新たに拳闘侠客を仲間とし、五人の集まりとなった魔法剣士たちは一党としてのカタチを成した。
一党の頭目である魔法剣士の朝は早い。
まだ霧で烟っているような時間帯に起き、朝の自主練を始める。
日課の剣の型を確認しながらの実戦を想定した素振りから始まり、左右の手を使った投擲訓練を五百球こなして朝の自主練は終わる。
これと同じメニューを夜にもやる。これは、冒険者は暗がりで戦うことも多いため夜目の訓練も兼ねていた。
冒険に行く前から疲れないのかとも思う訓練だが、昔から続けている魔法剣士は、むしろこれをやらないと調子が悪く感じる。
そうでなくても一日サボれば体は、自然と鈍り、取り戻すのに休んだ倍以上の日数を費やすのだ。やって損はない。
そんな魔法剣士は、一党としては今日一日休息となっていた。
特に何かがあったわけではなく、ここ最近は冒険に出ずっぱりだったこともあり、一党がカタチを成し順調だからこそあえてひと息入れることにしたのだ。
(波に乗っているときが一番危ういとも言うしな)
とはいってもいつもの時間に起き、自主練をし、武装したあと、ギルドに顔を出す。この一ヶ月で少しずつ身についた習慣を結局してしまったあたり、冒険者じみてきたんじゃないかと魔法剣士は感慨耽る。
ちなみに女神官は神殿に戻り、賢狼剣士は装備の点検と整備、銀髪魔法士は読書、拳闘侠客は初めて訪れた辺境の街に慣れるために散策すると各々自由に過ごしている。
(俺はどうしたものか……)
ギルドの自在扉が後ろで閉まる音を聞きながら、魔法剣士はこれからの予定について考える。
休日にしたはいいが、この街に来てから一ヶ月。冒険者業ばかりしていたため、いざ好きに過ごしていいとなるとどうしたものか悩んでしまう。
(……いっそいつもより多めに鍛錬でもするか?)
たしかギルドの裏手に動き回るのにちょうどいい広場があったな、と魔法剣士は思い、そちらへ向かおうかと考えたときだった。
「あ……」
聞き覚えのある声に意識と視線を前へと向ければ、見慣れた顔の見慣れない姿があった。
「おまえか。今日はどうしたんだ?」
「わたしは、その……手持ち無沙汰で。そういうあなたは?」
「俺も同じだ」
そう会話を交わした相手は、女神官だった。
とはいえその装いは、普段と違っていていまは簡素な白と青の神官衣じゃなく、村娘のような質素な平服を着ていて一瞬誰だかわからなかった。
(そういえば、平服は初めて見たな)
一ヶ月も一党を組んでいるのに、あるいはまだ一ヶ月しかともにいないなのか、魔法剣士には判別がつかない。
だが、わかっていることもある。
「いつもの神官衣もらしくていいが、その服も似合ってるな」
女の子の変化は、しっかり褒めることだ。これは、知識神の文庫で歳上の修道女たちから散々学んだことのひとつだった。
「あ、ありがとうございます」
女神官は、頬を赤くして俯く。魔法剣士は自然と女の子が喜ぶ言葉が出てくるこが、嬉しいやら恥ずかしいやらだ。
「そ、そういうあなたは……いつもどおりですね」
休日でも見慣れた装備を身につけた魔法剣士に、女神官は苦笑を浮かべる。
「どうにも身軽だと落ち着かなくてな」
そのことをこそばゆく感じたのか、魔法剣士は居心地悪そうに身じろぎしながら言い訳っぽく口にする。
それに対して女神官は、「仕方ないヒトですね」と苦笑を微笑に変えた。
「なら時間のある者同士、一緒にその辺を回ってみるか?」
空気を変えようと魔法剣士は、そう提案した。
魔法剣士の提案にきょとんとした表情を浮かべる女神官だが、意味がわかると頬を赤くする。
「え、えっと、その……よ、よろしくお願いします?」
と、あとになって思い返してみたらもっといい返事があったのではないかと思う女神官だった。
§
魔法剣士と女神官は、朝食はすでに食べており、昼食にはまだ早いため街を散々することにした。
特に魔法剣士とは違い地元でもある女神官は、魔法剣士に辺境の街を案内するつもりだった。
「そういえばそっちは、生まれてからずっとこの街に?」
「生まれてから、というのは少し違うかもしれません。わたし、捨て子だったらしくて……」
「……そうか」
女神官の生い立ちに魔法剣士は、そう言って頷く。
こんなご時世だ。孤児など珍しくない。事実、魔法剣士も親の顔も名前も知らずに育った。
