Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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感想返信についてのご報告。

現在、感想に対しての返信を行えておらず、感想を頂いている立場として非常に不誠実な状態であると考え、返信を再開しようと思います。

要約:返信サボっててごめんなさい…!全部返したい所なんですけど、現在の執筆スピードを考えて93話以降の感想へ返信していきます…。未返信の感想に関しては、折を見て返信します…ほんとごめん……。


『少年少女よ大志を抱け』

 

「………………」

 

目を閉じて、ペンを持つ。

ただひたすらに、過去の自分を思い浮かべて、自己嫌悪で顔を歪めては脳裏に稲妻が走った様な痛みが襲う。

 

その度、両親の声を、顔を、色を思い出す。

菜月昴の原点であり、菜月昴の全てだった二人の事を。

 

『───昴』

 

「……よし」

 

「書くか」

 

 

 

 

 

 

 

───菜月昴という男は、それはそれは自信に満ち溢れた輝く新芽でした。

 

優しい母、人を信じられる強い力を持ち、それによって人に信じられる人間である菜月菜穂子。

 

人に好かれる父、リーダー力があって誰かの指標に、目標になれる人間である菜月賢一。

 

その二つの星の下に産まれた新芽の名前は───菜月昴。

 

そんな両親の大きくも温かい恰好の良い背中を見て育ったものだから、自分も特別な人間だと思っていて、実際に児童と呼ばれる頃の菜月昴は頭も良くてかけっこも一位、何でもできる、所謂神童だった。

自信に実力の重ね合わせ、膨れ上がる自尊心。父、菜月賢一の子であるに相応しい人間であると、そんな自負を幸福にも感じていたんだ。

 

 

けれど、けれど毎日少しづつ、周りとの差が無くなっていく。

いや、元よりそれほど大きな差は無かったんだろう、菜月昴はいつかは埋まる小さな差異がこれからも埋まらないと信じていた。

 

 

「………」

 

『みとけ!俺が靴飛ばしナンバーワンのおんりーわんってところ!』

 

『──お前のせいで!私達、ブランコ使えなくなったのに!』

 

 

毎日、毎日、少しづつ。

変わらない自分と、変わっていく周り。いつしか偉大な父の背中に憧れていた男は、ただの凡夫へと戻っていて。

そして凡夫は──自分は父の子だから、誰にも抜かれないような何かで、皆の憧れのリーダーたる特別な人間で有り続けなければならない。という自らが課した責務を背負うに値しなかった。

 

 

毎日、毎日、ほんの少しだけ。

歩幅が小さくなってたと思う。周りは大きくなるばかりなのに、足が折れたみたいに前に進む度痛みが増えてるせいで前に進めない。

父の様になりたくて、誰とでもコミュニケーションを取った。父の様になりたくて、誰の目にも止まる特別である為の無茶な行動を繰り返した。

菜月昴は、菜月昴の為だけに、菜月昴の為にならない事を貫き続けて、

 

「……」

 

『ふっふっふ、帰宅部だからって舐めてっと痛い目見んぞ?俺はそこいらの木偶の坊じゃない、天下無敵の陰の実力者だ。お前ら運動部に負けたりしねぇ!』

 

『───あ、ああそう。凄い…な』

 

 

毎日、毎日、毎日毎日毎日。

へらへら笑って、情けなさを誤魔化す為におどけて囃し立てて逃げ続けて、何もかもが取り柄だったのに何もかもが不相応になって、デカイ声とデカイ態度で自分は頑張ってるとアピールする事だけしか出来ない腐りきった性根が憎いんだ。

菜月昴は、誰も彼もが特別な世界で特別じゃなくなった。特別で無いことを知った、知って、怖くなった。

誰にも指を差されてない、誰も菜月昴をわざわざ見ない、それなのに自分可愛さで人の目ばっかり気にしてるような、小さくて卑怯で薄汚い性根が誰よりも自分の事を認めれない。

 

 

『俺の、せいじゃない』

 

 

菜月昴はそうやって、最後には失望される未来という恐怖に負けた。

勝手に一人踊り狂った馬鹿の末路、惨めで愚かで、どうしようも無い人間だったから。

毎日、鏡の前に立つんだ、それで鏡に映る俺を見て、気味の悪い薄ら笑顔を浮かべて、こう思う。

 

