1話を見返しながら最後の方を書いてると、なんだかずいぶん遠い所まで来たなという気持ちになりました。
枝に吊るされた鳥籠にいるアスナは自分の姿を鏡越しに認識する。
姿形こそあの城のときと変わらないが、服装は趣味の悪いワンピース1枚のみ。
鳥籠にいる自分は、羽根の生えた姿も相まってまるで囚われた羽虫のようだ。
孤独感に蝕まれながら、それを気丈にも打ち消そうとするアスナも、最近は少しずつそれが難しくなってきていることを自覚していた。
「その表情が一番美しいよ、ティターニア…泣き出す寸前のその顔がね。凍らせて飾っておきたいくらいだよ」
「なら、そうすればいいでしょう」
不意に鳥籠に響く声に、アスナは冷たい声を返す。
いつものやりとり。
このあと、またこの下衆な男によるセクハラをされるのか、と心に澱が積み重なるのを感じながらため息をつこうとして。
「───その表情が一番悍ましいよ、ヒースクリフ…写真アプリの目をおっきくしたり猫耳つけたりする加工でもどうにもならない。むしろひどくなった。激写してお前の恋人に送っといたぜ。あ、閃光さんもいる?スマホの壁紙とかにどう?」
「なんてことをしてくれたんだ…」
「…!その声はキ…!りとくんじゃない誰ぇ!?」
思わず顔をあげた。
全身黒のコート。
背中に刺さった2本の剣に、黒い髪。
会話に突如割って入ってきたその男の姿に、アスナは一瞬歓声をあげそうになって、直後にギリギリで踏みとどまった。
なぜなら、キリトらしき体の上に、全然全く見知らぬおじさんの顔があったからだ。
汗ばんでいて、ひげが生えてて、出っ歯で、ぐるぐるメガネで息が荒い。
もはやキリトコスプレおじさんと化したその不審者おじさんは、呆気に取られる須郷の股間を背後から握りしめ、笑う。
「誰ってキリトだけど…なんだよ、アスナ。知らなかったのか?俺のリアルこれだからね?ほら、最初の手鏡使わなかったからずっとあの顔アバターだっただけで。あんなに愛し合ったじゃないでゲスか…」
「嘘つけぇえええええ!ていうかその声真似聞き覚えありますよ!長ネギ丸さんですよね!?」
「な、長ネギ丸!?誰なんだお前は!…ほんとに誰なんだ!?ボ、僕の股間から手をはな───「動くな俺はホモだ」ヒィッ」
「キリトくんのかっこで好き勝手するのやめてください!」
唐突に始まったキリトコスプレおじ×オベイロンとかいう近年稀に見るハードBL劇場に、純情乙女で囚われの姫のアスナは最悪の気分になっていた。
なんでこんなことになっているんだろう。
神様私何か悪いことしましたか。
須郷とかいう男に囚われセクハラされてただけでも気分は最悪なのに、目が腐りそうです。
こういうのって相場は好きな人が白馬の王子様の如く助けに来てくれるもんじゃないんですか。
なんで好きな人のコスプレしたおじさんが暴れてるんですか?
「さて…えっと…ごめんあんたのことよく知らないんだけどさ。もう詰みじゃない?」
「そうよ…あなたのした事は、全部この眼で見たわ!!あんな酷いことを……許されないわよ、絶対に!!」
「…へ、へえ!? 誰が許さないのかなぁ!? 君かい、この彼かい? それともまさか神様かな? 残念ながら、この世界に神はいないよ。僕以外にはね、くっ、くっ!」
「ここにきて強がれる勘違いっぷりには拍手を送るけどさ、あんたの部下は僕がペインアブソーバーをゼロにしてお尻を百回槍で刺したから来ないよ。もう二度とうんちできないねぇ!」
「増援がないからなんだ!僕は妖精王、オベイロン陛下だぞ…!」
「へぇ、そういう設定?こそ泥のごっこ遊びにしては気合入ってんなぁ…」
「ごっこ遊びだと!?そもそもお前みたいな名前もないモブがどうやってここに来た!?僕の神聖な玉座に土足で入り込んで…!」
「どうやってここに、って言われてもなぁ…?普通にあんたの設定したクエストクリアしただけというか…」
まぁそうだろうな、とアスナは思う。
いつぞやここに上がってくるにはグランドクエストがどうのとか、クリア不可能な難易度がどうのとか須郷が言っていた気がするが、どれだけ理不尽な壁を用意しようが長ネギ丸を止められる気はしない。
ことゲーム攻略という分野において、あの茅場晶彦すら下した男なのだから。
───一時的に元のサイズに戻ったヒースクリフと僕とキリトで誰が一番殺せるかしてたら普通にシステムの限界が来て何も出てこなくなっただけなんだよな…
そんな困惑をしていたと、後から聞いたアスナは思わず須郷にほんの少しばかり同情してしまった。
その後須郷がアスナの匂いを再現するために病室に解析器を持ち込んでいたと知ってそんな同情も余裕で消えたのだけど。
