ソードアート・オンライン〜旭日の防人達〜 作:霧のイージス艦
旧Dクラスの女子生徒たちがそれぞれ本音をこぼしながら退室していくのを見送り、俺は深く息を吐き出して手元の端末に次の資料を表示した。
一之瀬帆波、白波千尋、網倉麻子、小橋夢、姫野ユキ。……高度育成高等学校、旧Bクラスを支えていた面々だ。
資料に目を通しながら、前世での彼女たちの動向を思い出す。善意と団結を象徴するようなクラスだったが、それゆえに過酷な実力至上主義の学校では多くの苦難に直面していた。そんな彼女たちがこの歪んだ世界でDAに拉致され、どのような思いで過ごしてきたのか。
零
どうぞ、入って。
一之瀬
失礼します!
白波
失礼します……。
網倉
失礼しまーす。
小橋
失礼しますっ。
姫野
失礼するよ……。
ドアが開き、まとまりの良さを感じさせる5人が入室してきた。
先頭を歩く一之瀬帆波は、前世と変わらない周囲をパッと明るくするような笑顔を浮かべているが、その瞳の奥にはDAという組織で培わざるを得なかった警戒心が僅かに覗く。その後ろを、少し内気そうな白波、快活な網倉、人懐っこそうな小橋、そしてどこか冷めた様子で気怠げに歩く姫野が続いていく。
零
そこに並んで座ってくれ。それじゃあ、聴取を始めるよ。
5人が席に着いたのを見届け、俺は端末を操作して資料の読み上げを開始した。
零
まずは一之瀬帆波さん。生年月日は7月20日、現在は14歳。所属はDAで『リコリス』。
一之瀬
はい! 間違いありません。あの、緋村さん。お聞きしたいのですが、私たちはこれからどうなるのでしょうか? DAの時みたいに、また誰かを傷つけるための訓練をさせられるのですか……?
零
そんなことはさせないよ。君たちの安全を確保し、理不尽な戦闘から解放するためにここへ連れてきたんだ。君がリコリスになった経緯は、やはり私立聖エテルナ女子学院の修学旅行における偽装事故だ。
一之瀬
……やっぱり、あれは仕組まれた事故だったんですね。クラスのみんながバラバラにされて、あんな冷たい場所に閉じ込められて……本当に悲しかったです。でも、戦わなくていいと聞いて安心しました!
零
うん、安心していいよ。……次は、白波千尋さん。生年月日は11月30日、現在は14歳。所属はDAで『リコリス』。
白波
は、はい……間違いありません。私、帆波ちゃんが一緒じゃなかったら、あそこの訓練で本当に心が折れてたと思います……。助けてくれて、ありがとうございます。
零
よく頑張ったね。もう無理をする必要はないから。所属理由は同じく修学旅行の偽装事故。……続いて網倉麻子さん。生年月日は10月2日、現在は14歳。所属はDAで『リコリス』。
網倉
はーい、合ってまーす! いやー、あそこの規則、厳しすぎて息が詰まりそうだったから、ここに来られて本当に命拾いした気分だよ。ありがとね、零さん!
零
どういたしまして。所属理由は同じく修学旅行の偽装事故。……次は、小橋夢さん。生年月日は12月10日、現在は14歳。所属はDAで『リコリス』。
小橋
はいっ、間違いありません! 私、リコリスの制服を着て銃を持たされた時、本当に怖くて涙が出そうだったんです。ここならもう、あんな怖い思いをしなくていいんですよね?
