ソードアート・ストラトス   作:剣舞士

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今回からは、ちょっと閑話的な感じで行きます。
原作ではあまり触れられていなかった弾と虚の物語を描いていこうと思います。
少し長くなるかもですが、どうかお付き合いください。




閑話章 秋の恋路
第114話 秋の恋路Ⅰ


 「さて、今後のお前の処遇についてなんだが……」

 

 「…………」

 

 

 

 

IS学園地下区画の一部……。

そこは一般生徒はおろか、教職員ですら滅多に入らない区画であった。

そこがどういう場所なのかというと、いわゆる『牢屋』と言われる場所なのだ。

今回IS学園では、二重の襲撃事件が重なってしまった。

一つは、天災科学者・篠ノ之束によるIS学園メインシステムへのハッキングに加え、新型の無人機《ゴーレムⅢ》による物理的な襲撃。

そしてもう一つが、表の騒動に乗じて密かに侵入していたアメリカ軍特殊IS部隊の潜入……。

表の事件は、専用機持ち達による迎撃と、一夏、刀奈、和人、明日奈の4名による電脳ダイブからの内部調査とハッキングシステムに対する対処によって難を逃れ、裏の事件では、真耶と千冬による対抗戦力によってなんとか迎撃できた。

そして今、そのIS部隊の隊長と思しき人物と、千冬の二人が牢屋の柵越し会話を行なっていた。

 

 

 

 「さて、どうしたものか……」

 

 「……考えるまでもないだろうに……」

 

 「ん?」

 

 「私はそちら側の許可なく学園へ侵入し、それを貴様らに阻まれ、無様に負けてしまってここにいる……。

 ならば、やるべき事は一つしかないだろう……?」

 

 「ふむ……」

 

 「私をこのまま捕らえ、裏のルートで交渉材料にすれば、圧力をかけられる。その上、うまく取り扱えば向こうの情報もある程度ならば手に入れられるだろうさ」

 

 「確かに……それはそれで魅力的な提案ではあるが……」

 

 

 

 

何やら言い淀む千冬。

それに対して隊長は、すかさず後押しする様に告げる。

 

 

 

 「悪いが、取れる情報は多くないと思う……。向こうにとって私はパーツの一部でしかない。

 まぁ、専用のISとパイロット……その二つを共に奪われてしまっている状況ならば、痛手と言ってもいいだろうが……。

 だが、向こうにとって大事なのは機体の方だろうから、私のことは即座に見捨てる……その事を加味すれば、交渉材料は私ではなく私の乗っていた機体の方だろうな」

 

 

 

自嘲するような声色で、淡々と話す隊長。

千冬はそれを卑下するわけでも、嘲笑うこともなくただ淡々と聞いていた。

 

 

 

 「私は敗者だ。敗者は勝者に従うものだ……私の事をどう扱うのかは貴様たちが決めろ。

 こうなってしまった時点で、私には “価値なし” という判断が下されているはずだ」

 

 「…………」

 

 

 

千冬を見上げる隊長の目には、一切の恐怖はなかった。

むしろ何も感じない。

いや、何も感じないように教練を受けているのだろう。

機械のような人間……兵器として育てられた人間……。

それをいうならば、ドイツで行われていた人体実験もそうだ……その成功体として生み出されたのが『ラウラ・ボーデヴィッヒ』という少女。

凄まじい戦闘能力をあらかじめ付与され、兵器としての人間という立ち位置にいた少女だ。

そして、この隊長も同じだろう。

アメリカの特殊部隊……それも学園に侵入させるほどの人間が、ただの軍人なはずはない。

おそらくは人権無視の過剰な訓練を受けさせているに違いない。

そうでなくては、もはや人とも思えないほどに“感情が揺らがない人間”が出来るわけがないのだ。

それに、この女は死をも望んでいるのだと、千冬は解釈した。

 

 

 

 「さぁ、早く私を終わらせろ……貴様に負けて死んだとしても、後悔はない」

 

 「お前を殺せば、お前の仲間や家族が私を殺しに来るのではないのか?」

 

 「家族などいないし……仲間などいるはずもない」

 

 「貴様一人で侵入してきたわけではないだろう……。現時点でアメリカ軍の隊員と思しき人物8名を拘束している。

 いずれも男で、ISは装備していなかったが、特殊部隊が装備している武装を所持していたのでな、学園の教員たちにもISを装備したうえで制圧してもらっていた。奴らは仲間ではないのか?」

 

 「彼らと私とでは指揮系統が全く異なる。彼らは今回の作戦に乗じて、私に貸し与えられた補給要員でしかない。

 例え彼らを交渉に使って軍を脅したとしても、向こうは大した傷は受けないはずだ」

 

 「なるほど……蜥蜴の尻尾切りか」

 

 「そうなるな……」

 

 

 

だからこそ、自分にこそその価値があるのだと、隊長の女は言うのだろう。

そしてそれが、世界最強の女に敗れての事だと言うのならば、それは悔いではなく誉れであると……。

 

 

 

 「だから、さっさと終わらせてくれ……か……」

 

 「そうだ……終わらせてくれ、ブリュンヒルデ。貴様になら、私は負けてもいい……」

 

 「ふん、そんな大層な身分でもないさ、今のわたしは……」

 

 

 

 

ようやく、静観していた千冬が動いた。

コツコツと固い超合金のような廊下に響くヒールの音。

ここで命を散らす事に悔いはない……隊長は静かに目を閉じて、来るであろう決断を待っていた。

 

