喜びとは目的を暖め続け、知性を輝かせ続ける神聖な炎である。 作:Alphecca
──空から火山が落ちてきた。
嗚呼、それは絶望の象徴。
我らヒトが畏れてやまない、やまなかったものたちの原型。
我らは畏れ、ゆえにこそそれらを解き明かそうと知識を接ぎ、継ぎ、注ぎ足してここまで来た。
神秘という名の死。決して逆らうことのできない死の波。太刀打ちできないもの。
それは海。
それは雷。
それは飢え。
それは……火。
無限の時を積み重ね、培った技術で克服したはずのもの。
そうだ。
これこそが、きっと──。
≪隊長、指示を!≫
煤と粉塵、泥や血で汚れた無線機のスピーカーから、少し離れた地域で行動している筈の部下の声が出力された。
ざらつくノイズ。安く買ったジャンクを騙し騙し使ってはいたが、老朽化のせいで死にかけの通信機はひどく耳障りな音声を放ち続ける。うち捨てられ廃墟と化した移動都市の残骸、朽ち果てたクルビア風のビル街の一角。
剥き出しの建材を雑草と苔が覆い尽くしたビルのエントランス。ブーツの底で粉々に砕けた窓ガラスの破片がじゃりじゃりと音を立てる。
トランシーバーと同じくらい煤と泥と血にまみれた、壮年の男……その顔を覆うマスクすら半分以上砕け、素顔を晒した男は、痛む足に力を込めて「どっこらせ」と立ち上がり、口元にマイクを近付ける。
さっきまでのように、マイクに向かって喉が痛むほど怒鳴りつける必要もない。突如として敵が一斉に去っていた戦場は、異様なほどに静かだった。
どこか遠くで、空挺輸送機のものらしきローターが空気を八つ裂きにする独特の破裂音が響いている。
男は割れた窓ガラスから屋外を、先ほどまでは灰色の薄曇りだった空を見上げた。
超高密度のアーツ反応が男の肌を粟立たせ、徐々に加熱されていく大気にはどこから吹かれてきたのか、白い灰が混じり始めている。
凄まじい熱波が上空から廃墟を打ち付けはじめ、赤い光がコンクリートを照らすさまはまるで夏の夕暮れのようだ……いや。
それよりも、もっともっと赤い。
絵の具のような、血のような、もったりと重たい赤色。
空は今、地獄のような赤色に染まっていた。
男はそれを一目見て、もはやすべてを諦めてしまった。
超高範囲への無差別アーツ爆撃。彼らレユニオンはそういった戦略を、これまでにも何度か目にしたことがある。それは、彼らの長が何度か用いたことのある手だからだ。
一体何人の術師を動員しているのやら、敵はどうやらこの廃墟ごと我らを燃やし尽くすつもりらしい。さっきまで自分たちと戦闘を行っていた仲間もまだエリア内に残っているだろうに、何とも残酷なことだ。
何にせよ、彼らの隊は強力なアーツ攻撃に対して有効な防御兵装を持たない。この程度の規模の兵装なら奴らも本気を出してはこないだろうと高を括った、こちらの落ち度。
「……アルファよりレユニオン第三十八独立中隊全員へ。諸君、状況は見ての通りだ。現時刻をもって作戦内容を破棄、フォックス・タンゴ・ウィスキー、ポイントナイナー」
「今まで私に付いてきてくれたことに、感謝する。ありがとう」
「運が良ければ、生きて会おう。健闘を祈る。オーバー」
そこまで話して息を吐き、通信機の電源を落としてそこらに放る。気休め程度に自分の現在位置を指示はしたが、そこにたどり着いたとて彼らの命運は変わらない。逃げ場など、無い。
せめて若い構成員が最期まで希望を捨てずに走れるならそれでよし。たどり着いてしまった愚か者には……仕方ない、とっておいた煙草でも奢ってやるとしよう。
自嘲気味に笑みながら空を見上げる。波濤の如く打ち寄せる熱と光に、瞳がひりつくのを感じる。
空が赤い。太陽は火山灰に隠され、薄闇の中を照らすのは病んでしまったかのようなカーディナル・レッド。
焼け付くマグマが発する、まるで質量を持つかのようにべっとりとした熱量と赤だけだった。
「さんざ言い訳を塗り重ねながら悪事を続けた果てに、焼け死ぬ最期か。まったく」
「……ハッ。この世界は本当にクソったれだな。なあ、ニーレ」
“カトラの火よ。”
耳元でごうごうと風鳴りが爆ぜている。
体中を剛風が打ち付け、ゴーグルをしていても目元に風を感じるかのようだ。
“エルドギャゥを割り、ヨークトルを割り、その姿を顕そう。”
彼女──栗色の髪のキャプリニー。若き研究者は落ちていた。
乾いた空から、廃ビル群が立ち並ぶ地上へ向かって墜ちていた。上空には空挺輸送機。視線の先には明かりの消え、黒くいびつなシルエットだけが立ち並ぶ廃墟群。
各地点で戦うロドスのオペレーターの姿は、彼女の弱った視力では捉えきれない。
だが、彼女はその記憶に叩き込んだデータを思い出した。味方と敵の戦闘地域、その移動予測線。それを信用していれば、絶対に大丈夫。
それは世界でいちばんか、二番目くらいには信頼できる情報だと断言できる。
“土を割り、氷を割り、その姿を現そう──。”
降下装備もつけていない彼女では、十秒も経たないうちに地面に激突してしまうだろう。それでもキャプリニーは言葉を紡ぐ。彼女にとってその詠唱は、精神を集中させ、アーツの収束効率を高めるためのおまじないだった。何かの呪文というわけでもない、たんなる彼女の精神安定のためのルーチンワーク。
胸の前でアーツ増幅器である長杖を真っすぐに構え、一心に精神を集中させ、体内のアーツを励起させる。彼女から発散される高密度のアーツが辺り一帯を焦熱させ、彼女の杖の先端に小さな火球が生成される。
彼女は近づく地面に構うことすらなく、自らが移動都市に轢かれてぺしゃんこになったオリジムシのようになるかも、という危機も厭わず、父の研究室で読んだ旧い詩編に見たリターニアの自然の叙景詩、お気に入りの一篇の朗読を優先する。
火球は次第に大きくなる。温度にして五千五百度、三百六十万気圧の破壊が彼女の手を伝って杖の先に形成され、解き放たれる時を今か今かと待っている。
投下エリアの演算完了。誤差±三メートル以内。
地表がみるみる近づく。彼女は怖れない。
なぜなら彼女──ロドスの術師オペレーター、コードネーム“エイヤフィヤトラ”は。
「いきますっ。アンジェさん!」
≪降下地点に反重力展開中! エフィ、安心して飛んで!!≫
すさまじい圧迫感をもって近づいてきていた地表が、ふと遠くなる。吹き付ける風が弱まる。
