Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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『梔子ユメ』

 

──天地雷鳴。

 

そう形容するに相応しい光景に生唾をのみ下すスバル。

普通ならばこの高所からの落下に意識を奪われそうなものだが、今更落下ごときに脳のスペースを割いていられない。

 

と言っても投身自殺を考えている若者がこんな光景を見れば、すぐに踵を返して家に引きこもりそうなものではあるが、

 

 

「訳分かんねぇっ、けど、ホシノ達が危ねぇ事は分かる!」

 

 

「急がねぇと…!っ、く…」

 

 

ホシノ、いや、生徒会の谷に向かった全員の命が危ない。

ほんのりと感じる西風の生暖かさは、皆が骸と化したあの地獄と似てきていた。穏やかに、破滅が向かってきている。

戦力を傾けシロコ達にホシノを任せたのは何もスバルの自己犠牲という訳では無い、『勝算』がある方を彼女達に任せたまでだ。

 

──スバルでは、暴走したホシノに100%勝ち目は無い。

 

更に付け加えるなら、スバルがシロコ達の指揮を執った場合でも100%勝ち目は無い、シロコ達だけで挑むからこそ勝機が僅かに見えてくる。

それは築き上げた信頼が毒牙へと変わってしまっているが故だ、シロコ達がスバルの意思を仰ぐコンマ少しの行動のラグに、何度も命を奪われてきた。

 

残念な事に、ホシノはスバルが加わると本来アビドスの面々への攻撃を抑える接待モードを辞めて本気を出してしまうらしい。よくもまあ、シュミレーションゲームをさせておいて指揮官本人が参戦すると勝算が無くなるなんて理不尽なルールにしてくれたものだ。クソゲーの烙印を押されてしまえ。

 

 

「──ノノミ!迎えが駅まで来てる!あそこまで走れるか!?」

 

 

「これぐらいなら大丈夫です!沢山鍛えてるので!」

 

 

やはりアビドスは戦闘民族の集まりか、この世界に降り立ってすぐの頃に見てきた可愛らしい少女達にも同じことが出来るのなら、スバルは一生彼女らに刃向かえない生活を送る未来を味わうだろう。

それでもし──虐められるのが好きな変態だと勘違いされようものなら、全速力でこちらに向かってきているビナーや、空に浮かぶ瞳すら、将来尻に敷かれ続ける自分と比べれば存外とマシに見えてきた。

 

 

「跳びます!」

 

 

「うぉおおい!!?」

 

 

ビルの壁面を滑り落ちながらノノミが跳躍する。

カンナも大概であったが、ノノミはそれ以上だ。ホシノ以上の筋力を思わせる強引な跳躍で『飛ぶ』と空中で姿勢を制御しながら地面へと、さながら戦闘機を思わせる着陸をし、慣性のまま走り抜けていく。

 

その衝撃で頬の内側を歯で挟み込んでしまいながら──スバルは、己の不調の原因を理解しようとしていた。

 

 

「……っ」

 

 

「大丈夫ですか!」

 

 

「大丈B!シロコのおかげでこういうの慣れてるっ…!」

 

 

「──シロコちゃん。…ナツキさん、色々と申し訳ないです…でも、大丈夫と言う割には顔色が…」

 

 

「気にすんな、今は生徒会の谷に行かないと全部間に合わなくなる!」

 

 

「…はい!」

 

 

「…………」

 

 

言い放つ言葉とは裏腹に、スバルの『不調』は悪化を続ける。

 

 

──頭痛が収まらない。

 

 

尻に敷かれる残酷な未来を考えているからとか、雷が降っている空模様のせいで低気圧に殺されかけているとかではなく、

 

 

「──」

 

 

誰かが───誰かがスバルの耳元で叫んでいるような、頭蓋の中という密室で悲痛な叫びがコダマしている感覚。

それが言葉であるのか、音であるのか、着地のせいで起きている耳鳴りを貫いて響くこの『不調』の源は何であるのか、

 