 

 

 

 

ピピッーーーカシャンーーーー

 

 

 

 「ん…………?!」

 

 

電子錠の開く音。

そして、自分が投獄されていた部屋に、一着の服が投げ込まれた。

 

 

 

 「そいつに着替えろ。サイズは私のと同じものだが、問題はないだろう?」

 

 「…………は?」

 

 

 

投げ込まれた服は、いま目の前にいる千冬が来ているものと同じレディーススーツ。

中に羽織るブラウスと上着になるジャケットに、千冬のはスカートタイプだが、投げ込まれたのズボンタイプのものだった。

その行動の意味が分からず、隊長は投げ込んだ千冬の方を見る。

 

 

 

 「悪いが、私は人殺しなどする気はない。それは私がそうする必要があると判断した時だけやる。

 それに、私はこう見えても教師なのでな……。一教師が思春期真っ盛りの学生たちの集う場所で殺人を犯すなんてあり得ると思うか?」

 

 「なっ……?!一体なにを言っている?!」

 

 「分からんのか?お前は釈放だと言っているんだ……どこへなりと好きに行けばいい。

 通信機器も返してやる。それでお仲間に合流できるだろう……あぁ、生憎だが、お前の機体はもらっておくぞ?

 お前の言う通り、アレはいい交渉材料になるだろうからな……もしもの時のために利用させてもらう」

 

 「き、貴様っ?!何をふざけている!今更そんな冗談がーーーー」

 

 「冗談で人の命を決めるわけがないだろう…………!!!!!」

 

 「っ……!」

 

 

 

静かに、ただただ低く響くような声色。

同じ人間が発している声とは思えないほどに体の奥から震えがこみ上げてきた。

 

 

 

(これは……殺気か……っ?!)

 

 

 

こちらをチラリと見ている眼光は鋭く、少しでも動けば斬られるような錯覚を見せられる。

 

 

 

 

 「お前がどう生きようがどこで死のうが勝手だが、ここで死ぬのはよしてもらうか?

 ここは学び舎だ……。これから先の未来を生きる子供たちの集う場所だ。そんな場所を血生臭くしたくはないのでな」

 

 「何を……っ、何を今更……!ここも同じ、最強の兵器を扱う者たちを育てている場所だろうっ!

 今更なに甘い事を言っている!血生臭くしたくないだとっ?!ここを出た者たちは、文字通り血生臭い戦場に出ていく者たちにもなり得るんだぞ!

 そんな者たちを教育している貴様がっ、そんな綺麗事をーーーー」

 

 「綺麗事なのは承知している。だが、ここを卒業していく者たちは、それぞれの意思を持って出て行っている。

 それが例え戦場に出る選択だったとしても、それはそいつらが自分の意思で決めた事だ。

 私はそれを在学中に考えさせ、本当にその道に進むのかを問いただし、導くことしかできん。最終的に決めるのは本人たちだからな。

 だが、まだ在学中の者たちに……自分の意思を決めてもいない者たちに、その是非を問わせる形を強要してはならない……それでは『教育』ではなく『洗脳』だ。

 貴様が受けてきた数々の教練と同じようにな……」

 

 「くっ………!!」

 

 

 

隊長は強く噛み締める。

そうだ……気づいた時にはそうしていた。

昔の記憶など……いつの間にか摩耗して消えてしまっていた。

自分が何者で、何のために生きているのか……。

その答えとなるのが、自分を育てた者たち存在……。

 

 

 

ーーーー君たちは『兵器』だ。

 

 

 

その考えただ一つ。

世界にまだIS……インフィニット・ストラトスが存在しなかった時代。

曲がりなりにもそこに平和はあった。

いや、今も平和な時代ではあるが、それでもなお、世界のどこかでは争いが続いている。

民族同士の対立、宗教間での相違、過去の出来事からそれを諫めるような発言から始まった対立。

どれだけ時代が変わろうとも、人々から争いが無くなる事はない。

大国は表立った争いは起こすまいとしていたが、裏では日陰の存在である者たちが動き回り、世界の裏側で激しい駆け引きという名の戦争が起こっている。

どちらかの均衡が崩れれば、容易く世界は大戦を引き起こすだろう……。

そんな時、稀代の天災科学者によって生み出された最強の兵器が誕生し、一瞬の膠着状態を保ちはしたが、それでもまた、世界は元通りになってしまっている。

それがこの世界の現状だ。

 

 

 

 「それを言うなら、私はこの世界しか知らん!生きるか死ぬかの瀬戸際をひた走るだけっ!

 今までそうやって生きてきたっ!そして今日という日に、私は貴様に負けたのだ!敗者には死あるのみだ!

