ソードアート・オンライン〜旭日の防人達〜 作:霧のイージス艦
千束とたきなに真島を任せ、俺と黛煙はさらに上の階へと続く階段を駆け上がった。
たどり着いたその先には、全面のガラス窓から首都の夜景が一望できる、もう一つの広い展望フロアが広がっていた。
緋村零
黛煙、たぶん……この奥だ。
黛煙
ええ。間違いなく、そこに居ますね。
静まり返ったフロアに、俺たちのブーツの足音だけが不気味に響く。こういう切羽詰まった状況での戦術的な直感は、恐ろしいほどによく当たる。
ヴァサゴ
ホウ、お前ら二人だけか? 寂しいお出迎えだな。
展望フロアの奥へと続く階段の段差に、不敵な薄笑いを浮かべたヴァサゴが腰掛けていた。俺たちの姿を認めると、ゆっくりと立ち上がる。
ヴァサゴ
よう、零。羽田空港の時は、ずいぶんと派手にやってくれたじゃねえか。
緋村零
お前こそ、あの旅客機の爆発炎上に巻き込まれて五体満足で生きてたとはな。お前と言いガブリエルと言い、さっきの真島と言い、どいつもこいつも本当に人間なのか怪しいもんだ。
ヴァサゴ
ハッ! そんな細かいことはどうでもいいんだよ。俺はなぁ……零、お前をこの手で無惨にぶち殺したくて、ずっとウズウズしてたんだよ!
向けられる狂気的な殺意。……ここで確実に殺す。
緋村零
あっそ。悪いな、今日の俺は忙しいんだ。お前の相手は、そこの黛煙に全面的に譲るよ。
ヴァサゴ
何だと? 女を盾にして逃げるか、腰抜けが!
黛煙
始めまして、ヴァサゴ。私は特殊戦術人形の黛煙。……零の妻です。
彼女が静かに、しかし誇り高くそう告げた瞬間、ヴァサゴは喉を鳴らして下劣な大笑いを始めた。
ヴァサゴ
ハッハッハ! 妻だと!? たかが電子部品の詰まった人型の兵器のくせに、笑わせるんじゃねえよ! 人間の真似事か?
兵器、か。かつての世界でも、嫌というほど投げつけられた言葉だ。
黛煙
そうですね。確かに私の身体は機械であり、作られた兵器かもしれません。しかし……。
黛煙はヴァサゴの嘲笑を真っ向から見据え、一文字一文字に強い意志を込めて言い放った。
黛煙
私は、いえ、私たち戦術人形は、人としての確かな『心』を持っています。例え身体が鋼鉄で、心臓という臓器が人工の機械で出来ていたとしても、人のように笑い、人のように悲しむことができるのなら、私たちはれっきとした『人間』です!
胸に響く、美しい言葉だ。それでこそ、俺の選んだ最愛のパートナーだ。
緋村零
おい、ヴァサゴ。お前がもし黛煙を、ただの動く鉄クズや兵器だと侮っているなら――骨の髄まで後悔することになるぞ。
ヴァサゴ
フン! 後悔するのは、ここで愛する人形をスクラップにされるお前の方だ、零!
激昂したヴァサゴが、手にしたAK12の銃口を鋭くこちらへ向けた。
黛煙
零、先へ行ってください。ここは私に任せて。
緋村零
あぁ。頼んだぞ、黛煙。絶対に勝て。
俺は黛煙と力強くグータッチを交わすと、最上階の制御室へ向けて一気にダッシュした。当然、ヴァサゴがそれを見逃すはずもない。
ヴァサゴ
待ちやがれ、クソガキがァ!
ダンッ、ダンッ、ダンッ!!
零を追おうとしたヴァサゴのつま先のアスファルトが、激烈な銃撃によって正確に削り取られた。一歩でも踏み出せば足首が吹き飛んでいた精密極まる点射。その射線の先には、95式自動歩槍を微動だにせず構えた黛煙が立っていた。
黛煙
あなたの相手は、この私です。一歩も先へは行かせません。
ヴァサゴ
チッ……! 面倒な機械が残ったもんだぜ!
