今回から列空けの行数を変更させていただきます、以前の方が見やすかった方は申し訳ございません…!
自分以外の誰かの、苦しみを理解しようとしても無理だということは、それを具現化したような代物である死に戻りがあろうとなかろうと、分かっていた事だ。
ぬるい溜息を吐いて、世界を分断する夜と夕焼けの境目に目を合わせ、目を閉じて開くその間にも、その幻想的な世界が崩れてしまいそうになっている。
難しい事はやめにしよう、もう一度深く息を吐くスバルの頭に浮かぶ策は一つ。真っ直ぐ行って、ホシノの手を握ることだけ。
──元よりスバルに出来ることはずっと一つ。信じて、信じて、信じる。自分が存在している世界は、こんな悲しいものではないと。
「どこまで行っても現実逃避…って、言われても俺は首を振る、振ってやれる、ホシノを肯定出来る人が、沢山いる」
分かる、と信じる。助けられる、と信じる。どうしようも無くとも、何をしても意味が無くても、そう『出来る』と信じる。分からないを『分かる』と思い込むただそれだけが、スバルは出来て、ホシノはそれが出来なかった。
スバルと同じ少女が、唯一スバルと『同じ』じゃなかったのはそれだけ。
「…………」
鮮やかすぎる記憶は、その人から現実を奪い去る。ホシノは前を向こうとする度に、思い浮かばせた記憶がその足を掴んできた。
振り払うには、愛おしすぎる。無かった事にするには、美しすぎる。
だから──小鳥遊ホシノはここにいる。
どうしようも無い『死』という絶対を前にして、ホシノが立ち止まってしまったのは仕方が無い。
そこから先に、動こうとしないのも…仕方ない。
避けられない終わりを見据え、ただそこに向けて歩こうとするのも仕方のない事なのだ。苦しみの本質が無理解である限り、全ての行動は正解で、そして正解だからこそホシノはその結果も受け入れていた。
唇を噛み締めて、地面に拳を叩きつけ陥没させる。
朽ち果てるような眼差しでスバルを睨み付け、スバルの襟元に掴みかかった。
「思い……出したよっ…!ここに私の背中を押して送ってくれたのは…スバル、だもんね…!」
「……」
「後輩の前で、私は全てが無駄だったなんか言えない。スバルの言う通り、私はここまで頑張った全部、無駄だなんて思ってない」
「全部話したよっ……もう、全部…!スバルが私の空っぽな中身を否定してくれたから!全部!」
「フリをしてるのはお互い様で、スバルは分かったフリしてここに居る、私は分からないフリを続けて、こんな所まで来た!全部暴かれて、まだ私に何か───!」
「ユメに、頼まれたんだ」
「は」
──それは、有り得ない返答だ。
ここが夢だと理解した。そして死人は生き返らない、だからこそスバルがユメ先輩に頼まれた、なんて。
「助けられるって信じてる、そう言われた。きっと俺はまだホシノを救えてない、だってホシノにはまだ──」
「自分を信じる、何かが無いから」
目を見開くホシノの前で、スバルは右手を前に差し出した。
左手はもう、使えないぐらいにグチャグチャだから、ホシノの目を誤魔化すために、せめて少しでも綺麗な方をと、いつものように。
「ここで俺が何とかしたって、ホシノは何度だって繰り返す。俺を信じて後輩を信じて、ユメの言葉を信じたとしても、ホシノはホシノ自身を信じられない」
「だから俺は鏡になって、傍でホシノに言い続けてやる。俺とホシノは同じで、俺がホシノの事を信じてるなら、ホシノも自分の事を信じられるさ。毎日、毎日毎日毎日、何度だって俺がホシノに言い続ける」
「『分からない』を、分かったフリで一緒に埋めていこう。今見つけられなくてもいいんだ、ここまでやって来た理由を見つけられたなら、何時かどうして前に歩こうとしたかの理由も分かるから」
「──俺は、ホシノと一緒に居たい。夢の中でなんかじゃなくて、アビドスのみんなが笑いあってる中で一緒に」
「だから、ホシノ。───俺を、選んでくれ」
「ぁ………………」
「過去に取り残されて欲しくない、ホシノには、今を選んで欲しい。今を選んで、未来に歩いていける理由が沢山ある」
「………っ」
