ソードアート・オンライン〜旭日の防人達〜 作:霧のイージス艦
マンションを出て、見慣れない少年としての肉体を馴染ませるように街を散策する。
行き交う人々、立ち並ぶビル群、車の喧騒――。
緋村零
このへんは前世と変わらないな……
現代日本としての空気感に、ある意味で心が落ち着くのを感じていた。
だが、しばらく歩を進めると、遠方の空にそびえ立つ巨大な電波塔のような建造物が視界に入った。それを凝視した瞬間、俺の思考はフリーズした。
緋村零
あれ……どう見ても『リコリス・リコイル』の旧電波塔だよな……。なんで、ソードアート・オンラインの世界にあれがあるんだ?
アニメで何度も見た、あの象徴的な建造物。
まさかこの世界は、SAO単体ではなく『リコリス・リコイル』とのクロスオーバー世界なのか。だとすれば、世界の危険度や勢力図は俺の知る原作から大きく変転していることになる。
そんな思考を巡らせていた、その時だった。
――ドゴォォォォンッ!!!
凄まじい爆発音と共に、遠くの電波塔から炎と黒煙が噴き上がった。
緋村零
おいおい……まさか、このタイミングで『電波塔事件』が起きたのか? やれやれ……
引き寄せられるような運命の悪戯に思わず呟くが、俺の身体は既に淀みなく電波塔に向けて駆け出していた。サーヴァント並みに引き上げられた身体能力が、爆発的な推進力を生み出し、景色の流れを置き去りにしていく。
高層建築の隙間をすり抜け、現場に到着すると――そこは予想通り、混迷を極める戦場と化していた。
銃火器を構えたテロリスト達と、それを迎え撃つ制服姿の少女たち――DAの『リコリス』、そして『リリベル』の部隊が激しい銃撃戦を繰り広げている。
緋村零
ちょうどいい。ここで『直死の魔眼』を試してみますか……
ジャケットの内ポケットから両儀式モデルのナイフを抜き払い、静かに精神を集中させて脳のスイッチを切り替える。
視界が反転するように切り替わり、世界のあらゆる存在に、這い回るような黒い「死の線」が浮かび上がった。
世界の終焉を視覚化されたようなその光景に、脳の芯が強烈に軋む。
緋村零
あぁ……吐き気がする……
脳髄を焼くような負荷に歪む口元を隠すように、俺は前世の記憶にある『リムルの魔除けの仮面』を顔に装着した。
異形とも言える仮面の殺人鬼と化した俺は、一気に戦場の中央へと地を這うように肉薄する。
リコリス
お前、何者だ――!?
リコリスの誰かが驚愕の声を上げるが、全て無視する。
標的は、この国にテロを仕掛けている目の前の有象無象だ。
緋村零
死が、俺の前に立つんじゃない……
全集中。呼吸の型を身に宿し、神速の踏み込みからナイフを一閃させる。
線をなぞるだけの刃は、防弾ベストも、肉体も、文字通り「概念ごと」バターのように容易く両断していく。
テロリスト達が慌ててライフルを向け、一斉射撃を放つが、サーヴァント級の動体視力と反射神経の前では止まっているも同然だった。放たれた銃弾のすべてをナイフの腹で完璧に叩き落とし、そのままの勢いで一気に間合いを詰めて首を刎ねる。
言葉通りの蹂躙だった。
僅か数分足らず。電波塔の麓に展開していた100人程のテロリストは、一人残らず物言わぬ肉塊へと変えられた。
緋村零
まあ、こんなもんか……
血の海と化した周囲を見渡して呟く。
ふとリコリス達の方に目を向けると、銃を構えたまま、人間一人の仕業とは思えない光景に完全に唖然として立ち尽くしていた。
緋村零
中に行くか……
背後に残された少女たちの視線など一切気に留めず、俺は硝煙が漂う電波塔の内部へと足を踏み入れた。
タラップを駆け上がっていくと、通路の至る所にテロリスト達が転がっていた。だが、外の惨状とは違い、ここの連中は全員が急所を外され、気絶しているだけだった。不殺の信念を持つ、あの少女の仕業だ。
緋村零
現実でみると、凄いなこれ……
そんな感傷に耽る暇を、乾いた音が引き裂いた。
――パン! パパン!
