それ〝最強〟ってことじゃんか   作:渚 龍騎

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因みに投稿主は五条の『俺』大好き。


四話 起点

 

 

 

 地平線の彼方から昇り始めた太陽が、暗澹としていた大地をゆっくりと照らしていく。輝きが徐々に普遍していき、光に満ち始める世界で目覚めた小鳥は囀って空へと飛び立つ。翼が羽ばたくその音と、吹き抜ける冷たい風を肌に感じながら、空を見上げた。

 

 風情を感じられる鳥居を正面に、年代を感じさせる古びた民家を背に向けて、漆黒の服を纏った一人の男は大きく息を吐く。白く漏れた息が空気に溶けて消えていき、男は人差し指と中指の二本を立ててからそれを口元に近付けた。そして軽く息を吸い込むと、詠唱を始めた。

 

 

〝闇より()でて、闇より黒く〟

〝その穢れを禊ぎ祓え〟

 

 

 男の詠唱が終わると、黒く淀んだ水のような結界が上空に広がる。それは綾瀬家の辺りを覆い隠すように降りていき、外界との接触を完全に封じてしまった。

 男は漆黒の服を靡かせ、下ろした〝帳〟の出来栄えを見ると満足気に頷く。そしてゆっくりと踵を返して、悠然と歩き始める。男は玄関口を見据えながら、その両手を合わせて巧みに犬の手影絵を作り出した。

 

 

 ────■■。

 

 

 男の()()がその身体に染み付いた術式に流し込まれ、自分の影から二匹の犬の形をした影がぬらりと顕現する。その姿は犬の形をしておきながら、容姿は真っ黒に染まっており、鋭利な牙を見せながら獰猛に唸っていた。

 

 

「────」

 

 

 男が玄関を指差して、影から現れた二匹の()()に指示を与える。玉犬はその凶悪な牙の隙間から涎を滴らせ、玄関扉を標的に身体を低く構えた。そして勢い良く大地を蹴って眼前に飛び出していき、玄関扉を破壊するその直前──玉犬の身体が明後日の方向に引き寄せられ、建物の壁に猛烈な勢いで叩きつけられた。

 

 

「アンタ、何者?」

 

 

 頭上から声を投げられ、男は空を見上げる。踏み場が存在していないはずの空で、白銀の如き髪の男が大地を見下ろして相手を睥睨していた。

 透き通った瞳の六眼が、敵を鋭く射抜く。

 

 

「それ、十種影法術(とくさのかげぼうじゅつ)だよね。どういう原理で術式を使ってるわけ?」

 

 

 五条 悟は因縁深いその術式を良く理解しているつもりだったが、目の前の影のような男は何も答えない。漆黒に染まったその表情の見えない顔を上げ、五条に向けて敵意を剥き出しにしている。

 影を媒介として十種の式神を生み出すその術式は、五条にとってかなり慮るものが多かった。

 

 

「無視か。それとも喋れないの?」

 

 

 五条が疑問に思っているのは男の正体とその術式だ。呪霊か妖怪の類で、それが人でないことは確か。禪院家相伝である十種影法術を、呪霊が持つなど有り得えない。ならなぜ、目の前の敵は玉犬を召喚できていたのか。ましてや相手の身体(なか)にあるのが、呪力ではなく霊力で満ちている点も不可解だった。

 

 

「謎が多過ぎるな……なんにせよ、摩虎羅を出されたら面倒だ」

 

 

 調伏の儀式に巻き込まれてしまえば、五条といえど今の状態で摩虎羅に勝つのは至難の業だ。

 五条は影の男を見下ろす。男は五条を見上げる。五条の出方を伺いながら、ゆっくりと腰を低く戦闘態勢に入った男だが、対する五条は無防備に腕を組んだまま思考を巡らせていた。

 

 

 ────■。

 

 

