ソードアート・オンライン〜旭日の防人達〜 作:霧のイージス艦
蜂の巣をつついたような騒ぎ一歩手前の少女たちに対し、零は深くため息を吐くと、やれやれと肩をすくめて片手を挙げた。
零
落ち着け……。3人がここにいる理由なら、そう複雑な話じゃない。DA(ダイレクト・アタック)から脱出したのを、こちらで保護しただけだ
さらりと告げられたその言葉に、真っ先に食いついたのはレンだった。
あまりの衝撃事実に、ぴょこんとウサギのように肩を跳ね上がらせる。
レン
え! で、でもっ……! 私たちがDA本部に居た時、エルザさんたちの姿なんてどこにも見当たらなかったような……!?
DA本部のサーバーをハッキングし、内部を文字通りひっくり返すような大騒動を起こした際、ピトフーイたちのデータはおろか、その存在を匂わせる痕跡すら確認できなかったはずだ。
記憶を必死に手繰り寄せて混乱するレンに対し、髪を指先でくるくると弄りながら、ピトフーイ――神崎エルザがくすくすと愉しげに笑う。
ピトフーイ
いや~、あの時はちょっとね? 私たち、本部にいなくて地方(ちほう)の支部に飛ばされてたからね〜〜
フカ
地方ぉ!? DAってそんな左遷部署みたいな地方支部あるんかいな! っちゅうか、ピトさんを地方に隔離するとか、その支部の人ら生きた心地せんかったやろ!
フカ次郎の至極真っ当なツッコミに、その背後に控えるエム(阿僧祇豪志)が、当時の光景を思い出したのか、目に見えて顔を引きつらせて胃のあたりを押さえた。
エム
あ、ああ……。エルザがDAの生ぬるい方針に退屈して、地方の訓練施設で『実弾を使った実戦訓練がしたい』と大暴れしてな……。危うくその地域のDA支部が文字通り壊滅しかけたところで、事実上の隔離措置を受けていたんだ。それを零殿に『回収』された、というのが正しい
イツキ
ふふ、おかげで僕も、こうして今世でゲームのアバター姿のまま転生すると言う状態でね。やっぱり君の側(そば)にいると退屈しないね、零
アバター特有の不自然なほど整った顔で、イツキが胡散臭い笑みを深める。
DA本部という最高機密の目と鼻の先で、地方に隔離されていた『爆弾(ピトフーイ)』を、いつの間にかピンポイントで引っこ抜いていた零の底知れなさに、ツェリスカとクレハは顔を見合わせて戦慄するしかなかった。そして、やれやれと首を振る零は、周囲の戦慄を余所に、まるで「ちょっと迷子を拾ってきた」とでも言うような平然としたトーンで言葉を続けた。
零
まぁ、そういうわけだ。それにコイツラをあのまま放置しておくってのも、流石に色々とまずいからな。なら、戦力として手元で監視しつつ活用するのが一番合理的だと――ザ・ボスと話し合って決まった
その口から出た『ザ・ボス』という名に、クレハやツェリスカの背筋が目に見えて緊張で強張る。彼らにとってその名は、この一連の作戦、ひいては自分たちが置かれた状況を裏から支配する絶対的な存在の一人だからだ。
しかし、当の「監視対象」であるピトフーイは、不愉快がるどころか、むしろ極上の玩具を前にした子供のように目を輝かせた。
ピトフーイ
あはっ♪ 『監視』だなんて人聞きが悪いなぁ。私、これでも結構聞き分けの良い方だよ? ……まぁ、あの『ザ・ボス』直々の命令と、零からの退屈しのぎの『お誘い』があるなら、喜んでその監視下に収まってあげるけどねぇ?
エム
エ、エルザ……。頼むからあまり挑発するようなことは言わないでくれ。ザ・ボスの名前が出た時点で、私の心臓はすでに破裂寸前なんだ……
冷や汗を滝のように流しながら、リアル姿のイケメン(中身はエム)が本気でガタガタと震え出す。伝説の戦士であるザ・ボスの威圧感を知る彼からすれば、この決定は生きた心地がしないものだった。
イツキ
なるほどね。あのザ・ボスが噛んでいるとなれば、僕たちをただの駒として使い潰すような真似はしないだろう。むしろ、これから始まる『ゲーム』の難易度がさらに跳ね上がる保証をもらったようなものさ。……監視される対価としては、お釣りが来るほど魅力的だね
イツキは不敵に首を傾げて微笑む。
手に負えない爆弾分子だったはずの3人を、ザ・ボスとの合意の上で完全に「自らの戦力」として組み込んでみせた零。その圧倒的な手腕と、今後待ち受けるであろうさらに大規模な戦いの予感に、レンたちはただただ圧倒されるばかりだった。そして… ザ・ボスと零が決めた「監視兼、戦力化」というあまりに合理的かつ力技な解決策に、一同が言葉を失う中――少し離れた位置で成り行きを見守っていた、元DAの2人が深いため息とともに顔を見合わせた。
千束
あはは……。うん、あのDAが持て余して地方に押し込んでたって言われたら、めちゃくちゃ納得だわ……。あの人、リアルでも目が完全にガチの側の人間だもん。街中に放流したら一瞬で治安が崩壊するよ
頬をひきつらせながら乾いた笑いを浮かべる千束。現役リコリス時代にDAの様々な歪みを見てきた彼女からすれば、手に負えない爆弾分子を地方施設に隔離して事実上の『無かったこと』にする組織のやり口は、嫌というほど想像がついた。
たきな
同感です。DAの隠蔽体質と、処理しきれないイレギュラーを地方に左遷して目を背ける悪癖を考えれば、非常に辻褄が合います。それに……
たきなは鋭い視線をピトフーイ、イツキへと向け、冷徹に状況を分析する。
たきな
あのレベルの危険人物たちをフリーで野放しにするリスクを考えれば、ここで零さんとザ・ボスの監視下に置き、いつでも動かせる戦力として首輪を嵌めておくのは最高に合理的です。……納得せざるを得ませんね
元DAの精鋭リコリスである2人から「納得」のお墨付きが出たことで、事態の異常性がさらに際立つ。
DAのシステムを知り尽くす千束とたきなだからこそ分かる、零たちの「超法規的かつ確実なリスク管理」。
レンたちが「うへぇ……」と顔を顰める中、千束は「ま、味方ならこれほど心強い(?)人たちもいないよね!」と、なんとか自分を納得させるように前向きな言葉を絞り出すのだった。