魔女と鴉が呼ぶ前に   作:タナト

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 な、何年ぶりの更新なんだ?


Ep01 時代は大河のように

 グエル・ジェタークは、社会見学、もとい父の付き添いのために、木星近海にある巨大プラント、プラント・ヨナを訪れていた。

 そこは地球以外の星系を拠点とするベイラム・グループが経営している、いわばベイラム領の飛び地的場所である。ベイラム社は二十数年前の木星戦役でジェターク社と共闘した間柄で、グループの枠を超えた友好関係にある企業だった。

 ジェタークとベイラムの軍需品はどちらも質実剛健を旨とする商品で、似通っている。そんな気風が両社の距離を縮めているのだろうとグエルは考えている。

 今、グエルは父に無理を言ってやらせてもらった付き添いを離れて、個人的なプラント見学の手続きが終わるのを待っていた。ジュニアスクールに通う年でもあるまいに、駄目もとで父に我儘を言ってしまった。だが、意外にも父はすんなりとりなしてくれた。厳しい父にしては珍しいふるまいだった。自分の童心を理解してくれたのだろうか、そう思うと嬉しくなる。

 やがて待合室のドアが開き、いかにも厳格そうな青年が入ってくる。ツナギと軍の礼服の中間のような制服を着ていた。

 

「お前が視察を希望したグエル・ジェタークだな?」

 

「は、はい」

 

 強い語気で放たれたどこか頑なな言葉、仮にも客の立場の人間にお前とは、表に出さないがグエルは反発を覚える。しかし、青年が続ける言葉でそれはすぐに吹き飛んだ。

 

「俺は案内人を務めるG6レッドだ」

 

「え?ガンズって…」

 

 G、ガンズのコールサインは、ベイラムが誇る精鋭部隊レッドガンのAC乗りを示している。そんな存在が直々に視察の案内などとそのようなことがあるのだろうか?グエルは訝しんだ。

 

「まぁ、驚くのも無理はない、普通はないことだ。ただ今は俺の手があいていてな。せっかくだから付き合ってやれとの総長からの指示が下りた。それで俺が来たわけだ」

 

 総長の名を聞き、グエルの自然に背筋が伸びる。

 

「なかなかない機会だ。ありがたく思うんだな」

 

「はい!」

 

自然と返事が発せられる。それは憧れを前にした少年の声だった。

 

 ※

 

「MS乗りらしいな、ACにも興味があるのか?」

 

 目当ての機体が整備中の格納庫へ歩く途中、レッドが後ろのグエルに訊く。

 

「ACというか、レッドガンに興味があるというか…」

 

学園では獅子のように振る舞うグエルも、生粋の軍人を前にして借りてきた猫、とは言わないがある意味肩肘張らない態度で、本人も驚くほど素直な気持ちを口にできていた。

 

「もしかして、総長のファンとかいう口か?」

 

振り返って送られる視線にグエルは気恥ずかしくなり視線を逸らす。

 

「否定は、しません」

 

仮にも一企業の御曹司が、同業他社の英雄に憧れていて、それだけならまだしもそれを隠しもしないとはガキっぽいと思われるだろう。

 しかし、帰ってきた返答は存外に柔らかだった。

 

「まぁ、気持ちはわかる。あの人は俺たちにとってもヒーローだ。期待を裏切らない人物であることは保証する」

 

 振り向きざまに見せるレッドの表情に、グエルは不思議な親近感を覚えた

 

 ※

 

「おお…!」

 

重力ブロックを抜けた先に見えた格納庫の光景は壮観の一言だった。グエルの耳には聞きなれた作業員たちの声と金属音が聞こえているはずだったが、目の前の光景に魅入る彼のココロには届かない。

 

「ただの整備風景で一見してわかる機密などありはしないが、変な真似はするなよ」

 

「はい」

 

 花に惹かれる虫のように屹立したいくつかの巨大な人型に、飛んで近づいていく。

 

「左からハークラーのアクラム、俺のハーミット、イグアス先輩のヘッドブリンガー、ヴォルタ先輩のキャノンヘッド、五海花の鯉龍、副長のディープダウン、そして…」

 

各々個性ある威容を放つ巨人たちの中でもグエルのココロを掴んで離さない一つがあった。

 

「…ライガーテイル…」

 

