——それは夏も半ばの満月の夜の日だった。
光は煌々と、しかし月そのものは黒く染まっていたのだ。
世界がそれについて言及し、原因不明のそれを調査していた時、
一筋の黒い光が東京のど真ん中に落ちる。
その光は呪術師にしか認識できなかったという。
「……で、このド深夜に俺らが招集されたってワケ?」
「そうなるね、悟。だから硝子も不機嫌治してよ」
「別に不機嫌な訳じゃないけど。とりあえず先生に文句言ってやる」
特級呪術師2人の出動。
【無下限呪術】と【六眼】の抱き合わせである五条悟。
【呪霊操術】によって特級クラスの呪霊すらも操れる夏油傑。
そして《反転術式》を他者にも扱う事の出来る稀有な人材である家入哨子。
その3人が来たのは東京のとあるゴミ処理場だった。
軽く不法侵入してからしばらくした時だ。
「あれは……人間?」
家入の告げた言葉の先、ゴミ山の上に座っていたのは黒髪を腰まで伸ばし、さらに耳のように上にも長く伸びた白い肌の青年だった。纏う黒衣も相まってどちらかと言えば呪霊側だと誤認してしまうほどだった。
「ああ、だが——強い呪力を感じる」
夏油はゴミを踏みしめる足の力を強くして白く黒い青年を警戒する。その後ろの五条、家入もまた緊張を高める。さらに五条はその【六眼】でもってその異常さを計りかねていた。
(呪力は普段青色……だがコイツのそれはどうだ? 黒閃みたいに黒く歪んでやがる)
五条ほどの強者ゆえに冷や汗などは溢れなかったが、無邪気に黒い月を眺めている青年とはとても考えられないそのオーラに目を逸らしてしまうほどだった。
「マジ、どう見ても人間に思えねえし、かといって呪霊とも思えねえ……いっそ声かけてみっか?」
「無警戒がすぎるよ悟……と、言いたいところだがどうにも敵意を感じない。良い案かもね」
「じゃあ私が声かけるね。2人みたいなデカブツはビビっちゃうだろうし、攻撃されても即死以外なら治せる……即死攻撃されない?」
「さあ?」
「一応、小型の呪霊を護衛につけておこう」
そんなやりとりをしてから家入は他人の前だからかタバコの火を消して灰皿にしまい、ゆっくりとした足取りで彼の元へと歩く。青年はぼうっと月を眺めている。
「ねえ」
「…………ん」
青年は話しかけられてようやく家入の存在に気付いたようで、背の高さに反して小さな顔を傾げて同じ視線に合わせるようにしゃがんだ家入を視界に映す。
「私は家入硝子。あなたは?」
「しょうこ。——ゼーロ」
青年は自分の胸に手を当てて自己紹介した家入を指差し、次に自分に手を向けられてつられて自分に指差した後にそう答えた。少年のように舌っ足らずな声だった。
「(ぜえろ? 見た目も相まって呪霊って感じ)」
「(悟、あまりそういうことを言うもんじゃないよ)」
「——あのふたり」
「ああ、あの2人はね。変な前髪のが夏油傑、白い髪のが五条悟って——」
「げとう、すぐる、ごじょう、さとる……ご、じょう……じょー……くひひひっ」
ゼーロと名乗った青年は五条の名を反芻し、そして不気味に笑う。
「また——」
「どうしたの? 五条君と面識あった?」
そしてゼーロは五条達に広げた手を向け、声を低くして告げる。
「——壊す」
「「「っ……!」」」
家入が衝動的にゼーロの元を離れ、五条と夏油が彼女を守るように一瞬で割って入る。
(敵意ではない、それに悪意でも……だがこの邪悪さはなんだ……?)
(俺らが走っちまうぐらいの呪力——特級クラスか)
ゼーロが動いた2人を追って首を捻り、再び病的なまでに白い唇を動かす。
「
3本指を立てて告げたその宣言にゴミ処理場全体が揺れる。
「おいおい……呪力がゴミ全体に広がってっぞ!」
ゼーロの指が1つ、折られる。
「
呪文じみたその言葉に呼応するように広がるゴミ山から次々と
「ギャギャギャギャ!!」「ギィーヒッヒッヒッ!!」「グヒャヒャヒャヒャ!!」「ゲハハハハハッ!!」
ボロ傘、古本、割れたガラスコップ、壊れたハサミ……様々なゴミが気味の悪い笑い声を上げながら浮かんでは五条達に襲いかかってくる。
「呪霊……いや、呪骸か?」
「それもあっても三級レベルのな。舐めてんのかコイツ」
「子どもに舐めてるもないでしょうに。というかほんとにこの子が?」
襲いかかるゴミ達を、しかし五条と夏油は軽くいなし、壊し、薙ぎ倒していく。
未だゴミ達に襲われていく中、ゼーロの指がもう1つ折られる。
「
倒したはずのゴミが2つ、再び形を成して浮かび上がる。
「チッ、再生すんのかよ」
「っ……いや待て悟。この呪骸たち、実体がない」
「でも呪力はある……どこ行くんだ?」
襲いかかってきているゴミのうち、これもまた2つゼーロの真上まで飛んでいき、奇怪な笑い声を響かせながら彼女の頭上を旋回して空へと登っていく——ゼーロの最後の指が折られた。
「
4つのゴミ達が躊躇なくぶつかり——そこから闇色のエネルギーが陣を描いて空に広がっていく。
「この術式……明らかになんか出るって感じだな」
「しかもこの雰囲気——少なくとも一級クラスの呪霊が来る……!」
「…………」
家入は口を噤み、これから起こることをじっと眺めていた。
「黒い月は、出ているか?」
ゼーロが円状に広がった陣越しに黒い月を眺め——陣は闇色の稲光を迸らせながら暴風を起こし、不穏な煙を溢れさせる。
「開け——《無月の門》っ!」
どこまでも無邪気にゼーロは声高らかに宣言する。
「何が来るんだろうな、傑」
噴き上がる夜風に煽られながらも五条と夏油は笑っていた。
「何が来たって私達に敵いはしないさ」
恐怖などはなく、むしろこれからの戦いに心を躍らせていた。
「ああ。だってそうだな」
一瞬、2人して目を合わせ、息ぴったりに告げる。
「「俺/私達は最強だ」」
……一方の家入はこう思った。
(帷、下ろしてなかった)
気づいた頃には誰かが下ろしてくれていた。