Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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『火蓋は切られた』

 

「──ごめんなさい」

 

 

顔を紅く染めて、涙腺を腫らしたヒカリが膨れっ面でそう言い放つ。ただし、スバルの胸元に顔を埋めながらであるせいか、くぐもった声が余計に悲壮感を漂わせていた。

ビナーが破壊したことで直射日光が差し込む体育館、泣きつつスバルの身体で日光を避けている図々しさにはツッこまないでおくが、突っ立ってるだけで体力が奪われるのでさっさと日陰ってほしい。

 

この風に乗って肌に当たる砂は、残骸に変わった校舎の名残なのか、それとも砂漠からのものなのか。

今にしてみると、元々あそこは砂漠じゃなくて……もっと別の何かがあった場所なのかもしれなくて──。

 

 

「…ずっと言ってるだろ?もう気にすんなって」

 

 

「……でも」

 

 

「でももオケラもありません」

 

 

「……」

 

 

過去は過去、取り返しのつかない事に郷愁を抱いている暇は今のスバルには無い。

薄緑の髪を揺らし、涙を吹くように顔をごしごしとスバルの胸元に押し付けるヒカリ。

 

今度からゼリーはやめて、点滴にしよう。古木が使われた体育館の壁にもたれかかって、その他大勢に囲まれながら惜しむ感情を口にくぐらせる。

 

生暖かい、そして冷たい視線がスバルとヒカリを取り囲む。──四面楚歌とはこの事か、逃げる隙すら無い状態で、視線を独り占めするスバルを羨むものは居ないだろう。

 

 

「で、皆さんは何用ですか」

 

 

「別に何もありませんよ…はぁ…貴方の一挙手一投足で動かされるこちらの身にもなってくれません?」

 

 

「あんな事があった後に血を吐いたって聞いたら…飛んでいくのが普通じゃないかしら…?」

 

 

「…車内から来たばかりなので、私も説明が欲しいのですが」

 

 

「心配だから」

 

 

「ナツキさんが吐血したと聞いて……」

 

 

「あのさ!何回でも言うけど俺聖徳太子じゃねぇんだわ!!」

 

 

聞いたのはこちらだが、一斉に話されては何を言っているのか聞き取れ無い。ただスバルの状態への不満を表すように、腕を組み呆れた顔をしているのを見て、自分に懸かっているものを見誤る訳もない。

 

自分をひとつまみ、何事も無い天上の視点に移してみれば、見てる自分も不満を持って仕方が無い。

 

 

「取り敢えず、カンナ…無事で良かった。特にビナーに襲われたりはしなかったか?」

 

 

「ええ、此方の損害は車両二台程度、この後を考えれば痛い損害ですが…人員的には何も。私としてはそれよりも貴方の体調の方を憂うべきだと思いますが」

 

 

「それは…正直、モウマンタイ…つー訳には行かない位、中身はボロボロを超えてズタボロって感じだけど──セリカには……聞かれたくなかったけど」

 

 

「…ちゃんと聞くに決まってるじゃない。何言ってもきかないアンタとは違ってね」

 

 

ちらりと、不服が聞こえた方を見れば、セリカが湿った吐息と指さしでスバルを非難していた。当たり前だが約束と言いつけを破った男にかける慈悲は無く、

 

 

「それよりも、私、納得してないから」

 

 

「………納得」

 

 

「もう、隠し事は無しで話してよ。私たちじゃホシノ先輩を止められないから、アンタが先にやったって訳よね?」

 

 

「止められないから──で、セリカ達に話してないってなら、シロコにも俺は話さねぇよ。別に……──ここに来てから、騙すつもりで嘘をついたことは無い」

 

 

「でも、セリカにも、この場にいる全員にも嘘をついてきた」

 

 

──それはスバルにとって、ひどくデジャヴを感じさせる失言だった。

それを理由にこうして答弁を挟むのは一度のみならずというもので、スバル自身焼いても切っても食えない会話にするしかない。

 

