Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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『ミメシス』

 

──憂鬱な日々を抜け出す為の、始発の時が訪れる。

 

スバルにとっての数百度目の朝が憂鬱に塗れていたのは、どうせ、また、何かのせいで───死に戻りするかもしれないという諦めの想いによるものである。

 

ただ、今はあくびが止まらない。幸福で優雅なあくびが空に漂って消えていったのをけだるげに見つめていると、

 

 

「…朝っぱらから元気でしたね」

 

 

「アコ」

 

 

廊下を歩いて、崩落した校舎の跡地を眺めていたスバルの背後からアコが話しかけてきた。「決起表明みたいなもんだったからな」と先程の朝の時間の意義を示す。

不満プリプリといった様子で来たにも関わらず、あの声明に関してスバルへ何も愚痴りに来なかったという事は、彼女が求めていたものを満たせたと思いたい。

 

 

「元気そうにしてた割には、酷い顔をしていますね」

 

 

「酷い事言ったばかりだからだよ、こういうのはすぐに顔にでちゃうの…それで、なんか用か?」

 

 

「何か用が無ければ話しかけてはいけませんか?」

 

 

「そんな事思っちゃねぇって…」

 

 

肩の力を抜いて窓に寄りかかり、隣まで寄ってきたアコを横目に見ると、相変わらず馬鹿な服装をしているものだと含み笑いをしかける。

スバルの和らいだ表情の意図を理解して、軽く額にデコピンをかまし「いて」と怯んだスバルを鼻で笑った。

 

 

「──……良い天気っちゃいい天気なんだけど」

 

 

「熱苦しいですけどね」

 

 

「そうだな…これが常ってなら、生活するには過酷過ぎるぜ…アビドスが本当の意味で元に戻んのは、結構先な訳だ」

 

 

「高々一学園に何処まで考えているんです?貴方がそこまで尽くさなくとも、問題の原因だった借金が……まぁ、この騒ぎでチャラになると思いますし、あとは勝手に再生していきますよ」

 

 

淡々とした物言いはスバルに感情を悟らせないものではあるが、スバルにはその言葉を額面通りに受け取るわけにもいかない。

───この後をどうするのか、この後も付きっ切りでいると身が持たないのは明白だ。

 

 

「勝手身勝手お好きにどうぞ、ですが貴方も一人の組織の長になっている自覚は忘れずに」

 

 

「……そういうの帝王学っつーの?アコが師匠になってくれたらいいんだけどな~」

 

 

「縁起でもないこと言わないでくださいー!はぁ、貴方に必要なのはシンプルに知識です、ヒナ委員長の犬としての自覚があるのならたっぷり教え込んであげても構いません」

 

 

「──。軍門に下れってことか?いやぁアコ様がそんなに俺の事を求めてくれてるとは、嬉し半分苦し半分!」

 

 

「……──私は別に、構いませんが」

 

 

「へぇ?そんな反応してくれるってことは…俺も、ちっとは成長してるってワケか。まぁ今頃に起き始めてる奴らの整列だのなんだの…そこらへん始める時間だし、俺に油売ってる時間は無いだろ」

 

 

暇は無いはずと、片手をヒラヒラとして軽く追い返す仕草を見せてもアコは動かない。

スバルは怪訝に思ってアコの顔をじっと見つめていると──、

 

 

「今から出発でしょうに、誰の見送りも受けないのは不義にあたるかと思いまして」

 

 

「……不義、ね。俺に対するツンケン態度への指摘はナッシングにしといた方がいい?」

 

 

「その責任追及は私個人に。アレは私情100%です」

 

 

アコはそんな言葉でのうのうと責任追及を逃れ、スバルの真正面へと向き直ると襟元を正す。

 

──ナツキ・スバルは天雨アコの器量の全容を知っている。

キヴォトスの人間は、外見のみならず能力、精神性までスバルの世界の人間と一線を画す。

冷酷で暴力的な手段を取るのすら、彼女らは躊躇うことは無い。軍とも呼べぬ集団が、正規の軍隊を圧倒する世界で天雨アコは『風紀委員会』という軍隊を操作出来る存在。実際に、その能力を味わった事もループの内にあった。

 

 

「帝王学でしたか、私にそんなものはありませんけど…一般論として、ナツキさんはまず約束を守ってください」

 

