Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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『青春の始まり』

──見慣れた天井を仰ぎ見る。

同じ空模様、同じ天井のシミ、同じ薬品の匂い。

三日、四日、五日、一週間そこらの体験はどれも似たり寄ったりで、そろそろ暇になってきた頃合い。

 

───リザルト、とでもいうべきか。

スバルは寝たきりの有様だったのだが、他のメンバーに目立った負傷はなく、目覚めて早々自分の顔を見つめて泣き始めたホシノをなだめるのにかなり苦労した。まぁ、元気なのは何よりだ。

 

 

───何とかなった、と告げるには首をかしげる。

問題が解決したとてその後も全て平穏に丸く収まるとは限らないもので、積もる話がありすぎた。積もりすぎたソレはそれこそ押し固められた雪の様に、一日、二日、三日で解決できるものでも無くて。

 

例えば朝霧スオウの処遇。ハイランダー学園、アビドス高校の両者間の交流。スバルの独断行動に対する生徒会への責任追及。トリニティ総合学園からの支援、ゲヘナとの協定への返報。プレジデントが行方不明になったカイザー。ネフティスとノノミの関係etc…。スバルが目覚めてから最も苦労したのは無論、少し過保護気味になってしまったアビドスみんなとの対談。スバルが寝ている間に思うところがあったのだろう、目覚めて早々本当に大変な事ばかりで─────。

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけるなよ、連邦生徒会。スバルが今どんな状態なのか分かってる?そっちにスバルは渡さないし、何一つ譲歩する気も無い」

 

《………困りましたね》

 

そう、目が覚めて早々スバルが目にしたのは自分を取り囲むアビドスの皆と対面で眉を顰めるリンちゃんのモニター越しの姿だった。凡そ、スバルは後で混ざればいい話題で、スバルの今後の取り扱い方針を決める話し合いの途中に目覚めてしまった。

 

──気まずいにも程がある、目覚めるタイミングもうちょい調整できなかったのか?

 

《私達の要求は至極単純で、筋の通ったものです。意識不明となってしまったシャーレの責任者であるナツキさんは明らかに自己判断能力を失っている危篤状態》

 

《最高水準の医療環境を用意できる我々で彼を治療する…今すぐに、とは言いません。私自身、アビドスの悪天候でやむなく映像越しの会話を行っていますし》

 

《ですので──納得できないのであれば誠意、の問題です。我々が用意できるもので、アビドス高校に対する誠意を最大限示し──》

 

「…勘違いしてるみたいだから言っとくけどさ」

 

「私達は別に、スバルがそっちに渡ることを拒否してるんじゃない。スバルは…──きっとスバルなら、起きてすぐ、私達の無事を確認する。誰も不幸になってないか、誰も欠けてないか…そんなことばっかり気にすると思うから」

 

「せめて、スバルの目の届く所で、私達はスバルと手を繋いでおきたい。君たちが差し出す誠意よりも、スバルが一番楽な気持でいてくれることの方が大切なんだ」

 

《──────》

 

ホシノの返答に、リンが目を見開くのが分かった。

キヴォトスの命運を背負わせ、その背中を無理に押した自覚が七神リンにはある。予言があるとはいえ、心の底からは受け入れがたいナツキ・スバルという存在を試すために火急の問題を解決させようとした。

 

その結果が転がりまわってこれ程の一大事になってしまったのは、『その人』が持つ因果というべきか。

 

《──私は》

 

《私は、ある種…ナツキさんに負債を抱えています》

 

「負債?」

 

アビドスと縁の切れないその単語に、様々な可能性を思い浮かべたのだろう、傍らでセリカが声を上げすぐに首を振る。

金銭、でないとするのならやはり責任の方向での発言なのか、瞼を軽く落とすリンの顔からは無手が見て取れて、

 

《それに小鳥遊ホシノさん。貴方にも…連邦生徒会は無体を働いている》

 

「そうだね」

 

《私は、前生徒会長が作り上げたこのキヴォトスを維持するだけの人間です。森を育てるために、やせ細った老木、邪魔な木を伐採する》

 

「その姿勢は否定しない、超人を失ったキヴォトスを守り続けたのは君だし」

 

《…はっきりと申し上げます。私個人は、あらゆる謝意と奉仕を尽くしたい、私の在り方は既にナツキさんに否定されてますから》

 

「ん、なら秘密金庫襲わせて。あと借金を──」

 

