Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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いつも誤字脱字報告、感想ありがとうございます!!

ノゾミ、ヒカリ、実装おめでとう。だが私は簡単にメロついたりしない!
ヒカリ!なんだそのけしからんメモロビは!わ、私は!まけない!負けないぞ!
ノゾミ!なんだその横顔は!しごでき人間のイケメン横顔だぁぁぁうわぁぁぁぁぁぁ!!!!!

アオバ……?ふん……解像度がまだ足りぬキャラなど恐るるに───────………まだ、負けちゃ…いない…!


『全てが虚しいというのなら』

 

 

 

スバルの耳の傍で白銀が擦れる音がする。ほんの少しでもマスク女が振るったナイフの軌道がずれていれば、耳は地面へと落ちていた。それに熱い鉄を飲み下した時の様な感覚になる。

戦いの経験なんて殆どが敗北で、生徒と本気で事を構えても、赤子とプロボクサーの力関係。スバルが乱暴な手段を取りたくない健全な精神の持ち主である訳では無く、やっても無駄だからやらないだけ。

 

不死身であったとして、何百、何千回殺されても勝つ事は出来ない。そも暴力で解決できた試しも無いのだが。

問題は、『戦う』という選択肢が悪手であり、この身体に備わった筋肉が悲鳴を上げ、肉の断裂が苦痛になって襲ってくるという事。

 

 

「…まるっきりの素人だな」

 

 

「その素人も仕留められないのかよ!俺のゴッドブローに恐れを──」

 

 

──アロナによって視界に示される赤いラインが脳天を突き刺す。

向けられた拳銃から一直線に飛び出る予測線は、未来一秒後の弾丸軌道であり、煽りに口を回すのに気を取られてしゃがむのが遅れていれば……スバルの脳味噌は後方へぶちまけられていた。

 

マッピング、携帯への移住、発声、知らない内に機能が増えているアロナ。

だが、今やハッキリと『チート』と呼べる力を有していた。

それでも、未来を変える権能を手に入れて、全ての攻撃を予知し、どう避けてどう攻撃すればいいかが全て視野内の情報に落とし込まれていて漸く、

 

 

「こなくそ…!」

 

 

漸く、一秒先を生き残れる。

 

マスク女の振るうナイフ、その一振り一振りが命を絶つ一手。それを避けるのに肉体的にも、メンタル的にも消耗を強いられる。

風切り音と銃撃音、身近での発砲音は普通の人間にとって腹部に重い一撃を喰らった後の様な疲労を残し、スバルの体力を着々と削っていた。

 

死ぬ、今足を後ろに下げていなければ胸元を切られていた。首をひねらなければ致命傷を受け、

 

 

「げッ、やば」

 

 

「随分と曲芸が上手い……──曲芸と呼ぶには、いささか勘が良すぎるか」

 

 

そして今も、身体の重みを無視して転がってスライディング土下座をしなければ、頭を打たれ手を削がれていただろう。

反撃回数は0、ノゾミから離れないようにしつつ限られた空間で四方八方逃げ回る。外にいるというのに、ノゾミを基点として狭い密室でタイマンを張りつづける事が条件の勝負は、今までにない最大限の不利を背負っていて───。

 

 

「───オッらァ!!」

 

 

「…………」

 

 

故にこそ、『不利である事を悟らせない』為にもがき続ける。

しゃがみこんだ姿勢のままタックルを繰り出して、ナツキ・スバルの『余力』を偽装する。まだマスク女の次の手に対応できると、まだお前を仕留める力を隠していると。

強者は絶対的優位の中にいても油断しない、例えそれが赤子とプロボクサーの力関係でも、赤子の泣き声が聞こえなくなるまで殴る相手だ、その執拗さと徹底さは死に戻りの中で散々見てきた。

 

───このタックルが、相手の体幹を揺らすことなく終わっても、スバルの命が続いているのはコイツが油断しないから。

 

油断をしない慢心をしない、常に冷静であり続ける。それは思考へ常にロックを掛けているに等しい。この軟弱なタックルに、『ナツキ・スバルのタックル』という幻想を乗せてしまう。

 

もっと正確な手段を、もっと安全で優れた戦術を、もっと高度な戦略を、ナツキ・スバルに求められる全てを裏切っても、

 

 

「………あまり、ふざけるなよ。ナツキ・スバル」

 

 

