ソードアート・オンライン〜旭日の防人達〜 作:霧のイージス艦
ボスたちとのこれからの戦いに向けた重要な作戦会議を終えた頃には、時刻はすでに22時を過ぎていた。インカムを通じてグローザから、千束やたきなたちリコリスの面々はすでに泥のように眠りについたと連絡が入る。さらに桐ヶ谷和人たちのグループも、用意された二人部屋の個室に案内され、同じく就寝に入ったとのことだった。
俺は自分に割り当てられた暗い部屋のデスクで、スタンドライトの光を頼りに、今日使用した弾薬の申請書類と作戦報告書の作成に追われていた。
緋村零
『自衛官の最大の敵は書類である』……なんて格言が前世の組織にはあったけれど、こうして自分でペンを動かしてると身に染みてよく分かるな……
カチカチとキーボードを叩き、ようやく全ての書類作成を終えて画面を閉じる。
緋村零
終わったな……。そういえば、帰ってきてから何も口にしてないや。食堂でなんか手軽に作って食べるか
前世の独身時代や、兄弟たちのためにチャーハンといった簡単なものから、カレー、ハンバーグ、冬場には水炊き鍋といった本格的なものまで作ってきた。自炊の経験が豊富なおかげで、料理は一通りこなせるのだ。
静まり返った廊下を通り、食堂へと向かう。しかし、近づくにつれて扉の隙間から明かりが漏れていることに気づいた。
緋村零
おや、こんな時間まで誰か残っているのかな?
扉を押し開けて食堂に入ると――。
スプリングフィールド
あら、零さん。お疲れ様です
緋村零
スプリングフィールド
そこにいたのは、戦術人形スプリングフィールド。前世のグリフィン時代においても生死を共にした信頼できる戦友であり、カフェ・ズッケロの店長兼、ズッケロ小隊の隊長を務める人形だ。
緋村零
まだ起きてたのか?
スプリングフィールド
ええ。これからの新しい基地内でもカフェを運営することになりましたから、その準備と資材のチェックを
緋村零
相変わらず好きだね。でも、グリフィン時代、みんなあんたの淹れるコーヒーと笑顔に救われたのは確かな事実だよ
スプリングフィールド
ふふ、ありがとうございます。そう言っていただけると、準備のしがいがあります
彼女はいつもの包み込むような聖母の微笑みを浮かべた。
スプリングフィールド
それよりも、零さんはどうしてこのような時間に食堂へ?
緋村零
部屋に籠もって報告書と格闘してたら、晩飯を完全に食い損ねた
スプリングフィールド
まぁ、それは……でしたら、ちょうど良かったです。他の方たちも、任務の処理を終えて今から夜食の時間にする予定でしたから。一緒にいかがですか?
緋村零
本当か? なら、タダで食うのもあれだし準備を手伝うよ
スプリングフィールド
助かります。お皿の用意をお願いしてもよろしいですか?
という訳で、戦火をくぐり抜けたエルモの厨房での、楽しいクッキングの時間が始まった。
緋村零
メニューは何にするんだ?
スプリングフィールド
手軽に摘めるサンドイッチと、それに合わせた温かいコーヒーや紅茶を用意しようと思います
緋村零
オッケー。サンドイッチの具材と調理の方は俺が引き受けるよ
俺がエプロンを締めて食材を並べ始めたその時、厨房の扉が静かに開いた。
センタウレイシー
店長、遅くなって申し訳ありません……って、あら?
緋村零
センタウレイシー
そこに現れたのは、戦術人形センタウレイシー。旧名G36。スプリングフィールドと同じズッケロ小隊に所属し、完璧なメイド服に身を包んだ、エルモの誇る“ザ・メイド”だ。
センタウレイシー
零、お久しぶりです。お元気そうで何よりですわ
緋村零
久しぶり、センタウレイシー。来て早々で悪いんだけど、スプリングフィールドの飲み物の準備を手伝ってあげてくれるか?
センタウレイシー
はい、喜んで。完璧にこなしてみせます
さて……俺も腕を振るいますか! ちょうど新鮮な菜の花がある。前世で覚えたあの特製レシピで作ることにしよう。
まず、和辛子と室温に戻したバターを丁寧に混ぜ合わせ、風味豊かな特製辛子バターを作る。
続いて、マヨネーズ、粒マスタード、少量の蜂蜜、そして粗挽き黒胡椒をしっかりと混ぜ、サンドイッチ全体の味を引き締める特製ソースも同時に仕上げる。
鍋にたっぷりのお湯を沸騰させ、塩をひとつまみ。水洗いした菜の花を、火の通りにくい茎の方から順にお湯に入れ、1〜2分ほど手早く茹で上げる。茹で上がったらすぐに氷水にさらして鮮やかな緑色をキープし、キッチンペーパーで水気を完璧に絞り取る。
次に卵の調理だ。ボウルに卵を割り入れ、塩、胡椒を振る。ここで、食感をよりふわふわでジューシーにするために、隠し味として少量のマヨネーズを加えるのが俺のこだわりだ。菜箸でよくかき混ぜてから、バターを熱したフライパンに一気に流し込み、手早くかき混ぜて半熟のスクランブルエッグにする。
ベーコンはフライパンに少し多めの油を引き、弱火から中火でじっくりとこんがりカリカリになるまで炒める。焼き上がったら、キッチンペーパーの上に乗せて余分な油分をしっかりとふき取る。
2枚の食パンを用意し、片面に先ほどの辛子バターをたっぷりと塗る。その上にカリカリのベーコン、茹でた菜の花、特製ソース、そしてふわふわのスクランブルエッグを崩さないように丁寧に重ね、もう1枚の食パンで上から優しくサンドする。
形を崩さず、パンと具材をしっかり馴染ませるために、乾燥防止のラップをふんわりと被せ、上から軽めのまな板を乗せて5〜10分ほど放置して味を落ち着かせる。
これを人数分、手際よく大量に作り上げ、最後に対角線で半分にカットすれば――特製・菜の花とベーコンのエッグサンドの完成だ!
