その金属の噂が流れたのは、10日ほど前のことだ。
SAОには様々なクエストがある。
ド定番のお使いから護衛、討伐まで、バリエーションは豊か、というかAIがバランスを考えつつ割と無制限に作り出しているせいで、気がついたら増えてるなんてことはざらだ。
なので、色々細かい部分まで遊び尽くしたい僕としては、攻略を進めながらも常に情報収集しなくてはならないわけで、はい。
ネズミのお姉さんには大変お世話になってます。
そして、この金属に関しても僕が興味を持ったクエストの一つだ。
55階層の片隅にある小さな村の長である白ひげのNPCいわく、西の山の竜が山の結晶を毎日食べ、その腹で精製して貴重な金属を溜め込んでいる、というもの。
明らかに武具素材アイテムの入手クエストだった故に、僕はまぁ後回しにしていたのだけど、数日後事態はとても面白い方向に変化した。
白竜を倒しても小額のコルとケチな装備アイテムだけで、ポーションや回復結晶代にすらならなかったのだ。
大規模パーティーを組んでドラゴンに挑んだというそのリーダーを煽るためだけに、一週間おじさんの尻を吸い続けるとかいう頭のおかしくなりそうなスキルの習得クエストを投げ出して僕は下山。
それはもう笑い転げた。
そして、圏内でリーダーにぼこぼこに殴られた僕の白竜との戦いが始まった。
まずはシンプルにランダムドロップである可能性。
だが、これは計百体のドラゴンを狩ったことで否定されてる。
そして、討伐する武器種による可能性の検証として全武器種総当たりで攻略し、あるいは戦闘中に竜の背中につるはしを振り下ろし、餌を上げてみたり、鉱石採掘系のスキルをカンストさせて見たり、フィールドの結晶を破壊して回ったりもした。
途中「もうさァッ 無理だよ ルールわかんないんだからさァッ」と投げ出しかけたし、挙げ句は長老NPCを火あぶりの刑に処して拷問してみたりもしたが、結局オチは…まぁ、これからクエストを攻略しにいくメンバーに語るべきではないのだろう。
「いや語りなさいよ」
「ほんとそれな」
「えぇー?君らゲームする時攻略wikiとか見るタイプ?冷めるなぁ」
「フラグ立てにこんだけ時間取られて、そっから更に一週間近くアイテム取得の条件探しなんてやってられるか」
「ちなみに僕、何回も挑戦しすぎて暗唱できるようになったよ。あれ、先んじてセリフ言い続けてると5分でフラグ立つんだよね」
「「先に言え!!」」
「えぇー?初見こその面白さってのがさ、あるじゃん?」
「いいから、ほんとそう言うのいいから」
「まさかポップコーンにコーラ、映像記録結晶まで持ってきてるなんて…裏切り者…!」
「準備って大事よね。ヒースクリフ監修の血盟騎士団全員で再現するインド映画クソ面白かった」
「一人視聴モードで見やがって…」
「悪いなキリト、この結晶は1人用なんだ」
「全画面モードあるだろ!」
「知らないなぁ」
昼すぎに村にたどり着いたというのに、現在村は夕景に包まれている。
なにせここの長老の話は長い。
それはもう長い。
長老を拷問にかけようと僕がいい出したときに、誰も反対しなかったくらい長い。
話の内容がNPCの幼少期、青年期、熟年期の苦労話と初体験とか奥さんとの出会いとかも聞いて、そこからようやく唐突に西の山にドラゴンが、という経過を辿るとてつもない代物で、僕は密かにカーディナルの故障を疑っていたりする。
仮に故障じゃないならただのバカだろ。
へとへとになっている二人を尻目に、僕は思いっきり背伸びする。
「じゃ、行こうか。しゃきしゃき歩けよ若者共!」
「「こいつほんとムカつく!」」
●
雪道を登ること数十分。
今さら55階層で僕とキリトが苦戦するはずもなく、危なげなく山頂にたどり着いた。
そこかしこに雪を突き破って巨大なクリスタルの柱が伸びている。
夕焼けを乱反射し、水晶本来の蒼と混ざり合って虹色に輝く光景は、初見だと幻想的なのだろう。
僕はもう通算百回以上来てるから飽きたけど。
「わぁ……!」
そして、明らかにボスモンスターと戦闘することを想定した円形のフィールドには、直系10メートルはある巨大な穴が空いている。
壁面は氷に覆われてつるつるとしていて、闇に覆われて見えない底に落ちれば自力では上がってこれないだろう。
ちなみに深さは87メートルだ。
54階層と55階層を隔てる天井…あるいは床と薄壁1枚って感じ。
茅場…頑張ったなぁ…。
あるいは雑に処理したなぁ。
イベント用らしく、設定で無抵抗で落ちてもHPがギリギリレッドゾーンで止まるようになってるようだけど、落下死にさらされる恐怖はなかなかだ。
実際高所恐怖症のやつは気絶してたし。
「落ちるなよ」
「落ちないわよ!」
「ねぇ、今から落ちるよ!」
僕は、ドラゴンが姿を表し始めたのを確認してから、穴の前に並ぶ二人に向かってドロップキックを放つ。
キリトは油断していたとは言えさすがの反応速度で即座に回避しようとしていたけど、遅い。
キリトのコートの袖に指を引っ掛けて引きずり落とす。
「え、ちょ、まっ」
「バカバカバカバカ!!」
「ヒィアウィーゴー!!!!!!!」
3人まとめて、宙へと身を投げる。
リアルな浮遊感が身体を包み、臓腑が浮き上がるような錯覚すら覚える。
これが脳の信号が見せる仮初の世界ってんだからすごいよな、なんて考える僕と違い本気でうろたえる二人は、泡を食ったように転移結晶を取り出しているが残念。
この穴、上下垂直方向全てクリスタル無効化空間なんですねぇ!
いやぁ、死なないけど死にかける罠とか最高!
茅場わかってる〜!
「嘘だろおおおおおおおおおお!?」
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
「あはははははははは!大丈夫大丈夫、死なないから!」
「そういう問題じゃないからぁぁぁぁぁ…!」
さて、このクエストの答え合わせ。
ドラゴンは
ようはうんこであり、ドラゴンが食って、消化して、尻から出して初めて貴重な金属とやらは日の目を見る。
つまり、巣穴の底にしか目当ての金属はなく、同時にロープ無しで落ちた場合ドラゴンが迎えに来てくれるのを待つしかないわけで。
「キャンプだ〜!」
「お前…まじ…ほんと殴らせろ!」
「死ぬかと思った死ぬかと思った死ぬかと思った…!」
一晩明かしてから僕らは地上へと帰還した。
キリトが二本目の片手剣を手に入れて、僕はリズベットにとある依頼をした。
それに見合う金額を払ったとはいえ、大変な仕事になるだろうけど。
まぁ…頑張ってほしい。
「これ…徹夜?何日?え、嘘でしょ?」
「また貴方ですか…!私の友達を危険にさらして…!」
「うわ、閃光だ」
「先公みたいな言い方しないでくださいっていつも言ってますよね!?」
「やー、ちょっと…ぶふっ。リアルネームとか、や、うん、いいと思いますよ?」
「……!!!!このっ!」
「ちょ、アスナここ私の店だから!暴れるなら外でやってよ!」
「おーいキリト、じゃ、またなー!リズベットは依頼しっかり頼むぜぇー!」
「まちなさい!まっ、待って…待てコラァ!」
僕は朝日が照らすアインクラッドの街を、笑顔で駆け抜けた。