「シロコ先輩…!今はちょっと静かに…!」

 

ホシノとリンの視線が、互いに沈黙を保ったまま熱烈にぶつかり合う。

公職が私情を口にする事実は、その身分が高ければ高い程責任を伴うものだ。

 

キヴォトス自体を存続させるために、『選別』を繰り返してきた七神リンも。

アビドスというたった一本の木を守るために、世界を滅ぼしかけた小鳥遊ホシノも。

 

正しく道を歩けるものからすれば、等しく愚かな傍観者にしか過ぎない。

 

「同じ穴の狢同士が、見つめ合っても意味はない…か。分かった、無益な感情のぶつけ合いはこれで終わり、君なりの落とし所を聞かせて」

 

《──神輿を立てさせて貰いたい事と、カイザー瓦解の功績をアビドスが担う。この二つです》

 

「………」

 

提示された二つの要求は、察するにカイザーを下した汚名を被れば互いに、今以上の介入を行わない、という事。

 

否応が無しに、ナツキ・スバルはキヴォトスにおいて『その人』となる。テロ組織から零細高校を守るミッションから始まった騒動の決着は、良くも悪くも影響が大きすぎる。

特に列車砲の攻撃の巻き添えになったであろう行方不明のプレジデント含めカイザーコーポレーションは、尾刃カンナの告発と現行した犯罪の数々の検挙によって瓦解寸前。

 

これだけ大きく膨れ上がった代物を、一個人に背負い込ませる暴挙、それによって引き起こされる事態は何れ誰の手にも止められなくなってしまう。

 

「負担を分担したからって、アビドスじゃ影響力が足りない。『その人』の肩書がある以上、何時かは全てがスバルに集中することになるよ」

 

《その為にも、アビドス高校の皆さまには目指して欲しい事があります》

 

「………要求は二つだけ、だよね」

 

《ええ勿論。アヤネさん、端末でアビドス高校の負債を確認してみてください》

 

「は、はい……──っえ!?」

 

財源を管理しているアヤネの端末に浮かぶ数字は、以前の借金から二桁も減っている現実的に返済できる金額の借金。

 

数か月、皆で努力すれば返し切れるほどのモノ。そこには暴利も不条理も存在しない、希望の借金だった。

 

「これなら返済にも目途が…!いや、一、二か月もあれば何とか返せます!」

 

《アビドス高校の借金は、カイザーが不正に貸したもの。それを正規の状態にし、私募ファンドが所有していた債権はネフティスとハイランダー学園に譲渡されています》

 

「という事は……もうアイツらから手を出される心配も無いし……」

 

《──今後、アビドスに目指していただくのは『アビドスの再興』です。背負う功績に不足のない、以前のアビドスの姿を目指してもらいたいのです》

 

「─────!」

 

《『その人』の肩書はこの世界に必要ありません。『その人』という存在を抹消できるのは、貴方達をおいて他にない》

 

現実でないような、ふわふわと浮ついた感覚。それは戦いを終え一寸先すら見えない闇の中から解放された後であり、長い時間を過ごした洞窟の壁が崩れた解放感と喜びからくるものであり、耳にした都合の良すぎる音によるものでもある。

 

まさか、昔夢見た、叶うはずのない希望を追える日がまた来るとは思っていなかったから。

 

「マジで!?」

 

「わっ!?」

 

「うわぁぁっ!?ちょ、あ、アンタ起きたなら起きたって言いなさいよ!」

 

「え、ほ、本当にそれで大丈夫なんだよなリンちゃん!」

 

「リンちゃん──!?」

 

《リンちゃんはやめてください、本当に大丈夫ですから安静に…》

 

「やった!やったじゃんホシノ!ほらな!ホシノが、ここまで諦めなかったから…!でっけぇ奇跡起きただろ!?」

 

満開の笑顔を浮かべ、元気溌剌に、満開の花の様な喜びを全身で表すスバル。軽く言い換えるとバカっぽいというか、こどもっぽいというか。

 

満ちる喜びを一ミリも隠してない、幸せを、その幸福をみんなに分け与えている様な、観ているだけで元気の出るその振る舞いは、同じように振舞っていた相手との記憶が鮮やかに蘇ってくる。

 

いつの日かの、与えてくれた、貰った言葉も鮮明に。

 

「──」

 

「ホシノ…?」

 

「────」

 

スバルの頬を指で撫ぜて、あの時伝えられなかった言葉を全てごちゃまぜに、どうしようもない止められない衝動そのままに、

 