 

「──だれ、だ…?」

 

 

その音が、『誰か』のものである事を、スバルは認識していた。

誰かがスバルの傍で、スバルに向けて、スバルに対して、スバルに助けて欲しくて、叫んでいる音。

 

ノノミの健脚によって駅には到着する、迎えはまだ来ないのか。

遠目に見える青色の列車、ノゾミとヒカリが運転している運命の帰結点への特急列車に乗り込んで、どうする。

ビナーが再起動してしまっていた、標的はスバルに違いない。スバルの存在が少しでもシロコ達の邪魔にならないように、ノノミだけを乗せて俺はビナーを引きつけるか否か。

 

味方の戦力が一割でも削れれば勝ちの目は無くなる、それならばスバルというこの場においては1にも2にもならない0を、ビナーという100を消費させる為に使うべきなのか。

 

 

「──」

 

 

頭痛が止まらない。

 

 

「──」

 

 

列車が到着してしまった、足を急がせるように列車は駅に滑り込みながら扉を開いている。

既に元きた道へと戻る為、列車が反対向きに動き始めアナウンスからも「お兄さん乗って!」とノゾミの声が聞こえ、ノノミが列車に乗ろうとしていて、

 

 

「──」

 

 

今───間違えられない選択を突きつけられた。

ノノミの背中から降り、頭痛の影響でこめかみを指で押えながら後ずさる。

 

 

「…ナツキさん?」

 

 

《お兄さん何してるの!早く乗って!》

 

 

「──ビナーが起きてる、アイツの狙いは俺だ。列車に乗ればビナーが襲いかかってくる……だから、俺はここに残らなきゃ」

 

 

《はぁ!?何言ってんの!?》

 

 

乗れば、ビナーに列車は破壊されてしまう可能性が高い。

最善手、最高効率はノノミだけを乗せてアビドス高校の全員をホシノの目の前に集めること。

スバルはその場に要らない、寧ろ皆のデバフ係になってしまう。

 

 

「ノノミ! ホシノの事…一番よく知ってるのはノノミだって聞いてるから」

 

 

「──絶対に助けられる。ホシノを頼んだ」

 

 

《っ、あ〜もう!発車体勢になってるからこのまま行くしかないのに…!》

 

 

《お兄さんダメだよー!みんなみんな、お兄さんの事待ってるんだからー!》

 

 

片方の手で頭を抑えながら、ブラックアウトしそうな意識をギリギリで保ちノノミに発破をかける。

ノノミ達ならきっと──そう思いながら、ノノミに手を振って、

 

 

「……」

 

 

「ナツキさん」

 

 

「私は、私がアビドス高校に入学したのは、アビドスを訪れて経験した嬉しい事や美しいものを見捨てて、ハイランダー所属のまま進学してしまったら後悔してしまうと思ったからです」

 

 

「一生──後悔する、だから私はアビドスに残りました」

 

 

「───後悔」

 

 

後悔、後悔は、ずっと傍に着いてくる。

後悔しないのか?と聞かれている、ここで列車に乗らなくて後悔しないのか。

そりゃ、スバルだって皆の元で戦いたい、だけどそれで状況が悪くなったとして、誰が責任を取るのか。

 

 

 

「…俺は」

 

 

 

 

──頭痛がする。

 

 

 

『全部忘れて、ここを去っていれば……』

 

 

『ここまで苦しまずに済んだのに……』

 

 

 

頭痛が、した。

 

 

 

 

「────」

 

 

「ノノミは今」

 

 

「後悔、してるか?」

 

 

「──いいえ、何一つ」

 

 

 

それを聞いて、自然と足が前に踏み出てしまって、

 

 

 

《ナイスお嬢様!発車するよ!》

 

 

 

頭痛が酷くなって、まともな思考が段々と出来なくなってしまっているから乗ってしまったのか、それとも乗る後悔より乗らなかった後悔の方が大きいから乗ってしまったのか。

ノノミの手を借りて、列車へと──乗り込む。後悔は…しているが、反省する気は毛頭無い。

 