ふわり、暖かなアーツのにおいに包まれる。
身体が軽くなったような感覚。気を抜くと空中で宙返りしてしまいそうな軽さで、けれどそうはならなず姿勢は安定する。エイヤフィヤトラは、彼女の友人が操るアーツのことも信頼していた。
──彼女は落ちているのではなく、これから飛ぶのだ。
空から火山が落ちてくる。
それはレユニオン残党との突発的な戦闘だった。地上要員は非戦闘員を護送中であり、また行動地域はリターニアとウルサスの国境付近であるため、外交問題への発展を避け戦闘オペレーターは最小限の随伴。
そこを狙い澄ました敵の標的は、こちらの保有している医薬品だ。リターニア辺境の廃棄された移動都市残骸。ここに追い込まれたロドスの部隊は、あわや掠奪の目に遭おうというところ。
≪地上部隊の退避を確認。エイヤフィヤトラ。頼む、彼らを護ってくれ≫
「……はいっ、先輩!」
耳に装備したヘッドセット型の補聴機能付き高性能通信機が、彼女の上司からの指示を届けた。
戦闘エリアの中心への、広範囲殲滅に特化した戦術要員・準エリートオペレーターのヘイロー投下。
隠密状態でのアーツ砲撃実現のために一般的な降下装備は使用せず、重力操作アーツを得意とするオペレーターを作戦に組み込んでの無装備投下である。
事前に投与された
身の裡で暖かく、暖炉の火のようにたゆたう熱を。
アデル、と呼びかける記憶の中の声を。
彼女は内から外へと、導かれるようにして析出させる。それは爆発的なエネルギーを持った灼熱の火山弾となって降り注ぎ、空を灼き地を砕き、いくつかの地点だけを避け、廃棄都市の全域をレンジに捉えて精密に着弾する。
──そこに、神話の再誕があった。
抗えぬ死。かつてヒトが、カミと畏れて祈った自然現象。
その神秘を科学と技術によって打ち破ったはずのヒトが、今こうしてまた赤く染まった焼尽の空にカミを見出すのなら。
「……はは、はあ。クソ」
結局、残った煙草は自分で吸うことになった男は。
皮膚を焼き、目の水分を蒸発させる熱を見上げ、感嘆の声を漏らした。
「綺麗だ……──」
△▼
「あ゛ー……いやまってアーミヤ、そこはキツぐええー!」
ロドス・アイランド内部、ドクター執務室の一角。
殺風景な部屋の一角にあつらえられた、ふわふわラグと暖かなこたつ。天板上には蜜柑かご。若干くたびれた様子の雑誌が何冊か。
そこから、ロドス最高権力者が潰れた羽獣の如くあげた悲鳴が響き渡った。
「ドクター。やっぱり私のマッサージなんかより、フィリオプシスさんやサイレンスさんにお願いして遠赤外線治療とか、手配していただきませんか?」
「まあ待ってほしいアーミヤ。考えてみるんだ、彼女たちは生粋の医者だろ、一度罹ろうものなら絶対に継続的な通院を要求される。そうなれば一体どれだけの業務時間が犠牲になることか!
『腰をイワして仕事が終わりませんでした』などとケルシーに報告してみろ、腰どころか全身それはもうポッキンポッキン!」
「それは報告内容ではなくて、報告態度の問題なような……」
はあ、とため息をひとつ。うつ伏せで横たわる黒服の男に跨がったアーミヤは眉を下げて、「続けますよ」と断ってからその腰に両手を当てた。ふッ、と力を込めて押し込む。
ごきごきん、と奇怪な音が男の腰から響き、コータスの少女は思わず眉を顰めた。
「んミ゛っ!!?」
「もう。せめて椅子だけでも、もう少し楽な姿勢でお仕事ができる物に変えてください。さもなくば、私がライン生命のお二人とケルシー先生の両方に、ドクターの不摂生を言いつけますからね」
「アーミ゜ヤッ!? 頼むそれは、後生だから!」
「ならせめて、もう少しちゃんとした椅子を買ってください。というか、前の背もたれ付きはどうしたんです?」
ちらり、とアーミヤはドクターのデスクを一瞥した。そこには小さなアルミデスクに、小さな丸椅子。とてもではないが長時間座ってデスクワークをする者の仕事場ではない。
「ああ、あれは売り払った。オペレーター達に支給する作戦記録の費用に充てようと思っホゲェッ!」
今度は少々怒りを込めて、容赦なく凝り固まった腰の筋肉を蹂躙するアーミヤの指に呻吟の声を上げるドクター。
そこに響く、執務室への来訪を告げるインターフォン。ぷしゅ、と軽く空気の抜ける音と共に自動ドアが開き、ローズグレイのワンピースにあちこち焼け痕をこさえたキャプリニーの研究者が遠慮がちに入室する。
「せんぱーい、ちょっといいですか? 書庫の地理書をいくつか貸していただきたく……て──」
ぱちり、視線がかみ合った。
エイヤフィヤトラの視線はまず横たわるドクターに、そしてその背に跨がるアーミヤに。
そしてゆっくりと、腰に添えられた両手に注がれた。
ぱちぱち、と瞬き。
それは、見ようによってはこうずいぶんと親密に密着していて、見るものが見たなら「こ、これはオフィスでラヴなワンシーン……っ!? えっでもアーミヤさんの歳って確か」と勘ぐってしまいかねないような一幕だ。
静寂。こち、こち、と時計の秒針だけが空気の悪さに耐えかねたように、そそくさと時を進めている。
「……せ、せんぱい?」
断ち切る線を一つでも間違えれば大爆発を起こす、爆弾解体作業。
今の空気はまさしくソレだ。ドクターの中では、少なくともそれだけの緊張感をもったオペである。
目の前の『私はなんて空気の読めないタイミングで入室してしまったんでしょう』と言わんばかりに顔を青ざめさせている後輩の誤解を、安全に解体せねばならない。
失敗したら? そんなことは知らない。何故なら失敗すれば男の体中の骨は、同じフロアの研究室で仕事をしているであろう三人目のロドス最高権力者に、二倍ほどの数にされるからである。
ドクターの全身の骨を賭けた一世一代のミッションが、今始まる。
「……エイヤフィヤトラ後輩、落ち着け。今君は、時と場合によってはロドスを崩壊させかねないクリティカルかつフェイタリティな勘違いをしようとしている。だから落ち着け。おちついてその後ろ手にドアノブに掛けた手を戻すんだ。まずは弁明と説明の機会が欲しい。公平にいこう。ね? お願い」
困ったように下げた眉に、ふるふると首を振るエイヤフィヤトラ。その仕草が示すところなど、このロドスに勤めていれば誰でも知っている。
ミッションは早々に失敗である。嗚呼さらば後輩の尊敬のまなざし! さらばロリコンの全身の骨!