憎い、憎くて堪らない。俺だけが憎い、俺が選んだ道が憎い、ナツキ・スバルという存在そのものが憎い。

 

 

「っ」

 

『───なんで女装してんの?』

 

 

そう俯く事すら、唯のポーズなんだ。自分を正当化する為のポーズで、自分から苦しみと憎しみで自傷する。

他者に悪く思われたくないという虚栄心、本当の自分を見せずに嘆いていればいいという自己愛。

醜い自分を見なくて済むように、上辺の醜さで重ね塗りする人間性、汚濁の様な感情を書き記して尚コレを読むみんなじゃなく自分の事ばかりを考える弱さ。

 

 

でも結局、その程度なんだ。

欠落とか欠損を、嫌で悪い部分を書き連ねる事は出来ても、実感して涙して悔しがって苦しんで、そこで終わるんだよ。

最後のチャンスとして巡ってきた高校入学、誰も菜月昴の事なんか知らない場所に自分から向かって、全てが0から始められるその場所でも自分は───何もしなかった。

 

何でも出来た、何をしてもいい自由があった、口先を口先だけにせずとも済んだ。

それなのに何もしてこなかった。自分を認められないから成長できない、成長する自分を思い描けないから他の人を貶める。

これ以上他者に劣っている事を認めたくないから、必然の様に矛先を他者に向ける。

 

心に虚しく空いた穴はそっくりそのまま俺そのものになって、必死にその穴へ手を差し伸べて埋めようとしてくれる両親は、菜月昴がキヴォトスに訪れる最後の瞬間までその手を止めなかったけれど、俺はもっと早めに両親からの手を掴めたと思う。

 

知って欲しかったのは、みんなが見ているナツキ・スバルは都合のいい幻だってこと。

ここまでやってこれたのは俺がズルをしていたのもあるけど、偶然だと思う。ボタン一つの掛け違えだとか、朝、右足左足どちらから踏み出したのかとか、頼まれた洗い物をしたのかしてないのだとか、そんな些細な出来事で変わる偶然だ。

 

俺は、自分の全てをみんなに語れても、みんなから見た俺がどんな人間なのかは知らない。

そもそも人にモノを語れるほど、自分自身を知ってるかどうかも怪しい。

でも今はちょっとばかし、都合のいい姿を見せすぎたからさ、いつか本当の俺ってのを知る機会が来ると思うし。

 

だから、俺はとにもかくにもここに書いておくよ。

俺の世界の、俺の視点から見た、菜月昴という人間がどういう姿形をしているのかを。

 

 

「……………………」

 

 

最後に。

勘違いして欲しくないのは、両親には何の負い目も無い。俺のちっぽけで少しだけしか残ってない誇りにかけて、母さんと父さんがこの世で一番の母親と父親なんだって言い続ける。

 

俺の両親は、俺のチンケな頭の中じゃ収まらないくらい、強くて、優しくて、それでいてやかましくてうっとうしい。

何も返せない息子が、悔しくて一人泣きする程度には、愛してる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…食傷になるんだけど」

 

「だから言ったじゃん!順番があるって!」

 

「順番通りにしたとしても、コレ読んだ後の雰囲気どうするつもりだったの…?」

 

「いやまぁ、そこはみんなのアンケートが後味の悪さを中和してくれるかなーって」

 

「──中和出来るかどうか、先輩達の顔見て言ってみなさいよ」

 

──そこに並んでいたのは、信じられないものを見た様な、茫然自失の表情達。

セリカが口の端をしかめながらも、軽口をスバルと叩きあえるのは元より等身大の人間として接してきたからだろう。

衝撃を受けた、という程でも無く寧ろ安心している様子。

 

「……気休めは言えないよ、でも話してくれたから、一緒に悩める」

 

「私も別に、コレでどうにかなる訳じゃないけど!…みんなは、アンタの事結構頼りにしてたんだから、こういう事隠してたのなら…顔を上げて話をしなきゃダメ」

 

暗く顔を俯かせるスバルの頭に手を置いて、セリカが右に左に手を動かす。

スバルの髪の毛もそれに伴って、整えられていたオールバックがくしゃりと波打った。

 

「スバル」

 

「ん……」

 

