Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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『奇跡だと思う』

 

──誰かが自分のことを呼んでいた。

 

 

「今度はアロナの仕業じゃねぇよな」

 

 

頭痛は、耳元で大きな声を叫ばれた時みたいな痛みだった。空に巨大な瞳が浮かんでから始まった頭痛は、誰かの助けを求める叫びによるものだ。

そして目の前で何も分かってなさそうな顔をして、ポヤポヤと笑顔のままでいる彼女の事を、スバルは『ユメ先輩』と呼んだ。

頭痛で気絶して、目が覚めたら教室にいて、そしたら死んだ筈の人間と出会う。

 

──なら、形容として相応しいのは『夢』だろう、スバルは今、夢を見ている。

 

 

「夢にしちゃ、現実っぽすぎるけど」

 

 

そうだ、現実すぎる夢だ。

少なくともスバルはアビドス高校に入学した覚えは無いし、生きている梔子ユメとも出会ったことが無い。

ホシノとも三年生の状態しか見たことはなく、日本産まれ日本育ち、父──賢一、母──菜穂子の元で人生を謳歌していたヒキニート。

つまり、夢。夢でしかなく、ここは現実では無い。無いはずなのに、身体で感じる感覚の全てが現実と遜色ないのは何故なのか。

窓ガラスに砂がぶつかる音、鮮やかな水色の髪の毛、甘い匂いが漂う教室、机の上に置く手の平から温かさが伝わり、舌の上に広がる甘味は寝る前にケーキでも食べていたんだろう。

 

寝落ちする前の危機的状況と比べると、いささか穏やかすぎる風景。

未だに目の前の少女は微笑んだまま、スバルの言葉を待っている。スバルの中で消化しきって、スバルとしての言葉が出るまでを待っていて、

 

 

「──呼ばれてた」

 

 

「アンタに、俺は呼ばれてた。助けて欲しいって……多分」

 

 

自分で言った言葉を舌の上で転がして、自分でも何を言ってるのかあまり分からなくなる。

呼ばれていたってなんだ、そもそも目の前に本人が居るではないか、それに死人に口なしとも言うし、幽霊などで無いのならスバルの脳内にガンガンと響いた誰かの声は唯の耳鳴りに過ぎないものなんじゃないのか?

 

あと冷静が過ぎる、もっとこう……ファンタジーな出来事に対して道化が如くはしゃぎ回る自分はどこに行ったのかと問いかけて、いやもう慣れてるだろと、脳内会議を終わらせる。

 

 

「う〜ん…?スバルくんがそう言うなら、きっとそうなんだと思うけど、助けて欲しい……?」

 

 

人差し指を伸ばし親指を立てる『悩み』のポーズを取る彼女は、「それは」と言葉をつけ加える。

 

 

「私の事じゃない……と思う」

 

 

「それまた───なんで?」

 

 

「私、今幸せなんだ。ホシノちゃんが居てくれて、スバルくんも居てくれて、毎日毎日幸せでいられる。借金を返しきれる未来だって、そう遠くないんじゃないかって」

 

 

「………」

 

 

「だから、違う。それはきっと……スバルくんが助けたいって思ってる人だと思う」

 

 

なら、なんで、どうして。

スバルは今、助けたいと思う相手の傍に居られない。死んだ筈の人間と会話して、有り得ない現実の話を聞いている。

 

 

「スバルくん」

 

 

「……」

 

 

「私にはスバルくんの事情は分からないし、沢山謝る理由だって分からないけど」

 

 

「──きっと、スバルくんのせいじゃありません。だから謝る必要なんてないんだよ?」

 

 

彼女の言葉に、素直に首を縦には振れずに、

もしこの夢が、スバルの罪悪感や後悔によるものなら、スバルは二度と夢から覚めることが出来ない。──救えなかった後悔なんて、死に戻った回数分、積み重ねているから。

天国と地獄があるとするのなら、スバルは真っ先に地獄に落ちるだろう。

 

アビドスに関わった動機は不純そのもので、連邦生徒会に認められる為に救う。そういう動機だったのに、いつの間にか必死になり過ぎて忘れていただけで、始めから誰よりも不純な存在だった。

 

 

「俺が救いたい相手は分かってる」

 

 

「謝らなくていいって言われて、まっすぐ受け止めて……それでも助けたかったって言っちまうのが傲慢なのも分かってる」

 

 

「分かってても───嫌なもんは嫌だな」

 

 

認められない、認めたくない。博愛する聖人という訳でもないが、もっともっと根っこは不純。──救わせて欲しい、ユメに対する想いはソレだ、最初に捨てたはずのモノが一周回ってきた。

 

 

「だとしてもなんで俺はここに居て、ユメと………俺に何が起きてんだ?」

 

 

「それは分かりません!世の中、分からないことが沢山あるので!」

 

 

「そこはほっぽり投げるのね!?まぁ色んな事が起きすぎてゴタゴタしてたってのは事実だし……俺も何が起きてんのかは分かってないし」

 

 

「あ、つーかやべぇ、さっさと行かな───」

 

 