「お前には!ふざけてる風に見えてんだな!」

 

 

「当たり前だ、この茶番をいつまで続ける?他でもない貴様が一番理解しているだろう──ナツキ・スバルは、身一つで前線に来る馬鹿ではない。お前のその首筋に何度刃を叩きつけたいと思ったか、そうやって悪魔がささやく度に気が狂いそうになる」

 

 

「────いつになったら、私は貴様を殺していい?」

 

 

「そんなことも自分で決められないのなら、一生掛かっても殺せねぇさ」

 

 

───俺は、死ねない。

湯水のように命を使う相手の舞台には立たない、そして主導権は絶対に渡さない。スバルの臆病を全面に出し続けろ、取るに足りない一手をベッドの下の怪物に変えてしまえ。

失敗が許されない相手だと警戒させろ、喉の奥につかえた小骨を一生取れなくしてやるんだ。

 

 

「時間稼ぎのつもりだったのなら、既に貴様はこの世にいない。未だに何かを求めているその目が無ければ、な」

 

 

「取らぬ狸の皮算用って知ってる?今のお前の事を言ってるんだけど」

 

 

「……なんだそれは」

 

 

「本当に知らないのね!?お里が知れるぜ全く!!」

 

 

スバルの言葉に、本当に怪訝な顔を見せたアリウスの生徒に、垣間見えた『素』が喉を搔き立てる。ただ、マスクの下のその顔に見とれている暇は無く、やわらかい内臓を外に晒す前にマスク女から飛びのいた。

 

体力は今の所底をついていない、ガソリンメーターの最後の一ミリ程度は残っている。アロナの狙いが何にせよ、スバルは耐えて耐えて耐え忍ぶだけ。

───スバルは時間稼ぎのつもり、ではなく本気で時間稼ぎをしているのだから。

 

 

「…もし、本当に時間稼ぎをしているのだとしたら、あの大蛇がここにいる理由はなんだ?」

 

 

「────」

 

 

「お前が呼び寄せたんだろう?おかげさまでこちらの侵攻ルートは限られた、無差別に破壊をもたらすアレを利用しようとは、流石に思いもしなかったが」

 

 

「お……──いや─……ああ!!散々お前らの手口は見てるからな!点でも面でも制圧させてもらっ──たぜっ!」

 

 

「ぐぁっ…」

 

 

違和感に気づかれないように気丈に振舞い、マスク女の注意を逸らすために地面の砂を投げつける。そう何度もチャンスのある武器ではない、会話に脳のリソースを使ってくれている内が花。

それよりも、それよりも、だ。今、マスク女はなんと言った?ビナーはスバルが呼び寄せたのではないか、と?

 

そんな事ある訳が無い、一度はスバルを削り殺したあの怪物は討伐不可能の大怪獣だ。ホシノとムツキが抑えてくれていなければ、周辺の全ては砂に変わっていたであろう。

現状はツギハギのシナリオをアドリブで進行しているだけ、情報は足らず、時間も無い。

 

──ああ、いつもの事だ。

 

 

「ざまぁみそずけさんまのしっぽ!ずっと見下してんじゃねぇよバーカ!!」

 

 

「貴様」

 

 

口での煽りと身体での動きの煽りを両立し、スバル自身こんな風に煽られれば冷静でいられなくなる程にまくしたてる。

僥倖な事に、既出では無い情報が向こうから飛び出てきた。それは相手側の連携が取れていないのを知れた事、敵ユニットだと思っていたビナーが、本当に無差別破壊お邪魔キャラだと分かった事。

 

まさか大人になってまでホウレンソウの取れないアホバカマヌケが爆誕して、この砂塵の牢を作った奴とアリウス側の半端な衝突が起きていると考えれば、スバルを襲うビナーが被害をアリウスにまで及ぼしている意味不明な状況にも説明がつく。

 

この局面を乗り切れば、案外チェックメイトはすぐそこにまで迫っているのではないかと、スバルは己の胸ポケットを握りしめた。

アロナの返事は視界に現れ、スバルへの行動指示も最終目標地点へと向かっていて──、

 

 

「もう一度言うぜ、マスク女。今の俺は世界最強だし、殺す殺さないも自分で決められないなのなら、お前らアリウスがどんだけ苦しい目にあってきて…悲しい事があって、悲劇で終わった過去があったとしても…」

 

 

