それでも全体的に間延びした印象です。
暗礁宙域で客人を待っていたペイル社の艦船は、その一帯を縄張りにしている海賊の襲撃を受けていた。艦を明け渡せと脅されている。しかし、載せている人物的にも、物資的にもとてもできない相談だった。
「敵性機体数は7です。後方に母艦も確認できます。内訳はAC1、MS2、
オペレーターは焦りを孕んだ声で、情報を伝える。
「このあたりで、ファラクトを学園に運び込むついでに来れるようにこのあたりで一番セキュリティーの薄い宙域を選んだのが仇になったようね」
艦の船頭の一人であるニューゲンが苦々しい声で言った。
「もしかして、取引相手に嵌められちゃった?」
周りのクルーから見て一回り若い少年が皮肉っぽく言った。
「かもしれませんね。出せる機体は!」
4人の船頭の中で一番背の高いゴルネリがオペレーターに問う。
「ザウォート2機が今出ます!残り4機が出撃できるまで3分ほど必要です!」
「まずいわね。これで拿捕なんてされたら星系中の笑いものよ」
返答を聞いて紫のグラスを着けたネボラがぼやく。
「例の新型は出せないの?」
「動かせる人間がいないから取引が必要に来たんですよ」
背の低いカルがシートにしがみつき揺れる船体に耐えながら少年を諭した。
「CEO!本艦直下方向に新たな反応を感知!このパターンはACです。識別信号は…アーキバス⁉」
オペレーターは敵が増えたと思っているのか、混乱を感じ出せる声で報告する。
「自ら手を下しに来たのかしら…」
可能性は低いことだったが、ニューゲンは状況的にそんなことを考えてしまう。
「ACから通信です…!」
『こちらアーキバス専属AC部隊ヴェスパーの第二隊長スネイルです。これより貴艦を援護します』
※
海賊たちは着実に艦を包囲していつ襲い掛かろうかと、タイミングを計っていた。航宙機動特化のMTが先行し、狙撃特化のMSハイペリスが暗礁に取り付いて狙いをつけている。
『兄貴、近づいてくる反応がある。多分ACだ。スゲー速え…』
「あ?…んだこの速度…イカレてんのか?暗礁でミンチになるぞ…」
その男、ACに乗る海賊の頭目は信じられない速度で近づいてくるレーダー上の点に、本能的な恐怖を感じる。高そうな艦が一隻で浮いていていいカモだと思っていたが、とんでもない地雷かもしれない。そう思った男が手下に撤収の指示を出そうときにはもう遅かった。
『アラ…ガッ』
MTの一機をレーザーが貫いたのだ。
頭の男は通信越しに手下の断末魔を聞いて全身に鳥肌が立つのを感じた。
「チッ、全員構えろっ!」
※
『VOB、パージ完了。システム、戦闘モードに移行します』
スネイルはCOMボイスを聞きながら、展開していたパルスアーマーを切る。あらかじめ計測していた作戦区域までの到達時間を見る。VOBで暗礁を突っ切るという極めて繊細なルート取りと操縦でここまで来たスネイルだったが、想定していたタイムより3秒は遅い、あの男ならあと5秒早い。まだ合理化できる部分がある、帰還したら反省点を分析しなければいけないと彼は決めた。
「これが効率的とはいえネズミのようなコソ泥を相手することになるとは、艦載MT部隊は回り込んで敵の母艦を叩きなさい。決して生かしては帰さないように」
『了解です、閣下』
その問答を最後に、通信を切ったスネイルは自分の顔を切り替える。誰も知らない彼の顔、実質的なヴェスパーの指揮官である高貴で行儀のよい振りをやめて、闘争を貪欲に求める戦士の顔になる。
「さて、行きますよ、オープンフェイス」
アサルト・ブーストで有効射程範囲に飛び込んで使い慣れた右腕の双銃身型のレーザーライフルで一番近いMTを撃ち抜く。雑魚とはいえいかに効率的に排除するか、そう自分に挑戦を課すことでなけなしでも経験値にできるはずだ。それは塵のようでも積み上げなければあの男には届かない、現にその男自身もそうして登り詰めたのだ。
『か、カシラ!あのエンブレムは…』
『バカか!こんな太陽系のド田舎宙域に【ヴェスパー】なんて来るわけねえだろ!ハッタリだ。そんな狡いやつに負けるかよ』
傍受した通信を聞くに、望遠カメラで捉えたのか、海賊たちは自分たちが対峙している相手を認識し始めたようである。信じられないのは無理もないとスネイルは考える。
他社や議会連合にかぎつけられることを嫌って治安の悪い宙域を会合の場に選ぶのは理解できる、このような事態に陥る可能性があったことも…。
