どうやら、ナツキ・スバルに風穴を開けたくて仕方がないのか、傍で治療を受けていた風紀委員も拳銃を握って、握った手ごとホシノが掴み潰す。
ギョロりと動く目には、黒い殺意しかなかった。恋心よりも純粋で、あらゆる悪意よりも汚濁に塗れた目は、この世のどんな宝石よりも純度が高く、美しい。
「……──殺そうとした、今、スバルを。つまり、どうなってもいいって事だよね」
「動かないで、腕が折れるよ。その次は首だから」
シロコとホシノは二人の生徒を組み伏せ、地に伏させる。関節を固定する事で動けないままに、スバルの目の前へと差し出した。
スバルは一歩踏み出し、組み伏せられた二人——救急医学部の生徒と風紀委員を見下ろす。どこか疲弊しきった様子が、勝手に命を捨てたあの時を思い出して──、
「「っぉご!?」」
思いっきり、指を口の中へと差し込んだ。
「スバル!?」
指を噛み切られても構わない、こうなってしまった時、彼女らは…彼女らが属する組織は自害を命じている。
口の中に隠した毒も、噛ませなければ使えない。使うのなら、スバルの指を骨の髄まで味わってもらう。
アリウスは悪辣で辛辣だ、シロコは身勝手に捨てられる命まで拾うなと言って、スバルは守るべき命から『悪』を除外した、が。
「──死ぬな」
「ぐッ…!」
口の中に入って見えない指から、嫌な切断音が伝わってきた。絶叫しそうな痛みが脳髄に響いても、それがスバルの口からでる事は無い。
指を引き抜けば、死ぬ。だからどうした、仮に両手の指が全部無くなろうが、引き下がる理由は何処にもない。
「死ぬな」
「死ぬなよ、死のうとするな、死ぬんじゃねぇ!お前らはすぐに命を捨てる!諦める!!そういう環境で育って、そういう境遇でしか…生きて来れなかったのかもだけど、死ぬな、死んだら、死んだらそこで…終わりなんだよ──!」
スバルの行動の意味を察知し、いち早くホシノがスバルの手を引き抜いて、傍に置いてあったタオルを拳ごと口の中へと詰める。
そのまま喉の奥にまで指を届かせて、拒絶反応を無理矢理引き出し胃の中のモノを全て吐き出させるように…捕まえた二人を責め続け、遂に黄土色の、固形物が何も見当たらない水だけの胃液を吐き出した。
流れ出す吐瀉物の中には、唯一の固形物、カプセル錠剤が口の中から外へ排出され、吐瀉物に塗れながらもスバルはその錠剤を回収し、捨てて、
「自害か…やりそうな相手だったけど、よく気がついたね、スバル。…手を出して、指はちぎれてない?すぐ消毒しようか」
「っつ……ありがとな、ホシノ。キヴォトス人が顎までワニみてぇな力あったら食いちぎられてたわ…あークソ、なんで俺は……ぁぁ…」
勝手に死ぬなら、せめて目の前じゃなくて別のところで死ね。
冷たく突き放すつもりだったのに、口からは『死ぬな』の一点張り。
──ああ、なんとも、言い訳のしようがない。うだつの上がらない、偽善者である事か。
「………ぉえ……」
「……ぅ…」
一通り吐き終わった後、シロコはまだ何か隠していないかをチェックする為に、口の中を指で蹂躙し、ホシノによるダブルチェックを終えた後。
横倒しにされた二人の生徒は、ふつふつと顔色を赤く染めて、
「……ナツキ・スバル…ナツキ・スバル、ナツキ・スバルナツキ・スバルナツキ・スバルナツキ・スバル!!!!お前にッ…──こんなッ……」
「殺してやる!殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる…!」
彼女らの嘆きは、チクリともスバルの胸に痛みを与えない。
死を軽んじるから、生も軽くなる。軽くなり続けた先は虚無だ、生きているのか死んでいるのかも分からない、虚無。
「いい気味って奴か。散々死に逃げされてきて…漸く一泡吹かせてやったんだからな…。あと別に、俺はお前らの敵で、丁寧に叱ってやれる先生でも…救ってやれる男でも無いけど」