それは他のACよりも背が小さい。歩く地獄という厳つい二つ名からは想像できないような繊細さがある。しかし、多脚の異形の下半身と合わせて、蜘蛛を模したというその多眼の貌は不気味な威圧感を放っていた。

 

「…そうだ。やはり、お目当てはこれか」

 

グエルはレッドの微笑ましいものを見るような表情を向けられ、気恥ずかしさから顔を逸らしてしまう。

 

「かっこいいよな。俺もいつ見ても思う」

 

しばし、温かな雰囲気が二人を包んだ。そしてそれは無遠慮な声によって破られた。

 

「お前だな?ミシガンの野郎が言ってやがったジェタークのお坊ちゃんは」

 

斜め上から降りてくる声の主は20代半ばに見えるガラの悪い男だった。

 

「イグアス先輩!」

 

どうやらその男はG5イグアスのようだ。正規兵然としたレッドとは違い、粗暴というほかないような雰囲気を纏っている。。

 グエルの聞いたところでは彼はミシガンに市中からスカウトされたと言う。普段はかかわらないタイプの人間の普段されない絡まれ方にグエルも戸惑ってしまう。

 

「思った通り苦労を知らなさそうなツラしてやがる。ここは、社会見学するような場所じゃねえ」

 

「は、はあ…」

 

 威嚇するような態度、それそのものにグエルは動じない。しかし言い分は分かるので、反抗できずたじたじになる。いかにも体育会系そうなレッドも先輩に何とも言いあぐねている。

 

「そうムキになんなよ、イグアス。レッドガンが太陽系に来ることは滅多にない。そんなまたとないチャンス、俺たちみたいな『エリート』に会ってみたいと思うのも、しょうがないってもんだぜ」

 

 助け舟を出したのはイグアスより少し大柄な、これまたガラの悪い男だった。しかしイグアスほどの威圧感はなく、どこか精神的余裕があるように見える。

 

「ヴォルタ…そんなお遊びに付き合っていられるほど俺たちは暇じゃないだろ…っ!」

 

 しかし、イグアスはその男、ヴォルタにも怒気を向け始める。

 

「そうカリカリすんな。どっしり構えてりゃいいだろ…」

 

「お前たち二人にまで子守を任せた覚えはないぞ」

 

 グエルを蚊帳の外においてヒートアップする二人に冷水をぶっかけるような声が響いた。声の主は二人より細身で壮年の顔つきに火傷や細かい傷跡をたたえている。まさに歴戦の猛者といった風貌だった。

 

「副長…!」

 

 レッドは自然なしぐさで敬礼をする。それに一瞥だけしてまっすぐグエルに近づいてくる。その迫力は彼が思わず後ずさりそうになるほどだった。

 

「G2ナイルだ。以後お見知りおきを、グエル・ジェターク」

 

 差し出された手と耳に入った名前に脳が混乱したが、父に叩き込まれた企業人としての礼節は上手くグエルの身についていたようで反射的に右手が前に出た。

 

「えっと、こちらこそ…この度はこのような機会を作っていただき…」

 

「はは、堅苦しいのは無しで構わんよ。今回の件も私が個人的に君に興味があったのもあるからね」

 

「え?俺に…ですか?」

 

 グエルは幼いころ、父にドミニコスのケナンジと対面させてもらった時と同じ高揚を覚えていた。

 

「ヴィム・ジェタークの息子はどんなものかとな」

 

 ナイルは、グエルを値踏みするように眺めていた。その視線に耐えられずいっそ会話の主導権を握ろうとグエルの側から話題を振ることにした。

 

「あの…あなた方と父は確か、木星戦争で共闘した仲だと…」

 

「そうとも。無人機ども相手にかなりの大立ち回りをしたものだ」

 

無人機の時代を終わらせ、レッドガンの名を宇宙に轟かせた伝説の戦い。その生き証人の話などパイロットを志すものにはぜひ聞きたい武勇伝だ。

 

「あの良ければ聞かせてもらえませんか?あの戦いで父がどんな風だったのか」

 

 当時のことに関して、グエルは何度か父に聞いたことがあったが、父はどうにも話を盛っているところがある。できれば客観的な意見も聞いてみたかった。

 

「ふむ、あの男はイノシシのように勇んで敵陣に突っ込んでいっていたよ。私やミシガンが必死になってサポートしものだ。まあ、死ななかったのはジェタークの往生際の悪さ故といったところかな」

 

