ソードアート・オンライン〜旭日の防人達〜 作:霧のイージス艦
俺たちエルモ小隊と大門軍団の車両は、タイヤを激しく鳴らしながら、テロの爆煙が立ち上る新電波塔『延空木(えんくうぼく)』へと急行していた。
緋村零
そろそろ到着だな……。街の空気が完全に変わってやがる
両儀式
そうね。血の匂いと火薬の硝煙が、ここまで流れてきているわ
式とそんな不穏な会話を交わしていると――
ピピピ! ピピピ!
インカムの緊急着信音が遮音性の高い車内に鳴り響いた。
緋村零
こちら零、応答する。どうした?
指揮官
『指揮官だ。零、どうやら奴さんの動きの方が一歩速かったようだ。全チャンネルの電波が強制ジャックされた。今、そっちのモニターに映像を回す』
指揮官の緊迫した声の直後、ダッシュボードの大型モニターが自動的に起動した。そこに映し出されたのは、独特の緑髪を揺らし、不敵に笑うテロリストの首魁――真島の姿だった。
真島
『世界に比して、日本だけが平和を謳歌していると思っている愚民諸君。それが作られた偽りの平和である事を、今から思い知るが良い。……これから起きるすべての事件でな。俺は、これと同じ仕様の銃(アサルトライフル)を千丁、都内のそこら中にばら撒いた。それを手に入れた者は、好きなように使うが良い。そして、お前たちのその偽りの平和が、一体どうやって維持されているのかをその目で見極めろ』
真島が歪んだ思想を一方的にまき散らし終えると、画面は砂嵐と共にぷつりと切れた。
緋村零
偽りの平和、か……。あいつの言い分は極論だが、DAの隠蔽体質がその温床になっていたのは事実だからな
両儀式
平和なんてものは常に存在しないわ。そんな曖昧な言葉で騙し合っているだけ。あるのは常に、平時と有事の中間にある『グレーゾーン事態』だけよ。それを忘れたツケが回ってきたのね
式の冷徹な現実主義は、この状況において最も正しい。
指揮官
『その通りだな。零、この電波ジャック放送のせいで、すでに延空木周辺の一般市民の間で銃の拾い合いと発砲事件が始まりかけている。リコリスたちの存在も、隠蔽しきれずに日本中に知れ渡るだろう』
あぁ、完全に原作通りのパニックシナリオだ……。
緋村零
どうする指揮官? 現地はかなりの大混乱だ。作戦変更か?
指揮官
『いや、私たちの目的は変わらない。予定通り、お前と式は最上階へ突入し、真島たちの首級を上げてくれ。それと、一つ朗報だ。海外のルートから、新たに超一線級の援軍が日本へ到着し、今そっちへ合流させた。お前たちの直接の援護に向かわせる』
緋村零
了解。ありがたく使わせてもらうよ
指揮官との通信を切り、俺はすぐに並走する大門軍団のSUVへと無線を繋いだ。
緋村零
大門団長、今の緊急無線と真島の放送は聞こえてましたか?
大門
『あぁ、全部聞こえていた。子供に銃を配るような狂ったテロリストどもめ、これ以上好き勝手させられるか! 周辺のテロリストの掃討と市民の統制は俺たちに任せろ』
緋村零
頼みます。外の盾になってください!
大門団長と息を合わせた直後、ハイエースは延空木の正面広場へと滑り込んだ。だが、その瞬間に空気を引き裂く凶悪な金属音が響く。
パァン!!!
緋村零
チッ……!
銃声がした方を瞬時に見やると、一般人に偽装したテロリストに不意を突かれ、セーラー服姿のリコリスが弾き飛ばされるように撃たれていた。
緋村零
グローザ、ここの外周の指揮は任せた! 式、いくぞ!
両儀式
ええ、遅れないでね
グローザ
了解よ。ここは一歩も通さないわ。……キャロリック、コルフェン、展開して!
グローザたちに外の防衛を託し、俺は間髪入れずにSUVから降りてきた大門軍団へも鋭く指示を飛ばす。
緋村零
大門軍団は、まずは周辺のパニックを起こしている市民の避難誘導と、銃を拾った奴らの無力化を! 応戦するテロリストは容赦なく叩き潰してください!
大門
『了解だ! 総員続け! 撃ちまくれッ!!』
頼もしすぎる大門軍団のショットガンの轟音が響き渡る中、俺たちは二手に分かれて電撃的な行動を開始した。
俺と式は、先行している千束たちと合流するため、重厚な自動扉を蹴り破って延空木の内部へと突入した。だが、エントランスはすでに静寂とは程遠い状態だった。
テロリスト
おい! 奥から別の敵が突っ込んできたぞ!
テロリスト
ガキと女じゃねえか! 構うな、まとめて撃ち殺せぇッ!!