 

だから、今ここで。

スバルが人知れず、カンナと予定を繰り上げてアビドスを出発しようとしていた事も、彼女には筒抜け。

 

 

「貴方はこれから一生、『このまま』前に進んで行くんでしょうね」

 

 

「……」

 

 

「──約束です。必ず生きて帰って、貴方が幸せに生きていける道へ転がり込みなさい、ナツキ・スバル。委員長の寝覚めが貴方の様な男のせいで悪くなるなど、あってはならないので」

 

 

それでも尚、そう告げてくれる事実が、スバルの背中を受け取った言葉以上に押してくれている。「ああ」と淡々とした返事を返し、廊下の先へ歩く。溢れ落ちる言葉よりも早く。

 

不安、心配、懸念、憂慮、恐怖、それらを全部やり過ごして、まだ自分の心が中途半端な甘えん坊である事に安心し、機械的に冷め切る前に、

 

 

「────」

 

 

「行くか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──では、出発しましょう!』

 

 

 

 

アコの音頭に従って、続々と車に乗り込む『対小鳥遊ホシノ足止め隊』(スバル任命)は、来たる列車を待ち侘びていた。

贅沢を言うならスバルが出発の掛け声を担当して欲しかったと、メンバーの中から様々な苦情が出たが、アコの逆ギレによりお流れに。

 

──定刻通り、列車がやってくる。早くも遅くもない、作戦遂行に障害を来さない時間。

 

乗り込んで列車の中、シロコ達は運転席に近い最前車両にて便利屋と共に休息を過ごしていた。

息を詰まらせるような雰囲気は無く、軽快な軽口が通り過ぎる様な空気だ。

 

 

「それでさー、スバルったら一人で戦いに行っちゃったんだよね〜。アリウスの暗殺者相手に、スバルがタイマン!正にアウトローって感じ!」

 

 

「……噂には聞いてたけど、馬鹿なのか?アイツ」

 

 

「ふふん、私のソウルメイトを舐めないでちょうだい!それに風紀委員もスバルに助けられてる所はあるんだから、馬鹿は言い過ぎよ」

 

 

「…………その馬鹿のせいで何故か便利屋と戦場に向かってるんだけど」

 

 

「イオリがアコ行政官の傍で馬鹿馬鹿言うから、役割押し付けられたんじゃないですか…?」

 

 

「そんな事ある!?──ありそ〜…」

 

 

華々しい女子会、その会話の中心人物は──まさかのスバルだ。

カースト最底辺の人生を送っていた身からすれば、まさに有り得ない光景であるが、本人が知る由はない。

 

なまじ動けて無茶をし続けるスバルの姿を傍で見続けてきた便利屋や、その無茶に付き合わされたノゾミとヒカリ。そして現在進行形で迷惑をかけられている風紀委員にとってスバルという話題には事欠かないわけで、

 

 

「なんでアコちゃん先に帰っちゃうかなー…私に一任して本当に大丈夫…?」

 

 

「ん、貴方ならきっと大丈夫。ホシノ先輩と組手してあれだけ持ったなら十分戦力になるよ。それに優秀な指揮官も二人居るし」

 

 

「二人……って…」

 

 

「そこの貴方、チナツ…さんと、アヤネ」

 

 

「え!?わ、私ですか?」

 

 

「ん。スバルに何か言われてるでしょ、私達の事」

 

 

眼鏡をかたむけ顔を逸らし、目を丸くするアヤネは自身の先輩の勘とやらに目眩がしてしまう。

そういった事を彼女と話したのだろうか?いや──昨晩、最終的な指揮を任されたのは確かだが、それも二人きりで話したのだ。やはり勘と言うしかない。

 

 

「正直言って、これは『負けちゃダメ』な戦い。負けたらどうって話じゃなくて、スバルは意図してこっちに戦力を寄せてる。これで負けたら、顔向けできない」

 

 

「うんうん♪スバルきゅん的にはこれが一番いいんだろうけど、納得いかないっていうか~」

 

 

 

「──私たちが、自分の情けなさに耐えきれないよね♪」

 

 

 