「──失望して欲しくないのなら、今ちゃんと背筋を伸ばしてこっちを向く!それからなら、何でも聞いてあげるから」

 

「我儘でもなんでもいい、言ってみて。アンタが私達にどう接してたいか、ハッキリ」

 

考えてはいた。

妄想に過ぎない未来を、この世界に来てからの功罪の一切合切をナツキ・スバルという要素を排して接する姿を。

 

すべからく、道化でありたい。道化に見られたい、道化として生きていたい。

腐った心の柔らかい部分を見られても、スバルはどうともならない様な関係性でありたい。

 

けれどそれを押し付けて、押し付けられて受け止められれば唯の介護か何かだ。

あやしてもらいたい子供があやされるだけ、それでもいいのかもしれないけど、多分、健全じゃない。

それに、きっと長くは耐えられないだろう、腐り続けていく自分から放たれる悪臭は、誰も彼もを遠ざける。

 

「…………そんな、大層な事じゃないんだけどさ」

 

「まぁ、今まで通りっつーか。俺は俺のしでかした事に見合う人間に、自分の足で歩いていくから…」

 

「コケたり、いじけたり、泣いたり。逆転のBGMも何も掛からない、そこで終わりで誰の期待にも応えられなくても」

 

「俺を、見ていて欲しい」

 

見てくれさえいたら、頑張るから。

誰にも見られなくなっただけで、頑張れなくなるって言ってるのと同じだけど、頑張るからさ。

 

「──俺を許すな、誰にも見られなくなる位で何もかも諦めちまう人間だから、見られる為に必死に足掻かせろ。見られてない事で安心する俺を、そんな俺でいることを許さないで欲しい」

 

「ずっと、この先ずっと、見ていてくれ」

 

くどくて、甘くて、喉が焼けそうな欲望。

喉の奥が乾燥してひっ付き合うせいで、何度も生唾を飲み込まないと喋りきれない。

 

喉から出た声は、まるで冬の朝の空気みたいに澄んでいて、けれど皆の体を通じ共振していた。

言葉に込められた決意は、渦巻く罪悪感や虚無感の全てに、ようやく真正面から向き合って歩いていく宣言なのだから。

 

セリカは、一拍置いてから静かに笑う。

優しいようでいて、でもどこか母のような強さを纏ったその笑顔がスバルに息を吸う許可を与えて───。

 

「んじゃま、次行きますか」

 

「───」

 

「何だよその顔、まだセリカのもアヤネの奴も、ノノミのも終わってないんだ。〆の雰囲気になってるとこ悪ぃけど続けます」

 

内容はカカオ100%のチョコレートだが、求めるものは認識の齟齬のすり合わせだけ。

けど、そんな顔しなくても良くない?別に重大発表な訳でも無いし、元々交換会だったんだし。

 

「それじゃ───セリカの奴からだな!」

 

「こんの馬鹿スバル──!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───じんわりと、指の端に熱が積もる。

ゆらゆら、ゆらゆらと、プールに浮いている様な感覚だけが脳を支配していた。

スバルのゴーイングマイウェイっぷりにはさしものアヤネも胃を痛めただろう、スバルが自分勝手枠に入ってしまうと、スバル、ホシノ、シロコの三連星でジェットストリームアタック、ストレート負けのちゃんちゃんだ。

 

「…………」

 

アンケートを書いている最中、母である菜月菜穂子の事を何度も思い出しては「へ、へへ…」と掠れた声を出したものだ。

超ド天然を超えた神ド天然の母、喋っている途中あっちこっちに話が逸れたかと思えば、投げ掛けた問いや質問に根本的な疑問を示す。

 

そして、悩みを解消してくれるんだよ、何故か。起承転々々々々々、パーフェクト結というバレエダンサーもビックリの着地を繰り広げる。

 

「顔見せして欲しいかと言われれば、あのラブリー天然ボケフェイスをもう一度息子の前に晒して欲しいけど」

 

逆に皆へ両親に顔合わせしろ、なんて口が裂けてねじ曲がって360°回転しても言えない。あの天然さは慣れていない人間には、別次元の宇宙人との対話を出来るようになってからじゃないと。

 

「………」

 

そういえば、アンケートで一番真面目に『自己分析』の観点で上手く書けていたのはセリカだった。

スバルとしてはアヤネかノノミの二択だと思っていた、だって真面目枠の中でシリアスが出来るのはあの二人ぐらいだし。

 

