魔法剣士と女神官の請けた依頼の内容はこうだ。
とある村の近くにゴブリンが棲み着いたという。
いくら弱いとしても、触らぬ神に祟りなし。
当初は無視していた村人たちだったが、いつしか事情が変わった。
最初は、冬越しに備えていた貯蓄していた穀物が盗まれた。
種も実さえも奪われ、怒り狂った村人たちは柵を直し、松明を手に巡回を始め、そして、あっさり出し抜かれた。
ゴブリンどもは羊を盗み、ついでとばかりに羊飼いの姉妹を連れ去ったのだ。
ことここに至り、最早手段を選んでいる余裕などありはしなかった。
村人たちは、なけなしの財産を集めてギルド──冒険者の集う、冒険者ギルドを訪ねた。
冒険者たちに依頼を出せば、きっと間違いはないだろうと信じて。
初めての冒険がゴブリン退治。
やはり、ありふれた話だ。
どこまでも典型的で、定期的な依頼だった。
そんなありふれた依頼を請け負った魔法剣士と女神官は、装備や道具を整えてギルドを出立し、依頼主に当たる村で小休止と状況に依頼内容と変わりはないかを聞いたあと、村の外れにある洞窟へとやってきた。
ぽっかりと空いた洞窟は、村人が言うにはいつからあったかわからないらしい。
こんな洞窟や洞穴は、この四方世界の至るところにあり、怪物の住処になっていることも珍しくない。
「洞窟周りにおかしなものはないな」
「は、はい。村の人たちもわたしたちが来るまでの間、依頼内容に変化はないって言ってましたね」
魔法剣士と女神官が茂みに隠れ、洞窟の様子を窺いながらそんな言葉を交わす。
つまりこの洞窟には、ゴブリンが二、三匹棲みついているということだ。
だが、村娘が攫われた以上、繁殖している可能性がある。
女がひとり居れば一週間もあれば少なくとも三、四匹は産まれている可能性があった。
ふたりならその倍以上か。
「よし、装備は問題ないな?」
「は、はい! 杖、服、道具、大丈夫ですっ」
女神官は、手にした錫杖、神官衣、薬、魔法剣士から受け取った冒険者セットなどが詰まった鞄を確認した。
こうして頭目が見てくれるということは安心に繋がるのだ。
「ああ、問題ない。俺はどうだ?」
そう言って魔法剣士は、腰の小剣、左手の円盾、新たに買った革鎧、兜を確認した。
「はい、大丈夫です。しっかり装備できてると思います」
甲斐甲斐しく魔法剣士の装備を確認し、女神官は辿々しくも鎧の留め金を入念に確かめたあと、そう言って微笑んだ。
「よし、なら行くぞっと……参ったな」
「ど、どうしました?」
「いや、松明はどうしたものかとな」
左手は盾を手にし、右手は空手だが剣を抜かねばならない。
松明を手にする余裕がない。
「あ、それならランタンがありますよ?」
女神官がそう提言する。
それは、魔法剣士から受け取った冒険者セット──ランタン、鉤縄、楔、小槌、火口箱、白墨、小刀などなどがひとまとめになった駆け出し冒険者必須とされる道具、そのひとつだ。
「確かにランタンなら割れないように気をつければ、腰に吊るせば手は塞がらないな」
「はい!」
魔法剣士がそう言って頷くと女神官は、ランタンを取り出して火打石で火を灯した。
「なら悪いんだが照らしながらついてきてくれ」
「はい、わかりました」
「……よし、行くぞ」
「は、はい! 頑張りましょう!」
小剣と盾を手にした魔法剣士が先頭を行き、錫杖とランタンを手にした女神官が地母神に冒険が無事に終わることを祈ってからそれに続き、ふたりは洞窟へと足を踏み入れていった。
§
入口付近はともかく少し進めば洞窟は、只人にはなんの光源もなく松明なしではとても見渡せない。
(なるほど。これはもう怪物の領域だ)
そう考える魔法剣士は、後ろから女神官が照らしてくれる範囲を用心しいしいと、拙いながらも駆け出しなりに索敵して慎重に進む。
「……ランタンで照らしても結構暗い、ですね」
「そうだな。時間はかかるが灯りが照らす範囲内をゆっくり進んでいこう」
「は、はい、そうしましょう」
「大丈夫だ。何かあっても俺が守ってやるから」
「は、はい」
反響する声が何かを呼び寄せると思ってか、女神官はおっかなびっくりした様子でおどおどと魔法剣士に追随する。
冒険者に向いてないように見える姿だが、魔法剣士はむしろ女神官は冒険者に向いていると感じていた。
(よくわからないところに足を踏み入れてるのに、何も感じないような奴のほうが心配だ)
女神官に倣って慌てて呪文を消費するような間抜けにはなりたくないものだ、と魔法剣士は自戒もした。
だから力強く言葉をかけて魔法剣士は、ランタンが照らす範囲内から先へは決して進まない。
「待て」
「ど、どうしました?」
「いま、何か動いたような……」
ランタンの明かりが届かない暗がり、進行方向に何かが見えた魔法剣士は、足を止めて腰を落として盾を前に、小剣を構えた。
女神官は、ランタンを掲げて奥を照らし、自分も魔法剣士に倣って目を凝らした。
ふたりがその姿を認めるより先に暗がりからその何かが出てきた。
「ゴブリンか!」
緑肌に濁った黄色の瞳をした、小柄なみすぼらしい怪物。
二匹のゴブリンが我先にと迫ってくる。
(数は二。武器は、粗末な短剣。間合いは、こちらが有利!)