どうしようもない事実。甘えに甘え、一人に負担を背負わせ続けた以上、この戦いにはあらゆる意味で負けられない、負けてはいけない。

それを背負って欲しい等と誰かが求めたのではなく、ただ彼が背負う事を責としている姿に、何も応えてあげられないのが歯がゆいだけだ。

 

 

 

「まぁまぁ、そんなのとっくに分かってることだと思うから!話題を変えて……──ん~、恋バナとかしてみない♡?」

 

 

 

──しかして刹那、列車の一車両に煉獄の風が吹き抜ける。

話題を切り替えるにしては、核地雷のシロモノに踏み込んだのは、

 

 

「ん、今日の朝スバルに告白してきた」

 

 

「「「「「──────」」」」」」

 

 

「───……け」

 

 

「結果は……?」

 

 

「ん……教えない」

 

 

「お、おお、教えないって!カヨコ、カヨコこれ、あの、えっと」

 

 

「……まぁ、こういうのは他言無用って奴じゃないかな」

 

 

「あ、あああ、ああああ……──や、やっぱりあの時手をつないでたのは……」

 

 

「え゛っ、もしかしてもう『あっち』になったって事!?」

 

 

「……──やっぱり話す。普通に振られたよ」

 

 

「え゛っ゛!?」

 

 

《ちょいちょい!!何楽しそうな事私たち抜きで始めてんのさ!》

 

 

《ずるーい》

 

 

「アンタたちはちゃんと運転───」

 

 

《してるってば!でもその話するなら混ぜてよ!!》

 

 

《ずるーい!!》

 

 

阿鼻叫喚とはまさにこのことか、落ち着いた雰囲気だった筈の車両は修学旅行先の寝室に様変わり。

シロコの元へと押し寄せた皆を、イオリが冷めた目で見ていた。全くあの男の魅力が分からないし、熱中する理由も無い。

 

 

「……なんなんだろうな」

 

 

「……なんなんでしょうね」

 

 

流れに乗り切れないままに、女子会は白熱していく。シロコへの質問攻めから始まったそれは、回りまわって秘密の暴露会に──、

 

 

「そっかぁ、シロコ先輩でもダメなのね…」

 

 

「ん…狙ってたの?」

 

 

「違いますってば、シロコ先輩ってほら、色々……──いろいろと!見過ごせない部分はありますけど…魅力的な部分も多いですし」

 

 

「ん」

 

 

「そうそう!狼ちゃん、顔可愛いのにね。狼ちゃんでダメなら、スバルきゅんを落とすのって結構難しいのかも?あんなに初心な感じしといてやるねぇ~」

 

 

ザワザワと議論の様子を見せる車内は、次第にスバルへの議題へと変わり白熱した話し合いになっていく。

会話に混ざれないハルカがアルの意見を通す為に暴走しかけたり、ひたすらマウントを取ってくるシロコにアヤネの顔が暗く沈み続けたり、

 

 

《初心……あ、一回さ!お兄さんの前髪降ろさせて…眼鏡とか付けたりして、私らでおめかししてみない?この仕事が終わったらお兄さんが何でも言うこと聞いてくれるっていうし、お兄さんの事モテ男にしちゃおうよ》

 

 

「賛成」

 

 

「──ムツキ?」

 

 

以前から思っていた事だ───ナツキ・スバルは、素材が良い。

眼鏡が似合うというより、メイク等顔を加工する領域において相性が良いと感じた。

 

謎のオールバックとも言えぬ髪型も良い所はあるが……髪を下ろしている所を見ると、もしや女装が似合う────、

 

 

「ムツキ??」

 

 

「ん〜?どうしたの?アルちゃん」

 

 

「なんか目が凄く…怖かったわよ…」

 

 

「…くふふ、気の所為気の所為〜」

 

 

パッと思いついた事を、「アヤネちゃん♥」と顎を座っているアヤネの頭に乗せて、耳元でボソボソと呟くムツキ。

怪しげな知識を入れられてるのを横目に、電車の窓から見える赤土色の壁を眺める風紀委員の2人は、雰囲気を正す事に若干の諦めを抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分、いや数十分雑談を楽しむ。楽しむという事は、余裕を持つという事。

 

歓談は心の余裕を産む為であり、現実逃避とは反対の位置にあるものだった。話す事も一通り無くなってきた頃。誰かが機を見計らった訳ではなく、自然と辺りに漂う雰囲気が変わり始める。

