「………それって、どういう事」
「詳しい事は分かってない、カイザーが遺体を何故か持ってて、少なくとも……ただ…普通に、遺体があるってだけじゃないとは思ってる」
「───はは、憶測?ここに来て?」
「……」
ナツキ・スバルは口を噤む、小鳥遊ホシノが単純に、亡骸を人質に取られ後輩を置いて飛び出す人間では無い事を理解しているから。
ホシノが、約束を捨てて自分の意思を優先する事など、『それ以上』の悪逆が潜んでいる事を察するのは簡単で、
「ねぇ、スバル」
「私をどうしたいの──?」
──先輩は、太陽の様な人だ。
太陽。月並みな表現で、凡庸に塗れているけれど、私の冷たい心を照らしたあの暖かさは紛れもない朝日のような温もりだったんだ。
胸に灯ったその温もりは恋みたいな、少なくとも今までの自分じゃ持ちえない感情。
梔子ユメ。アビドスでビラ配りをしていた時が馴れ初めの、私の大切な大切な先輩。───を、私は馬鹿な人間だと見下していて、
未だに私は、先輩が何を伝えたかったのかを理解していない。
先輩の教えの全てを、世界は踏みにじってきた。振りまいた善意は悪意に利用されるだけ。
馬鹿らしい、本気で何もかもを無視して暴れるだけで、私はこの世界に真理を突き返せる。
『強い者が弱い者を搾取する』それは常、強い者はいつか更に強い者に喰われ弱者になる摂理、私達から奪おうとする全員から全てを奪い返せる。
───私は、強い。強かった、強く在った。先輩が迷わせなかったら、きっと。
「────……」
「……ふー、分かった。分かったいいよ、答えなくても、それで?それを聞いて私が飛び出してたらどうしてたのかな」
「どうしようも」
「────は」
「俺は間違った選択肢なんてのは、無いと思ってる。失敗しても間違いを犯しても、その責任を取り続ける限りは………全部前に進む一歩って所か」
「……その代償を背負いきれなくなる時もあるでしょ」
「いつかはそんな時が来る、でも今じゃない」
──ユメ先輩は、こうやって囁いてくる悪魔に負けて欲しくなかったんだろう。ユメ先輩が望んだ世界は、所謂理想の、御伽噺。その御伽噺を受け継いで、私は出来上がった。
もしもの話、スバルがここに来てくれなかったら、騙され続けた私と先輩の物語は……ただ、何も報われず『愚かな二人が死ぬまで搾取された話』で終わっている。
「……スバル、ねぇ、スバルなら答えられる?」
「そこまでして、この世界を信じる価値はあるのか」
「そこまでして、人間を信じる意味はあるのか」
「そこまでして、善意を持ち続ける理由はあるのか」
「──君の善意は、理解しなきゃ毒でしかないのに」
ユメ先輩と、同じように。
──それが分かるまで、私は私を消費し尽くす。後輩を守って、アビドスを守って、託されたものを守って、守って守って守って、この世界が真実を教えてくれるまで。
ああ、吐き気がする。その程度も分からない自分が、命でしか支払えない自分が。善意が毒のようにまわってくる自分の心が。
「……はぁ、スバルってさ、連邦生徒会が私にした事、知ってるかな」
「いいや、何も」
「…ユメ先輩の事も、何処で知ったのか…。まぁいいや、連邦生徒会は──いや、連邦生徒会長が仕組んだ罠にまんまと引っかかった訳だけど」
アビドス生徒会は私とユメ先輩の生徒会長と副生徒会長の二人だ。
ただし生徒会を設立するにあたって、連邦生徒会の承認が必要になる。過去に連邦生徒会長と昔のアビドスが提携していたのは、『引き継ぎ』に関する箇所だった。
アビドス内で選ばれた生徒会長候補を、その後連邦生徒会側が査定して任命する。その権限がある限り帝国とまで呼ばれたアビドスでさえも、生徒会員は厳正を絶対とし、不正は許されなかった。
問題は、前生徒会長の席が任命を待たずして空白となった時。
