ソードアート・オンライン〜旭日の防人達〜 作:霧のイージス艦
坂柳有栖たちが優雅に去っていった後、俺は一息ついて手元の端末の画面を指でスクロールした。次に会議室へ呼び出すメンバーは『ようこそ実力至上主義の教室へ』の高度育成高等学校、旧Dクラスを中心とした女子生徒たちのようだ。
資料をスクロールしていく中で、最後の一人の欄に目が留まる。
王美雨(みーちゃん)。備考欄には『元中国人、日本に亡命済み。現在は日本国籍取得のために手続き中』と記載されていた。原作では中国からの留学生だった彼女だが、この歪んだ世界においては事情が異なり、政治的な背景を背負って日本へ亡命し、紆余曲折あってDAに保護(拉致)されていたらしい。
零
どうぞ、入って。
堀北
失礼するわ。
櫛田
失礼します!
松下
失礼しまーす。
軽井沢
失礼するわよ。
佐藤
失礼しますっ。
長谷部
失礼するねー。
王
し、失礼します……。
ドアが開き、それぞれ全く異なる個性をまとった7人が入室してきた。
凛とした佇まいで警戒を崩さない堀北、完璧なアイドルスマイルを浮かべる櫛田、周囲を冷静に観察している松下、少し不機嫌そうに髪をいじる軽井沢、緊張でそわそわしている佐藤、気怠げながらもどこか鋭い長谷部、そしておずおずと最後尾を歩く王美雨。
零
そこに並んで座ってくれ。それじゃあ、聴取を始めるよ。
7人が席に着いたのを見届け、俺は端末を操作して資料の読み上げを開始した。
零
まずは堀北鈴音さん。生年月日は2月15日、現在は14歳。所属はDAで『リコリス』。
堀北
ええ、間違い確認に齟齬はないわ。……それで、説明を頂戴できるかしら? 私たちをあのDAから連れ出し、こうして呼び出した意図を。
零
君たちの安全を確保するためだよ。君がリコリスになった経緯は、やはり私立聖エテルナ女子学院の修学旅行における偽装事故だ。
堀北
……やはりあの事故は仕組まれたものだったのね。組織の体裁を守るために生徒の未来を奪うなど、到底容認できるものではないわ。
零
まったくだな。……次は、櫛田桔梗さん。生年月日は1月23日、現在は14歳。所属はDAで『リコリス』。
櫛田
はい、間違いありません! あの、私、急にあんな怖いところに連れて行かれて本当に不安だったんです……。でも、こうして零さんみたいな優しい方に保護していただけて、本当にホッとしています!
零
あはは、その猫かぶりは俺の前では必要ないよ、櫛田さん。……君の所属理由も同じく修学旅行の偽装事故だ。
櫛田
……は?
俺の言葉に、櫛田の笑顔が一瞬で凍りつき、その瞳に冷酷な光が宿ったが、俺は構わずに次へ進む。
零
続いて松下千秋さん。生年月日は10月23日、現在は14歳。所属はDAで『リコリス』。
松下
はーい、間違いありませーん。それにしても、櫛田さんのあの顔を引き出すなんて、零さんって相当な情報を持ってるみたいね? ちょっと面白そうかも。
零
まあね。君の所属理由も同じく修学旅行の偽装事故。実力を隠す癖があるようだけど、ここではその必要はないから。……次は、軽井沢恵さん。生年月日は3月8日、現在は14歳。所属はDAで『リコリス』。
軽井沢
ちょっと、何なわけ? あたしがこんな物騒な組織に引っ張られて、あんなキツい訓練させられただけでも最悪なんだけど。あんた、あたしの過去とか私生活にまで首突っ込むつもりじゃないでしょうね?
零
そんな野蛮なことはしないさ。君を傷つける者からは俺が守る。所属理由は同じく修学旅行の偽装事故。……続いて佐藤麻耶さん。生年月日は11月13日、現在は14歳。所属はDAで『リコリス』。
佐藤
は、はいっ! 間違いありません! あの、私、運動とかあんまり得意じゃなくて、リコリスの制服は可愛いけど、銃を持たされるの本当に怖くて……。
零
もう大丈夫だよ。ここでは君を戦わせたりはしないからね。所属理由は同じく修学旅行の偽装事故。……次は、長谷部波瑠加さん。生年月日は3月12日、現在は14歳。所属はDAで『リコリス』。
長谷部
ん、間違いないよ。私は元々グループの仲間と静かに過ごしたかっただけなんだけどねー。あんな軍隊みたいなところに入れられて、正直ウンザリしてたから、ここに移されたのはラッキーかな。
零
ここなら静かに過ごせるよ。所属理由は同じく修学旅行の偽装事故。……最後は、王美雨さん。生年月日は11月11日、現在は14歳。所属はDAで『リコリス』。
王
は、はい……間違いありません。あの、私、中国から日本に亡命してきて、やっと安心できると思ったのに、気づいたらあそこに連れて行かれて……。
零
亡命の件も含めて、書類は全てこちらで引き継いでいるよ。国籍取得の手続きもSR班のルートで進めているから、もう何も心配しなくていい。君の所属理由も同じく修学旅行の偽装事故だ。
一通り7人の基本情報を確認し終えたところで、俺は手元の端末を机の上に置いた。7人の顔をじっと見つめ、核心へと踏み込む。
零
さて、形式的な確認はここまでだ。ここからは、俺たちにしか通じない話をしよう。……君たち7人も、前世の記憶を持った『転生者』だね? 高度育成高等学校の皆さん。
その言葉が落ちた瞬間、会議室の空気が完全に一変した。
軽井沢と佐藤は息を呑んで顔を見合わせ、松下は目を細めて俺を凝視する。堀北は驚愕に目を見開き、王は怯えたように肩を震わせた。そして、櫛田は完全に偽りの笑顔を消し去り、底冷えするような声を出した。
櫛田
……あんた、それどこで調べたわけ? 私たちの前世のことなんて、この世界で誰にも話してないはずなんだけど。
堀北
……信じられないわ。私たちのあの学校での記憶……それが、なぜ貴方の口から出てくるの?
