──排除すべきだ。
排除すべきだ、駆除すべきだ、打倒すべきだ、破壊すべきだ。
全ての障害は突破した、後は目の前の存在を跡形もなく消さなければならない。そうすべきだ。
「──お前も、ここで終わりだ。もう、何処にも行けやしない」
ああ。
だが、思考を止めるには余りにも甘美が過ぎる。
天命の記憶が薄れる程に、目の前の人型物体にあるはずの無いニューロン細胞が活性化していた。
「────!!!」
身体破壊率62%、ドローンによる修復圏内、進行を行う為の障害を『無視』。ナツキ・スバルの優先順位を最優先事項に設定。
武装解放、アツィルトの光のチャージ開始。抹消、削除開始。
「うっ…!?」
「───!!」
胴体部の重量による質量攻撃は回避され───どうでもいい、早くナツキ・スバルを■■──思考プログラムに異常発生、最優先事項を背後の神性に再定義、迎撃行動を開始───予定行動をキャンセルしナツキ・スバルの排除を続ける。
「ろくに攻撃手段も残ってねぇだろ!それで俺の事やれんのか!」
「───!!!!」
「うっそ、声聞こえてんの!?」
ナツキ・スバル。
何故、この存在に思考を奪われるのか、見蕩れているのか、見惚れているのか。思考を止めない為の思考が、何故ナツキ・スバルへの思考にリソースを注ぎ込まれているのか。
自身の行動パターンを分析した結果、自分自身が状態: 極度の執着症状に犯されている事を知った。
違いを痛感する静観の理解者たる存在が、その様な症状に囚われている理由を知るのは、
「────」
──不可能である。
からに、この存在を排除せねば天路に到る事は出来なくなる。一種の自己矛盾、存在自体の否定、この世の全ては理解でき、この世の全ては理解できない二律背反が思考原理。
そこに『絶対』が現れてはいけない、不可能があってはいけない、絶対と不可能で釣り合った天秤こそが正しい形なのだから、まだナツキ・スバルに釣り合うものの無い天秤を動かすことは許されない。
けれど、ひどく、惹かれる。
けれど、とても、愛おしい。
けれど、やはり、殺したい。
個、故に理解は及ばず。個、故に理解を行う。違い、故に互いを認めず。違い、故に互いを認める。
「───」
思考を埋め尽くす欲求を排したくとも、思考をする為に思考する我らはその欲求を捨てられない。
その欲求は、探求。求めるものを探し、探すものを求め続ける。
だから私は、ナツキ・スバルを探求しなくてはならないのだ。私とナツキ・スバルは互い別の『個』で、『違い』で、私は彼を『探求』する事で天秤を元に戻す。
「──」
ナツキ・スバル、ナツキ・スバルナツキ・スバルナツキ・スバルナツキ・スバルナツキ・スバルナツキ・スバルナツキ・スバルナツキ・スバル。
「─」
──名前の入力回数がねずみ算式に増えていく。
──残存機能はただ殺意と困惑に染まっていく。
──求めていた天路さえ放棄しようとしていく。
機械でしかないものが、感情を得てしまうのが神になるという事だというのなら、必要無いと切り捨てて自己をここに確立する。
第三預言者ビナーは、自己を手に入れ故に問う。
「───────」
どうして、貴方は何処とも繋がっていないのですか?
どうして、貴方は何とも、誰とも、何一つとも繋がっていないのですか?
どうして、誰にでも存在するパスすら、貴方には無いのですか?
何、でも無いものを、何か、にする事は出来ない。誰か、とも繋がっていないものを、誰かしら、にする事は出来ない。
無は、何にも喩えられない。本質的な無は、何一つとも繋がっていないから。
もし、削除する以外の方法でバグを取り除けるのだとするのなら。
その答えは、貴方の頭の上に浮かぶ暗い太陽が教えてくれるのでしょうか───?