その視線の鋭さには胸を締め付けられる、『納得』という過程を得ない話し合いはいつも頭を悩ませているのだから、

 

 

「嘘をついてるってことに、嘘をつきたくない。必要に迫られてって奴なんだよ…。でも!大嘘つきになったとしても、セリカたんを傷付けたりしねぇ!!…多分!!」

 

 

「──なに自信満々になってんのよ!どれだけ怒ってるかほんとにわかってんの!?この、この馬鹿!結局答えになってないじゃない!!──むぐっ」

 

 

「セリカちゃん、ここは私が」

 

 

 

シンプル過ぎる罵倒は一周回って心に来る。動揺したスバルに、セリカは尽きぬ怒りで猛追を繰り広げ、スバルの膝が無意識に折りたたまれるまで叩きのめす。

こうも逃げ場がないと、異世界の学級裁判を受けてる気分になる。被告ナツキ・スバルは無罪を勝ち取れるか否か。

 

そんな最中に、アヤネがセリカを抑えて、

 

 

「ナツキさん、今回ばかりは『嘘』の部分が大きすぎます。何故、何も仰ってくれないのか、そして何処で情報を手に入れたのか──それすら言えない、とは言わせませんよ」

 

 

「──信じるにせよ、信じないにせよ、限度があります」

 

 

「うっ、そ、それはだな!俺の勘が、こう、ビビッと火花散らして!!えっと、そうだアロナ!アロナが今のままじゃやばいって言うから、シロコに伝えれればこのピンチを脱出できるかなって!」

 

 

「それにっ!それに……………」

 

 

「……」

 

 

「───ごめん。俺、みんなが危ない目に会って欲しくないから嘘をついた」

 

 

 

残念、一手でチェックメイト。

スバルの言い訳にカンナとアヤネ、セリカの額に青筋が浮かぶ。頭に昇った血を静める為に、セリカは軽く丸めた手を眉間において鼻筋を摩る。そしてアヤネが一歩前にふみだして、

 

──黒毛の野良猫みたいになった、スバルの髪に指をかける。

 

砂に吹かれ、埃や汚れに塗れた髪は…最初見た時のような適当オールバックが解けて、前髪が垂れ下がっているのを指に絡めた。

不思議そうに見つめるスバルの、黒い双眸の中に何かを見いだせることは無いが、

 

 

「理由は、それだけですか?」

 

 

「──うん」

 

 

「…………」

 

 

「─────」

 

 

「ナツキさんが生きて帰ってこれたなら、それで私は構いません。皆さんもそれで良いですね」

 

 

同意の声は上がらなかったが、無言の肯定を受け取って、スバルの身体が奮い立つ。

協力者はこの場の大半、スバルの無茶振りにも、無茶そのものにも、受け止めてくれる相手がいる。

ただ一人、アコの不満そうな顔を解消すれば、スバルが前へ進むための準備は終わっていた。

 

 

「っ…よいしょっと……」

 

 

ヒカリをノゾミに預け、アヤネの手を借りて起き上がり、カンナに支えられアコの目の前へ。

 

 

「…何ですか、怪我人らしさを見せれば私が懐柔されて、貴方の周りのお馬鹿さん達と同じになると?」

 

 

「ちげーよ!?受け取り方捻くれ過ぎだろ……!?」

 

 

「事実でしょう、貴方が勝手を振りまけば、周囲は勝手に同情して力を貸す。いいご身分ですね!私もそのやり方で委員長に慰められに行きたいものですけど」

 

 

「ともかく、私は委員長の代理として『正しい』方を選びます。個人に対する損得勘定ではなく、風紀委員を代表する指揮官及び、『軍』として」

 

 

そう彼女は告げる。ここから先は個人の感情を計算に入れない方針を取ると、あくまでも正しさの規定を自身の判断としてスバルに告げる訳だ。

ただ、そこには彼女が自覚もしていない矛盾が含まれる、その矛盾を、スバルは指摘して、

 

 