これから先一生『この……汚物!』と下水道のハガネガニを見るような目で後輩の冷たい視線を浴び続けることになるのだ。シャレにならない。ケルシーに殺されるよりひどい。いやこの例えは外勤のとあるオペレーターが烈火の如く怒るのでオフレコで。
「お、お、お」
「お?」
がちゃりと回されるノブ。
「お取り込み中のところごめんなさい~~~っ!!」
顔を真っ赤にしたエイヤフィヤトラはそう叫ぶと、勢いよくドアをこじ開けて走り去っていった。
「まって! 取り込んでない! 全くもって取り込んでないから待つんだエイヤフィヤトラ後輩! その角を右には曲がるな、そっちはケルシー医師の研究室だからああっ!」
泡を食って執務室から飛び出し、せめて超弩級の“核爆発”だけは避けようと走っていったドクターの背を目に、アーミヤは立ち上がる。何となくこうなるだろうなと、前もってドクターの上から退いていたのだ。
あーあまったく、と小さく苦笑しながら、軽くスカートの裾を払った。
「……それなりに」
そっと呟く。給湯室に3人分のコーヒーを淹れに向かいながら。誰にも見られないように、頬を膨らませて。ぷくー。
「それなりに、取り込んではいましたが。」
「なんだぁ、先輩が腰を痛めちゃって、それを休憩時間にアーミヤさんがマッサージしてあげていたんですね? そうならそうと言ってくだされば良かったのに……」
「説明する前に全力で逃げたじゃないか君は。で、何でまた地理書?」
数分後。
ケルシー医師の謎召喚生物に勘違い天誅される事態だけは回避したドクターが、改めてキャプリニーの地質研究者、エイヤフィヤトラに問うていた。彼女はそういえば! と自らの本来の目的を思い出し、説明を始める。
「はい。今私が執筆している一年前のチェルノボーグ事変での天災に関する論文なんですけど、周辺地理の情報をデータに加えて、統計マテリアルとして比較したい部分があるんです。
あの地域の岩石圏がどのような物質を含んでいたのか、どうにかして実地の情報が知りたくて。そういったデータの記載がある記録書とか、文献があればなー、と」
「成る程……そういうことならロドスが各地の地質サンプルを回収しているし、当然あの地域の資料もある。それで良ければ、データが格納されている場所のアドレスをエイヤフィヤトラの端末にメールしておくよ」
腰をさすりさすり粗末なデスクに歩いて戻ったドクターは、アーミヤが出してくれたマグに手を伸ばしてコーヒーをすすり、端末に向かい合ってキーボードを叩き始める。
その様子を見て取ったロドス・アイランドのCEOは「それではドクター、椅子の件。予算は私の方で下ろしておきますから、ちゃんと購入して下さいね」と言い残し、いくつかの書類を受け取った。
すれ違いざま、エイヤフィヤトラにも軽く会釈をしながら微笑みかけ、ふわふわと湯気を立てる白いマグカップを手渡す。
「エイヤフィヤトラさんも。研究熱心なのは素敵なことですが、あまり無理しすぎないで下さいね。それで症状が悪化してしまったら、元も子もありませんから」
「あはは、気をつけます~……」
小さなコータスの背は機械的な駆動音と共に、閉まる執務室の自動ドアの向こうへと見えなくなった。その姿を見送って、エイヤフィヤトラは机で業務と格闘するドクターへと向き直る。
「それであの、先輩」
「ん。ちょっと待ってくれ今メールを送ってるから。適当に寛いでいて。こたつしかないけど」
「あ、はいっ! お待ちしてますね」
キャプリニーの女の瞳が、フードを被った男の業務風景をじっと見つめていた。
ドクターの執務室はいつだって殺風景だ。壁も床もは建材打ちっぱなしの灰色で、ラグや壁紙で装飾などはされていない。寒々しい印象を覚える部屋だった。
一般的なオペレーターに与えられる個室よりもかなり広いその部屋には、来客用のソファとテーブルがぽつんと置かれる他に目に付くような調度品もなく、あとは今彼が腰掛けている粗末な(なんだか前見たときよりもさらに粗末になっているような?)仕事用のデスクのみ。
出入り口とは違うドアから繋がる物置は、金属製の本棚がずらりと並ぶ書庫になっている。ともすればそちらの方がものが多いくらいで、この執務室の質素さを余計に際立たせていた。
最近はとあるオペレーターの要望で、部屋の片隅に小上がりとこたつが備え付けられている。そこだけは色とりどりのクッションや雑誌ラックや、電気ケトルやそのほかの小物が並べられていた。色味のない部屋の中でそこだけが、乾ききった砂漠の中にぽつんとあるオアシスのように色彩を持っている。
「さっきアーミヤも言っていたけれど。体調は常に気に掛けておくようにね、エイヤフィヤトラ。クロージャに連絡して、ロドスのデータベースへの限定的なアクセス権限を君のアカウントに付与してもらった。期間は二週間だが、それで充分?」
「あっ、はい! ありがとうございます先輩! ……体調のことは、先輩もですよ?」
「私は良いんだ。何と言ってもドクターなんでね」
「ふふっ、なんですか、それ」
先ほどまですさまじい早さで叩いていたキーボードから手を離し、吐息を一つ。ドクターは机にあったマグカップを手に持って立ち上がると、エイヤフィヤトラが脚を入れて座っているこたつへと歩み寄った。
マグだけをこたつの天板に置いて、こたつには入らず小上がりに腰を下ろす。
「それより、今月の“授業”といこう。報告したいことがあって待っていたんだろ?」
「……! はいっ、先輩。是非よろしくお願いします!」
男の言葉に、研究者の女性は分かりやすくここ数十分で一番の輝きを見せた。
彼女の種族特有の柔らかな耳がぴこぴことはためいて、こたつからいそいそと抜けだしドクターの隣に腰掛けた。その仕草だけでも、エイヤフィヤトラが単に本を借りに来ただけでなく、男からその言葉が掛けられるのを期待して待っていたらしいのは一目瞭然であった。
「えっとですね、テーマは先日もお話ししたとおり“天災の発生と源石鉱脈の活性頻度、またその移動の関連性”なんですが」
「旧チェルノボーグ地域は、あれから長い期間天災の被害に見舞われていない。外勤トランスポーターのレポートには私も目を通している。そこに着目したのか?」
「そうなんです! これをご覧になってください──」
身を寄せるようにして、エイヤフィヤトラは持っていた端末を取り出し、クラウド上に保存した研究データ群と山のようなメモをドクターに見せはじめた。源石研究の権威も権威である彼の反応はよどみなく正確で、打てば響く、などという表現は彼女にしてみれば烏滸がましいこと。
彼女が資料を読み解く視点、考察、推論、展望。その全てを彼は一度で理解し、彼女が“成果の発表”を滞りなく行えるよう相づちを打ち、時に知識の補填を行う。
時折隣から感じる満足げな吐息や頷きは、研究者としての彼女を否応なく高揚させた。
「面白いね。エイヤフィヤトラ、流石だ」
そう言って彼女の成果を認めるドクターの表情は、いつもの朗らかでユーモラスなそれとは少しだけ違った真剣そのもの。熱中するように視線が何度もパラグラフを撫で、手遊びに自分の頬に触れながら「なるほど」と「面白い」をしきりに繰り返す。
認められている。評価されている。
……褒められて、いる。
どきんどきんと心臓が鳴る音がする。この耳は外の音は捉えられないのに、身体の中の音だけはやけにはっきりと捕まえてしまうから。
エイヤフィヤトラはマグマのように熱くなった頬を、けれど隠す必要は無かった。今ドクターは、彼女の論文に夢中になってくれているから。私の顔が見られる心配はない。
「ところでエイヤフィヤトラ、ちょっと質問をしても?」
来た。