 直後、攻撃を先に仕掛けたのは影の男だった。

 両手で翼を描き、影の中から一直線上に鵺が飛び出す。身体に電撃を纏いながら五条に突貫していくが、その攻撃全ては無下限の術式によって阻まれた。

 

 五条は飛翔して来た鵺の翼を掴み、身体を翻す。呪力で強化した身体能力と高速で回転した遠心力を利用して地面に投げ飛ばした。

 轟音。爆発に似た音が砂塵と共に巻き上がる。その衝撃音を聞いて、まだ眠りに耽けていたモモや高倉たちが勢い良く飛び出して来た。

 

 

「なんじゃあ!?」

「な、なにが起こってるんですか!?」

 

 

 モモたちは中心に大きく生まれたクレーターに目を向け、その傍らにいる影の男と空に浮かんでいる五条を見上げる。なにが起こっているのか困惑しながらも、背後でまだ寝ぼけ眼を擦っているバモラとアイラにモモは叫んだ。

 

 

「アイラ、バモラをお願い! バモラもアイラを頼んだ!」

 

 

 アイラは困惑しつつも「命令しないでよ!」と叫びながら、敬礼するバモラを連れて家の奥へと駆け出した。

 二人が奥に逃げたのを確認したモモと高倉は一気に飛び出して五条を見上げる。その名前を叫んで説明を求めるが、五条の姿が一瞬にして消えた。

 

 

「あ゛!? どこ行ったの!?」

「ちょっ綾瀬さん!! でっかい犬が来てます!」

「犬ぅ!?」

 

 

 高倉の焦った声に振り返ると、二匹の真っ黒に染まった玉犬が全力で向かって来ていた。高倉が慌ててターボババアの呪いを解放して変身。腰を低く構えた直後に、どこからか現れた五条が玉犬を蹴り飛ばした。

 

 

「五条! いったいなにが起こってんの!?」

 

 

 焦りで声を荒らげるモモだったが、説明を求められた五条はあっけらかんとした様子で肩をすくめる。そのあまりの適当さにモモもポカンと口を開けて呆けてしまっていた。

 

 

「まあまあ取り敢えず、この周りは帳が降りちゃったから壊さないと出られないよ」

「なにトバリって!!」

「結界だよ。なんか中の人間が出られないようにしてるみたい。壊そうにも、あのまっくろくろすけが邪魔だからまずアイツを倒さないと」

 

 

 サングラスの奥にある瞳が向けた先──影の男が両手で器用に形を象り、男の背後から二倍近い身長の影がぬらりと姿を見せる。鹿のような角を携えた頭部に、女性的な身体付きで豪腕に奇妙な翼を持った式神が唸った。

 

 

 ────■■■(嵌合獣)■■(顎吐)

 

 

 三体の式神を継承した鵺──四体の式神の力を併せ持った顎吐を見て、五条は僅かに顔を引き攣らせながら舌打ちを漏らす。サングラスを服に掛け、モモや高倉よりも一歩前に出た。

 

 

「げっ、なにあのでかいの……」

 

 

 異形な人型の存在にモモは顔を引きつらせる。だが、彼女の目の前で軽く準備体操──腕を伸ばして準備を整えた五条が顎吐を指差して拳を構えた。

 

 

「影を媒介にする式神さ。あの顎吐(デカイ)のは僕がやるから、綾瀬たちは術者本人を叩いてくれ」

 

 

 分かった、と頷く二人。顎吐が大地を抉って飛び出すと同時に、五条は蒼を利用して瞬時に顎吐の眼前へと飛び出る。振り下ろされる豪腕を回避し、蒼を纏わせた拳を一気に腹部へと叩き付けた。

 吹き飛ぶ顎吐の背後に蒼を生み出すと、更なる勢いで引き寄せていき、建物を巻き込みながら一気に弾き飛ばした。

 

 

「──オカルン行くよ!」

「めんどくせえ!」

 

 

