Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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『私の口癖は貴方のもの』

 

──誰かの幸せを願う。

スバルはほんの些細な善行を努めている子供を見ると賞賛を送りたくなる。例えば、信号を渡ろうとしているおばあさんの手を握ったり。

その時に、例えばおばあさんが助けを求めていなくとも、善を成そうとする気持ちがこの世界に漂うだけでも、正しいのだと。

 

だからこそ。

『助けたい』は癖になりやすい。己の信じる善行を施せば、その人は『助けられる』のだと思い込みやすい。

スバルの初期症状はまさにそれで、考えてみればみるほど『助けたい』が癖になっていた。

 

それを悪いことだとは思わない、誰かの幸せを願う事で、誰かの幸せになる事だって別に不思議じゃない。

 

 

「ホシノ───!!」

 

 

崖から飛び降りる、恐怖はない、例え落下して死ぬ距離だとしても微塵も歩みに恐怖は混じらない。

数多の死が、数多のナツキ・スバルの残骸が背中を押す。ナツキ・スバルの『助けたい』は正しいと。

漸く──ここまで来た。ここまで辿り着いた、それはこの状況の事では無い、『ナツキ・スバル』という個人がアビドスを背負えるまで、大きくなれたんだ。

 

背負わせてくれ、背負わせて欲しい、助けたい、助けてあげたい、救いたい、俺が救う。

 

ナツキ・スバルが、ホシノの幸せになる。

 

 

『救いに行ってきなよ、お兄さん』

 

 

『スバル!戻ってきたら怒るからー!』

 

 

先陣は任された、先鋒を託された。いつも通り、ナツキ・スバルは将棋の駒でいう歩であり、チェスでいうポーン。

ならば夢の牙城はここで壊す、壊れかけた夢をぶっ壊して、新しい夢を作ってやらなきゃ。

 

 

「みんなで、笑顔で飯食うんだろ。ホシノ」

 

 

「────」

 

 

「なぁホシノ!!受け止めてくれないと俺死んじゃうかもな!」

 

 

「───……ぅ」

 

 

過去最高の自由落下、何一つ怖くないさ、ホシノが居るんだ。

シロコはちょっぴり乱暴だから、スバルにとっては恐怖のジェットコースター過ぎてちびってたけど、ホシノは優しくてカッコイイ先輩。

──寝ながら、俺の事なんか片手間に救えるさ。

 

 

「だから!頼む!」

 

 

「───あ、ああああああッ!!」

 

 

「っ…無茶し過ぎよ…!」

 

 

目の前の全てが、宝石の様に映る。

たとえ何度死に戻りしても、この愛おしさを手放すことは無い。ヒナも、ホシノも、全部が綺麗な宝石みたいに映って──。

ナツキ・スバルは、その美しさを守る為なら何でも出来てしまう、みんなの為の騎士なのだから。

 

その人にはなれない、救世主にもなれない。でも、この命ある限り、ナツキ・スバルはその輝きを胸に抱き続ける。

 

 

「また」

 

 

彼女達の輝きを信じているからこそ、スバルは一度手にした勝利の方程式を擦り切れるまで行い続ける。同じ方程式を、何度も何度も、何度も何度も何度も何度も。

その通りにならなかったら?それがスバルの勘違いだったら?

 

──それについては、安心して欲しい。幾千の死に戻りの中でも、

 

 

 

「また、俺の勝ちだな。ホシノ」

 

 

 

ナツキ・スバルはまだ一度たりとて、『小鳥遊ホシノ』への勝利の方程式から、道を外れたことは無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……驚いた」

 

 

何か策があると思っていたものだと、ヒナは目を丸くして胸を撫で下ろす。

まさか意識も無い暴走した人間を頼りに、あの高さから飛び降りるなんて、何の確証があればそんな事を出来るのか。

 

普通の人間なら、何も難しい話では無い。だけどスバルはキヴォトス外の人間で、到底飛び降りる事が日常にあるとは思えない。

だが、狙いがあったかどうかはおいておくとして、スバルの狙い通りにホシノはスバルを受け止め沈黙した。

 

信頼とはある種呪いのようなものだ、それは自分に掛かっている期待や信頼を風紀委員の長として味わっているからよく分かる。

そして、その呪いを自由自在に操る人間を二人知っている。

温泉開発部の部長と──ナツキ・スバルだ。

 

 

「…スバル」

 

 

酷い有様だ。1週間前にお腹に穴を開けられたのにも関わらず、命を狙われながらここに足を運び更に負傷を重ねて。

 

寝れていないのだろう、近づいて様子をよく見てみれば酷いクマがベッタリと貼り付けてあった。捲れた服の下は包帯でグルグル巻きで、右腕にはセナが必死に治療した跡のギプスが少し砕かれた状態で放置されてある。

 

こんな有様を見れば彼女は本気で怒る、そう思いながら目尻を柔らかく下げ、しゃがみこみ静かに寝転ぶ二人を膝の上へと寄せた。

 

 

「よく、頑張ったわね……」

 

 

この世界の、誰がこの状況に身を置かれたとして…ここまで辿り着けるだろうか?