魔法剣士は、そう判断して小剣を横薙ぎに払った。
ゴブリン二匹は、先を越されまいと欲望のままに走っていたことが災いし──魔法剣士たちには幸いに──横一文字の斬撃に胸元を斬り裂かれた。
並の戦士なら痛みを堪えるところだが、堪え性はゴブリンに無縁なことのひとつ。
激痛に胸元を押さえてよたよたと後ろによろめくゴブリンは隙だらけだった。
魔法剣士は、一番近いゴブリンの頭に縦一閃に小剣を振り下ろしてかち割り、刃を引いてすぐに勢いよく突き出してもう一匹のゴブリンの顔を串刺しにした。
致命傷を負った二匹のゴブリンは、そのまま絶滅し地に倒れ伏して自らの血溜まりに沈んだ。
「……はぁ、ふぅ、はぁ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ。やっぱり修業と実戦は違うな」
荒く呼吸しながらも魔法剣士は、女神官の心配にそう言って無理矢理に笑った。
なんせ初めての実戦だ。
いくら鍛えていても魔法剣士の心身に与える疲労は少なくない。
魔法剣士は、小剣に血振りをくれて刃を確かめ、まだ問題ないと判断すると一度鞘に納めた。
そして、背嚢から取り出した水袋を呷る。ぬるいが体が熱くなっていたから冷たく感じる水が喉を通る感覚が心地いい。
「ふぅ……しかし、なぜゴブリンは俺たちに気づいたんだ?」
「そう、ですよね……わたしたち、見られたりしてないはずですし」
人心地ついた魔法剣士の疑問に、死んだら平等だからとゴブリンの鎮魂を略式に祈っていた女神官も首を傾げる。
未熟なりに注意は払っていた。
だが、ゴブリンたちは魔法剣士たちが居ることを知ってるかのようだった。
「……まさか、匂いか?」
「匂いってなんのですか?」
「真新しい武具とか、あとはあれだ……女の?」
「うっ……そ、それは、その、嫌ですね」
魔法剣士の推測に女神官が寒気を覚えたように体を震わせ、若干青ざめる。
実際ゴブリンは、不衛生な環境でも匂いに敏感だ。
真新しい武具の匂いはもちろん、女子供の匂いには特に反応する。
魔法剣士は、切り替えるように言う。
「まあ、知らなかったから仕方ない。それにあと一、二匹だろう。大群の巣穴に行く前に気づけてよかった」
「は、はい、そうですよね! それで大丈夫、ですか?」
「ああ。もう行ける。確認だが呪文は問題ないな?」
「はい。ちゃんと三回、祈れます」
「そうか。頼もしいな」
「い、いえ、そんな……咄嗟に使えませんでしたし」
「それは俺もだな。だが、とりあえず俺も二回唱えられる。呪文を温存したまま半分以上仕留めたのは大きいな」
呪的資源の節約と確認は大事だ。
もちろん、抱え落ちしては意味ないが。
これからこれから、と笑う魔法剣士に女神官も淡く微笑む。
反省点はあるが生きていればこそ反省できるし、次に活かせる。
楽観視はよくないが悲観視しても仕方ない。
魔法剣士と女神官は、気を落ち着かせたあと、もう気づかれていると思ったが慎重に進んだ。
しばらく進んでいると、何やら拓けた空間が見えてきた。
「……もしかして最奥か?」
「たぶん……残りのゴブリンも、攫われた女の人たちもこの先に居るのでしょうか?」
「見落としがなければな。……よし、俺が先に行くから少し間隔を開けてついてきてくれ」
「は、はい! 気をつけてください。灯りは任せてくださいね」
「ああ、頼んだ」
拙いながらに算段をまとめると魔法剣士は、新たに灯した松明を拓けた空間へ投げ込んだ。
急な灯りに攫った娘に跨って夢中になっていたゴブリンは、不意を突かれて視界が潰された。
そこへ飛び込んだ魔法剣士が小剣を突き出すように構え、体当たりするように駆け込んで切っ先を深々とゴブリンの背中から胸元を串刺しにした。
「……ふぅ、これで三匹っと」
小剣を引き抜いて血振りをくれ、辺りを見回す魔法剣士。
前に倒れたゴブリンに覆い被された娘は、血と汗や涙、汚液に塗れているが裸身の胸元が上下しているから生きているようだ。
(あとひとり居るはずだが……)
そう思って周りを見回したときだった。
「う、後ろっ!」
女神官の警告に考えるより先に動いたのは、反射か信頼か、あるいはその両方か。
とにかく魔法剣士は、状況を確認することなく身を転がすように前へと飛び出した。
──だから命を拾うことができた。
魔法剣士が直前まで居た場所を重々しく大きな何かが打ち据えた。
衝撃に広間の天井や壁からパラパラと土が落ちる。
「っ……なんだっ!?」
地面を前転し距離を取り、素早く振り返って片膝をついた体勢で小剣と盾を構える魔法剣士が見たのは、地に転がる松明の灯りが届かない闇の向こうから突き出した大きな棍棒だった。
その暗がりからのそりと何かが起き上がり、灯りが照らす範囲へと足を踏み入れてきた。
ぶよぶよと膨れ上がった、腫瘍だらけの灰色の巨体。
吐き気を催すような体臭。
「
END
はい、というわけでなんかトロル居ました。ゴブリンスレイヤーという作品は、やっぱり依頼中にこういう予期せぬ敵に遭遇しないとですね。これで成功したら持ってる側、失敗に終われば運がなかった。ふたりは、他の新人と何かが違う冒険者になれるか、ありふれた冒険者になるか、どっちでしょうね?次回をお待ちください。
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