Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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『良かったな』

 

──身体を打ち壊すような烈火の感情が、冷や水を掛けられたようにしぼんでいった。

 

 

「卑怯だ…小生が勝っていたはずだ……卑怯だ、卑怯だ卑怯だ……」

 

 

「このゲームは……貴様の負けで…!小生の勝ちで…!!小生が真理を解き明かす筈だったんだぞ!?」

 

 

「『非有の真実は真実であるか』を、『死』と同じ形を持つ『苦しみ』によって解き明かす、その直前で!何故貴様の様な奴に!」

 

 

スバルの感情を表すとまさに鎮火した後の火事現場で、迷いが生じていた復讐心、その行き場のない怒りすらこの世から去っていく。

心象が穏やかになった訳でも、目の前の老人に慈悲を与えるわけでも無い。

ただ──やる気が無くなっただけだ。殺意を抱くのにも気力が必要なのは言うまでもなく、憤怒を抱くにも感情を本能の炉心にくべる必要があり、それをこんな男の為にする必要が無くなっただけに過ぎなかった。

 

 

「お前が俺をここに呼び寄せたのか?」

 

 

「そんな訳あるか!!貴様が勝手に──!」

 

 

「はいはい、んで……──言え。ホシノの身に何が起きて、ホシノがどうなって、お前は何が目的なのかは……今全部話したな」

 

 

「っ」

 

 

スバルの淡々とした物言いに顔を震わせる地下生活者は、頭の中で怒りが回りすぎて自分が何を先に発すればいいのかすら整頓できていない。

それを見て更に落胆と絶望を重ねる、この男には何も無い───誰もが持っていた瞳の奥にある感情も、胸に宿す決意も、勝ち上がる覚悟と野望も、命を懸けて何かを果たす高潔さも。

 

だがこの男は抗弁の余地がない最低の狂人でも無ければ、恨み骨髄、ここでスバルに殺されても当然──とするにも、

 

 

「ゲームだの、勝つとか負けるだの……それはお前の身勝手だ。現実とゲームの区別もつかねぇ引きこもりが一丁前に勝ち負けで物事語ってんじゃねぇよ」

 

 

「それともあれか?───ずっと現実じゃ負けて生きてきたからこんな所に引きこもって、必死にリアルで頑張ってる奴を笑うしか出来なくなったってワケ?」

 

 

「だ───だ、黙れ!貴様に小生の崇高の何が分かる!しょ、小生に向かって引きこもり!?死を知らない貴様如きが!小生がどれほどの代価を払ってこの場所に…!!」

 

 

「……はぁ、分かった分かった。お前と会話すんの無駄だな、生産性無さすぎて頭痛くなってきたわ…。いいからホシノについて全部話せ───お前の事は、それからだ」

 

 

「小生に指図するなァァァァァァ──!!!」

 

 

老人の激昂に、スバルは軽く身構える。

身構えて──その必要性が無いのに気付く。なにせ身体を身構えさせる程の怒りを見せた老人が選んだのは、その怒りに任せて殴りかかってくるわけでも無く、拳を握りしめ項垂れるだけ。

 

──勝利に拘る癖に、目先の勝利にすら手を伸ばせないのかこの男は。

 

何か足掻けよ、悪足掻きでも良い、ずっと殺したがってたんだろ。スバルに…ナツキ・スバルに手が届くではないか、何故そうしない。

なんで何もしないんだ、勝算の高い行動を取れ、せめて何か行動してくれ。

 

 

「───」

 

 

願っても願っても、地下生活者は動かない。

忌まわしき狂人がこんな道化であってどうする、喚き散らかすその姿を嗤ってやりたいのに、全ての死に報いる罰を与えてやりたかったのに。

 

 

「───」

 

 

──虚しいにも、程があった。

スバルは、心の片隅で地下生活者の執念を評価していたのだろう。執拗なホシノへの干渉、あらゆる手段を使ってスバル達を分断し、一つ目の障壁を乗り越えても二手三手を繰り出す知略。

死に戻りがあって良かったと、そう思わせられる場面を何度も何度も歩んできて、それでもと前に進んできた。

 

 

「消えろ!消え失せろ!小生の目の前から居なくなれ!!」

 

 

吐かれる罵声すら、スバルの琴線に欠片も振れない。

そのどうしようもない様子を眺めながら、スバルはひたすらに虚無に襲われる。コイツは本当に、これ以上何も無い存在なのだと、ゲームという型を通してしか物事を判断出来ないのだと。

 