列車は走行中、追っ手としてビナーがwktkとスバルを啄みに来ているのにグースカ寝ていたら多方面に申し訳が立たない。

両手を机について立ち上がるも、アロナの時と同じく目覚め方が分からないので立ち往生だ。叶うならばノノミに起こしてもらいたいのだが。

 

───息が詰まった。

 

 

「………ぁ」

 

 

「ぅぁ……ゆ…め…から」

 

 

「夢から、覚めるには…まだ早いってことか」

 

 

軽く握った拳を胸に当て、鼓動の高鳴りを抑え込む。

それは立ち上がって窓の外の光景が、スバルの心臓を掴んで離さなかったからだ。今の今まで現実だと思わせてきた世界が、唐突に空想へと変わり果てていく。

窓を一枚挟んだ向こう側で、見覚えのある少女がうなだれたまま空を見つめていた。

それはとても幻想的で、それはとても悲劇的で、それはとても清廉的で、美しいのに悲しくて、かわいらしいのに恐ろしく、見ているだけでこちらを狂わせる少女がそこにはいて、

 

 

「ホシノ!!ホシノ!クソッ、声が聞こえてない…?窓も───開かねぇ!?」

 

 

「ふんぎぎぎ…!なんっ、で、動かねぇんだよ…!!」

 

 

 

水筒らしきものを抱え、ホシノがへたり込んでいる。

間違いない、間違いなくアレだ。梔子ユメが自分ではない誰かの助けを求めていたというのなら、スバルはあの少女を助けなければいけない。

窓が開かない原因を探して背後を振り向いても、スバルの思惑とは外れ、スバルの行動を梔子ユメは摩訶不思議なものを見るまなざしでいた。

 

もしかすると彼女からはこの光景が見えておらず、普通に開くはずの窓に必死にしがみついて開けようとしている間抜けに映っているのかもしれないが、

 

 

「スバルくん」

 

 

「───」

 

 

「スバルくんはこれから、苦しんでいる子を助けに行くんですか?」

 

 

「ああ」

 

 

「いつものように、手を差し伸べに行くんですね」

 

 

「それくらいしか…できないからな」

 

 

「今は、それで十分だと思うよ。そんな小さな積み重ねが…──ふふっ、こんなこと言うとまたホシノちゃんに怒られるかもしれないけど、私はいつか大きな奇跡になるって信じてるの」

 

 

「スバルくん、だからね」

 

 

「──助けられるよ!スバルくんなら、必ず!」

 

 

「……──」

 

 

 

そんな変人に、唇からこぼれ出たのはただ真っすぐな信頼で。

 

もし、これが夢なんかじゃなく、知らない遠い現実だとして。

もし、これが誰かの記憶の一欠けらの夢だとして。

もし、彼女がこの世界の何処かでその命を落とすというのなら。

 

──スバルはどれだけの涙と決意を飲み込んで、前に進まなければならないのだろうか。

 

 

「ユメのその言葉、一生忘れないからな」

 

 

「うん!」

 

 

「──行ってくる!」

 

 

常識と理性を捨て去って、奥歯を噛み締め拳を振りかぶる。

開かぬと不平を漏らすより、前に一歩──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──あ。と窓をぶち破ってから気づく。それは常識と理性を捨て去った結果であって、素手で窓を壊す程の力で殴れば破片が突き刺さる事はともかく、ここが、何階の教室であるのかを把握していなかったのは本当に愚かだったと言える。

真っ逆さまの急転落下は、喉をしゃくり上げて止まらない暗黒への落下だ。視線の先は闇そのもの、世界から欠落した空白に落ちていっているのではないか、そう思わせる暗黒に呑まれていく。

 

 

「……っ!?」

 

 

落下の途中、背後で何かが崩れていく音がした。

それは物同士がぶつかり合う音、何かと何かが混ざりあって崩落していく音、世界そのものに亀裂が出来て壊れていくような、そんな音色。

 

スバルの心中に一抹の不安がよぎる。この光景を夢だと判断を下したスバルだが、しかして本当に夢である確証が無かった。

夢───でなければ、どうなる。もし、これがホシノの異変に関わる事象で、死に戻りによる『世界線の移動』を体験しているスバルであれば、自ずと別の可能性へと辿り着く。

 

今、向こう側へと飛び出した事で、スバルの後ろにある全てが消え去ってしまっているとしたら?

 

 

「──」

 

 

決して、振り向かない、ここで振り向いてはいけない。

この現象が何であれ、『コレ』は奇跡なのだろう。彼女の言った通り、彼女の小さな積み重ねが起こした奇跡がスバルをホシノの元に引き寄せた。

間違いなく、小鳥遊ホシノを救う為に起きた奇跡を、振り向いて後悔にするなんて誰であろうと許されないんだ。

 

現実と何一つ変わらない夢が、夢である事を証明するのに必要なのは──。

 

 

「夢から、覚める事だけだ!!」

 

 

耳が音を拾わなくなるまで落下していく、遠く、現実であったモノを遠ざけて落ちて往く。

夢だと言おう、スバルだけが夢だと告げれるのだから、この都合の良い奇跡を夢だと突き放して、

 

 