──無理だ。ナツキ・スバル以外、誰にもそんな事は出来ない。

 

他の誰にも、ナツキ・スバルは真似出来ない。スバルの努力を、献身を超えるものは存在しない。この状況に置かれるのが例え自分だとしても、彼以上に全てを上手く出来る気がしない。

皆、自身の事を信頼している。風紀委員の委員長として数百数千の期待と信頼、呪いを背負っている自分ですら、スバルには遠く及ばない。

 

だから、自分だけでもスバルに頼られる存在になろう。ナツキ・スバルが背負う呪いを、ほんの少しでもいい、肩代わり出来る相手に。

 

 

「スバル──」

 

 

「私は…貴方の事を英雄だなんて、呼ばない」

 

 

「この先スバルが何をしてもどんな事をしても」

 

 

「ナツキ・スバルが、最初私に必死に助けを求めただけの、普通の男の子だという事を」

 

 

「私は、忘れない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──学校の屋上?

 

 

「……」

 

 

あれ、私…何してたっけ。と、思いながら目を擦る。風に混じった砂と一緒に擦ってしまったせいで、凄く痛くてショボショボするけど、気にせず涙で洗い流す。

 

目が覚めた、つまり寝ていた。頭にはてなマークを浮かべる。奥歯を擦り合わせながら身体の調子をチェックして、

 

 

「……?」

 

 

「……何処だろ、ここ」

 

 

「何処だろな、ここ」

 

 

「──スバル」

 

 

──知らない人の、名前を知っていた。

知らないはずだった、知らないのなら名前を知っている筈がない。けれど名前を呼んだということは知っているということで、ホシノはそのパラドックスに顔を顰めた。

 

 

「少し、歩こうぜホシノ。俺も走り疲れたし」

 

 

「うん」

 

 

きっとここは、夢の中で。

私は、見知らぬ男の子の手を取り、学校の階段を降りる。

男の子は疲れたと言って、本当に疲れたと一目で分かるぐらいには疲弊していた。

 

歩く、と言ってもここは屋上で、夕日に晒されながら屋上を歩き回るよりは教室で涼んだ方がいいと思いその事を口にしようとして、少年に指を唇に当てられた。

 

 

「……」

 

 

それはあまりに、不意な事で。

戦闘経験を積み重ねた自分にとって、不意打ちされる事は恥に近い。少年からの『不意打ち』を受けて、頬を赤らめる。

それが恥であるからなのか、ただ単に恥ずかしいからなのかは分からない。

 

 

「屋上の景色でも楽しもうぜ?」

 

 

「──うん」

 

 

差し出された手を握りながら、屋上の眺めを堪能する。すぐ間近に知らない知っている怪しい人間がいるというのに、身体は拒絶せずにいた。

景色を眺め、その暖色の世界に心を奪われる。

憎い砂の一粒一粒が宝石みたいに輝く世界は、自分の知っているものと大きく違って見えた。

 

この気持ちを伝えようとして、隣の少年へと振り向くと───顔同士が間近になる。

 

ということは、少年もこの景色に思う所があってこっちを向いたのだろう。視線が熱く交わる距離で、はにかむような笑いを互いにあげて、

 

 

「ホシノは可愛いな」

 

 

「急にどうしたの〜…恥ずかしいよ」

 

 

「事実だからしゃあねぇ、つーか、嬉しい?ホシノが景色を見て笑ってるってのが」

 

 

彼がそんな事を口にした時、どんな意図があってそんな事を言い放ったのかは分からない。

それぐらい普通の事だ、綺麗な景色を見たら美しいと思う。それぐらいの普通の事を嬉しいなんて言う人間の方が珍しい。

 

それになんというか、絶妙に話が合わない。

さっきから、知らない子を知っていて、知らない記憶がジワジワと思い浮かんでくるのだ。

 

二つの記憶、二つの思い出。ユメ先輩が教室で寝ているから、暇になりここに来た筈なのに、全くその実感が無い。

 