「俺を…──いや。俺達を、選んで欲しい。みんなで、ホシノの空白を埋めるからさ。明日も、明後日も、その次の日も。ホシノは一人ぼっちなんかじゃない、俺達が居る」
「────」
「悲しんでる先輩の為に、命を張ってくれる後輩が、ホシノには居るんだ。だから───」
「…………………」
ホシノの表情が歪む。
それは許し、鏡であるスバルを許す顔。涙を流すのを堪えずに、感情を表に出さないようにしていた日々が砕け散るような破顔を見せる。
吐き出したい乱流のような言葉の数々が嗚咽に飲み込まれ、荒い息を吐き、胸元から小さな手帳を取り出した。ページをめくり、乱雑にめくり、真っ白で何も書いていない空っぽの手帳を指で捲り続けて、
「──これ、は…」
ホシノが返事を返す前に、ふいにスバルの視界が歪んだ。
それは時間制限とも、怪我による現実的な問題でもない。ここがホシノの精神世界である以上、スバルの手によって『作り出された意義』が失われようとしているのだから、世界は崩壊を始めていたのだ。
その崩壊はホシノの意図する所でもなく、答えを決めたように伸ばした手を掴もうとして───。
「スバ───」
「ホシノ!?」
ホシノが、スバルの名前を口にする前に歪む空間に飲み込まれた。
スバルの足元も大きくうねり、まるで生き物の体内に立っているような感覚に襲われ、その間にも立っている床に亀裂が走る。
床板の下は黒い空間が広がっており、所謂『追放』と呼ばれる処分を、世界はスバルに下そうとしているのだ。
あるいは、ここで狭間に呑まれて死ね、と。ホシノでは無い誰かの手によって葬り去られようとしているような、
「──クソっ!!」
スバルを呑み込むように口を開けた暗闇は、スバルを現実空間へと引き戻す。精神世界から放り出された直後、スバルは後頭部の柔らかさに既視感を覚え顔を上げてみれば、そこにはフワフワとした可愛らしい顔つきの───ヒナが居た。
「スバル?起きたの?」
「バッチシな!てかやべぇ!もう一回入っ──あづっ!?」
飛び起きて額同士をぶつけ合い、もう一度眠る羽目にならなくて良かった幸運に感謝しながらも、眠りこけるホシノへ干渉しようとする。
産毛を逆立たせる雷の雷鳴に負けず寝入っているホシノに触れようとして、掌を焼かれる感触に苦鳴を上げた。
その痛みよりもスバルはこれから始まる事態を想像し顔をしかめ、まるで最後の試練かと言わんばかりにスバルの心を反映したような、そんな嫌な予感が最後の最後まで的中してしまう。
「─────」
「反…転…!」
それは、ホシノ側のタイムリミットだった。
祈っても祈っても解決しない、最悪のタイムリミット。ともかくこの場を離れなければ命は───。
「っ、スバル──!」
「───」
操り人形のように上がったホシノの腕。そこに握られたショットガンと目が合って、その視線を遮ったヒナは崖の壁にまで吹き飛ばされる。
息をするのも忘れ、必死に立ち上がった後背を向けて走り出す、こうなってしまえば、スバルではどうしようも無い。
──だが答えは得た、それを返す為の戦いが始まる。ホシノはスバルに手を伸ばして、後はスバルが受け取るだけ。
「アロナアロナアロナ!早くシロコ達を──!」
呼び出して、最終決戦。
だが、その目論見を立てるより先にアロナは最大級の警戒音を発し、スバルをその場で立ち止まらせる。
「───は」
背後で軽い音がして、気がつけば目の前にホシノが蹴りを叩き付けていた。1歩前に進んでいれば、身体が半分に消し飛んでいた未来を簡単に想像できてしまう。
「冗談…も、大概にっ……!」
目先を掠める拳の拳圧に、スバルは呼吸も鼓動も止めて身を躱す。
手加減が終わったホシノとの戦闘は毎回数秒で終わってしまう、それでも、その数秒を重ね続けてきた。
動きの癖、身体の動かし方、事前に予測できるだけの全てを予測した上での先置きならぬ先避け。
過去の数秒が、今の命を繋げている。ホシノの得意とするフェイントで死んだ数だけ、ここでの一瞬を生き延びることが出来る。
「シ、ロ…コぉぉ───!!」
「スバル!!」