緋村零
銃声……この重低音、大きさからして45口径(45ACP)か……
音が響いた上層へと一足飛びに跳躍する。
開けた展望デッキのような場所に飛び出すと、そこには赤い制服を翻して戦う錦木千束と、前世の記憶より少し若気のあるテロリストの首謀者・真島の姿があった。千束の卓越した回避能力を以てしても、真島の狂気的な戦闘センスに、わずかに押されている状況だ。
緋村零
加勢するか……
迷いはなかった。床を蹴り、弾丸のような速度で真島の死角へと躍り出る。
手にしたナイフを真島の首筋目掛けて容赦なく振るった。
真島
――ッ!?
異常な殺気を察知した真島が、超人的な勘で間一髪、頭部を後ろに反らして刃を避ける。
俺は一歩下がって距離を取り、千束の前に立ち塞がるようにしてナイフを構え直した。千束は突如現れた仮面の男に、驚愕の表情を浮かべている。
真島
てめぇ……何もんだ、ガキが……!
忌々しげに血を吐き捨て、真島が俺を睨みつける。
その問いに対し、俺は感情の籠もらない冷徹な声で応じた。
緋村零
ただの殺人鬼さ……
言い終えるが早いか、全速力で真島へと肉薄する。
圧倒的な身体スペックから繰り出される超高速の体術とナイフ捌き。真島は天才的な聴覚と戦闘センスを持ってしても完全に置き去りにされ、防御姿勢を崩されながらフルボッコにされていく。
5分と経たずに、満身創痍となった真島はその場に崩れ落ち、地に伏した。
俺は躊躇なくナイフを逆手に持ち替え、トドメを刺すべく真島の頭部へと振り下ろそうとする。
――パンッ!
緋村零
チッ……!?
鋭い銃声と共に、振り下ろしたナイフの軌道上に非殺傷弾が着弾する。
俺は本能的にナイフを引き、間一髪で弾丸を回避した。銃口の先を見ると――
千束
駄目……!!
息を切らせながらも、強い意志を秘めた銃口をこちらに向けている錦木千束がいた。
その様子に、俺は小さく息を吐く。まあ、そうなるか……。
緋村零
そいつはテロリストだぞ……
彼女の不殺の信念を試すように、冷淡に問いかける。
千束
例えそうでも……これ以上、誰一人殺させない……!
銃を構えたまま、真っ直ぐな、揺るぎない瞳で俺を射すくめてくる。
やはり、俺の知る原作の彼女そのものだった。
緋村零
はぁ……好きにしろ
これ以上ここで彼女と不毛な戦いをする意味はない。俺はナイフを鮮やかに回してジャケットの内に収め、背を向けて立ち去ろうとした。
千束
待って……!
背後から、千束の切迫した声が呼びかける。
緋村零
まだ何か?
足を止め、仮面の奥の瞳で彼女を振り返る。
千束
貴方……一体、何者なの……?
何者、か。
本当の名前をここで明かすつもりはない。今の俺は、この世界の闇に潜み、運命を切り裂く影だ。
緋村零
時雨(しぐれ)……ただの殺人鬼さ
前世の記憶の片隅にあったその名を残し、俺は超高速の身のこなしで電波塔の闇へと消え去った。
この凄惨な事件の後、DA(Direct Attack)の上層部は、突如として現れテロリストを文字通り瞬殺した正体不明の仮面の人物に対し、畏怖を込めて一つのコードネームを冠することになる。
――『JTR(ジャック・ザ・リッパー)』。
不条理な運命を壊すための緋村零の隠された戦いは、こうして世界の裏歴史に刻まれ始めた。