 

「なぁ、ホシノ」

 

 

「───」

 

 

「後悔……って、結構するけどさ」

 

 

「全部どうでも良くなるぐらい苦しんで辛くなって、頭の中真っ白になる後悔…した事あるか?」

 

 

「そんなの…無い、かな」

 

 

嘘だった。

先輩が生きていて、私は後悔を捨て去った。けど捨てるには後悔が有る事を自覚しなきゃいけない。

この瞬間にだって、後悔を思い出そうとして、苦しくなって消えていく。

 

 

「へー?なんだよ、俺が後悔まみれでホシノが無いのは不公平じゃね?」

 

 

「でも無い人は無いでしょ、それはスバルが弱いだけ」

 

 

「ひっでぇな…!?でもその理論で言うと俺より弱いホシノは、俺より後悔が多いって事!墓穴掘ってら!」

 

 

「……スバルの癖に、失礼な口ばっかり叩くね。軽口もいいけど、先輩にその態度するなら一度徹底的に…」

 

 

する必要もないか、とホシノは握り拳を沈めていつも軽口と冗談ばかりの彼に飽き飽きし、無駄な怒りを沈める。

別に不快な訳ではない、気分が悪くなる訳でもない、ただ何処か…自分の発言にモヤモヤする。

 

──嘘をつく理由が無いからだ。

今の自分には、今ついた嘘をつく必要が無い。

なのに何故、嘘をついたのか。その理由が分からないからイライラしてモヤモヤしている。

 

訳の分からない自分の感情に、頬をかいて頭を悩ませるホシノの肩に、スバルは手を添える。

 

 

「──駄目なんだよ」

 

 

「…?」

 

 

「駄目だ。自分の願いじゃないものに後悔を重ねんのも、自分ですらないものに憧れ続けんのも」

 

 

「そうなりたい、そうでありたいって願うのは、その相手自身の姿じゃなくて」

 

 

「──そうなれた、自分自身の姿だろ?ホシノ」

 

 

考えることを、辞めたかった。

彼からそう言われた言葉の意味を、感情を理解したくて必死に考える。それを止めたかった。

 

理解したくない、分かりたくない。何か決定的で致命的な何かが、分かってしまうから。

 

 

「ホシノ、好きな食べ物は」

 

 

「っ…?」

 

 

「行きたい場所は、欲しいものは」

 

 

「スバル…何言って…」

 

 

「好きな物は?ホシノ自身が叶えたい夢は?」

 

 

「スバル──」

 

 

「ホシノが、自分の為に自分にしたい事。それを教えてくれ」

 

 

──頭の中がパンクした。

爆発して爆裂して収縮して起爆して膨張して弾け飛んで。

 

少年の問いに答えようと答えを探す。

 

 

「アビドスを…元に…戻す…」

 

 

「それはユメの願いだろ」

 

 

「……ユメ先輩みたいな、先輩に…ユメ先輩が言ってた、後輩を守れる先輩になって…」

 

 

「なって、どうするんだ」

 

 

「なって………」

 

 

「………──なって」

 

 

「─────」

 

 

脳内信号のエラーは、到底自分に耐えられるものじゃなかった。

まさか、そう思う。まさか、自分と同じぐらいの年齢の相手にこうも自分を暴かれるとは思っていなかったからだ。

 

自覚したくなかった場所を、認識すらしたくなかった無様を知られたくなかったけど。

 

──少年は、既に私の正体を知っていた。

 

 

「ホシノ」

 

 

「ホシノがなりたい先輩になって、どうしたいんだよ。何がしたいんだ、何をして、どんな事をホシノは叶えようとして───」

 

 

「叶えて、叶えた後は?」

 

 

「……………」

 

 

「──そうか、ああ、そうだよな」

 

 

「分かってた、何回、何百回、探しても探しても答えが見つからない訳だ」

 

 

『小鳥遊ホシノ』という空白のページ。

幾らでも、何でも書ける、素敵で自由なノート。

そんな空白が乗ったノートから、スバルはずっと答えを探そうとしていたけれど。

 

 

「何も」

 

 

「何も無い。それが、ホシノだ」

 

 

── ナツキ・スバルは、空白を答えとしてしまった、『小鳥遊ホシノ』という少女の悲劇を、理解してしまう。

 

キラキラとした笑顔で、未来に希望を願う麗らかな少女が提出した将来の夢を書いた道徳の教科書は。

 

他の誰かの中身を、そっくりそのまま写したものだったんだな。

 

 

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