緋村零
みんな、出来上がったよ!
盛り付けた大皿を両手に抱え、食堂のテーブルへと運んでいくと、扉から賑やかな声が飛び込んできた。
レナ
あぁ~! 零〜!
レイニー
やっほー! 零、久しぶり!
リヴァにどこか面影の似た、特徴的なツインテールとロングヘアの人形たちが飛び込んできた。
緋村零
レナ、レイニー。久しぶりだな。相変わらず元気そうで安心したよ
レナ
久しぶり! また一緒に作戦に行けるの、楽しみにしてたんだから!
レイニー
うんうん、元気そうで本当に良かったよ〜!
戦術人形レナ、旧名UMP9。そして
戦術人形レイニー、旧名UMP40。どちらも高い戦闘力を誇る「404小隊」のメンバーだ。彼女たちの背後からは、緑髪のロングヘアをなびかせた人形と、落ち着いた大人の雰囲気を纏った人形が続いて入ってきた。
ビヨーカ
零!
アンドリス
久しぶりね、零。相変わらずのようで安心したわ
緋村零
ビヨーカ、それにアンドリスも久しぶりだな。エルモへようこそ
戦術人形ビヨーカ、旧名G28。
戦術人形アンドリス、旧名G36K。どちらも404小隊を支える優秀な人形たちだ。
クルカイ
遅くなったわ
マキアート
ふぅ……全く、片付けに手間取って疲れたわ……って、零!? 久しぶりじゃないの
緋村零
マキアート、久しぶり
先ほどの司令室から一足遅れてクルカイと一緒に入ってきたのは、戦術人形マキアート。旧名WA2000。ズッケロ小隊に所属する、ツンとした態度が特徴的な凄腕のスナイパーだ。
緋村零
スプリングフィールド、サンドイッチはここに置いておくから、みんなで分けてくれ
スプリングフィールド
ありがとうございます。こちらも素晴らしいお茶が淹れ上がりました
スプリングフィールドとセンタウレイシーの手によって、食堂中に芳醇なコーヒーと高貴な紅茶の香りが広がり、カップが並べられていく。そこへ、バタバタと慌ただしい足音が響いた。
シャークリー
ごめーん! 遅れちゃった!
マキアート
遅い! 人を待たせるなんて、相変わらず緊張感がないのね!
小柄な体格の人形が、申し訳なさそうに頭を下げて入ってくる。
シャークリー
マキアート、そんなに怒らないでよぉ……って、零さん!!
緋村零
シャークリー、久しぶりだな。元気にしてたか?
戦術人形シャークリー。旧名ロビンソンXCR。ズッケロ小隊に所属する、アイドルを名乗る賑やかな人形だ。
スプリングフィールド
さぁ、皆さん席に着いてください。温かいうちにいただきましょう
スプリングフィールドの優しい促しにより、全員がテーブルの席へと着く。
スプリングフィールド
では……
一同
『いただきます』
待ちきれない様子で、みんなが一斉に出来立てのサンドイッチへと手を伸ばした。
クルカイ
……ふん、悪くないわね。パンの焼き加減も具材のバランスも、合格点をあげてもいいわ
レナ
美味しいー! 零の作るご飯、やっぱり最高だよ!
センタウレイシー
さすが零ですね。味の調和が完璧です。
緋村零
みんな、気に入ってくれてありがとう
作戦の緊張感から解放された食堂で、戦友たちと囲む夜食の時間。他愛のない雑談を交わしながら、時間は穏やかに過ぎていく。
緋村零
う~ん……やっぱり、スプリングフィールドの淹れるコーヒーはいつ飲んでも最高だな。この菜の花の苦味と辛子バターの効いたサンドイッチに、これ以上ないくらいよく合うよ
スプリングフィールド
ふふ、お口に合って嬉しいです。零さんの淹れる紅茶も、私は大好きですよ?