 皮肉っぽく言った言葉には、ムッとしかけたがジェタークモビルスーツの頑強さも褒める意味もあるのだろうと、グエルは前向きに受け止めることにする。

 

「はぁ、そうですか」

 

 誰よりも一番槍を担ったとはよく聞いていたが、やはりそんなところだったか、とグエルは父らしいと納得した。

 

「さて、私からも君に教えて欲しいことが一つあるのだがいいかな?」

 

「は、はい!」

 

 突然投げられた会話のボールだったが、先に質問をしたのはこちらだったこともあり、グエルは答えるしかないと身構えた。しかし、受け止められたかは正直怪しい。

 

「私も見せて貰いたいのだよ。ジェタークの御曹司のその力を」

 

 ※

 

 そこは格納庫とは離れた応接室。油と労働者の汗で汚れたプラント全体からは浮いた印象を受ける小綺麗な部屋だった。そこで二人の男が机を挟み椅子に腰掛けている。

 

「では本当なんだな、レッドガンがルビコンに送り込まれるというのは?」

 

そう問いかけた中年の男は、現ジェターク社CEOヴィム・ジェタークその人だった。

 

「ああ、アーキバスのいけ好かないエリート連中が動くようだしな」

 

 答えたのは他でもないベイラムの歩く地獄、G1ミシガンだった。

 

「お前たちは動かんのか?」

 

「アーシアンどもの動きがきな臭い。それにグループは業績不振気味だ。例の情報の真偽によらず、足場固めが優先、というのがあの軍人上がりの方針だ。あの男に従うのは癪だが、封鎖機構は手強い。せいぜい高みの見物をしておくとする」

 

うんざりした顔で今度はヴィムが答えた。

 

「賢明な判断だな。お前らのトップはよほど勉強ができるらしい」

 

「相変わらず、上には悩まされているようだな、隊長様は」

 

 ミシガンの吐いた毒は自らのボスに向けられたものだった。

 

「世の中は木星戦役で、戦争についてボタンをただ押すよりチェスをする方がいくらか効率的だと分かったはずだ。もっとも、俺たちの飼い主はそのチェスもできんようだがな」

 

 地獄の鬼が垣間見せた憂いは誰のためのものだったか。

 

 

「まぁ、依頼通りにゲートへの密航のサポートはしてやろう。手は出さずとも、糸口はつかんでおきたいのでな」

 

「お前の方は丸々太って狸になったようだな」

 

 なんとでも言えと、ヴィムは皮肉を受け流す。

 

 “ピピッ”

 

 その時通知音が鳴り、ミシガンの身に着けていた端末に通信が入り彼は応答した。

 

「…そうか分かった。喜べヴィム、お前の子猫は乗り気らしいぞ」

 

そのミシガンの言葉を聞いて、ヴィムは部屋のモニターをつけ、チャンネルを合わせた。

 

 ※

 

 動きやすい服に着替えたグエルは、落ち着かない気持ちのままシミュレーターのシートに座った。とんでもないことになったと、グエルははじめてMSの実機に乗った時と同じくらいの緊張を覚えていた。

 どうやら、グエルがヴィムに付いて行きたいと頼んでから、手を回して模擬戦を設定してくれていたらしい。シミュレーターで誰かと戦うのなんていやというほどやってきたグエルだったが、それでも突然舞い込んだ夢の舞台にどう向き合うべきか、その正解が分からない。今から自分はレッドガンとやりあうのだ。ドミニコスにはそんな機会はもらえなかった。

 グエルの入った筐体は、以前に技術交流のついでにここに持ち込まれていたものらしい。あまり使っていなかったから無駄にならなくてよかったと、セッティングをしてくれたスタッフに喜ばれた。

 

『それでは模擬戦を開始します』

 

 シミュレーターの筐体に備え付けられたスピーカーから声が聞こえる。

 

「はい」

 

 その時のグエルにはこの戦いに対する準備も覚悟もきっと足りない。父は見ているのだろうか、きっと見ているだろう。グエルには不甲斐ない戦いをしたことを後から口惜しく思う未来の己の姿が目に浮かぶ。だがだからこそ、今はすべてを飲み込み忘れて、目の前の戦いに挑もうと決断した。父から贈られたこの一戦は、きっと会社でも家族のためでもない、自分の、自分のためだけの戦いなのだから。

 

 “フゥーッ”

 