借金を考えなくて良くなった後のバイトのモチベーション推移だとか、資金の活用法から返済を抜いた結果、少しだけ手を出してみたい趣味が増えたとか、金銭面におけるメンタルへの影響がつらつらと述べられていた。

 

……マジメか!いやマジメか、誰よりも真剣に借金返済を『実行』していた側だもんな。アヤネもそうだけど、体の張りすぎには気をつけて欲しい。

 

「アヤネは逆に一番ふざけてた……目を疑ったわ、ラブレター送られてきた時は」

 

『交換する』という前提を活かして、誰にもバレないように熱意籠ったお言葉の数々を送るとは……このリハクの目を持ってしてもうんたらかんたら。

これからは挫けそうになった時、それでも明日は、とナツキさんの様に希望を持つようにします!これからも、ナツキさんはアビドスの英雄です!なんて、俺のアンケート開示が先だったせいで大事故の悲しい結果になってしまった告白もあった。

 

俺───が悪いか、俺が悪いなコレは。

全員と交換するなんて言ってなかったし、プライバシーもクソもない。

 

「……」

 

「────ル」

 

そしてノノミはというと……これまた曲者。

自己分析〜って言ってんのに、書いてる事は全部ホシノとシロコへの言葉。

自分の事を書け、そう強制する気は無いが自己分析アンケートで他の人に言及するのはひねくれが過ぎるのでは───?

 

「───バル」

 

でもまあ、ノノミにとっては二人の変化イコール自分の変化なのだろう。彼女らに感応し、ノノミもまた変わっていく。

スバルが彼女に出来た事は余りにも少ない、適当に攫って何とかしただけで、反省と自戒、ある筈の無かった『次』への猛省は彼女の中で終わっていた。

 

──悲しみを濯ぐ為には、希望で一歩前に。

 

ノノミが紙へ残したその言葉は、スバルの考えが及ぶ以上の感情を含んでいたと思う。

他の誰よりも、ホシノの悲しみに触れてきた。だからこそ、悲しみとの付き合い方をよく知っている。

 

「ノノミがいなきゃ、とっくの昔に手遅れだったんだろうな…。それだけは分かる、ホシノの居場所の一つってのが何よりの証拠だし」

 

「──スバルきゅん!」

 

「どわぁぁぁぁ──!?」

 

心臓が、口から飛び出た。

そんな幻覚を抱く程の衝撃を受け、スバルは声の聞こえた窓の方向から正反対に走り出そうとする。

 

「クフフ!ビックリし過ぎ〜!久しぶりだね、スバルきゅん」

 

「ってその声…!ムツキ!?」

 

「そう!スバルきゅんの頼もしい味方のムツキちゃんだよー、にしてもスバルきゅん、酷い有様だね♡」

 

窓に目を向ければ、そこには窓に張り付くムツキが居た。窓も鍵はかかっていなかったので、外からムツキが保健室に入ることも容易い。

便利屋───唯一、あの決戦が終わった後に連絡が欠片も取れなかった相手との再会に、スバルの目尻に涙が浮かぶ。

 

「なっ、おい!なんでみんな黙って居なくなったんだよ!?あの後俺がどんだけ心配したか……!!二回目、二回目だぞコレ!」

 

「仕方ないじゃーん、私達働いてるのが『裏』だからさ〜。あんな事件に名前が上がっちゃうと、仕事入んなくなっちゃうんだよね。だからカヨコっちの判断で離脱しちゃった」

 

不満たっぷりな顔をして、ムツキはスバルが寝ていたベッドに近づくと、いつも担いでいるデカい鞄を床に置いて──ダイブした。

 

「あったかーい。スバルきゅんのぬくもりが残ってる…ね?」

 

「………おいおい」

 

「クフフ~、スバルきゅんも立ってないで傍に座って欲しいな~」

 

座って欲しい、そう言われて今自分が立っていた事に気が付くカートゥーンムーブメントを晒し、おとといまで人の手を借りないと歩けさえしなかった自身の覚醒に目を見開く。

 

漸く、異世界チートっぽいものが目覚めたのか、そう思ったのもつかの間「セナちゃんはペチャンコのペンキ缶みたいになっちゃった子でも直せるからね」と、ワクワク顔に水を掛けた。

 

──らしくない。本当にらしくない、真面目オーラが漂っているのもそうだが、こんな不法侵入じみたことをする人間だったか?