「──自覚あんのか無いのか──…アコの言い方だと、お前もその『お馬鹿さん』の一員だぞ?正しいもなにも、アコは自分で選んだ後だろ」

 

 

「…」

 

 

──同情した。可哀想だと思った。ヒナが身を尽くした相手が、更に己を消費しようとしているのを見ていられないから。

ヒナが謹慎である以上、利が無いこの援軍を行うと決めたのはアコ自身だ。なら、アコは『個人的な感情』でこの場にいる。

 

色々あるけど、まぁ、都合も良いし。利益も出るなら、助けに行ってもいい。

 

『なんとなく』このまま助けに行かなかったら目覚めが悪いから。

 

 

「正しくなくても、選んじまった。なら、ここまで来てくれたんならさ、最後までやり切って、やり尽くして帰ろうぜ?協定の話抜きにしても、このまま帰ってアコはスッキリすんのかよ」

 

 

「──」

 

 

──頭を下げる。

そうして懇願する、それは『同情』を誘う最適な手段。

同情して、可哀想だと思って、『なんとなく』の感情でここに来たのなら、それがここに居る理由なら、スバルの願いに応えざるを得ない。

 

必要なのは、自分がここに何故いるかだけなのだから。

 

そうしなければ、人間は、自分の愚かさに耐えられない。

 

 

「頼むよ、アコ。俺にはまだ、アコ達の力が必要なんだ」

 

 

「────貴方…」

 

 

「………」

 

 

深く熟考する()()をして、爪を噛み、『ナツキ・スバルはエデン条約への参加も表明してくれた』事を適当に理由の中に加えて、

 

 

「分かりました、分かりましたよ。で・す・が!!……あくまでも戦闘を行うのは私では無く部員であり、私は───」

 

 

「はいはい、部員の中には不満な奴も居るからちゃんと意思表示して来いってことね」

 

 

「あー、もう嫌い嫌い嫌い嫌い!き・ら・い!です!!ヘラヘラヘラヘラ見透かした態度で!!」

 

 

地団太を踏むアコを無視し、体育館の壇上に向かうスバル。今までにない足取りの軽さが、手を貸すカンナにも分かるほど軽やかなものだった。

 

 

 

「慣れたもんだな…大人数の前で話すってのも」

 

 

「慣れて貰わねば困ります、ナツキさんはこの件が終わった後に会見詰めになると思われますので」

 

 

「ええ…アロナ、何とかパスしたりとか出来ないの?」

 

 

《諦めて下さい》

 

 

「わぁッ……──」

 

 

決戦前の決意表明、そう呼ぶには遅すぎる。

ここに居る人間がナツキ・スバルの言葉を聞いて、何か変わる訳では無いが、『何も言わない』のはダメだ。

 

何がダメか、それは分からない。けれどもダメだ。これに関してはナツキ・スバルの言葉じゃないと、誰かじゃない、スバルの言葉が。

 

曲がりきらない膝を折り、壇上に立つ。例え、スバルが死に戻りをしたとしても、この世界の皆は最後まで抗って、勝って欲しい。

そうやって、毎回同じ思いを抱いた。何回も、何回も、同じ言葉を───、

 

 

「───」

 

 

視線。

 

期待する視線は数多く、興味が無く直ぐにそらされた視線もある。

けれど、あの視線(ホシノ)は誰一人として無かった。だからまだ気が楽で、ただ自分を奮い立たせるだけでいい。

 

 

「───よし」

 

 

声を張り上げるには、喉が枯れすぎた。

マイクを借りて──「マイクテスト、あーあー」と、定番も定番、始まりの音頭を整える。

 

皆へ伝えるという割には、少し個人的過ぎるけど、

 

 

 

「手術で頑張ってくれてる奴以外は、一旦今やってる事の手を止めて聞いて欲しい。短く済むから、ほんの一瞬でいい、聞いてくれ」

 

 

 

「…ふーっ」

 

 

 

「頼みたい事がある!!!」

 

 

 

「──ごめん。俺だけじゃ何も出来ないから、まだ力を貸して欲しい」

 

