1ヶ月も失踪してごめんなさい…執筆再開します!
「ホシノちゃん?」
──有り得ない。
有り得ない、有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない。
「ど、どうしちゃったの?」
有り得ない筈だ、有り得ない事だ、有り得ないのだ、有り得なくて、有り得ない。
ありうるはずが無いのに、私の目の前にはありえて欲しい彼女が居る。
そうはならなかったはずだ、こうはならなかったはずだ、生きているはずが無くて、私を罰してくれる人は居ない。
だからこれは■じゃないと。■じゃなかったら?
■なら覚めて、■であって、■でなければ、私は──、
「ユメ」
私は──。
「ユメ先輩」
「ユメ先輩!」
振るえる唇からかすかな声が漏れた。絶望と羨望、あり得るはずのない光景を否定して、頭の中の幻想をかき消そうとしても、視界に映し出される情報は全て真実だと告げている。
喉が掠れる、目が乾いていく、上擦った声が恥じらいも無く叫び出ていく。
「ユメ先輩!!」
その名前を叫ぶ。叫ぶ叫ぶ叫ぶ叫ぶ叫ぶ。叫び続けないと消えてしまうかもしれない、もう二度と消えてなくならないように。
「わっ…」
「ユメ先輩、ユメ先輩ユメ先輩ユメ先輩っ!」
もう二度と呼べない名前を何度も叫んだ。この世界から消えてなくなった名前を何度も何度も叫んだ。記憶の中でしか叫ぶことの許されなかったその名前を、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
この世に生まれてきたことを忘れられない為に、この世界で生きてきたことを忘れられない為に。
「ユメ先輩…」
自分の声が分からなくなる位に泣き喚いて、嗚咽と涙で自分が溶けていきそうになるのを柔らかい感触が支えてくれて、落ち着いて──、
「ホシノちゃん、大丈夫?」
「…はい」
「ん、それで……ホシノちゃんがいいなら、ゆっくりでいいから話して欲しいな。どうして泣いちゃったの?」
「それは、それは先輩が私の傍から居なくなったからで!先輩ッ、今まで何処に居たんですか!私、ずっとずっと探してて…!」
「何処って──ホシノちゃんと一緒にずっといたよ?それに……探してたって、私を…?」
「っ、それは、それは……そ、れは…」
───思い出せない。
でも私は何か探していた。誰かを探していた、それは先輩の筈なのに、先輩が目の前にいる矛盾に答えを見つけられない。
思い出さなきゃ、私はきっと大切なことを忘れてる。
大切なこと、忘れちゃいけないこと、私の居場所はここじゃない。けど先輩はここにいる、それでいい、それだけでいい。
「────う」
「ホシノちゃん!顔色も悪いし、呂律も廻ってないし…もしかして熱中症!?」
「ちが、いますよ…先輩。大丈夫です、私は何とも……」
「そんなにフラフラで『大丈夫』って…!っ、そうだこれ、昨日買っておいたんだった!」
熱中症、熱中症?そう言われてみると熱中症な気がしてくる。頭が凄く痛いし普段みたいに考えられない、せっかく入学出来たのにこんな様じゃ朝のビラ配りが出来ないや。
……喉が渇いた、喉の奥がやすりで削られたような痛みを訴えてきて、脳みそから『水が欲しい』と馬鹿みたいに信号が送られてくる。
──喉が渇いた、乾ききったまま死んでしまうのって、どんな感じなんだろう?