 術師本人と顎吐が離れていき、タイミングを見計らってモモと高倉は駆け出す。影の男はまたもや両手で何かの形を作り、更に式神を召喚する。瞬間、一羽の兎が眼前に現れてモモは「可愛い!」と思わず声に出していた。

 

 

「モモちゃん、今はそんな時じゃ……」

「これも式神っていうやつなのかな。全然つよそーに見えないけど?」

 

 

 可愛い動物は殴れないよ、と兎に手を伸ばすモモ。その直後に巨大な影が二人を覆い尽くしていき、二人は疑問に思って恐る恐る振り返った。

 その影の正体に気が付いたモモは表情が笑顔からみるみる変化していく。更に巨大化する影の正体は、大量の兎だった。その大群は波となってモモらへ一気に押し寄せていった。

 

 

「──なんじゃこりゃあ!!!!」

「──モモちゃん乗って!」

 

 

 悲鳴を上げるモモを背中に乗せて一気に駆け出す。津波の如く押し寄せる兎──脱兎の大群が飛びかかり、モモが超能力で巨大な腕を伸ばして悉くを叩き落とした。

 

 

「一羽なら可愛かったけど、こんなに沢山のウサギはちょっと無理!! こっち来んなって!!」

「モモちゃん! このままじゃ離れるだけだ!」

「だあしゃらくせえ!! オカルン方向変えてアイツに突っ込むよ!!」

 

 

 モモの指示を受けて高倉は一気に急停止(ブレーキ)をかける。そのままモモが伸ばした超能力で家の壁と鳥居を掴むと、即興(アドリブ)でパチンコの形を作り出し、その要領で勢い良く逆方向へと飛び出した。

 脱兎の大群に突っ込み、群れが一気に弾ける。水のように霧散する脱兎だが、直ぐに群れを成してモモらの行方を阻んだ。

 

 

「ちょっとマジでキリないんだけど!! 五条これどうやって倒せばいいの!?」

 

 

 刹那、爆音と共に粉塵が巻き上がり、その中から悠然と五条が姿を見せる。呆れと苛立ちを含んだ表情で舌打ちを漏らした五条は、首の辺りを抑えながら顎吐の豪腕を紙一重で回避。右腕を即座に伸ばすと指定した地点に蒼が出現し、顎吐を壁にめり込ませて吹き飛ばした。

 

 

「脱兎は一羽だけ印のついた奴がいる。それを倒せば問題ない!」

「オッケー! 分かった!!」

 

 

 勢いに任せて声を出したモモだったが、振り返った先にいる脱兎の群勢を見上げて後悔する。顔を引き攣らせながら高倉の背中から降り立ち、背を向けて二人で駆け出した。

 

 

「どれに印がついてんだよォ!!!!!」

 

 

 こんなん分かるわけないじゃん、と声を轟かせて怒りを露わにするモモだったが、直ぐに思考を切り替えて脱兎の群勢を前に策を巡らせる。そして高倉を見つめて指示を出した。

 

 

「オカルン! 兎の周りをぐるぐる回って一カ所に集めて!!」

「ああ〜、できる気がしねえ……」

「ほら応援してあげるからガンバ!」

「萎えるぜ」

 

 

 ネガティブな発言をしながらも、高倉は体勢を低くして走り出す。ターボババアの爆発的な加速力が、人の身でありながらも超高速での移動を可能にする。高倉が一気に駆け出して、その後を脱兎はがむしゃらに追いかけた。

 

 

「そうそう、そのままオカルンを追いかけ続けてな」

 

 

 ニヤリ、とモモは不敵に笑みを浮かべる。高倉が何周と敷地内を駆け回っていると、脱兎の群れはその背中を追い続けて自然と一カ所に集まりつつあった。

 彼の体力が危うくなった頃、モモは両手でハートを作り出して呼吸を整え始める。そして精神を集中させながら超能力をハートに込めた。

 

 

「──オカルン! ウチの前まで来て!!」

 

 

