変態バケツエンジョイ勢。   作:ひつまぶし太郎

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黒猫が前を横切るの巻。

 

 

そのギルドは一人だけいる女の子にタンクを押し付けようとする最低なギルドだった。

 

「言い過ぎ言い過ぎ」

 

「僕あいつら嫌い」

 

月夜の黒猫団。

助けられたくせに僕のことを軍に通報しようとしたので、僕からの好感度はかなり低い。

たぶん向こうからの好感度も低いんだろうけど。

 

そんな彼らのお悩みを僕は今、キリトの口から宿屋の一室で食事中に聞かされていた。

どうやら、キリトは少しばかり彼らと交流を持っているらしい。

彼らと言うか、女の子と。

女の子と!

 

くそがよ。

 

「いや、分かるけどさ。お前といたせいで俺もビーターバレしたんだしやっぱその装備変えない?」

 

「嫌だ!これを変えるなんてとんでもない!」

 

ネタと実用性と最強性を兼ね備えた素敵装備だぞ!

一時的に擬態することはあっても、僕は絶対やめないからな!

 

「頑固者め…」

 

「キリトがビーターを大々的に名乗るなら考えるわ」

 

「…はぁ、なんでこうなったんだろうな…ビーターってこういうつもりで名乗ったんじゃないんだけど」

 

「ディアベルが頑張ったからだろ」

 

「なんで頑張っちゃうかなぁ…」

 

なんでってそりゃあ、あれだろ。

ディアベルがいいやつだからだろ。

キリトみたいな子どもが犠牲になろうとしてるのを見て、同じ立場の大人として奮闘してるのは好感が持てる。

 

結果として、ビーターの意味が『卑怯者』から『ベータテストの時の知識を駆使して皆のために戦うヒーロー』というちょっと痛い感じになってるのも最高だ。

このネタでいじるとキリトのリアクションがいいんだよな。

 

「にしてもギルドのポジション問題ねぇ…そこまで肩入れする必要ある?」

 

「や、相談されちゃったしさ」

 

「女の子にだろ?ムカつくなぁ」

 

全部近接なんだしそこまで厳密に分ける必要もないけど、たしかに長くやってくならタンクは必要になってくるのだろう。

誰もが僕とキリトみたいに初動は強く当たってあとは流れで、みたいなゴリ押しが効くプレイヤーばかりではないのだし。

 

…だとしたらなおさらなんで今更?とか、むしろ初めから組むつもりなら最初から決めとけばいいのに、仲悪いの?みたいな感想になるが、まぁそこは捨て置こう。

 

「まぁとにかく話は分かった。そのパーティーをどうにかすればいいんでしょ?」

 

食事を終え、ちゃんとご馳走さまを言ってから僕は立ち上がる。

 

「僕にいい考えがある」

 

「相談しといてなんだけど不安だなぁ…」

 

 

 

 

 

結果として、月夜の黒猫団のパーティーバランス問題は解決した。

短剣使いの男がタンクに転向したからだ。

 

もちろん、パーティリーダーが気にしていたスキルの熟練度のあげ直しという作業も発生させていない。

ただ、短剣使いに盾を持たせただけだ。

 

この近接オンリーのSAOでは、ぶっちゃけタンクなんて両手持ちでない限りどの武器でもできる。

 

とはいえ、普段ゲームに馴染み深い人ほど、この組み合わせに疑問を持つかもしれないが、このゲームにおける短剣は割かしタンク向きだ。

あるいは短剣を持つということは、足手まといになるのと同義なのでせめて盾持ってタンクぐらいしろという話なのだけど。

 

短剣はリーチが短く、回避主体で立ち回ることが強いられている。

攻撃力も低い。

これはデスゲームであるSAОとは致命的に相性が悪い。

なにせいちいち死地に飛び込んでは逃げ帰ることを繰り返さないといけないわけで、集中力が続かない。

はっきりいって実用性がなく、不人気ショートスピアよりも人気がない。

 

ただ、短剣は他の武器種よりも断トツで軽いというのはタンク向きだと僕が思う理由のひとつだ。

装備重量に関するステータスやらの細かい話はさておいて、同じレベルでも、軽い短剣はその分盾や防具に重量を回すことができる。

それはつまり、重い武器を持つより固くなれるということだ。

 

…ちなみに、この理論を応用すると槍スキルで一纏めになってる短槍でも同じことができるので、重両手槍の女が盾を持って槍の種類を短槍に変えることでも同様に解決することができる。