髪の先を焼け焦がしたシロコが、スバルの声を聞いて崖の上から落ちてくる。激闘の最中だったのか、血を口元に付けながら2人の間を割るように飛び込み身を呈してスバルに覆い被さった。
ホシノは無手であり、攻撃は蹴りか殴り。シロコの予測通り迅雷が如く襲いかかる蹴りを腹筋で受け止めて──、
「──か…はっ…」
「ぅ…ごぁ…っ」
互いに、気絶せず地面を転がれたのは奇跡と言えるだろう。
遅れて崖の上から降りてくるセリカとアヤネ、ノノミが背後から引き連れるは雷の化身、シロコの戦線離脱を以て防衛戦は終了し、影となるホシノは雷の化身へと釘付けになる。
その隙をつき、土まみれになるスバルとシロコの元へ三人が集合した。
「──スバル!シロコ先輩!大丈夫っ!?」
駆け寄ったのはアヤネの手を借りて、受けた衝撃が弱かったスバルは立ち上がりシロコを肩で支える。その背後からアヤネが緊急処置用の小型パックを取り出し、既に膝をついてシロコの腕へと注射を構えた。
「鎮痛剤です、シロコ先輩まだ動けますか?」
「っ、ん…」
「ナツキさんも身体の方は…!」
「問題ねぇ、シロコが全部庇ってくれてる!」
見れば全員、泥と傷だらけだ。
スバルも限界を超えている、シロコもセリカもアヤネもノノミも、身体のあちこちから焦げた匂いが漂っていて、最早誰にも余裕も余白も、秘策も秘術も残されていない。
「──」
手元に残されてある爆弾のタイマーは進んだままだ。残り53秒、刻一刻と進む数字に僅かな恐怖心を募らせながらも、スバルの手持ちでホシノに届く火力はコレしか無い。
無論皆に当たれば死ぬ──だとしても、それはミスをすれば、だ。今更ミスを考える余裕があれば良かったのだが、
「────」
最後の最後、詰めを見誤った自分を自戒しながら考える。暴走したホシノを元に戻す為にはスバルがこの爆弾を持って直接ぶち当てるしかない。他の面々では爆発に巻き込まれ、その命を落としてしまう。
ならばスバルが、あの神々同士の決闘に割って入ることになる。空を飛びながら世界を削り飛ばすあの両者に。
出来るさ、自分なら。出来るんだよ、ナツキ・スバルなら。
「スバル!私達が先輩の元までスバルを連れていくから!後は何とか出来るわよね!?」
「───」
その一言に、スバルの手が止まった。
セリカが叫んだソレは、既にスバルを送り届ける前提を持って話していて、どれだけの信頼があれば判断出来ることなのか。
一番手っ取り早く、一番伝えたかったモノを、セリカは当たり前のように口にした、それだけで、ナツキ・スバルには十分だ。
「────」
「わかった。頼むぜ、みんな」
そう言って、スバルは土に膝をつき、必死に息を整える。
目の前では世界の容量、その限界を越えた力が今まさに振るわれていた。
「──……俺が、救世主ってなら、起こしてやるよ。奇跡って奴を」
ふと、視界の隅にホシノが投げ捨てた大盾が映った。
まだ時間が少し残されている、感覚の無くなった足を引きづって、放棄された盾を手に取り、その重さに前のめりに転けそうになるのを、四人が支えてくれる。
「これ…ホシノ先輩の…──必要なの?」
「なんとなく、な」
「ここに来てなんとなくって…!っ、もう!スバルらしいっちゃスバルらしいけど!」
「セリカは最後までブレねぇな…ツッコミの常在戦場とは恐れ入るぜ」
「アンタもブレないわね!?」
威風堂々と言うべきだろう、この状況において誰も諦めの一つ見せないのは、僅かながら肩に張った力を穏やかなものにして、
「……」
「これは夢じゃない」
「俺たちは、現実に生きてる。だからこそ──痛いし、辛い。でも」
「──それでも、俺は、ホシノと笑い合える未来を信じていたいよ」
告げる。
信じていたい、明るい未来を。『これまで』を『これから』に変えて、明日に希望をもって笑い合える未来を信じる。
諦めも妥協も、無理解も拒絶もクソッタレだ。唾と共に吐き出して、呑み込むのは明日への望みだけでいい。
悲劇で終わる必要なんて無い。
まだ全部、始まってすらいないのだから。
「────」
目配せをして、心の準備が終わったのを盾を地面に置き鳴らし伝える。