そしてそれは、特に不便ではないのだ。
それに女神官の顔を見れば謝る必要のないことがわかる。
「でも、神殿の神官長さまや先輩たち、幼い弟妹たちは家族と言えるかもしれません。少なくともわたしは、そう思ってます」
地母神の神殿が故郷であり、そこの神官たちが女神官の家族なのだと。
だから、謝るのはそれを否定するようだったから謝罪は口にしない。
「俺も知識神の文庫の姉さんたちが家族みたいなものだからな。気持ちはわかる」
「あ、そういえば仰ってましたね。知識神さまの文庫ってどんなところなんですか?」
「そうたいしたものじゃないさ。本の管理に読書なんかをしながら、他の神官のように祈りを捧げて過ごしてる。あとは、どこかから来た依頼で文献なんかの解読とかもしていたな」
血の繋がりのない姉たちとの日々を思い出し、魔法剣士は笑顔を浮かべている。それを見ると、女神官も彼が自分と同じ気持ちなのだと感じた。
「ふふ。わたしたち、やっぱり似てますね」
「……だな」
共通した境遇に改めて感じるものがあるふたり。一党を組めたのは、さて、偶然か宿命か。知るのは、骰子か神々か。
(まあ、どれでもいいし、どれでもないかもしれないな)
魔法剣士は、そう結論付けた。
何事にも意味を見いだそうとするのは、只人の悪いところだ。意味を定めないからこそいいものだってある。言葉にすると途端に陳腐になるものなのだ。
そう感じたのは、女神官も同じなのかどうか。少なくとも彼女も言葉にすることはなかった。
ただ、ふたりの距離は少しだけ縮まった。それはたしかなことだった。
それから女神官に街を案内され、魔法剣士は一ヶ月過ごしていても知らないこともあるんだなと、いろいろと発見することもあった。
せっかくだからと冒険者ギルド併設の酒場ではなく、他の酒場で昼食を摂ることにした。
そこで軽く昼食を食べ、腹ごなしに食後の運動でもと再び街を散策する。
「結局ここに戻ってきたな」
「あ、あはは……」
気づけばふたりは、冒険者ギルドの前へと戻ってきていた。
どうにもふたりとも、純粋な休日を送れる性質ではないらしい。
「……ふむ」
「ど、どうかしましたか?」
そこで魔法剣士が自分をジロジロ見ていることに気づき、女神官は緊張に僅かに身を強張らせた。
珍しい、と女神官は思う。魔法剣士は、必要に迫られたときはともかく、基本的に女の子を無遠慮に観察などしない。
だのにいまは、普通に女神官を眺めている。そこにいやらしさはなく、これが他の異性ならともかく、何よりもあの魔法剣士だからと疑いはしない。
それでも緊張するのは乙女的なものだった。
(ど、どこか変だったでしょうか?)
最初に会ったときは褒めてくれたが、やっぱりどこか装いがおかしいのか。あるいは、昼食の食べカスでもついているのかと不安になる。
「あ、あの……?」
それが口をついて出かけた、そのときだった。
「……よし、せっかくだから装備でも買うか」
魔法剣士がそう言い出した。
「そ、装備、ですか?」
「ああ。前衛として抜かれないようにはするが、冒険に絶対はないからな。万が一を考えて身の守りは堅めておくべきだろう」
どうやら魔法剣士は、一党の頭目として華奢な女神官を心配していたらしい。
そうとわかって安堵し薄い胸を撫で下ろす。
「ですが、地母神の神官としましては、あまり金属などは身につけると神官長さまにお叱りを受けてしまいそうです」
「冒険の危険を知らないんじゃないか? 命に代わるようなものはないんだ。何か言われたら一党の頭目が決めたからとでも言っておけ」
「……わ、わかりました」
魔法剣士が頑として譲りそうになく、冒険が危険を伴うのは当たり前であり、少しでも生存率を上げるためならと、女神官は了承した。
そして、魔法剣士と女神官は、いつものギルドに併設された武具屋へとやってきた。
「どういったものがいいのでしょう?」
「そうだな……あまり重くても邪魔になるからな」
重しになっては意味がない。しっかりと防具として機能し、それでいて華奢な女神官でも動きを妨げないようなものが望ましい。
「あ……」
と、女神官が不意に声を洩らした。
「どうした?」
そう訊きながらも魔法剣士が視線を向けると、女神官が見ていたのは、白と青の清楚なローブだった。
