ソードアート・オンライン〜旭日の防人達〜 作:霧のイージス艦
長距離を走り続けたトラックのエンジン音が静かに小さくなり、やがて完全に停止した。
運転席のドアが閉まる音に続いて、各車両の荷台のロックが外される高い金属音が響く。
重い扉が左右に押し開けられると、夜通しの暗闇に慣れていた防人たちの視界に、眩いばかりの強烈な光が飛び込んできた。
そこは、大分県国東市安岐町の沿岸部。
目の前には道路を挟んで、どこまでも平坦に続く白い海水浴場の砂浜と、朝日に照らされて黄金色に輝く穏やかな海が広がっていた。
水平線の向こうから昇る鮮やかな太陽が、周囲の空気を優しく包み込み、心地よい潮風が長旅で疲れた68人の防人たちの頬を撫でていく。
遠くからは、安岐漁港の方から聞こえる静かな波の音と、ウミネコの声だけが響いていた。
緋村零
総員、大分県へようこそ。ここが俺たちの新しい家であり、天岩戸作戦の最終防衛線となる安岐町の拠点だ
零はトラックの荷台から軽やかに飛び降りると、背負った20式小銃を軽く直しながら、懐かしい故郷の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
続いて続々とトラックから降りてきた防人たちや戦術人形たちは、東京のコンクリートジャングルとは全く違う、圧倒的な大自然の美しさにしばらく言葉を失って立ち尽くしていた。
錦木千束
うわあ……! すごい、本当に目の前が海だ! 零、朝日が綺麗すぎて眩しいくらいだよ! 潮の匂いもすごく新鮮で、なんだか生き返るみたい!
千束は漆黒のギアを身に纏っていることも忘れたように、砂浜に向かって両手を大きく広げ、満面の笑みを浮かべて跳ね回った。
井ノ上たきな
千束、はしゃぎすぎです。……ですが、本当に美しい場所ですね。視界を遮る高い建物が一切ありません。これなら、不審な船や航空機の接近は数キロ先からでも視認できます。防衛拠点としては、想像以上に強固な配置が可能です
たきなは目を細めて朝日に輝く水平線を鋭く見据えつつも、その表情には旅の終わりを告げる安堵の影が微かに混ざっていた。
キリト
これが九州の海か。前世の世界でもここまで綺麗な砂浜は早々見られなかったな。アスナ、この光、なんだかアインクラッドの始まりの街の夜明けに少し似てないか?
アスナ
ええ、本当にね。冷たい電子の世界じゃなくて、本物の風と波の音がこんなに心地いいなんて。キリト君、ここでならみんなで新しい生活をしっかりと築いていけそうね
キリトとアスナは並んで海を見つめ、新しい拠点がもたらす希望に胸を躍らせていた。そのすぐ後ろでは、ホムンクルスの肉体を得たユイが、アスナの服の裾をしっかりと握りながら不思議そうに波打ち際を見つめている。
グローザ
素晴らしい夜明けね、零。前前世の荒廃した死の大地や、あの緑色の不気味な放射線に汚染された海とは大違いだわ。これほど清らかな水と空気に囲まれて戦えるなんて、私たち戦術人形にとっても、これ以上ないボーナスステージだわ
グローザは凛とした大人の気品を纏った笑みを浮かべ、長い髪を潮風に揺らしながら零の隣へ歩み寄った。彼女の瞳には、かつての絶望の亡国史を乗り越え、この美しい世界を何としても守り抜くという静かな覇気が宿っていた。
櫛田桔梗
ちっ、やっと着いたわけ。一晩中トラックのクソ狭い荷台で揺られて、身体中がバキバキに痛いんだけど。おまけに何これ、のどかすぎて虫とか凄そうじゃん。お巡りさんが釣れますかって聞いてくる理由がよく分かったわ、ただのド田舎じゃない。まぁ、空気だけは東京のヘドロみたいな街よりはマシだけどさ
髪を乱暴にかき上げながら、相変わらずのトゲトゲしい素の口調で不満をぶちまける櫛田。
だが、その毒舌とは裏腹に、彼女の視線もまた、朝日に染まる海の美しさにどこか奪われているようだった。
両儀式
美しい線ね。万物の寿命を視る私の眼であっても、この海と朝日の間には、歪んだ死の線がほとんど見当たらない。最初から完成された、清らかな生命の輝きそのものです。零、あなたがこの街を愛し、私たちをここに導いた理由が、この光を見ただけでよく分かりるわ
式は白い着物の裾を静かに押さえながら、セイバーとしての気高い佇まいで海を一瞥し、穏やかに微笑んだ。
ザ・ボス
感傷に浸るのはそこまでよ、若い防人たち。太陽が完全に昇りきる前に、全ての機材と物資を敷地内の地下施設へ搬入するわよ。地元の人々に私たちの真っ黒な集団が見つかれば、それだけで余計な噂が立つわ。各自の小隊ごとに分かれて、即座に作業に取り掛かりなさい
ザ・ボスの威厳に満ちた号令が、海辺の澄んだ空気に響き渡った。
総員
了解!