中に潜伏していた大量の武装テロリストたちが、俺たちと特殊作戦戦闘服を見るや否や、一斉に手にしたアサルトライフルや軽機関銃の銃口を向けて弾幕を浴びせてきた。
凄まじい金属弾の嵐が空間を削り、俺と式は滑り込むようにして大理石の巨大な柱の物陰へと身を隠す。
緋村零
時間がない。正面から力ずくで突破するぞ、式
両儀式
ええ。一気に行きましょう。弾を避けるなんて、いつもの特訓に比べたら容易いものわ
俺と式は同時に、その両目に鮮烈な「直死の魔眼」の極光を発動。
俺はタクティカルナイフを逆手に握り直し、式は愛刀「九字兼定」を鋭い金属音と共に抜刀、バリケードの死角から敵の弾幕の中へと果敢に飛び出した。
テロリスト
なっ……正面から突っ込んできたぞ!?
テロリスト
馬鹿な奴らだ! 的になりに来たか、蜂の巣にしろ――
テロリストどもは勝ち誇ったように引き金を引き続けるが、俺たちの速度はその常識を遥かに超越していた。
緋村零
遅すぎるんだよ!
両儀式
そこよ……死線(ここ)を切り裂く!
テロリスト
なぁ!? こいつら、至近距離の弾道を見切って避けて……ぎゃあぁあぁッ!?
テロリスト
なんなんだコイツらの目は……刃物が銃を切り裂い――ぐはぁッ!?
俺と式は、魔眼の視界で弾道の軌跡(死の線)を紙一重で躱し、時にはナイフと日本刀の刃で弾丸そのものを叩き斬りながら瞬時に肉薄。構造線をなぞる一閃で、敵の武器ごと肉体を綺麗に一刀両断していく。
エントランスにいた十数人の武装集団は、わずか数十秒の間に文字通りの肉片と化して地に伏せた。
緋村零
よし、エントランスの掃討は完了だ。次へ上がるぞ
両儀式
ええ。上の階層からも、まだ嫌な火薬の匂いが上がってきているわ
俺と式は、エレベーターが止められていることを確認し、迷わず非常階段の重い扉を開けて上の階へと駆け上がっていく。
両儀式
零、走りながら千束たちと無線は繋がる?
緋村零
やってみる。……千束、たきな! 聞こえるか、零だ!
俺がインカムの全リコリス共通チャンネルに割り込むと、すぐにノイズ混じりの千束の弾んだ声が返ってきた。
千束
『ほいほい! 零君、式さん!? どうしたの、今どこ!?』
緋村零
今、式と一緒に延空木の階段を猛スピードで上がっているところだ。そっちの最上階の状況はどうだ? たきなも含めて、全員無事か!?
たきな
『零、式さん! こちらはなんとか無事です! ……ただ、DAの本部司令室からの作戦指令が完全に途絶してしまい、周囲のリコリスたちが完全に大混乱に陥っている状況です! おまけに、テロリストが放ったロボット掃除機型の移動爆弾による奇襲を受け、かなりの負傷者が出て動けない子が多数います……!』
たきなの悲痛な報告を聞き、俺は奥歯を噛み締めた。……ったく、DAの上層部が機能停止した途端に、命令待ちの人形みたいに全滅しかけるなんて。これだから洗脳教育はクソなんだ。
緋村零
了解した。千束、たきな、今から言うことをよく聞け。そこにいる動けないリコリスたちを、お前たちの手で一時的に全員制圧しろ。ハッキリ言って、命令途絶でパニックを起こしているそいつらは今の戦場じゃただの足手まといだし、真島たちの格好の標的だ。俺たちが合流したら、その負傷者ごとそいつらを担いで下に降ろす。すでにエルモのグローザたちと、大高さんの手配した最強の警察部隊が延空木周辺の制圧に入っている。下の安全は確保してあるから、心配するな
千束
『了解! さすが零君、話が早くて助かる! じゃあ、そっちも気をつけて、早く来てね!』
緋村零
あぁ、すぐにいく。通信終了
俺はインカムのスイッチを切り、隣を並走する式へと視線を送る。
緋村零
式、聞いた通りだ。リコリスのガキどもが上で全滅しかけてる
両儀式
ええ、お節介なあなたらしい指示ね。急ぎましょう、命の線が消えかける前に
俺と式はさらに歩法を加速させ、階段を数段飛ばしで駆け上がっていく。だが、中層階の巨大なロビーエリアに飛び出した瞬間、行く手を阻むように強固な陣地が構築されていた。
テロリスト
いたぞ! 階段から上がってきたのはJTRだ! 撃て撃て撃てぇッ!!
テロリスト
ここで確実に殺せ! 蜂の巣にしろ!!
数十人のテロリストたちが、分厚い鉄板のバリケードを築いて待ち構えており、俺たちの姿を見るや否や、一斉に猛烈な集中砲火を浴びせてきた。
緋村零
チッ……数だけは無駄に多いな!