 

「アビドスの子達を終点まで送り届けたのは良かったけど、その後何にもせずに退散!って、本当に良かったのかなーって思ってさ」

 

いつもは小悪魔らしい彼女が、やけにしおれている。

ほんとのほんとに、口惜しそうに。そして胸の中のもやもやを誤魔化すように。

 

「…本当はね、カヨコちゃんもこう考えちゃったんだろうけど…───あの赤い空を見て世界が終わっちゃうかもって時、スバル達よりアルちゃんを優先しようって」

 

──。

ああ、そうか。顔を見せなかったのは、合わせる顔が無いと思っていたからなのか。

 

「それは…仕方ねぇよ、誰にだって優先順位はあるし、俺はムツキ達がやってくれた全部、本気で感謝してる。それで腹いっぱいだ」

 

「……もー、そこまで言われると、言いたい事無くなっちゃったじゃん」

 

命より大切なもの、なんてのは詭弁に過ぎないが、だとしても命を使って守りたいものを守るのならば、詭弁は真実と同価値を持つ。

便利屋は、互いが互いにそんな生き方を歩んでいたのをスバルは知っている。

 

彼女らが命を落とす時は必ず決まって、誰かを庇った時なのだから。

踏み込み過ぎれば死ぬ、そう判断したのなら逃亡も致し方ない。

 

「その道のプロだしな俺。逃げ足の鍛え方が知りたかったら俺に聞けよ、何でもかんでも言い訳まくし立てて有耶無耶にする能力だけは自信があるぜ」

 

「それなら私達も負けてないよー?今の事務所が見つかるまで、散々夜逃げしてきたし」

 

「なんだと…!やべぇ、流石に裏稼業のプロには俺の口も減らず口になっちまう…!あんま有頂天ぶっこいてっと、その内ケジメキメられたり…?」

 

小指をピン、と立てたスバルへ同じく小指を立て、雑草を刈り取る鎌のような仕草で指の根元に絡ませた。

本当にケジメを取らされるのかと「ぴゃっ」──なんて鳴き声を出したスバルを、愉快なものを見る目でムツキが眺めていて、

 

「…むふーって声が聞こえてきそうな顔しやがって」

 

「だって、スバルきゅんイジりがいがあるんだもん」

 

ポニーテールを揺らし、スバルで一通り笑ったムツキはそれでも尚何処かバツの悪そうな顔で、指先に髪の毛を巻き付けては解き手慰めをしている。

顔見せと謝罪だけじゃない、そう思ってはいるものの、ここまでムツキの調子が振るわないとスバルまで不安になるのだが───。

 

「本命、他にもあるなら話していい」

 

「……」

 

「別にどんな事でも、解決して欲しいって思ったなら即断即決だ。怪我も治りかけてるし、手伝って貰った分の依頼料払えて無いし」

 

「──だってさ、入ってきてよ。監督官ちゃん?」

 

「え」

 

耳に張った鼓膜が太鼓を鳴らすかのように叩かれる。

今、監督官と言ったか。ころころと顔色の変わるスバルの膝元に乗り、顔を上げて見れば、彼女はそんなスバルの呆気にとられた顔を吐息とともに見上げ笑い、

 

「ちょっと待て!?監督官…つったよな、来てんのか…?」

 

「今回の事件で新しい依頼人が増えてさ、その内の一人が監督官ちゃんだったんだよね。依頼内容は…『ナツキ・スバルに会わせてくれ』ってさ」

 

「────」

 

「危険性はちゃーんと分かってるから、武器とか危ないもの全部没収して、手錠とアルちゃんの狙撃が常に頭を狙ってる」

 

指鉄砲を頭に構え、「ぱーん」と可愛いジェスチャーをするムツキだが、スバルの心臓は凄まじい勢いで鼓動を早めていた。

脳に籠る熱気はそのままに、吐息に混じって吐き出される。

 

朝にも言った気がするけれど、順番というものがある。いや別に、スバルが彼女の事を避けている訳じゃない、改心するつもりか何か、なんでもいいから顔を見せてくれるのなら万々歳だ。

