ソードアート・オンライン〜旭日の防人達〜 作:霧のイージス艦
激しい覚醒の熱気に包まれる訓練場の中で、零だけはどこまでも客観的に、冷徹にその光景を観察していた。前々世の戦術人形としての膨大な戦闘データ、そして前世の海軍101特陸で叩き込まれた実戦の理論が、彼の脳内でミリ秒単位の計算を繰り返している。
魂の同調による能力の向上は目覚ましい。だが、実戦はゲームではない。零の目は、その圧倒的なパフォーマンスの裏にある「現実的な課題」を正確に捉えていた。
訓練第二段階:冷徹なデータ分析とフィードバック
零はインカムのスイッチを入れ、各班の教官と訓練生に向けて、高ぶりを一切排した静かなトーンで指示を送り始めた。
狙撃・後方支援班へのフィードバック
零
シノン、初弾の命中は完璧だ。だがヘカートⅡの.50BMG弾は、独自軽量化を施しているとはいえ、現実の肉体にかかる反動の蓄積(マズルジャンプによる疲労)を無視できない。5発連続で撃ち込んだ時点で、次発の照準固定が0.12秒遅れている。現実の肉体はスタミナを消費する。ラン、サチ、お前たち7.62mm組がシノンの次発装填の間をミリ秒単位で完全に埋めろ。ボルトアクションの不確実性をチームの連動でゼロにするんだ
シノンはヘカートのボルトを引いたまま、零の指摘の正確さに小さく息を呑み、静かにスコープを覗き直した。
前線突撃・近接CQB班へのフィードバック
零
キリト、ユウキ。お前たちの突入速度と命中精度は自衛隊の特殊作戦群を上回っている。だが、残弾管理(マガジンコントロール)が甘い。ユウキ、ベクターの毎分1200発はお前の反応速度なら完全に制御できているが、3秒間のフルオートで2本のマガジンを消費した。実戦での弾薬の枯渇はそのまま死を意味する。千束、たきな、前衛の突撃線(アタッカー)がリロードに入る瞬間、お前たちの416とM&Pで完全に射界を制圧しろ。弾幕の途切れは一瞬でも許さない」
「了解、指揮官」と、たきなが無線越しに短く答える。キリトも自身のMCXの残弾カウンターを確認し、冷静に表情を引き締めた。
司令部自衛・遊撃班へのフィードバック
零
比企谷、お前の構築したDA本部のハッキングルート、心理誘導のロジックとしては98点だ。だが、楠木が予備で持っている独立したオフラインサーバーのパージ(遮断)タイミングが0.8秒遅い。そこに僅かでも猶予を与えれば、トカゲの尻尾切りを許すことになる。坂柳、櫛田、お前たちの情報工作で、敵がそのオフラインサーバーに手を触れる前に、世論の爆発でDA中枢の全システムを物理的にロック(隔離)しろ
八幡はグロック19の感触を確かめながら、眼鏡の奥の目を細めた。「へいへい、完璧主義の指揮官殿。その0.8秒、今すぐ削り落としてやりますよ」
総合負荷訓練(フルシミュレーション)への移行
個別の修正点を淡々と伝えた後、零はメインモニターの戦術マップを完全に実戦仕様へと切り替えた。
零
基礎的なアジャストはこれで終わりだ。これより、前線・狙撃・司令部をすべて連動させた『総合負荷訓練(合同シミュレーション)』へ移行する。大高さんの選挙戦開幕まであと3日。あちらが表の神輿を担ぎ上げる瞬間に、俺たちは完璧な一つの機構(システム)として機能していなければならない。各自、次のフェーズへ移れ
零の冷静な統制によって、58人の少年少女、そして人形たちの能力は、単なる「個人の覚醒」から**「完全に統制された一つの軍隊」**へと昇華していく。
訓練場の至る所で、さらに緻密で、無駄のない金属音と電子的ログが走り始めた。勝率10割を確実なものにするための、冷徹なまでの最適化が、深夜まで淡々と続けられた。
訓練場の重厚な空気の中に、カチャ、カチャ、と精密に手入れされたボルトが噛み合う、一際美しい金属音が響いた。
前線や司令部班がそれぞれの課題に向けて動き出す中、狙撃エリアの入り口に二人の戦術人形が姿を現した。
一人は、無骨ながらも極限まで洗練されたブルパップ方式の傑作狙撃銃『WA2000』を冷徹に肩に担いだマキアート。
そしてもう一人は、美しい木製銃床と職人の魂が宿る伝統の『M1903スプリングフィールド』を愛おしそうに抱えたスプリングフィールドだ。
二人の登場により、シノンをはじめとする狙撃班の面々の視線が、その手に握られた「本物の銃」へと集まる。
零
マキアート、スプリングフィールド、丁度いい。狙撃班の指導頼めるか
零は手元の電子端末から目を離さず、高ぶりを一切排した静かなトーンで二人を迎え入れた。その目は、すでに彼女たちの持つ「人形としての圧倒的な狙撃データ」をどう訓練生たちに組み込むか、冷徹に計算を終えている。
マキアート