「──俺はお前らを死なせない。この先、たっぷりと生きる苦しさを味わってから80年後辺りで勝手に死んでくれ」
「「─────…」」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、呆ける二人。
その間に、外で苛立ちながら待っていたのか、待ちきれなくなったアコが『ナツキスバル!』と叫んで向かってくるのを聞いて、
「さて、それじゃ…」
「お前らには、俺の推理の証拠品になってもらうぜ」
■
──担架に載せられている誰かは、白い布にその形を浮き上がらせている。小さな体躯の、スヤスヤと眠るお姫様。
アコ達とは一旦話をストップさせて、医務室の中で尋問を始めようとしているスバル。付き従うのはホシノのみで、シロコは不足している説明を皆へしてもらっている。
スパイ、入れ替わり、これから起きる事をスバルが話せば心臓を撫でられるが、これだけ証拠品が揃えばシロコにでも理解できる。
──しかも、入れ替わりに関しては……よくよく観察してみると、スバルにはとある判別方法があったというのに。
キヴォトス人、生徒である彼女らの頭の上に浮かぶヘイローは、個人によってその形を大きく変える。以前のループとは違い、ヘイローを観察する余裕がスバルにはある。
かといって、絶賛お休み中の彼女のヘイローを確認することは出来ない。つまるところ、この白い布の下を確認せねばならない。
二人の捕虜を目の前に、スバルは担架の白い布を、パンドラの箱を開けるような気持ちで勢いをつけて捲ると───、
「……」
「俺があんだけ爆発させまくってなんだが……お前らも俺と同じ位追い詰められてんのな。一か八か過ぎるだろ、本当に」
──そこには、ごく自然に眠っているヒカリが寝ていた。
薬で寝ているのか、揺すっても起きはせず、セナ曰く気付け薬ですぐに目を覚ますとのこと。
「───ヒカリ」
「ヒカリ…ヒカリ、ヒカリ…!」
「…良かっ……たぁ…」
──言ってしまえば、消去法的な推理だ。
スパイたるアリウスの関連者は、考えうる限り四人。例の外からの侵入者、それを手助けする存在、入れ替わりを行う為に何処にでも出入り出来る存在、入れ替わりの少女。
行動の目的は…入れ替わり。入れ替わった後に何をするのかは、おおよそスバルを殺す以外の選択肢は無いのだが。
「…最初から、何もかも貴様は理解していたのか?」
「……ん?」
「でなければ、この早さで気がつく訳が無い。最初から誰も彼もを疑って、その隅々まで観察をして、普通じゃない。貴様は本物の怪物だ、他者が漫然と信じている事に疑問を抱くそこには、他者への不信がある」
「──違ぇよ、俺は仲間を疑わないし、疑えるほどの器量も無い」
ただ、整理しただけ。死に戻りを含めた情報を、ただ整理しただけだ。
スバルの語りが始まるのと同時に、ホシノが捕虜の首筋に手を置いて、絶対不可避の尋問が始まった。
第一に、入れ替わりのトリックは…脳に筋と書いて脳筋の、ひたすらに単純なもの。
現在の環境において、疑われず、不自然ではない形で人を移動させられる役職はたった一つ、救急医学部だ。
あの死の記憶が、ブルーシートの上で冷たくなった遺体に乗せられた白い布が、スバルに一つの天啓をもたらした───人間、見た目を全部隠せば誰が誰だか分からないという必然の閃きを。
「運び方は単純、負傷者を装って担架で隠しながら運ぶ。でもそれは俺が無傷でカイザーとの戦いを終わらせたから出来なかった…──から、アルとの一悶着を起こした」
「……」
「便利屋に銃を向けたのが手癖?アコが伝達ミスをした?んなことあるかよ、 絶対の絶対にアイツは俺に馬鹿にされたくないんだから、自分に非があるミスは予防するし、起こさない」