「お前らは、いつまでたっても幸せにはなれねぇよ。人生の未来ぐらい、自分で選びやがれ!」

 

 

経験上、アリウス生徒が最も過敏に反応する逆鱗をスバルは踏み抜いた。

──そう言い放った瞬間、目の前が警戒の赤色に染まったのには度肝を抜かれ、

 

 

「いッ──!?」

 

 

「…………死に、急ぎたいのなら、そう言え…!!!」

 

 

「んなわけあるか!っクソ…!」

 

 

「せいぜい無様に死ぬんだな、ナツキ・スバル」

 

 

向けられる銃口から表示される赤線がスバルの身体を肉片へと変える未来を映し出し、マスク女の迸る殺意がスバルを貫く。逃げる事の出来ないスバルが、この予測を覆す事は不可能。

ノゾミを助けられる距離から離れ、逃げる形をとる指示に一瞬頭がパンクしかけるが、スバルの視線の先、マスク女の冷静さを失った顔がその一手を選ばせた。

 

四足歩行になりながら逃げるスバルを、呪詛を吐いて追いかける彼女の音、それは不自由である少女の、不自由に産まれ、不自由に生きてきた命の嘆きであり、どうにも耳に残ってしまう。

 

 

「ぜぇっ…うぐっ…オェッ──はぁ、はぁ、あ、足はえぇ…」

 

 

「──ナツキ・スバルゥッッッ!!!!」

 

 

その感情の発露が、彼女らが唯の殺戮者とは違う証拠で、打ち倒せば終わりを迎えられる『敵』であるのなら、スバルはもっと冷酷な判断を下しているのに。

 

銃を向けられても、殺意を向けられても、殺されても、妥協しないだけの理由が彼女らに無かったら、スバルは───、

 

 

「──っはぁ、ぅっ……お前らになんか、お前らに、なんかっ……優しくしたくないんだ。許せる許せない、そのラインを踏み越えたお前らなんか……」

 

 

「……」

 

 

「それっ…でも…っ…──それでも!まだ、知らないだけなんじゃないかって。大切なものの見つけ方とか、どうやって幸せになるのかってのが!」

 

 

「────知らなかったら、どうする」

 

 

「俺が教えてやる!俺が、お前らが何の為に命を奪ってるのかも分からず!殺しても殺しても不幸のまんま、幸せになれないなら、満足出来ないのなら!俺はお前らを守れないけど…手を、差し伸べることぐらい、できんだよ…だから…!」

 

 

「──俺達の温情、有難く受け取りやがれ!!」

 

 

スバルとマスク女の間、その距離は三歩半。距離にして三、四メートル。

回避と会話による時間稼ぎ、あらゆる手段を使っての誘導は完了した。

 

体力の減少と太陽の熱さに、代謝が弱っていくのを感じ、手を後ろにつきながら空を見る。そして、アロナがここまで移動を指示した理由を見つけた。

冷静さを失い、感情的になる。その人間らしさにつけ込んだ、つけ込んでしまった作戦だったが──、

 

 

「スバル────危ないっ!!!!」

 

 

「なッ!?」

 

 

「そのまま落とせ!ホシノ!!」

 

 

目の前三、四メートル。それ以降の向こう側の全てが、白い巨躯に押しつぶされる。

降ってきたのはビナーの身体であり、その重量は計り知れない。間近にいたスバルが被る害も大きい筈だった──。

 

 

「ス・バ・ル・きゅん」

 

 

「っぐ……──ムツキ!いてっ」

 

 

気が付けばビナーの巨躯の上に居て、スバルの歓喜にあふれた表情を咎めるように、ムツキが額にデコピンを構えた。

愛のある打撃は、ひたすらに甘美な味がして、触れたい、求めたい、と反射的にスバルの心が魅せられる存在が、常に胸の内に存在していることに、安堵する。

 

 

「いつつ……──俺は生きてて、ムツキはお姫様抱っこ中。ってことは諸々の耐久時間考えると…完勝だな!」

 

 

「くふふ~確認するまでも無いんじゃない?スバルきゅんの頑張りで、こっちは無事に勝てたよ。スバルきゅん、怪我はしてない?」

 

 

「あるもんか、俺には護りの天使がついてるからさ!明日筋肉痛で悶えちまう事以外はぜーんぶ無事。頑張った報酬も今堪能中」

 

 