68人の防人たちは一瞬でソルジャーの顔つきに戻り、手際よくトラックからの荷降ろしを開始した。
セブンや達也は爆薬の開発機材を慎重に運び、八幡や清隆は周囲の警戒網の初期プロットを構築するために動き出す。
緋村零の生まれ故郷である大分県国東市安岐町。
朝日に彩られたその美しい海辺の街で、日本の未来をリセットするための八咫烏の新たなる進軍が、静かに幕を開けた。
緋村零
とりあえず、全員私服に着替えろよ。
朝日の光が海水浴場の砂浜を白く染め上げる中、零の指示がトラックの影に集まった一同へと飛んだ。
その言葉に、夜通しの移動で少し疲れの見えていた防人たちの間に、一斉に安堵と納得の空気が広がる。
のどかな大分県の沿岸部で、漆黒の特殊作戦服のまま大所帯で動き回るわけにはいかないという、当然の隠密対策だった。
錦木千束
やったぁ、私服! ずっとこの真っ黒な服のままだと、せっかくの綺麗な海なのに気分が締まりすぎちゃうもんね!
井ノ上たきな
千束、これは気分転換ではなく、周囲に溶け込むための偽装です。年間の事件が少ない地域で、このような武装集団が動いていれば、いくら特命の演習とはいえ目立ちすぎますから
アスナ
そうだね。キリトくん、私たちも早く着替えて、荷物の搬入作業に移りましょうか。地元の皆さんに怪しまれないようにしないとね
キリト
ああ、そうだな。この格好のままだと、さっき零が言っていた優しい警察官の人たちでも、さすがに釣れますかとは聞いてくれないだろうし。すぐに着替えよう
櫛田桔梗
はぁ、やっとこのウザい真っ黒な服を脱げるわけ? さっさと着替えて、こんなド田舎の拠点の中に入りたいんだけど。いつまでも外にいたら潮風で髪がベタベタになるじゃん
両儀式
ふふ。それぞれの好みの服を纏えば、少しはこの場に漂う鋭い気配も薄れるかしらね。のどかな海の街には、その方がお似合いだわ
グローザ
そうね。戦術人形の私たちも、市民に溶け込むための衣服を用意してあるわ。零、着替えが終わったら、すぐに物資の地下への移送を始めるわよ
心地よい潮風が吹き抜ける中、68人の大所帯はそれぞれトラックから私服の入ったバッグを取り出し始めた。
朝日に輝く安岐漁港のすぐ近くで、緊迫した武装集団から一見どこにでもある賑やかな若者たちの集団へと姿を変えるため、一同は手際よく着替えの準備を進めていく。
朝日に照らされた安岐町の沿岸道路。私服に着替えた防人たちは、段ボールやコンテナをトラックから地下施設へと手際よく運び込んでいた。漆黒の戦闘服を脱いだ少女たちは、どこにでもいる華やかな学生の集団に、少年たちもごく普通の若者に見える。
そこへ、集団登校中とおぼしき地元の小中学生の一団が通りかかった。
子供たちは、見慣れない大所帯の若者たちに興味津々の様子で視線を向けながらも、この街の習慣通りに満面の笑みで声を張り上げた。
小中学生
おはようございま〜〜す!!
