ソードアート・オンライン〜旭日の防人達〜 作:霧のイージス艦
朝田詩乃の運命をあの郵便局で変えてから、早いもので2ヶ月の月日が流れていた。
俺は今、人通りの途絶えた山奥の廃神社にいた。ここが、転生特典として得た『飛天御剣流』と『呼吸剣術』、そしてナイフ術の私設鍛錬場だ。
静寂に包まれた境内で、俺は一振りの刀を鋭く振り抜き、残心とともに納刀する。
緋村零
まあ、ナイフ術に関してはこんなところか。それに『全集中・常中』も完全に体に馴染んだな。日、月、雷の呼吸、そして飛天御剣流の技も、今や完璧なレベルにまで仕上がっている。……後はこの直死の魔眼と併用して、どれだけ実戦で立ち回れるかだな
元々の身体能力がサーヴァント並みに引き上げられているおかげで、常人なら一生を要するほどの超絶至高の剣技を、異常なまでの速度で我が物とすることができた。これほどのスペックがあれば、来たるべき『ソードアート・オンライン』のデスゲームが始まっても、圧倒的優位に戦い抜くことができるだろう。
緋村零
さて、そろそろ帰りますかね……
愛刀を竹刀袋へと丁寧に収め、俺は山を下りて帰路に就いた。
その道中、街外れにある大きな総合病院の脇を通りかかる。夕闇が迫る中、その病院のロビーへと入っていく特徴的な人影が、俺の動体視力に引っかかった。
緋村零
あれは……。まさか、紺野姉妹(ユウキとアイコ)か……?
息を潜め、気配を完全に消して自動ドアの陰へと近づく。サーヴァント級の聴覚が、彼女たちの話し声を明瞭に拾い上げた。
??
では、娘たちの入院手続き、よろしくお願いいたします
??
はい、お任せください。しっかりと対応させていただきます
??
木綿季、藍子。お見舞いには必ず何度も来るからね
どうやら、運命のタイムライン通り、紺野姉妹はこの病院に長期入院することになったらしい。
緋村零
(……やっぱりか。現実世界の姿なのに、彼女たちの容姿はALO(アルヴヘイム・オンライン)のアバターそのもの。耳の形こそ普通だが……あの髪色。やはり、リコリコの世界と混ざった影響で、オリジナルより若干の変化があるんだな)
生きて動くリアルなユウキたちの姿を見つめながら、俺は不敵に口元を緩めた。
緋村零
(しかし、これは最高に好都合だ。この近場の病院に入院してくれるのなら、わざわざ探し回る手間が省ける。今日の夜にでもここに潜入して、直死の魔眼で彼女たちの身体を蝕む『病』を直接殺せばいい……。よし)
善は急げだ。俺は今夜のうちに作戦を決行することを決意し、ひとまず急ぎ足で自宅へと帰宅した。
――同日の深夜。
緋村零
さて……行くか
時計の針が丑三つ時を回った頃。俺は漆黒のフード付きコートを深く羽織り、あの電波塔事件でも使用した『リムルの魔除けの仮面』を顔に装着した。窓を開け、夜の静寂へと音もなく飛び出す。
緋村零
屋根伝いに行くか……
地上を走れば警察の夜間パトロールやDAの監視網に引っかかる可能性がある。俺は民家の屋根から屋根へと、重力を無視したような軽い跳躍で一気に駆け抜けた。圧倒的な身体能力によるショートカットのおかげで、ものの数分で目的の総合病院へと到着する。
緋村零
さて、潜入開始……
月明かりに照らされた非常階段のロックをナイフで音もなく解除し、内部へと侵入する。
脳内に思い描くプランはこうだ。まずは警備室、その次にナースステーション、最後に紺野姉妹の病室。
まずは、心臓部である警備室のドアを静かに開ける。幸いにも警備員は夜間巡回に出ているようで無人だった。俺は即座に管理デスクの端末にアクセスし、システムをハッキングする。監視カメラの映像データをリアルタイムで書き換え、俺の姿が一切映らないようループ処理を施した。これで堂々と動けるわけだが――
緋村零
完全にやってることが泥棒か強盗の類だな……
カメラを弄りながら、自分のやっている犯罪一歩手前(というか完全な不法侵入)の暴挙に思わず苦笑いが漏れる。だが、これも彼女たちを救うためだ。
ハッキングを終え、次なる目的地であるナースステーションへと向かう。
通路の陰から様子を伺うと、2人の看護師が眠気覚ましのコーヒーを淹れて談笑していた。俺は懐から即効性の催眠薬を取り出し、指先で弾くようにして彼女たちのコーヒーカップへと正確に投入した。気流を操作するような呼吸の技術が、それを可能にする。
緋村零
よし……後は効果が出るのを待つか
薬効は劇的だった。一口、二口とコーヒーを口にした看護師たちは、一分と経たずに強烈な睡魔に襲われ、机に突っ伏して深い眠りに落ちていった。
すぐにナースステーション内に侵入し、デスクに置かれた入院患者の管理リストをめくる。
緋村零
えっと……あった。紺野姉妹の病室は、最上階の802号室か
場所を確認すると、俺は足音を完全に消したまま、エレベーターを使わずに階段を駆け上がって目的の病室の前へと辿り着いた。
緋村零
802号室……ここだな
ノブを静かに回し、気配を殺して入室する。
2つの並んだベッドの上では、紺野藍子と木綿季が、規則正しい寝息を立ててぐっすりと眠っていた。
緋村零
さっさと用事を済ませよう……
2人の枕元に立ち、精神を集中させて『直死の魔眼』を発動する。
視界が反転し、世界のあらゆるモノに黒い死の線が走り出す。その中から、彼女たちの小さな肉体を内側から蝕んでいる、どす黒い『HIVウイルス(不治の病)』の概念が持つ死の線を注意深く探し出す。
緋村零
……あった
見つけた。その線は、2人の免疫細胞をじわじわと破壊している病そのものの寿命だ。
俺は手袋をはめた指先を伸ばし、彼女たちの身体を傷つけないよう、その『病の死の線』だけを正確になぞり、優しく切り裂いた。
――パキィン。
脳内で、何かが壊れるようなガラスの割れる音が響く。
直死の魔眼によってウイルスの概念そのものが「殺された」のだ。これで彼女たちの病は根絶され、今後、不治の病によって若くして命を落とすという悲劇的な未来は完全に消滅した。
緋村零
君達には、これから最高の出会いが待っている。……これから出会う、あのかけがえのない仲間たちのためにも、君達には健やかに生きてもらわなきゃ困るからね
眠る姉妹の穏やかな寝顔を見つめながら、俺は誰に聞かせるでもなくそう呟いた。
仮面を直し、静かに病室を脱出して、夜霧の立ち込める病院を後にする。
緋村零
とりあえず、これで大きな第2関門もクリアか。あとは、物語の始まりまでに桐ヶ谷和人とどこかで接触を図ることだな。……まあ、原作開始前に起こるはずだった大きな悲劇は、これで一通り防ぎ切れた。まずはよしとしようか
コートのフードを深く被り、俺は再び夜の街を駆け抜けて自宅へと帰宅した。
だが、これらはまだ、これから始まる壮大な物語のほんの序章、プロローグに過ぎない。
たとえこの先、どんな世界線の歪みや困難が立ち塞がろうとも、俺はただ前を向いて、その運命を切り裂いて進むだけだ