「あはっ!堪能中かぁ~。私の体温、温かいもんね~」

 

 

とくん。と心音が聞こえる距離にまで抱き寄せられて、スバルはふやけた笑みを浮かべる。わずかに感じるムツキの手の震えが、スバルという一つの命が無事に帰ってきた安堵を伝えていた。

 

 

「体温ってやっぱ安心するよ、今俺汗だくだからあんまし感じれないけど……不味いムツキいますぐ離してくれ、俺の汗でべちょべちょになっちまう…!」

 

 

「え~?別にいいよそれくらい、まぁでも、頑張ったご褒美があるのなら、私にもご褒美があってもいいよね?スバルきゅんったら可愛い顔してるし、そ~だな~、体育館に戻ったらアヤネちゃんの眼鏡でもかけてよ」

 

 

「俺こそ別にそれくらいなら……」

 

 

倒すのは不可能と思っていたビナー相手に勝利し、あまつさえこちらの勝負の勝因になってくれたのだから褒美など幾らでも求めて欲しい。ムツキから降り……何はともあれ、今は勝利を後腐れなく味わうために、空気を変えてそれ以上の話をしようとすると、

 

 

「スバル!無事───みたいだね」

 

 

「ホシノこそ、あんな大怪獣バトルして…無傷……なんだな…」

 

 

「うへぇ、ちょっと手こずったけど、スバルに直進するだけだったからあのビームは使われなかったし、楽勝楽勝」

 

 

「なら、えーっと、コイツはぶっ倒したって事でいいのか?」

 

 

「………微妙な所かな、外装が硬すぎて中まで破壊は出来てない。しかも自動で損傷個所が修復してるし、再起動は時間の問題かも」

 

 

マジか、何処までお邪魔キャラなんだ。そう思い今踏みしめている地面であるビナーの身体を蹴って、逃げる間に脱げかけた靴を履き直す。

かなりの高さがあるこの足場から周囲を見渡せば、本校の五割は砂に変わっていて、丁度半分が削り取られた形。

 

日差しと西風の入りが良くなったねと冗句を飛ばすには、この校舎には彼女らの思い出が詰まり過ぎている。無論スバルも、リスタートを繰り返してきた数、アビドス校舎にはお世話になったというのに、

 

 

「……───」

 

 

「スバル、戻ろう。コイツがまた暴れ出す前にみんなをここから避難させなきゃ。それに……校舎も全部使ってた訳じゃないし、部室も残ってる。スバルが考えてるほど、悔やんでない」

 

 

「──私の実力不足だった、それだけだからさ」

 

 

「…はッ、文句の一つくらいボヤいてもいいのにさ」

 

 

彼女の悪癖は治る様子は無く「励ましのつもりなら、逆に落ち込んじゃうぜ?」と返すスバルに、にへらと笑い返すだけのホシノ。

変わらないな、伏し目がちになり踵を返して、滑り台を下りる様にビナーの身体から立ち去れば、スバルが颯爽と向かう先はノゾミの元。

 

遠目からでも鮮魚の様に元気に跳ねているのが見えて一安心だが、もう一つの心を悩ませる相手がどうなってるかが分からない。

 

砂に半分埋もれた校舎の残骸を抜け、彼女がいるはずの場所へ戻れば遠目で見えた『鮮魚のよう』とは裏腹に、ロープで縛られ、砂まみれの制服でうずくまっているノゾミは──、

 

 

「お゛ひ゛ぃ゛さ゛ん゛!゛!゛」

 

 

「すぐ解くすぐ解く!──なんか数分見ないうちに痩けた?」

 

 

「ぶへぇ……当たり前だよ!!身動き一切取れないのに、目の前でドンパチやられる側の気持ちが分かる!?」

 

 

「地味に分かっちゃう。俺も俺でそんなんばっかだし」

 

 

「……こういう時は、そんな疲れた顔するんじゃなくて慰めてよ…お兄さん」

 

 

ノゾミはスバルを見上げ、弱々しく笑う。彼女の頬には砂と血が混じり、声もかすれている。頬の血を指で払い、

 

 

「この血は…っ、ノゾミのか?どっか怪我したり苦しい所があったら言ってくれ…!毒とか盛られてないよな!?」

 

 

「わぷっ、だい、大丈夫だからお兄さん!この血は…──ヒカリ、そうだヒカリは…あれ、でもなんであんな事…」

 

