ソードアート・オンライン〜旭日の防人達〜 作:霧のイージス艦
キリト、アスナ、そして肉体を得たユイの3人が、奇跡の余韻に浸りながら会議室を後にした。その感動的な光景をずっと壁際で静観していたザ・ボスは、ゆっくりと歩み寄ってくると、感心したように息を吐いた。
ザ・ボス
成る程ね。一歩間違えれば神の領域を侵す禁忌の様な力ではあるけれど……。ああやって、失われた絆を取り戻すために使うのであれば、私は何も言うつもりはないわ。問題は無いわね。
零
ええ。強大な力というのは、それ自体が呪いのようなものですから、使い所が極めて難しい。ですが、ああやって目の前にある大切な人の笑顔を守るためになるなら、俺は迷わずこの能力を使いますよ。
ザ・ボス
フッ……何故貴方がこの過酷な世界へ転生者に選ばれたのか、その理由が少しだけよくわかった気がするわ。本当は私も引き続きこの後の聴取に参加する予定だったけれど、ここからは貴方1人に任せるわ。貴方のやり方の方が、彼女たちから真実を引き出せそうだしね。
零
了解。お気遣いありがとうございます、ボス。
ザ・ボスは満足そうに微笑むと、足音を立てずに部屋から出ていった。これで完全に、会議室の主導権は俺に委ねられたわけだ。
しばらくして、再びドアがノックされ、新たなグループが姿を現した。
シノン
失礼します。
ミト
失礼します。
ユウキ
失礼します。
ラン
失礼します。
朝田詩乃、兎沢深澄、紺野木綿季、紺野藍子の4人が、少し緊張した面持ちで入室してきた。
零
緊張しなくて大丈夫だよ。それぞれ空いている席に座って。
全員
はい。
4人が着席したのを確認し、俺は手元の端末に視線を落として資料をめくる。
零
じゃ、形式通りだけど聴取を始めるね。
零
まずは朝田詩乃。生年月日は8月21日、現在は14歳。両親は日本人で、所属はDAの『リコリス』。
シノン
……ええ、間違いないわ。
零
君がリコリスに所属することになった経緯は、アスナやレインと同じ私立聖エテルナ女子学院の修学旅行事故に見せかけた、DAによる拉致事件だね?
シノン
ええ。あの組織のやり方には未だに吐き気がするわ。
零
まったくだ。……で、俺と君の個人的な接点といえば、あの郵便局での立てこもり事件だね。
シノン
ええ、そうよ。まさか、あんな強烈な場所で知り合った貴方と、こんな奇妙な基地で再会するとは思わなかったわ。
零
お互い様だよ。……よし、次は兎沢深澄さん。生年月日は8月3日、現在は14歳。所属はDAの『リコリス』。
ミト
そうよ。間違いなく私ね。
零
君がリコリスに所属することになった理由も、シノンたちと同じく、例の修学旅行事故に見せかけた拉致事件だ。
ミト
ええ、そう。あの時を境に、私の日常は完全に壊されたわ。
零
で、俺とミトさんの接点といえば、去年のクリスマスに路地裏で絡まれていたチンピラの件だな。
ミト
あの時のこと、覚えていてくれたんだ。本当に、あの時は助かったわ。お礼もまともに言えていなかったから。
零
気にするなって。……さて、次は紺野木綿季さんと、紺野藍子さん。生年月日は5月23日、現在は14歳。所属は同じくDAの『リコリス』。
ユウキ
うん、そうだよ!
ラン
はい、そうです。
零
……ただ、こっちの医療アーカイブ資料だと、2人は少し前まで大病を患って病院にずっと入院していたことになっているね?
ユウキ
あ、うん。そうなんだけどね……不思議なことに、入院して2日目の朝に、突然病気がすっかり治っちゃったんだ! お姉ちゃんも一緒に、お医者さんもびっくりするくらい綺麗に!
ふっ、そりゃあそうだ。原作であまりにも過酷な運命を背負っていた2人を救うため、俺が前世の特典である『直死の魔眼』の概念を応用し、彼女たちの身体を蝕んでいた病魔の根源そのものを『殺した』のだから。
零
なるほどね……。色々あったんだな。
俺が淡々と相槌を打つと、隣に座っていた姉の藍子さんが、鋭くも穏やかな視線を俺に向けて口を開いた。
ラン
あの、少しいいですか? 緋村さん。
零
藍子さん、何かな?