一方でエイヤフィヤトラは、ひどく緊張してもいた。この“授業”は彼女が今の生活で最も楽しみにしていると言ってもよい時間であり、同時に最も怖れている時間でもある。
ドクターは彼女の報告途中には絶対に横槍を入れない。だが報告が終わった後には、エイヤフィヤトラの理論の組み立ての甘さと間違い、誤った理解を衝く質問という名の嵐がやってくる。
語調は優しく、決して詰めるような語調でもなく真摯なものだ。しかしドクターがその知識と頭脳を持って行う質問は源石剣よりずっと鋭利で、容赦が無い。自分が心血を注いでその足で、頭脳で作り上げた研究がいともあっけなく解体されていくのを、微に入り細に入り見せつけられる。
故にこの時間は“授業”という名目ではあるものの、実際はエイヤフィヤトラがドクターの胸を借りて挑む研究者同士の戦闘のようなものだった。
濁流のように見出される疑問と指摘の嵐に、若き研究者は賢明に対応したといえるだろう。
答えられる質問にはきちんと答え、分からないことは分からないと言い、間違っていた部分は素直に謝る。そうすれば、ドクターから失望の気配を感じることは微塵もない。むしろ、よりのめり込むようにしてエイヤフィヤトラに新たな知識を授けてくれた。
そうした応酬を繰り返すこと、数時間。
「ううっ……すいません。私、もっと頑張ります……」
「いや。久々に良い論文を見て、私も熱が入りすぎてしまった。ロドスのスタディホリック共に見せたらさぞ興奮するであろう出来だったよ。あれこれ言ってしまったし、今日はここまでにしておこう。結構長い時間話し込んでいたし」
自信を持って持ち込んだ理論は半壊……いやさほぼ壊滅したが、感じるのは達成感と興奮と、心地よい疲労感だった。
ウルサスの厳しい寒風が、荒野を泳ぐロドスと言う名のクジラを打ち据えている。
当然、その程度のことで船体そのものがどうこうされることもない。けれど施設群を吹き抜ける風鳴りが幽かにここまで聞こえてきていて、ただでさえ寒々しい執務室の温度を何度か下げているような気がした。
討論を終えて、冷えた素足を再びこたつに忍ばせて温めながら、エイヤフィヤトラは冷えたコーヒーを温め直しているドクターの背中を眺めていた。
白衣の上に黒いロドス・アイランドの制服とエンブレム。ほんの少し猫背気味で、時折ぽんぽんと腰を後ろ手に叩いている。
それは彼が背負ったものの証であり、その重さを彼女が計り知ることはできなかった。
ドクター。
エイヤフィヤトラ──アデル・ナウマンが彼の名を初めて目にしたのは、リターニアのウィリアム大学にある図書館の書架でだった。
『鉱石病を根絶治療するために その展望と課題』。
シンプルな表題の論文は、鉱石病に罹患したことが発覚したばかりであったアデルの目を惹くものだった。当時の彼女は鉱石病の生理的な、社会的な恐ろしさを充分に理解しているとは言い難く、知識として上辺を知っている程度のもの。
それは、脳天を灼かれるような衝撃だった。
はじめに書き連ねられていたのは、あまりにも壮絶で鮮明な感染者達の扱いとその末路の実態。
病状とその緩和の方法、根治の難しさと源石との関係、このテラの大地に於ける源石鉱脈の移動と表出の関連性、将来的な源石治療の予測に到るまでが、どの分野においても異様としか思えないほどに膨大な知識量と実地研究のデータでもって書き連ねられていた。
絶望と名付けられるようなありとあらゆるシチュエーションを片端から再現しているかのような、もはや悪趣味であるとさえ感じられるほどの執拗さで。
だが、それらの事態全てに片端から立ち向かい、そして確実に歩みを進める研究者達の希望が在った。百万回のケース・スタディが、人類をたったの一歩、前に進ませるだけだったとしてもと。
アデルは己の病に絶望した。しかし同時に、強い希望を覚える。
それはあまりに不可思議で、言葉で言い表せない不思議な感情だった。身体の中が熱く燃えるような、浮き立つような心地だった。
刻み込まれたセンテンスの一つ一つから、狂気にも似た執念を感じた。この筆者は本気で、この世界を冒す病に己の存在の全てを捧げて向き合おうとしている。
沢山の人々がその人生を捧げ、その生きる道を燃やし尽くしてやっと細い糸が繋がっていくような、あまりにも壮大な研究テーマ。誰もがその途方も無さに諦めてしまった無明長夜の道を、一歩一歩進み続けている。
このひとは、この世界を愛しているのだ。本気の本心で。
その真摯さと熱に浮かされたアデルは、書籍の末尾にある著者の名を見てさらに驚愕した。
“Dr.___”
そこには名が無かった。
ドクターとだけ書かれた著者の欄にはその名が記されておらず、何処かに居るとも知れない無名の研究者による記録であったのだ。
当時の彼女にはその“ドクター”こそが彼を表す記号であることなど知る由もなく、その真相は数年後に偶然彼と邂逅することでようやく明らかになったのだが。
「疲れたかい? ぼーっとしているように見える」
優しく掛けられる声に、エイヤフィヤトラは物思いから醒める。目の前には湯気を立てるマグが差し出されていて、コーヒーとは違うほわほわとした甘い香りが漂っている。まろやかな乳白色の液体は、蜂蜜をとかしたホットミルクだった。
「いいえ、先輩。でももう少しだけ……此処に居ても、いいですか?」
「構わないよ。なにか話したいことが?」
お礼を言ってマグを受け取り尋ねると、ドクターは部屋に掛けられた時計を一瞥してから頷いた。さっきまでと同じように、こたつには入らずに小上がりの段差へと腰かける。
彼のマグには、真黒いブラックが満たされていた。
初めてロドスに来たとき。やっと出逢えたひとは、記憶の大部分を失ってチェルノボーグ事変という時代の濁流に翻弄されるままにただもがく、一人の哀れな男だった。
それでも、不安に苛まれるアデルの前でマスクとフードを外し、話す口元を彼女に見せながら言った。『これで、少しは話しやすい?』と。
まだ話していない筈の彼女の病状と、唇の動きが見えれば多少の騒音の中でも会話がしやすくなるのに、という彼女の不安を一瞬で見抜き、理由あって装着しているであろうマスクを躊躇無く外した彼はまごうことなくあの本の著者で、そして。
“エイヤフィヤトラ”はそこに、決して消えない希望と暖かさを見た。
「先輩は、変わらないですね。いつも私のことを見ていてくれます」
「自分の患者を気遣わない医者はいないだろう」
出逢ったときと同じようにマスクを外したドクターは、苦笑しながらこともなげに答えた。一口コーヒーを飲んでしかめた目元には、濃い隈が刻まれていた。けれどエイヤフィヤトラに、それ以上の疲労を態度で示すようなことはしてくれない。
「苦い。やはりアーミヤのように上手く淹れられないな」
「ふふ……先輩にも苦手なこと、あるんですね」
「うーん。こればかりは、どうにも」
歳は一回りほどしか違わない筈なのに、背負う負担と重責と疲労は、彼女とは比較にもならないようなそれのはずなのに。彼はエイヤフィヤトラに対して弱音や愚痴といったものを見せたことが一度も無い。
ロドス・アイランドの三首脳、彼らの仕事量が人間離れしたものであることなど、此処に勤めていればすぐに思い知ることになる。
部下に弱った姿を見せない。それは思えば、上司としてはごく正しい姿勢ではあるのだけれど。
医者と患者。
その関係性は変わらない。彼にとって、私はそれ以外の何者でもない。
「私、“先輩の患者”ですもんね」
自分の唇から思わず飛び出した言葉が自分自身ひどくわざとらしいものに聞こえて、キャプリニーの女性はそれを恥じるように言葉を切ってマグを口元に運んだ。
ドクターは、そんな彼女の言葉には答えを返さなかった。
「もう夜も遅い。それを飲み終わったら、お開きだよ」