 

 

「そろそろ、かな」

 

 

 

そうシロコが呟くと。

 

 

───車内放送が皆の聴覚を支配する。

 

 

 

《──来たよ!》

 

 

 

真っ先に銃を手に取ったのは陸八魔アル。

この中でも最も巨体のスナイパーライフルを片手に立ち上がり、それを見て便利屋のメンバーも戦闘準備を整える。

 

 

《カイザー共がやってくるっぽいからさ!外に出て迎撃して欲しい!》

 

 

「みんな、ここは私達に任せて頂戴!風紀委員も手出し無用よ、最後まで戦力は温存しておく事。ハルカ、カヨコ、ムツキ!便利屋の底力見せる時が来たわ!」

 

 

「了解……先にアコに伝えておくね」

 

 

「オッケ〜♥私達もそろそろ良いとこ見せなきゃね?」

 

 

「アル様カッコイイです……!」

 

 

《戦闘配備〜、みんながんばれー》

 

 

外に出て迎撃戦を始める便利屋を見送って、残りのメンバーは車掌車へと向かう。極度の緊張に乾いた唇は、作った余裕で湿らせる。

──決戦を目前に、あらゆる手段を尽くすために。

 

 

 

 

 

 

 

銃を握る手が軽い、心も軽やかだ。

今は気の所為と誤魔化す事はせずに、自身の好調を認める。

 

 

「始まったね」

 

 

「お姉さん達が無事に降りた後は、私達でお兄さんのこと迎えに行くからね」

 

 

「分かった」

 

 

それは己の好意を伝えられたからだろうか?なら、否定されればモチベーションは落ちるのが普通だが、今の自分はどうやら真逆らしい。

戦闘において精神の平静を保つ術は、ホシノから学んでいる。戦いにおいて精神の安定は戦闘能力に直結するのは言うまでもない。

 

考えてもみればこれまで、自身は、否、アビドスの皆は溺れていたに過ぎない。

砂の海で藁を求める救難者、安定とは程遠い精神でもがき続け、溺れない為だけに生きていた。

 

──今は違う。今は、泳いでいるのだ。

 

結果は変わらないかもしれない、もしかすればもがくより早く溺れるだけになるかもしれない。

愚行になるかもしれない、蛮勇になるかもしれない、運命は変わらないかもしれない。

 

それでも、今までとは違う道を歩めていた。

 

 

「……ふぅ…」

 

 

スバルが示したのは、希望溢れる未来では無く。

間違いだったとしても、未来に進んだ一歩を自らが認める事。

元々歩もうとしていた未来になら、ホシノ先輩はスバルに付き従った。それなのにスバルは最後の一歩を盛大に踏み間違えたのだ。

 

──過ちが罪だとするのなら、人類の未来はとっくの昔に途絶えている筈。

 

だから、失敗や過ちは決して間違いでは無い。

 

 

「待ってて、ホシノ先輩」

 

 

拳を胸の前で握りしめ、列車の停止を今か今かと待ち遠しく思う。恋焦がれるには色気の無い時間を過ごして、

 

 

「とうちゃーく!降りておりて〜」

 

 

待ち侘びていた時間を迎えた瞬間、共感覚とも言うべきか。掛け声も無くシロコとアヤネ、セリカが列車から飛び出した。

走行中に車体へ命中していた弾丸の金属音から、降ってくるはずの弾丸の嵐を予想していたのだが、降りて尚弾丸の一つも飛んで来ない。

 

 

「殿は私達が務めます!皆さんはひたすらに直進を!」

 

 

「そんなの言われずとも、よ!アンタ達の足止めは無駄にしない、ホシノ先輩は私達が絶対止める!」

 

 

遅れて飛び出たチナツとイオリは、生徒会の崖上から現れ始めた私募ファンドの敵群に向かって照準を合わせる。

進軍は手慣れたものだが防衛戦はそうにはいかない。防衛戦と撤退戦を折り合わせたような現状は、不慣れと言うほかなかった。

 

走り去る三人の背中を見送って、遂にはヘリまで登場し始めた上空の光景に唾を飲み込んで、

 

 

 

「…………」

 

 

──気味が悪い、気分が悪い、悪くなってしまうそんな、

ある、異変に気がついてしまう。

 