 グエルが深く息を吐き、いつもの様な宣誓はない。ただ、操縦桿を握りしめたところで、COMボイスがゴングを鳴らす。

 

『メインシステムシミュレーションモード起動』

 

 視界がひらける。モニターに映るのは廃都市の景色。地形はランダムに生成されるらしく、対戦相手もこちらもレーダーに頼るしかない。グエルは乗機として設定されているディランザ・ソルを目の前のビルに張り付かせまずは索敵をする。お互いの位置は分からない。

 先に発見した方に大きなアドバンテージが生まれる。しかし、小回りの利く相手の機体構成的に不意打の決まる確率は少ない。

 待ち気味に探していくしかないか。

 

“パンッ”

 

 グエルの思考を引き裂くようなかん高い音が鼓膜に響く。

 

「っ!?」

 

音に反応したセンサーが、その音源をモニターに拡大表示する。

少し離れた位置の上空を飛ぶ対戦相手のACヘッドブリンガーの姿がはっきりと見えた。

気づかれた⁉とグエルは一瞬焦ったが機体にも張り付いたビルにも損傷はなく、敵機の映像を見てもこちらを認識している様子はない。

 

自分の位置をわざわざ教えてくれた⁉

 

 挑発かハンデのつもりか、それは分からない。ただいずれにしろ“舐められている”。

 そこまで瞬時に思考し、相手の発砲からほぼノータイムでライフルを真上に向けて発砲した。

 格下に見られる理由は分かるとグエルは冷静に考えていた。そして実際そうなのだろうと納得もしている。グエルには確かに学園での決闘で積み上げてきた矜持がある。だがそれは職業軍人から見ればごっこ遊びでしかないのだろう。

 しかし、その理屈を飲み込めるほどグエルは大人ではなかった。

 

『せっかくの優しさを無下にしやがって、舐めたマネしているお坊ちゃんには教育が必要だな』

 

 チャンネルを開いたのか敵の声がスピーカーから響く。

 

「舐められたままで終わるつもりはないからな!」

 

 対等になったつもりで、グエルは啖呵を切る。

ビルから身を乗り出し、狙撃モードにしたライフルでふわふわと滞空するヘッドブリンガーを狙い撃つ。

 さすがに位置がバレている状態では当たるはずもなく、軽くクイック・ブーストで躱される。

 

『吐いた唾は呑めねぇぞ!』

 

「その言葉そのまま返してやる!」

 

 その問答で本格的な戦闘が始まる。イグアスは、上からミサイルを撒きつつ右手のリニアライフルで攻撃した。グエルは後退しながら建物を盾にしつつ距離を開ける。ビームとリニアの弾丸が両機の間で何度も交錯する。それらはお互いの機体をかすめ両者に致命傷になりかねない撃ち合いが行われていることを認識させた。

 ヘッドブリンガーのフレームはベイラムの誇る標準機メランダーのカスタムタイプだろう、確かC3とか言ったはずだとグエルは記憶を掘り起こす。その認識が正確でなくとも中量二脚タイプならば基本的に機動力と運動性は圧倒的に相手が有利だろう。だが幸い武装はライフルとマシンガン、そしてミサイルと、お互いに似通っていて、火力は互角に思える。そしてディランザが相手に勝るのは耐久力と巨躯と高い出力からくる膂力だろう。それらの要素からグエルの掴める勝ち筋は…。

 

 ※

 

 同じころ、ヴィムとミシガンはその戦いを観戦していた。

 

「馬鹿もの…安い挑発に乗ってしまうなど…」

 

「すぐ頭に血が上ってしまうのはお前そっくりだな。血は争えんとはこのことか…」

 

 にやにやと笑うミシガンに、ヴィムは苦々しい顔をするしかなかった。

それをフォローするわけではないが、ミシガンはグエルを評価する。

 

「確かに、お前の子猫は年の割に腕は立つようだ。見せびらかしたくなるのも分かる。立ち振る舞いを見るに実戦で使うには仕込みが必要だが」

 

「実戦に出させる予定はない。テストパイロットがせいぜいだ」

 

「まぁ、そうだろうな。お前も人の親だ。お前の親も同じように思っていただろう」

 