「なんつーか、難易度を数で誤魔化してたけどモーションもワンパターンだったし。ギミックもゴールとの距離による出現量の変化だけだから増やして減らして繰り返して殲滅してくだけの作業っていうか…あんたゲーム作るセンスねえよ」
「せめてレベルの暴力とクソギミックじゃないと私たちは止められないだろう」
「そうそれ」
そして、長ネギ丸の懐から浮かび上がってきたその妖精にアスナは今度こそ意識を手放しかけた。
「──────!?」
「団長…団長…!?何やってるんですか団長!?おじさん顔キリトくんとかいうインパクトに意識を奪われてましたけどとんでもない格好してませんか!?」
「私は血盟騎士団団長ヒースクリフだ。これくらいなんてことはない」
「むしろなんてことはあってくださいお願いですから!」
「きれいな目をしてるだろ。真面目なんだぜ、これで。嘘みたいだろ」
「嘘であってほしかった…嘘っていうか夢というか…」
「最高に頭の悪い悪夢なんだよなぁ」
どん、と先ほどまでアスナが囚われていた鳥籠に須郷が蹴り入れられ、同時に長ネギ丸に手を差し伸べられる。
「帰ろう、アスナ…(声マネ)」
「それやめてください」
「閃光さんはわがままだなぁ…しょうがない」
ぐちゃ、とか。
びちゃ、とか。
そんなだいぶえぐい粘性のある音と共におじさんの首が地面に落ち、たまに見ていた長ネギ丸の素顔に変わる。
「いやグロいグロいグロいんですけど!?」
「新しい顔に変えただけなのにこの反応。アンパンマンにも同じこと言ってみろよ」
「ゲームだけが友達のグロパンマンは黙っててください」
「グーログログロ!このままパンを食べたら血と生肉の味がするようにお前らの脳を改造してやるデヤンス!」
…相変わらず言動はイカれてるけど女の子みたいな顔だな。
むしろおじさんの顔の後にこれ見るとめっちゃ可愛いなこいつというアスナの感想はさておき、鳥籠の中ではナビゲーションピクシーヒースクリフと妖精王オベイロンが向き合っていた。
「ヒースクリフ……茅場……アンタか。またアンタが邪魔をするのか!!」
「邪魔…というよりも。盗まれたものを取り返しに来ただけなんだがね」
「死んだんだろ!くたばったんだろうアンタ!!なんで死んでまで僕の邪魔をするんだよ!!アンタはいつもそうだよ……いつもいつも!!いつだって何もかも悟ったような顔しやがって……僕の欲しいものを端から攫って!!」
「ふむ。強くてすまない。私に才能があふれてたばかりに…」
向き合っていたというか、割とボコボコにされていた。
この状況で煽れるヒースクリフは、だいぶ性格が馬鹿になっているのだが、アインクラッドにいたときから割とそういう悪影響は出ていたためにアスナも長ネギも特に気にしない。
「あ、ちなみにさキリトのやつは普通に先に帰らせといたよ。今頃閃光さんの病室向かってんじゃない?」
「ほんとですか!?」
「うん。あと須郷んちはたぶん警察に取り囲まれてると思う。あとは政府関係者とぉ…閃光さんのご両親にも連絡いったんだっけ?閃光さんが囚われてる写真撮っただけだったのに思ったより大騒ぎになってて僕が一番驚いてんだよね」
ちらり、と後ろのやりとりを見ながら長ネギ丸が頭を掻く。
思ったよりも現実世界で須郷は追い詰められているらしい。
そして、目覚めた時に最初に見る顔がキリトの方がいいだろうという配慮が何よりも嬉しかった。
「ぶっちゃけ僕ら警察が迫ってきてるって気付かせないための囮というか、することねーから暇つぶしにグランドクエストクリアしに来ただけだからさ」
「───ナビゲーションピクシー拳!ナビゲーションピクシーキック!!ナビゲーションピクシー頭突き!」
「ぐぎゃあああ!!目が、目がぁぁぁああ!」
暇つぶしに攻略不可能と豪語していたクエストをクリアされた須郷は泣いていい。
現在進行系でヒースクリフにめちゃめちゃいじめられて普通に泣いてるけど。
誰得なんだろうあの男の泣き顔とか。
あとヒースクリフが動く度にスカートが捲れてパンツが見えるのが最悪すぎた。
「やーほんとは前に枝の近くまで来た方法で世界樹の外から侵入してみましたドッキリでもしようかと思ったんだけど見えない壁があってさぁ…クソしょーもないクエストクリアする羽目になったぜ」
「茅場晶彦ボンバー!!!」
「あばー!!!!?」
あっはっは、と笑う少年の後ろで須郷がナビゲーションピクシーヒースクリフにプロレス技のアックスボンバーで殴り倒され爆発四散しているのが見えて、アスナはもう考えるのをやめた。
とりあえず、事件は解決し自分がこの悪夢のような状況から解放されると分かって、強張っていた体の力が抜けるのを感じる。
「あの、ありがとうございました長ネギ丸さん…」