零
ああ、約束するよ。二度と銃を持たせるような真似はさせない。所属理由は同じく修学旅行の偽装事故。……最後は、姫野ユキさん。生年月日は9月10日、現在は14歳。所属はDAで『リコリス』。
姫野
ん、間違いない。……というか、私みたいな目立たないリコリスをわざわざこんな風に保護するなんて、あんた物好きなの? DAの時だって、私はただ周りに合わせて適当にやってただけなんだけど。
零
ただ周りに合わせるのが、君の防衛本能だってことは分かっているよ。所属理由は同じく修学旅行の偽装事故だ。
一通り5人の基本情報を確認し終えたところで、俺は手元の端末を机の上に置いた。5人の顔をじっと見つめ、核心へと踏み込む。
零
さて、形式的な確認はここまでだ。ここからは、俺たちにしか通じない話をしよう。……君たち5人も、前世の記憶を持った『転生者』だね? 高度育成高等学校、旧Bクラスの皆さん。
その言葉が落ちた瞬間、会議室の空気が完全に一変した。
白波と小橋は驚いて顔を見合わせ、網倉は声を詰まらせて俺を凝視する。姫野はだるそうにしていた態度を改め、その瞳に強い警戒の光を宿した。そして、一之瀬は驚愕に目を見開きながらも、戸惑うように口を開いた。
一之瀬
え……っ!? 緋村さん、どうして私たちの前世の記憶のことまで……。この世界では、誰にも話したことはないはずなのに……。
姫野
ちょっと……それ、笑えない冗談なんだけど。あんた、私たちの頭の中まで覗き見したわけ?
零
まさか。俺も君たちと同じ転生者さ。ただ、君たちがいた世界と俺の世界はちょっと違う。……俺の世界では、君たちが前世でクラスのために悩み、団結して戦っていたあの『ようこそ実力至上主義の教室へ』の物語が、ひとつの作品として存在していたんだよ。
網倉
私たちの生きてた現実が、作品……? うそ、じゃあ私たちのことが全部本に書かれてたってこと!?
小橋
信じられない……。じゃあ、私たちが前世で修学旅行に行ったり、クラス対抗の試験で必死だったことも、全部知られてるんですか……?
零
ああ、知っているよ。一之瀬さんがクラスメイト全員を救うために必死にポイントを集めていたことも、千尋さんが一之瀬さんを心から支えていたことも、網倉さんや小橋さんがクラスのムードメーカーとしてみんなを笑顔にしていたことも、姫野さんが前世のクラスのやり方にどこか限界を感じて冷めていたこともね。
姫野
……はぁ。そこまで知られてるなら、もう隠すだけ無駄か。私がクラスの綺麗事に疲れて、斜に構えてたことまで筒抜けなんて、本当に悪趣味な作品ね。
一之瀬
……そうだったんだ。あっちの学校では、私の力不足でクラスのみんなに辛い思いをさせてばかりだったけれど……。この世界でまたみんなと出会えて、こうして私たちのことを理解して、助けてくれる人と会えるなんて……。
一之瀬の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。それは前世で背負い続けたリーダーとしての重圧と、この世界で拉致された恐怖から、ようやく解放された安堵の涙のようだった。
零
一之瀬さん、前世の君の優しさは決して間違っていなかったよ。だけど、この世界で君たちがDAなんていう理不尽な組織に拉致されて、暗殺人形として扱われているのが俺は我慢ならなかった。だから保護したんだ。もう、誰かを守るために君が一人で傷つく必要はないんだよ。
一之瀬
緋村さん……っ。ありがとうございます。本当に、本当に救われました……!
白波
帆波ちゃん……よかったね。これからは、ここが私たちの新しい居場所なんだね。
網倉
うん! あんな冷たい訓練ばっかりの組織にいるより、私たちのことをこんなに考えてくれる零さんのところにいる方が、何百倍も合理的だし最高だよ!
小橋
私も、零さんのこと信じます! これからはよろしくお願いします!
姫野
……まぁ、驚き疲れたってのが本音だけど。戦わなくていいニート生活を保障してくれるなら、私は喜んであんたの管理下に入ってあげるよ。
零
はは、歓迎するよ。これからよろしくな、一之瀬、白波、網倉、小橋、姫野。
あと白波さん? 流石にレズはまずいからね? 俺の前世でもネットでかなーりネタにされてるよ。
白波
えええっ!? ね、ネットでネタにされてるって……一体どういうことですか……っ!? 私、私はただ、帆波ちゃんのことが本当に大好きで、誰よりも近くで支えたいって思ってるだけで……!