「──アビドスのありとあらゆる権限と資産は、一時的に連邦生徒会長が保持し『代行者』として次の生徒会長を任命する」
「うっわ、それ流石に無茶苦茶過ぎない?幾ら連邦生徒会でも、前のアビドス相手にそんなのまかり通すのなら、戦争になっちゃうと思うんだけど」
「超人なら、通せる」
「……それは……パヒャヒャッ、んー、何も言い返せないね!」
「けれど当の本人は半年前に失踪、連邦生徒会側も代理を立てられず……その後決定権の期限切れで私は会長になって、何事も無く終わる筈だったのに」
「───『連邦生徒会長の置き手紙』が、全てを覆した」
「────!!」
その単語を聞いたスバルは、身体の反応を抑えきれずしゃっくりをしたみたいに身体を跳ねさせる。
またか、と言いだけなその表情を浮かべ、察するにあまりある悪報を待ち受けて、
「代行者直筆の命令、『梔子ユメが所有する資産全てを秘密金庫に移転後、アビドス生徒会会長を小鳥遊ホシノに任命する』…………分かる?あの女にとって、ユメ先輩の亡骸は」
「───『資産』だったんだよ?」
語る口調に憎悪が混ざり、ホシノの目が暗闇へと落ちていく。
スバルと一歩の合間をとって話していたはずなのに、震える両手がゆっくりと盾を降ろさせて、スバルの胸ぐらへと近づいていって、
「資産、資産?人の、私の先輩を、資産?」
「っ…」
「なんでアイツらを潰しに行かなかったか分かる?ユメ先輩が私にそう教えたから、ユメ先輩のお陰でアイツらは見逃された、私は見逃した。それなのに──」
「それなのに!!今更!!!」
パンっ──と、手を叩く音が間近で響いた。
「────」
「あのさ、会長ちゃん」
スバルを掴みかかる手を払ったのはノゾミで、呆れた顔をしながらスバルを庇うように前へ立ち、ため息を吐きながら、
「私も仕事なんて毎回サボりながらやってるけど、一応仕事人なんだよね〜。だから言いたいんだけどさ」
「
「─────」
「パヒャヒャッ!こわ〜い顔しないでよ、私だってスオウ行政官が迷惑かけてるせいで、後始末もやりたくも無いのにここに来てるんだし、仕事には責任がつきもの!」
「ノゾミ……流石にそれは──」
「お兄さん。私らはさ……預かったものを、ちゃんと目的地まで持っていく。それが鉄道を司る私らハイランダーの仕事な訳で、お兄さんが乗客なら、お兄さんの目的地まで、それが『責任』なんだよ、私らの」
「それ相応の覚悟と責任、それも果たせずに嘆くばっかの立場で甘えるのは……」
「──自業自得、なんじゃない?」
その言葉を、過酷な運命に晒され続け、翻弄されてきたホシノが受け取るには──、
「──ッぐぅ…」
「…………あれ」
「ぁ──何、やってんだホシノ!!」
ホシノのショットガンが、ノゾミの腹部に向けて放たれる。
味方に向けての発砲、それも射線上にスバルが居る状態での凶行は、ムツキが即座にホシノを突き飛ばすのに十分な理由だった。
「…………」
「ゲホッッ……気に障ること言ったけど、流石に『理不尽』だよね……」
「──」
「…パヒャヒャッ、ほら、正しい事をしていても理不尽な目に遭う時は遭うんだ、業務中もそんなんばっかり」
「だから、『責任』は大切なんだよ?理不尽が理不尽だって分からなくならないのは、誰かがその負い目を背負ってるから。理不尽がその後も続かないでいてくれるのも、そういう事」
「社会は、案外そういう風に回ってる」
獣の顔をしたホシノが、無言で再びノゾミへとショットガンを向ける。
だが、今度は反対にスバルが間に立って銃口を握り脳天へと。
撃ったばかりの銃口を握ることで、皮膚を焼く熱が手の平を襲うが、スバルは意にも介さず仁王立ちを決め込んで、
「返答タイムだ、ホシノ」
「俺は信じてる、どれだけ理不尽な事があっても、どれだけ不幸な目にあって、世界に絶望しそうになっても!!──俺は世界に幻滅してないんだよ。小さな小さな価値の積み重ねが、世界にとって大きな