 

「───ヒカリ」

 

 

捜索に手間取る事は無い、スバルはただアロナの指し示す方向へ走るだけで、ノゾミの手を引っ張って血痕の残る方へ。

この状況でホシノもムツキもノゾミも差し置くなんて、とんだ浮気者だと罵られても仕方がない。

 

浮気性なのに、自認は一途派。のたまう言葉は甘ったるい男なのがスバルで、それはみんなが知っている。

 

 

「……………」

 

 

案内の先に人影を見つけ、膝を折って近づけば、血が流れているのは口からではなく、額から。

唾を飲み抱き抱えると、幼い身体から確かに心音を聞き取れる。

 

 

《──スバル様、御安心を》

 

 

《私は、スバル様自身の求めるものを、計算から除外致しません。対象は現在気絶中、神秘による身体能力の補強は『認識』によるテクスチャーの誤認です。意識外の衝撃であれば、個人差はあれど軽い衝撃で気絶させられます》

 

 

「あの瞬間にそこまで…チートここに極まれりだな…──ありがとうアロナ、俺が一回、しくっちまったから…分からねぇかもだけど、今すげぇ感動してる」

 

 

「──戻ろう。こっから全部巻き返してやろうぜ」

 

 

ハイタッチは出来ずとも、胸を拳で軽く叩いてから振り返る。スバルに突然引っ張られて、何が起きてるのか理解のつかないノゾミが目を回していたり、ホシノとムツキが並んで周囲の警戒をしていたり、

 

 

「よし」

 

 

立ち上がって膝の土を払う、偶然にせよなんにせよ、ビナーの急変で事態は好転した。

問題はその急変の理由が何一つ解明出来ていない事で、再起動の可能性がある限りモタモタはしていられない。

 

死に戻りをしても、基本的に変わらずビナーは動かなかった。それが今になって何故──と、思い悩んでも答えを出す前に死が訪れることになるだろう。

ホシノの離脱は防げた、ノゾミは取り戻し侵入者は…土の中で大人しくしておいて欲しいが、どうなっていようとここでの追撃は余計にしかならない、スバルが体験したあの自爆も──マスク女の様な力量を持った生徒を使い捨てに出来るのなら、このアビドスでの一幕はアリウス側の圧倒的な勝利で終わっている。

 

自爆が許容されるのは、あらゆる面で使い捨てにするのが都合のいい生徒だけだ。

合理を持たなければ、非道は愚行と変わらない。だからこそ自爆は『使い捨てに出来る生徒』にしか──。

 

 

「────」

 

 

《スバル様、彼女が目覚める前にセナさんの元へ──私がサポートし、開胸手術を行います》

 

 

「…セナに、結構な負担を掛けちまう」

 

 

《スバル様の頼みならば、彼女は受け入れるでしょう》

 

 

アロナの声は、以前のような冷たさを持たず、ただ信頼を以てそう告げていた。

抱き抱える力を強め、前に。肉体の限界が来る前に、スバルは足を進め、体育館に────、

 

 

「…いや」

 

 

「違う」

 

 

そうじゃない、スバルが向かう先は、盾を構えるホシノの方だ。

 

 

──細く繋がれた因果は、決して途切れる事は無い。

 

 

それは糸、長く紡がれてきた絵巻物の解れた端。引っ張り続けると最後には濁りのない一本の糸になる。

因果と必然、勘違いしてはいけないのは、それが選択によるものであること。何もしない人間は、何も産まない事をナツキ・スバルが最も理解していた。

だから、戦場が再び動き出すその前に——。

 

 

 

 

 

「ホシノ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──流れる汗を拭い、無線機を手に取る。マダムから装着を指示された機械を取り付け、口元へ。

門の傍で背中をついて、呼吸を整えようと、

 

 

「ふぅっ、ふぅっ…──!」

 

 

「──ふー…」

 

 

肺に酸素を回し、出来る限りの体力を戻す。折れた腕と足は固定したまま時間を置けばじき治る。

マダムから下賜された薬品を身体に注入すれば、一時的に奴の遺産からの探知は途切れ、現在地を知られる事は無い。

 

 

「クソッ…ビナーめ…」

 

 

やられた、ナツキ・スバルを相手に悠長になりすぎた。あの場ですぐに殺すべきだったか?いや、アイツは私が追い詰めるのに時間を掛ける事まで計算に入れていたのだから、正直に殺そうとしたところで何かあったと考えるべきだ。