「───っ」

 

 

落ちる落ちる、ひたすらに落下する。校舎は確か四階程度の高さしか無かったのに、既に体感落下距離は高層ビルの頂上から地面までの即死ライン。ソレを超えても更に落下を続けていると、不思議な感覚に襲われる。

 

──落ちているのではなく、『浮き上がっている』のではないか?と。

 

錯覚は更に酷くなっていき、次第に飛んでいる気分へと移り変っていく。スバルは飛んでいる、飛ぶと浮くの違いは何処か、落下と飛行の違いは何か、飛行という現象が浮力によるものなら魚は水中で飛んでいて、動く流体の中でスバルは浮いているのだから、スバルは今『飛んでいた』。

 

飛んで飛んで、ひたすらに飛んで。太陽にまで飛んでいってしまうのかと不安になり始めた頃に、

 

 

「ごぁっ…!?」

 

 

頬に鈍い痛みが走る、つけた勢いのまま顔面を強打して身体の飛行はそこで止まった。

なんだ、と倒れ込んだままの姿勢で周囲を見渡しても何も無い。何も無いはずだが、

 

 

「…なんだ、この場所…気持ち悪ぃ…」

 

 

「──マジで何処だよ…!?」

 

 

理由不明の、根源的な嫌悪感が喉を詰まらせる。

生物としての野生の本能の様なもの、この場所が自然なものではなく、生物として立ち入るべきでは無いと感じていた。

 

──それに、何もない、という訳でも無さそうだ。

 

 

「……あ?」

 

 

深淵のような世界で、ポツンと白い色が見える。

それは白というには汚らしく、白に付随するイメージとは程遠い弱々しさがこの漆黒の世界には似合っている。

 

 

「あれは──」

 

 

髪。

白髪、スバルの頭には生えていて欲しくないランキング上位の老いの象徴。絵的にはカッコイイと思うが、望んでいなくとも勝手に生えてくる点で大幅マイナス、余裕の赤点。

そして、髪がそこに在るという事は髪が生えている存在が居る、という事で、

 

 

「……」

 

 

地面に突っ伏してブツブツと何かを呟いている白髪に近づいていく、まだスバルが列車に、現実に戻れていない以上何が起きているのかは分かったものでは無い。

夢の番人か、それとも悪霊か何かか、それを判断する為に近づいて──。

 

 

「何故何故何故何故何故何故何故……何故…」

 

 

「何故!こんな結末に…!!」

 

 

「黒服め、黒服め黒服め黒服め黒服め黒服めッ!!小生のプロットを、小生のチャートを!貴様も世界の破滅を願っていた筈だろ!?」

 

 

「ここから修正出来るのか?いや…やるしかない、ホルスの神聖に引き寄せられセトは顕現しようとしている!まだ取り返しがつくはずだ…!」

 

 

「ナツキ・スバルは、あのチートは……ヒヒッ、何故だか知らんが気絶している!あのままならビナーの手によって奴は死ぬ!」

 

 

「だがどうする…コレが反転で無い以上、小生が出来ることは少ない。現実と夢想が入れ替わるまで時間が無い」

 

 

「おい」

 

 

「──!?!?!?!?」

 

 

まさか、と思った。そんな、と思った。

スバルの憤怒の対象、憎むべき狂人、あの地獄での嘲笑が脳裏に浮かび、響き渡り続ける。声を掛けられた男は驚愕しスバルの方へ振り向くと、己の胸を掻き毟るように掴み、息を呑む。

表情は正に「まさか、どうして、なぜ、そんなことが、不可能」様々な否定が織り交じる絶望を浮かべ、顔のパーツが全て時計だというのにその絶望は透けて見える。

 

 

まさか、と思った。そんな、と思った。

──スバルは、そんなまさか、と天を仰いだ。

 

 

 

「お前みたいな」

 

 

「お前みたいな奴が……お前なんかが……」

 

 

 

絶望した表情を見て、更に絶望したのはスバルの方で、

 

 

 

「お前が、地下生活者…なのか……?」

 

 

「ヒィッ!?!?」

 

 

 

出した事の無い底冷えた声は、小さく怯え縮こまる老人の心臓を冷やすのには十分で、

 

 

 

「ど、どうやってここに!?此処は、此処は混沌の領域だぞ!!?貴様の様な存在が立ち入れる場所では無い!!出ていけ!ここは小生のプレイエリアで!貴様は盤上に立つのがルールだ!」

 

 

「チートにも限度があるだろ!?し、小生にこのゲームで勝てないからと、直接攻撃など…!恥を知れ!最低限のマナーすらないガキが!!早くここから──」

 

 

「────答えろよ」

 

 

「ォ…」

 

 

「お前が、地下生活者なのか?」

 

 

「そ…れがどうした!?貴様がそれを知った所で何になる!」

 

 

「……」

 

 

「───」

 

 

 

スバルは──。

 

 

 

「なんにも、なんねぇよ…バカ野郎が」

 

 

 

深く、深く深く絶望する。

こんな男に、向ける憤怒も無いと。

胸に押し寄せてきた津波のような怒りが、何もなくなってしまったことに。

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