「…お前の部下の方はどうなんだ。手堅い動きに手堅いアセン、悪くはないがパンチが足りないようにも見えるぞ。グエルが一応渡り合えているのもそのせいだろう。あのパイロットはいつもあのようなアセンなのか?グエルの方は学園ではビーム火器しか使ったことも使われたこともない。グレネードなど積まれていたらすぐにやられていただろう」

 

掘られたくない話題を振られヴィムは話題を逸らす。

 

「ふん、イグアスか。あの男はポテンシャルは相当なものがあると見ている。だが、ご指摘の通り型に嵌ってしまっているところがある。それを破ることさえできれば、俺の後継にすらなりえる男だと考えているんだがな」

 

「ほう…」

 

 戦友同士の男二人は、若人の闘いを純粋に品評する。普段の環境から隔絶されているからこそ実現した光景だろう。

 

「…そろそろ、動くぞ」

 

ミシガンの言葉でヴィムは息子の動きを注視する。

 

 ※

 

 あれからしばらく撃ち合いが続いていたが、グエルは押されていた。相手のミサイルの持つ発射と着弾までのラグを利用した疑似的な多面攻撃に苦しめられているのだ。ディランザ・ソルにもクラスターミサイルが積まれているが、使いこなせるとは言い難い。

 仕掛けるしかない。そう決意したグエルはセッティングの時にあらかじめオプションから選択しておいた、チャフスモーク入りのミサイルを相手と自分の周辺に放ち目くらましにして、全力で逃げる。相手に背を向けることは恐ろしいが、リスクを取らなければ勝てない。ディランザの装甲を当てにする。

 チャフが効いているのか致命的な被弾はない。

 

『怖くなったか?逃げ腰野郎』

 

「なんとでも言え!」

 

 距離が開いたところで反転し、後退を続けながら遠距離射撃を続ける。コア理論に忠実な兵器であるACは多くが近距離での戦いに特化している、メランダーはその典型だろう。よって汎用MSたるディランザの方が有効射程に分がある。射撃はグエルの得意分野ではないが、一方的に攻撃できるのは間違いなく有利な状況だ。

 

 バシュッ!バシュッ!

 

 脅威となる攻撃が減ったことでグエルは落ち着いて狙いをつけることができる。遠距離での偏差射撃を実行できれば、クイック・ブーストの瞬発回避にも対応できる。直撃とはいかないが盾受けや、掠る場面が増えてくる。

 戦えているあのレッドガンと、グエルはその実感と高揚に震えた。

 

『逃がすかよ…』

 

スピーカーから苛立ちを孕む声が響く。

 そうだ、距離が開いたのなら詰めればいい。機動力に差があるのだから簡単である。そしてそのもっとも有効な手段は…。

 鈍い機械音と、爆裂的なフレアがヘッドブリンガーの背部から噴き出す。’’アサルト・ブースト”直線的な軌道にはなるが、長距離を高速で移動するACの特殊機能。その速度では、高機動タイプではないディランザではどうあがいても逃げられない。

 だが来ると分かっているなら、できることはある。グエルは、左腕にビーム・トーチを持ち、起動しながら迎え撃つように突撃した。最も避けるべき状況は近距離戦で、機動力に振り回されなぶられること、だが近接武器の間合いに持ち込めれば、パワーというアドバンテージで押し切れる!

 

「ここで決める!」

 

グエルはその決意とともに、バルカンとライフルを乱射しながらさらに加速する。接近しながら放たれたヘッドブリンガーの攻撃は、シールドと装甲で踏み倒す。

 

『チッィ!』

 

予測に反して早く消滅した距離に、イグアスはアサルト・ブーストを止めることになる。

 

“行ける”

 

そう確信したグエルは、振りかぶったビームの刀身を囮に、ビーム・ライフルに仕込まれた本命のビーム・バヨネッタを展開しヘッドブリンガーの右腕を切りつける。

 しかし、手札を隠していたのはグエルだけではなかった。

 

“キューン”

 

 刀身がヘッドブリンガーの右腕に刺さる直前に、甲高い発砲音とともにリニアライフルから、チャージ弾が発射される。その弾丸はシールドごとディランザの左肩を貫いた。この攻防の衝撃で両機はお互いの片腕を喪失する。

 

「なっ…!」

 

 グエルは反撃とダメージのアラートに動揺しながらも、引くべきか、踏み込むべきかグエルは一瞬逡巡するが、踏み込むしかないと決めて、残った右腕での銃剣を構え、ブーストとともに突き出す。