まだ立てる足があるなら、動かせる腕があるなら、生きているのなら、スバルが地下生活者だとして──今からでも勝ち筋を産み続けよう。

それなのに『ゲーム』でなくなった瞬間、己が持つ次善の一手を動かそうともせず勝負を投げる。

 

 

「……現実から逃げてばっかだと、必ずどっかで躓くもんだな」

 

 

「っ」

 

 

「おい、地下生活者」

 

 

「──消えてやるよ」

 

 

「……は、はぁ?」

 

 

「出ていってやるって言ってんだ、この場所が何処であれ夢なのには変わり無いんだろ、なら目覚めてやれば俺はお前の目の前から消えてやれる。その代わりの条件だ───お前が知る限りの知識で状況を説明しろ」

 

 

スバルは提案を持ち掛ける。この男の狂乱を沈めない限りは、ホシノの安否や現状の把握は難しい。

カンナが残ったとはいえ、カイザープレジデントが大人しく掴まっているとは限らないし、シロコ達もホシノの元まで辿り着けているのかもまだ分かっていない。

 

人差し指をピン、と立てたその指を地下生活者は見つめ、満足げといった様子で元のニタニタとした笑みを取り戻し頭を縦に振る。

 

 

「ヒッ、ヒヒッ…!そ、それでいい!アレの状態を知ったところでどうにもならない!貴様が居るべきは盤上なのだから…ヒヒヒッ…」

 

 

「……」

 

 

「ヒヒッ、小鳥遊ホシノに今起きている事は…──テクスチャーの崩壊!!古き神々の、正真正銘の顕現!」

 

 

水を得た魚のように、地下生活者は雄弁に語り始める。

それはまるで新しいオモチャを買ってもらった時の子供のように、理性が薄れていくのがありありと分かる様で、

 

 

「反転による神聖の顕現では無く、小鳥遊ホシノが宿す神性そのものが形を成そうとしているのだ!『生徒』という殻は、所詮古き神々を納めるだけの器に過ぎない。だが……ミメシスによる影響で、小鳥遊ホシノは自らの神秘によって現実を──自らの願いを成就せんと夢と現実を反転させている、そう遠くなく小鳥遊ホシノは……神へと至る」

 

 

「分かるか?このような『学園』のテクスチャーを貼り付けた箱庭では無く、貴様に立ち塞がるのは原初の神の力!世界は神の手中にあり、神の内に存在する夢想だ、神なくしては何ものも存在しえず、また理解もされない」

 

 

「…ミメシスってのは」

 

 

「ヒヒヒッ…我らゲマトリアの秘術の一つ。歓喜と絶望、記憶の形質を世界に再現せし技法…」

 

 

「っ…誰の、何の!何を再現した!」

 

 

──そのスバルへの返事を聞いて。

最初から間違えていた。怒りが静まったとしても、コイツは顔が歪に笑いの形になるぐらい不遜で、どうしようもなく最低で、呆れるぐらい下劣で、信じられないぐらい厚顔で、救いようがないぐらいの悪党なのだと。

 

 

「──梔子ユメ」

 

 

「────」

 

 

最初から──こうすれば良かった。

説明も何も無いその単語の一響きが、怒りの結果が虚しくとも、スバルにはこうする理由になる。スバルはここに至る過程があって、スバルには、

 

 

「ヒッ、ヒヒッ……──ヒッ!?」

 

 

「テメェは!いっぺんッ!!歯ぁ食いしばりやがれェッ!!」

 

 

拳を振るう理由があった。

何十、何百、何千と重ねた経験が、スバルの拳を加速させる。

腕だけでなく、体を動かしてねじ込むように。

手を打ち付けるのではなく、地面に立つ自身の重さを叩き付けるように。

この拳を、悪党に向けた時───父親に、叱られないようなパンチを。

 

 

「ごぼッ──!」

 

 

「実験がしたいなら自分の身体で勝手にやってろ!お前の望みが人を傷つけてしか叶えられないなら、その責任ぐらい自分で背負え!!」

 

 

殴り飛ばして倒れた地下生活者の、その面を殴り続ける。

鎮火していた筈の怒りは嘘のように沸き上がり、地下生活者の顔の時計が割れてその破片が拳に刺さっても尚、怒りが身体を突き動かす。

 

心中にあるのはただ一つ──『お前なんかが』。

 

 

「お前の自己満足で!お前の訳わかんねぇ願いで!!お前なんかのせいでホシノ達が死んで!!」

 

 

