──もしも時が花のようであれば。
咲く前に準備が出来て、枯れる前に準備が出来ただろうに、血液のように流れるだけの時間を前にすると、生まれた理由や抱いた疑念を愛する前に消えてしまう。
『敵はテント内!そいつはホシノが相手するから、ヒカリを救ってくれ!!』
スバルに対しての違和感も、その内の一つだった。
起承転結の無い言葉、異常な勘の良さ、遺産の力では片付けられない決断と判断力。
選択は正しくても、その過程は不明なまま。正しい道を歩んでいるのかも分からず、ただ違和感だけが積もっていく。
『ホシノ先輩』
『ふわぁ〜…どうしたのー、シロコちゃん。もう寝る時間だよ?明日に備えて早く寝ないと…』
『──全部、納得したの?スバルが話したこと、あれが全部だとしたらホシノ先輩は納得出来てる?』
『…うへぇ、そうやって聞きに来てる時点で、シロコちゃんの中で結論は出てるでしょ?──ハイランダーの二人にも話を聞いて、風紀委員の子達にも色々教えて貰って……分かったのは、確実にスバルは遺産以外の何かを隠しているって事くらい』
『大切に大切に、しまい込んだ何かをスバルが明かさない限りは…完全に信用するつもりは無いよ。勝負の約束の範囲内で、ちゃんと信頼と信用はするけどね……シロコちゃんは?』
『……』
『──分からない』
スバルの言う通りに動けば、全て上手くいく。
スバルがやりたいことを叶えれば、事態は好転する。
スバルと出会ってから感じ続ける本能が囁くままに従い続ければ、その行動に見合うだけの成果が降ってくる。
──スバルは、私の事を信頼して、信用していた。命を預けて約束を守るだなんて、
「…………ん」
ちょっぴり、変だと思ってしまった。
ホシノ先輩が追いつけないくらい、スバルは『向こう側』に居た、見えない何かを積み重ねて、その重みを通して私を見てる。
ホシノ先輩の場合は、教えてくれない何処かの誰か、多分、ホシノ先輩の先輩なのかな。
じゃあ、スバルの場合は──?
「邪魔するよ、銃も撃つから射線から退いてて」
「──それをここで許すとでも?」
私たちにはスバルが必要、スバルが居てくれなかったら、セリカもアヤネも、ホシノ先輩もアビドスから居なくなってた。
スバルには私たちが必要?別にそんなこと無い、スバルは連邦生徒会が後ろについてて、カイザーを撃退した時点で『シャーレ部長』になった。
ホシノ先輩は、連邦生徒会を深く恨んでる。スバルを信用しても、連邦生徒会まで受け入れるつもりは無い。
スバルから見ても私たちには『重み』が無い。命を懸ける理由に至る何かが無い、だから、分からない。
もし、全てが終わった後、私たちにスバルが求めてるものがなくて、それにセリカやアヤネがスバルを怖がってしまったら、ホシノ先輩が向き合ってくれなかったら、私がこんなこと考えなくても、スバルのただの善意や好意で終わってしまう話なら、
『シロコ!』
『シロコ』
『──シロコ』
──どちらにせよ、狂気と変わらない。
もしそうだとしたら、それが分かってしまったら、それが身体を突き動かしているのだとしたら──。
「ん……スバルからの指示、退いてもらわないと困る」
「昨晩貴方が会話のできない患者ではないと理解しています、なら、スバルは貴方に具体的なことを話していない……──分かりました。通します、ですが私も付き添います」
「ん」
シロコがビニールの幕を手で払い、セナが銃を構え部員へと作業の中断を告げる。清潔さと静寂が保たれた簡易テントの内部は、唐突なサムズアップに驚く様子は無く、シロコとセナが通過するための道が開く。
「あそこは違う、あそこも違う、違う。違う違う違う……」
直感が告げるこの状況に対する慣れの違いを見分けるシロコ。スバルの言った敵が患者であるのか部員であるのか、白い清潔なシーツを被って寝ている生徒の一人一人まで目を通し、
「……」
「──見つけた」
他の生徒と何ら変わりない、静かに両手を挙げる生徒二人に勘が反応する。こちら側からは目を合わせず、僅かに感じたこの場に相応しくない匂いと、昔からの直感が銃での制圧をシロコに諦めさせる。