「起きたね、奇跡。嬉しいよ、ずっと…こんな未来を夢見てたし」

 

夢は、夢に過ぎなくて、『夢』が意味するのは文字通り現実になる筈のない空想の筈だった。

 

「私、幸せだよ、スバル。幸せで、幸せで、どうしたらいいか分かんないくらい、なにをすればいいか、なんにもわからないくらい」

 

「大丈夫だ、約束しただろ?今日、明日、明後日……そんなすぐに答えも理由も未来が欲しがっちゃいない」

 

ホシノの目から玉のような涙が零れ落ちる。あの夜、砂塵の上で流した冷たい涙とは全く違う、温かみに塗れた涙。

 

「……フリ、かも、しれないけど。結局、私は変われてるのかどうかも……」

 

「幸せさ、幸せになっていい。ホシノは変われてるし、俺がそう信じてる。それにさ、落っことした涙に言い訳が立たなくなっちゃうし」

 

「──ホシノ。ゆっくりでいい、亀さんより遅くても大丈夫。じんわりのんびり、自分を信じていこう。俺が隣で、同じ速度で、毎日一緒に居るから」

 

喉が、気道が、ただ空気が通り過ぎる音を奏でて。

自分を許せることの無かった少女は、自分を信じるという意味をもっと理解しようとしている。そんなひな鳥のような姿は愛らしく、急かすものでもない。

 

「ホシノを、これからもっともっと幸せに──青春の時間が止まってた分、ここがスタート地点の最低値だって思えるくらい幸せにしてあげたいよ」

 

 

──だからこそ。

 

 

「ありがとう、スバル」

 

 

「───大好きだよ」

 

 

頬に触れた接吻が、未来への幸せの福音であることを疑いもしないのである。

 

長く、永く続いた苦痛と絶望の最果てで。

得たものはただ一つ、青春の始まりだけだ。

 

凡その人間が経験して、凡その人間がその思い出を語る。それすら持ちえなかった少年が、異世界に来て漸く手に入れた。

 

これはただこの先も、それを繰り返すだけの物語。

始まってすらいなかったものを、初めて、始めて、進むだけの物語。

 

物語を終えた少女から、まだ始めてすらいない少年に青春を送る。

ただそれだけの為に走り続ける、ナツキ・スバルの青春の物語(ブルーアーカイブ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、ホシノ、表に出て」

 

「ホシノ『先輩』でしょ?シロコちゃん。どうしたの?何か焦ってる?」

 

「アホホシノの知らないスバルの事、たくさん知ってるから…その違いを教えてあげようかなって。スバルも迷惑かけられたくないだろうし」

 

「あれ、聞こえてなかったかな。スバル、が、私と毎日一緒に居てくれるって言ってたんだよ?シロコちゃんとは違って」

 

「───ファーストは私だから」

 

「一回だけで満足できるなんて、シロコちゃんも変わったね」

 

「先輩ほどじゃないよ」

 

「「────」」

 

「喧嘩すんなよ──!?っげほぉっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

血、吐いたり、キス合戦になったり、最終的に全員巻き込んで頂上決戦したり。

そのせいで自分の体調が復帰するまでシロコホシノ含め、結構な人数が保健室を出禁になったり。

 

もう、これ以上、何事も荒っぽいことは起きないと思うが、懸念は尽きることが無い。自分の奪い合いに関しては隅に置いといて、特段アビドスが今すぐ以前の立ち位置から変わったという訳でも無いのだから、ホシノが以前言っていた通りスバルが新たな災禍の芽になるやもしれない。

 

だが、それでもスバルは出来る限りを成し遂げて、出来る限りを果たしてきて、このベッドの上に安着できたことは事実なのだから、きっと何一つ後悔は残って──。

 

 

「お疲れ様です、ナツキさん」

 

「──なんでお前がここに居るんだよ」

 

 

両足をベッドの端から動かして地面につけ、一週間ぶりに立ち上がろうとしていたスバル。出がらしと揶揄してもいい状態だった精魂尽き果てた肉体は、スーパードクターセナの手で奇跡の復活を果たしていた。

過労死しかねない活動の数々は普段から血色の悪い顔色を徹底的に打ちのめし、土を超えて泥になっていたが、それも休息によって色を取り戻した。

 

「ククッ…お待ちを、私はただ入院中の貴方に差し入れをと…」

 

傍の棚に置かれた果物籠を一瞥して、スバルは失せろとまではいかないがさっさと置いて帰れの視線を黒服に向ける。よくもまぁこんな出来事があって顔見せできたなと、大海を飲み込む器を持つスバルだとしても眉を顰める態度には鉄槌が下されるべきなのでは──?