 それがっ、私の生きている世界だ!」

 

 「知るか。それはお前の世界だ……私の教育方針にそんな世界などいらん。そんなに死にたいなら海に身を投げたりすればいいだろう」

 

 「なっ……貴様っ……!!」

 

 

 

 

この女は何を言っているだと言わんばかりに、隊長は崩れかかる。

詭弁を言っているかと思いきや、今度は屁理屈を立てるのだから……まるで子供の言い分だ。

 

 

 

 「ふざけるなっ!!おめおめとそのまま帰れるわけがあるかっ?!!調子に乗るのもいい加減にーーーー」

 

 

 

怒りが頂点に達し、隊長は千冬に向かって駆け出した。

牢屋の檻を抜けて、今もなお廊下で平然と佇む千冬の胸ぐらに、伸ばした右手が到達した。

襟首を握りしめて、左手を強く握って作った拳を千冬の顔面に向けて放とうとした、その瞬間……。

 

 

 

 「ぇ…………」

 

 

 

隊長の視界が揺らいだ。

先ほどまで目の前にいた千冬の姿が忽然と消え去り、その代わりに、逆さまになって見えている光景。

体が浮いたような感覚を体中に感じたあと、すぐに強烈な痛みと衝撃が伝わってくる。

 

 

 

 「ガハッ………!!?」

 

 

 

背中に感じる強烈な痛み……。

そして手足や脳が麻痺してくる……超合金製の床に思いっきり叩きつけられたのだろう。

襟首を掴んでいた手も、自然と離れていき、床に落ちる。

 

 

 

 「くっ……!うぅ……」

 

 「全く、シワになったらどうする……このスーツも結構高いんだぞ?」

 

 「な……にを、言って……」

 

 「はぁ……やれやれ……」

 

 

 

痛みは堪えられる……。

しかし、まだ脳や体が痺れているので、まともに立つこともできない。

そんな隊長を尻目に千冬は回り込んできて、隊長に覆いかぶさるようにしゃがみ込むと、今度は千冬が隊長の胸ぐらを掴む。

隊長はいま、ISスーツを着ているため、超薄手のピッタリスーツを掴み上体だけを引き上げる。

 

 

 

 「何故そんなに死にたがる?」

 

 「ぐっ……それは……」

 

 「それは?」

 

 「私の命は国の物だ……そしてその国からの使命を果たせなかった……果たせなかった道具は捨てられる……当然の結果だ……!」

 

 「ならば死ねばいい……そんな下らない事に命をかけるしかないような命ならば、さっさと死ねっ!」

 

 「ぐっ……!だから、最初からそう言ってーーーー」

 

 「そして今度はっ、貴様自身の生き方を見つけてみろっ!」

 

 「っ………?!」

 

 「貴様ここで破れ、ここで死んだ。死んだ人間ならば、後はどうなろうと勝手だ……何もかもを捨て去って、どこへなりとも消えればいい。

 さぁ、どうする?第二の人生を歩むか、それともこのまま永久退場するか……」

 

 「な……なにを……?」

 

 

 

 

何を言っている……?

と言いたそうに隊長は目を見開いた。

あれほどまでに殺気全開で戦っていた相手とは思えないような言葉。

それはまるで、現実を知らない子供の戯言のようにも聞こえる……。

 

 

 

 「私はもう、帰る場所などない」

 

 「ならば自分で見つけろ」

 

 「私には……名前もない」

 

 「ならば新たな名を持って、その名に恥じない生き方をしろ」

 

 「私……には、何もない……」

 

 「ほう?この学園の生徒では、到底相手にできないほどの操縦技術を持っているのにか?」

 

 「私は……」

 

 

 

まっすぐ見つめてくる瞳は、全く動じていない。

ここが死場所にふさわしいと思っていた……ここで死んでも後悔などあろうはずもないと……。

しかし、目の前にいる女は違うと言いたいのだろうか……。

私にはそんな価値はない……任務に失敗し、専用機を持っていかれ、ただの戦闘技術を持った、名無しの人間が一人……ここに残っているだけだ。

そんな自分に……一体なにが……。

 

 

 

 「お前は……私にどうしろと言うんだ……?」

 

 「それは、自分の意思で決めろ……」

 

 「私の……意思……」

 

 「言ったはずだ。私は教師だと……自らの行い、目標を決め、そこに向かう意思を問いただし、その覚悟を決めて進める……生徒たちにしていることと同じ物だ。

 だからこそ、貴様にもそれを問おう……」

 

 

 

 

握っていた襟首を離し、千冬は隊長の上体を立たせた状態で問いかける。

 

 

 

 

 「お前はどうしたい?お前の命は、ここで尽きるには惜しいものだと思う。これまでの任務や人生が、お前の命をかけるに値しない者たちによるものならば、これからはもう違う。

 お前は、自分の意思で行動できる……一人の人間だろう」

 

 「私が……自分の意思で……」

 

 「貴様はもうパーツでも武器でもない……一人の人間として、貴様は生きられる」

 

 「人間……人間としての生き方なんて、私には……」

 

 「分からないか?ならば、これから学んでいけばいい……なんせここは『学校』だからな」

 

 「っ……………!」

 

 

 

この女は、まさか自分をここで雇うつもりなのか?

そんな疑問が頭に浮かび、目を点にしていると、千冬がニヤリと笑いながらその疑問に答えるように言う。

 

 

 

 「ここも何かと面倒ごとが多くてな……教師陣もそれなりにISの操縦技術を持った者たちだが、それだけでは手が回らんことも多い。

 特に、今年の一年は例外的な存在が二人もいる……そいつらに関する厄介事を処理するのだけでも苦労が絶えないんだ」

 

 

 

不適な笑みを浮かべる千冬。

その表情、その姿に、隊長は見惚れてしまった。

 

 

 

(な、なにを考えているっ……!コイツは敵だ……そう敵なんだ!今ここで私の存在が明るみになれば、この学園にもう一度くらいは特殊部隊を派遣できる……)

 

 

 

そうなれば千冬だけでなく、周りにいる生徒や教員たちも犠牲になりかねない。

向こうとして事を穏便に済ませたいはずだから、無理無謀なことはしてこないはずだが、依然としてこの学園が標的になる格好の餌を与えているに過ぎない。

 

 

 

 「私を雇うつもりなのか?そんな事をすれば、事実を隠蔽した容疑、さらにこの学園が攻め込まれるんだぞ?」

 

 「ふむ……そうだな」

 

 「私のISを奪った事についてもそうだろうが、この学園には男の操縦者と、そのIS……さらに、篠ノ之博士が製作したであろう新たな実戦型のISのコアがある……!」

 

 「確かにな……」

 

 「っ……それらの不安定要素を抱えているのに、私まで取り込むつもりかっ?!