 

けれど夜中の見張りをルーティンとして続けているホシノに見つかりでもすれば───恐怖の尋問官爆誕だ、血なまぐさい匂いがまた漂ってきた。

 

どうする、どういう考えで便利屋に依頼したんだ。便利屋も受ける依頼は選ぶはず、なら内容もある程度はマトモで……いやいや、流石に楽観し過ぎだろ、俺なら段階を踏んで、心境を整えて、

 

「……入るぞ」

 

「───スオウ」

 

整えて───整えたとしても、窓からズカズカ入れる訳ない。心臓に毛が何本生えていたら、悠々と不法侵入出来るのやら。

 

「お早い再会で少しは驚いたか?」

 

「めっっちゃくちゃ驚いてる」

 

「……それだけか?他に…何か…」

 

「いいや、別に。早めに顔合わせられて良かったな〜ぐらい?」

 

「…………」

 

服装は以前と変わらないロングコート。

それを見るに、まだ監督官の座を降ろされていないのか、業務帰りの疲弊感を携えてスバルの前に立つ。

 

「怒鳴り声の一つでも、上げられると思ったのだがな」

 

「お前さ…そんな事したらホシノに見つかるだろソレ…」

 

「それもそうか。まぁ、見ての通り攻撃の意思はない、安心しろ」

 

両手を上げ、擦れ合う金属音がスバルの耳に届く。

手錠をされていたスオウは、マジシャンの様に自身が囚われの身である事を強調し、意図を伝えていた。

──話をしたい。そう、語りかけているのだろう。

 

「あの後…橘姉妹は、私の犯罪行為を告発しなかった」

 

「お陰様で全方面に喧嘩売りまくった後でも元通りって訳?」

 

「というよりは、私という存在そのものを深く追求するのを、各陣営が取り止めたんだ。私の事を探って掘れるのは自分達の墓穴だけだからな」

 

「人間ブラックボックス……」

 

以前の様な血気迫る朝霧スオウの迫力は霧散していて、もしこれがスバルとスオウの初対面であれば、苦労人気質のミステリアス系女学生と肩に手を置いたものの、流石に熾烈な命の取り合いをしておいて、おいそれと軽口は叩けない。

 

目を伏せ、苦しみに耐えるように口の端を歪めるスオウ。所謂苦笑い、を自嘲気味に行い、被っていた駅帽を取り外す。

 

「………私の物語が閉幕して、程々な時間が経った」

 

「あの時の、お前の意味不明な返事にも考えを巡らせられるぐらいには、余裕も出来た」

 

「いつもと、何も変わらない時間を過ごして───少しだけ、落ち着いた」

 

「まあ、それで、だ。……やはり、お前と話し合わねば分からない事がある。だからカイザープレジデントの遺骸を使って便利屋と話をつけ、会いに来た訳だが……」

 

「…………」

 

「…どう、思う」

 

──意外も意外。

頬を赤らめて、恥ずかしそうに自分の行動の是非を問うたスオウ。

様変わり……という程でも無いが、彼女にとっては面の皮を何枚も被って何とか話せているのが、赤熱する頬の様子で分かる。

 

言うなれば、物語の裏で動いていた悪の参謀かラスボスか、そういう立ち位置の奴がわざわざ主人公の泊まる宿に足を運びに来た、と言った所か。

 

「俺と、話したくてここに来てくれたんだろ、スオウ」

 

「……あ、ああ」

 

「なら、俺はとやかく言う必要は無ぇな。ありがとう、スオウ。俺もスオウと話したかった」

 

「─────」

 

「ふ、はは、『ありがとう』……。お前も、私と話したかった…と」

 

憑き物が落ちたのか、保健室に備え付けてあった椅子に腰を降ろす。

スバルの言葉を受け取った後、目の前で瞑目して表情を変えているスオウを二人で観察。

 

ムツキは手持ち無沙汰なのか、退屈しのぎにスバルの髪の毛で遊び始める。女装に備え、常日頃から髪の毛の手入れを怠っていなかった黒髪は、ムツキの手で小さな三つ編みにされていく。

そして、ふと気付いた。

 

「眼帯、やめたのか。ホシノみてぇにオッドアイだったんだな」

 