 

「器の大きさに関しては自己申告しない方が良いかと思いますが」

 

「口に出す方が男らしさを保てるし、まごまごしてる所見せたらそれこそ狭量に取られるぜ?てかどうやって入り込んできたんだお前」

 

「大言壮語を現実にしてきた貴方が言うと、何とも説得力のあるお言葉ですね……──学ばせて頂きます」

 

「質問に答えてくんねぇ??」

 

息を吐き丸椅子に座る黒服は、果物籠からリンゴを手に取り果物ナイフで皮を剥きだす。アビドスの保健室で横になっているスバルは、この素人目にも怪しく見える男がどうやって侵入したのか気になる所。

 

「あの苦境を全て跳ねのけるとは、ククク…さすがシッテムの箱の主…いいえ、『ナツキ・スバル』だからこその結果、ですか」

 

「……」

 

──思ったよりも、落ち込んでいる雰囲気を漂わせている黒服が横っ腹に来る。中立……単純にそう評価するには語弊と誤謬がありすぎる男だが、邪険に扱いたくはない。

 

「リンゴはここに置いておきますね。それでは私はホシノさんに撃ちぬかれる前に帰るとしましょう」

 

「ほんとに差し入れだけかよ!?…つーかわざわざうさちゃんリンゴに……」

 

「ほんとに差し入れだけですよ。お口に運びましょうか?」

 

「それよりもっとこう、大人らしくこの騒動の功労者たる俺にご褒美とかサービスとかしてくれてもいんじゃね?起きてから、労い、足りてません」

 

「ふむ。であれば私のような存在ではなく、今ナツキさんの背後にいるホシノさんが行うべきかと」

 

───ギ、ギ、ギ、と錆びた歯車の様に首を回し、いつの間にか背後で腕を組むホシノから熱の篭った吐息を顔に浴びる。彼女の暁と蒼色の瞳に映るのは切り分けられたリンゴを口に含もうとしているスバルであり、その手首を目に見えない速度で掴み取った。

 

「スバル」

 

「これ、なに」

 

「な、なにって見りゃ分かるだろ…」

 

「そこの黒服(ゴミ)が渡した奴だよね」

 

ホシノの隠れたルビ振りに、紙皿の上に並べられたうさちゃんズが涙目を浮かべている様に思えてきて、いたたまれずにホシノからうさちゃんズを守ろうと、

 

「私、スバルの事信じてるんだけどな~。二人の仲は知らないけどさ?無断で、勝手に侵入してきた不審者からの贈り物に手を付けるのはどうかと思うんだけど…あ、でも大丈夫だよ。それ、私が先に味見してから渡すから安心してね」

 

「ククッ、大変愛されているご様子で」

 

「……お前なぁ…」

 

ホシノはしゃくりとうさちゃんリンゴの端を食べて数秒吟味し、納得したような顔つきで切れ端に歯型の付いたそれを差し出した。

おとなしく口に運ばれるリンゴを受け入れて、頬の中で弾けるみずみずしさがやけに苦みを帯びているのは、気まずさのせいだろう。

 

「それで、もう帰んのか?」

 

「ええ。用事はお見舞いだけですので。そして…お疲れ様です、ナツキ・スバルさん」

 

「お、おう」

 

「……ああそうでした、最後に一つ。今後、ゲマトリアとしてではなく…個人的にナツキさんの元へ足を運ぶ瞬間があるかもしれませんがよろしいでしょうか?」

 

「別にいいけど、なんで」

 

「──趣味、です」

 

「趣味」

 

ふと、この平々凡々とした会話の中で、一瞬大量の記憶が脳内に流れ出しそうになった。

情報の海の中でおぼれる前に、バケツで急いで外に掻き出して、意識が現実に回帰させた。

何故、そんな現象が急に起きたのかを理解する前に、燃える炎を顔に宿す人外の男は席を立って出ていこうとしていて、

 

「なぁ、黒服」

 

「──?どうかしましたか?」

 

思い出せない気持ち悪さをそのままに、あっかんべーを男に向けた。

 

「お前、趣味悪すぎ」

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