俺は背中から引き抜いたM4カスタムを構え、バリケードの隙間から覗く敵の頭部を正確な点射で次々と射殺していくが、敵は次から次へと奥から増援を補填してくる。思った以上に防衛陣地が強固だ。
両儀式
零、どうする? 刀の届かない距離でこれだけの弾幕を維持されると、流石に間合いを詰めるのにコンマ数秒の遅れが出るわ
緋村零
いや……正直、本部周辺の防衛網が無力化されてるこの延空木に、ここまで組織的な大軍が配置されてるのは完全に想定外なんだよね……。どこからこれだけの兵力を調達しやがった
さて……どうやってこの防衛線を一瞬で消し飛ばすか。
俺が魔眼の出力を上げて状況を打破する『線の交点』を見定めようとした、まさにその刹那だった。
??
――耳を澄まして――
聞き覚えのある、しかしこの世界ではまだ響くはずのない、あまりにも優しく、そして凛としたソプラノの声が、俺の耳元を心地よく震わせた。
緋村零
! 式、今すぐ床に伏せろッ!!!
両儀式
っ!?
俺の尋常ではない叫びのような制止に、式は直感的に身体を沈めた。俺と式が同時に床へと完全に伏せた、まさにその一瞬の後――。
背後の暗闇から、大気そのものを激しく引き裂くような、凄まじい密度の「超高金属性の重銃撃」の嵐が頭上を駆け抜けた。
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!
それは、通常の自衛隊やDAが使用する5.56mm弾などとは比較にならない、圧倒的な破壊力と貫通力を秘めた『特製の徹甲弾』の斉射だった。
テロリスト
なっ……何だこの射線は!? ぐああぁぁあッ!?
テロリスト
ば、バリケードが……鉄板ごと一瞬で貫通され……ぎゃあぁッ!?
銃弾はテロリストたちが絶対の信頼を置いていた分厚い防盾を、まるで紙切れのように容易く消し飛ばし、背後にいた武装集団を一瞬にして肉片へと変えていく。防衛陣地は、わずか一連のバースト射撃によって完全に瓦解し、テロリストたちは悲鳴を上げる間もなく全員が地に伏せて沈黙した。
両儀式
……一体、何が起きたっていうの? この圧倒的な銃撃の重さは……
硝煙が立ち込める中、俺と式はゆっくりと立ち上がった。式が驚愕と疑問を口にする中、俺の口元には自然と、どうしようもないほどの歓喜の微笑が浮かんでいた。
緋村零
フフッ……あいつだ。間違いない
それを見た式が、少しだけ嫉妬を孕んだような鋭い目で俺を睨む。
両儀式
零、あなた、この攻撃の主を知っているのね?
緋村零
あぁ。よく知っているさ。……さっきの愛おしい声も、な……
俺は一度静かに目を閉じる。
背後から、コツン、コツンと、戦場にはおよそ似つかわしくない、独特で洗練されたヒールの足音が近づいてくる。そして、前前世のあの血生臭い世界において、いつでも俺の隣で、誰よりも優しく俺の傷を癒やしてくれた、あの聞き間違うはずのない極上の声が響いた。
??
ふふ。お久しぶりです……いえ、この新しい世界での出会いを祝して、『初めまして』と言うべきかしら?
緋村零
……どちらでもいいさ。お前が、生きて俺の前にまた現れてくれた、ただそれだけで十分だ
??
ええ、私もですよ。世界が変わり、どれほどの時間が流れようとも……私は貴方と再び相見え、こうしてお傍で戦えるだけで、この上ない幸福なのですから
緋村零
相変わらず、俺には勿体ないくらいに一途だな。お前という奴は
??
ふふ。それは貴方もでしょう? お互い様……ね?
緋村零
あぁ。……お互い様、だな
俺はそこでゆっくりと目を開け、愛おしい気配のする方へと振り返った。
そこに佇んでいたのは、一人の極めて美しい女性。
夜の帳を溶かしたような艶やかな黒髪のロングヘアーをなびかせ、その身体には洗練されたチャイナドレス風の、それでいて機能的なタクティカル戦闘服を身に纏っている。そして、その細い両手には、圧倒的な破壊力を見せつけたばかりの愛銃――『95式自動歩槍』が完璧な所作で保持されていた。
見間違えるはずもない。かつて俺の魂の片割れであり、そのすべてを捧げた彼女が、慈愛に満ちた優しい微笑みを浮かべて俺を見つめていた。
緋村零
……待たせたな。また会えて、心底嬉しいよ……『黛煙(ダイエン)』
黛煙
ええ、私もですよ。……我が最愛の、旦那様
前前世のグリフィン時代において、栄えある『誓約の指輪』を互いの薬指に交わし、数多の地獄のような戦場を文字通り二人三脚で戦い抜いてきた、最強の戦術人形「95式」――またの名を「黛煙」。
彼女という最高の戦友、そして最愛の妻が合流した今、俺たちエルモ小隊の戦力は真の意味で完全体となった。