 それでは、貴様たちにも被害がーーーー」

 

 「ほう?私たちの心配をしてくれているのか?お優しい事だな……」

 

 「っ〜〜〜!!私は真面目に言っているっ!話を逸らすなっ?!!」

 

 

 

 

適度に話をはぐらかしていく千冬に、隊長は顔を赤くして叫んだ。

自分も知っている最強の称号を持つ女は、まるで子供のような笑顔と、幼稚にも思える屁理屈を交えて話す。

その姿が意外であり、驚きであり、そしてなんとも愛らしいとも思った。

だが、そんな条件で軍を抜けるなんて言えるはずもない……。

自分がここに身を寄せるというのは、それだけ危険な事故に……。

目標としているのは、無人機のコア……そして、あわよくば《白式》のコアの奪取。

それができなかった上に自分の機体も奪われれば、何度も言っているように学園自体が標的になるのは目に見えている。

だからここは、千冬の提案を跳ね除けるのが正解なのだ……それが、正しいはずなのに……。

 

 

 

 

(なんで……私はこの手を取ろうと思っているんだ……?)

 

 

 

 

強く跳ね除ける事を拒んでいる自分がいる。

 

 

 

 

(なんで……私は……?)

 

 

 

 

どうしてなのか、自分でもわからない。

でもこの提案を、自分は望んでいたかの様な心地にもなっている……。いや、正確にはわからないしかし、不思議と不快感がない。

 

 

 

 

 「別に強制はしない。しかし、ここで自決するのだけはやめておけよ?後処理が面倒で仕方ない上に、生徒たちに悪影響がないとも限らん。

 亡霊だの幽霊だのとオカルト方面に持っていった挙句に、こちらの警告を無視してこの辺りを徘徊する奴らも出てくるだろうからな」

 

 「私はもはやこの世に未練など残していない」

 

 「本当に?」

 

 「あぁ……いや、少し違うかな……」

 

 「……………」

 

 「そんな風に考えた事なんて、一度もない。幼い時には訓練の日々で……今の今まで、自分でどうしたのかなんて考えた事なんてなかった………。

 だがら、どうしたらいいのかなんて、私には見当もつかん……」

 

 「なら、ここでそれを見出せばいいだろう」

 

 「……………」

 

 「さっきも言ったが、ここは学校だ。これから先、どんな道に進むのか……どんな未来を歩んでいくのか……それに悩んで、苦しんで、それでも答えを見出して歩き出そうとする若者達の集まりだ。

 それで失敗することもあるだろうが、ここでの経験が、少なくとも若者達の中で役に立てば上々と言ったところか……。

 貴様も、迷っているのならここにいる生徒達と変わらんだろう……」

 

 「っ……………」

 

 

 

 

もう一度、人生をやり直す。

そんなことが可能なのだろうか?

何も知らずに、ただ訓練だけを受けてきて、考えることをしなかった自分が、こんな平和そうな場所に居てもいいのだろうか?

でも、かつては思っていたかもしれない……もしも、自分もみんなのように……学校に行っていたなら……。

もしも、自分の生き方が少しでも違っていたのなら……。

 

 

 

 「私は……」

 

 「迷ったのなら、とりあえず過ごしてみたらいいんじゃないか?途中でドロップアウトしたところで、我々は咎めないさ。

 それも、貴様が決めたことだからな……。

 但し、その時はISは置いていってもらうぞ?」

 

 「随分と勝手だな」

 

 「あぁ、勝手だとも。何せ、私はお前に勝った側の人間だからな。敗者であるお前を好きにできる権利があるんだ……。

 それに私はここの教師でもある……この場のやり方には口を挟まないでもらおうか?」

 

 

 

ニヤっと笑う千冬に、隊長は今度こそ白旗を上げた。

 

 

 

 「完敗だ……。貴方に従おう………《ブリュンヒルデ》」

 

 「その呼び名は好きじゃないんだ。織斑千冬……それが私の名前だ。『織斑』でも『千冬』でも、好きに呼べばいい」

 

 「わかった……従おう」

 

 「それで?お前は何と呼べばいい?この学園にいる以上、名前で呼ばなくてはいけないからな……流石に『女隊長』ではマズイだろう?」

 

 「………ない」

 

 「ん?」

 

 「名前は……ない」

 

 「なに?」

 

 

 

視線を千冬から外し、隊長は表情を曇らせる。

そんな隊長の言葉に、千冬も怪訝そうな表情を見せる。

 

 

 

 「私に名前など無い。あるのはコードネームと、所属していたチームの『隊長』という肩書きだけだ」

 

 「…………はぁ……なるほど。軍の……とくに表沙汰にできない出来事に対して暗躍する部隊にとっては必要な措置か……」

 

 「あぁ、私はそのために育てられ、そして訓練を受けさせられてきた。今の私が本当はどんな人間だったのかなんて、知るわけもないし、知っている者もいない」

 