反応から見ると本当に偶然なのか、だとしたら不幸なことだ。スネイルはそんなことを考えながら、レーザーライフルでMSの一つを中破させる。
「仕留め損ないましたか…」
右腕から胸部にかけてを抉り取れたが左腕の武装が残っており、まだ落とせたとは言えない。いつもならばプラズマミサイルでもっとスムーズに殲滅できたが太陽系の条約に則り外している。もっと狙撃の精度を高めなければ…そのようにスネイルは、彼の中で幻視するかの男に比べて自分に足りないものを感じて一人焦る。
しかし、それでも戦場の把握は何とかこなし。オープンフェイスを囲い込もうとする海賊たちの網をアサルト・ブーストで突き破って敵を翻弄する。レーザーを細く引き搾って敵陣の外側から精密射撃で堕とし損ねたMSにとどめを刺す。漂う暗礁に視界を阻まれ海賊たちはオープンフェイスを捉えられない。このままでは数の有利にかかわらず、蹂躙されてしまう。それを防ごうと頭目の乗るACがオープンフェイスを追いすがる。
「あのパーツはBAWSの…」
海賊のACのパーツ構成はBSHOパーツベースに両腕がメランダーというもの。ルビコンの企業であるBAWSのパーツを新たに購入できるとは考えにくい。順当に考えるならアイビスの火の以前から市場に出回っていたものだろう。
「半世紀前の機体を引っ張り出すぐらいなら大人しくMSにでも乗っていればいいものを…」
客観的事実として、その平均的戦力においてMSはACの上を行く、互換性のない設計からくる高い堅牢さもさることながらACに比べ操縦が容易であり、凡庸なパイロットでも安定した運用が可能だからである。
これらの事実を置いても、ACが一定の需要を持ち続けるのは、一握りの突出したパイロット、適切なアセンブル、そして戦場の環境、それらが噛み合う極々稀な場合にACはあらゆる戦いのセオリーを覆す爆発力を発揮する。
故に基本的にエリートといって差し支えないパイロットという人種の中でも、ACに乗る者は特に強い自負を持つ。『自分は特別である』と、そしてACに対するある種の執着を見せる。それはスネイルとて例外ではない。
「せめてあえてACを選ぶあなたの覚悟がハリボテではないと私に示してみなさい」
そう言ってスネイルは機体を反転させ、レーザーを放つ。さすがに相手もクイック・ブーストで躱し、そして右腕のビームライフルで反撃する。
『舐めるなよ!俺のデス・バレットは見掛け倒しじゃねぇ!』
デス・バレットはビームを乱射しながらアサルトブースト・ブーストでオープンフェイスに肉薄する。左腕のユニットを展開しそこから発生したエネルギーとともに殴り掛かる。
「それはキタガワの…」
スネイルはパルスブレードの一撃を反射的にパルスアーマーで防ごうとしたが、それは悪手だった。機体を守るために放たれた『パルス』は、干渉を受け、主を蝕む毒として跳ね返ってきた。機体は後方へ吹き飛ばされる。発生したプラズマはデバイスで繋がっているスネイル自身の近くまで痺れさせる。
「目くらましか…」
構わない後方に大きな暗礁が存在しているのはすでに把握している。スネイルは暗礁に両足で着地できるように、機体をよじらせて後退のクイック・ブーストをし上下からの挟撃を交わした。周りの状況が分からなくても相手の意図がつかめればやりようはいくらでもある。
※
自分たちは多分ここで死ぬ、手下はどう感じているか分からなかったがいくつもの修羅場をくぐってきた彼はそう確信していた。初撃に失敗した時点で勝ち目はなくおそらく、逃げるすべもない、だがせめて目の前のこいつだけは道連れにしてやる。高そうなパーツにこれ見よがしに何本も装備しているレーザー砲、本物のヴェスパーかどうかはこの際関係ない、泥水啜ってここまで来た俺とは違ういけ好かないやつに負けるのだけはシンでもごめんだ。それが彼の海賊の頭目としての意地だった。
デス・バレットはマウントしていた切り札、ハンドグレネードランチャーを構えそして…光の濁流にのみ込まれた。
レーザー・ランス、文字通りの光の槍が男諸共その上半身を吹き飛ばしたのだ。
「あの程度でオープンフェイスは怯みませんよ」
それからスネイルはリーダーを失って投降を申し出る部下たちを容赦なく撃ち抜き、状況を終了させた。