ラン
……私達のあの絶望的だった病気を、裏で奇跡みたいに治してくださったのは、本当は零さんなんじゃないんですか?
ユウキ
えっ!? お姉ちゃん、何言ってるの……!?
シノンとミトも驚いたように顔を見合わせる。俺は表情を崩さずに、彼女の目をじっと見つめ返した。
零
……なぜ、そう思う?
ラン
最初に違和感を抱いたのは、初めてお会いした時の貴方の雰囲気です。貴方は私達を最初に見た時、同情でも哀れみでもなく、まるで『何故生きているんだ』、あるいは『何故ここにいるんだ』と言いたげな、すべてを知っているかのような不思議な目をしていました。
零
……続けて。
ラン
そして、その疑念が確信に変わったのは今です。普通の人なら、末期症状だった人間の病気が『突然奇跡的に治った』なんて言われたら、少なからず驚愕するはずです。ですが貴方は、さも当然の結末であるかのような反応を示しました。仮に貴方自身が直接治していなかったとしても、その奇跡の裏にある何らかの関係者であることは間違いないと思いました。
それを聞いた俺は、思わず小さく拍手を送った。パチパチパチパチ、と静かな会議室に音が響く。
零
いや……恐れ入ったよ。まだ14歳だというのに、まるで名探偵の鮮やかな推理を聞いているかのようだ。降参だよ。
ユウキ
じゃ、じゃあ……! 本当に、貴方が僕とお姉ちゃんをあの苦しい病気から治してくれたの!?
零
うん、その通りさ。でも、その理由をちゃんと話すには、まず俺自身がどういう存在なのかを説明しなきゃ納得してもらえないよね。
俺は彼女たちに向けて、自分がこの世界とは異なる次元からやってきた『転生者』であること、そして前世の世界では、彼女たちが『物語の登場人物』として過酷な運命に翻弄されていた事実を、包み隠さず丁寧に説明した。
シノン
別の世界からの転生者……それも、私たちが画面の向こうの2次元に存在していた世界から来たというの……?
ミト
キリトたちの話も大概だったけれど……私はもう、驚き疲れたわ。世界の設定が壮大すぎるのよ。
そんな大人たちの困惑をよそに、ユウキは何かを深く噛み締めるようにじっと黙り込んでいた。
ラン
木綿季……?
ランが心配そうに妹の肩に手を置いたその時、ユウキは勢いよく顔を上げ、満面の笑みと涙を浮かべながら俺の目を真っ直ぐに見つめた。
ユウキ
零さん、本当にありがとう! 僕とお姉ちゃんを、あの暗い病室から助けてくれて……! 生きる未来をくれて、ありがとう!!
零
礼なんていいよ。俺はただ、前世で君たちの物語を知っていたから、ファンの我が儘として『目の前で救えるはずの命があるなら、何が何でも助けたい』と思った、それだけのことだからさ。
ラン
それでもです。貴方のその我が儘がなければ、私達は今頃この世にいませんでした。私からも、本当に、心からありがとうございます、零さん。
零
ふふ、そう言ってもらえると、少しは報われるかな。
静まり返っていた部屋の空気が、一気に温かいものへと変わる。シノンは小さく息を吐くと、少し恥ずかしそうに髪を耳にかけた。
シノン
ねえ、零。今後のことなんだけど、基地の中や任務中での私のことは、できれば『シノン』ってプレイヤーネームで呼んでちょうだい。そっちの方が落ち着くの。
ミト
あ、それなら私も、これからは『ミト』って呼んでよ。深澄って名前、リコリスの任務以外じゃなんだか硬苦しくてさ。
ユウキ
うんうん! 僕もこれからは『ユウキ』で頼むよ! ずっとネットの世界で呼ばれてたから、こっちの方が呼び慣れてるしね!
ラン
ふふ、それじゃあ、私も『ラン』でお願いしますね、零さん。
零
わかった。みんながそう望むなら、これからは親しみを込めてその名前で呼ばせてもらうよ。改めて、これからよろしくな、シノン、ミト、ユウキ、ラン。