「おぶッ、おごっ!?」

 

 

「ゲーム!?──ふざけんな!!!何が!何がお前にはゲームに見えてんだ!?みんな、みんな現実に生きてんだよ!」

 

 

「か゛はッ…ぉ゛…ま゛て、小生だけじゃ……黒服が…──」

 

 

「──アイツは契約を破らねぇ、それがアイツなりの大人としての責任だ。お前には『選択』ってのがあった筈だろ、黒服が何かしらお前に見せた時に」

 

 

「ぅ」

 

 

「その責任を、お前は背負わなきゃダメだ」

 

 

「く゛…そ゛、ク゛ソっ、クソックソックソックソックソッ──!!貴様に何がある!?小生には崇高な──ぶぉえ!?」

 

 

──地下生活者は人生で始めての経験をしていた。

それはただひたすらに自身に向けられる純粋な暴力、混沌の領域に身を潜める限り晒されない野蛮で下劣な行為を、よりにもよって理解不能で愚かだと嘲笑っていた男に施されている。

 

探求の延長線上でしか無かったゲームの登場人物が、あろう事か自身に向かって能弁を垂れる等、許されない許さない許された事では無いのだ。

上から痛い、下から痛い、左から痛い、右から痛い。四方八方から襲いかかる拳に為す術が無い。

どんな言葉を吐いても、どんな憎悪を吐いても、何をしてもナツキ・スバルが止まらないのを身体で味わって──恐怖した。

 

 

「───゛゛」

 

 

痛みに悶え、声にならない呻きを漏らす。

新たなコデックスを教えられた時は、それによって六つ目の古則を確かめられる幸運に、ただただ感謝していたというのに。

あれだけ苦労した小鳥遊ホシノの反転は黒服により別のものへと変えられ、『ゲマトリア』たるベアトリーチェに利用されるだけ利用され尽くし、口やかましいチート使いのクソガキに殴られ続け、何故か自分だけがその負債を背負わせられている。

 

おかしい、こんな筈じゃなかった。こんな思いをしたくないから混沌の領域に居るのに、過程に、その苦しみに意味を見出したかったのに。

 

 

──怖い。殴り殺されるのか?このまま、この男に?

 

 

──死ぬ?

 

 

 

「が」

 

 

「がぁぁぁぁっ!!!」

 

 

「……」

 

 

そんな事、許されなかった。

もう、もういい、もう外聞も恥も関係無い。殴られたから殴り返してやる、殺そうとしてきたのだから殺してやる、自分を舐めたクソガキに───。

 

 

「ぶへ゛っ…ご、ぎざ…ま゛ぁ゛!こ゛ぉえす゛ッ゛!!」

 

 

「──これで漸く、分かっただろ」

 

 

「……?」

 

 

「お前がやってきた全部、お前が弄んできた『死』がどんなものか」

 

 

「な゛に……を゛……ひを…──しを、し゛らないぎさまが…」

 

 

「丁度いい、そろそろ目覚めなきゃだし……目覚め方も、一つだけ覚えがある」

 

 

眠くなった時には頬をビンタしたり、腕を抓ったり、なんにせよ目覚めのパターンはある程度決まっている。

現実かどうかも分からない夢から起きる為には、更に大きな衝撃を。

 

 

「お前も耳かっぽじってよく聞いとけよ」

 

 

発想は駆け抜けた一瞬、根拠は頼りにならない直感、スバルがこれから行う事が正解なのかは神すら当てれず──でも、

 

 

「俺は」

 

 

スバルは知っているから、コレは決して抗いようのない呪いなのではなく、誰かからの温かい抱擁であることを。この胸に残る記憶が───一つたりとて喜ばしいものでなくとも。

 

 

「死に戻りをして────!」

 

 

このどうしようもない世界の中で、スバルだけでは拾いきれなかった選択肢の数々へ手を取り合せてくれるこの力を、スバルは祝福と呼び続けよう。

 

 

 

「────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──目を覚ます。

 

目を開けて、激しい揺れに襲われながらもスバルの身体を包む甘い香りと、頭の下にある柔らかい感触に快眠していたのだと、睡眠中の自分をイメージする。

 

 

「ん……んぅ…」

 

 

「──!」

 

 

体中を軽やかな自由感が駆け巡る。先ほどまでの頭痛は鳴りを潜め、身体の節々にから痛みが抜けていた。

怪我が治った訳では無いのに、妙な軽快感がある。まるで数日、最高級のホテルでぐっすりと惰眠を謳歌した後のような気分だ。

 