網倉
あはは! 千尋、顔が真っ赤を通り越してゆでダコみたいになってるよ! でも零さん、それあっちの世界じゃ結構有名な話だったんだ?
零
ああ、かなりね。一之瀬さんへの感情が強すぎて、ファンの間ではお約束のネタとして定着してたレベルだよ。
小橋
うわぁ、千尋の秘めたるガチ恋っぷりが、別次元のネット民にまで筒抜けだったなんて……! 千尋、どんまい!
白波
もう、夢ちゃんまでからかわないでよぉ……っ! ほ、帆波ちゃん、変な誤解しないでね!? 私はその、変な意味じゃなくて、純粋に帆波ちゃんを……!
一之瀬
ふふ、大丈夫だよ、千尋ちゃん。千尋ちゃんがいつも私のことを一番に考えて、一生懸命支えてくれてたの、私はちゃんと分かっているからね。いつもありがとう。
白波
帆波ちゃん……っ! やっぱり帆波ちゃんは私の天使です……!
姫野
……はぁ。本人がこれだけ自覚のない重症なんだから、ネットでネタにされるのも当然じゃない? 見てるこっちがちょっと恥ずかしくなるんだけど。
零
ははは、まぁそれだけ一之瀬さんのリーダーシップと人徳が凄かったって証拠でもあるよね。ここには変な目で見る奴はいないから、そのままでいいけど、あんまり暴走しすぎないようにね。あと、帆波さんの闇堕ちのあれとかね。
一之瀬
え……っ!? や、闇堕ち……ですか……!? わ、私、あっちの世界でそんな風になっちゃうんですか……っ!?
網倉
ちょっと零さん、それどういうこと!? 私たちの帆波が闇堕ちって、あの優しくて真面目な帆波がそんなこと、想像もつかないんだけど!
小橋
ええええっ!? 帆波ちゃんが闇堕ち!? 悪の組織のボスみたいになっちゃうの!?
零
あはは、悪の組織のボスってわけじゃないよ。前世の原作の後半でね、クラスを背負う重圧とか色んな策略が重なって、いつもの明るい一之瀬さんからは想像もつかないような、ちょっと冷徹で危うい雰囲気をまとう時期があったんだ。ファンの間ではそれが『闇堕ち一之瀬』って呼ばれて、すごく話題になってたんだよ。
姫野
……へえ。あの綺麗事の塊みたいな一之瀬帆波が、ついに現実に絶望して割り切ったってわけ? ぶっちゃけ、ちょっと見てみたかったかもね。
白波
そ、そんなの絶対に変です……っ! 帆波ちゃんはいつだって優しくて、みんなのために一生懸命で……。そんなの、帆波ちゃんを追い詰めた周りの環境が絶対に悪いんです……っ!!
一之瀬
あ、あはは……みんな、そんなに心配しないで。……でも、零さんのお話を聞いて、なんだか納得できる部分もあります。あっちの学校では、私が未熟なせいでクラスのみんなに本当に苦しい思いをさせてばかりだったから……。もしあのまま一人で抱え込み続けていたら、いつか私も、本当に心の糸が切れてしまっていたのかもしれません。
一之瀬は少し寂しげに微笑みながらも、自分の足元を見つめるように言葉を紡いだ。
一之瀬
だけど、この世界ではもうそんな風にはなりません。だって、こうしてまた千尋ちゃんたちみんなと一緒にいられて、それに……私たちのことを全部知った上で守ってくれる、零さんがいてくれますから!
零
うん、その意気だよ。この世界では君一人に重荷を背負わせたりしないし、クラスの存続をかけた理不尽な試験だってない。だから、闇堕ちする暇もないくらい、ここでは普通の女の子として楽しく過ごしてよ。
一之瀬
はい! ありがとうございます、零さん!