ソードアート・オンライン〜旭日の防人達〜 作:霧のイージス艦
朝比奈なずなと鬼龍院風花の旧3年生コンビを見送った後、俺は一息ついてから端末の画面に本日最後となる資料を表示した。
七瀬翼、天沢一夏。……『ようこそ実力至上主義の教室へ』の高度育成高等学校、旧1年生。それも、ホワイトルームという過酷な施設の背景を持つ、極めて異質で危険な能力を秘めた面々だ。
彼女たちがこの歪んだ世界でDAに拉致され、何を考えて過ごしてきたのか。資料を見つめ、姿勢を正してドアに向かって声をかけた。
零
どうぞ、入って。
七瀬
失礼いたします。
天沢
失礼しまーす。
ドアが開き、対照的な雰囲気をまとった2人が入室してきた。
凛とした清廉な佇まいで、生真面目な眼差しをこちらに向ける七瀬翼。そして、小悪魔的な笑みを浮かべ、まるで周囲のすべてを見透かしているかのように気怠げかつ優雅に歩いてくる天沢一夏。
零
そこに並んで座ってくれ。それじゃあ、聴取を始めるよ。
2人が席に着いたのを見届け、俺は端末を操作して資料の確認を開始した。
零
まずは七瀬翼さん。生年月日は11月11日、現在は13歳。所属はDAで『リコリス』。
七瀬
はい、間違い確認に齟齬はありません。……質問ですが、緋村先輩。貴方はどのような大義、あるいは目的を以て、私たちをあのDAという組織からこちらへ引き抜いたのでしょうか。
零
君たちの安全を完全に確保し、国家組織の理不尽な戦闘や実験から解放するためだよ。君がリコリスになった経緯は、やはり私立聖エテルナ女子学院の修学旅行における偽装事故だ。
七瀬
……やはり、あれは仕組まれた事故だったのですね。大人の不条理な都合で、私たちの日常が突然奪われたこと……私にはどうしても納得がいきませんでした。
零
これからはその不条理に付き合う必要はないから安心していいよ。……次は、天沢一夏さん。生年月日は12月11日、現在は13歳。所属はDAで『リコリス』。
天沢
はーい、間違いありませーん。それにしても、あんなにセキュリティの厳しかったDAの檻から、あたしたちをこんなに鮮やかに連れ出しちゃうなんてさ。零先輩って、想像してたよりもずーっと底が知れない感じ。あは、ちょっとゾクゾクしちゃう。
零
はは、買い被りだよ。天沢さんの所属理由も同じく修学旅行の偽装事故だね。
一通り2人の基本情報を確認し終えたところで、俺は手元の端末を机の上に置いた。2人の顔をじっと見つめ、核心へと踏み込む。
零
さて、形式的な確認はここまでだ。ここからは、俺たちにしか通じない話をしよう。……君たち2人も、前世の記憶を持った『転生者』だね? 高度育成高等学校の皆さん。
その言葉が落ちた瞬間、七瀬は小さく息を呑んで目を見開いたが、天沢だけは一切の笑みを崩さず、むしろ瞳の奥に狂おしいほどの知性と好奇心の光を宿してクスクスと喉を鳴らした。
天沢
あはは! 凄ぉい、やっぱりそうなんだ。零先輩、あたしたちの最高に隠しておきたい『前世』の秘密まで、最初から全部お見通しだったってわけね。
七瀬
……信じられません。私たちの、あの学校での記憶……それが、なぜ貴方の口から出てくるのですか?
零
俺も君たちと同じ転生者さ。ただ、君たちがいた世界と俺の世界はちょっと違う。……俺の世界では、君たちが前世で葛藤し、それぞれの意志をぶつけ合っていたあの『ようこそ実力至上主義の教室へ』の物語が、ひとつの作品として存在していたんだよ。
七瀬
私たちの生きていた現実が、ひとつの作品……? 嘘……じゃあ、私のことも、松雄くんのことも……?
零
ああ、知っているよ。七瀬さんが松雄くんの仇を取るためにあの学校に潜入し、綾小路くんに執念をぶつけていたことも……天沢さんが『ホワイトルーム』の5期生として、完璧な能力を持ちながらも独自の基準で周囲を翻弄していたこともね。
七瀬
な……! 松雄くんの名前だけでなく、あの人の名前まで……! そこまで、すべてが記録されていたというのですか……。
天沢
へぇ……あたしがホワイトルームの出身だってことまで知ってるんだ。あは、そこまで丸裸にされちゃうと、逆に気持ちよくなってきちゃう。じゃあ、あたしがあの世界で誰を崇拝して、どんな風に動いてたかも、全部その本だか何だかに書いてあったんだ?
零
ああ。だけど、君たちが前世で必死に生き抜いた記憶は本物だ。だからこそ、この世界で君たちがDAなんていう理不尽な組織に拉致されて、また暗殺人形や実験体のように扱われているのが俺は我慢ならなかった。だから保護したんだ。もう、誰かの最高傑作の影を追う必要も、組織の道具として戦う必要もない。この基地を新しい家だと思って、安心して過ごしてほしい。
七瀬
……なるほど。貴方が私たちを救い出してくれたその誠意と大義、しかと理解いたしました。あのような冷酷な組織に身を置くよりは、全てを知った上で私たちを一人の人間として扱ってくれる貴方の下で保護される道を選ぶのが、最も正しい選択だと判断します。
天沢
あは、いいよ、あたしも零先輩の言う通りにしてあげる。あんな退屈なDAの訓練、ぶっちゃけウンザリしてたしさー。全てを見通してる零先輩のチェス盤の上なら、あっちの世界よりもよっぽど刺激的で面白いものが見られそうだしね。これからよろしくね、零先輩?
零
ああ、歓迎するよ。これからよろしくな、七瀬、天沢。
こうして、高度育成高等学校の旧1年生であり、最も危険な背景を持つ2人との聴取は、原作そのままの冷徹な知性と複雑な感情が交錯する、静かで濃密な空気の中で終了した。