「相手は」
「あそこの二人、演技してる間に──」
「分かりました。鎮圧します」
「───……ん……」
そんなシロコの配慮も無視して、暴走車の如く直進するセナにため息を漏らし、急いでテントの天井を射撃し破損させた。
落下してくるポリエステルに包まれて、素材の良いテントの生地が手足に手触りよく絡みつき、視界を防ぐ。
後はこの間に拘束して終わりと、心の中ではそんな事あるはずがないと自分に告げておき、鋭い刃物でポリエステルが切り開かれる光景を前にして、そう簡単には終わらないかと、
「失礼します」
──刃物を持つ飛び出た腕が、呆気もなく注射を打たれた。
セナが打ち込んだ筋弛緩剤が、乱暴者の手に弱い震えを引き起こす。ナイフが手から落ち、重く被さるテントの残骸に身動きを取れなくなっていく様は砂に潰れる蟻のようで、手際が良いを超えて機械的とも言えるセナの動きに舌を巻くシロコ。
確か彼女に戦闘的な資質は無いはずなのだが、それはそれコレはコレで使っている才能の箇所が違うのだろう。
「二人が囲んでたシーツ、捲ってみて」
「これは──」
予感は的中、昨晩スバルと共にアビドスへやってきた少女であるハイランダー学園の幹部、橘ヒカリが横になっていた。
セナが触れても起きる様子は無く、寝ているというより気絶している方が近い状態になっていて、シロコは未だテントの残骸に囚われている二人の真上に立ち、
「貴方達、多分アリウスだよね?」
「……」
「──やり口は分かってる、貴方達みたいな人間でも、死んだらスバルが悲しむから」
口を動かす筋力が無いのか、話す気が無いのか。シロコへ返事は帰ってこず、残骸越しに口が僅かにもごもごと動いている様子しかない。
その上で、シロコは被さった残骸を取り払って、片手は拳を握りもう片方は銃底を構え二人の後頭部へと振りかざす。
鈍い音と共に倒れ込んだ二者を後ろから腹へ腕を回し、腹式呼吸の応用で無理矢理胃を押して内容物を吐き出させた。
酸っぱい匂いが辺りに充満し、黄色い海の中にはころりと小さな小石のようなものがあって、胃液により溶け始めていた。
「ぉ──ぇッ──……な、ぜ……!」
「ん……勘、かな?」
「か……ん…?」
──そんなもので。そんな言葉を吐きたいのがありありと分かる顔をして、絶望に苛まれる少女達。
それから一間置き、シロコへと目線を送ってから舌打ちをする。されるがまま、セナに麻酔を嗅がされ眠りへと落ちていく。
瞼を閉じる最後の瞬間まで、憎悪に満ちた視線をシロコへと送り続けたまま、
「……」
「やっぱり、私には分からない」
憎悪を向けられて、思い出すのはスバルの背中。
死んでしまえ、殺してやると呪詛を向けられて、善意の笑顔を返せる人間がいるだろうか。
それでもいいから、相手の幸せを願える人間は度を超えて優しいのか、度を超えて狂っているのか。
どっちにしても、スバルと約束したあの言葉を、守ることは出来ないと思う。
───今のスバルを見ている自分が、未来で笑っている姿が想像できないから。
なんてわがままで、とても酷い事を考えている自覚はある。頑張っている人に、頑張っている姿を見たくないから、頑張らないで欲しいなんて。
ホシノ先輩が私に優しくしてくれたように、ただただ、生粋の優しさをスバルが与えてくれてるとして、どう返事すればいいのか分からない癖に、その優しさに甘えてる癖に、
「ん……──スバルが戻ってきたら、聞いてみよう」
「何をです?」
「個人的なこと」
「そうですか」
セナが察した顔をしてテキパキと気絶した二人を縛り上げ、部員全員に事態の収着を告げる。その場にいた部員の作業の手は再開し、ちょうど今産まれた損害を直し始めて、セナはシロコへ「彼に用があるのならお早めに」と残しテントからほっぽり出した。
互いにあまり何を考えているか分からないなと思いながら、スバルという共通点を挟むと思考が通ずる所がある。時期を逃せば、彼と内密に話せる機会はほぼ無いと、