 モモの指示を受けて、高倉は更に速度を上げて一気に駆け出す。更なる高速での移動に辺りの大気が吹き飛び、モモの視界から飛び出る。高倉が消えた視界に残るのは、脱兎の群れのみだった。

 

 

「モエモエ──」

 

 

 狙いを定め、その必殺技に言霊を乗せる。不可能すらも可能にする為に、目の前の敵を屠る事だけを考えて気持ちを込めた。次元すら超えて放たれる綾瀬 桃の最大の一撃。愛情と憤怒をすべて込めて、その感情から一気に打ち出す。

 

 

 

「──気功砲ォォッ!!」

 

 

 

 嵐の如く撃ち放たれた一撃は、脱兎の群れを容易く粉砕。螺旋に呑まれ、粉々に砕け散る。その爆散した群れの中から一羽の脱兎が逃げるように飛び出た。

 それを見逃さなかったモモが叫んだ。

 

 

「──オカルンそいつが印ついたヤツ!!!」

 

 

 モモが叫ぶよりも先に、本能で飛び出していた高倉が逃げ出した最後の脱兎を蹴り飛ばす。ターボババアの超人的な脚力による蹴りは、脱兎を紙のように吹き飛ばして壁に叩きつけた。

 驚異的な衝撃に耐え切れなかった脱兎は完全に破壊されるが、それを傍観していた影の男が更に手影絵を作り出した。

 

 

 ────■■・■。

 

 

 影の中から、ぬらりと巨躯を持った式神が召喚。狼の毛並みを揃えた人型の式神。まるで狼男のような姿をした玉犬・琿が、その両手に携えられた鋭利な爪を振り翳して吼えた。

 

 

「──ウソでしょまた新しいの!?」

「モモちゃん下がって!」

 

 

 モモの前に踏み出て、駆け出す玉犬を阻む。脱兎とは比べものにならない速度で突っ込んで来る玉犬を前に構え、高倉は大地を蹴った。

 強靭な踏み込みで地面が抉れ、駆け出しと共に風が吹き荒れる。刹那、高速で突進した衝撃波が辺りの大気を吹き飛ばした。

 

 

「──オカルン!!」

 

 

 眼前を見据えた先、高倉の胸が玉犬の爪によって切り裂かれる瞬間を目にした。

 鮮血が宙に舞う。高倉の意識が飛びかける。だがそれでも尚、その場に踏み止まって拳を握り締める。振り下ろされた爪を回避し、渾身の力で拳を突き出した。だがそれは玉犬に容易く見切られて躱される。がら空きになった胴体へ玉犬が蹴りを放ち、高倉は壁に叩きつけられた──息が詰まり、喀血する。

 

 

「テメェふざけんな!!」

 

 

 声を張り上げ、憤慨するモモは気合いで超能力を捻り出そうとするが、モエモエ気功砲を出して直ぐに超能力は使えない。玉犬の狙いがモモに変わり、眼前を見据えて一気に飛び出す。跳躍し、巨大な鉤爪を振り上げた直後──玉犬が蹴り飛ばされた。

 

 

「──おテメェ好き勝手暴れんじゃないわよ!!」

「アイラ!」

 

 

 アクロバティックさらさらの力を解放したアイラが、俊敏な動きで身体を翻して桃色の髪を自在に伸ばす。既に起き上がって駆け出している玉犬の手足を縛り、動きを完全に封じた。

 

 

「モモ! 今のうちに高倉様を!」

 

 

 アイラに促されてモモは慌てて飛び上がる。そして壁に叩きつけられたままの高倉に駆け寄り、心配げな眼差しで彼を優しく起こした。

 幸いにも傷はそこまで酷くなく、高倉は僅かに身体を起こしてゆっくりと立ち上がった。

 

 

「オカルン大丈夫!?」

「はい……まだ、戦えます……」

「無理しちゃダメだよ!」

「いえ、本当に大丈夫です。はやく、あの犬を倒しましょう」

 