僅かな静寂のあとで、ドクターはエイヤフィヤトラにそう語りかけた。父が子に話すような、優しい口調だった。
「はい。先輩」
素直に頷いて、エイヤフィヤトラは残り半分もないマグの中身を見た。天井のライトを反射して揺らめく光を飲むように、ほんの少しだけコーヒーを口に含む。
静かな部屋だったから、男の言葉は耳に集中していなくともはっきり聴こえる。エイヤフィヤトラは一瞬、自分が本当は鉱石病などではなく、今までのことは今この一瞬、こたつの中にうとうととまどろんだ刹那の白昼夢なのではないかという妄想に囚われた。
私はロドス・アイランドの準エリート・オペレーター。地質学の研究をする傍ら、この製薬会社の正社員として、やがては幹部社員であるエリート・オペレーターとなるべく働いている。
私は未だ若く、未来は開け、やるべき事は多い。大好きなドクターの傍らで学ばせてもらいながら一つずつゆっくりと歳を取り、そして両親の遺した研究を大成し、その後の未来は──。
そうしていたら、ふと猛烈に怖くなった。
あと何回、あと何年、何ヶ月、何日私はこの人の声を聴いていられるのだろう。
あとどれだけの期間、この目で己の知りたいことを知り、研究に残せるのだろう。刻んだものを先輩に見せ、到らないところを教えてもらい、そして褒めてもらえるのだろう。
手に持ったマグをぎゅっと握りしめ、揺れる飲み物の水面をローズグレイの瞳が見つめる。
抱き寄せた毛布は暖かくて、けれどそれはエイヤフィヤトラの胸腔を埋めてくれはしない。
病で死ぬことは、それほど怖くはない。
ロドスの理想に寄り添って戦いの中に身を置くことも、思っていたほど怖くなかった。オペレーターとなって降りかかる火の粉を払うのは、今この世界では必要なこと。世の中に源石よりも蔓延る悪意を否定するほど、エイヤフィヤトラは理想論者でも聖人でもない。この居場所を護るためなら、彼女は己のアーツで悪意を焼き尽くし、マグマが呑むようにそれを消し去るだろう。
けれど、今隣に座るこの人の背を追いかけられなくなることだけは怖い。
あの日、昼下がりに読んだ本のように。この命を父と母から受け継いだ研究に注ぎ込み、この執念を焼き付けた成果がいつか誰かの手に取られ、誰とも知らない誰かの命を救い、営みを護る……。
そんな未来を追って歩けなくなることが、何よりも彼女は怖い。
いつか追いつき、その横に並び立ち、たった一人テラに立ち向かう名のない研究者を支えることができなくなる。
この目で彼をしっかりと見つめて、この想いと感謝を伝えることが、叶わなくなる。
「先輩、私」
普段は耐えられる怖れだった。今耐えられなくなりそうなのはきっと、男との語らいがあまりにも楽しくて、源石が自分の身を今も冒していることを忘れていたからだ。
楽しくて暖かい夢から覚めてみたら、まるで幼子のように怖くなってしまった。
「私、あと何年研究者でいられますか……?」
エイヤフィヤトラはふと、こんなことをしている自分が酷く恥ずかしい愚か者のように思えてしまった。
甘えてしまった。子供のように。
怖い夢を見たと父親に甘える、娘のように。関心を惹こうと意地悪な質問をしては父親を困らせる、年頃の娘のように。
甘えたの獣が主に爪を立ててしがみつくように、口を衝いて言葉が零れ落ちる。それはきっと、必ず、彼を傷つける言葉なのに。傷つけたい訳ではないのに。或いは傷ついてほしくて?
少女は、まっすぐにドクターの目を見つめた。黒い、淵のような瞳。何もかもを見透かされてしまうような瞳を“怖ろしい”と一部のロドス職員が形容するのを、彼女は聞いたことがある。そんなことを不意に思い出した。
陰の落ちたような瞳は動かない。揺れず、逸らさず、只何かを、恐らくは彼女に返す言葉を淡々と考えているのか。少女は結局、男のことが理解らない。
瞬き。マグを撫でる指。
彼の唇が小さく開いて、何か言葉を紡ごうとし、そして考え直すように閉じる。
風鳴りの音が少し大きく聞こえ、時計の秒針が彼女の大切なものを少しずつ削り取っていく。立ち昇る甘いミルクの湯気が消える度、飲み物と言葉の残影は褪めていく。
かっと耳が熱くなる。アーツを放つ時のように、熱いマグマが身体の中をぐるぐると渦巻いているかのようだ。怖れも甘えも、理性が全て冷やし固めて恥にする。
マグをこたつの天板に置いて、自分の顔を手のひらでぱたぱたと扇いで、気休めにもならない風を送る。自分の顔が勝手に動いて、困ったような笑みを創った。
計算の仕損じを消しゴムで消したがる子供のように、少女は言葉を紡ぐ。キャプリニーの耳を寝かせるように伏せて。
「……あ、えっと。えへへ、何言ってるんでしょうね私。突拍子もないこと言っちゃって。先輩の言う通り、疲れてぼーっとしちゃってるのかも知れないですよね」
「ごめんなさい先輩っ。わすれてくださ──」
「──たとえね」
「例え、明日君が音と光を失うことになったとしても」
「……へ?」
誤魔化すように言葉を重ねたエイヤフィヤトラを、柔らかく遮るような言葉が落ちた。
ドクターはゆっくりと少女から目を離すと、自ら持つマグの中身を見つめ、そしてその中の苦い液体を一口飲んで口を湿らせた。その表情は笑顔でも悲しみでも怒りでもない、どこか茫洋としたもの。
諭すでも、叱るでも、励ますでもなく。ただ漠然とそこに在る事実を少女に見せようとする大人の、思考の表情。少女はその表情に、思わず言葉を奪われた。
わずかな静寂が部屋を満たす。
「君は、何年でも研究者を続けていい。
そしてきっと、怖れていいんだ。眼や耳が不自由になることを怖れるなだなんて、誰も言えやしないんだから。
その二つは両立できる。怖れが君の歩む路を閉ざすことなどできない。
君の意味は消えず、君の背を支える者たち大勢が、君の存在を証明し続ける。
だからエイヤフィヤトラ。
たぶん、私たちは怖れていい。そして、希望を諦めなくてもいいんだよ」
エイヤフィヤトラは澄んだローズグレイの瞳を見開いて、困惑の表情で男を見つめる。
小さく開いた唇が、なにかしらの言葉を紡ごうとして震え、何度か失敗する。ようやっとひねり出した言葉もたどたどしく「でも、わ、私……聴こえたり見えなくなったら、研究が……先輩が……」と要領を得ない呟きにしかならない。
手が震えていた。その手を必死にもう片方の手で押さえて、恐怖を押し殺そうとして、少女は唇をかみ、涙を耐え、息を殺し、声を殺し、耐えて耐えて耐えて、耐え続けていた。
自分が耐えていたことすら、何時しか忘れてしまった。
「エイヤフィヤトラ、君の両親は偉大な方々だ。彼らの研究を私も読んだよ。私は研究者として、彼らを心の底から敬愛している。
君はその研究を継ぐことを選んだ。このテラの大地とそして火山に対する君の姿勢を、私はもう何度も見せてもらってきた」
先ほどの授業で書き出した十数枚に渡るメモ用紙の束を持ち上げて、黒く深い瞳がそれを慈しむように撫でる。少女は喉が閊えたように声を出すこともできなくなり、ただ男の言葉の続きを待った。
「エイヤフィヤトラ。君はいずれ、君の両親をも超える研究者になるだろう。
あまりにも厳しいこのテラの大地で、ヒトが生きる意味をマグマの底から見つけ出し、この世界の本当の姿を垣間見て、そして」
「君の追い求めた知の結晶は、いずれこの世界に生きる全てのヒトを救う……かも、しれない」
断言はしないけれどね。と、男は小さな笑みを浮かべる。少女はそれに反応を返せなかったし、男もそういった少女の様子を予期していたように表情をすぐ真剣なものに戻して構わず言葉を続けた。
「エイヤフィヤトラ。その恐怖は、本当に君が独りきりで抱えて生きていかなければならないものなのかい?