 

「あ~……──えと、ノノミ…」

 

 

「ナツキさん!お早うございます~!☆」

 

 

「う、うん。おはようなんだけど…──なんで膝枕?」

 

 

「あら、疲れ果てた大怪盗さんが安心して眠れるようにするのは変な事でしょうか?硬くて冷たい列車の座席に横にしておくわけにもいきませんし…」

 

 

「その呼び名は──」

 

 

「ふふっ……ナツキさん。忘れません、私を連れ去った世紀の大怪盗の事」

 

 

「………」

 

 

「わっ、お兄さん凄い照れてる~」

 

 

「元気になったー?」

 

 

──何も起きていない。

誰も、欠けていない。ビナーによる被害は無く、依然として状況は変わっていない。

 

 

「元気元気、歯に挟まったスルメイカが取れた感じ」

 

 

「何それ、お兄さんにしてはセンスないねー」

 

 

「──ふっ」

 

 

「んー?お兄さん、寝てるときにいい夢でも見たのー?」

 

 

「ヒカリの言う通りだよ、ちょいとばかし、な」

 

 

まぁ、そりゃ流石のスバルも今ギャグセンスを脳みそから絞り出せる自信は無い。

 

 

──何せ。

 

 

夢の中での出来事に、何一つ笑っていられるものなんてなかったし。

一通りの事が終わってみれば、スバルにとってあの老人の事など明日になれば忘れているだろう。

 

 

それでも、それでも何か、掛ける言葉の一つでも見繕ってやるとするのなら、

 

 

 

「願いが叶って良かったな、って思ってさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──目を覚ます。

 

目を開けて、暗い暗澹が差し込んできて、思わず顔をしかめた。

そして、体中から湧き上がる灼熱が如き苦痛に身じろぎをしようとして、指先一つの自由すら無いことに気が付く。

 

痛い、痛い痛い痛い痛い。冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい。なにが、なにがおきて、記憶が、ここはどこだ。

 

 

『ここは──』

 

 

地下生活者はかろうじて動く首から上を使って、自分の身に何が起きたのかを必死に必死に把握しようとするが──襲い掛かる苦痛が思考を練り上げさせてくれなかった。

ほんの少し前の記憶だけ、気絶する前の一瞬の記憶を思い出す。ナツキ・スバルに混沌の領域へ侵入された後、残虐にも暴力を振るわれ続け──。

 

 

『──?』

 

 

何かを、呟かれた。

 

それだけを微かに記憶していた。何か、未知の、恐怖の、理解不能の、証明不能な恐ろしい何かを呟かれた。

 

 

 

『──!?』

 

 

 

 

──そして。

 

 

 

 

「あぇ」

 

冷たいコンクリートの感触を後頭部に味わい、自分が仰向けに倒れている事がわかる。

痛みによって身体が硬直し、生き残る為の行動を取ろうにも思考に反して身体は全く動いてくれない。

ただひたすらに、臓腑を煮られる様な感覚に襲われている。

 

 

――熱い、痛い、苦しい、冷たい、寒い。

 

 

『────』

 

 

「ごポッ…──」

 

 

こぽこぽと喉が鳴る、それは息をしようにも喉を塞いでいる血の塊が吐き出せていないからで、肺に空いた穴が咳き込む事すら許してはくれないのだ。

自分の口から流れ出るまでもなく、身体に空いた隙間から隙間風が通り過ぎるのを感じると、床に赤一色が広がっているのも見える。

 

 

――俺の中に、こんなにも血が巡ってたのか。

 

 

『なんだ、これは』

 

 

「……」

 

人体の神秘、どう考えてもこのナヨナヨした身体に入り切る量では無い血の海が広がっていく。

保健体育の授業で習った気がする、成人近い人間の肉体には約六割の水が流れていて、それで血の量が……。

 

 

──なんだっけか、思い出せない。

 

 

『なんなのだ、これは』

 

 

初等教育すら忘れる自分に目眩がする、それか血を失いすぎて目眩がする。

そうだ、確か人体の三分の一の血が失われたらヤバい筈、もう全部抜けきってる気がしなくも無い。

 

 

「──ヘイローが無い?」

 

 

今自分がどれだけ死に体であるのかを理解すると、身体から力が抜けていく、三途の川でバタフライでもしている様な高揚感は、死にかけるとアドレナリンが大量に放出されるというアレであろうか。

だが、確かに身体から感覚は失われ、ヒュウヒュウと吹いていた身体の隙間風も遠く感じなくなって消え去っていった。

 