「はいこれホシノちゃん、飲んで!」
「……ありがとう、ござ───」
「────」
「これ」
「これって?」
「…?ホシノちゃんが昨日買ってくれたリュック型の水筒だよ?」
────。
何故かはわからない、どうしてか、何が何で、自分が抱いてる感情が何なのか分からないのに。
嬉しい、嬉しかった、胸が張り裂けるほどに嬉しくて、涙がこぼれるほどに嬉しいのに、その理由が見つからない。でもそんなことが、どうでもよくなる位嬉しかった。
自分が犯した間違いの、その罪業が流されていく感覚に酔いしれる。
「ユメ先輩」
水の中に沈んだ視界の中、尻もちをついてしまいそうなフラつきに耐えて感情を喜びで満たし続ける。そして彼女が白黒になってしまう前に、薄汚い自分の、下卑た欲望を彼女に晒す前に、儚すぎる彼女に、指先が触れて消える前に。
「帰りましょう」
「私達の青春に」
自分達は、幸せになるために生かされてきた。
生かされて、巡り会って、幸せになるために、だから。
───奪われた全てを、幸せで埋めよう。
「……」
「駄目だよホシノちゃん」
「────」
でもそれは、私だけの感情だ。
無私と純情を、どれだけの時間が経っても私は手に入れる事が出来なかった。
何処まで行っても所詮私はまがい物で、中身のない蝋人形のまま。
「…そう、ですよね」
「うん、それじゃダメ」
優しさと愚かさは紙一重、善性を信じ続けても善そのものが多面的な顔を持っている限り、『善』に頼った優しさはいつまでも裏切られ続ける。
先輩がそうだったように、柴関の大将さんがそうだったように、私達がそうだったように。
善性とは非合理で人間の精神のバグ、プログラムでは書き表せない人間らしい非合理さ、それは人が持つ人らしい美しさのはず。
「奪われたから奪い返す、失ったから誰かから取り上げる」
憧れて、美しいと感じてしまうからこそ、私は先輩を理解出来ない。
憧れて、憧れて憧れて憧れて憧れて憧れて憧れて憧れて憧れて憧れ、寄せて似せて作って助けて頑張って、
「忘れたものをそのままにして、忘れたことを忘れちゃって」
■が無い、自分が無い、形だけを目指しているから形だけになってしまった。先輩の事を理解出来ずに、例えるならアルゴリズムに目的関数を入れ忘れた時のように。
「それを続けてたらホシノちゃんは…──」
「自分の痛みにすら、気がつけなくなっちゃうよ」
『善いこと』を続けても心はカラカラ、先輩みたいになりたい私は先輩みたいな何かになった。
『善いこと』を積み重ねても満たされない、空いた中身が答えを求めてる。
『善いこと』を信じ続けて歩いても、私は辿り着くことに意味を見いだせなくなった、ただ、歩くだけに意義を求める。
「……いいんです。もう私は大丈夫なんですよ、先輩」
「…ホシノ…ちゃん?」
「先輩は気にしなくていいんです、先輩は先輩のままでいてくれるだけで、後は私が何とかします」
「私は先輩の思うような人間じゃなかった、裏切ってばかりだった……でも、私なりの答えを見つけたんです。善いことを続ける理由、先輩が守ってきたものを守りたい理由を」
「──私、先輩の事が大好きです」
愛している。
愛していた。
愛してもらえた。
私は、答えを返せていない。
■
「クソっ、クソッ…!」
「この期に及んで余計な荒波を立てるんじゃない!」
──総会が行われている場は、現在繰り広げられる映像に憎悪をたぎらせながら苦痛の音を喉から鳴らしていた。
悉く外敵を撃ち落とし進む列車を止める手段は存在せず、執事もここからの挽回を考えるも目新しいアイデアは出てこない。
「──アビドス対策委員会…!」
ノノミ専属の執事は湧き上がる憤怒を抑えるために、こめかみに指を置いて一呼吸を挟む。
ノノミの手を握る執事、その握手とは呼べない強引さにノノミの顔が痛みによって歪み、執事は冷めた怒りのままに要求を突きつける。
「ぅくっ……」
「お嬢様、貴方なら彼女達を説得出来ますよね?万が一が起きてしまうとネフティスがそれはそれは困ってしまいます、お願い出来ませんか?」
「それは…」
そのぶっきらぼうな扱いは、到底主従にあたるものでは無く支配者と隷属者にしか見えない。無理矢理振りほどける力があっても、ノノミには今この場で反抗出来る余地は無かった。
喉が音を奏でる前に、急いでその栓を締め直す。顔を横に振り「無理です」とノノミの些細な抵抗を、
「お嬢様──」
《待てよ》