錦木千束
おはようございまーーす!! みんな、気をつけていってらっしゃーい!!
千束は両手を大きく振り返し、ひときわ元気な声で挨拶を返した。その隣で、シンプルなカットソー姿のたきなも、少し気恥ずかしそうにしながらも丁寧に頭を下げた。
井ノ上たきな
おはようございます。車に気をつけて進んでくださいね。
緋村零
おう、おはよう。忘れ物すんなよ
零も前世で地元民としての慣れた様子で片手を上げ、自然な笑顔で子供たちを送り出す。ランドセルを揺らしながら走っていく子供たちの後ろ姿を見送り、零はふっと肩の力を抜いた。
キリト
本当にのどかだな……。見ず知らずの俺たちに、あんなに屈託のない笑顔で挨拶してくれるなんてさ。東京の路地裏を真っ黒な格好で歩いていた頃が、なんだか遠い昔のことみたいに思えるよ
アスナ
ええ。キリト君、なんだか心が洗われるようね。ユイちゃん、みんな元気いっぱいだったね
ユイ
はい、ママ! とっても温かい元気です!
アスナの服の裾を握るユイも、小さな手を一生懸命に振り返していた。その微笑ましい光景から少し離れた場所で、段ボールを抱えた櫛田桔梗が、不機嫌そうに唇を尖らせて鼻を鳴らした。アスナたちの和やかな空気とは対照的に、櫛田の鋭い視線が走り去る子供たちの背中に向けられる。
私服の袖を乱暴に捲り上げ、周囲の仲間しか聞こえない位置で、彼女は凍りつくような素のトゲを吐き出した。
櫛田桔梗
はぁ? なにあれ、うざ。朝っぱらから大声出しちゃってさ、脳みそまでお花畑なんじゃないの。これだから田舎のガキは嫌いなんだよ、距離感がバカみたいに近くて虫唾が走る。ほら、堀北、突っ立ってないでさっさとその箱運びなよ。潮風でせっかくの私服が傷んだら、あんたが弁鎖してくれるわけ?
堀北鈴音
私に当たり散らさないでちょうだい、櫛田さん。でも、あなたのその裏表のない悪態を聞くと、こののどかな風景の中でも自分たちが戦時下にあるという現実を思い出せて、ある意味では冷静になれるわね
堀北はいつもの冷徹な表情で受け流しながら、小銃が隠されたコンテナを地下への階段へと運び込んでいく。その様子を、白い私服のブラウスを潮風になびかせた両儀式が、どこか眠たげで、それでいてすべてを見通すような切れ長の瞳で静かに見つめていた。
両儀式
ふふ……本当に、眩しいくらいに無防備な命たちだこと。何もない私から見れば、あの無邪気さは少し羨ましくもあるわね。零、あなたがこの退屈な世界で命を懸けて守りたいものが、あの小さな足音たちの中に詰まっているのかしら? そうね、もしその穏やかな夢を壊そうとする悪い子たちが来るなら……私の刃で、その不確かな未来ごと眠らせてあげようかしら?
式はお淑やかで大人の余裕を感じさせる仕草で、長い髪を耳にかけながら、慈しむような包容力を含んだ微笑みを零へと向けた。どこか現実感のない、夢見がちで儚い雰囲気が彼女の周囲にだけ漂っている。
ザ・ボス
いいわ、私服の偽装は完璧に機能しているようね。地元の子供たちに怪しまれることなく、むしろ地域に溶け込めている。だが、油断は禁物よ。各自、挨拶を交わしつつも、手元の人形たちのパーツや重火器の機材が子供たちの目に触れないよう、細心の注意を払って搬入を続けなさい
ザ・ボスの威厳に満ちた指示に、防人たちは一斉に表情を引き締め、のどかな朝の空気を壊さないよう、確実な隠密性を保ちながら作業を再開した。