君の眼が光を喪ったなら、私は君の手を取り望むところへと導くだろう。君の耳が音を喪ったなら、ロドスの皆は集って君の掌に文字をなぞり、目前へ広がる世界の色彩を君に伝えていくだろう。
エイヤフィヤトラ。君は君が思っているよりも、ずっと多くの人々の手を借りて、前へと進んでいくことができるんだよ」
ドクターはそこまで行って、再びマグを口許に運んだ。その横顔を、未だ見開いたままのローズグレイの瞳が見つめている。抑え込んだ手の震えは、いつの間にか止まっている。
ぱち、ぱち、と瞬き。
男の声に導かれるままに、少女の脳裏には彼女に接し、笑顔を向け、沢山の言葉をかけてくれた人々の顔が思い浮かんでいる。
一度研究に没頭すると無理をしがちな少女を窘め、厳しくも優しく研究と私生活の区別の仕方を教えてくれる同郷のあの人も。
ちびめーちゃんの面倒を見てくれたり、頻繁にお茶に誘ってくれる友人のあの人も。
“エフィ”とニックネームをつけてくれ、友達になってくれたあの人も。
作戦の後は真っ先に少女の体調を気遣ってくれる、あの人、あの人、あの人。
“みんな”。
そして、一点の曇りもない愛を注ぎ、願い、託してくれた二人。
そして、今目の前で静かに語るその男も。
あ、と小さな声が軽く開いた唇から漏れた。エイヤフィヤトラは気付き、そして驚愕する。
難しいと思っていた問いが、ほんの少しだけ視点を変えたらあまりにも呆気なく解けてしまったかのような、そんな拍子抜けするような、力の抜けるような感覚があった。
「悲観の井戸の闇に囚われてはいけない。君が生きて為すべきことを思い出し、それを心に決めた時のことを思い出すんだ。視野の裾野を広く取り、凝り固まった思考を解きほぐし、できることを探し続けなさい。
君は研究者だ。君の両親と、私が認めた研究者なんだよ。
だから大丈夫。君にならできるさ。やってみれば、存外簡単な解が導ける気がするだろう?」
「……っ!」
「そしてね。怖くなくなったなら、また私に君の研究を読ませてほしい。
好きなんだ。私も怖ろしくなった時、エイヤフィヤトラが頑張っているのを思い出せば、前に進むための勇気を貰えるからね」
ドクターは手に持ったコーヒーを飲み干して眉を顰め「やはり次からは、ミルクと砂糖を入れることにするよ」とばつが悪そうに苦笑する。
まるで、ちょっとした日常会話につける落ちのような自然さで。本当に何でもないことのように、楽しい語らいの最後の締めくくりのように、そう話し終えた男。
エイヤフィヤトラは突如として理解する。「みんないるんだ」と。それに思い当たって、身体にかかっていた厭な強張りが水をざっと落とすように消え去っていく、と、同時に。
彼女はその端正な表情を、くしゃりと歪めた。
我慢していた恐怖も、抑えていた絶望もすべて許されて、暖かな何かが胸に満たされて、父に抱き上げられた迷子の子供のように堰を切ったように。
ぽろり、ぽろりと涙がこぼれた。止まらない、どんどん滂沱の雫は大きくなっていく。
そして少女はわっと泣き出し、目の前の男に縋りついた。
うお、と少々頓狂な声をあげて、けれど大きな掌がエイヤフィヤトラを支えてくれる。彼が宣言した通りに。
失礼なのもみっともないのも、密かに想いを寄せる男にこんなことをするのがもうどうしようもなく繕いようもなく申し訳ないことなのも分かっていた。
けれど、もう止められない。
大きな滝のように、口からマグマが流れ出ていくかのように、吐き出す言葉が熱くて苦しい。
「研究を続けたいんですっ……死にたくない、目も耳も閉ざされていくのがたまらなく怖い、私ちっともしぶとくなんてないんです。ただ平気なフリをするのが上手いだけで」
「……うん」
「毎日、まいにち、 誰かの声を聴き逃してしまうたびに、自分に研究者としての終わりが近づいているような気がしてっ、私の生きる意味が、お父さんとお母さんの生きた意味が、って思うと、苦しくて……!」
「そうだね」
泣きじゃくりながら、少女は男の腕に押し付けた顔を埋めるように小さく動かす。
ドクターはただ淡々と相槌を打ちながら、その背をひたすら撫でた。
「私に残っているもの、鉱石病がぜんぶ持って行ってしまう……! お父さんもお母さんも、生活も、先輩とお話する時間すら、ぜんぶぜんぶ無くなって、私どうしたらいいか分からなくて」
「『みんな』を奪われてしまうのが怖くて、けれどただ隠して耐えるしかなかった。それが最善と信じて」
「先輩……せんぱい……」
「大丈夫だよ。エイヤフィヤトラ。君は此処にいる、ちゃんと生きてる。
ええと……だから、泣き止むんだ。アデル」
「────ぁ、ぁ」
「君が今此処に生きていること。それを、確かな“意味”だと言ってくれた人たちがいたはず。そうだろ?」
分厚い研究資料に混ざっていた母と父の手紙を思いだす。あの、数少ない肉親の痕跡を。
其処に在った言葉を思い出して、エイヤフィヤトラは男の腕に顔を伏せ、また泣いた。
泣いて、泣いて、こんなにも泣いたことは人生で初めてかも知れない。
時計の長針がたっぷり半月を描くまで、少女は泣き続けた。とおい風鳴りが、不格好にしゃくりあげる声を覆い隠してくれる。外では、雪が降り始めているようだった。
エイヤフィヤトラが顔をあげる頃にはもう、声は枯れ、目元は熱く痛くて、酷く喉が渇いていて、おまけに少し頭も痛いと散々な有様だ。
きっと今、私はとんでもなくひどい顔をしていることだろう。こんな顔をドクターに見られるのだと思うと、腕に押し付けた顔を離すのはちょっとどころではなく勇気のいる作業だったけれど。
けれど、もう怖くはない。いや、恐怖はある。怖れと希望は、確かにそこに在った。ずっと彼女の優しい隣人だった。
きっと少女は、これから何度も何度も恐怖するだろう。でも、今はもうアデルは……エイヤフィヤトラは少女ではなく、どうにか一人の立派な研究者に戻ることができそうだった。
「先輩、あの……ご迷惑をおかけしてしまって」
「いいんだよ。むしろ、よくこれまで耐えてきたくらいさ。エイヤフィヤトラ後輩は少々我慢強さが過ぎるんだ」
「あはは……でも、こういうのはもうこれっきりにします。先輩が一緒に居てくれるのに泣いてばっかりなんて、勿体ないですから」