 

──ああ、死ぬのか、俺。

 

 

『何が起きている』

 

 

消える意識からは、魂が他界しようとしているのを感じる。

天井のシワを数えていればすぐに終わるこの時間で、特別何かをする意欲は無かった。

銃で撃たれれば人は死ぬ、そんな当たり前の事があるのに襲われた自分はどうしようも無かった、仕方なかったのだと。

 

 

「…──バル」

 

 

そんな事も理解出来ない狂人に、殺戮者に襲われてしまったのならば、そこに『死』以外の結末は無い。

 

ただ『死』を目の前に願ったのは――彼女が今後救われて欲しいという事だけ。

 

 

「──ないで」

 

優しい羽が触れるような、優しい音色が聞こえた。

 

記憶に新しい声、空耳かどうかも分からないが、きっとすぐ側に来てくれている。

その声は頼りになる、安心出来る、心地よい感情が溢れてくる。

 

だから――。

 

 

「……っていろ」

 

 

近付いてくる『死』を、魂から引き剥がし叫ぶ。

今冷たいコンクリの上に寝転んでいるのは、失敗した人間の、盲目的で愚かな人間の取り返しのつかないミス、俺のミスのせいだ。

 

 

だが、それでも――。

 

 

「俺が、必ず――」

 

 

――お前を、救ってみせる。

 

 

 

『これは一体!何が起きているんだァァ!!!』

 

 

 

次の瞬間に彼――ナツキ・スバルは命を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──死んだ。

 

 

死んだ、死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ。

 

 

 

──死んだ。

 

 

 

『あぐぁ……あ、あああああああああ!!!!!』

 

 

 

脳裏にあの苦痛が焼き付いて離れない。

奥歯が震える、脳髄が削り落とされる、脳をひっくり返して、中に詰まった血を抜かなければ。肺にたまった血を、撃たれた傷を、抉られた肉体を。

死んだ?死んだ、死んだのか?『死』?まさかあの『死』か?今経験したのはソレか?そんなはずが無い、あり得ないだろそれは。

 

 

死んだ?死んだ??死んだ???馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な。

 

 

 

『ああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!」

 

 

 

──絶叫は、誰にも届かない。

地下生活者の悲痛な叫びは、全力のSOSは、どこの誰にも届かない。

 

 

──そして、物語は身勝手に動き始める。

今経験した『死』を否定する間も無く、『死』を受け入れるより前に。

 

 

 

「呆けて馬鹿みてぇな感想言ってる場合じゃねぇよな、えっと、…──やっぱり『は?』だわ」

 

 

 

精神だけが、見覚えのある少年に縛り付けられて離れられない。

 

 

 

「そう、数時間前……夕日、もう太陽が降りてた頃なのに…」

 

 

「…日が高ぇ」

 

 

『ううううぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛』

 

 

──気持ち悪い。

 

 

「足の傷…無ぇな、俺の身体の隙間風も塞がってる」

 

 

――今になって、失った命の冷たさが身体を這いずり回る。

 

 

「ぅ……ぉえ…」

 

 

『何が、一体……』

 

 

『「どう、なってんだよ…」』

 

 

弾丸が臓腑を貫いた感覚を覚えている、肝臓が破壊され、胃に物理的に穴が開き、肺は別の呼吸口を作られた。

今の気持ちを表すと痛い、苦しいというよりは、

 

 

──気持ち悪い。

 

 

今生きてる自分が気持ち悪い。死を実感した後も、なぜか二本足で立っている自分が気持ち悪い。

 

あの苦しみも、あの痛みも、あの冷たさも、記憶にあるだけのモノであるのが気持ち悪い、ナ■■・スバ■は確かにあの時間を過ごした筈なのだ。

永劫に続きそうな命の炎が消えゆく瞬間、『非有の真実は真実であるかは解き明かされない古則』だった筈だったのに。

 

 

『「…体調は万全も万全、チョベリグで最高だ」』

 

 

『「……」』

 

 

『「──そうだ、日時を…」』

 

 

嫌だ、いやだやめてくれ。もう分かった、死の苦しみは分かった。小生はただそれを観測したかっただけで、こんなものは望んでいない。

 

 

 

『「……取り敢えず、聞き込みしてみるか」』

 

 

『「あ、悪ぃ…ちょいとばかし聞きたい事が…──」』

 

 

「ふ、ふ…」

 

 

『「ふ?」』

 

 