 

 

「……なに、これ」

 

 

──怖かった。

背筋に走る悪寒と、積み重ねてきた経験が懇願している。今すぐこの場から逃げろ、生き延びろと。

その原因は、ヘリを狙う為に見上げた空にあって、

 

 

 

「「赤い?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──赤い。世界が、紅く、赤く色付いていく。

全員の瞳に、赤く痛みを伴った衝撃が走っていた。何もかもが『赤』に溶けて消えていく。

 

先を走るシロコらは、足を進める度に悪寒に襲われていた。

 

 

 

「これ……何かおかし…」

 

 

 

思わず、呆気に取られて気の抜けた声を出し、返答を求めた。

しかし、その声に返答を返すものはいない。それも当然だ、そのぐらい、一同が目にしていたものは馬鹿げていた。

 

──空想。ソレは、あまりにも、あまりにも、あまりにもあまりにもあまりにも、幻想的過ぎて、

 

 

「嘘」

 

 

世界が砕けて破片になって、落ちていく。

そんな錯覚を抱く光景。厚い雲が雷によって裂かれ、赤熱した空が地獄の様な『赤』を生み出している。

 

目を刺した痛みの正体はプラズマの発生によるもので、ただその光量だけで肉体にも影響を及ぼしていて、

 

 

「これが」

 

 

あってはならない光景に目眩がする。重量を伴った重苦しい大気と雲が遠くの場所に落ちていくと、湯船の栓を開けた様に『世界』というテクスチャを飲み込んでいく。

ブラックホール、重力特異点を思わせる歪みが、世界の終わりを告げていた。

 

 

 

「スバルが言ってた、万が一の事態」

 

 

 

恐怖を超えて、畏怖に至り、神秘を垣間見る。

それは崇高の表れ、信仰すら灰燼とする『神性』の顕現。

世界を作り替えテクスチャを我が物とし、ルール上の産物に在らずしかしてルールを築くモノ。

 

 

 

「──この先に、ホシノ先輩が居る」

 

 

「行こう、手遅れになる前に」

 

 

 

──暁のホルスの羽ばたきが、世界を照らさんと迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ミメシス。

 

それは朝霧スオウに渡された箱に内蔵された機能であり、小鳥遊ホシノを『確実に』足止めする手段。効果は不明、詳細は教えられていない。

起動条件はミメシスの元になった人間の記憶を最も保持している者の前である事だけを伝えられてスオウの手に渡ったモノ。

 

『ミメシス』という単語から、模倣や再現を意味している言語である事は理解出来るが、だからといって何が起きるかは断定出来ないでいた。

模倣、再現、つまりこの『梔子ユメだったもの』は今から『梔子ユメ』を何らかの形で再現する、と。

 

 

「…隙を作れれば上々、の筈だったのだがな」

 

 

事実、スオウは今自身が何を成したのかを知る余地は無い。渡された箱が本当に梔子ユメの末路なのかどうかも真実は定かでは無く、必要なのはホシノに勝てる算段だけだった。

理屈は分からないが、小鳥遊ホシノは倒れ伏している。気絶、では無く意識を保ったまま力無く倒れているという奇妙な状態だ。奴のトラウマを刺激すれば幾らかの弱体化が望めると思ったが、これでは戦闘不能に近い。

 

 

「……」

 

 

──撃つか、否か。

 

朝霧スオウは銃口をホシノに向けたまま、僅かに躊躇した。指は引き金に触れているが引ききる決断が下せず、内心この状況は計算外だったと、ミメシスの効果がホシノをここまで無力化するとは予想だにしていなかったが、それよりも何か薄ら寒い気配に指を動かせない。

 

ホシノの瞳は意識があるにも関わらず微動だにしない。どこか遠くを見つめ、まるで過去の記憶に囚われ抜け出せないかのように。

 

スオウの背筋に冷たいものが走り続けている、ミメシスが引き起こしたのは単なるトラウマの刺激ではない。何かもっと深い、ホシノの核心を抉るような現象が起きている。

 

 

「──殺すか、否か」

 

 

()()()()()分からない。殺人に躊躇している訳ではなく、私の全力を尽くしたところで『この』小鳥遊ホシノを殺せるのだろうか?