ここからは、戦術人形・黛煙VS冷酷な傭兵・ヴァサゴの、プライドを懸けた一対一の致死戦闘が幕を開ける。
ヴァサゴ
仕方がねえ……まずは手始めにお前からバラバラに解体してやるよ!
ババババババババッ!!
ヴァサゴは怒号とともに、AK12をフルオートで激しくぶっ放してきた。展望フロアに5.45mm弾の弾幕が激しく吹き荒れる。しかし、黛煙はその弾道を完全に演算し、至近距離での機動で冷静に躱しながら遮蔽物へと滑り込んだ。
黛煙
(……焦る必要はありません。狙うべき隙は、必ず一瞬だけ訪れる)
バン! バン! バン!
がむしゃらにフルオートで撃ちまくるヴァサゴとは対照的に、黛煙は単発(セミオート)に切り替え、コンクリートの柱を盾にしながら、相手の動きを確実に制限していく最小限の牽制射撃を放つ。
ヴァサゴ
おいおい、どうしたよお嬢ちゃん! さっきの威勢はどこへ行った!? もっと撃ち返してこいよ!
挑発しながら、残弾を気にせずAK12を乱射し続けるヴァサゴ。だが、戦術人形の電子頭脳は、敵の残弾数を正確にカウントしていた。
カチン――。
ヴァサゴ
チッ! 弾切れか……!
ヴァサゴの銃口からマズルフラッシュが消え、彼がマガジンを抜き取ろうとした、まさにその一瞬。
黛煙
そこです!
バン!!
ガキィィィン!!
ヴァサゴ
なぁっ!?
黛煙の放った正確無比な一発が、ヴァサゴが手にしていたAK12のレシーバーとボルトキャリアを完璧に打ち砕き、銃をひったくるように破壊した。黛煙は、このリロードの僅かな瞬間を最初から狙い済ましていたのだ。
黛煙
このような遮蔽物の多い狭い室内での銃撃戦は、取り回しの悪い小銃ではかえって扱いづらいですからね。なら、私が最も戦いやすい状況を作るだけです。
黛煙は自身の95式を静かに床へ置くと、太もものシースから、美しく研ぎ澄まされたタクティカルナイフを抜いて逆手に構えた。
ヴァサゴ
チッ……。上等だ、生意気な鉄クズが……!
ヴァサゴも使い物にならなくなったAK12を床へ投げ捨て、腰から漆黒のコンバットナイフを引き抜き、凶悪な構えをとる。
黛煙
ハァッ!!
ヴァサゴ
ウォラァッ!!
キンッ!!!
展望フロアに、火花とともにナイフの刃同士が激しくぶつかり合う金属音が響き渡った。
黛煙
フッ!
ヴァサゴ
チッ……!
黛煙が電閃の如き手首の返しでヴァサゴの右腕の腱を切り裂こうとするが、ヴァサゴも長年の戦場での勘でそれを強引に防御する。重い金属音を響かせながら、ヴァサゴはその反動を利用して一旦大きくバックステップを踏んだ。
ヴァサゴ
(クソが……何なんだこいつは。まったく隙がねえ……! たかが、ただの兵器の分際で、この俺と互角以上に渡り合うだと……!?)
黛煙
(なるほど……確かに前世の野良PMCの指揮官並みにはやりますね。しかし、私たちがいた世界で死線を潜り抜けてきた、404小隊のクルカイさんや叛逆小隊のアルヴァさんに比べれば――あまりにも隙だらけです)
黛煙
……。
ヴァサゴ
……。
二人は僅かな呼吸の間を置き、互いの重心のブレを凝視する。そして、じり貧を察したヴァサゴが先に仕掛けた。
ヴァサゴ
死ねやぁッ!!