振り上げた手で制御しようとした執事、その背後…いや、会議室そのものから機械的な音声が鳴り響き、曲者かとその場の全員が周囲を見渡したが誰も居ない。
声が聞こえるのは社内アナウンスを放送するスピーカーで、拳銃を取り出して撃ち抜こうとした執事が動くより前に事態が発展する。
《緊急避難装置が作動しまーす、窓の傍に居る方は大変危険なのでお離れ下さい》
「うぉ!?シャ、シャッターが…!」
「──閉じ込められるぞ!!外に出ろ!」
奮闘虚しく会議室は世界から分断され照明が落ちる、光が差し込む筈の窓も今は無機質な鉄の壁が遮っていて執事共々視界の情報はシャットダウンされ、聴覚に集中した神経が
《『言う事聞かないならお尻ペンペンしますよ!』なんてのが通じんのも幼稚園までだぞ?それに殴る蹴るのバイオレンス持ち出したら大人としてソレどうなの?って感じだ》
「くっ、誰だ!誰がこんな事をしている!」
《チープな反応してる暇あったら、世紀の大怪盗と小学校で呼ばれてた俺から大切なもん隠しとけよ!》
「っ」
声の主の嘲笑は止まらず、怒りを排して思考を巡らせれば執事の頭に浮かぶ人影は一人。
「ナツキ・スバル…!」
《列車砲を俺らは破壊する、何がどうなってもそれは確実だ。だからって自暴自棄になってノノミに拳でも振るってみろ》
《───俺が今までハッタリで済ませてきた全部、現実にしたくは無ぇよな?》
スバルの憤慨の声は、その場に居る誰もを釘付けにする。目下、列車砲の存在を認識しているのは私募ファンドとネフティス、カイザーのみだと考えていたが、ナツキ・スバルがその存在を知っている上に破壊を釣り合いに出される時点で詰んでいる。
四肢に伝わる冷たさが、直結して精神の不安定さを表すように震えを引き起こしていた。
執事の鉄の心臓がひっくり返るような高鳴りに襲われていると、何度も何度も聞いたことのある音が近づいているのに気が付いて、
「ふむ、確かにそれは御免被る」
突如光が瞼を超えて目を刺激するのを、ノノミは顔を顰めながら受け止め声がした方向に振り向く。
淡くボヤけた視界に映り込む相手が誰なのかノノミには認識出来なかったが、「助かりました」と述べる執事の喜びに満ちた声色のせいで望む相手では無い事を理解する。
部屋に侵入したスーツの男は兵を侍らせ───そして、期待に満ちた執事の顔面へと銃を突きつけて、
「……は?」
「ここまでご苦労、後は私が全てを請負おう──拘束しろ」
有無を言わせままに執事のこめかみへと兵が銃底を叩きつけ、その場に居る全員を拘束しだす。
この一大事の中、発覚してしまったのは……ネフティスが裏切られたという事実のみ、「まさか」と唇を震わせたノノミの予想通りに世界は動き始める。
「初めまして……という割には互いに怨敵になり過ぎたな。貴様に何処かで恨みを買った覚えは無いが、それは最早どうでもいい」
「列車砲は我々が頂こう。私募ファンドの諸君らには……カイザーコーポレーションの子会社にでもなってもらおうか?」
「きっ……さまぁっ…!!」
「なに、悪いようにはしない。ネフティスから競売する余力は削がせてもらい、私募ファンドには…ふむ……」
ノノミ達を取り囲むカイザーコーポレーションの機兵は、周囲のシャッターを打ち壊し外からの光を取り戻す。
どうも癪に触る──そんな風に机に指を置くと、木と鉄がリズム良く触れ合う音がスピーカーから流れるノイズ音を消していた。
「1円」
「1円程で、会社の運用権利を売り渡して貰おう」
「───」
「こちらも心配することは無い、事前に準備は済ませてある。後は君たちがこの紙にサインをしてくれるだけで全て完了するようにしている」
呆然とする私募ファンドの面々をさておいて、目の前にペラりと紙だけを置きノノミの元へ歩くプレジデント。
悠々たる歩み、を止めたのは足首を掴む機械の手。
「………」
「いつ、からだ」
「ん?」
「いつからネフティスを裏切っていた…!」
「裏切る、など人聞きが悪い。始めから貴様らネフティスと共謀する気は無かっただけの話だ」
「きさッ───がっ」
起き上がろうとした執事の頭を踏みつけて、行先はノノミの元。何もかもが順調に行ったと感じながらも、プレジデントはここまで事態を動かさねばならなかった現状に苦い顔をしていた。
タイミングが悪い。──ゲヘナへの爆撃を阻止されてから、こちら側の準備が整う前にナツキ・スバルがアビドスを固めきってしまったのが最悪だ。
