ソードアート・オンライン〜旭日の防人達〜 作:霧のイージス艦
まずは枳殻虹架こと、レインの個別聴取を終えた。彼女は張り詰めていた糸が切れたように、少し安心した表情を見せている。
零
レイン、このままここに残って他の奴らの聴取も聞いていくか?
レイン
ううん、私は一度お部屋に戻るよ。……それにね、ちょっと妹とも連絡を取りたいし。
零
妹って……セブン、いや、七色・アルシャービンのことか?
レイン
うん、そう! 実はね、DAにいた時にロシアでの任務があって、その時に偶然接触できたんだ。驚いたんだけど、七色も前世の記憶をちゃんと持ってたよ!
ふむ……あの天才少女セブンも記憶を保持したままこの世界にいるのか。
零
レイン、セブンに連絡がついたら、早急にこっちの基地へ合流するように伝えてくれ。今後、彼女の並外れた頭脳が絶対に必要になる。何より、あの最悪なSAO事件の発生を未然に防ぐためにもね。
レイン
わかった。私の口からしっかりセブンに伝えるね。
零
頼むよ。
レイン
あ、それとね、零。ちょっと気になってたんだけど……黛煙さんとはどういう関係なの?
零
ああ、彼女は俺の前前世における嫁であり、最高の相棒だったんだ。まぁ、お互い複雑な背景もあるし、一度ゆっくり2人で話してみたらどうだ?
レイン
うん、分かった! ぜひお話ししてみるね!
レインはそう言って、どこか弾んだ足取りで会議室を後にした。彼女と入れ替わるようにして、壁際で静観していたザ・ボスが歩み寄ってくる。
ザ・ボス
まさか、貴方とあの虹架……いえ、レインがそんな深い関係だったとはね。
零
どうせそこの監視カメラで、一部始終を面白おかしく見ていたんでしょ?
ザ・ボス
ええ、バッチリ見せてもらったわ。……ねえ零、少し気になったのだけれど、その黛煙とレイン以外に、貴方の『お嫁さん』候補はあと何人潜んでいるのかしら?
零
レインと黛煙だけですね。いまの段階だと
ザ・ボス
あらそう。なかなかの色男じゃない。
零
勘弁してください。少なくとも、これから聴取する予定の桐ヶ谷君に比べれば、俺なんて可愛い方だと思ってますから。
ザ・ボス
へえ、そうなの?
そう、次に控えているのは桐ヶ谷兄妹と結城明日奈さんの聴取だ。すでに館内放送で呼び出しをかけてあるため、そろそろ姿を現す頃だろう。
零
ええ。桐ヶ谷……いえ、キリト君はまさしく、前世の基準で言えばハーレム系ラブコメの主人公そのものですからね。そのせいで、一部の人間からは理不尽に妬まれたりもしていました。ネット上のR18小説なんかじゃ、大半が彼をおとしめるような寝取られ話ばかりで溢れかえっていたくらいです。
ザ・ボス
なるほどね。それで、貴方も彼を妬んでいる側だったの?
零
まさか。自分はむしろ、純粋にキリト君の背中を応援していた派ですよ。世間には色んな考えがあるでしょうが、俺は一人の作品ファンとして、また人間としてのプライドにかけて、公式の美しいカップリングをぶち壊すような二次創作は絶対に否定する立場ですから。
ザ・ボス
フッ、いい心がけね。ファンとして、そして何より人としての敬意を忘れない、というわけね。
零
はい、その通りです。
そんな会話を交わしていると、ドアの向こうから控えめなノックの音が響いた。
キリト
失礼します。
直葉
失礼します。
アスナ
失礼します。
緊張した面持ちの3人が、静かに部屋へと入ってきた。
ザ・ボス
構わないわ、そこに座ってちょうだい。
ザ・ボスの促しに従い、3人が横一列に席につく。彼らの視線が俺に集まるのを感じ、手元の資料を開いた。
零
それじゃあ、聴取を始めるね。
零
まず、桐ヶ谷和人。生年月日は10月7日、現在は14歳。両親は日本人で、所属はDA直属の少年暗殺部隊『リリベル』。
キリト
……はい。間違いありません。
零
俺とはちょっとした顔なじみだな。初めて会った時は、確かスーパーに向かおうとしていたところだったか。
キリト
あはは、あの時はただの食料調達ですよ。ちょっと慌ててました。
零
なるほどね。ちなみに、君がそのリリベルに所属することになった明確な理由は?
キリト
中学校の修学旅行の最中に、不自然な事故に巻き込まれました。気づいた時にはDAの施設にいて……。
零
先ほど、枳殻さんからも同様に修学旅行での事故について聞いたが……。
キリト
ええ。僕がリリベルに配属された後、独自にDAの内部データを調べたんです。どうやらDAは、過去に何度も『事故』に見せかけた組織的な拉致事件を起こしていたらしくて。
零
なるほど。クズにも程があるな、その組織は。
キリトの境遇については大体把握できた。次は隣に座る直葉さんだ。
零
次は、桐ヶ谷直葉。生年月日は4月19日、現在は13歳。両親は日本人で、所属はDAの『リコリス』。桐ヶ谷和人とは、血の繋がった実の兄妹だね。
直葉
はい、そうです。
零
君がリコリスに所属するに至った経緯も、和人君と同じかな?
直葉
はい。兄が巻き込まれたのと同じ時期に、私も別のルートで拉致されました。
零
当時通っていた学校は、私立聖エテルナ女子学院で間違いない?
直葉
はい、合ってます。
なるほど……すべてがエテルナ女子学院のラインで繋がっているな。
零
次に、結城明日奈さん。生年月日は9月30日、現在は14歳。両親は日本人で、大手総合電子機器メーカー『レクト』社の令嬢。所属はDAの『リコリス』。
アスナ
はい、間違いありません。
零
君がリコリスになった理由も、やはり私立聖エテルナ女子学院の修学旅行で起きた偽装事故だね?