 

 

「──助けてくれ。ちっぽけな俺が抱いてる、デケェ望みを叶える為に」

 

 

 

「──ありがとう。ここまで、俺と一緒に戦ってくれて」

 

 

 

「この場に居る理由を思い浮かべてくれ!それが命令だったから、これが仕事だから、それでもいい、何で自分がここに居るか考えてみて……──」

 

 

 

「明日、何も解決せずに帰った時、『モヤモヤ』が残り続けるかもしれないってなら」

 

 

 

「──俺を勝たせて欲しいんだ!!この理不尽な状況から、一歩、明日前に進める理由になってくれッッ!!!」

 

 

 

スバルの声だけが反響した、その一瞬の中に。

 

どれだけの人間の思考が寄り集まったかは分からない。それでも、この無音の空間で『なんとなく』を見つけれた事を願って。

 

必死に、甘い蜜を吸わせて欲しいと、惨めで醜くて浅ましい、我欲な我儘な強欲な恥知らずな──、

 

 

 

「───以上。聞いてくれてありがとう」

 

 

 

──過去と未来への願いを告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜中、川の字……というには大きすぎて、大河となってしまった状態の中心で眠るスバル。

あの後、何事も無く手術は完了した。ベッドで安眠を謳歌するアリウス学徒はそのまま、拘束された状態でカンナが連邦矯正局……──日本で言う刑務所に連れていくという。

 

スバルは身体の痛み故か、中々寝付けずにモゾモゾと動き横向きのまま、

 

 

「勝ちたいな」

 

 

小さく、その未来への望みを口にする。

現状、これまでに比べてはるかに状況が良くなっている自信はある。カイザーが襲撃に来なかった理由は分からないが、互いにここが正念場。

 

あれほど暗殺に手をかけてこちらの戦力を分担し、各個撃破とスバルの殺害を狙った行動も、 謎の強敵だったビナーも、あるいは見捨てられるはずだったホシノとの関係も良好だ。皆との関係も、恥ずかしいスピーチをぶちまけた事実はともあれより絆が強まっている実感がある。

 

だが一方で、これまで以上に危険な道に踏み込んでいるのも事実だ。

 

 

──もしも、ホシノが暴走した場合。

 

彼女の脅威は、すぐ間近で見届けたスバルの心に今も鮮明に焼きついている。

シロコほどの戦力でもまったく歯が立たず、攻撃とすら言えない無差別な破壊の振り撒きが、街をひとつ壊滅させている。開いた目に意思は無く、アル達を焼き殺して作り上げたあの地獄が、視界の端から離れないのだ。

 

もしも、もしも今からアレと向かい合うかもしれないと考えるだけで、手足に震えが走るのを止めることができない。しかし、そんな風にスバルの中の弱々しい本音に心が傾くたびに、

 

 

「─────」

 

 

傍で寝ているノゾミとヒカリ、アヤネとセリカ──この場に集まってくれた皆と、自分の手を握ってくれているシロコを見て、恐怖を忘れたように心が燃え上がる。

 

 

「スバル」

 

 

隣にいるシロコの声が耳に届き、まるで心を見透かしたように胸へ抱き寄せた。

赤ん坊からは卒業した筈なのに、彼女の胸を借りると妙に不安が消えていくのだ。───それに、彼女の目の前で、シロコが見ている目の前で、弱くて約束も守れなくて諦めを抱くようなナツキ・スバルのままでいることなど許されない。

 

あの夜が、スバルを守ってくれている。

大きなシロコ、美しい、夜の化身。神様よりも、神様っぽいあのシロコが、瞳を閉じる度に浮き上がってくる。

 

──悪夢は見ている筈だ。心の罪悪感が映し出す悪夢を、スバルが見ない筈がない。それは確実で、唸る姿を見ている人間が居る。

けれども…スバルにはその記憶が薄い、薄いというより、殆ど覚えてない。それは、それはきっと──。

 

 

「………少しだけ、早く……」

 

 

