ソードアート・オンライン〜旭日の防人達〜 作:霧のイージス艦
緋村零やグローザたちが命懸けの戦闘を行っていた頃、国家の舵取りを担うべき政治家たちは、地上から遠く離れた安全な場所に引きこもっていた。
国会議事堂、地下セーフルーム。
与党議員
だからそんな事を言っている場合ではないだろう!! 状況を見ろ! 状況を!
与党議員
その通りだ!! あんたら野党はさっきの地上波の放送を見てないのか?!
与党議員
もう警察の手に負えるような段階はとっくに過ぎているんだ!!
与党議員
ここはもう自衛隊を動かすしかない!! 相手は重武装したテロリストなんだぞ!
政権与党の議員たちが必死に危機感を募らせ、気勢を荒げて叫ぶ。しかし、対する壁の向こうからは、現実から目を背けた言葉が返ってくるだけだった。
野党議員
自衛隊など出してみろ、それこそテロリストとの全面戦争になる!!!
野党議員
まずは敵と停戦し、そこから外交ルートを通じてだな……話し合いの席に着かせるべきだ!
野党議員
何でもかんでも自衛隊を出せばいいという訳ではありません!
野党議員
いかなる時でも、我が国の憲法は厳格に守られなければなりません!!!
緊迫した状況下であるにもかかわらず、繰り広げられているのは、頭のネジが外れまくった救いようのない空論の応酬だった。呆れ果てた論戦を冷ややかな目で見ていた大高議員は、深く溜息をつく。
大高
(この状況下で、まだこれだけ寝ぼけた事をいうのか?! 一体何を考えているのだ野党は?!)
あまりにもポンコツでボンクラな野党の対応に、大高は頭を抱えて絶望すら覚えていた。その時、すぐ隣から衣服の擦れる音がして、低い声が耳に届く。
嘉納
(大高さん、今、高野海幕長から直接連絡があったぜ)
防衛大臣の嘉納太郎が、周囲に聞こえないよう小声で話しかけてきた。
大高
(何か動きがありましたか?)
嘉納
(エルモからの連絡だ。延空木周辺のテロリストは大体殲滅、もしくは確保したそうだ。ただ、民間人の負傷者が多いため、東京消防庁を通じて東京MERやドクターヘリ部隊を要請したと。また、多数のリコリスたちも身柄を確保したらしい)
大高
(そうですか。では、残りは延空木に立てこもっている真島たちの本隊だけですな?)
嘉納
(だろうな。で、どうするよ? 総理は今、ヨーロッパ訪問中で日本に居ねぇしよ……)
現在の総理大臣である菅は海外訪問の真っ最中であり、副総理の岸田も北海道の視察で東京を離れている。この首都の危機に、最高指揮官たちが誰も不在という最悪の状況だった。
大高
(嘉納さん、自衛隊の即応状況は?)
嘉納
(練馬の第1普通科連隊が出動待機中、木更津の第4対戦車ヘリコプター隊もだ。いつでも飛び立てる)
自衛隊はすでに完全な臨戦態勢を整え、各駐屯地や基地で引き金に指をかけたまま待機している。足りないのは、彼らを動かすための法的根拠、すなわち出動命令だけだった。大高の脳裏に、ある法案の存在が閃く。
大高
(……! 嘉納さん、治安出動ではなく『警護出動』を発令できませんか?)
警護出動。自衛隊法第81条の2項に含まれる防衛措置。
テロ行為等によって国内の防衛基盤や基地が危険に晒された際、これらを防衛するために9.11アメリカ同時多発テロの教訓を経て法制化されたものである。関係都道府県知事の意見を聴取し合意が必要となるが、国会の承認を必要としない。さらに、事態に応じて合理的に必要と判断されれば、正当な武器使用も認められている。
大高
(相手は無差別に市民を襲うテロリストです。関東圏にある自衛隊基地へ攻撃が波及する可能性は十分に否定できない。それらを未然に防ぐための防衛措置だと言えば、野党の口を塞げるのでは?)
嘉納
(……なるほどな。確かにそれなら国会承認なしの閣議決定だけで即座に行ける。よし、乗った)
腹を決めた嘉納は椅子から勢いよく立ち上がると、騒ぎ立てるセーフルーム全体にドスの利いた声を響かせた。
嘉納
野党の皆さん、いつまでそんなくだらない議論を続ける気だ?
一瞬で部屋の雑音が消え、全員の視線が防衛大臣へと集まる。
嘉納
出動要件はすでに満たしています。そして武器使用の要件に関してもです。ハードルの高い治安出動は無理ですが、警護出動であれば何ら問題はないはずです
野党議員
警護出動だと……?
戸惑う野党議員たちを黙らせるように、嘉納は淡々と、しかし凄みを利かせてその法的根拠を突きつけた。
嘉納
ともかく、まずは警護出動を発令し、関東全域の自衛隊基地の警備を最厳重に当たらせます。もし万が一、テロリストどもが自衛隊に向けて一発でも攻撃を仕掛けてくれば、その瞬間に即刻『治安出動』に切り替える。これで文句はあるまい?
嘉納の理路整然とした説明に、与党議員たちは深く納得して頷いた。野党議員たちは最後まで顔をしかめて反対の声を漏らす者もいたが、法的な理詰めの前に、最終的には、まぁそれなら……と賛成に回らざるを得なかった。
その後、地下セーフルームから海外の総理へと国際電話が繋がれる。事態の深刻さを察した総理からの出動許可が電波を越えて発令され、ついに戦後初となる、自衛隊による実戦即応作戦が裏で展開されることとなった。
騒がしい会議が終わり、静まり返った廊下を二人の政治家が歩く。
大高
まさか、ここまで日本人の平和ボケが深刻だったとはな……。この期に及んでまだ話し合いなどと
嘉納
仕方がねぇよ。それが今のこの国の現実だ。だが、俺たちは政治家としてやれる最善の手は打った。あとは、零たちのいるエルモにすべてを任せましょうや
大高
……そうですな。彼らの正義を信じましょう
大高は静かに目を閉じ、延空木のある方向へと、心の中で祈るように視線を向けた。