皆が待っている、スバルを求めている。ずっと他の誰かを求め続けた人生で、キヴォトスに来てから自然と求められる側になっていた。

 

結果じゃなくて、過程で。求められるのが目標じゃなくて、助けたいという結末の道中で。

 

 

「…ごめん、ちょい寝落ちするかも」

 

 

「寝落ちですか!?……いいえ、到着まではお任せ下さい!☆」

 

 

「まかせ…る」

 

 

意識が闇の中に落ちていく、頭痛が収まらないまま痛みだけを抱えて、奈落の底へと落ちていく。

まだ寝る訳にはいかない、まだ何も解決していないのに寝てしまうなんて、

 

 

「…………あろ…」

 

 

唯一全てを託せる名前を出す前に、瞼は下がりきってしまう。

この頭痛の理由がなんであれ、スバルは求められている。『誰か』の叫びに求められていた、だから瞼を閉じたのだ。

瞼の裏に移るのは高校の校舎の景色で、懐かしいなと郷愁的になりつつその建物が自分から奪っていったものを数える。──俺だって立派な人間になりたくて、高校デビューを失敗したのは俺があの場に求められてなかっただけで、いつか、自分が必要とされる所に行けば人生上手くいく、なんて。

 

 

「…………」

 

 

──そんなんだから必要とされなかったんだよ。と、自戒できた自分が居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──強い日差しの下で、彼女が身につけているものに触れる。

 

 

「水筒」

 

 

リュックサック型の水筒。

何の変哲もない、ちょっとだけ珍しいだけの下らない代物だ。

それでもアビドスの懐事情を考えると、購入すべきでは無い一品。そもそも水分補給をしたいのなら、リュックサックに飲み物でも入れておけばいい。

何故リュックサックをリュックサック型の水筒にした、確かに大容量、水分を取らなければ死ぬ状況であれば必要だけど、やっぱり大人しくリュックサックに水筒を入れておけ、そんなツッコミを言うには、

 

 

「──」

 

 

コレに、後悔を重ねすぎだ。

分からないし思い出せないけれど、ふんわりとぼんやりと、胸の中に後悔が湧いて出てくる。

先輩がこれを身につけてくれていて、心の底から安心した。私は絶対に買うことに反対するだろうから、そんな私なんかほっといて購入してくれてる事に、本当に安心している。

 

 

「───」

 

 

記憶が混濁して、自分でもなんで冷静なのか分からない程に脳みその中はぐちゃぐちゃだけど───先輩が死んでいないのなら、それでいい。

後悔、後悔後悔後悔後悔だ、後悔ばかりだ。しなければ良かった、すれば良かったを積み重ねすぎて、現実を見るのも嫌になって、

 

 

「──筈がない」

 

 

生きてる筈がない。

それが、嫌な現実を見て導き出した結論。

やはりこれは■なのだ、自分の後悔が無かった事になっている■。でもそれなら、自分がここに居るのはおかしいからやっぱり■だと分かる。

 

 

「私、どうしちゃったんだろ」

 

 

■の中だとしても別に良かった、先輩と話せて、先輩と目を合わせられて、先輩に触れれて、先輩が生きているのなら■でも。

私の居場所は先輩だけだし、私が求めていたのは先輩だけだし、私はそれが無くなったから『全部』無くなったんだ。

 

■の中なのに頭痛がする、眠くもないのに瞼が落ちる。もし■の中で寝たらどうなるんだろ、もし目覚めた時にこのままだったら、

 

 

「■じゃなくて」

 

 

「■じゃないなら」

 

 

■■だとするのなら、私は■■に帰れない。この■を終わらせられない。

 

 

「■■先輩」

 

 

「もし、今見てる世界が全部■で、本当の■■は別の、どこかにあって」

 

 