楽しい食事の時間はあっという間に終わり、スプリングフィールドと俺は手際よく食器類の片付けを済ませ、厨房のカウンターでようやく一息ついた。センタウレイシーはよほど疲れていたのか、食堂の居心地の良いソファですやすやと横になっており、クルカイやマキアートたちはそれぞれ自室へと戻っていったようだ。
スプリングフィールド
ふぅ……本当にお疲れ様でした、零さん
緋村零
スプリングフィールドも、夜遅くまで準備ありがとうな
彼女が特別にドリップしてくれた二杯目のコーヒーを口に含み、懐かしい日々の談笑に花を咲かせていると、食堂の重厚な扉が静かに開いた。
黛煙
零、スプリングフィールドさん。まだこちらにいらしたのですね
緋村零
黛煙
スプリングフィールド
あら、黛煙さん。お疲れ様です
緋村零
こんな時間まで起きてたのか? ?
黛煙
ええ、自室で古筝の手入れをしていたら、少し時間が経ってしまって。……私も、温かいものを一杯頂いてもよろしいですか?
スプリングフィールド
ええ、もちろん。今すぐ淹れますね
スプリングフィールドが滑らかな手付きで新たにコーヒーを淹れ、黛煙へと手渡す。
黛煙
ふぅ……美味しい。さすがですね、スプリングフィールドさん。張り詰めていた心が解きほぐされるようです
スプリングフィールド
ふふ、最高の褒め言葉ですよ、黛煙さん
コーヒーの湯気を見つめながら、俺はふと、目の前の二人の顔ぶれを見て呟いた。
緋村零
そう言えば……このメンバーって、あのグリフィンの前線基地の、本当の『初期メンバー』だったよな
俺が懐かしむように言うと、二人の戦術人形も愛おしそうに目を細めて頷いた。
黛煙
ええ、そうですね。指揮官がまだ右も左も分からず、基地に着任したばかりの頃の、本当に最初の最初のお話ですね
スプリングフィールド
確か、指揮官が最初にあの荒れ果てた基地へ着任した時は、カリーナさんと零さんの、人間の大人3人だけでしたね
緋村零
あぁ。当時はまだ生身の身体で、名前も『十六夜』というコードネームで活動していた頃だ。懐かしいな
スプリングフィールド
そして、指揮官が物資をやりくりして、最初に製造ラインから注文して届いた戦術人形が、この私でしたね
黛煙
その後、作戦中に所属を失って戦場を彷徨っていた私と絳雨を、演習目的で出撃中だったお二人が偶然見つけて、優しく保護してくださったんですよね
スプリングフィールド
ふふ、そうでしたわね。……それで黛煙さん、その保護された瞬間に、零さんに一目惚れをしてしまんですよね?
黛煙
……っ!? ……は、はい……(みるみる頬を林檎のように真っ赤染め、俯いてしまう)
緋村零
あはは。基地に戻ってからも、黛煙は任務中もプライベートでも、ずっと俺の身の回りの世話や手伝いをしてくれていたからさ。鈍感な俺でも、流石に『まさか、な』とは思ったけどね
黛煙
……零は、私のその好意、……迷惑でしたか?
不安そうに上目遣いで、潤んだ瞳をこちらに向けてくる黛煙。俺は照れ臭さを隠さずに、彼女の目を真っ直ぐ見据えて答えた。
緋村零
……全然!。むしろ、あの地獄のような終末世界で、黛煙みたいな一途で美しい女性に出会えて、隣にいてもらえて、俺は世界一の果報者だと思ってるよ
黛煙
……零……嬉しいです……
スプリングフィールド
ふふ、やはりお二人は、いつ見ても本当にお似合いの夫婦(めおと)ですね。見ているこちらまで幸せな気持ちになります
緋村零
ありがとさん。……そういうスプリングフィールドこそ、指揮官にはアタックしないのか? いつも良い雰囲気だけど
スプリングフィールド
私は、今の距離感で指揮官を心から信頼していますから。無理に好意をアピールしなくても、お互いに通じ合っていますから。
普段通りに、美味しいお茶を淹れてお出迎えするだけで十分ですわ
黛煙
まぁ、指揮官を巡る競争は、グリフィン時代から本当に激しいですからね。油断しているとすぐに誰かに席を持っていかれてしまいますよ
緋村零
確かに。グローザとか、さっきのクルカイあたりも、指揮官の前だと明らかに目の色が変わるもんな
そんな他愛のない、しかし確かな絆を感じる会話を交わしながら、ふと壁のデジタル時計に目をやる。いつの間にか、時刻は午前3時を回っていた。
緋村零
スプリングフィールド、黛煙。のんびり話し込んじゃったな。……そろそろ、起きてくる子供たちや他のみんなのために、朝飯の仕込みの準備を始めようか
スプリングフィールド
あら、本当ですね。もうそんな時間ですね。ええ、美味しい朝食の準備を始めましょう
黛煙
私はソファで眠っているセンタウレイシーさんを起こしてきますね。彼女にも手伝ってもらいましょう
黛煙がセンタウレイシーの元へと歩み寄るのを見送り、俺とスプリングフィールドは再び袖を捲り上げて厨房へと入る。
新しく迎えた58人の子供たちの、これからの明るい未来を支えるための朝が、静かに始まろうとしていた。