必要とした列車砲は、既に渦中の中心になり過ぎている。ナツキ・スバルの一味の手で列車砲を破壊されるにせよ、キヴォトスで悪の指標になりつつあるカイザーコーポレーションは今、何かを掴まなければならない。
交渉とは勢力が均衡している者同士でしか起こりえず、列車砲を確保すれば後はどうなってもいいという話ではない。
争奪戦が終わった、その後は──、
「十六夜ノノミは交渉材料になり得るか?──なる。貴様は描く夢物語を現実にする人間か」
その後は、もう一度ゲヘナを征服する。
内乱にあるトリニティは目下警戒すべき存在は居ない、ゲヘナの征服が済めば抵抗力の無い連邦生徒会とその他の雑多な学園では状況を覆す事は出来ない。
カイザーは敵を作りすぎた、だからこそ敵が味方につく程の圧倒的な武力、支配力を手に入れる。
《──今恨みを売りまくりモテまくりしてるのに気がついてないのなら、ちっとばかし痛い目見て頭冷ませ》
《カイザープレジデント、お前は───触れちゃいけない、傷つけたら駄目だって所を土足で踏み荒らし過ぎだ》
「ククッ、私に説教かね?」
《──違う》
《自業自得って話をしてんだ、龍の逆鱗…虎のしっぽ、触れて荒らして無傷で帰る───なんて、都合のいい話あると思ってんのか》
「いいや、全く。我々は共に狩るか狩られるかの関係だ…しかしだナツキ・スバル。君は勘違いをしている事が一つある」
プレジデントは少し強めに足を踏み鳴らし、ノノミの元まで行くとその困惑顔に手を伸ばし、
「何かに怯え、誰かに脅かされる。私はそうでは無い、逆鱗を持つ龍のその首を狩る側なのだよ」
──話し合いは終了する。
交渉でもなく、ただ要求に答える上下関係を作り直す為にノノミに手を伸ばす。
ナツキ・スバルという男がどれほど甘い男なのかは、これまでの全てが物語っているのだから、必ずナツキ・スバルは十六夜ノノミを救い出す。奴がそう決めたのなら、現実になるまで。
「っ…」
「ネフティスの令嬢、十六夜ノノミ」
「哀れだな…貴様は常にアビドスの弱点で在り続けた。望みを叶える力も無く、他者から望みを奪い続け、利用され尽くす」
「何故アビドスに入学した?何故入学した後に貴様は何も行動しなかった?小鳥遊ホシノより、貴様は慧眼を持っている」
「最後にはこうなる事まで、ある程度思い描いていただろう?」
「───アビドスを使ってのお仲間ごっこは、それはそれは楽しかったと思うのだが、どうかね」
《…お前───!!》
「…………」
──十六夜ノノミ。
十六夜ノノミの、顔が歪む。
否定できない、否定しきれない、否定しなきゃいけないのに。
胸に湧いた曖昧な言葉が、理由になるのかすら分からないから。自分で背中を押さないといけないのに、誰かが正しいと言ってくれるまで待ってしまうのはきっと──。
「…」
自分の善意すら純粋に、信じきれなくなってしまったからだ。
「……」
ハイランダー学園に在学していた時に耳にした高校に足を運んで、そこに居た優しい先輩に心を撃ち抜かれる。
「………」
入学して、シロコちゃんを見つけて、後輩が出来て。
その間にあったものが偽物だとは一欠片も思った事は無いけれど。
私は、その時間を本物だと思えた事はあるのか分からない。
分からないけれど、まだ心の底から肯定できないけれど──、
「ナツキ…さん」
《───》
「私は」
「アビドス高校二年生、十六夜ノノミです」
曖昧に歩んできても、変わらないものが作れたのなら。
──その『
《───ああ》
■
《私は》
《アビドス高校二年生、十六夜ノノミです》
「───ああ」
吹き荒れる風がスバルの身体を叩く度、煽られてそのまま高所落下で死んでしまう未来を幻視する。
落下のGに耐えきれず気絶、落下の瞬間、頭蓋骨は粉砕され柔らかい脳みそが血の塊に変わっていく。
手足は折れ曲がる所もあれば、四方八方にちぎれ飛んでいくものもある。胴体は落下の衝撃によって水風船を破裂させたみたいになって、高い所からプールに向けて物を落とした時の音が鳴り響いた。
折れる、曲がる、弾ける、消える。残るのは液体だけ、あらゆる過程を通って身体の一細胞まで弾け飛ぶ落下死。
「みんな、そう思ってる」
──上等だ。
ビルの壁面を登るカンナに捕まりながら、スバルはノノミに答えを返す。
みんな、アビドスのみんながそう思っている。十六夜ノノミはアビドス高校の二年生で、命を懸けて救い出したいと願う相手だと。