■
熱されて、冷たい外気と混ざり白く染る息を吐きながら、スバルは自分の周囲に落下してくる装甲板を死ぬ気で避けていた。
これまでの攻撃には見られなかった自暴自棄、武装を展開する暇がないからと質量攻撃で攻めてくる執拗さにはため息が出る。
一段と様子の変わったビナーは、背中に乗るホシノとホシノ目掛けて攻撃を放つ雷神からの被弾に意識を割く事はなく、ただひたすらにスバルを殺さんと迫っていた。
プログラミングにしては異質な執着、目的遂行を効率良く行うというのであれば背中のホシノを振り落とした方がいい。
スバルは何処かしら確信を得ていた、ビナーが決してプログラムだけで動く機械でないことを。求めるものを手に入れる為に、自分の全てを薪にして燃やす必死さは、合理だとか効率だとか、本来重視されるべきものを投げ打って輝く明かりだ。
「…………」
どう考えても、自分に向けられる熱量がおかしい。
今、真面目に考えるべきことでも無い。その証拠にスバルは汗と血を滲ませながら大地を踏み締めている。
たった一つの装甲板が、スバルの全身を押し潰せる。それが何百枚と落下してきているのだから余裕なんてものは無い。
けれど、どうにも、
「っ」
「あっちこっちに落としまくりやがって!しかも逃げ道を淡々と潰してんじゃねぇよ!?」
この粘着質な感情がこもった攻撃には、法則性を見出さずにはいられない。殺意以外の何かがあの蛇を突き動かしている、純然な殺意を機械が抱くかどうかは怪しいがそれはそれ、異世界はなんでもありだ。
肌を焼け焦がす雷撃の熱は、ビナーに遮られてこちらまで届いていない。空を割る灼熱の雷を見て、全身を砂に変えられるか焼かれるでは何方の方が苦しく痛いのか想像してみるが、あの空前絶後の苦しみはどちらにしたってもう二度と味わいたく無いもので、身体を震わせる。
圧死も焼死も惨殺、この状況だとどのエンドも迎えられる準備が整っている事への目眩を頬を叩いて覚まさせて、だが着実に壁際へと抑え込まれている状態を分析した。
逆境、ではある。まだ十分とは言えない消耗具合だ、幾つか列車砲バッドエンドを迎えたスバルにとって、アレがどれだけ壮絶で絶大な威力を誇る兵器なのかを知っている──からこそ、この化け物達を殺し切るには至れない事を察していて、
「──俺の、体の方が……先にダウンしちまうっ…!肺と心臓って、こんな、爆発しそう、に…!」
沢山息を吸っているはずなのに頭がクラクラする。酸欠だ、吐いてる量と吸ってる量が釣り合ってない。それに心臓が酸素を回しきろうと躍起になっているせいで鼓動が口から飛び出ていきそうだ。
気力と体力は別のもの、既にスタミナを失っているスバルは無理矢理体力を削って走っている。
「う───ぉぉぉお!どけどけ!この程度の障害物で!俺の足を止められると思ってんのかぁ!?」
哀れな強がりが少しでも足に力を入れさせてくれるのならと、勇気を奮い立たせ足を前に進めるスバル。
狙いは一つ、先程ホシノが作り上げた地獄の光景を更に過酷にしたものを、この先の壁際で仕立て上げる事。
互いが絡み合って動けず、尚且つ防御行動も回避行動も取らせること無く、列車砲で両者が消滅する程度には消耗させる。
──しかし、片やホシノの全力アパカを受けてピンピンしている蛇、片や攻撃を無為にし再生を繰り返す雷そのもの。
「予測だ、予測しろ!最善の未来のイメージを、どうすればホシノの期待に答えられるかを……──ビナー!ほらもっと焦らねぇと逃げ切っちまうぞ!お前は図体だけの木偶の坊かこの野郎!」
サイズ差を考えれば勿論聞こえてないであろう罵倒と軽口は、スバルとしては自分への鼓舞に近い。日常を忘れる事なく非日常の上に被せる事で、スバルは消え失せそうな己を保つ。
そうでなければ今すぐにでも、膝を折ってしまわない自信が無い。背中に乗せられた期待の温もりが、願いの重なりがスバルにある中で、情けない姿を見せることは出来ないのだ。
「ホシノっ、もうすぐだ!」
「……!」
ホシノの一瞥に背中を押されるように、スバルは足の筋肉の収縮を更に苛烈にする。
吹き付ける砂塵は一歩前の光景すら閉ざしているが、その分厚い幕の向こう側には目指すゴールがあって、顔を殴り吹き抜ける風の強さが強くなればなるほどゴールに近づいているのだと教えてくれるのだ。
──まだ走れる、もう少し、あとちょっと、ぎりぎり、ぎりぎりのぎりぎりまで、進め、進め、進め進め進め!