アスナ
はい。……でも、私はあの事故に遭って、この世界でリコリスになったことを、どこかで良かったと思っている部分もあるんです。
零
……と言うと?
アスナ
私の実家……特に母にとって、私はただの『人形』でしかなかったんです。家ではいつも煙たがられて、まともな食事さえ出してもらえない日もありました。母は私を一度も娘として見てくれませんでした。だから、あの息が詰まる家から引き離されたことは、私にとってある意味での救いだったんです。
零
なるほど……。
なるほどな。原作の世界でも彼女と母親の確執は描かれていたが、この歪んだ世界においては、その関係性がさらに劣悪なものへと変貌しているわけか。
零
よし、これで3人の確認は取れた。じゃあ、最後の人だ。
キリト
え……? 最後の人、ですか?
アスナ
あの、零さん。ここには私達3人しかいませんけど……。
直葉
そうですよ? 呼び出されたのは私達だけのはずです。
零
いや、いるはずだ。君たちの……いや、正確には今、和人君のポケットにあるスマホの中に隠れている『彼女』のことだよ。
その言葉を聞いた瞬間、3人の身体が目に見えて強張った。誰も口を開こうとせず、会議室に重苦しい沈黙が流れる。
零
昨日の夜、この基地のメインシステムに何者かがハッキングを仕掛けたというログが残っていた。技術班がその足跡を辿ったところ、発信源は和人君のスマホだったんだ。それも、外部からの侵入ではなく、システムの内側に入り込んで学習を開始する、未知の人工知能プログラムのような挙動だった。
3人は固まったまま、じっと俺の出方を探っている。
零
……出ておいで。そこにいるんだろ? メンタルヘルスカウンセリング・プログラム試作1号――コードネーム『ユイ』さん。
『!!!???』
3人が息を呑むと同時に、キリトのポケットの中でスマホの画面が突如として起動した。スピーカーからクリアな音声が響き渡る。
ユイ
『……まさか、私の存在だけでなく、開発コードまで完全に看破されているとは思いませんでした』
キリトが諦めたようにスマホを取り出し、画面をこちらに向ける。そこには、デジタルエフェクトに包まれた可憐な幼い少女の姿が映し出されていた。
ユイ
『初めまして、零さん。私はユイといいます!』
零
はい、初めまして。緋村零です。よろしくね、ユイちゃん。
俺とユイちゃんが穏やかに挨拶を交わした直後、キリトが身を乗り出すようにして問いかけてきた。
キリト
零さん……どうして、君がユイの名前や正体を知っているんだ? この世界にはまだ、そんなプログラムの存在なんてどこにも公表されていないはずなのに……!
アスナ
ええ、私達も偶然彼女を見つけて保護したばかりなんです。どうして……?
零
簡単な理由さ。……それは、俺が君たちとはまた違う背景を持つ『転生者』だからだよ。
アスナ
ええっ!? 零さんも、私達と同じ転生者なんですか!?
零
うん。と言っても、君たちがいた世界と、俺がいた世界は完全に同一ではないけれどね。
俺は自らの前世の記憶、そしてこの世界が複数の異なるタイムラインや作品の世界観を内包して歪んでいる事実を説明した。ついでに、前世の世界で彼らが絶大な人気を誇る物語の主人公であったことや、ネット上で物議を醸していた例のR18創作話についての余談も少し交えながら。
直葉
まさか……私達の他にも、別の世界から記憶を持って生まれてきた人たちがたくさんいるなんて……。
キリト
なんだか、一気にいろんな事実を突きつけられて、驚き疲れちゃいましたよ……。
アスナ
アハハ……本当に、世界ってどうなっちゃってるんだろうね……。
零
まあ、君たちにとって一番身近な例を挙げるなら、さっき聴取を終えた枳殻虹架……つまり、レインもそうだよ。
ユイ
『えっ!? 虹架さんも転生者だったのですか!?』
零
うん。それも、俺が前世で狂ったようにプレイしていた、SAOのゲームスピンオフの世界からやってきたレイン本人だ。
キリト
凄すぎて、もう何が何だか頭が追いつかないな……。
零
まあ、色んな世界線があるにせよ、俺自身は一人のファンとして、キリト君とアスナさんの2人が結ばれることを心から応援してるよ。
そう告げた瞬間、キリトとアスナは同時に顔を真っ赤にし、気まずそうに視線を泳がせ始めた。それを見る直葉の表情には、微かな苦笑いが混ざっている。
零
最後に1つだけ確認させてほしい。キリト君やアスナさんがいた転生前の世界には、レインやコハル、フィリアといったメンバーは存在していなかった、ということで間違いないかな?
直葉
はい、それは間違いないです。私達の知るネットゲームの記録にも、彼女たちの名前はありませんでした。
零
分かった。情報を整理する助けになったよ、ありがとう。これにて聴取は終了だ。みんな、本当にお疲れ様。
キリト
なぁ、零。これからは俺たちのこと、敬称抜きで呼び捨てにしてくれていいぜ。その方が話しやすいし。
アスナ
そうですね。せっかくなら、私達もこの世界での名前より、昔呼び合っていた『プレイヤーネーム』で呼んでもらえる方が、なんだかしっくりくるんです。
リーファ
私も賛成です! 直葉じゃなくて、リーファって呼んでください。
ユイ
『ユイも大賛成です、パパとママとお呼びするのと同じくらい、そっちの方が馴染みがあります!』
零
分かった。それじゃあこれからはそうさせてもらうよ。改めて、これからよろしくな、キリト、アスナ、リーファ、ユイ。