小さなタオルで顔を拭いて、ついでにこっそり鼻も拭って、若い研究者はにっこりといつもの笑顔を取り戻す。睫毛に残った涙の粒がきらきらと瞬き、ドクターは深い色の瞳を細めた。
「鼻、赤くなってるぞ。後輩」
「先輩っ!」
「ははは、冗談だよ」
「ケルシー先生とアーミヤさんに言いつけますよ……? ドクターにセクハラされたって」
「えちょっとそういう流れじゃなかったでしょ今? まってほんとにそれだけは全身骨折じゃ済まないしなんかもう仕事するだけのヤバい機械にされちゃうから。ねえ? エイヤフィヤトラ後輩? ちょっと!?」
「……ふふっ」
嗚呼。
この時間を終わりにしたくない。
ただとりとめもない会話を続けて、長く話していられそうな会話を続けて、このマグの中身がなくなってしまうのを一秒でも遅らせたい。
けれど、エイヤフィヤトラはドクターの真似をして、温くなったミルクを一気に飲み干した。
「ね、先輩」
「ん?」
「鉱石病、治ったら。先輩にお伝えしたいことがあるんです。
その時は、私のお話。聞いてくださいますか?」
「ああ、勿論。私も頑張って治してやらないとね。伝えたいことの内容、気になるし」
「ふふ……はい、約束です~!」
柔らかな笑みを浮かべ、「おやすみなさい、先輩」と告げて自動ドアの向こう側に消えていくエイヤフィヤトラを見送って、男は粗末なアルミ椅子へと歩いていく。
若い研究者に接していたときの、淡々として穏やかな凪のごとき態度は脱ぎ捨てた上着と共にばさりと抜け落ちた。
乱暴な様子でどさりと硬い椅子に腰を落として右の肘を右膝で支え、額の重みを手のひらに預けるようにして。それは言葉にするなら、正しく“頭を抱えている”と言い表せるような姿。
海溝のごとく深いため息は、そのまま体中の空気を吐き出して萎んでしまわんばかりに一人きりの殺風景な執務室に響き渡る。
心なしか、先刻よりも二、三度ほど室温が下がったような気すらしてくるのだから。エイヤフィヤトラの存在感というのはこのバカげた仕事部屋に想像以上の温かみを齎していてくれたのだろう。
ロドスの艦壁を叩く吹雪の風音が、先ほどよりも強く聴こえて来ていた。明日にはウルサスの国境を離れることになるから、今夜一杯の辛抱だろう。
自動航行モードに設定されたロドスは、あらかじめ専属のトランスポーターたちが熟慮を重ねたルートに従って移動している。重ねてプロヴァンスをはじめとした戦闘可能なオペレーター達が館外の監視を二十四時間体制で交代しつつ行い、異常があればほぼタイムラグ無しでドクターかアーミヤ、ロドス三首脳のうち二人どちらかに直通の報告が為される仕組みだ。
ケルシー医師は道中で回収した負傷感染者の外科手術にあたるため、明日からは運営トップとしての業務を外れる予定だ。オペは医療チームをいくつかの班に分け、ケルシーは複数のオペ室を反復横跳びのように移動しつつ手術の難所を捌いていくというもの。
ケルシー本人の技量、体力、集中力は言わずもがな。しかし彼女の段取りに数秒の狂いなく追従できる彼女肝入りの医師チームの、尋常ではない結束とチームワークが無ければ成し得ない業だ。
言葉だけ聞けば、おおよそ常軌を逸した成功率皆無な段取りのようにも思えることだろう。
だがこういった方式のオペは割と頻繁に行われており、ケルシーらが陣頭指揮を執る医療チームはそれらを一度も失敗することなく完遂し続けていた。
ロドスがロドスたる所以。命を救い、絶望を掬い、こうして前に進み続ける象徴。
この企業で最も厳格、且つ最も優秀な人材が集まる部署の、不可能を可能にする最高効率の仕事だった。
閑話休題。
ドクターは顔を上げ、机の上に備えられたラップトップのディスプレイに目を向けた。
開かれたメーラーの受信箱には新着が数件。それらは、数日前に行われた作戦の“損害状況”と物資補給スケジュールの見直し提案書だったり、オペレーターからの個人的な私信が数件であったり。
その中には、とある企業からロドスに業務提携という名目で転向してきた研究者兼オペレーターからのメールも含まれている。
それ一件だけが他のメールとは違い暗号化されていて、自動的に迷惑メールフォルダに振り分けられるような処理が施されている。他人の目に触れることのないよう、万一その存在に気付かれても開いて中身を確かめることのないよう、何重にも施錠された連絡。
ドクターは身体を起こすと、机の引き出しからシガーケースとライター、灰皿を取り出した。
慣れた手つきで取り出した紙巻に火を付け、机にマスクを置いて銜え、吸い、吐き出す。
机の中に散らばる“理性回復剤”と銘打たれたシリンジの箱には目を向けないようにして、引き出しを押し戻した。
それから滑らかな手つきで、いくつかのメール達に軽く目を通しては優先度順に作成したいくつかのフォルダに分類していく。いくつかの例外を除き、業務メールは黄色。私信メールは緑。武力を伴う任務に関するものは、赤。
迷惑メールフォルダに入っていたドロシー・フランクスからのメールは、動かさずにその場で開封して内容を熟読したのち、直ぐに削除した。
口から吐き出した煙草の煙が、ディスプレイから射す光に照らされて青白く光っていた。
そのままドクターは携帯端末を手に取ると、メールの差出人に電話を掛けた。
『──あら、ドクター! どうしたの? こんな時間に電話なんて』
『遅くに悪い、ドロシー。取り込み中だったか』
『いいえ。今日はちょっと早寝しようと思って、仕事は早めに切り上げたの。だから今はゆっくりお話しできるわ。どうしたの?』
『“スマラグドス”のことで、話がある。どこかで待ち合せないか』
『……』
スピーカーの向こうに僅かな静寂が降りた。彼女の柔らかな声色が、微かに強張ったように感じられる。
『第五研究区画のカフェで待ってるわね。あそこはセルフサービスだし、今の時間は人も来ないから』
『ああ、直ぐに向かう』
『ねえドクター。あなた大丈夫? なんだか声の様子がおかしいわ』
『会ってから話すよ、ドロシー』
心配する彼女を否定も肯定もせずそう言った男の様子に、今度はそう間も置かずその甘い声をさらにゆっくりと、子を寝かしつける母のように和らげた女が通信の向こうで微笑んで頷くような気配と共に応じる。
『……そうね、分かったわ。待ってるわね』
第五研究区画は、とうに終業時刻を過ぎていた。