『閣下、こちらの処置は終わりました』
ちょうど同じタイミングでスネイルに敵母艦が墜ちた事を告げる通信が入る。
「よろしい。こちらの掃除も終わりました。交渉人員をランチで向かわせなさい。ああ、あと私の着艦申請も追加でお願いします。ちょうど乗りかかった船です。彼女たちの顔も拝んでおきましょう」
※
そしてペイルの艦の応接室で、両社の人員が向かい合うことになった。
「ようこそいらっしゃいました、アーキバスの方々、そしてミスタースネイル。迅速な救援にこの船の人間を代表して、感謝いたします。あなた方が駆けつけてくれなければ一体どうなっていたことか」
ニューゲンが外向きの柔らかい笑みを浮かべながら、頭を下げた。
「いえいえこちらこそ、CEO自らがいらしてくださって恐縮です。そしてどうかお気になさらず、あのような無法者の狼藉を許さないのは当然です。そして窮地に陥っているのが大切なビジネスパートナーなら助けるのが人情というものです」
スネイルもまた落ちかけていたサイバーグラスを整えて、ビジネスマンとしての表情で答えた。その問答には全く感情というものが籠ってなかったが嘘でもなかった。
「前置きはそのぐらいにして、さっさと本題に入った方がいいんじゃない?ここに長居して、さっきみたいなことになるのはその人達もごめんでしょう?」
エラン・ケレスははこの場に集ったそうそうたる顔ぶれにも全く委縮せず、いつもの調子を崩さない。それは彼が選ばれた理由である資質の証左であろうか?
「失礼ですが、彼は?」
「ああ、彼はエラン・ケレス。ペイルグレードによって選出された我が社の次期CEOですわ」
「なるほど、ここに来たことはつくづく正解だったようです。既知を得て光栄です。ミスター・ケレス」
「ああ…俺は今の段階ではただの学生だからそこのところは理解してもらえると…でも、宇宙に名高いヴェスパーのナンバー2に会えて嬉しい」
2人は張り付けた笑みで握手をした。スネイルはエランの態度に思うところがないわけではなかったが、その方がメリットが大きそうなので呑み込んだ。
「さて、彼の言う通り急いだほうがいいでしょう。担当官、デバイスを」
「そうですわね。こちらのモノを出して」
両社は机の上に取引の対象となるデータの入ったデバイスを机の上に出した。
「ここで少し、内容を検めても?」
「ええ、構いませんわ。こちらもそのつもりでしたから」
ブツが本当に目的のモノかこの場で確認したいというその二人の会話は、お互いを、信用していないと宣言しているようなものだった。しかし、それも仕方ないと両社は理解していた。これはそのくらいアングラな取引なのだ。
「改めて言っておきますが、流石に最新の知見は提供できません。それはご了承ください」
「ええ、それでも構いません。我々が必要とするのは強化人間の最先端の知見というより、パーメットを媒介としたマンマシーンインターフェイスの基幹的知見です。ニューエイジ強化人間を確立させた技術を欲しているのです」
「ええ、それに関しては問題ないと思います。今回お渡しするデータには第8世代まで臨床実験の知見が封入されています。最新ではない分、より信頼性の高いデータが揃えられています。私が受けた手術に関する情報もありますよ。その成果は先ほどお見せした通りです」
「それは大変結構なことです」
両社は検証のための時間を利用して、確認すべきことを互いに質問する。
「私たちペイル社から申し上げることは今回提供するデータが実際にお役に立つ保証はないということです」
「そのことについてはお構いなく、結果的に役に立たなくてもあなた方に対してどうこうする気はありませんよ。元々、ダメでもともとの取引ですから」
今回アーキバスがペイルに求めたデータとは封鎖機構に制作を依頼された強制執行システムAIの基盤プログラムである。むろん執行システムとして完成するまでにかなりの手が加えられているはずであり、解析の一助程度にしかならないだろう。
「出来ることはやれるだけやっておくということですか。あの星を本気で手に入れる気なのですね。あのリーク元、レイヴンと言いましたか信用できるのですか?」
「一介のAC乗りとしては胡散臭い名前ですが、上層部はそれなりに信憑性があるとみているようです」
AC乗りとしてという意見に一瞬果てと首をかしげるCEOだったがすぐにその理由に思い至った。