下段からの変則的な軌道で黛煙の軸足を狙ったヴァサゴの痛烈な一撃。しかし、黛煙はそのステップを完璧に見切って軽がると躱すと、がら空きになったヴァサゴの懐へと滑り込み、CQCカウンターの打撃をその腹部へと正確に叩き込んだ。
ヴァサゴ
グゥ、ッ……ガハッ……!?
黛煙
どうしたのです? 私はあなたから見れば、たかが動くだけの兵器なのでしょう? なら、さっさと私を壊して、スクラップにでもしてみなさい。
黛煙の冷徹な挑発が、ヴァサゴのプライドを完全に粉砕する。
ヴァサゴ
ほざけえええええッ!! たかが機械の人形風情がぁッ!! 人間様に上から目線で偉そうに説教してんじゃねえぞォォ!!
逆上し、我を忘れてナイフを大きく振りかざすヴァサゴ。
ヒュン――。
ヴァサゴ
な、あ……!?
ドスッ……!!
黛煙
冷静さを欠いた無様な大振り。戦場で熱くなった者から順に、あっけなく死んでいくのですよ。
ヴァサゴが我を忘れて大振りを仕掛けたその刹那。黛煙は最小限のモーションで、手にしていたナイフをその手元から解き放った。恐るべき速度で投擲された刃は、防弾ベストの隙間を縫い、ヴァサゴの右胸の深くと正確に突き刺さっていた。
ヴァサゴ
ちっ、く……しょ、う……動け、ねえ……
ヴァサゴはナイフの刺さった右胸を両手で必死に押さえつけながら、血反吐を吐いて床へと無様に倒れ込んだ。黛煙は一切の警戒を崩さず、静かな足音で彼へと近づく。
黛煙
どうですか? あなたの言う『たかが兵器』に、無残に殺されるご感想は?
ヴァサゴ
……クッ……ガハッ……
黛煙
……答える口もありませんか。まぁ、いいでしょう。あなたの犯した罪の代償は、ここで死を以て支払うのですから。
黛煙は腰のホルスターから、信頼性の高い92式手槍を引き抜き、その銃口をヴァサゴの眉間へと真っ直ぐに向けた。
黛煙
あの世で自分が今まで踏みにじってきた多くの命に対して、精々後悔しなさい。さようなら。
パン――!!
乾いた一発の銃声が、夜の展望フロアに冷たく響き渡った。
黛煙は拳銃を収め、ゆっくりとヴァサゴに近づくと、胸から自身のナイフを引き抜き、彼のバイタルデータが完全に停止していることを確認した。その時、彼女のインカムから、一仕事を終えた千束の晴れやかな声が飛び込んできた。
千束
『こちら千束! 真島を展望フロアから下に落としたよー! グローザさん、一応なんですけど、下に落ちていった真島の生死確認と捜索をお願いできますか? さすがにこの高さだし死んでるとは思うんだけど、念のためにね!』
どうやら、あちらの因縁の対決も完全に決着がついたようだ。黛煙の表情に、いつもの優しい笑みが戻る。
グローザ
『こちらグローザ、了解したわ。落下ポイントの捜索に入る。二人とも、本当にお疲れ様』
黛煙はインカムの送信ボタンを静かに押した。
黛煙
『こちら黛煙。こちらも主犯格の一人、ヴァサゴを完全に仕留めました。……絳雨、朝暉、緋。事後処理と遺体回収、および周囲の安全確保のため、このフロアへ合流してくれますか?』
朝暉
『こちら朝暉、了解したよ。誰も近づけないようにルートを封鎖しながら、すぐに向かう』
絳雨
『お姉ちゃん! さすが、めちゃくちゃ強かったよ! お疲れ様!』
緋
『お疲れ様。見事な手際だ、すぐに合流する』
頼もしい仲間たちの声を聞き届け、黛煙は無線を切ると、最愛の夫である緋村零が駆け上がっていった最上階への階段を、慈愛に満ちた目で見つめた。
黛煙
零、あとはあなたの相棒とともに、すべての決着をつけてきてくださいね。