いまの女神官の神官衣にも似ていて、それでいてどこか妖精っぽさやリボンもついており、華美にならない程度に華やかさを表している。決して贅沢ではない、それでいてお洒落だった。
妖精と神官。ふたつの要素を併せ持ったローブ。まさに女神官に似合っていた。
「それ、いいんじゃないか?」
「そ、そうでしょうか?」
「ああ。いまの服の上に纏うカタチにすればいいと思うし、似合うと思うぞ」
女神官も年頃の若い娘だ。地母神の神殿育ちだからといってお洒落に興味がないわけではない。
「で、ですが少し高いですね……」
持ち合わせは問題ない。いままで依頼をこなし、地母神に仕えるゆえに質素であり、資金はある。
だが、この装備を買って生活がままならなくなっては意味がない。
「なら、俺も出そう」
「えっ!? そ、そんな! 悪いですよ!」
「一党の強化に繋がるし、必要経費だ。遠慮する必要はない。まぁ、全額出せたら格好もついたんだが……」
「そ、そんなことないですっ! わたしは嬉しいです! で、ですが本当に宜しいんですか……?」
「もちろん宜しいとも。それで、どうだ? 一党を助けると思って」
魔法剣士の言葉に恐縮しっぱなしの女神官だったが、そこまで言われてはこれ以上断るのも失礼だろう。
「な、なら少しだけ出していただきますね?」
「ああ、そうしてくれ」
「──イチャついてないで、買うんならさっさとしてくれな」
「きゃっ!?」
不意に工房の翁から声をかけられ、女神官は驚く。武具屋なのだから居て当たり前なのだが、女神官はついつい失念してしまっていたのだ。
魔法剣士は、特に気にしていなかったのか、女神官に必要な銀貨を手渡す。
「だそうだから、買ってきな」
「は、はい!」
妖精の神官服を手にし、女神官はパタパタとカウンターへと向かっていった。
少しして女神官は、真新しい装備を手にして戻ってきた。その様子は、新しい玩具を買ってもらった子供のようだった。
女神官は、魔法剣士の元に戻ってくると、大切そうに妖精の神官服を薄い胸元に抱きしめ、頬を赤くして微笑む。
「あの、ありがとうございました!」
花が咲き誇るような笑顔に魔法剣士は、頷き返す。
「ああ、どういたしまして」
装備を買ったあと、想像以上に工房に籠っていたらしく日暮れを迎えていた。
魔法剣士と女神官は、夕食を結局いつものように冒険者ギルド併設の酒場で摂ることにした。
ふたりが馴染みある席へと向かうと──。
「──あ、おふたりもいらっしゃったのですか?」
そこには先客が居た。
先客のひとり──賢狼剣士が笑顔でそう声を上げれば、他のふたりも魔法剣士たちに気づいた。
「──休日なのに結局揃ってしまったわね」
「──よう、大将! デートか?」
銀髪魔法士、拳闘侠客も賢狼剣士に続いて声をかけてきた。
拳闘侠客が賢狼剣士と銀髪魔法士にひと睨みをもらうなか、女神官は頬を赤くして俯く。
「揶揄うな。買い物だ」
魔法剣士がそう返し、女神官の背中を軽く叩く。
その軽い衝撃にハッとなり、女神官は慌てて席に着く。
最後に魔法剣士も席に着き、図らずも一党が揃った。
各々が料理や酒を注文し、運ばれてくるまでの間に今日一日あったことを話し合っている。
そんな光景を魔法剣士は、眺めていた。
当たり前で、けれど冒険者をやっていればいつか、もしかしたら失われるかもしれない。そんななんてことない光景を。
なんてことない、日々の記憶に埋もれるだけのありふれた日の一幕。だからこそ大切なのだ。
(この一党で生涯冒険したいものだな)
「──どうかしましたか?」
「……いや、なんでもない」
女神官に声をかけられ、魔法剣士はハッとなり、意識を現実へと戻した。
賢狼剣士や銀髪魔法士は心配そうに見つめていて、魔法剣士は「だいじょうぶだ」と改めて言う。
そうこうしていると、料理や酒が運ばれてきた。
「とりあえず乾杯でもするか」
「お、いいねェ。で、何に乾杯するだよ、大将?」
「それはもちろん……」
──休日にも集まれたこの素晴らしい一党に。
こうして魔法剣士と女神官の休日は、一党の仲間たちとともに終わりを迎えた。
END
四方世界でのデートは難しいですね。まあ、本人たちにデートの自覚はないですが。
この作品には関係ないですがご参加いただければ幸いです。
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