「不審者だーー!!?銃も持ってない変態だぁー!?!?」

 

 

『「あ!おい!ちょっと待てって!!そう、これには特別な事情があってだな!お前が考えてるよりもずっと特別でそれはそれはマリアナ海溝より深いワケが…!」』

 

 

「イヤーー!!?寄らないでぇーー!!!」

 

 

『「だからそんな悲鳴をあげな……く、て…」』

 

 

──パンッ。

 

 

『「も……」』

 

 

同じ感覚、同じ痛み。

 

 

一度経験した感覚を、人は反射として記憶するが故に。

 

 

その感覚を地下生活者は確かに覚えていた。

 

 

『「──?」』

 

 

──そうして、再び■■■■■の身体に風穴が空く。

 

 

『「かっ……ぁ、ぁ?ぁ……」』

 

 

「キャーッ!!……って、え?ええ?え???」

 

 

『「おま、おま……え…ーーなに、して……」』

 

 

一発の弾丸は的確に■■■■■の急所、心臓を貫いて、空いた穴は命を終わらせにいく。

 

意識が抜け落ちるスピードが尋常ではない、幸運にもまだ動けたあの時と違って、■■■■■の『命』を撃ち抜かれた。

 

冷たい冷たい感触に、熱い熱い命の水溜まりを広げながら……。

 

 

『「……」』

 

 

■■■■■は、命を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──』

 

 

もう嫌だ。

もう分かった、『死』がどんなものなのかも、自身が把握していたものが何一つ中身のない空虚なものだったのも分かった。

 

反省した、ナツキ・スバルに手を出したことが過ちだったという事も理解した。自身がどれだけ死を侮り、侮辱していたのかも理解した。

 

だから。

 

だから、許してくれ。

 

だからもう、許してくれ。

 

 

『い……──やだ』

 

 

『もう、死ぬのは……』

 

 

『嫌だ……』

 

 

──理解する。

これは、ナツキ・スバルの記憶の再体験だ。

 

おかしいと思った、この世のどんな手段を使ってもゲマトリア以外の存在が混沌の領域に足を踏み入れられるのは、『例の箱』か『死』に関連する神性を有する者のみ。

次元や時間、実在の有無が確定しない混沌の領域で何も持たない囚人が侵入できる訳が無い。

 

人間はいつか死ぬ、それは不変の真理──だが、それは『死』が絶対的であることが前提として律されているものであり、奴は、ナツキ・スバルは、

 

 

 

「……」

 

 

「な」

 

 

「なんっ、なんだよ…!!」

 

 

「何だよコレッ!?」

 

 

 

この世の根底を覆す、超越者。

こんな事間違っている、アレは間違った人間だ。根本的に何もかもが間違えて産まれてきた怪物、自身の消失をただの人間が受け止められる訳が無い。

神秘を、神性を宿す生徒ですら『苦しみ』の果ては反転という末路に至るというのに。

もし、もしも、ナツキ・スバルが『死』をやり直し超越する権能以外に、なにも有さないというのであれば、己は、小生は、俺は、■■■■■は──。

 

 

 

「あいつ、あいつッッ!!」

 

 

 

ナツキ・スバルの怒りを、その身をもって味わいつくすことになる。

千を超える、壮絶な死を。

 

 

 

『やめろ』

 

 

 

「──あグッ…おぁ…」

 

 

「ぁぐッ…──クソ…!」

 

 

 

『やめろ』

 

 

 

「クソッ、クソっ、クソッッ!!」

 

 

 

『嫌だ!!やめろ!!!』

 

 

 

目の前に、黒い球体が落ちてくる。

 

 

最期に視界に捉えたモノを眺めながら。

 

 

 

『嫌だぁぁぁっッッ!!!』

 

 

 

ナツキ・スバルの瞳の水分が蒸発する。

 

 

 

『ひぃ゛ぁ゛……──ぁ』

 

 

 

三度目の死を、スローモーションになった世界で存分に味わいながら、その最期の瞬間。

自身に降りかかる苦痛の原因を探し、こうなってしまった理由を探り、脳細胞のニューロン一つ一つが烈火のように燃え盛りながら、

 

 

 

『ぁ、ぁぁ……ぁぁぁ!!!そうか──しきさ』

 

 

 

──その日、■■■■■は何処の、誰にも気づかれることなく、自身が選択して身を隠していた空間の中で、記憶の牢獄に囚われ続け。

 

 

そしてまた、記憶の世界で『■■■■■』はこの世界から形を失った。

 

 

 

 

 

 

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