 

 もう一度ターボババアの呪いを解放して身を低く構える高倉の覚悟を見て、モモはふと微笑むと同じくして戦闘態勢を取る。それと同時に手足を縛っていたアイラが玉犬の怪力によって、徐々に引き摺られていっていた。

 

 

「これ以上は抑えられないわよ!」

「助かったぜぇ、アイラちゃん」

「アイラ助かった!」

 

 

 二人で感謝を告げながら、ようやく回復して使えるようになった超能力──巨大な腕状の念力で玉犬を更に抑え込む。モモが抑えつけの役割を代わった所で、アイラは巻き付けた髪を玉犬から解いて一息で懐に詰め寄った。

 

 

「──ハァッ!」

 

 

 華麗な動きで多彩な蹴り技を繰り出す。回し蹴りで玉犬の顎を蹴り抜き、勢いを殺さずに脚を組み替えると飛び上がる。身を翻して続く二撃目──後ろ回し蹴りを玉犬の顔面に叩き込んだ。

 空中で体勢を変えられないアイラに向けて、玉犬は憤怒を吼え猛ける。モモの超能力を振り払い、鋭利な鉤爪を振り上げた直後にアイラが叫んだ。

 

 

「──高倉様!」

 

 

「出すぜ────〝本気〟」

 

 

 ポツリとそう吐いた刹那──横一閃。爆発的な加速力で飛び出したその身体は烈火の如く、音すらも呑み込んだ。反応の遅れた玉犬に回避の思考をする隙も与えず、大気を切り裂いて突貫。玉犬と衝突した瞬間、辺りに竜巻の如き暴風を撒き散らして、爆発のような轟音が響き渡った。

 

 

「やった! 後はあの真っ黒野郎だけだ!」

「お覚悟なさい。本気でぶっ飛ばすわ」

「クソだらあ。ボッコボコにしたるわい」

 

 

 指の骨を鳴らし、首の骨を鳴らす二人の少女が憤慨を露わにして眼前の男を鋭く睨んだ。もはや高倉がいくら宥めようと二人の怒りを鎮めることはできない。なにせ変身してる高倉でさえも、二人を怒らせたら膝が震えるほどに怖いからだ。

 

 今も本能的に二人から少しだけ距離を取っている。だが、背後に下がったのを気取られて、モモが振り返っては怒りの滲んだ声色で「オカルンもこっち来て!」と鋭い眼光を向けた。

 

 

「あの使い魔がいなきゃ、怖くもなんともないわ」

「さっきはよくも散々追いかけ回してくれたじゃんか。どう落とし前つけてくれるんだ、えぇ?」

 

 

 二人の悪魔が男に向かってゆっくりと歩み寄る。男は後退っていき、表情こそ見えないが二人に対して恐れているように見えた。

 前に出る二人の背後で高倉は肩を竦めながら「二人は敵に回したくないぜぇ……」等と物憂げな様子で呟いた。

 

 

「さっさと懲らしめて、何がお目的なのか聞くわよ」

「よし、それじゃあ髪で動けないようにして」

 

 

 そう言ってアイラが一歩前に踏み出た直後──巨大な物体が二人と男の間に勢い良く落下。爆発の如き轟音が響き、衝撃波と共に粉塵が巻き上がる。荒れ狂う暴風に耐えながら正面を見据えると、人間の身長を優に超える巨躯がアイラとモモを見下ろした。

 

 

「げっ」

 

 

 その正体に気が付いたモモは顔を引き攣らせる。同時に、見上げていたアイラが「なにコイツ……」と声を漏らす。それは五条と戦っていたはずの式神──嵌合獣・顎吐だった。

 顎吐の身体は傷だらけで、肩を大きく上下させては、かなり疲労しているように見えた。

 

 

「モモ下がって!」

 

 