 

我々の体は、その時の精神状態によって強度が上下する。ニュートラルな状態こそがベストコンディションであり、傷を受け、様々な要因で精神を摩耗していけばより大きな傷を負っていくことになる。

 

──そこまでは唯の疲労と変わりない。問題は、小鳥遊ホシノの様な規格外の場合。

 

 

 

「……いや」

 

 

「恐れは、もう捨てた」

 

 

「私は貴様を超えていく、その結果がどうであれ───」

 

 

 

──引き金を引いた。

引いて、放たれた鉄の塊がホシノの頭に直撃して。

 

 

決着は、音もなく訪れる。

 

 

 

「────……」

 

 

 

「が……ぁ………っ……?」

 

 

 

 

そう。音もなく、音よりも早く。

 

──人体の限度を無視した動きで、小鳥遊ホシノは銃をこちらへ向けていた。

 

体内に迸る灼熱は、自身の肝臓か何処かを貫かれた事を告げている。内臓へのダメージは久方ぶりで、

 

 

「がふ゛っ゛ぁ、ぁ゛ぁ…」

 

 

ひたすらに、口からこぼれ行こうとしている命を飲み込むのが精一杯だった。

何が起きたか定かではない、ただ今のままだと自分は意識を失い、何が起きたか理解する前に身体は死へと向かうことだろう。

 

 

「いっ゛」

 

 

痛い、痛い痛い痛い痛い。早く止血を、いやそれよりも状況を確認、先に塞げ、死んでしまう。

何だこれは、誰の仕業だ、誰がどうやってなんでいつの間に腹を貫いた。

 

 

──そんなの、分かりきっている。

 

 

「ふぅ゛ッ、小鳥遊ィィホシノォォッ!!」

 

 

「────」

 

 

「─────」

 

 

彼女の名を叫んで、返ってきたのは虚ろな目。

いや、虚ろな顔だ。穴の空いた暗闇がこちらをじっと見つめていて、か弱い少女の悲鳴が喉から漏れだしかける。

 

激昂を通り、恐怖を味わい、畏怖に落ちる感情に抑えが効かない。

 

自分が何を呼び覚ましたのか、自分が何をしでかしたのか、自分が何を踏み抜いたのか。

 

答えはある。自分は自らの意思で『コレ』を呼び覚まそうとして、自分は小鳥遊ホシノの根底に傷をつけ、自分は絶対に触れてはいけないものに触れた。

 

そんな、私欲と裏切りの果てに──。

 

 

 

「────」

 

 

 

そんな、虚言と妄言の果てに──。

 

 

 

「────」

 

 

 

そんな、虚無を埋める旅路の果てに──。

 

 

 

「クソっ──」

 

 

 

気が付けば必死に、恐怖から逃れようと土を掻きむしって前に進んでいた。身体に空いた穴のせいで力が入らずへたりこみ、それでも生き延びる為に無様に足掻く。

ここまで大層な事をしてきたというのに、長い自分探しの旅……というには悪辣が過ぎる人生を経て、二度と味わう事は無いと高を括っていた恐怖を味わって尚──。

 

 

 

「何も、見えないとはな…」

 

 

 

命の危険を目の前にして、自分が抱いていた理念や願いが機微となって消えていく。

 

今はただ、生き残る為に足掻き、もがき続けて、

 

 

 

「───ユメ先輩」

 

 

 

「は」

 

 

 

自分より『酷い』代物を目の当たりにして、頭の熱が急激に冷えていく。

 

 

 

「私、立派な先輩になれましたよ」

 

 

 

「私、大切なものを守れましたよ」

 

 

 

「私、ユメ先輩みたいになれましたよね」

 

 

 

虚空の顔から声が響く。ひとりぼっちの体育館で大声を出した時のように、くぐもった声が拡散していった。

 

──予感がする。『コレ』は、今感じている未来の結末よりも更に醜い結末になると。

 

予感がする、『コレ』をこのまま放っておくと世界が滅ぶ。滅ぶ以上に凄惨で悲惨な事になる。

 

実感する、『コレ』はこの世に産まれ落ちてはいけないモノだと。

 

 

 

「ミメシス…──」

 

 

 

「は…あの箱を生み出した存在は」

 

 

 