暗い廊下に、非常灯の緑色が僅かに反射するばかりのフロア。その廊下の突き当りに、職員が自由に利用してよいカフェスペースがある。各種飲み物や菓子の類は全てセルフサービスで、飲食は無料。衛生面を鑑みて保存のきくような食べ物しか置いてはいないがそれでもスタッフ達にはかなり好評で、全ての研究フロアに同じような場所が用意してあった。
普段は明かりが消えている筈のそこが、今日だけは明るい。
イートインスペースに腰かける二人は先ほどから言葉を交わさず、ただ静かにコーヒーの入ったマグを傾けている。男は片手で、女は両手で包み持つようにして。
皿に乗せたサンドイッチはスペースに備えられていたものではなく、女が持ち込んだものだった。閉まる直前の売店に寄って買ってきたものらしい。
「ご飯を食べるの、また忘れちゃってたのよ」と恥ずかし気に女は笑いながら、いくつか包まれていたサンドイッチを一切れ皿に乗せ、男に分けた。
ドクターが苦いコーヒーを二人分淹れ、言葉少なに席に着く。
それから、数分は閑かな沈黙が続いた。時折ドロシーが小さな口を開いて上品にパンと野菜を食む小さな音と、マグを置くことりという音が聴こえてくる。それ以外はひとの気配などない、寒々しくも見える夕食。
けれど、互いが互いに気を遣うことも、気まずくなるような気配もなく。ドクターはただ今日何杯目かも分からないまずいコーヒーを飲み、ドロシーは今日目覚めてから初めて胃にものを入れる。
ふたり、隣り合ってそうした人間らしい活動をし、それを互いに確認する。
「──エイヤフィヤトラが、少しな」
「……うん。ナウマン夫妻の息女でしょう?」
「ああ。怖がっていて、少し」
「また、背負うようなことを言ったのね」
「言わなければならなかった。ああ」
「それで?」
ドロシー・フランクスが粗末な食事を終える頃、ようやくドクターはその口をひらきぽつぽつと言葉を吐き出す。それに穏やかな調子で相槌を打ちながら、彼女は男の淹れたコーヒーを飲んだ。普段から飲みなれているのか、苦さに眉を動かすこともない。
話の続きを促す彼女に、ドクターは低い声で唸るように、エイヤフィヤトラとの出来事を話す。凄まじく重たい疲れの滲むその声を、ドロシーは隣で受け止める。
話を聞くにつれ、彼女の長い睫毛が伏せられていく。軽く俯けた顔が、黒いコーヒーの水面に揺らいだ。
「……彼女の余命、もう分かっているのね」
「上手くいって、数年。どのタイミングで聴力と視力が喪われるかは、環境次第だ」
ただ出来事と経緯を話すだけで、聡明な女は男が胸の内に潜めていた事柄を難なく透かしてしまう。それを男も驚くことなく受け止め、隠すでもなく素直に言葉にして伝えた。
「辛いわね」
「ああ、あの子が例え恐怖を受け止められたとして、命のリミットが伸びるわけじゃない。俺たちは、あの子に希望を教えてやることしかできない。それが、あまりにも哀れで」
「ううん、違うわ。今辛いのはあなたよ。ドクター」
喉を絞るようにして話していた男は、そこで少し驚いたように顔をあげて、隣にいる女の方を向いた。
それを予期していたかのように、くりくりと大きなトパーズの瞳と目が合う。
それが明かりの落ちた研究フロアの一角でなければ。それが苦いインスタントコーヒーや、ぽそぽそとした粗末なサンドイッチでなければ。隣り合って座り見つめ合う二人の男女はそれなりに絵になる端正さで、ロマンチックなシーンであると言えるのかも知れなかった。
「俺が?」
「だから、話したかったのでしょう。 違う?」
端的に、ごく道理的に解明される。辛かったから相談したかったのだろう、と。
男は数舜考えて、
「……そうだな」
そしてあっさりと認めた。二人は、その程度には心を許し合った同士だった。
「そうだな。辛かった。本当はあの子を救ってやれる理由や根拠や、それが何日後なのか。そういうちゃんとした未来を全て示してやるべきなのに。
あの子は賢いから、煙に巻かれたとすぐに気付く。曖昧な精神論しか振りかざせない俺は、無力だ」
自分をひどく責める修道者のように、男の厳しい言葉は全て自分に向けてのものだ。口調こそ荒立ってはいないものの、そこには凄まじく白熱した怒りが込められている。
ドロシーは言葉を止め、マグを傾けて口を濡らしてから自らの手袋の指を摘んだ。するりと抜けた手袋の下から、白くほっそりとした指と手が現れる。
そのままその手を、男の肩に置いた。言葉は掛けず、ただ男の裡に燃え上がる怒りが少しだけ収まるまで、隣には自分が付いていると彼に示すように。
男は怒っていた。放っておけばそのまま自らの手で自分の首を絞めてしまうのではないかと、不安になってしまうほどに激怒していて、かつそれを誰にも悟らせはしないようにしている。
研究者としてのそんな彼を、ドロシー・フランクスは痛々しいほどに理解することができた。実際のところは“自分も同じような気持ちを味わったことがある”だけで、真に彼を理解することはできていないのかも知れないけれど。
それでも、的外れではない筈だった。
大人二人でこんな乾いた時間を過ごし、弱さを見せる。それが、男が女へ見せた信頼の証であったから。今ここで余計な言葉をかければ、それこそその信頼に背くような結果になってしまうから。
だから、ドロシーは言葉をかけることはしない。この男は
だから、ただ少し、数分こうして待っていれば、彼は必ず顔を上げるのだ。
「……“スマラグドス”の臨床を一刻も早く進める必要がある。力を貸してくれ、ドロシー」
かつて、女は夢を見た。それは他者からすれば悍ましい過ちで、けれど美しい
「ええ、準備はできているわ。私の研究と夢の全てを、貴方に託します」
ドクターだけが、彼女の研究を否定しなかった。彼女の罪を罪と認めたうえで、より正しく独りよがりではない、誰かが望んだ未来を描き出す善き翠玉をと。
ドロシー・フランクス。ロドス勤務、準エリートオペレーターにして第五研究区画主任。
その希望と未来に満ちたまなざしを見、ドクターはようやく少しだけ。
「ありがとう、助かる」
「私、なんにもしてないわ。あなたの隣でご飯を食べてただけよ」
「……私が言えたことじゃないが、食生活、もう少し直せよ」
「ふふっ。じゃあ代わりに、あなたは理性回復剤とか言うロドス謹製の怪しい薬。やめてくれる?」
「うぐ」
ほんの少しだけ、いつもの笑みを浮かべた。