 アイラの言葉にハッと気が付き。慌ててモモは飛び退く。顎吐は帳で見えない空を見上げてから、引き千切れた左腕を見下ろした。

 その瞬間、顎吐の動きを見て構えていた三人は思わず目を疑う。完全に無くなっていた左腕の断面から異様な音が響いた直後に、そこからまた新たに左腕が生えたのだ。

 

 

「うげぇ、ウソでしょ!?」

「はぁ!? コイツ不死身なの!?」

「あぁ……鬱だぜ……」

 

 

 腕の生え方に嫌悪感を抱くモモとアイラは驚愕で声を荒らげる。高倉は目を眇めて肩を落とした。

 さっきまで戦っていた式神はどれも固有の力を持っていたが、顎吐のように傷を完全に治してしまう式神はいなかった。今まで戦って来た相手の中にもそんな敵はいない。

 

 完全に引き千切れた腕すらも容易く治せる驚異的な治癒能力を目の当たりにして、三人は僅かに後退る。だが顎吐は目の前の三人を一瞥すると、直ぐに意識を上空へと向けて吼えた。

 三人の意識が上に向き、空を見上げる。そこには悠然とした佇まいの五条が顎吐を睥睨していた。

 

 

「面倒だな」

 

 

 そうポツリと呟いた五条はモモ達の前にゆらりと降り立ち、ゆっくりと息を吐き捨てる。冷静に正面を見据えてる五条に対して、モモとアイラは困惑と驚愕で顎吐を指差しながら声を荒げていた。

 

 

「五条アイツさニュッて腕が生えたんだけど! アレどうなってんの!? あんなん倒せるの!?」

「アンタ最強ならあんなのさっさと倒しなさいよ! よく見たらアレ見た目も気持ち悪いじゃない!」

 

 

 背後で騒ぎ立てる二人に、眼前を見据えていた五条も集中が途切れ、眉間にシワを寄せて猫背になる。乱雑に髪を掻いて、五条は「だぁー! うるせー!」と二人を叱咤。五条の突然の声に驚いた二人は口を噤み、お互いに顔を見合わせた。

 

 

「ったく、もうちょっと待ってくれ。取り敢えず術者本人を殺さない程度に時間稼ぎしといて」

 

 

 呆れた様子の五条は、何か意味があって顎吐を完全に倒していないようだった。現に傷だらけの顎吐と違い、五条には傷どころか汚れの一つも見えない。

 

 溜め息をついた五条がゆっくりと歩を進める。それに合わせて顎吐は駆け出していき、その距離を一瞬にして詰めると拳を引き絞った。慌てる様子も見せない五条は冷静に距離を見定め、一歩の動きのみで回避。更に繰り出される拳の連打を、必要最低限の動きで俊敏に躱し、受け止め、術式順転 蒼による引き寄せの反応を利用して蹴り込んだ。

 

 

「すごい……」

 

 

 変身を解除していた高倉が、五条の戦闘を見つめてポツリと声を溢す。五条の動きには無駄がなく、僅かな術式の使用と体術のみで顎吐を圧倒している。元の世界にいた頃と比べて圧倒的に弱体化したと語っていた五条だが、今できる事を最大限に活用していた。

 

 相手の動きを数手先まで読み、迫り来る猛攻が当たる寸前で無下限を使用。怯んだ瞬間、攻撃の隙、その一秒にも満たない狭間を、五条は狙い過たずに打ち込んでいた。

 

 

「これが、最強……」

 

 

 最強の名は伊達ではない。高倉の脳裏が痺れるほど強烈にその事実を叩きつける。地面へと打ち落とされる顎吐の拳をバックステップで軽やかに回避すると、体重を前へ傾けて力強く地面を蹴る。離した距離を一息につめ、顎吐のがら空きになった懐で拳を引き絞った。

 

 