「──!」
──丁度、思考の中心にいた人物が現れた。
汗を服で拭い、背中に緑髪の生徒を背負って損壊した体育館を跨ぎ歩いてくる。
スバルを追っていたあの大蛇はどうしたのかと聞きたいところだが、ホシノが相手をしている時点で、こうやって無事に帰ってこれることは確信していた。
当の本人は何処にも見えないが、ともかくとして胸にあるわだかまりを解消するため駆け寄って、
「────スバル?」
「…………」
彼の浮かべる表情に、安堵と喜びの一欠けらも見えなかった事が、脳を揺さぶって仕方が無かった。
「ノゾミ、降りられるか?」
「パヒャ!……──うん、もう大丈夫だよお兄さん。私は、お兄さんの選択は間違ってないと思ってるよ」
「ムツキ、その子をセナの元に、後から俺も寄るから…気絶させたまま絶対に起こさないで欲しいって伝えといてくれ」
「了解、スバルきゅんもちゃんと…そこの狼ちゃんとも話してあげてね」
「…ああ」
耳に入ってくる音が不穏で怖くて、のっぴきならなくて、足取りが重たくなる。
常に備えていた余裕も消失し、心臓の高鳴りが収まらないまま、彼に近寄って、
「スバル」
「おう、ただいま。無事に戻ってきたぜ」
「ん……良かった」
グッジョブポーズを作ってはにかむ彼の前で、身体でうごめく違和感を伝えるに至らず、ただただ目の前で立ち尽くすのみで。
気が付けば傍にいた二人は何処かに行き、スバルとシロコだけが対面する。
そんな状況になっても、口はうまく動いてくれなくて、しまいには普段シロコが引っ張っていくはずのスバルが話を切り出した。
「なんか、聞きたい事──あるか?今はまだ時間があるし、シロコと沢山話が出来る」
「………ん」
不思議と言葉は口から出てこなかった、毎回毎回、彼には説明を求めて押し掛けていると言うのに、今その説明が聞きたくなくて、でも、
「ホシノ先輩は、どこ?」
「──やらなきゃいけないことを、やり残した事を、終わらせに」
■
──もしも時が花のようであれば。
枯れた花から落ちた種が芽吹いても、同じ花が咲くように。
生まれ持った因果に期待も絶望もせずに済んだ、因果という種がどんな花が咲くのか分かっているのだから。
いつか枯れてしまうという結末も、誰かがそうあれと願わずとも美しく咲く姿も、始まった命が終わっていくまでの過程も、心の底から祝福出来ただろうか。
「────ホシノ」
彼の言葉が耳に届くと、不思議と胸が高鳴る。恋煩いと呼ぶには痛すぎる高鳴りが耳をつんざいて、身体の内側から破裂しそうになる。
彼と話す度に、心の中はざわついて違和感が増えていく。それはきっとシロコちゃんも感じている事で、増していく違和感に世界は答えを示さない。
おかしなことに、いつもは危機感知が働いてその違和感を消す為に身体が動く筈なのに、脳からの信号は停止していた。
「どうしたの?──まだ敵が居る感じかな、遺産ちゃんが探知でもした?」
「いや……それに関しては大丈Bーだ、このバカ蛇のお陰で軒並み相手の足が止まってる。それよりも、俺がビビりで後回しにしてたことを話そっかなってさ」
「えー、急にまたそんな事……スバルに助けられてばっかりなのに、ビビりだとか言わないでよ?スバルがビビりっていうなら、私なんか────」
「──俺の名前は菜月昴!!」
彼は突然大声を出して、私も、背中に背負った子も便利屋の子も驚いて目を丸くしてその声に身体が引っ張られていた。
気でも狂う……なんてこと無いけど、唐突な大声はスバルの変調を心配するのに十分で、
「……──」
「出身は日本だ、この世界にあるかどうかは分からないけど、俺の知ってる限り……元々の世界にキヴォトスなんて国は無かったし、銃なんて絶対お目にかかれない国でニートやってた、ホシノ達からすれば異世界?的な所からやって来てて、うざ元気な父親と仏の母さんとも一生の別れを経験しかけてる」
「……え?」
「正真正銘、俺は日本人。異世界人って所かな」
「────!?」