 すでに距離ないに等しく、刀身はヘッドブリンガーの胴体を貫くはずだった。

 

「俺の勝ちだ!」

 

 しかし、パーメットリンクを通してグエルに伝わったのは、腕を蹴られたような衝撃だった。ヘッドブリンガーは身をよじり展開したパルスシールドによってそれは弾かれたのだ。

 

『舐めんなって言ったろ…!』

 

冷たい声が響き、今度は実際にヘッドブリンガーはディランザの胸部を蹴り込んで、その反動で飛びのいた。そして体勢を崩したディランザにコクピットに向けられたマシンガンを防ぐ手立てはなかった。

 鈍い連続的な金属音の後、COMボイスが勝者を告げる。

 

『コクピットブロックへの許容量を超えるダメージを確認、シミュレーションモードを終了。模擬戦の勝者、G6.イグアス』

 

 モニターから市街地の景色が消え、代わりに勝者の名前が表示される。それはグエルに敗北を認識させるには十分だった。

 

「負けたのか…」

 

 グエルの胸中を、あまり感じたことのない感情が満たした。頭を掻きむしりたくなるような激情、その場では理解しきれずこれが悔しさなのだと音から振り返ってやっと理解したのだった。

 筐体が解放されまぶしい光が入る、外に出たグエルを出迎えたのはレッドだった。

 

「すごいな、お前。その年でイグアス先輩とあそこまでやりあうとは思わなかった」

 

「ありがとう…ございます…」

 

 周りの観戦していたスタッフからも称賛の声が聞こえると、ここの人間から見て見苦しい戦いはしていないと、グエルは自分自身を安心させた。

そう、グエルとイグアスは子供と大人、負けるのは当然のはずだとグエルも分かる。ただあの瞬間、手に届く場所に勝利はあったと思えてならないのだ。だから現実を受け入れられない自分がいた。

 向かいの筐体から出てきた。イグアスはこちらを見て何かを言いかけたようだが結局無言でそっぽを向いてしまった。

 

「いいものを見せてもらった。ジェタークは跡取りに恵まれているようだ。ヴィムのせがれでなかったらスカウトしてもいいくらいだ」

 

 グエルは声のした方を見た。それが誰かはすぐわかった。この状況でなければ大きなリアクションをしてしまったかもしれない。

 

「グエル…」

 

 G1ミシガンの隣に立つヴィムが声をかけてくる。

 

「せっかく用意してくれたのに、負けてしまって…父さんの顔を…」

 

 

「負けたことはいい、この場は非公式なものだ。内容そのものも、最低限俺の顔を潰さない程度には戦えていた。それに、プロに勝てると思うほどお前に期待してはいない」

 

 

 敗北を謝罪しようとしたグエルの言葉を遮って、ヴィムは言い切った。厳しい言葉だが及第点には行けていたかとほっとした。

 

 

「だが、最後の一瞬”迷った”な?」

 

「…はい」

 

 見抜かれていたか、とグエルはいたたまれなくなって下を向く。最後の一瞬の迷いがなければ、勝てたとは言わないが振り返って一番目立つ改善点だった。

 

「戦場で正解を選び続けるのは至難の業だ。そもそも何が正解だということも分からない。ただ、迷いは確実に敗北を引き寄せる。…迷えば、敗れる。それを忘れず、これからも精進するんだな」

 

「はい」

 

 迷えば、敗れる。その言葉を胸に刻んで、学園でも戦っていこう。ジェタークの跡取りとして。グエルは改めて決意した。

 

「こちらの仕事は終わった。支度をしろ、帰るぞ」

 

「はい」

 

 グエルはレッドやスタッフたちに、礼を言ってその場を離れる。

 

「ミシガンも、ここの人間にもいらん手間をかけたな、その礼というわけではないが例の件は当てにしてくれて構わん」

 

面々との別れ際にヴィムがミシガンに言った。

 

「ああ、頼むぞ。それにいい戦いが見られたという言葉に嘘はない。先程も言ったが、有望な次世代がいるようで羨ましい限りだ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「ふん、当たり前だ。なんといっても俺の息子だからな」

 

 ミシガンとヴィムの言葉に、グエルも笑みが隠せなくなる。ラウダにはなんと話そうか、羨ましく思ってくれるだろうか。多幸感に包まれて、今日は人生で忘れられない一日になる。グエルはそう確信するのだった。




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