 「なるほど……」

 

 

 

アメリカ軍特殊部隊『名もなき兵たち』(アンネイムド)

風の噂で聞いたが、戦災孤児や親無し、軽犯罪などを犯した若者達を一同に集めて、特殊訓練を受けさせているとか……。

初めから名前を持たない者もいれば、過酷な訓練を受け続けて、精神的にヤラレてしまった者たちも多いと聞く。

目の前にいる隊長は、おそらく親無しか戦災孤児だったか……。

とりあえず、あまりいい話では無い。

 

 

 

 「しかし、名前がないとこれから先は不便だしな……どうしたものか……」

 

 「貴方が付けてくれ」

 

 「なに?」

 

 

 

突然の提案に、千冬は少し驚いた。

よもやそんな事を言い出すとは思わなかったからだ。

 

 

 

 「私がお前に名付けろと?」

 

 「あぁ……。敗者である私は、勝者である貴方に従うと言っただろう。ならば、私の名前も貴方がつける権利がある……違うかな?」

 

 

 

まるで挑発的な物言いに千冬は多少顔を顰めたが、ため息を一つこぼして、了解した。

 

 

 

 「わかったわかった。しかし、あまり期待するなよ?そういうのは苦手なんだ……」

 

 「まぁ、そこまで真剣に悩むほどのことでは無いと思うがな……」

 

 「何を言う……名前とはその存在を示すものだ。適当に付けられるか……」

 

 「………」

 

 

 

 

存在を示す……。

名もなき兵士として、存在を明かすことができなかった自分が、今度はその存在を証明するために名前を得ようとは……。

そう考えると、少し笑えてきた。

 

 

 

 「ふふっ……はははっ……!」

 

 「ん?」

 

 「いや……すまない。名前は考えておいてくれ……私も私で、対応しなくてはならないことがあるんだ……また後で名前を聞かせてもらう」

 

 「事後処理か?」

 

 「あぁ……失敗しようが成功しようが、報告だけは行くように設定されているんだ……コイツは」

 

 

 

そう言って、隊長は髪の中に手を突っ込むと、黒いヘアピンのようなものを取り出した。

 

 

 「ほう……発信機……だけじゃないか。それには生体情報を逐一受信できる様な機能が組み込まれいるわけか?」

 

 「あぁ……私の心臓の近くにはマイクロチップが埋め込まれている。そこから得ている心臓の鼓動……強いては心拍音をこのヘアピンに転送し、そこから信号を送って私が生きているのか、死んだのかを常に監視している。

 幸い盗聴器などは仕込まれてはいないから、ここでの会話は聞かれてはいない」

 

 「この場で壊す……というわけか。しかし、そんな単純には行かないと?」

 

 「あぁ、我々が自身の手で破壊することはできない様になっている。もしも破壊するとなれば、それは自決用の爆弾になってしまうのでな」

 

 「なるほど……用意周到なわけだ。戦いに敗れても死……生き残ったとしても、復隊できなければ自決せよ……。

 そこら辺は隙がないほどに徹底しているな」

 

 「情報を外に漏らすわけには行かないからな……当然と言えば当然の措置となる。

 なので、これを破壊するための準備がある」

 

 「あぁ、それはこちらで手伝ってやろう。真耶ともう一人……裏工作が得意な面子に心当たりがあるのでな……。

 破壊後の後始末はそちらに任せる……」

 

 「了解した」

 

 

 

 

そこまで理解・納得した上で、隊長は千冬の目の前で膝を折り、頭を下げる。

 

 

 

 「これからは貴方が私の主だ。貴方からのオーダー……恙無くこなして見せよう」

 

 「ふむ……いいだろう。お前の実力、これからこの学園の為……そして、私のために使わせてもらう」

 

 「了解した」

 

 

 

 

後に、女隊長の名前は『カレン・カレリア』となった。

理由として、まず『カレリア』の方は、女隊長が元の国籍や出自を出来るだけ思い出した時に、ロシア連邦に所属している一国家であるカレリア共和国辺りの出である事で、カレリアと名づけ、『カレン』の方は、カレリア共和国は地理的に河川や湖が多いと言うことが分かり、その事から湖や池などで自生する花である『蓮の花』からカレンとした様だ。

最初は千冬も安直過ぎたかと思っていたのだが、本人は意外とその名前を気に入っている様だったので、そのまま名前とした。

こうして、アメリカ軍特殊部隊隊長の女は、晴れて『カレン・カレリア』としての人生を歩む事となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あぁ〜〜……報告書がめんどくせぇ〜」

 

 「愚痴ってないで、さっさと手を動かす」

 

 「だってさ……ようやく事件の片付けが終わったのにさぁ〜」

 

 

 

 

 

一方、千冬が地下区画で女隊長……後のカレンと話をつけている時と同じ頃……生徒会室では生徒会長の刀奈、副会長の一夏、会計の虚の三人が作業を行なっている。

といっても、刀奈と一夏は先日の学園のシステムハッキング事件の実行犯と思しき人物に関する報告書や、一夏にはそれに付け加えての倉持技研での整備報告プラス、学園への帰還時に倉持技研の研究所の扉を破壊したことによる報告書を書かされているところだ。

虚はその近くで、二年生達が行う学園行事『修学旅行』の日程調整や会計処理を行なっていた。

 

 

 

 「学園に侵入して来た奴の事なら、昨日散々話したってのに……」

 

