異世界で資源を開発する話。 ~いかにして地球企業は異世界を征服するに至ったか~   作:第616特別情報大隊

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物語の始まり

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 ──物語の始まり

 

 

 その男のブラウンの瞳には冷徹な野心家の色が見えた。

 

「諸君らにしっかりと理解してほしいのは、これはボリビアでリチウムを採掘するのとはわけが違うということだ」

 

 そう語るその男は、大井エネルギー&マテリアルという多国籍企業に20年勤める司馬林太郎という。

 

 大学時代にバスケットボールをやり、活躍したこともある大柄な男で、世界でも有数の多国籍企業の幹部職としての勤務に相応しいテーラーメイドのスリーピーススーツに身を包んでいた。

 

 彼は大井エネルギー&マテリアルの国際法務部と今回の事業に関係のあるスタッフを集めたミーティングに臨んでいた。

 

「我々が乗り出すのは異世界であるからにして」

 

 2040年の地球は異世界への扉を有していた。

 

 ある研究所が行った超高度な物理学実験の最中に生まれたゲートは、地球と異世界ミッドランドを接続しており、地球は新たな()()を得たのであった。

 

 国際機関が主導した自然科学的な調査は既に終了し、異世界との交流は初歩的なものから、応用へと発展していた。

 

 つまりは企業が主導する商業的な交流である。

 

「現地には様々な問題がある。異世界と地球という地理的問題、現地の特殊な政体に始まる政治的問題、双方の大きな経済格差という経済的問題、エトセトラ、エトセトラ。しかし、それらを考慮してなお、この進出は我が社の利益になる」

 

 司馬はそう言って拡張現実(AR)上にある報告書を提示した。

 

「マルルーニー報告。これは当然ながらもう既に諸君も読んでいるだろう。この報告書によれば現地におけるリチウムを始めとするレアアースの埋蔵量は、地球全体で今後消費される100年分の量だとされている」

 

 自然科学調査に同行した地質学者のひとりであるジャック・マルルーニー教授の報告書であるマルルーニー報告は地球の資源開発企業に激震を走らせていた。

 

 彼がドローンとAIで行った調査によれば、異世界のひとつの国から採掘できるだけのレアアースで、それだけで地球は100年間今の発展を維持できるというのだ。

 

「これまでも我々は様々な問題を抱えた国で仕事をしてきた。今回もそのひとつだ。現地の政府は非民主的で、反体制派を拷問し、隣国との安全保障上のリスクを抱えている。最悪と言っていいだろう」

 

 この司馬の言葉にミーティングルームに並ぶ面々が暗い顔をする。

 

「このような問題を我々はずっと抱えてきた。かつては中東の石油、今は南米のレアアース。どちらも諸外国の政治的介入や、政治腐敗による情勢の不安定さ、倫理的問題を抱えていた」

 

 中東は言わずもがなイスラエルの存在もあって安定しない場所だった。2040年代の南米もアメリカや中国の介入や現地の反米・反中勢力の躍進、そして慢性的な政治腐敗もあって安定しない場所である。

 

「今回はこれまで経験してきた以上のことになるだろう。それでも我々は成し遂げる。成し遂げなければならない」

 

 そう司馬が強く言うのにはいろいろな背景があった。

 

 まず地球は既に化石燃料から核融合によるエネルギーにシフトしているということ。しかし、未だに電池にはリチウムが必要であった。それも大量に、だ。

 

 地球には全ての国家の経済成長を維持するだけのリチウムが存在しない。あのリチウム獲得に置いて野心的であった中国ですら、リチウム不足に陥っている。

 

 さらにナノマシンや次世代の半導体に必要なレアアースは慢性的に不足していた。

 

 それはあたかも1990年代に叫ばれた石油枯渇の恐れのように、各国の経済成長に暗雲となって立ち込めていた。

 

 それに加えて世界的な資源の需要と供給を成立させるグローバル資本主義が、一部の権威主義な国家によって妨げられているという問題があった。

 

 ロシアや中国、イランは2010年代から資源外交という手段を取り、非友好的な国家に対する資源の輸出を制限することで、自分たちの外交的利益を得ようとしていた。

 

 ある資源開発企業の幹部は言っている。『もうクレムリンや北京の我がままに振り回されるのはごめんだ』と。

 

 そのようなこともあって、新たな安定的な資源供給の獲得は急務であった。

 

 そこで降ってわいた異世界に眠る資源という情報。

 

 これはまさに大きなチャンスだ。

 

「現地の通信インフラが未発達で、かつ現地の技術水準が著しく低いため、現地に直接向かう必要がある。そして、そこに事務所を開設し、現地の政府との交渉に臨む」

 

 真面目なスタッフは誰も口にしないが、異世界はいわゆる『剣と魔法のファンタジー世界』であり、その文明水準は地球と比べれば石器時代も同然だった。

 

 この『剣と魔法のファンタジー世界』というのを投資家や経営陣向けに言いなおすのに、大井エネルギー&マテリアルでは『未知の可能性がある世界』や『既存の価値観とは異なる世界』と言い直している。

 

 重要なのは、そんな世界であるためリアルタイムで本社と通信する手段がない以上、責任ある立場の人間が現地に向かい、そうやって交渉を進める必要がある。

 

「私は自らが指揮官として現地に向かう。私の下で広報、技術、保安、財務、法務、労務の各部署を設置する。それぞれの部門の長は既に決めてある。異世界に向かうのは志願制ではない。命令されれば誰だろうと、だ」

 

 異世界は未開の地だと誰もが聞いていた。

 

 未だに処刑方法は斧による斬首だとか、司法はいい加減で誰でも投獄される恐れがあるとか、それでいて未知の危険な生物が生息しているとか。奴隷制が未だに存在するという話もあった。

 

 しかしながら、ここにいるキャリアを積んできたスタッフたちにとって、それよりも恐ろしいのは自分たちの雇い主を裏切って、失職することの方であった。

 

「人事はのちに発表されるが、自分が指名されてもいいように準備を行っていてくれ。心配する必要はない。会社はスタッフの安全を守るために全力を挙げる。警備の人員はきちんと配備される」

 

 そこで司馬は僅かに微笑んで見せた。

 

「では、ミーティングは以上だ」

 

 大井エネルギー&マテリアルはこうして異世界への進出を決定した。

 

 同社が目標としたのは、異世界にある国家のひとつエルディリア王国という国だ。そこにはエルフたちが暮らし、無数のレアアースが眠っているとの報告がある。

 

 同社はまずエルディリア王国との間で調査契約を交わし、それから正確な埋蔵量の調査を行う。それによって採掘が利益になると判断されれば、採掘の契約が結ばれる予定であった。

 

 派遣されるスタッフには健康診断ののちに、基本的な予防接種と免疫強化注射が実施され、身体面での安全が図られる。

 

 それらが終わり、異世界のゲートに設けられた検疫などの安全基準をクリアすれば、異世界へと渡ることができる。

 

 あるスタッフは言っていた。

 

『これで俺も魔王を倒す勇者になれるってわけだ』と。

 

 剣の代わりに銃火器を携え、魔法の代わりに契約書を携え、貪欲な多国籍企業が異世界に進出していく。

 

 しかし、それは悪名高いフランシスコ・ピサロがインカ帝国を征服したかのような残忍さを帯びていた……。

 

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