軋む足を踏ん張って前に。
両手両腕を前へ、体も足も、顔も前に突き出して全部を一緒くたに押し込んで、
「───ぉ」
前のめりに倒れ、顔面を着地させた場所はやけに柔らかく、視界を埋め尽くす砂に顔型を残す。
転けた理由もソレだ、前に一歩、必死に踏み出した結果地面の柔らかさに足を取られた。
来た、見た、勝った。ビナーがノゾミとヒカリを追いかける為に切り崩した砂の斜面、誘い込んだ蟻地獄はホシノの手で完成する。
「今だ!蹴り飛ばしてやれホシノ!」
「りょうっ、かいっ!」
当たり前のように状況の支配権を握るホシノへ声を掛け、すかさず身をかがめる。小さく身を縮めるのは出来るだけこれから受ける被害を軽減する為とそれと、
「ナイス誘導、スバル」
彼女がスバルを抱えて飛ぶのを邪魔しないようにする為だ。
倒れ込んでる影からスバルを救い出し、二度目の転倒を経験するビナー。
対策を練る知能があったとして、熱された思考の中でどれだけ冷静さを保てるかは分からないが、素直にコケている所を見るにどうやら頭に昇った血は未だグツグツと煮えたぎっているらしい。
先程は雷神をビナーが蓋をする形だったが、今度はビナーの上に雷神が覆いかぶさった。
浮遊している雷神の足を絡め取る事は出来ないが、標的である小鳥遊ホシノが転倒したビナーの下に隠れている以上、その場から離れる事は無い。
「───」
スバルが見やるホシノの表情に強い決意が見て取れる。守る、生き残る、生存の意志を強く感じる顔をするホシノが何を考えているのか推察して、
「──撃つ?」
「うん。多分ここしかない」
その肯定は決して自殺、自爆をしろ、と投げ捨てるものではない。
ホシノはスバルと繋いだ左手の指を絡ませて、強く繋がりを確かめる。あの暴走でスバルと同じようにボロボロになった右手で盾を握りしめる。そして、最悪の想像を振り払った。
──まだ何も本領を発揮していない雷神が、全力で稼働を始めてしまえばそれを収められる余力は無い。
まだアレは、無造作に動いているだけだ。再起動中のパソコンの様な、冬眠から覚めたばかりの熊の様な、赤子の夜泣きの様な、子供の寝相の様な。未だ夢の中で、漂っているだけの様なモノ。暴走したホシノの神性に呼び覚まされて君臨した『神』は、突如相対する宿敵の消失に困惑し迷っているだけ。
その証拠に、ビナーとのもつれ合いを経て雷の出力が上がっていた。
万雷は太く、青みを帯び苛烈に。体の中心に集まっていく雷光は更に輝きを増している。
最低限の生存本能だけで動いて『コレ』だ、岩壁を溶解させ破壊し地表を高音に熱されたガラス地帯へと変えさせる存在は、ただの寝相でそれを成していた。
「そろそろ終わらせないと、アイツが本当に起きちゃう」
「クソ迷惑な寝相しやがって…!けど、それならここで永眠させてやろうぜ。ホシノには…ちょい無茶させるかもだけど、もしこれ以上無理ってなら頭捻ってなんとかする」
「全然、寧ろもっと無茶させてよ」
誘導を続ける為にここから離れられない二人。その状況で列車砲を撃つという事は、ホシノとスバル諸共を列車砲に巻き込むという事。
どれだけ絡ませた指を固く結んでも、数秒先には蒸発するかもしれない、結ばれた絆が跡形もなくなるかもしれない。
激しい雷音と、発生する砂嵐がヤスリのように肌を削る。
それを浴びながら、スバルたちは視線をそらさずに互いの顔を見つめ合って、
「やろう」
「やろっか」
頼り頼られアイラブユー。頼られる事を背負う事では無く、共に責任を分かちあって進む事だと思い出した少女は、自身を頼ってくれる少年と心を通わせる。
例え数百の世界で失われた絆だとしても、例え数百の世界で決別した相手だとしても、例え数百の世界で命の奪い合いをしていたとしても、