「俺は信じてるんだよ、人を信じないのが当たり前になったら………──『こんなもの』が当たり前になっちまうのなら、せめて俺だけでも、自分を見失わないように信じ続けるさ…!!」
「それでも、それでも理不尽が長く続く時がある!───でもそれは、誰かがそれを『理不尽』だって思ってる限り、善意を持ち続ける限り終わらないなんて事はねぇ!」
「……終わら、ないよ、私が生きてる限り、そんな…」
「俺がここに居るだろ?ホシノ」
「……全部、それも全部無駄になるかもしれない!少なくとも私とユメ先輩は全部無駄だっ──」
「それを───後輩の前で言えんのかッ……!?」
その時の苦しみを表せる言葉が、この世界にまだ無いのがどれほど憎かっただろう。
溜まりに溜まったものが決壊するままに、声を出そうとして、涙で塞がった。
「シロコの前でそれを言えんのかよ、セリカの前で、アヤネの前で、自分のやってきた事は全部無駄だったから、守ろうとしてきたシロコもセリカもアヤネも無駄だったって」
「そんな、そんなの言える訳────!!」
「──無い、よな」
「……」
「なんだ、最初から答えられるじゃねぇか。ここまでやってきた理由が」
年相応の涙が、スバルの目の前で滴り落ちていく。キャパオーバーになりでもしたのか、表情は泣いてるとも怒ってるとも言えない顔で、苦虫を噛み潰したようなタメを作って、
「…………スバルは、結局……どう、したいの…こんな事、話して……泣かせるだけ泣かせて、終わり…?」
「そんな訳、俺はホシノの下手くそなフリを止めてほしかっただけ」
「フリ……?」
「───やめちまえよ、後輩の為だつって苦しいのを誤魔化すのは。苦しいなら苦しいって言って、自分のために行動していいかって怖がらずに」
──ああ、頭の中の声が薄れていく。
自分の中の悪魔が、自分を許さない自分の声が、か細くなって泣き声に。
「カイザーは必ず生徒会の谷にホシノを誘い込む為、ユメの遺体を話題に持ち上げる。アロナがそれは確実だって、だから俺が先にホシノに伝えた」
「ホシノの苦しみは…俺には理解出来ない。でもそれは、辛い目にあったから分かるだのあってないから分からないだの、そんな不幸自慢比べをしたくないからなんだよ、何の意味も無いだろ?本人が納得しない限りずっとイライラしたまんまさ」
「スッキリしない限り、永遠に、だ」
真顔のまま、ズキズキと痛む胸を掻きむしって、頭の中を整理する。
驚いたのは、スバルがまさかそっち側を、悪魔の声を肯定するとは思わなかったからで、
「──選べよ、ホシノ」
「大切なのはどっちを選んだか、じゃなくて、ホシノが決めたかどうかだ」
「惑わされんな、胸張って選べ」
「どっちを選んでも───……俺がホシノを信じてる。俺がここに居て、俺は理不尽を終わらせに来たんだから」
銃口を握るのをやめて、引っ付いた手の皮がベリベリと剥がれていく音と共にホシノの前で膝を折る。
砂に着地した膝は直角に、傍から見ればプロポーズ直前の様なポーズをとって、焼けた手を涙が止まらないホシノの頬に添わせ、だらんと垂れた両手を掬う。
そして、ホシノの小さな手を、スバルの両手が包んで──、
「───ホシノ」
彼が呼ぶ、私の名前は、優しい音に包まれていた。
「俺も、ホシノの『責任』を背負わせてくれ」
「軽くなった分、ほんのちょっぴり自分を詰め込んだって、誰も文句は言わないさ」
───あの時とは違う、自己満足を押し付ける。
最初の最初、病院で目が覚めて、訳の分からないまま救わせてくれと願ったあの時とは全く違う自己満足を。
理不尽を終わらせる祝福の音を、ホシノに。
「………………」
「い─────…」
「……ぅ」
「……行っても、いい──?」
「──行ってこい、ホシノ」