 「そうねぇ〜……結局、目的が何だったのかは分からずじまい……学園のシステムに介入されたにしては、荒らされたり改竄された形跡は無かったのよね〜」

 

 「ますます狙いが分からん……」

 

 「まぁ、何事もなくってよかったじゃない?」

 

 「何事もなくは無かったろ?カタナとキリトさんは敵が仕掛けたトラップに引っ掛けられたんだ……。

 文句の一つや二つ、仕返しの一つくらいはバチは当たらんだろう」

 

 「まぁ……うん……そうね」

 

 

 

あの事件から、学園では特に変わった様子などは一切ない。

襲撃してきた新たな無人機……コアデータによれば、機体名が《ゴーレムⅢ》となっていた事。

そして、ISの特徴とも言うべき『絶対防御』を無効化する様なシステムが組み込まれていた事がわかった。

絶対防御の無効化……それは奇しくも、一夏の白式の武装であった《雪片弐型》、千冬の暮桜の唯一の武装である《雪片》と同じバリアー無効化攻撃と同じ効果を持つ物だ。

いわば、対IS戦用に組み込まれたシステム……。

他の国にはこの様なシステムや、システムを組み込んだ武装などは開発されていない。

バリアー無効化……絶対防御を越えての攻撃を可能するのは、後にも先にも《雪片》とその名を冠する《弐型》だけなのだ。

その観点から見ても、今回の襲撃事件の犯人は自ずと知れている。

対応に当たった専用機持ちの面々や、システムクラックに当たっていた電子戦担当の生徒たちも、口にはしないが犯人の目星をつけている。

そのため、関係者である箒を見る目が、少しだけキツいものになっているのは言うまでもない……。

しかし、当の箒だって、そのときはゴーレムⅢの対応のために出撃し、第四世代型の性能を駆使して戦っていた。

そんな姿を前にして、箒に対する罵声などは一切ない。

ただ、身内がいるにも関わらず、新型のISで襲撃してくる姉は一体何を考えているのだろうか……と言った、疑問の念を抱いているのだろう。

 

 

 

 「全く、あの人の考えてる事はいまいち良く分からん……」

 

 「まぁ、天災科学者だしね……」

 

 

 

その襲撃のおかげで、こちらは報告書が倍に増えてしまったのだから……。

刀奈も今回の事件では、カウンターシステムに囚われてしまった被害者だ。

相手の姿を見ている上に、今までにないトラップの為、学園側からはその時の状況や、その時に何を思っていたのか、どんな作用が体に働いていたのか……などなど、未知のシステムトラップの仕組み解明に躍起だった。

刀奈も事情聴取と、体に異変がないかの検査や脳のスキャンを行ったが、異常は見られず、一夏も同様に検査を受けたが、何事もなかった。

 

 

 

(にしても……なぁーんか思い出せないんだよなぁ〜)

 

 

 

体や脳には異常は無かった。

しかし、一夏にはどうしても思い出せないことがあった。

 

 

 

(あの人の名前……なんだったかな?)

 

 

 

現実世界へと帰還してから、何度も思い出そうとしたのだが、まるっきり思い出せない。

ただ単に、誰かと会っていた様な気がする……そして、何かを話していた。

その何かとは、剣術の話……。

そこまでは思い出せた……自分が使っている剣術、SAOの中で培ってきた生きるための術、今の自分を構築している物。

ユニークスキル《抜刀術》……そして、サブスキル《ドラグーンアーツ》。

その《ドラグーンアーツ》は、本来あるべき名前があった。

その名は……。

 

 

 

(《飛天御剣流》……だったか……そこは覚えているんだけどなぁ……何で他の事が思い出せないんだろう?)

 

 

 

《飛天御剣流》という名前は聞いたことがない。

タッグマッチトーナメントの際に、一夏と剣術勝負を行った三年生の先輩、河野時雨にも聞いてみたが、その様な剣術は聞いたことがないと言われた。

その他にも、刀奈、箒にも聞いてみたが知らないと言われた。

結局の所、正式な名前がわかったと言う以外、何も思い出せないでいるのが今の現状だ。

しかし、これが思いの外しっくり来る。

今まで《ドラグーンアーツ》と呼んでいたが、これを《飛天御剣流》と置き換えるだけで、妙に合っている。

こればっかりはスキルを考案し、実装した茅場晶彦に聞かなくてはならない事案だろう。

そんな風に考え込んでいると、ふと、一夏と刀奈の前に現れる人影が……。

 

 

 

 

 「織斑くん、お嬢様も……そろそろ休憩にしませんか?」

 

 「あ……」

 

 「ふぅー、そうね。ここで一息入れましょうか」

 

 

 

布仏虚。

生徒会役員の一人。会計担当で、一夏のクラスメイトである『のほほんさん』こと布仏本音の姉。

整備科に所属しており、三年生内での成績もトップ……首席である。

そんな彼女は、刀奈とは主従関係にある。

刀奈の家、『更識家』の従者としての立場にある『布仏家』。

更識家の当主に代々仕え続けてきた一族であり、17代目楯無を襲名している刀奈の側付きである。

そんな彼女が、一夏と刀奈の前へティーカップを差し出す。

 

 

 

 「ふぅー……いい香りねぇ。虚ちゃんの紅茶は世界一♪」

 

 「飲む前に褒められても、紅茶が可哀想です。ちゃんと召し上がってくださいね?」

 