「異世界……お兄さんが!?何処からどう見ても普通の……──普通、だったらここまで来れてないか!パヒャヒャ!」
「……くふふ、へ〜?」
それが、普通の人間が話した与太話なら何事もなかったのに、目の前にいる男が菜月昴である以上、無視して通れない話題だった。
丸くした目をさらに大きく開いて驚きに染めたのは、何もホシノだけじゃない、ムツキもノゾミも口を開いて驚いていた。
自分の観察眼が告げていた臆病で慎重な彼の姿とは真反対なカミングアウトに、普段の調子が崩れて前のめりに質問詰めしかける。
元々謎の多い人間ではあったが、異世界?そんなものが現実にある訳が無い、そう言いかけて、
「今から、ホシノに込み入った話をする。だからその分、俺の秘密も明かさせて貰った訳。俺の身勝手には慣れてる……つーか慣れてもらってる?から、その空いた口は塞いで貰う」
「……いいよ、諸々質問するのは後だ。スバルが話したいだけ話して」
「そうやって受け身になってくれるのは助かる、でも本当に『ワケワカメ』ってなったら存分に攻め攻めになってくれよ?後々質疑応答されても、『出来ない』かもしれないし」
「それはスバルの事情的に?余裕的に?」
「回答はお控えします」
そのあっけらかんとした様子には、発言との落差が大きくてズッコケてしまいそうになる。
ただ、この状況で嘘を吐くには肝が座りすぎていた。心の脈拍を一旦落ち着かせて、突発的なスバルの発言を噛み砕き───まぁ、そんな事もあるか、で済ませた。
どれだけ摩訶不思議な事であっても、嘘をつく必要も嘘をつく人間でもない相手が言うことなら、少しは信用に値する。
ノゾミとムツキは話している事に理解が及ば無いのか、喉が詰まって動かずにいて──、
「スバルが込み入った話……ね…」
「うん」
「んー…話すの、嫌だって言ったら?」
「首根っこ掴んでシロコ達の前で話して貰うことになるぜ?」
「──出来るの?君に」
「ああ」
「忘れたかよホシノ、お前は一回俺に負けてる。奇跡でも偶然でも、それは事実だ」
──君が言う奇跡は、必然だろうに。
君は芽吹く側じゃなくて、植木鉢に種と水を与える側で、それがどんな風に咲いて散るかを見届ける側。
連邦生徒会連邦捜査部シャーレ部長、ナツキ・スバル。それが、
「俺はホシノに嘘をつかないよ」
「─────────」
「…うへぇ〜、顔に出てた?」
「いや?いつも通りモチモチの可愛い顔してた」
近づいてぷにぷにと頬を触られると気が───緩むほど、スバルに心を許していない。
必要なのは、最後の最期まで信用しないこと。
連邦生徒会が私にそうしたように、二度と、何も。
「ホシノは?」
「っ」
「俺に、嘘をついても仕方がないとは思う。最近経験したことだけど、やっぱどうしようもない、つかなきゃならない嘘はあるだろ?それを体育館に帰る前に、俺はホシノに綺麗さっぱり洗い流して底の底まで吐き出す」
「気兼ねなく、ホシノが俺を殴れるように」
「…何もかも唐突過ぎるよ、スバル。君の思考は早すぎる、誰も追いつけてない。ムツキちゃんもノゾミさんも、何もわかってない」
「───せめて、戻ろうよ」
跳ねのけるには、余りにも弱すぎる声圧で、震える唇と共に桃色の髪が揺れる。
「ホシノ」
「俺は────」
──手を伸ばしてきたスバルが、突然胸を押さえて苦しみだす。
素人目にもわかる程の異常な苦しみ様は、まるで心臓を握りつぶされた人間の今際の際のようで、
「スバル!?」
「お、おれ、ぁ……いろ、いろある!ぉぐっ……──色々あって、こんなんだから、ホシノに迷惑かけてる!!まだ、まだあるぜ、秘密にしてること!!!」
「ス、スバ、っ────」
皆の心配が天元突破して、セナの元に運び込まれる前に、ナツキ・スバルは先んじて彼女の地雷を踏みに行く。
それはとてもとても大切な、スバル自身踏み荒らす選択肢など絶対無かった───、
「梔子ユメの遺体が、カイザーに利用されてるんだ」
あの日。
連邦生徒会に、先輩の遺体を奪われたあの日から。
───一度たりとも、奴らを許したことは無い。