ソードアート・オンライン〜旭日の防人達〜 作:霧のイージス艦
クルミ
『そこを右だ。その先にある路地を抜ければ、目的の座標だよ』
耳のインカムから、クルミの小気味よいナビゲートの声が響く。
緋村零
了解……
世界最強のハッカーのサポートがある以上、街中の監視カメラやDAの追跡、N-システムなどはすべて事前にダミー映像へと書き換えられている。俺たちは誰にもその姿を捉えられることなく、目的のポイントへと到着した。
千束
へぇ〜、ここがね〜……
たきな
……ホワイトルームのある建物ですか。想像していたよりも、ずっと普通ですね
目の前にそびえ立つのは、都心のどこにでもあるような、ごくありふれたオフィスビル。しかし、このコンクリートの皮の向こう側では、子供たちをただの消耗品としか思っていない非人道的な実験施設が稼働しているのだ。
緋村零
見かけに騙されるなよ。……これより潜入を開始する。行くぞ
千束
了解……
たきな
了解です……
俺たちは気配を完全に消し、夜の闇に紛れてビルの敷地内へと足を踏み入れた。
まずは確実に、そして静かに侵入できるポイントを探る。
緋村零
正面から堂々と入る馬鹿はいないな。……裏口から行くぞ
俺の指示で、建物の死角になっている裏手へと回り込む。裏口の強固な防火扉はすぐに見つかった。だが、やはり一筋縄ではいかないようだ。
たきな
……見張りが2人いますね。扉の左右に陣取っています
暗視スコープの向こう側、重武装をした男たちが裏口を厳重に警戒していた。
緋村零
持っているのはAK-47か……。旧式だが、殺傷力だけは無駄に高い。ゲリラやテロリストがお馴染みで使う代物だな
男たちの油断のない構えからして、ただの民間警備会社の社員ではない。どこかの戦場をくぐり抜けてきた傭兵崩れだ。
緋村零
俺と千束で一気に距離を詰めて無力化する。たきなはそこでAR-15を構えて、万が一の時の援護に回れ
千束
オッケ〜、いつでもいけるよ!
たきな
分かりました。……照準、固定。クリアです
たきながAR-15カスタムの光学スコープを覗き込み、完璧な射撃体勢に入る。その高い戦闘技術を確認し、俺と千束は音もなく、影のように見張りたちの死角から接近していった。
緋村零
(……合図で行くぞ)
千束
(了解……)
見張りの男たちが、不意に漂った僅かな空気の揺らぎに気づくよりも早く、俺たちは間合いへと侵入する。
緋村零
(3、2、1……今!)
一瞬にして爆発的な踏み込みを見せ、男たちの懐へと滑り込んだ。
見張りA
何者……がはっ!?
見張りB
貴様、いつの間に……ぐはぁっ!?
男が叫び声を上げる前に、俺は肉体のバネを極限まで使った完璧なCQC(近接格闘術)で首関節を極め、一瞬で意識を刈り取る。ほぼ同時に、千束もまるで踊るような流麗な身のこなしで相方のバランスを崩し、容赦ない打撃で地面へと沈めていた。
気絶した二人の巨体が崩れ落ちる音を拾い、たきなが素早く駆け寄ってくる。
たきな
……流石ですね、時雨。相変わらず無駄がありません
緋村零
まあね。……というか千束、お前CQCを覚えるのが早すぎだろ。もう完全に自分のモノにしてるじゃないか
千束
へへん、こんなもん楽勝楽勝〜! 時雨の教え方が良いからね!
千束やたきなには、2年の間に俺の持つ前世の戦闘技術(CQC)を叩き込んでおいたのだが、二人とも元々のスペックが異常なまでに高いため、俺の想像を遥かに超えるスピードで習得してしまった。やはり天才か。
無力化した見張りを物陰に隠し、俺たちはロックを解除して裏口の扉を開け、ホワイトルームの内部へと侵入した。
だが……。
緋村零
中に入ったのはいいが……如何せん、中は広すぎるな。構造も複雑だ
千束
ねぇ、効率を考えて、ここは2手に分かれて探してみる?
千束がアサルトライフルを構えながら提案してくる。しかし、俺の脳裏に、かつて数々の窮地を救ってきた特異な感覚が冷たい警報を鳴らした。
緋村零
いや、ダメだ。……なんか、強烈に嫌な予感がする。一塊で動いた方がいい
俺のこの手の直感は、前世から一度だって外れたことはない。そして、その懸念は最悪の形で的中することになる。
――ブゥゥゥゥン! ピー、ピー、ピー!