ふん……零に言われるまでもないわ。あそこの子供たち、前世の記憶だか何だか知らないけれど、素質だけで撃っているのが気に入らないのよ。特に大口径を扱うあのシノンって子、銃のポテンシャルを完全に引き出せているとは言えないわね。私が徹底的に叩き直してあげるわ
ツンとした態度を崩さないものの、マキアートの青い瞳にはプロのスナイパーとしての妥協のない熱が灯っていた。彼女の視線は、すでにシノンのヘカートⅡの細部にまで注がれている。
スプリングフィールド
ふふ、マキアートさん。……ええ、喜んでお手伝いしますね、零さん。サチさんや彩加さんたちの素晴らしい集中力に、私たち戦術人形が持つ『銃との完全な同調(リンク)』のロジックを少し添えさせていただきます。焦る必要はありませんからね
聖母のような優しい微笑みを浮かべながらも、スプリングフィールドがM1903のボルトを引く動作には、一寸の狂いもない絶対的な確実性が宿っていた。
銃器のプロによる「超高度・同調教練」
零の指示を受け、二人の戦術人形は即座に狙撃班のラインへと入り、それぞれの特性に合わせた冷徹な指導を開始した。
マキアートによる「制動と連続排除」の教練
マキアートは、大口径のシノン(ヘカートⅡ)や、セミオートのユキ、茜(MSG90)の前に立った。
マキアート
シノン、あなたの初弾の精度は認めるわ。でも、.50BMGの衝撃を肉体で受ける際、無意識に肩のバッファー(反動吸収)に頼りすぎよ。反動は逃がすものではなく、次の標的への『推進力』に変えるの。撃った瞬間のマズルジャンプを利用して、ミリ秒単位で次のレティクルを敵の眉間にスライドさせなさい。ユキ、茜、あなたたちのMSG90も同じよ。セミオートの利点は連射力ではなく、弾幕による『確実な戦術的遮断』よ。外す恐怖を捨てなさい
マキアートの容赦のない、しかし的確すぎるミリ単位のフォーム修正に、シノンは悔しそうに唇を噛み締めながらも、その瞳に一歩も引かないスナイパーとしての闘志を燃え上がらせ、ヘカートⅡを構え直した。
スプリングフィールドによる「呼吸と信頼」の教練
一方、スプリングフィールドはサチ(M24)、彩加(TRG-22)、フィリア、飛鳥(M1500)といった、丁寧な一撃を重んじるボルトアクション・中距離支援勢の隣にそっと寄り添った。
スプリングフィールド
サチさん、彩加さん、とても良い構えです。でも、引き金を引く瞬間に、ほんの少しだけ『中指』に余計な力が入っていますね。銃は冷たい鉄の塊ではありません。あなたたちの命を守る、身体の延長線(パートナー)です。自分の心拍と、銃身の冷たさを完全に同期させて……深く息を吐ききった『無』の瞬間に、指を優しく置いてあげるだけで弾丸は勝手に標的へ吸い込まれていきます。……そう、そのタイミングです
スプリングフィールドの穏やかな声に導かれるように、サチが深く息を吐き、静かにM24の引き金を引く。直後、1キロ先のターゲットのセンターが音もなく綺麗に撃ち抜かれた。
サチ
あ……っ、本当に……銃が勝手に連れて行ってくれたみたいです……!
戸塚彩加
すごい……。ボルトを引く感覚が、さっきよりずっと軽くなった気がするよ
飛鳥やフィリア、波瑠加たちも、スプリングフィールドの「銃との対話」という戦術人形ならではの極上のロジチック教練により、無駄な力みが完全に消え去り、驚異的なペースで命中精度を向上させていく。
指揮官・零の冷徹な観測
二人の人形による指導を少し離れた位置から見つめながら、零は静かに手元の電子端末にデータを蓄積させていた。
零
(……上出来だな。マキアートの冷徹な技術介入によるフォームの最適化、そしてスプリングフィールドの精神的な同調ロジック。この二つが組み合わさったことで、狙撃班の平均初速と次弾装填へのリカバリータイムがさらに0.18秒短縮された)
前世の海軍特殊部隊(呉101)の泥臭い潜入技術、そして前々世で自らが所属していたグリフィンの戦友たちの圧倒的な銃器制御能力。それらが今、58人の覚醒した防人たちの能力と完全に融合し、エルモの「後方支援網」を名実ともに**「神の領域の死線」**へと昇華させていく。
零はインカムに軽く手を当て、冷徹なトーンのまま次の指示を出した。
零
狙撃班、その感覚を脳と肉体に完全に記憶させろ。これより、前線突撃班のカバーに入る。実戦を想定した『動体遮断シミュレーション』を開始する。マキアート、スプリングフィールド、そのまま彼女たちの戦術統制をお願いする
マキアート
了解よ
スプリングフィールド
ええ、お任せください
二人の人形の返声と共に、漆黒の戦闘服を纏った狙撃大隊の銃口が、一斉に次の標的へと向けられた。