薄明のクリスタル、受け取れる印象は『美しい』であり、キャラ付けか何かと思っていた眼帯の下にこんな綺麗なものが隠れていたとは。

スオウとホシノ、互いに似ている、同じだと言い合った二人ではあるが、まさかのオッドアイ属性も被っていた。

 

「…眼帯をしていないと、眼が疼いたのでな」

 

「はい?え、すげぇ厨二病。びっくりするぐらいベタな奴出てきた」

 

「……本当だ、言っても信じないだろうが、頭の中に声が響くせいで眼帯を外せなかったんだ。今は…もう収まったから外した」

 

「──声。なるほど、なら、もう一生聞こえてこねぇよ」

 

「……?」

 

夢に囚われたままの黒き怪人に黙祷を──捧げるまでもなく、唾を心の中で吐き捨てる。

どうでもいい思い出はさておいて、スオウが纏う若干の柔らかな雰囲気は、アイツが機能停止したと考えていいかもしれない。

 

「それで、迷える子羊ちゃんは何を俺に探して欲しいのかな?」

 

「それは…私はただ、あの時の…」

 

「アレはもうYESだって答えた。ちゃんと怪我治した後、幾らでもスオウに会いに行くさ。それはスオウも落ち着いたってなら分かる筈…ってなら、他に話したい事、あるんだろ」

 

「…………」

 

「…ああ」

 

憂鬱げに、スオウが夜の空を見上げる。

その目に映るのは疲弊と、無気力だけ。星空が美しいだとか、月が綺麗だとかは一切無い。

 

「──正直、難しかったんだ」

 

出始めは軽やかに、なんでもない日常を話す様な、そんな口触りの良い声で話し始める。

 

「全部終わって、終わらせられて、何もかも無くなった後にそれでもと言われても、何から始めるのかが難しい。あんなことをしでかした後に…」

 

「まぁ、つまり、なんだ…自分ながら、自分勝手さに恥を覚えた。何も無い自分が突如、以前見えていた数倍滑稽に映る。理由も願望も何も無い人間が改めて自分について考えていたのが、何とも…名状し難い気分になってしまって」

 

「思考がぐるぐると同じ場所を回っては、仕事も手につかず頭を痛める。その内に『同じ選択』を取ってしまいそうになった。ナツキ・スバルの事も、小鳥遊ホシノの事も、憎しみとは程遠い場所に置いてあったのに」

 

「だから───お前を頼りたい」

 

なるほど、とスバルの頭は縦に揺れる。

なるほどな、とスバルの目はパチパチと乾きを潤す。

なるほどなるほど、と言うべき事が決まった口が勝手に動き始めた。

 

「なら、最初にしなきゃなんねぇのは」

 

「──ごめんなさい、だよ。スオウ」

 

「……ごめん…なさい…?」

 

「悪い事をしたらごめんなさい、恥が邪魔して出来ねぇのなら、もっと恥をひけらかしてる俺がそばに居る」

 

「だから出来るだけ早い内に…──」

 

──二人で、ホシノに会いに行こう。

いつも通りに、ナツキ・スバルは真面目に、真剣に考えればやらない馬鹿な事を、真剣な顔で告げるのだ。

 

ホシノも通ったこの過程を省いて歩いては通れない。スオウにとって、それが自分の中で特別な意味を持つのかどうかは、彼女次第ではあるが、それでも、

 

「ホシノが自分を諦めなかったんだ、スオウも、自分を諦めるには結構苦労すると思うぜ?」

 

「なんてったって、俺っていう厄介者が隣にいるからな」

 

「……」

 

「あ、それならさースバルきゅん。丁度いい機会があるんだけど……」

 

ムツキからの耳打ちは、それはそれは甘美で都合のいいものだった。

本当に丁度いい、それなら、スバルが求めていた瞬間とも合致する。

呆れた顔が元に戻らないスオウに手招きをして、とぼとぼと覇気のない歩みに手を伸ばし、スバルの口元へと引き寄せた。

 

「なぁスオウ、本当に今自分が目指したい場所が見つからなくて、俺の手を借りて前に進みたいってなら一つ提案がある」

 

「…なんだ」

 

「そうだな…明日、明日だ、明日俺達と一緒に…」

 

 

 

 

 

「───ラーメン、食いに行かね?」

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