「起きてる、のかもな」

 

 

レム睡眠で目覚める前に、夢から覚めて、その夢が心にしがみつく前に、数秒早く起きていて、夢を思い出せないでいる。

 

それはきっと幸せな事だ、スバルが受け入れるだけしか出来ない苦痛を、あの女神が……起こしてくれていると、信じていた。

 

 

「………」

 

 

気持ちを明るい方向に持ち直すなら、現状の悲観をするのではなく未来への楽観が相応しいといえる。

確かに明日は、危険なルート、それも死亡リスクが最も高いモノを通ることを余儀なくされている。必要に駆られての選択であり、また万全を整えられるほど時間と用意がある訳でもない。

 

スバルにできたのは内部に潜む悪性を除去し、限られた時間で最善の人員の力を借りる為に声をかけ、その他の役割に関しては全て皆に丸投げするといういつもの他力本願だけだ。

 

──作戦は伝えきった、安眠するには不安を大きく抱いてしまう内容だっただろう。それでも、彼女らはスバルにそれ以上の説明を求めなかったし、決してそれはスバルに対して諦めを抱いた訳でもない。

 

皆、ただそのときそのときに、できることをできるだけ懸命にこなす。それがスバルに対しての献身であると、自らその選択を受け入れたのだ。

 

ただし、そのできることの幅がスバルは限りなく狭いのだから、せめてその枠の大きさがどの程度かを把握して、把握した上でその枠の中でなにができるのか考えなくてはならない。

 

 

「…寝れない?」

 

 

「大丈夫、ちょっちドキドキしてるだけ、でも不安がるなよ〜…事前準備はバッチし!勝つのは俺だ」

 

 

「ふふっ、分かってるよ、スバル。──今のスバル、ホシノ先輩に勝った時と同じ顔してる」

 

 

ふいに、隣で見つめ合いながら寝ているシロコがスバルを見ながらそう笑う。決行が早朝も早朝な為、銃を背負い外出の服装のままのシロコに、スバルはその口の端を豪胆に歪め、

 

 

「おうさ。ちっと遅いが、かっちり勝利の方程式に収まってるからな。シロコは何回も経験してるけど……覚悟の決まった俺はすげぇだろ?なにせ……」

 

 

「──死んでも未来を諦めねぇからな」

 

 

「死んじゃ駄目でしょ、心意気は良いけど、その感じで戦場に立つなら…命令、全部無視するから」

 

 

スバルの一言に苦言を呈するシロコ、スバルにとって死の間際を通過する大一番は何度も過ごしてきた──だというのに、何度大一番を乗り越えても、スバルには越えなくてはならない壁がまだまだ用意されているのだから。

 

 

「英雄ってのは、なかなかキツイもんだぜ、まったく」

 

 

──英雄は、求めるものを全て手にする。

英雄にしかなれない、あの言葉はご最もな事で、こんな力を手にした以上スバルの運命は決まっていたのかも。

 

それでも、やらなければならないことと、やりたいことが一致していて、それをやってくれと背中を押してくれた人がいる。──これほど、命を懸けて英雄になるべき場面があろうか。

 

来る戦争を前にこちらの戦意は万全の状態──再び、運命への挑戦権を得たのだから、これ以上は野暮というもの。

 

 

 

「───」

 

 

 

「もし……これが、英雄になるってことなら……」

 

 

 

「──望んで受け入れるぜ、俺は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───翌日。

 

 

ネフティスと私募ファンドの総会にて。

 

 

 

 

「代表の皆さま、ご起立お願い致します」

 

 

窓ガラスから差し込む太陽の光が、身体の底まで冷たく照らしてくる。

カラカラと椅子のキャスターが空回る音と、革靴が柔らかい床を踏み締め、毛糸が押される音が響いて、

 

 

 

「──それでは、只今よりネフティスとアビドス生徒会間の契約における、砂漠横断鉄道についての総会を行います」

 

 

 

早く終わればいい、早く終わらないかな、早く終わって。

 