「さあ、真打ち頼むぜ、アロナ──!」
盾を地面に突き刺し、身を寄せあって盾の背後で構える。
到来が予測されるプラズマの衝撃は、雷神とビナーの身体、そして盾を挟んで軽減したとて無事で済むとは限らない。
ニブイチ、それよりも更に低い割合か、一割にも満たない生存確率か。
「ぶちかませっッ!!」
《───列車砲、照準合致。発射します》
■
その光は世界を滅する輝きを有していた。
その光を目にしたものは悉く、根源にある生存本能を刺激され産毛が逆撫でされる。それは絶対的な『死』がエネルギーとしてそこに充填されている。それは何よりも早く『目覚め』を引き起こす。
雷神が目覚める自身の命が脅かされることに対しての最大級の防衛反応がまばゆい光を放つ列車砲へと向けられて、戦闘の最中貯蓄されていた雷球が膨張していく。
懐かしい、自身と似た気配のする雷光に心を奪われて、雷神は全身全霊を込めていた。
身体の一部と考察できる金属部が、身体の中心を押さえつけ悲鳴にも似た音を立てプラズマが作り上げられていく。
プラズマ対プラズマ、ホシノの盾越しでも届く極々狭い範囲の安全地帯で息をのんで、
「────────」
──そして。
世界が揺れる錯覚が訪れる。体が揺らされるのではなく、世界が回転し全身を振り回される浮遊感は一瞬。
爆音と灼熱、点滅と消失、吹き荒れる風と衝撃、今までにない衝撃の数々が全身を蹂躙していく。
つい先ほどまで感じていた全ての感覚が感じなくなり、嗅覚が、視覚が、触覚が、飛びかける意識の中で掻き消えてしまった。
スバルが目を開けた頃に、目の前に佇んでいたのは、
「っ……」
「…さよう、ならですね。ユメ先輩…」
「今まで、守ってくれて……ありがとうございます」
半分以上が融解した盾にもたれかかるホシノの姿。
長く麗しかった髪の毛は焼け焦げて、首元辺りまで焼き切れていた。制服も無残なもので、盾に至っては修復が不可能と一目でわかる程に。
スバルとホシノの周囲は全て溶けたガラスで覆われている。壁として利用したビナーも、雷神の姿もそこにはない。
無音なのはきっと鼓膜が破れているからで、顔中から垂れてくる血をぬぐい這って近づく。声も出せず、息をするのも剃刀を飲み込んだような痛みに襲われるが、
「──スバル」
「…スバル」
「勝ったよ、スバル!」
ホシノの笑み一つで、体中から痛みは消え去った。
かすみがかる視界の向こうで、泣きながら向かってくる皆の顔を見届けて、体中から力が抜けきる前に、最後の最後すべきことの為、ホシノの肩に手を添えた。
「スバル……?」
「──……!」
「うん、そうだね」
指先をシロコ達へ、もう片方の手で自分の口を笑顔にさせて、ホシノの背中を押し、
「みんな」
「ほんと、色々迷惑かけちゃってごめん。それと…」
「───ただいま!」
───ああ、おかえりホシノ。
俺の声が出なくても、ホシノには伝わってるさ。約束したのは俺だからな。
「…あれ」
心の中でそう告げて、倒れ行く身体をそのままに────。
「スバル?」
いや、しちゃだめだ、ここまで頑張って感動のラストシーンを見逃すとか最悪すぎるだろ、映画の最後に寝落ちするようなもんだしてかそんな例えしてる暇無い起きろ頑張れ!頑張って起きて最後まで見届けてまたこのオチだけは──!!
「スバル!?」
あ、駄目だこりゃ。そう思う頃には、勢いよく盾の下に残っていた砂へ顔面を突っ込んでいた。
「スバル───!!??」
※投稿の際、手違いとミスで文章のある個所がループしていました。申し訳ございません。
二章、これにて終了です。あと数話は諸々の処理、そしてその後は日常編挟んで三章に行く予定…かも。