「レイヴン…確か旧時代、地下世界で活躍したAC乗りの独立傭兵の総称…でしたね」
「そうです。閉塞的な地下世界ではあのような不確定要素も必要だったのでしょうが、この宇宙時代にその名を名乗ってなにをしようとしているやら…」
「そうですね…この拡大し続け、混沌深まる時代には、管理するものが必要と言えますね」
まるで世界を支配したいというようなニューゲンの傲慢さの由来にスネイルは心当たりがあった。
「…そういえば、あなた方の祖は旧世界を支配したAIの解析をした技師でしたね」
「そうですわ。閉鎖された世界とはいえあらゆる事象を制御し人類を復興に導いたAIその技術はグレートペイルをはじめして我が社の礎になっております」
「なるほど同じ閉鎖環境を支配するAIを依頼するのにあなた方以上の会社はいないというわけですね」
「ふふ、お上手ですこと」
「閣下、検証ができました。こちらの求めていたもので間違いないかと」
確認を終えた担当官が、後ろからスネイルに報告する。
「よろしい。…ペイルの皆さん、疑うような真似をして失礼しました」
真似というか実際そうであることが実情だった。
「いえいえお構いなく。こちらはどう?ベルメリア」
「は、はい、ざっと見ただけですが、かなり強化人士の参考になるデータがそろっていると…思います…」
ニューゲンからの問いかけに担当官のベルメリアが、どもりながら答えた。
強化人士…パイロット側の強化の必要とする機体があるのか、ひょっとするとこの艦の格納庫で見た見慣れない黒い機体、ひょっとするとあれが…。スネイルはそこまで思考してから首を突っ込んでもろくなことにならないと意識を目の前のことに戻した。
「これで、取引成立ですわね」
「ええ、ありがとうございます」
ニューゲンとスネイルは立ち上がって握手をする。
「それでは我々はこれで帰らせていただきます」
「あ、最後にちょっといいかなスネイルさん」
アーキバスの面々が帰ろうとしたところでそれまで黙っていたエランが声をかける。
「なんでしょう?ケレスさん」
「これは俺の個人的な質問だが、あんた何でパイロットなんかやってるんだ?」
「ちょ、ちょっとエラン様?」
表情を凍らせたスネイルを見て、CEO達は汗って弁明しようとする。
「ああ、勘違いしないでよ。俺はあんたの能力を疑ってるわけじゃない。あんたの戦いぶりを見て少し経歴を見させてもらった…正直凄いと思う、俺はあんたを評価してるんだ。だからこそ分からない。それなりに武功も上げて、なおかつビジネスマンとして今回みたいな立ち回りもできるあんたが、何で身体を弄り回してまでパイロットを続けるのかがね。あんたの名声と能力ならもっと上の職を目指せるはずだろ?」
「そう言うことですかあなたのような方には想像しにくいかもしれません」
少なくとも相手に侮辱の意思はないと分かりスネイルはグラスを上げて、表情を緩める。
「一般的には会社でいい地位についてそれを保つこと。それが社会的な成功と言えるでしょう。与えられた地位に甘んじる生き方も私は否定しませんが、世の中にはそれ以外を求める人間がいるのです」
エランは反撃と言える煽りを受けて苦笑いを浮かべる。
「私は自由意思でその人間が選び、たどり着いた場所であるなら、結果的に社会成功と言えなくともそれでいいと思えます。あなたの言う通り、私はまだナンバー2です。私が登り詰めたいと望む序列はヴェスパーだけです」
エランはスネイルの目に、それまでの冷たいものとは違う”熱”を感じた。
「ふ~ん、あんた思っていたより人間らしいんだ」
「誉め言葉と受け取っておきます」
エランは、去り行くアーキバスの面々見送りながらつぶやいた。
「自由意思で、選ぶねぇ…」
捏造設定集
VOB(ヴァンガード・オーバード・ブースト)
ACfaのそれよりもカジュアルなもの、ガーベラ・テトラのシュツルム・ブースターみたいなイメージ。
デス・バレット
海賊の頭目の使うAC、フレームはともかく内装はいいものを揃えている。パイロットも腕はいい方。
AC用ビームライフル
高そうなレーザーを海賊が使うのは違和感があったので捏造したライフル。
本当はMSがACを倒すパートも入れたいけど次回も入れられなそうです。クロスオーバーとしてバランスが悪い気がする…そういうの含めて感想、誤字報告お待ちしています。