「世界の滅亡でも、願っていたのか──?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ミメシス」

 

 

青白い炎が漏れ出る口から、ため息とも取れる音を出しながらある単語を舌の上に転がすと、その響きに思案をめぐらせる。

 

 

「神秘の裏側にある恐怖、その一欠片にすら触れられない我々にとって、複数ある探求の道の一つでしたが…」

 

 

予想外、予想内。どちらか一方でしかない筈の結論を引き伸ばし、黒服は映像を通して見る暁のホルスの容態を見守っていた。

 

 

「──ミメシス。マエストロによって顕現させられる現象の再現。過去の人々の歓喜や幸福、絶望や慟哭、それらの記憶を再現する技法」

 

過去。

過去とは記憶の泡沫でしかない。時間を上から見上げたとして、常に観測出来るのは未来という現在だけ。

 

 

「時間の持つ自明性と不可解性という二面性は,そのまま過去の探求への道を指し示しました」

 

 

意識の中にどんどん現れる感情や記憶は、お互いに溶け合って流れていく。過去はフィルムに乗った一枚の写像であり、時間はそのはじまりから終焉まで持続し続ける。

 

過去は変えられない、時間は巻き戻らない。ただ主観による観測の結果を『位置』として残し続けるだけ。

 

 

「ならば、過去という一枚のフィルムを現在へと貼り付けた時」

 

 

「それが唯の記憶だとしても、それが唯の情報だとしても」

 

 

「現象として──世界に影を残すことになります」

 

 

 

──語り掛ける先は、膝から崩れ落ちたまま動かなくなった地下生活者だ。

 

 

 

「こ…ここ、こ…こんな、もの……」

 

 

 

「小生が、小生がいつ………キヴォトス最高の神秘をこんなものにしろと…………」

 

 

 

「これは、これは反転ですらない!!黒服!貴様はァ!」

 

 

 

「──世界が滅んだ()()()すら!何も残さないというのか!?」

 

 

 

狂人を装い、残虐を尽くしてきた一人の老人の瞳が震える。

狂気の中に居る人間は、狂気の中にいると自覚することは出来ない。それは暗闇の中で産まれ落ちた子供が、暗闇の中に居ると自覚出来ないように。

 

狂気とは、狂気の内側にいる者が自らを自覚するという矛盾を抱いて、初めて発露するものであると。

 

 

「クックック、ご心配なく。貴方の物語は悲願を果たして終えると、ベアトリーチェが告げていました」

 

 

「どのような結末であれ『その後』は残ります。それでは私は失礼しますね、彼との歓談を繰り広げる為に少々…あの年頃の方が興味を引きやすい物を買いに行くので」

 

 

「ナツキさんがプラモ等にご興味があれば良いのですが………」

 

 

ぶつぶつと手土産にするものを思索して、黒服は虚構の空間から立ち去っていく。

全てはもう終わったかのように、立つ鳥跡を濁さずといった様子で、

 

 

 

「しかし、彼女にとってはやはり…過去は呪いでしかないようですね」

 

 

 

残された老人は、望む未来を希うしか無くなって。

崇高に、目標に向かって歩み続けてきたというのに。

──今や大海に浮かぶ藁に縋り、溺れないためにもがき続けるだけになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──目が覚める。

 

目が覚める、目が覚めて、目が覚めた。

 

 

「────」

 

 

それはおかしい。と口に出そうとして、声が出ない事に気が付いた。

 

 

「───」

 

 

ここは何処か、今は何時か、何があったか。

 

 

「───」

 

 

理由を探す、思考が働かない。辺りを見渡す、視界が動かない。誰か居ないのか、問い掛ける声は出ない。

 

世界はひたすらに真っ白で、これが瞼を閉じた裏側なのか、それとも世界が本当に真っ白になってしまっているのか。

 

 

「───」

 

 

小鳥遊ホシノが抱いた全ての疑問は。

 

 

「──────」

 

 

──耳に届いた誰かの声で、朝露のように消えていった。

 

 

 

 

「ホシノちゃん」

 

 

 

 

 




現在慣れない他ジャンルの小説の執筆にチャレンジしていて、非常に今作品の更新が滞っています、申し訳ございません。
締め切りが5月31日になっているので、その辺りから更新頻度を戻していきます。
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