本日2話目です。
つぐのひ。
今日の気象設定は薄曇りだ。
街をすっぽりと包み込んだ朝靄はいまだ消えず、外周から差し込む陽光が細かい粒子に乱反射して、周囲と、ついでにそんな時間に一人で佇むキリトをレモンイエローに染め上げている。
なんだろうなこれ。
朝日とともに妙によそよそしい二人とともに僕はリズベットの店を後にし、今日中に納品しなくてはならない注文のあるリズベットに代わって、僕は二人を追跡していた。
今頃リズベットは、朝から店の前でスタンバってたクラなんとかさんに詰められてることだろう。
登場人物バカしかいねぇ。
家の中に僕らしかいないのに、頭にかぼちゃ被っただけの変装で騙せたクラなんとかさんもそうだし、かぼちゃかぶろうといい出した僕の案を飲んだ二人もそうだ。
…まぁ、変に粘って僕に邪魔されるより、多少の恥でスムーズにデートできたらそれで良かったんだろうな。
うん。
きっとデートを前に浮かれてたとかそんなトンチキな理由ではないはずだ。
そして、わざわざ別の階層経由というか一度家に帰った閃光さんを待っているキリトもまた、手鏡を見ながら前髪をいじっている。
や、変わんないから。
いくら精巧っていってもここゲームなんで。
つーかその手鏡お前、あれだろ。
初日に配られたやつじゃん。
アインクラッドにその手鏡がトラウマになってるやつも居るのに、デート前の身だしなみチェックに使ってんじゃねえよ。
「…何やってんだろ僕。帰りてぇ…こんな無駄な時間があるならスキルの1つや2つ試したいんだが…?」
でも、この任務をサボるとリズベットに祟られそうなんだよな。
お世話になってるしなぁ。
めんどくさい。
気も乗らない。
だが、『おまたせ、待った?』『いま来たとこ』とかいう頭のいかれたやり取りをしてる二人を、邪魔するかのように一人の影が現れた。
仰々しい純白のマントに赤の紋章。
ギルド血盟騎士団のユニフォームを着込み、やや装飾過多気味の金属鎧と両手用剣を装備したその男。
名前は…正直どうでもよすぎて覚えてない。
「ア……アスナ様、勝手なことをされては困ります……!私の目を盗んで逢引など…さぁ、ギルド本部へ帰りましょう」
「嫌よ、今日は活動日じゃないわよ!!撒けたと思ったのに!……というかだいたい、アンタなんで朝からリズの家の前に張り込んでるのよ!昨日は先に帰ったはずでしょ!」
「ふふ、寝る前にアスナ様の家の周りを丹念に窓の中まで確認する綿密なパトロールをしたところ、昨日は帰られてないようだったので、いくつか候補を当たり、あの鍛冶屋で楽しそうにBBQするお姿を発見。そこからずっとスタンバってました」
「き、きもちわる…」
「ふぅ…しかし、やられました。まさか、あの妙にセクシーな体をしたかぼちゃ頭がアスナ様だったとは…クラディール一生の不覚…!ですがどうです!私はこうして追いついてみせましたぞ!」
いいぞクラなんとかさん…!
やれ!
いけ…!
その気持ち悪さでデートをぶっつぶせ!