随分と軽くなってしまった両の手を、スバルの手の中からするりと抜いて、盾を持つ。
ユメ先輩の盾だ、先輩が亡くなってる所で見つけた、唯一押収されなかった遺品。
ショットガンを背中に下げて、反復練習した点検を済ませて、
「行ってきます、スバル」
太陽の元、風に吹かれた砂がスバルの目を襲って閉じさせた瞬間。
そこにホシノの姿は無く、残るものさえ一つもなかった。
「………ふー」
「あー、怖かった〜。お兄さんおんぶして〜、痛くて動けなーい」
「勘弁してくれよ…俺も重病人なんだぜ?ムツキ、頼む」
「むー、まぁ仕方ないっかー」
「くふふ、私が支えてあげるから、スバルきゅんが背負ってあげれば〜?」
「……へいへい」
ノゾミを背負い「冗談なのに…辛いなら降ろしてね」と、毎回妙な所で自立心というかなんというか、成熟した所を見せるノゾミの普段とのギャップにドキマギしつつ、生きてる相手を背負える幸せも、味わっておかねばと気合いを込めて歩き始める。
「スバルきゅん」
「なにさ」
「──カッコイイね」
「そうか?」
「パヒャヒャッ、私にも響いたよ?楽しみだな〜、これだけ恩を売った後に、お兄さんが『責任』もって返してくれるってのが」
「………弊社は只今より倒産し、株券をお持ちのノゾミ様は誠に残念ながら……」
「それずるーい!!禁止!」
ポカポカと頭を叩くノゾミの力加減は絶妙で、肩たたきならぬ頭たたきには丁度よく、熱していた脳内が次第に冷めていく。
ホシノは選んだ、この後にまた……暴走したホシノが、あの地獄を作り出すかもしれないというのに。
流石に、怖い。なんで、ここまでやっておいて、自分の選択に恐怖してるのか。高まる熱のまま吐き出した言葉が間違いだらけだったら───、
「間違った選択肢なんてのは無いんでしょ?お兄さん」
「…うそ、顔に出てた?」
「いや?いつも通りのおとぼけた顔してた」
「…………それ…俺がさっきホシノに言った奴…」
「パヒャヒャッ!そのとーり、ほらシャキッとして、これからどうするの?目的地、まだ聞いてないよ」
「───戻ろう、戻って、話して……それから」
「…頭でも下げるかぁ…」
■
「────ってな訳でして…」
正座を終え、あぐらをかくスバルの前でシロコは絶句していた。
この、この状況でホシノの背中を押してしまったのか、そもそも異世界とは、そんなことを隠していたのかetc……。
でも、不思議と不満の声を上げるより前に、安堵していた自分がいる。願ってもない形で、心の中の違和感は晴れたのだから。
「──ふふっ」
「んえ!?わ、笑うところあったか!?」
「ん、違う。納得しただけ」
当たり前の事だった。胸に巣食う違和感は、他でもないホシノに育てられたものだ。
──育ての親が知らないことを、子供はいつ知る事が出来るのか?
それが今だったというだけの話。スバルの優しさと献身が、どのようなものであるかを、ホシノが理解出来てなかったのだから、自分も分かる筈が無い。
「スバル、約束覚えてる?」
「──勿論」
「ん……スバル、分かった事がある。スバルだけじゃ約束守れない」
「……っ、シロコそれは──」
──ふわりと、シロコに抱きつかれるスバル。
焦りに焦ったまま抱かれたので、その勢いのまま柔らかな胸へダイブし、顔周りが発熱していくのを感じた。
不味い、鼻血で出血多量死だ。最悪のバッドエンドを避けるため、急いで身体を引き離そうとして、
「大丈夫」
「スバルだけじゃ、守れない。だから私も笑ってあげる、スバルが頑張ってる所、スバルが傷だらけになっても」
「──今みたいに、ね。スバルとの約束、私
気がついたんです、感想も貰って……頻度は割と良いらしく、自分が思ってるよりまだ許される範囲なんだな〜って……なら、何故こんなにも手持無沙汰なのか。
──小説書いてる最中って、小説が書けないんだ。手が暇になっちゃうんですね。