 

それに小鳥遊ホシノを相手どれる程、自分の力量を驕っていない。だから内部からの戦力減を目標としていたのに……。

 

 

「…………これが、私の目標か」

 

 

「私の、生きてきた意味なのか」

 

 

「ナツキ・スバルを殺す事が、私の……」

 

 

──聳え立つ壁を前に、決意が揺らぐ。

私の運命は、この世に産まれた時から決められていた。ナツキ・スバルを殺すこと、マダムに拾われた時から血の奥深くにまで刻まれた命令。

 

 

『サオリ』

 

 

『Vanitas Vanitatum et Omnia Vanitas───この世は全て虚しく、貴方が生きていることは唯の偶然で、何の意味も持っていないのです』

 

 

『ならば私が生きる意味を与えましょう、一切が全て空だというのなら、私が白を埋めるのです。いつか、審判者に、絶対者に、裁定者に至る私が、貴方という()に意義を与え、花咲かせる』

 

 

『サオリ、私のサオリ。貴方はいつか、私の宿敵を殺す者になる。貴方はその時、初めてこの世に生れ落ちる』

 

 

『───私の手足になり、いつか、ナツキ・スバルを殺すその時まで』

 

 

『サオリ。貴方は私から逃げることなど出来ない、死んでいる限り私に利用され続け、現実は全て虚しいままなのだから』

 

 

『ナツキ・スバルを、殺しなさい』

 

 

 

誰かも分からぬ、誰とも知らぬ者を、拾われたあの時から殺せと告げられ続けてきた。

 

何故、どうして、理由も訳も知る由は無く、ただ全ては虚しいものだと。

 

 

 

「…………」

 

 

 

脳にこびりついて離れない音が、ひたすらに虚しい心に反響する。

 

 

 

『──お前らになんか、お前らに、なんかっ……優しくしたくないんだ。許せる許せない、そのラインを踏み越えたお前らなんか…』

 

『それっ…でも…っ…──それでも!まだ、知らないだけなんじゃないかって。大切なものの見つけ方とか、どうやって幸せになるのかってのが!』

 

 

 

「───知っているさ」

 

 

ああ、知っているとも。大切なものを守る為に、大切が大切である為に、全てを捧げてきたのだから。

 

知っているさ、知っているんだ、貴様に言われずとも、私は。

 

知らないとでも思ったか?貴様の正義が、何かを変えられるとでも?

 

 

「──何が違う?」

 

 

知っているだけだ、私に、ナツキ・スバルのように物語を変える力は無い。悲劇を、悲しみを変えられる訳では無い。

 

だというのに、何故、貴様は──。

 

 

 

『──どうして?』

 

 

「っ」

 

 

『どうしてダメなの?なんで、こんな意味の無い苦痛の中で生き続けなきゃいけないの?』

 

 

「………ミサキ…」

 

 

『──寒くて、空腹で、辛くて。ただ苦痛が繰り返される日々なのに』

 

 

『どうして、姉さんはこの無意味な苦痛を私たちに強要するの?それに一体何の意味があるの?』

 

 

『─────ほら、答えられないじゃん』

 

 

 

「ぁ…」

 

 

「…………」

 

 

「………………………───」

 

 

 

無線機を壊す前に、手の力を抜いた。

 

 

 

《…こちらアリウススクワッド、現在時点でアビドスでの作戦遂行の失敗を告げる。ミサキ、ヒヨリは私が規定位置に戻るまで待機》

 

 

《その他全部隊は撤退しろ。マダムからの罰は私が受ける》

 

 

 

本来の侵攻ルートが軒並み潰された時点で、こちらの撤退は決まっていた。マダムもそれは了承し、撤退前の一手として私をこの場に送り、ナツキ・スバルの殺害を望んだ訳だが、これを失敗したところでマダムは何も言わないだろう。

 

──まるで、最初から失敗すると分かっている様子で、私を送り出したのだから。

 

 

 

「……」

 

 

「マダム」

 

 

「──全ては虚しい。どこまで行こうとも全ては虚しいものだと、ならば何故、我々は知性を持ち、命を有し、貴方は絶対者であろうとするのですか?」

 

 

「それすらも、私には理解出来ないのですか。マダム」

 

 

 

 

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