こんなもの、早く終わってしまえばいい。私はここに居る理由が無くて、お飾りに過ぎない傀儡なのに。

 

視界がふらりと、揺れ動く錯覚が足取りを鈍らせる。それは誰にも察せない僅かな、小さな呻き。

 

一斉に鳴る着席の音、靴が床に触れる音が耳障りに聞こえるのは、私が今すぐこの場から消え失せたいからだ。

 

 

「──お嬢様、こちらへ」

 

 

「……ありがとう、ございます」

 

 

引いて貰った椅子に座って、乾いた唇で返事をする。砂漠の気候は変わりやすい、カラカラな熱波が襲ってきたかと思うと、数分経てば湿った気分の悪くなる生ぬるい風が吹き荒れていた。

 

総会の雰囲気も同じようなもの、換気の為に開けていたはずの小窓も、その不快感に耐えられなかった役員が静かに席を立って、無礼の無いように静かに閉める。

 

 

「……後15分」

 

 

議会に集まる者たちは皆不審に思っている、幾らアビドス高校の鉄道権利に対する決議を決めるとはいえ、アビドス高校に近い場所で決議を行う必要は無い。

 

互いの企業の力関係、全てが変わるその瞬間を、このような僻地で迎える事は望ましくない。

 

 

「……」

 

 

最初から分かっていた事だ、この勝負、勝つのは私募ファンドではない、カイザーと手を組んで絶対的な優位を確保しているネフティス。

順当に行けば負けるはずがない、自分が力を借りていた企業の能力を見誤る訳もなく、ノノミは表皮に爪を立て、跡が残るほど食い込ませる。

つい、涙腺に溜まった感情が零れそうになって、目元を手で押えた。

 

 

「…?どうかされましたか?」

 

 

「大丈夫です」

 

 

「そうですか…喉が渇いていたら仰って下さいね」

 

 

「はい」

 

 

──隣に誰もいないのは、寂しい。

 

 

この場にホシノ先輩が、シロコちゃんが、セリカちゃんが、アヤネちゃんが居ないことが、何よりも心細い。

 

 

冷たい大人の冷たい視線、それだけしかこの場には残っていない。アビドスで過ごした過去も、幸せに包まれていた生活も、苦境に抗っていた青春も、この場には無いから。

 

 

十六夜ノノミの青春は、あの二度と元に戻らない時間を、大切に大切に、死ぬまで抱えて生きるのです。

 

 

「──始める前に、少しいいですか?」

 

 

「おや…構いませんが、どうかしましたか?」

 

 

一人の役員が手を挙げる、ノノミはその人物に見覚えは無かった。

手を挙げたのは私募ファンドの役員、債券者団体の組長。

 

 

「いえ…──少し、聞きたい事がありまして」

 

 

「────」

 

 

「タレコミがありました、ネフティスが裏切ろうとしている、と」

 

 

あまりにも不遜な物言いは、その場にいた全員の思考を一瞬停止させた。衝撃の発言にノノミも、元々固まっていた表情が更に硬直し、流れる空気の不穏さに心を痛める。

最悪の事態にはならない筈だ、ネフティスの勝ちで終われば、最低限。──甘い望みを抱いていた筈が、その甘さ故に、取り戻せない失敗を犯している気がしていた。

 

 

「──ふむ」

 

 

「全員、構えろ」

 

 

私募ファンドの兵士達が一斉に銃を構え、カイザーとネフティス幹部へとその殺意を向けた。

何事かと狼狽えるものは、ノノミ以外誰一人いなかった。裏切るのが当たり前、裏切られるのが当たり前、そんな世界の住人が不利な状況になって強硬手段を取るなどと、予想出来ないはずも無い。

 

──ただ、ノノミの驚きも、本来の意味が持つものとは少しズレる。

 

 

『ネフティスとカイザーは手を組んでいますが、私募ファンドは違います。彼らとは表向き協力関係にありますがね』

 

 