 目を、奪われた。

 そのたった一撃に、意識の全てを奪われる。視界に映じた光景が、高倉にはスローモーションで流れていく。顎吐の防御は間に合わない。五条がニヤリと口角を上げ、タイミングから狙い──なにからなにまで完璧に繰り出す渾身の一撃を顎吐の腹部に叩き付けた。

 

 瞬間、五条の叩き付けた拳から漆黒の火花が轟く。稲妻の如く駆け巡った呪力の輝きは、漆黒に混ざって真紅にも瞬き、顎吐を紙のように容易く吹き飛ばした。

 

 

 ────黒閃。

 それは打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際に起こる空間の歪みであり、呪術師にとってこの黒閃は戦闘に於いて重要視されている。

 

 

 地面を抉りながら吹っ飛ばされ先には、男も立っていて防ぐ隙もなく顎吐の巨躯にその矮躯が巻き込まれる。そして二人が倒れている瞬間を見逃さず、五条は詠唱を開始した。

 

 

「──〝位相〟」

 

 

 一秒、経過。黒閃によってボルテージの上がった五条の呪力が、即座に無下限の術式を強化する。思考して、意識していた呪力操作が息をつくように簡単になった。

 

 

「──〝黄昏〟」

 

 

 二秒、経過。男の指示を聞き、顎吐が反転術式を利用して傷を癒やす。だがその呪力操作も難儀しているのか、二人の傷が治るのは少しばかり時間が掛かっていた。

 

 

「──〝知慧の瞳〟」

 

 

 三秒が経過する。反転術式での治癒を止めた顎吐が、五条の動きを見て一気に駆け出す。五条の呪力操作を中断させる判断だったが、それを予測していた五条は自身と顎吐の間に術式を発動させた。

 

 

「──術式順転 出力最大〝蒼〟ッ!」

 

 

 蒼く揺らめき始めた呪力は渦を巻き、大地を抉りながらその場で竜巻の如く吹き荒れる。それに気が付いた時にはもう遅い。突っ込んでいた顎吐だけでなく、その背後に立っていた男をも呑み込む。抵抗すらも虚しく、跡形もなく粉微塵になるまで圧し潰される。顎吐を形成する呪力は弾け、男の身体もそれが■■■であった事など分からない程に潰された。

 無限の集束が辺りを悉く破壊し尽くした後に残ったのは、静寂による戦闘の爪痕だけだった。

 

 

「よし、これで一件落着だな」

 

 

 五条は制服に付いた砂埃を軽く払い、一息つく。サングラスを掛け直した五条が振り返ると、戦闘が終わった事を未だ理解できていない三人がポカンと口を開けて呆けていた。

 

 

「おーい、大丈夫か?」

 

 

 珍奇な物でも見るように顔を覗き込む五条。ようやくハッと意識を取り戻した三人だったが、モモとアイラを声を荒げながら「今のなに!?」と二人して蒼が破壊した先を指差した。

 

 

「なにって……僕の術式」

「あんなの見せなかったじゃん! 攻撃を止めるバリアだけじゃなかったの!?」

「いや、ちゃんと説明したでしょ」

 

 

 「なあ高倉」と反応を求めると、彼はズレた丸眼鏡を直しながら頷く。二人は頷く高倉を見つめた後に五条へと視線を向け、一気に詰め寄って見上げた。

 

 

「ちょーすっげぇじゃん!!」

「あの詠唱? あれ私にも教えて!」

 

 

 目を輝かせる二人から距離を取って、五条は押しやりながら空を見上げる。「また今度教えてやるよ」とこの場を収めようとするが、二人の好奇心が消えることはなく更に詰め寄った。

 このままでは考えたいことも考えられない。そう感じた五条は二人の背後を指差して叫んだ。

 

 

「──あっ! バル○ン星人!!」

 

 

 五条が叫んだ異星人がなんであるかは分からずとも、二人は反射的に背後を振り返る。その瞬間を逃さずに五条はこの場から逃げ出した。

 遅れてそれに気が付いた二人が慌てて五条を追いかける。その様子は高倉は苦笑しながら見つめていた。

 