「さぁ、聞き分けのないことを仰らないでください……本部に戻りますよ。ぶっちゃけ無駄に役職とか作ったせいで職務が滞ってるのです。さっさと承認ボタン押して欲しい書類が溜まってるんですよ!」
「知らないわよ文句は団長に言いなさいよ!だいたい私昨日普通に仕事片付けたはずでしょ!?」
「…?アスナ様。変なこと言いますね?仕事に終わりなんてないんですよ…?へへ…ははっ」
「社畜!」
「それに、アスナ様と二人で過ごすためにわざわざ機密性の高い書類を量産したんです!今日は二人で執務室デート…じゃなかった。お仕事ですよ!」
「嫌よ!!!!!!」
気持ち悪さしかないクラなんとかさんの、そのおぞましさに気圧されたのだろうか。
普通に自分のほうが強いのに、まるでか弱い女の子のように閃光さんが腕を掴まれる。
そこですかさずキリトが間に割り込み、キメ顔。
「悪いな、お前さんのトコの副団長は、今日は俺の貸切りなんだ」
「貴様ァ……!」
「クソモテ男がぁ……!」
「あれ、なんかもう一人罵倒してる?」
おっと、思わずクラなんとかさんと同調してしまった。
隠密隠密。
僕は少しずつ前に出てきてしまっていた立ち位置を調整して、キリトの背中越しに見物を続ける。
「アスナの安全は俺が責任を持つよ。別に今日ボス戦をやろうって訳じゃない。本部にはあんた一人で行ってくれ」
「ふ……ふざけるな!!貴様のような雑魚プレイヤーにアスナ様の護衛が務まるかぁ!!わ……私は栄光ある血盟騎士団の……」
「あんたよりはマトモに務まるよ」
「そこまで言うのなら実力をデュエルで示してもらうしかないようだな…!覚悟は良いな、殺してやる…殺してやるぞ!!」
やれー!
がんばえー!
「───長ネギ丸!!!!!」
「………んん?え、僕?」
なんで僕がところ天の助とかアウラとかみたいなポジションになってんだよふざけんな!
●
目の前にはクラなんとかさん。
ものすごい殺気だ。
聞けばキスの件で恨みがやばいらしい。
後ろにはキリトと閃光さん。
早くデート行きたいな、みたいな顔をしている。
殺すぞ。
そして、僕らを囲むように観客が集まってきた。
まぁ、いいか。
僕は自慢じゃないが、このアインクラッドで一番問題を起こす愉快犯。
本気の殺意とともに挑まれたデュエルは数知れず、ヒースクリフと五分の勝負を繰り広げる男。
この程度鼻ほじりながらでも余裕なのだ。
紫色の閃光を伴って【DUEL!!】の文字が弾け、クラなんとかさんが両手用大剣の上段ダッシュ技、《アバランシュ》で突っ込んでくる。
それをコンマ数秒。
僕からすれば十分な時間引き付けてから半歩横にずれるだけで躱す。
僕のことを驚愕と憎しみのこもった目で睨みつけるクラなんとかさんは、そのままのソードスキルの勢いで大きく通過していく。
まぁ、そうだよな。
普通ソードスキルをいくら熟知していても、初撃決着モードで躱すなんてリスクは取らない。
というか全てのソードスキルを網羅していて、見てから昇竜余裕なやつなんて僕とヒースクリフくらいだろ。
キリトは知識ってより異常な冴えと反射速度だし。
だから受けに回るなら重い攻撃に備えて防御して返す方が安全だし、安定だ。
というかそもそもある種じゃんけんでしかない初撃決着モードにおいて、なにもしないを選択するほうが異端だ。
読み違えたときのリスクが計り知れないからだ。
僕の防御力なら、初撃決着モードだとしても一撃で体力は全損するだろうし。
「驚いた?でもさぁ!どうせ一撃ももらえないなら躱したほうが早いよなぁ!」
「ぐぅぅぅぅ!」
「キスの初めての相手が男!童貞より先に処女を散らす!お前はそういう男なんだよォ!!あばよクラなんとかさん!恨みはないけど勝負は容赦しねえぜ!後出しジャンケン最強!というかぶっちゃけ余裕でしたわGG!!!」
ブレーキをかけようと、必死に踏ん張ろうとしているようだが無駄無駄。
システムによる支配を引き千切るような超常現象でもない限り、システムに従うしかないのだよ。
SAОにおいて僕が最も使用しているスキル、投槍。
くるりと手元で回した短槍を引き絞り、誇張抜きで一万回使い込んだそのスキルによって放たれた僕の槍が、その無防備なお尻に吸い込まれる。
ヒット。
ど真ん中ストライク!
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ふぅ、またつまらない物を刺してしまったぜ…」
なさけない悲鳴の直後、デュエルの終了と勝者の名を告げる紫色の文字列が、視界の中央でフラッシュした。