本末転倒だから流石にしないけど。

 

「なんか随分解決策が浮かぶの早くなかったか?」

 

「まぁ、割りと前から実験してみたかったってのはある。前酒場で話したの覚えてる?短剣タンク最強論」

 

「お、お前まさか…」

 

「いやぁ、これは短剣タンク最強論も現実味を帯びてきたんじゃないかな?」

 

短剣タンク最強論。

それは一ヶ月ほど前に僕が世に解き放った、超ウルトラスーパー頭の良い理論であり、ノーベル賞は僕のもんだぜええええ!と意気込んでいたのに、誰も賛同してくれなかった理論でもある。

 

先日、攻略組の交流会も兼ねた宴会があった。

そのときに、ちょっとした議論になったのがタンクに最適な武器はなにか、という話題だった。

酒の肴にどいつもこいつも好き放題なビルドをあげては、誰かしらにバカにされ煽られるという変なノリで始まったその議論は意外なことにヒースクリフも加わって、中々の盛況だったと言えるだろう。

 

誰かが結局直剣こそ最強だと言えば、おもんねえなと煽られ。

誰かが二刀流すれば最強だろと言えば、ソードスキル使えねえ雑魚じゃねえかと煽られ。

大盾で受けて大盾で叩き潰してこそのタンクだと誰かが言えば、脳筋すぎだろと煽られ。

私の神聖剣こそが最強だと誰かが言えば、中二乙と煽られ。

 

───キレたヒースクリフに煽った誰かはぼこぼこにされていた。

 

そして、そんな中で僕が提唱していたのが、短剣タンク最強論だった。

 

「あの宴会って一ヶ月くらい前じゃなかったっけ」

 

「僕、最強に根に持つタイプだから」

 

「最悪な五条悟やめろ」

 

あの宴会での評価は、短小乙と煽られ、ヒースクリフ同様、僕もデュエルで煽ってきたやつをぼこぼこにすることになり、さらには僕とヒースクリフは酒場で暴れたペナルティとして、宴会の費用を折半するはめになったのだけど、その話は割愛しよう。

 

僕はデータが得られるし、月夜の黒猫団は問題が解決する。

誰も損しないならそれでいいじゃないか。

 

ちなみに、短剣使いの男本人の説得は、こんな理詰めすら必要なかった。

 

『乗り気じゃないタンク役を、自分のかわりに買って出る男がいれば好感度上がるだろうなぁ…』

 

…件の彼女に自覚はないだろうが、あれはいわゆるオタサーの姫だ。

紅一点なんて生易しいものじゃない。

男連中は、割りとあからさまに全員彼女に気があった。

だから、この言葉の効果は覿面だった。

 

実際のところ、例の彼女は明らかにキリトにホの字だったが、僕の知ったことじゃあない。

彼女は彼女で、今後は生産職につくらしいが、前衛二人に後衛二人のバランスのいいパーティーになったのだ。

文句はあるまい。

手間を惜しんでタンクを見繕ったやつらが攻略組になれるのかは甚だ疑問だが、せいぜい死なないように頑張ってほしい。

 

「ま、無理だろうけど」

 

「お前ほんと性格悪いな」

 

「現実問題無理じゃない?攻略組入りアイツラができたら鼻からパスタ食ってやるよ」

 

「よし、ちょっと指導頑張るか」

 

「攻略組の介入は不公平感出て不満爆発するぞ!やめとけやめとけ!」

 

「それもそうなんだよなぁ…見守るしかないか」

 

「そうそう。是非とも苦労して死にかけて、もう一つの現実を楽しんで欲しいよね」

 

「お前頭茅場晶彦か?」

 

「僕がゲームマスターなら死亡したら即終了じゃなくて、残機無制限のクリアするまで帰れませんにするかな」

 

「どのみち最悪だな」

 

───僕とキリトからすればただの数日間の息抜き。

強いて言うならキリトにとっては新たな女子とのフラグ建設イベントはこうして幕を閉じた。

 

この数日間が僕らになんの影響を与えたかと言えばなにも与えていないが、死に急ぎ集団が少しはまともになったので、人助けをしたということでいいんではないだろうか。

 

…もし、キリトだけが出会っていたら、実は月夜の黒猫団は全滅してたかもしれない、なんて。

ただの考えすぎだろうと、僕は妄想じみたその考えを頭から消し去った。

 

 

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