賭けてもいい、アコがそんな無様を晒すぐらいなら先にスバルの目を潰しに来る。…アリウスよりよっぽど直接的に殺しに来そうな程。
ともかくとして、移動手段を確保した後は、入れ替わりの人柱を交換するだけ。
「あの二人を誘拐するにも、この砂嵐の中じゃ一瞬で長距離は移動できない。ましてや相手はホシノと…含んでいいか分からないけど俺!……その場で連れ去る事はせずに、外部からの手助けで運ぶ手段を取らなきゃなんねぇ」
「ってなら……やれる事全部やるよな、お前らは」
侵入者は『受け渡し』との単語も述べていて、そこまで聞いてしまえば何をしたかったのかを理解するのは容易い。
死に戻ったが故のカンニング、あの時のノゾミは体育館での配給を知っている様子では無かった。
──起こしに行く、つまり寝る事を事前に伝えて、迎えに行く過程がある。どんな手段を使ったかは分からないが、ヒカリを騙ってノゾミに連絡し、偽物と本物が入れ替わった後にノゾミを気絶させた。
一連の行動は恐ろしく短い時間で終わっている、何せ便利屋とのいざこざ中に全部を終わらせたのだから、パワープレイと呼ぶ他ない。
推理の最後のひと押しはセナの流動食で、あの救急医学部が怪しく見えた時、頭の中でバラバラに散っていた単語と思考が数珠繋ぎになったのだ。
誰が居て、誰が居ないかなんて…誰も気にしない。誰一人この砂塵から出ようとする者は居ないのだから、二人が体育館に来てなくても、片割れさえ見かければ嘘の報告は通る。
──最終的に、スパイと本物のヒカリを乗せて救急医学部は風紀委員と共に帰宅する。そうなってしまえば、後は、幾らでも。
「───でも今は、俺のターン!」
「ホシノ!シロコ!セリカ!三人は今から校舎に居るノゾミを助けに行ってくれ!」
「了解、スバル…敵の子もちゃんと死なせないようにするよ」
「ん…人選的に、敵襲アリ…かな?」
「任せときなさい!ちゃんと大人しくしといてよ!」
何があってもホシノは負けない、シロコは死に戻りで伝えられない箇所を予想で補足して、セリカはあの二人に唯一合わせられる戦闘員。
すぐに体育館からホシノを引き剥がし、カイザーの襲撃から遠ざけ、問題が解決する前の離脱を防ぐ。
「アル!また、力を貸してくれ」
「ふふっ、勿論よ、スバル。それにカレーの分、ちゃんと働かせてもらうわ!」
「……しっかりと食ったんだな、俺が倒れてる最中に」
「え?あ!ち、違うの!!その、心配してたわよ!?本当に本当に、胸が張り裂けそうなくらい!」
「胸が張り裂けそうになって、カレーが美味しかったと」
「そうそうカレーは美味し───そうじゃない!本当に心配はしてたんだから!」
「……」
「う、うぅぅ…」
「冗談冗談、んじゃ…働かざる者食うべからずって事で宜しく」
振り向いて、最後。
縛られた二人、前々から入れ替わっていたのか、それとも入学時点からアリウスの尖兵としてゲヘナに潜んでいたのか。
救急医学部の皮を被ったアリウス生徒、そして風紀委員の皮を被ったアリウス生徒へと膝を砕き、視線を合わせた。
「誘拐は阻止した、お前らが頼りにしてる奴も情報が無い以上、撤退するか強行するか、それも失敗に終わる」
「──でも、疑問はまだ消えてない」
「明らかに…俺の事を、俺より詳しい奴がそっちに居る。アロナの事も、何もかも知ってる野郎が」
「答えろ、そいつは一体何処の誰で、何が目的で俺を狙ってる…!!」
アロナの探知が失敗に終わったのは、なにもアロナだけが原因じゃない。
アロナの機能を阻害する、『仮想敵アロナ』を想定した上で作戦を組んでるやつが、アリウスに居る。
──必ず相容れない、絶対的な敵。
「…………」
「…そりゃ、何も、言わねぇよな」
「…………ベ」
「─────ぁ?」
「ベアトリーチェ様、万歳」
その怨敵の名前が聞こえたと同時に───。
スバルの視界は、灼熱へと包み込まれる。