『あらゆる手段を使って総会に出席しようとする小鳥遊ホシノを、私募ファンドの兵力を以て迎撃させる。その後、ネフティスの兵力による漁夫の利を狙う、それが我々の計画』

 

 

『正面衝突をすれば互いに酷い損害が出ますが……それを、アビドスにも負担して頂きます』

 

 

ノノミが己の執事に裏切られ、アビドスから朝霧スオウの手で誘拐された後、聞かされたのはそんな言葉だ。

だが今銃を向けているのは私募ファンド、向けられているのがネフティスとカイザー。

 

ネフティスに銃を向ける理由があっても───。

 

 

『私募ファンドはアビドスの債権をカイザーから購入しています。恐らくは……カイザーに列車砲の存在を知られない為でしょうが……──既に無駄な事』

 

 

『我々の繋がりを探知出来なかった時点で、列車砲は我々ネフティスのものなのですよ、お嬢様』

 

 

カイザーに、敵意を抱く理由は無い。

本来であれば出資者、債権を売り渡してくれた相手の機嫌を損なう事のリスクは分かっている筈。

 

 

「さて…売買契約書の効力が無くなるまで後15分そこら、朝霧スオウと我々の兵が邪魔をしている間にハッキリさせておきたいことがあってね」

 

 

ガイコツ頭のような機械人が、帽子の縁を指で添わせた後、十六夜ノノミの執事もといネフティス幹部に迫る。

 

威圧的な足音と声色とは裏腹に、表情は焦り気味で余裕は無い。

 

 

「我々が総会を開いた理由は分かるかね?」

 

 

「──ええ、勿論。貴方達が最も避けなければいけない未来、それはアビドス生徒会からの契約継続の申し立てでしょう?」

 

 

「そうだな、そうなれば我々が関与出来るものは全て、失われる。だが同時に疑問にも思ったのだ、貴様らが素直に総会を始めさせた理由が無い」

 

 

「……開くその権利は貴方達にあるというのに、随分な物言いですね」

 

 

その言葉を聞いて机を叩き、苛立ちを表す獣人が吠える。

 

 

「貴様らが言える口か!カイザーと手を組み我々を嵌めようとしていた魂胆は分かっているんだぞ!!……総会を開くことで大きな不都合が出るのなら、我々の内に買収される奴も出てくるだろう」

 

 

「野蛮な手段が過ぎますよ、そういった行為をネフティスが行えば、貴方方では無い、他の企業がその隙を付け狙う」

 

 

「それがどうした、現に朝霧スオウから貴様らのやり口は聞き及んでるんだからな!」

 

 

「────朝霧スオウ。ふむ……」

 

 

「その冷静さをいつまで保てるかな?丁度いい、釣り餌に引っかかっている小鳥遊ホシノの様子でも写しながら、期限切れまで待つというのも面白い」

 

 

邪悪を表す笑みで手元の機器を机に置くと、生徒会の谷の光景が映し出される。

 

──映像には、ノノミが良く知る姿、桃色髪で重厚な盾を持ち、今は獣の様な表情でこちら側を睨み付ける小鳥遊ホシノがそこに居た。

 

 

「恐ろしい獣だ、例のブツが無ければ我々の妨害など塵芥が如くだっただろう。──先んじてカイザーに列車砲シェマタの居場所を教えておいた、アレごと戦場を破壊しかねない小鳥遊ホシノを放置する訳には行かないだろう?ククッ、上手く機能したようで良かった良かった」

 

 

「ご自慢の兵力も、今は我々の方が優位な様子」

 

 

「何もかもネフティス、貴様らがその浅ましい魂胆を隠そうとしなかったのが原因だ。詫びるのなら今のうちだが……まぁ、意味も無いか」

 

 

機械人同士の顔が触れる寸前にまで近づいて、悪態を吐いて捨てる私募ファンドの債権者団体代表は、未だ表情を変えないネフティス幹部へ銃を突き付ける。

 

──含み笑いが見て取れた時、胸に抑えて保っていた怒りが爆発しそうになって、乱暴に胸元を掴み掛った。

 