突然、通路のスピーカーから耳障りな非常警報が鳴り響いた。
アナウンス
『警告。エリアBに侵入者が発生。全警備部隊は直ちに現地へ急行し、対象を排除せよ。繰り返す――』
緋村零
……やっぱりな。クルミのハッキングを掻い潜る独自の独立回線があったか
千束
だよね〜! あはは、やっぱりこうなっちゃうか!
たきな
はぁ……。隠密作戦(スニークミッション)のはずが、これでは台無しですね
3人揃って盛大にため息をつく。だが、落ち込んでいる暇はない。通路の奥から、無数の重々しいブーツの足音がこちらに向かって急速に近づいてくるのが聞こえる。
緋村零
……もうこうなったら、腹を括るしかないな
千束
うん! ここからは派手に、いつも通りに行っちゃおう!
たきな
……分かりました。全員、叩き伏せます
俺たちはサプレッサー付きのアサルトライフルを構え、通路を猛然とダッシュした。正面から現れた、重装備の警備員たちの集団と一気に出くわす。
警備員A
いたぞ、侵入者だ! 撃て――がはぁっ!?
警備員B
なっ、何だこの速さは……ぎゃあぁっ!?
緋村零
どけ! そこを塞ぐな!
俺たちの容赦のないゴム弾の嵐が警備員たちを襲う。俺の改良した特殊ゴム弾は、実弾並みの弾道でピンポイントに彼らの急所や防弾ベストの隙間を捉え、一撃で悶絶、気絶させていく。
緋村零
次が来るぞ! 俺はリロードする!
たきな
カバーします! 前方は任せてください!
千束
たきなの後ろは私が守るよ〜! 了解っ!
3人の阿吽の呼吸による完璧な連携。お互いの死角を完璧に補い合いながら、俺たちは瞬く間に警備部隊の防衛線を突破し、ビルの深部へと突き進んでいった。そして――
緋村零
……ここは?
激しい戦闘の末、俺たちは強固な隔壁に守られたある階層へと辿り着いた。壁のプレートに表示された文字を見て、千束が声を上げる。
千束
『居住区』……? ってことは、ここに子供たちが?
たきな
そのようですね。……時雨、あそこにフロアマップがあります
たきなの指差す先、壁面に埋め込まれたデジタルマップの液晶ディスプレイが、まだ生きていた。俺は素早く駆け寄り、その構造を頭に叩き込む。
緋村零
……よし、見つけた。この階層の右奥に『モニター室』がある。おそらく、ここに収容されている子供たちの自室を24時間体制で監視・管理している部屋だ。そこに行けば、ターゲットの正確な居場所が分かるはずだ
千束
分かった! 案内は任せたよ、時雨君!
たきな
了解です。行きましょう!
俺たちは再び武器を構え、居住区の長い廊下をモニター室に向かって走り出した。
遮る警備員たちを文字通り蹴散らし、俺たちはすぐにモニター室の重厚な扉を蹴り開けた。
室内にいた数名のオペレーターや監視員たちは、俺たちの突入と同時に放たれた正確無比なゴム弾によって、反撃の隙すら与えられずに全員が床へと気絶し、崩れ落ちた。
緋村零
よし、守備を頼む。……えっと、綾小路清隆の自室は……
俺はすぐに中央の制御PCへと向かい、目にも留まらぬ速さでキーボードを叩いてデータを検索する。千束とたきなは、部屋の入り口に身を隠しながら、外の通路に鋭い警戒の目を光らせていた。
千束
時雨、どう!? そろそろ追っ手の本隊が来そうだけど!
緋村零
待て、今プロテクトを外す……よし、あった! ここだ、第4ブロックの16号室!
画面に表示された、冷気が漂うような冷徹な個室のナンバー。俺は綾小路清隆の自室の位置を完璧に確認した。
緋村零
場所は完全に覚えた。ここから2つ下のフロアだ、行くぞ!
千束
了解! すぐに連れ出して、ミカさんの美味しい珈琲を飲もう!
たきな
分かりました。案内をお願いします、時雨!
俺たちはモニター室を後にし、ターゲットである綾小路清隆の自室に向けて、一分の猶予もなく駆け出した。
あとはその部屋へ行き、最高傑作と呼ばれる少年を連れ出して脱出するだけだ――
この時の俺は、前世の『よう実』の知識の通り、そこにいるのは彼一人だけだと当然のように思っていた。
しかし、この世界の『ホワイトルーム』は、俺の知る原作よりも遥かに歪み、拡張されていたのだ。本来、その場所にいるはずのない『別の世界の子供たち』までをも巻き込んで。
その驚愕の真実を、俺たちがこの後すぐに思い知らされることになるとは、まだ知る由もなかった――。