必要なのは、いつものだ。何一つ変わらない。
「──信じてる、全部、任せた」
「ん!」
スバルを背負い、ホシノの元まで届ける役目のシロコは、スバルの手を強く握ってその信頼を表した。
「こっちのセリフよ!ホシノ先輩の事、任せたから!」
掌をスバルに向けて、ハイタッチを求めるセリカは、同じく笑顔を浮かべハイタッチに臨んだスバルとの小気味良い破裂音で信頼を託す。
「出来る限りを、やりましょう」
眼鏡に跳ねた泥を拭い、スバルに向いて頷いたアヤネは、シロコとスバルなら先輩を救い出せると信じているからこそ、先んじて出発する。
「ホシノ先輩をよろしくお願いします!☆」
シロコの離陸台になる為にガトリングを手放したノノミは、最後、どのような結末になろうと抗い続ける意志を持って、スバルの頭を軽く撫で、両手を組む。
「しっかり、掴まっててね。スバル」
「離したりするもんか、主人公はヒロインを手放さないってのがお決まり、だろ?」
「──ヒロイン側が投げ捨てないとは限らないよ?」
「え?ここに来て捨てられんの俺!?」
「冗談。行くよ、スバル」
互いに互いを離さないように、決して振りほどけないように強く抱き締め合う。後ろ手でスバルを抱えるシロコには、スバルと大盾の体重がどちらも乗った状態だ。
射出はノノミ、両腕に足を乗せ、シロコの踏み切りとノノミの押し出しで空に浮かぶホシノにスバルを届ける。
次に方向、雷の化身の攻撃が跳んでいる最中の二人にぶつからないように、セリカとアヤネが全力を尽くし注意を引く。
誘導し、射出で届く距離にならなければチャンスの一つもない。
じりじりと乾いていく空気の中、乾いた唇を一度舐め、四人の行動が完璧に合わさるのを待ち続ける。
「────」
セリカとアヤネが同時に別れ、セリカが雷の化身に、アヤネがホシノ側へと走っていく。
ドローンを操作しながら走るアヤネは、直接ドローンをホシノへと体当たりさせ、セリカはひたすらに雷の化身へと銃身が焼けるまで撃ち尽くす。
先に動きを見せたのはホシノだ。空中を泳ぐ銃の射撃で薙ぎ払い、まるでそれが羽虫であったかのように、なんの抵抗もなく叩き落とす。
それでもアヤネの狙いは外れていなかった。ドローンの爆散と同時、眩い閃光がホシノの視界を一瞬奪う。
「────」
焦らず、三人はセリカの方角に目をやり、雷の化身がセリカにひきつけられたのを見届けてアヤネが合図を送った。
シロコの両足がノノミの腕を全力で蹴り、跳躍と同時に両腕でシロコを更に高く投げ上げるノノミ。
その軌道は、まるで釈迦の一本の細い糸。その奇跡に等しい一直線が乾いた空気の中、息を止める音すら響きそうなほどの静寂を孕んで跳んでいく。
「────」
風の抵抗を全身に浴びて、シロコは空中で加速の限界を迎え、暴走したホシノを目の前に空中で緩やかな軌道を描きながら落ちようとしていた。
煩わしいと、シロコに銃を向け撃ち放つホシノ。しかし背中に乗っていたスバルは既にそこに居らず、ホシノの真上に盾を構えて落下していた。
全て、スバル一人をこの空へと送り出すための代償だった。視界が揺れる。冷たい風が、耳を裂く。
「────」
──大盾が、自由落下するスバルの身体を包み込んでいた。
構えることしか出来ない、重たいホシノの盾が、梔子ユメの遺品が、ホシノの放つ白閃を防ぎ威力を散らす。
ホシノが、小鳥遊ホシノが守り抜いてきた全てが、今、スバルを守る盾となって機能して、
「ほらな。小さな奇跡の積み重ねが、いつか大きな奇跡になるんだ」
「だから、信じろ。───俺達を選べ!ホシノ!」
「ホシノがずっと!アビドスを守り続けてきたのは!いつか来る奇跡を待ち望んでたからじゃないのか!」
「────」
奇跡なんて起こるはずがない。
一度は否定した、先輩の言葉。自分が今まで、真似を続けてきた理由。それはこの絶望という檻からいつか、そんな奇跡によって、解き放たれるのを望んでいたからで。
投げ込まれた爆弾が爆発し、雷の化身から放たれた二人を包み焼き殺す雷光が黎明の世界を割る、その直前。
「──分かりました、ユメ先輩」
一筋の声が───空に、響き渡った。