 「わかってるわよ。それじゃあ、いただきます」

 

 「俺も、いただきます」

 

 「はい、存分にお召し上がりください」

 

 

 

 

ミルクの入った入れ物……ミルクピッチャーと角砂糖の入った瓶が置かれる。

ミルクティーにしても美味いのだが、先程刀奈が言った様に、虚の紅茶は、誰が飲んでも美味しいと唸らせるほどに美味だ。

そんな紅茶を、初めからミルクティーで飲んでしまうのはもったいない。

なので、二人して初めはストレートで一口……。

 

 

 

 

 「はぁ……」

 

 「うーん……やっぱり美味しいわぁ」

 

 「恐れ入ります」

 

 

 

改まった一礼する虚。

やはり彼女の作る紅茶は世界一だと思わされる。

 

 

 

 「虚さんの紅茶、本当に美味しいです」

 

 「ありがとうございます」

 

 「この味、家でも作れないかなって思って、色々と試してみたんですけどね……。流石に、この味は出せなかったですよ」

 

 「うふふ、我が家に伝わる秘伝の技ですから」

 

 「秘伝ですか……。それはたしかに、簡単に真似できる様なものじゃあないですね」

 

 「はい。今後とも、飲みたくなれば私に言っていただけると」

 

 「あっはは」

 

 

 

 

個人の技量の差かと思ったが、よもや一族の秘伝ときたか……。

それはそう簡単に教える事はできないだろうな……。

そんな風に思っていると、唐突に刀奈がティーカップを置き、話題を変えてきた。

 

 

 

 「ふぅー……一息つけた所で、虚ちゃん」

 

 「はい?」

 

 「例の“彼” の件は、どうするのか決めた?」

 

 「……………」

 

 「虚ちゃん?」

 

 「……………」

 

 

 

例の彼……というワードに、虚は笑顔のまま固まってしまった。

例の……というは言わずもがな、虚が想いを寄せている人物の事。

そして、彼……というは何がどうしてそうなったのか、一夏の親友……というか腐れ縁である少年、五反田弾その人のことだ。

以前一夏がIS学園で開かれた学園祭に、ただ一人だけ招待してもいいという条件を出された際に、弾を招いたのだ。

その時、入り口で迷っていたところを虚に見られ、一夏が来るまでの間、少し話をしていたようだ。

接点はそれくらいしかない……弾の話を聞いても、虚の話を聞いても冗談や誇張もなく、ただ数分間話しただけだ。

しかし、本当にどう言う訳か、虚は弾のことが気になっているらしい……。

そして弾は弾で、美人で気立ての良さそうな虚に一目惚れしている。

実のところ、学園祭ではあまり話題に出さなかったが、その後《亡国機業》の襲撃の後に、学園祭後のちょっとした余興……つまりは後夜祭と、その翌日から行われた片付けに明け暮れていた一夏のスマートフォンには、ひっきりなしに弾からのメールや電話が届いたものだったが……。

 

 

 

 「おーい、虚ちゃ〜ん?」

 

 「………お嬢様、今季分の予算案の資料……ここにありますので目を通しておいてください」

 

 「あーうん、わかった、ありがとー……って、そんな事で私が騙されると思っているのかしら?」

 

 「…………お嬢様、今季分の予算案の資料がーーーー」

 

 「いやいやいや、同じ手で来ても流されないからね?」

 

 「お嬢様、修学旅行の自由研修中におけるトラブル発生の予測をまとめてみましたので、確認をーーーー」

 

 「虚ちゃ〜ん?そんな事で誤魔化せるほど、あなたの主人はおバカさんじゃないのだけど?」

 

 「…………お嬢様」

 

 「くどいっ!」

 

 

 

ビシッと虚の頭頂部にチョップをかます刀奈。

といっても軽くツッコミを入れる感じではあるが、当たったのがちょうど正中線上の為、虚も「うっ?!」といって頭を押さえる。

 

 

 

 「何をするんですかっ、お嬢様!」

 

 「虚ちゃんが現実逃避するからでしょう?いっつも真面目で、いっつも規則正しくて、いっても整然としている貴方はどこに行ったのよっ?!」

 

 「そんな私はこの間からどこかへ行ってしまいましたっ!!」

 

 「どっかに行ったんだっ?!!」

 

 

 

まさか逆ツッコミをされるとは思っていなかった為か、刀奈も虚の言葉に仰天する。

多少涙目になっている虚の側へと歩み寄り、虚を生徒会室にあるパイプ椅子に座らせた。

 

 

 

 「もう、いくら彼が気になるからって、思い詰め過ぎるのは良くないわよ?」

 

 「グスッ……そんな事、お嬢様には言われたくありません……っ」

 

 「なっ?!ど、どういう事よ……?!」

 

 「明日奈さんから聞きましたよ?織斑くんに想いを寄せていた時は、見てられないくらい身悶えしてたって!」

 

 「なっ?!」

 

 「え?」

 

 

 

虚の爆弾発言に刀奈だけでなく、対面にいた一夏も驚く。

刀奈は虚の両肩を掴み、満面の笑みで虚を見据える。

 

 

 

 「虚ちゃん?私のことはいいのよ……もう既に終わった事だし。問題なのはあ・な・た、の方なのよ?そこの所オーケー?」

 

 「お嬢様、ポーカーフェイスはお見事ですが、怒気を含んでいるのが丸わかりです」

 

 「うんうん、大丈夫全然怒ってないから。別に私はもうこの人掴んで離さないくらいのところまで来ちゃってるから別にいいのよ。

 さっきも言ったけど、問題なのは貴方よ?どうするの?彼とお付き合いしたいの?それとも友達から?決めるなら早めに決めておいたほうがいいわよ?

