ソードアート・オンライン〜旭日の防人達〜 作:霧のイージス艦
高度育成高校Aクラスの面々の銃が決まった直後。
パチリ、と手元の電子端末の画面を閉じ、ようやく一息つこうとしたその瞬間。無機質な会議室の重厚な扉が、まるで嵐でも吹き込んできたかのようにバタンッ! と激しい音を立てて跳ね上がった。
絳雨
お兄ちゃん、お姉ちゃん、大変だよ!!
短いツインテールを激しく揺らし、息を切らせながら部屋へと飛び込んできたのは、黛煙の妹であり、エルモの元気印でもある戦術人形――絳雨だった。その大きな瞳は驚愕と焦燥で血走っており、手にした携帯端末を強く握りしめている。
黛煙
絳雨、どうしたの? そんなに慌てて……
隣に控えていた黛煙が、妹の尋常ではない様子にすっと眉をひそめ、その細い肩を支えるように歩み寄る。
零
何があった?
俺も椅子の背もたれから身体を起こし、鋭い視線を絳雨へと向けた。延空木事件の後始末は完璧だったはずだ。DA本部の動きか、それとも新たな脅威の出現か。脳裏を最悪のシナリオが駆け巡る。
絳雨
テレビ見て!! 政府が……政府がとんでもないこと発表したんだよっ!
絳雨が震える指先で壁面の大型モニターを指差す。俺はデスクの上のリモコンを引ったくり、即座に主電源を立ち上げた。
ザザッ、とノイズを挟んで画面に映し出されたのは、報道番組のスタジオだった。画面上部には『【速報】内閣総辞職、衆議院解散へ』という、禍々しいほどに巨大な赤文字のテロップが点滅している。
画面の中のアナウンサーは、額の汗を拭う暇もないといった様子で、狂ったように速報原稿を読み上げていた。
アナウンサー
――繰り返します。菅総理大臣は、先日の延空木において発生した未曾有のテロ事件に際し、現政権としての治安維持能力の欠如、および重大な国民への説明責任を全うする為、先ほど緊急の記者会見を開き、内閣総辞職、ならびに衆議院の解散を発表しました
スタジオの背景に映し出された国会議事堂の前は、フラッシュの光と暴風のような怒号で完全に混沌と化している。
アナウンサー
菅総理は会見の席上、『この国家の危機において、真に信を問うべきは国民である』と述べ、即座に総選挙の準備に入る方針を固めました。これにより、我が国の政治情勢は一瞬にして混迷の極みへと――
パチ、とリモコンのボタンを押し、俺はテレビの音量を絞った。
静まり返る会議室。ローターの風音すら聞こえない地下基地の静寂の中で、俺は呆然と画面のテロップを見つめるしかなかった。
零
マジかよ……
ぽつり、と口から漏れた言葉は、乾いた砂のように虚空に消えた。
あまりにも急転直下すぎる、国家のトップの決断。延空木での、防衛省、警察、医療、そしてエルモの大人たちが一人の犠牲者も出さずに完璧な勝利を収めた事実が、逆に「現政権の不甲斐なさ」を強烈に浮き彫りにし、世論の爆発を引き起こしたのだ。
千束
……ねえ、零
いつの間にか部屋の入り口に立っていた千束が、いつものお調子者の仮面を外し、どこか戸惑うような、けれど一筋の希望を見出すような複雑な瞳で俺を見つめていた。
千束
これ……もしかして、私たちが命を懸けて国をひっくり返すような『クーデター』……しなくても、よくなった?
彼女の言葉は、この場にいる全員の心の声を代弁していた。
国を愛し、子供たちの未来を守るために、あえて悪役(ヒール)を破る覚悟を決めたばかりだったのだ。平和的な選挙によって腐った大人たちが退陣するのなら、それに越したことはない。
だが、俺は画面に映る混沌の議事堂を見つめたまま、低く、冷徹な声音で言葉を返した。
零
……大高さんが政権を取れば、な
千束
え……?
零
現体制が崩壊したところで、次に議席を確保するのが、また別の利権にしがみつく無能どもや、DAの楠木たちと裏で繋がっている売国奴だったら意味がない。むしろ、政治の空白期間を狙って、DA本部がトカゲの尻尾切りをして完全な闇に潜む可能性だってある
俺はデスクの木目を強く指先で叩き、頭の中で『作戦名:天岩戸』のチェス盤を高速で再構築していく。
零
この解散総選挙は、大高さんたち『本物の防人』が合法的に国の中枢を握るための最大の好機だ。だけど同時に、失敗すれば二度と這い上がれない奈落の底。……クーデターの引き金を引く必要がなくなるかどうかは、この選挙戦の『裏の戦い』で、俺たちがどれだけ敵の不正と欺瞞を叩き潰せるかに懸かってる
俺が不敵に、しかし獰猛な闘志を瞳に宿して言い放つと、黛煙がそっと俺の手に己の手を重ね、深く頷いた。
黛煙
ええ、零の仰る通りですわ。表の戦いが選挙なら、私たちの戦いは変わらず、その影の汚れ仕事を片付けること。……楠木たちの動きを、完全に封じ込めなければなりませんね
千束
あはは……。やっぱり、そう簡単に『お掃除』は終わらせてくれないか! 良いよ零、どっちにしろやることは一つだもんね。私たちの本物の未来を、その選挙とやらでガチで掴み取りに行ってやろうじゃん!
千束がいつもの最高の笑顔を取り戻し、パンッと自身の両頬を叩いて気合を入れ直す。
菅内閣の崩壊という、国家規模の激震。
しかしそれは、防人たちにとっての終わりの合図ではなく――表の政治戦、そして裏の銃撃戦が完全に融合した、真の『天岩戸作戦』への、容赦のない号砲だった。