「■■先輩から見て私が……■の中の存在だとしたら……」

 

 

「先輩は、■から目覚めますか?」

 

 

 

──返事は無い。

だって、そこには誰もいないから。

 

 

 

「……」

 

 

「私は」

 

 

「私はッ、私はっ……」

 

 

「──」

 

 

「私は…………」

 

 

 

 

──二度と、目覚めたくないんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──目が覚める。

 

 

 

目が覚めるということは、寝ていたという──、

 

 

「いや俺コレ何回やるんだよ」

 

 

累計で千回を超えていそうなデジャブを感じ、目を擦って現実に舞い戻る。起きれば頭痛は消えてなくなっていて、バファロンでも飲んだかと錯覚する程に脳内はスッキリとしていた。

 

 

「────」

 

 

さてと、と一間置いて自分の服を見直す。

『アビドス高校の制服』だ、男子用があるとは思っていなかったが、よくよく見れば女物のワイシャツに、やけにぴっちりとしたズボンは女学生用のものだと分かる。

そりゃそうか、男の生徒なんて居ないのだから着れるものはこれぐらいしかない。

 

 

「おはよ、スバルくん」

 

 

「ん…ユメ先輩、俺寝てた?」

 

 

「それはもうぐっすりと!ぐっすり過ぎて……ホシノちゃんが呆れてチラシ配りに行っちゃうくらい」

 

 

「いやいやそこは寝てる俺にイタズラしたり寝顔眺めるんじゃねぇの?これだからホシノは…」

 

 

「──イタズラ」

 

 

ユメ先輩がバツの悪そうな顔をしているのを見て、スバルは気がつく。

──イタズラし放題の寝落ちしたスバルに、ホシノが何もしない筈が無い。というかさっきからユメ先輩が笑いを堪えてる。

 

手鏡を持ってくる前に、自分の頭に手で触れて、ヘアゴムの感触を探ると案の定手応えがあった。

 

 

「……私のミニツインテール、可愛いかしらぁん?♡」

 

 

「ぶフッ」

 

 

──決まった。確実にツボに入った、恐らく後三日はスバルの顔を見る度にユメ先輩は笑い転げるだろう。

記憶のフラッシュバックとは恐ろしいもので、一度焼き付いたものは中々離れてくれない。

 

 

「あら、どういたしましたの?」

 

 

「スバ、スバルくん!駄目だよそれは〜!」

 

 

「な・に・が、ダメなのかしら」

 

 

「うぐぅっ…ぐぐぐ…」

 

 

ホシノが帰ってきたらコレやるか、笑ってくれなかった時は俺の心が死ぬが、僅かでもツボに入ろうものならクレーターになるまで擦り倒して腹筋を崩壊させてやる。

ともあれ、このままではユメ先輩が笑い死んでしまう。髪ゴムを外して、パサりと手でかき分けた後に後ろに寄せればいつもの髪型に戻る。

服も、気がつけば砂と血でボロボロのジャージに『戻って』いた、あんな新品のピチピチ制服は流石に股の辺りが厳しいこと厳しいこと。

 

彼女は、笑い涙を流しながらスバルの目の前へと座る。目線を合わせ、緩やかな笑顔を浮かべながら。

 

 

 

「───ごめん、ユメ」

 

 

 

スバルは、真っ直ぐ見つめたまま謝罪をする。

 

 

 

「出来ることなら、俺は」

 

 

 

「…俺は」

 

 

 

菜月昴は、時間を巻き戻せる。

死を、無かったことに出来る、そんな力が存在する。

 

それなのに、出来ることは目の前の苦しみに、ほんの少しだけ手を差し伸べる事だけ。

 

特別な人間なのに、その『特別』は平凡な人間が出来る事しかさせてくれない。

 

 

 

「……」

 

 

 

「救いたくなったんだ」

 

 

 

「救いたかった、救えないから苦しんでる奴が居るのに」

 

 

 

「俺は、ユメのことも救いたかったよ」

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