零
俺も君たちと同じ転生者さ。ただ、君たちがいた世界と俺の世界はちょっと違う。……俺の世界では、君たちが前世で悩み、それぞれの目的のために戦っていたあの『ようこそ実力至上主義の教室へ』の物語が、ひとつの作品として存在していたんだよ。
松下
え……私たちの生きた現実が、ひとつの作品……? じゃあ、私が本当は実力を隠して周囲を観察していたことも、全部知られてるってこと?
零
ああ、知っているよ。松下さんがAクラスを目指して虎視眈々と機会を窺っていたことも、堀北さんが兄の背中を追いかけて不器用にもがき続けていたことも、軽井沢さんが過去の傷を隠して寄生先を探していたことも、佐藤さんが恋に恋していたことも、長谷部さんが三宅くんたちと大切な居場所を守ろうとしていたことも、みーちゃんが平田くんに淡い恋心を抱いていたこともね。
王
あ……う、私があの世界で平田くんに……そこまで、筒抜けなんですか……。
長谷部
ひえー、恥ずかしいなぁ。三宅っちたちの名前まで出てくるなんて、本当に全部お見通しってわけね。
軽井沢
ちょっと待ってよ! あたしが……あの学校で、どんな目に遭って、誰に依存してたかも、全部その本だか何だかに書いてあったってこと!?
零
ああ。だけど、君たちが前世で必死に生き抜いた軌跡は本物だ。だからこそ、この世界で君たちがDAなんていう理不尽な組織に拉致されて、暗殺人形として扱われているのが俺は我慢ならなかった。だから保護したんだ。
俺の言葉に、7人は驚きつつも、どこか深く救われたような、確かな信頼の眼差しを俺に向けてきた。櫛田だけはまだ忌々しそうに俺を睨んでいるが、秘密が完全に露見した以上、これ以上敵対する意味がないことも理解しているようだ。
堀北
……なるほどね。貴方がどのような意図で私たちをここに集めたのか、その誠意は理解できたわ。あのような暴力と欺瞞に満ちた組織に身を置くよりは、貴方の管理下で保護される方が、私たちにとっても合理的と言えるわね。
軽井沢
……ふん。まぁ、あたしの過去を知ってて、それでも守ってくれるって言うなら、あそこよりはマシだし、少しは信じてあげてもいいわよ。
佐藤
私も、戦わなくていいなら本当に嬉しいです。よろしくお願いします、零さん!
王
私も……日本での亡命の手続きまで助けていただけるなんて、感謝の言葉もありません。本当に、ありがとうございます。
長谷部
まぁ、驚き疲れたってのが本音だけどねー。これからはこの基地で、まったり過ごさせてもらうよ、零くん。
零
ああ、歓迎するよ。これからよろしくな、堀北、櫛田、松下、軽井沢、佐藤、長谷部、みーちゃん。
後櫛田さん。猫被るとことかは使い分けをお勧めするよ。実際、君の本性を知っても、誰も避けたりしねぇよ。ここはな。
櫛田
……は? あんた、何言ってんの? 私の本性を知って避けないわけないじゃない。前世であの学校の連中がどんな反応したか、あんたその作品とやらで知ってるんでしょ? 綺麗事言わないでよ、反吐が出るわ。
堀北
……そうね、あなたのその性格の悪さは前世で嫌というほど思い知らされているわ、櫛田さん。でも、ここにいるメンバーは誰もあなたに幻滅したり、今更距離を置いたりしないわよ。だってみんな、あなたの裏の顔なんてとっくに知っているもの。
松下
そうそう。むしろ私は、これからはそっちのトゲトゲした素の櫛田さんで喋ってくれた方が、裏表がなくて付き合いやすいかもね。
軽井沢
あたしも別に今更あんたの性格の悪さに驚かないわよ。DAの時だって、猫被りながらえげつない訓練こなしてたの、ぶっちゃけちょっと引いてたけど、あそこから抜け出せたんだし、これからは好きなだけ愚痴吐けばいいじゃん。
佐藤
うん……! 私は最初、少しびっくりしちゃったけど……でも、櫛田さんがそこまで無理して良い子を演じなくてもいい場所なんだって思えば、そっちの方が櫛田さんにとっても楽だよね。
長谷部
そうねー。いちいち完璧なアイドル演じられるより、たまに毒吐いてくれた方が人間味あって私は好きだけどなー。
王
く、櫛田さん……。私は、どんな櫛田さんでも、私を助けてくれた優しいお友達だと思っています……!
櫛田
……チッ、なんなのよ一体。どいつもこいつも調子狂うわね……。あーあ、せっかくこれまで完璧に演じ分けてたのに、初日からこんな大破綻させられるなんて最悪。
そう言いながらも、櫛田の肩の力がわずかに抜けたのを俺は見逃さなかった。吐き出せる場所があるというのは、彼女の精神衛生上、決して悪いことではないはずだ。
零
はは、まぁそういうことさ。ここでは無理に自分を押し殺す必要はないから、少しずつこの環境に慣れていってくれ。これにて全員の聴取は終了だ、みんなお疲れ様。