 何故なら貴方は今年卒業でしょう?貴方の進路のことを考えると、ここで確実にものにしとかないと中々男と知り合える時間はないのでは?」

 

 「うっ……」

 

 

 

主人の怒涛の攻めに、若干引き気味の従者。

しかし、問題なのはそこだ。

虚は今年来る誕生日で18歳になる。

誕生日は修学旅行の後……11月3日だ。

つまり10月の下旬に修学旅行が入り、それが終了次第すぐに誕生日がやってくると言うことになる。

そして11月ともなればすでに進学か、就職か……どちらにせよ自身のこれから先の事が決まってくる時期でもある。

そのため、そこから恋愛をしている暇はほとんど無いに等しい。

つまり、今が絶好の機会であり、最後のチャンスなのだ。

 

 

 

 

 「私はね、貴方の主人としても、家族としても、貴方に幸せになってもらいたいのよ。

 今までも、多分これからも、いっぱい迷惑かけちゃうと思うから……貴方には悔いのないように女としての幸せも矜持してもらいたいわけ」

 

 「……………お嬢様」

 

 「なに?」

 

 「そんな殊勝な事を言いつつ、実は楽しんでませんか?」

 

 「…………」

 

 

 

虚はジィーっと刀奈の顔色を見つめているが、当の刀奈は明後日の方向を見ながら否定する。

 

 

 

 「そんなわけないじゃない」

 

 「ではもう少しこちらを向いて答えていただいてもよろしいですか?」

 

 「とにかく……ここからが貴方にとっての勝負の瞬間なんだから、気を引き締めていくわよ!

 ちょうど弾くんは体育祭なんでしょ?なら、これを逃す手はないわね!」

 

 「やっぱり楽しんでるじゃないですかっ?!」

 

 「チナツ、弾くんの好きなものは?食べ物とか、あとはプレゼントできるような小物とか集めてるものとか?」

 

 「え?うーん……」

 

 

 

 

刀奈から急に振られて、考え込む一夏。

しかし、急に言われると「弾って、何が好きなんだ?」と一夏でさえもあまり弾の好みを把握できないでいる。

 

 

 

 「うーん……あいつ何が好きたんだっけ?」

 

 「えぇ〜……親友の好きなもの知らないの?」

 

 「うーん……ごめん」

 

 

 

弾との付き合いは、中学の時からになる。

同じ中学で、たまたま同じクラスの隣の席になったのがきっかけで、仲良くなったのだ。

それから一学期はよく連むようになって、何をするにも一緒が多かったため、自然と親友のようになっていた。

元々が真面目な性格故に、弾も弾で曲がったことは嫌いだ。

何もかもがダメだというわけではなく、そう、人として信用に足る人物だと、当時の一夏も思っていた。

それもそのはずだ……ある日、初めて弾の家に行った時、近所にある定食屋であることを知り、そこにいる店主の事も知っていたのだ。

生粋の堅物親父……と言った印象の店主。

弾の祖父にあたる五反田厳さん。

彼の作る定食の美味いこと美味いこと。

それからは、一夏自身の家の事情などをポロリと喋ってしまって、五反田食堂の定食を食べて帰ったらしていて、もはや家族ぐるみの付き合いになってしまった。

そこに小学校からの付き合いである鈴も呼んだりして、三人で……いや、妹の蘭も含めた四人で遊んだりしていた。

 

 

 

 

(そういえば、久しく行ってないなぁ……五反田食堂)

 

 

 

最近行ったのでも、シャルとラウラが編入してくる前だったので、もう数ヶ月は経っているか……。

 

 

 

(久しぶりに弾の所に行ってみるか……体育祭の事も聞いとかなきゃだし、なんなら、鈴も一緒に行けばいいか。

あいつも久しぶりに弾に会いたいだろうしな……うん、そうしよう)

 

 

 

どこかで一度話し合わなければと思ってていたのだが、立て続けに起こった事件のせいで、ろくに考える暇もなかった。

久しぶりに五反田食堂名物の業火野菜炒めも食べたくなってきたし。

 

 

 

 

 「いい、虚ちゃん?ここは年上女子としての威厳の見せ所よ!」

 

 「そうは言いますが、実際に何をしろと?」

 

 「貴方は弾くんとは二つ離れているわ。そして弾は妹はいるけれど姉はいない……そう、そこにこそアドバンテージがあるわ!」

 

 「な、なるほど………」

 

 「年上お姉さんの包容力と優しさ。長男といっても年下なんだからそこを突かない手はないわね。

 この路線で行くわよ……!確実に弾くんを落として、手中に収まるの。いいわね!」

 

 「は、はい……かしこまりました」

 

 

 

 

何やら画策している主従二人。

まぁ、ここは唯一無二の親友の恋路……応援しないといけない。

そう思い、一夏も刀奈の作戦に協力することにしたのだった。

 

 

 

 

 





閑話の章が終了次第、物語は原作9巻辺りの京都編へと移行します。
アニメ二期や原作9巻のストーリーを元にして、色々なキャラとの掛け合いを考えいこうと思います。
しばらくは閑話が続くと思いますが、どうか長い目でお付き合いください。

感想よろしくお願いします^_^


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