そこまで想われる人間が、何を思い悩む必要があるのか。スバルだって高校を何のために通ってきたか分からない。
両親に失望されないため、何となく高校は卒業しときたいため、高校デビューを飾ってみたくて、最初はそのつもりで高校に行って失敗して──不登校になった。
『何も無い』と人間は動けない。自分の中に頼れる核がある人間なんて珍しい方。
誰かを必要とし続けるだけだと、いつか虚しくなったり限界が来て、俺みたいに空っぽのままどうでも良くなっちまう。
「ノノミが何をしても、何が理由でどんな事をしても」
「答えはちゃんと、後ろから着いてきてたぜ」
ノノミが自分の感情に従ってアビドスに入学したのなら、それはきっと正しいとか正しく無いとか関係無しに──。
それでいい、と思う。それが青春だと言いたい。
それでいい、それがいい、誰かに求められたくて、誰かの支えを求めたくて空っぽのまま走り続けるよりはずっといい。
そうやってノノミが走り続けた結果が、今のノノミを救うのだから。
「──怪盗参上!」
「──!!?」
カンナが壁面に足をめり込ませ跳躍する、その反動で蹴り壊された支柱を見て、「修理しにくい場所が壊れると大変だな」と呑気なことを呟きながら宙を舞う。
壊されていないシャッターの掛かった窓をカンナが拳で食い破って、議会の場にいた全員の視線がこの場の暴力装置であるカンナに注がれる。
「この場で全員!縄についてもらうぞ!!」
目の前のデスクを蹴り上げて、ひたすら膂力に任せ殴り飛ばす。同時にカンナの背後から現れたスバルに目を取られていた機兵は巨大な壁が突然現れたのに対応が間に合わず──押しつぶされる。
ノノミを取り戻す上での不安要素が、まさか向こうから全て台無しにしてくれたお陰で無理矢理の誘拐に踏み切れたのは幸運だった。
スバルの得意技の内にディベート勝負は含まれているが、企業のやり手達と事を構えて勝てる自信は無い。
シロコ達によるホシノの解任を待つしかなかったのだが、プレジデントがその停滞をうち崩した、だが背水の陣に良いも悪いも無い。
「ノノミ!!」
「手を伸ばせ──!!」
転がり回るままに、片手を救う為に差し伸べる。
ならもう片方は?──勿論、ノノミを救い出す為に使う。
狙いはブレブレ、構えは出来てない、標的はただ一人。
「ナツキさん!」
「そうは行くものかッ…ぅっ!?」
《そうはさせません》
アロナによるファイヤウォールへの干渉がほんの一瞬、カイザープレジデントの動きを止めた。
ほんの一瞬、されどこの瞬間においては過ごしてはならない時間を味わって、プレジデントの体感時間が引き伸ばされる。
黒鉄の向かう先、スバルが握る銃と目線が合い続ける。コンマ数秒、数分、数時間、ショートする思考が選んだ先は──、
「…何が狩るか狩られるかだ」
「───」
撃つのでは無く、投げられた黒鉄が顔面に直撃した事による衝撃で後ろに倒れ込み、ノノミにプレジデントの手が届く事は無く、スバルとノノミが繋がり合う結果へと相成った。
「シロコが、セリカがアヤネが、それにホシノが、ノノミの事を待ってる」
「帰るぞ!アビドスの!ノノミの青春に!!」
「───はい!!」
勢いのまま外へ、この狭い狭い部屋から飛び出していく二人。
スバルは空を飛べる訳では無いから、ただ自由な空へと手を引っ張ることしか出来ないのだが──引っ張りあげる皆は、羽ばたく為の羽を持っている。
必死にノノミにしがみついて、見た目からは想像出来なさ過ぎる膂力で壁に手を添え減速していくノノミに目ん玉が飛び出そうになりながら、
「カンナ!ここは頼む、俺たちは先にぃぃいい──!?!?」
「お口チャックしてて下さい!舌を噛んじゃいますよ!」
「お、ぅ…い、クソっ!!流石に!これ以上は何が来ても…………来て、も……」
──羽を借りて眺めた光景は、今までの全てを超えうる地獄の様な風景だった。
空は赤く染まりかけ、砂塵の壁がこちらに向かって迫ってきている。その壁の向こう側には白い巨体が微かに覗き、生徒会の谷には雷の雷迎が鳴り響いている。
そして何よりも、あらゆるデッドエンドを乗り越えてきた筈のスバルの目に、この期に及んで『初見』の物体が現れていた。
「──────」
「───目…か……?」
目を模した、巨大な光輪。
それは、そこに居る誰かを指し示すように。きっとその一瞥は、生徒会の谷に居る誰かに、いや、『彼女』に送られているのだろう。