 

「あはは……」

 

 

 駆け回る三人を見つめてから、破壊され尽くした戦跡に目を向ける。自分の無力さを僅かに感じながらも、五条 悟の圧倒的な強さを思い返して固唾を飲んだ。

 

 

「ジブンも、あれぐらい強くなれたら……」

 

 

 無下限呪術が扱えればとも思うが、無いもの強請りはできない。高倉は拳を握り締めてから「よしっ」と呟く。そして三人に視線を向けた。

 

 

「みなさーん! 取り敢えず家を直してからにしませんかー?」

 

 

 声を上げた直後、破壊された家の襖が勢い良く開かれて、苛立った様子の星子がバットを肩に担ぎながら怒声を上げた。

 

 

「っるせえぞ!! 誰だまた(うち)をぶっ壊したのは!! ぶちのめしてやるから出てこい!」

「よくこんなんになるまで寝れたなぁ、星子」

 

 

 矮躯で一生懸命に瓦礫を退かしながら、ターボババアは溜め息を漏らす。星子の存在に気が付いたモモは五条の服を引っ張りながら「婆ちゃんおはよ!」と軽く手を振った。

 さっきまでの戦闘がまるで嘘のようだった。

 

 

「タカクラ、大丈夫?」

 

 

 気が付くと、隠れていたはずのバモラが心配げな眼差しで高倉の裾を引いていた。

 高倉は怪我など気にしない様子で笑顔を浮かべて「はい、ジブンは大丈夫です」と優しく返す。するとバモラもそれを聞いて安心したのか、ゆっくりと微笑んだ。

 

 

「なら、良かった!」

「バモラさんこそ、大丈夫でしたか?」

「ジブン大丈夫! ケガなんてありませんす」

 

 

 二人で微笑んでいると、どこから湧いたのか二人の間を遮るようにモモが現れて、高倉は驚愕で飛び退く。目を眇め、訝しく高倉を見つめるモモ。高倉は視線を逸らして「ど、どうしたんですか綾瀬さん?」と眼鏡を直した。

 

 

「なにニヤけてんだメガネ」

「えっ、ニヤけてなんかいませんよ」

「鼻伸ばしてんじゃねえかこのヤロー!」

 

 

 頬を膨らませたモモに詰め寄られる高倉。だが、そんなことまったく身に覚えがない。まともにモモの顔を見れずにいると、彼女は腕を組んでそっぽを向いた。

 

 

「ウチも結構頑張ったんだけど!」

「綾瀬さんに怪我が無くて本当に良かったです。助けてくれて、ありがとうございます」

 

 

 素直に感謝して頭を下げる高倉。その彼の言葉に、モモは思わず目を逸らす。その頬は僅かに赤く染まっているように見えたが、高倉にはそんなこと知る由もない。

 そんな中で、ようやく状況を説明された星子が声を荒げた。

 

 

「ああ!? じゃあ全部お前らが片付けたってのか? はぁ、この憤りをどこにぶつけりゃいいんだよ。ババアなんでお前起こさなかった?」

「ワシは何度も起こしたぜ。ぐっすり眠ってた星子が悪い」

 

 

 ターボババアに一蹴され、星子は「だあ! クソ!」と憤慨しながらバットを適当にそこらに放る。そして足下の瓦礫を蹴っ飛ばしてから腰に手を当て、タバコを口に咥えた。

 

 

「おいお前ら、さっさと(うち)直すぞ」

 

 

 そう言って、家を構成しているナノスキンに触れたモモが家のイメージをすると、破壊されていたはずの瓦礫が次々と変形していく。瞬時に家が直ったその様子を初めて見た五条は、思わず驚愕してポツリと呟いた。

 

 

「超かっけえじゃん」

 

 

 




因みに十種影法術を使ってたのは恵じゃありません。
主はバモラ推し。
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