「いいってことよ。またなんか同じゲームすることあったらよろしく!」
そして、どこまでいってもゲームを楽しむだけのバカの笑みに、ようやくアスナは笑うのだった。
「あ、ちなみにこのおじさんモードでツーショット撮りたいんだけどだめ?キリトに嫌がらせしたくて」
「私もう落ちますね。早く本物のキリトくんに会いたいので」
「そんなー」
●
さて。
ALОの回想しながらストーカーを撒いて参加した一次会も終わり、時間は夜。
本番はこれからだ。
『えー、それでは皆さん、ご唱和ください。……せーのぉ!』
『SAОクリアおめでとう!長ネギ丸!!!』
…キリトだけじゃない。
みんなにあのゲームのクリアを祝われて、ちょっと泣いたのは内緒の話。
びっくりした。
僕って人前で泣くことあるんだな。
───ゴーン、ゴーンと重々しく響く音が、はるか遠くから、空全体を震わせるように降り注いでくる。
「ふぅ…」
柄にもなく、僕は緊張していた。
夜空に輝く青い月を覆い隠し、その建造物は徐々にその姿を現していく。
高揚感はある。
誰よりも遊び尽くしたいという気持ちも。
それでも。
好きな人を前にしたような不安定な気持ちと、もしがっかりしたらどうしようという気持ちは尽きない。
別ゲーならいっそそれでいい。
でもアインクラッドは、あまりにも僕にとっては特別なのだ。
特別すぎると言ってもいい。
その面影と名前を冠する城が、もしクソゲーになっていたら僕は耐えられるだろうか。
そんなふうに考えて立ち止まっていたからか、ここ2年でもうすっかり見慣れてしまった黒色が僕の前に飛び出してきた。
「おいなにやってんだよ、長ネギ丸!遅れるぞ!」
「おっと、《アルヴヘイム横断レース》初代チャンピオンの僕が遅刻するとは面白い冗談だなぁ?」
「はっ、どうせあの城が違うものになってたらどうしようとか思ってたんだろ?違うからなんだよ、それを楽しむのがあんたじゃないのか?」
とっさに強がった僕を見下ろすように、アインクラッドを背後に、不敵に笑うキリトの顔がなんだか頼もしくてムカついた。
「今度こそ、一層から百層まで完璧にクリアして、あの城を征服する。前は、四分の三で終わっちゃったからな。なぁ、あんたはどうする?誰よりもあのゲームを楽しんでたあんたは…ただ見てるだけか?」
アインクラッドの影の中、向かい合う僕らを抜かすように大パーティが脇を抜けていく。
赤い髪に黄色と黒のバンダナを巻いて、腰に恐ろしく長い刀を差したクラインさん。
ノームの証である茶色の肌を光らせ、巨大なバトルアックスを背負ったエギルさん。
レプラコーン専用の銀のハンマーを下げ、純白とブルーのエプロンドレスをなびかせたリズベット。
艶やかに黒い耳と尻尾を伸ばし、肩に水色の小さなドラゴンを乗せたビーストテイマーちゃん。
そして誰もが通り抜けていく中、僕らを待つように…いやまぁキリトを待つように閃光さんとリーファが中空でこちらを見ている。
「……はは!そうだなぁ!確かに!なんか中途半端で消化不良になったストーリークエストとかもあるんだったわ。うんうん…これからがお祭りだってのに僕らしくもない」
「ちょ、おま!?」
僕はキリトが伸ばしてきた手を普通に剣で切り落として、ケツに槍を突き刺す。
そして、全員をぶっちぎるようにその羽根を羽ばたかせた。
「新生アインクラッドに一番乗りするのは僕だぜ」
「おま、ふざけんな!?」
「あ、ちなみにビリは全員にハーゲンダッツ奢りなハゲチャビン」
「おーけいわかった。死にたいんだな!?」
ブチギレて追いかけて来るキリトに追撃の魔法を放ちながら、僕は誰よりも早くアインクラッドに飛び込んでいく。
僕こと長ネギ丸は年甲斐もなく、いやまぁ19だから子供っぽくてもギリ許されそうだけど、さておき。
ワクワクしていた。
新しい舞台。
これから始まる未知の冒険。
あの日、リンクスタートと唱えた日から続く長い長い物語はまだまだ続く。
それが嬉しくて、僕は笑った。
そう、僕達の戦いはこれからだ───!
今回も最後まで読んでくださってありがとうございました。
一度は更新を止めていたにも関わらず再開してからたくさんの方々に読んで頂けて本当に楽しかったです。
今後は…どうなんでしょう。
とりあえずやるとしたら普通にデスガン事件はやると思うんですが、その後果たして番外編の方に長ネギがお邪魔することに需要はあるのやらと思わないでもないです。
なんにせよ、未完タグをつけていたこの作品の末路は心残りだったのでエピローグまで書けて本当に安心しました。
最後になりますが、感想や評価、ここ好きをくださった皆様、読んでくださった多くの皆様。
本当にありがとうございました。
ご褒美にいっぱい感想ください。