 

「貴様ァッ……!何が面白い…!!」

 

 

「いえ、いえいえ、なるほど。と思いまして」

 

 

「何がだ!!」

 

 

「──こんな、作戦とも言えぬ現場での武力行使が、貴方方の切り札だったとは、それに兵力の均衡を傾ける等と、初歩の初歩の手段を予測出来ない相手だと思われていたことは……心外ですけれど」

 

 

「───────」

 

 

余裕綽々と言葉を連ねたネフティス幹部の顔面を、手に持った拳銃で吹き飛ばす前に。

 

その手元に握った拳銃が撃ち落とされ、走った衝撃に思わず転倒してしまう。何事かと周りを見渡せば、なけなしの金で雇った兵士たちも同じ状態に陥っていて、

 

 

「な、なんだっ!?」

 

 

「ネフティス、カイザー、私募ファンド。朝霧スオウは我々を股に掛ける三重スパイ──というのは、既に彼女の口から聞いています」

 

 

「…………は?」

 

 

「彼女との信頼関係すら、貴方方は我々に遠く及んでいない。正確に言うなれば、朝霧スオウは──」

 

 

()()()()、あの傭兵とも関係を持つ『四重スパイ』ですよ」

 

 

「アリ、ウス」

 

 

「カイザーが腕利きの()()()を雇ったと聞いていましたが……これ程とは、流石の一言ですね」

 

 

何処からともなく護衛と銃を向けた手を弾いた射撃音を皮切りに、ぞろぞろと軍隊のように足並み揃った白装束の少女達が、総会の場へと侵入してくる。

 

アリの軍隊と見間違う統率の良さが、薄気味悪い印象を持たせてきて、私募ファンドの面々は優位性を失ったことも相まり顔を青ざめて、

 

 

「『詫びるのなら今のうちだが……』そう仰っていましたね。今は……──おや、貴方達の方が…詫びなければならないようですが」

 

 

「ぐっ…ネフティスゥッ……!!」

 

 

「浅ましい魂胆を隠さないでいてくれて助かりました、これで我々も気兼ねなく事の経緯を見守る事が出来る」

 

 

「ありがとうございます、皆様」

 

 

「ッ─────!!!!!」

 

 

言葉にならない怒りとはまさにこの事。表示できる機能の限界を超えて、機械人が怒りを露わにする。

私募ファンドの他の代表は殆どが諦めた顔で、白装束の少女達に押さえつけられるのを甘んじて受け入れていた。

 

機械人すら、最後の最後まで暴れたものの、撃たれ気絶すると総会は途端に静かな場となって、

 

 

「……執事さん」

 

 

「なんでしょうか?お嬢様」

 

 

「最初から……こんな……」

 

 

「──いえ、いえいえ、彼らが強硬手段を取らなければ、こんな事をするつもりもありませんでした。それに総会を開いたせいで……ノノミお嬢様と、そのご友人にあの様な事をしてしまい……」

 

 

「それは…!!──ぁ……それは、大丈夫です。私が皆さんに、ネフティスに迷惑を掛けたせいでもあるので」

 

 

「その言葉を聞けて良かったです。安心して下さいお嬢様…アビドスご卒業後は、貴方に相応しい華やかな人生が待っておられます」

 

 

「どうか、身を委ねて下さい」

 

 

──表面上は悪意の無い言葉。

 

その裏に潜んだ嘘が、悪意の棘が心に突き刺さってくる。

 

 

 

「…………」

 

 

 

溜息を吐けば良い顔はされない、そう思い気を紛らわせるために映像へ目を向けた時。

 

───自然と、泣きたくなってしまったのは、何故だろう。

 

 

 

「────む」

 

 

 

執事が映像に目を向けて、顔を顰める。その理由は正に、映像に映っていたものが原因で、

 

 

 

「……みんな…」

 

 

 

「──アビドス対策委員会…!」

 

 

 

──十六夜ノノミの青春が、まだ諦めないと立ち塞がっていた。

 

 

 





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